ネパール評論 Nepal Review

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「戦後レジームからの脱却」の象徴的行為としての靖国参拝と非人道性の烙印

安倍首相の靖国参拝は,日本人に「非人道性」の烙印(stigma)を押しつけるための格好の口実とされている。イルカ漁の「非人道性」非難には何の根拠もないが,靖国参拝の方はそうされても仕方ない行為であり,日本国益を大きく損ないつつある。(参照:イルカ漁非難,その反キリスト教的含意と政治的戦略性ケネディ大使,ジュゴン保護を! )

1.「戦後レジームからの脱却」と靖国参拝
安倍首相の靖国参拝は,彼の唱える「戦後レジームからの脱却」を精神的および政治的に象徴する行為といってもよい。「戦後レジーム」は,英語帝国主義にこびた卑屈な表現だが,正しい日本語で表現すれば,「戦後体制」ないし「日本国憲法体制」のこと。靖国参拝は,その「戦後レジーム」の転覆に向け国民世論を動員することを目的とし,それが恒常化し,さらには天皇の靖国参拝が実現すれば,その時,「戦後レジーム」は事実上終焉を迎えたとみなすべきであろう。

【参照】安倍晋三「憲法改正」(2009年06月12日)
 私は平成19年1月の内閣総理大臣施政方針演説で「戦後レジーム」からの脱却を宣言しました。・・・・
 戦後レジームからの脱却を成し遂げるためには憲法改正が不可欠です。・・・・
 まず、憲法の成立過程に大きな問題があります。・・・・
 第二は憲法が制定されて60年が経ち、新しい価値観、課題に対応できていないことです。・・・・もちろん第9条では「自衛軍保持」を明記すべきです。・・・・
 第三に憲法は国の基本法であり、日本人自らの手で書き上げていくことこそが、新しい時代を切り拓いていくのです。・・・・
 これまで憲法改正問題が放置されてきたのは残念ですが、国民投票法の成立によって大きな一歩を踏み出しました。今後も憲法改正に向けて全力で取り組みます。

140126a 140126b(http://www.s-abe.or.jp/consutitution_policy)

2.「非人道的」戦争犯罪
しかし,このような「戦後レジームからの脱却」,とくにその象徴的行為としての靖国参拝は,日本国憲法体制を積極的に評価する内外の多くの人々の目には,日本軍国主義への反省を反故にし,敗戦以前の旧体制への回帰を目指すものと映らざるをえない。

先の「大東亜戦争」において,日本軍が多くの国際人道法(International Humanitarian Law)違反を犯したことは,周知の事実である。そのため,敗戦後,各地の連合国側軍事裁判所において,日本兵数千人が人道法違反容疑で裁かれ,そのうちの約千人が死刑となった。靖国神社には,彼らの多くが,東京裁判「A級戦犯」と共に,合祀されている。

その靖国神社への首相参拝が,日本軍国主義復活への動きととられ,また人道法違反(戦争犯罪)否認への動きともとられるのは,当然と言えよう。首相が靖国参拝をするたびに,「軍国主義」「非人道性」の烙印が日本国民全体に押しつけられていく。

3.ダボスでの挑発発言
安倍首相にも,靖国参拝が,近隣諸国ばかりか世界社会においても非人道的日本軍国主義復活への象徴的行為と受け取られていることは,十分にわかっているであろう。しかし,対外硬(強硬外交)は,旧体制下と同様,現在においても,国民大衆には受けがよい。安倍首相は,大日本帝国時代の対外硬の大失敗から何も学ぼうとはせず,対外硬の甘い誘惑に負け,外から批判されればされるほど,対外硬に傾き,「戦後レジームからの脱却」のための靖国参拝を強行し,正当化しようとするのである。

先日(1月22日)のダボス会議基調講演後の記者会見でも,安倍首相は,靖国参拝について聞かれると,「二度と戦争の惨禍で人々が苦しむことがない世界をつくると不戦の誓いをした」と強弁し正当化した。

しかし,安倍首相のこの説明に,説得力はほとんど無い。現在の日中関係を,あろうことか第一次大戦前の英独関係になぞらえたことともあいまって,日本の好戦性,非人道性を世界に強く印象づける結果となってしまった(朝日1月24-25日)。

4.「美しい国」のアメリカ語隷従
ちなみに,安倍首相はダボス会議基調講演をアメリカ語で行った。”A New Vision from a New Japan.” 一国の元首が,国際会議の公式の場で,母語を捨て,外国語で講演する! 

日本は,事実上,いまでも米国の間接支配下にある。イザとなれば,米軍が自衛隊を指揮下に置き,日本に軍政を敷くことは明白だ。ところが,いまやそれに加えて,日本は魂(言霊)すらも放棄し,精神的にも米国に隷従しようとしている。他ならぬ「美しい国」の首相が,率先して,嬉々として「美国(米国)」にひれ伏しているのだ。

5.歴史修正発言の危険性
安倍首相は,世界社会からは,日本語など商売抜きで断固として守るべきものを守らず,侵略戦争や戦争犯罪(人道法違反)など正当化すべきでも正当化できもしないものを正当化しようとしている,と見られている。首相の歴史修正発言のたびに,好戦性,非人道性の烙印が日本国民に押されていく。たとえばケネディ大使も,1月21日朝日新聞インタビューで,「首相の決断には失望した」と明言し,靖国参拝を再確認した。(この会見では,イルカ漁「非人道性」ツイッター発言も再確認された。)

中国は,もちろん,このようなチャンスを見逃しはしない。駐米中国大使は1月10日,「靖国参拝は中国だけでなく,世界への挑戦だ」と述べ,また駐仏中国大使も1月16日,靖国参拝は「ヒトラーの墓に花を供える」ようなものだと非難した(朝日1月24日)。中国らしい荒っぽい極論だが,世界世論に対して説得力があるのは,明らかに中国の方である。靖国参拝が「戦後レジームからの脱却」と結びつけば,そう受け止められても仕方あるまい。

6.小国日本こそ世界世論を味方に
なんたることか! 超大国中国が世界世論を味方につけようと必死に努力しているのに対し,小国日本は,世界世論を敵に回すことばかりしている。

中国は政治大国であり,広報戦略も巧妙。たとえば,すでに紹介したものだが,下記ネパリタイムズの広告を見よ。制作が中国,ネパールのいずれかは分からないが,広告として実によくできている。(参照:ネパリタイムズ購読おまけ,中国日報とLEDランタン

131214a ■光をともし賢くなろう/ネパリタイムズの購読で中国日報・LEDランタン無料進呈

日本は小国であり,ますます小国化する宿命にある。その日本にとって,世界世論の共感を得られるような議論を構築し,戦略的に世界社会に訴えかけていくことこそが,とるべき賢明な政策であるといってよいであろう。

谷川昌幸(C)

制憲議会選挙2013(24):卍とハーケンクロイツ

ネパールの選挙を初めて見学し驚くことばかりだが,一目見て,一瞬,ギョッとし,凍りついたのは,選管の選挙啓発ポスターやカンチプルの選挙報道に使用されている「ハーケンクロイツ(鈎十字)」そっくりのデザイン。

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 ■選挙啓発ポスター(アムリトキャンパス壁貼付)

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 ■Kathmandu Post: Nov.24 / Nov.20

選管の選挙啓発ポスターは,街中いたるところに貼られている。いやでも目に入る。これには驚いたが,もっとびっくりしたのが,カンチプル(カトマンズポスト)の選挙報道宣伝。右側の緑の方が多かったが,左の赤の投票箱もかなり目についた。これは,形はナチス・ドイツの「ハーケンクロイツ」と全く同じ,配色も少し違うだけ。日本人の私ですらギョッとするくらいだから,西洋人,とくにドイツやその周辺の国々の人が見たら,本当に凍りつき,しばらくは動けなくなってしまうだろう。

131204e ■ドイツ第三帝国・国旗

むろん,卍(まんじ)は,逆向きの「右まんじ」も含め,ヒンドゥー教や仏教では,吉祥印である。西洋でも幸運を意味し,ヒトラー以前は,あちこちで使用されていた。

ネパール選管は,投票用紙に投票者が押す印を選ぶとき,おそらく,ネパールでなじみの吉祥印である卍(まんじ)が最適と考え,選択したのだろう。制憲議会選挙は国内選挙であり,それはそれでよい。

が,このグローバル情報化時代,ネパールの選挙も世界中で報道されている。西洋を中心に,多くの人々にとって,「ハーケンクロイツ」は言うまでもなく,卍にせよ逆卍にせよ,多かれ少なかれ忌避されていることも事実だ。詳細は確かめていないが,西洋では独仏など少なからぬ国で,それらの使用は法律で禁止さえされているそうだ。「ハーケンクロイツ」の使用は,犯罪というわけだ。

ここで疑問となるのは,西洋から派遣されている多くの選挙専門家や選挙監視団が,卍はさておき,「ハーケンクロイツ(鈎十字)」そっくりのデザインの使用に,どのような態度をとったか,ということ。反対しても賛成してもやっかいなことになるので,見なかったことにしてきたのだろうか?

ここに「文化」を政治の場で扱うことの難しさ,危険性が如実に表れている。ネパール文化――ネパール人アイデンティティ――においては,「ハーケンクロイツ」型デザインは,その使用に何ら問題がないどころか,逆に,吉祥印として積極的に使用すべきものとされる。だからこそ,投票を呼びかけるため,選挙啓発ポスターや投票箱に「ハーケンクロイツ」型デザインをつけたのだ。ところが,これをドイツやその近隣諸国でやれば,ネオナチか何かへの投票扇動と見られ,囂々たる非難を浴び,場合によっては逮捕されるかもしれない。

ことさように,文化はやっかいで危険だ。政党や政治家は,手っ取り早く支持を集めるのにいくら便利であっても,安易に文化やアイデンティティを政治の場に持ち込むべきではあるまい。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2013/12/04 at 20:11

朝日と佐野氏の優生思想:「ハシシタ 奴の本性」の危険性

朝日新聞出版は10月18日、『週刊朝日』10月26日号から開始した佐野眞一・週刊朝日取材班著「ハシシタ 奴の本性」の連載を中止する、と発表した。「同和地区を特定するような表現など、不適切な記述が複数ありました」(朝日新聞10月19日)ということが中止理由。


  ■『週刊朝日』表紙

1.品性下劣な文章
この記事「ハシシタ 奴の本性」は、ノンフィクション作家の手になるとは到底信じられないほど、品性下劣な文章だ。文章の専門家だから、わざと意識的に下品で乱暴な表現を使ったのだろうが、なぜか文章としては全くこなれていない。ましてや、これはフィクションではなく、取材に基づくドキュメンタリーだ。いくら橋下たたきの大向こう受けをねらったとしても、あまりにも度が過ぎ、幼稚だ。

佐野氏は、これは取材班2名の筆だと抗弁されるかもしれないが、2名はあくまでも取材協力者であり、記事の主たる筆者・責任者は佐野氏である。本文も、佐野氏が自ら書いているという前提で書かれている。

私はこの連載で橋下の政治手法を検証するつもりはない。」(21頁、強調追加)
「この連載で私が解明したいと思っているのは、橋下という人間そのものである。」(22頁、強調追加)
私はそんなことを考えながら、・・・・長時間インタビューした。」(22頁、強調追加)
私は死んだ之峯の縁戚が淡々と語る話を聞きながら、これはまごうことなく中上健次の世界だな、と思った。」(23頁、強調追加)

このように、記事はあくまでも「私」である佐野氏が執筆しているのであり、第一の文責はいうまでもなく佐野氏にある。(編集責任はむろん週刊朝日編集長。)

しかし、もしそうであるなら、佐野氏のような実績のある作家が、どうしてこのような品性下劣な文章を書かれたのか、そこのところが全く理解できない。「ハシシタ 奴の本性」というタイトルからして、ヒネリも品もない。まるでネット放言レベルだ。

2.ナチス流優生学
佐野氏の文章は下品なだけでなく、危険でもある。それは、あえていうならば、ナチス流優生学により政治家を断罪しようとするものだからである。

たしかに、朝日新聞出版が謝罪したように、記事には同和地区を特定するような部分もあったが、それはむしろ派生的な問題である。核心はそこにではなく、橋下氏自身が鋭く指摘しているように、「先祖や縁戚、DNAをあげて過去を暴き出していく」佐野氏の手法,その「血脈主義につながる危険な思想」(朝日新聞10月19日)にこそある。通俗的な言葉でいえば、「親の因果が子に祟る(親の因果が子に報い)」といった,いまどき希有なアナクロ人間観だ。橋下氏の政治家としての評価がどうであれ、彼の反論は100パーセント正しい。

佐野氏はこう述べている。

「この連載で私が解明したいと思っているのは、橋下徹という人間そのものである。・・・・敵対者を絶対に認めないこの男の非寛容な人格であり、そのやっかいな性格の根にある橋下の本性である。/そのためには、橋下徹の両親や、橋下家のルーツについて、できるだけ詳しく調べ上げなければならない。」(22頁、強調追加)

ここで使われている「本性」とは、「nature」ないし「human nature」のことである。「nature」は「自然」であり、したがって人為的ではない天与の「不変の本質」という意味である。

つまり、「人間の本性(human nature)」とは、本人の努力では如何ともしがたい、持って生まれたその人の「宿命」ということ。これは、大学教養課程で習う文明史・思想史の初歩であり、当然、佐野氏もよくご存じのはずである。佐野氏は、そのことがわかった上で、橋下氏の「本性(nature)」を解明すると宣言されたわけだ。

ここで、もう一度確認するなら、人間の「本性」は、「自然によって(by nature)」授けられた、「生まれながらの(by nature)」その人の本質である。もしそうだとするなら、佐野氏がいうように、橋下氏の「本性」は、そのルーツに、つまり血脈ないし血統にあるということになる。

こうした観点から,記事は、ご丁寧にも、詳細な「橋下家家系図」を掲載している。また、タイトル・キャプションは「佐野眞一氏と本誌は、彼の血脈をたどる取材を始めた」(18頁、強調追加)であり、『週刊朝日』表紙には「橋下徹のDNAをさかのぼり本性をあぶり出す」(強調追加)と大書されている。

こんな露骨な血統主義、人種主義は、最近、目にしたことがない。表紙見出しは佐野氏自身のものではないかもしれないが、「DNAをさかのぼり本性をあぶり出す」とは、非常識の極み、狂気の沙汰だ。DNAは要するに遺伝子。その「DNA」や「血脈」で、政治家の思想や信条が決定される! これは、ナチス流優生学といっても、決して過言ではあるまい。

佐野氏は、「橋下の手口は“ハシズム”と呼ばれるように、たしかにヒトラーに似ている」(21頁)と述べているが、表層ではなく、もっと根源的なところでヒットラー(ナチス)と似ているのは、むしろ佐野氏の方ではないだろうか。

3.朝日のDNA
朝日新聞社は、この佐野氏の連載記事について、朝日新聞出版は別会社であり編集権も別だから、朝日新聞社には直接的責任はない、という立場を取っている。

これは形式論理に過ぎず、世間の常識では認められないが、それにもまして深刻なのは、週刊朝日記事流にいうならば、優生思想は朝日全体をあまねく貫流する「DNA」である、ということだ。

このことについては、すでに幾度も批判し、少なくとも西部本社は、私の批判の正当性を認め、紙面に掲載してくれた(下記拙稿参照)。
 ▼血液型性格判断,朝日はB型 2011/08/14
 ▼天声人語の血液型性格論 2008/12/18
 ▼血液型優生学を粉砕せよ 2008/10/16
 ▼朝日の血液型優生学 2008/06/29
 ▼カースト差別より危険な血液型差別 2006/10/08
 ▼「血液型の記載,記事には不要」 朝日新聞西部本社版、2006.10.8

しかし、それにもかかわらず、朝日は、またしてもこのような事件を起こしてしまった。10月16日付朝刊には、この図のような過激な宣伝が掲載されている。そこには、なんと「橋下徹本人も知らない本性をあぶり出すため、血脈をたどった!」(強調追加)と大書されている。


  ■朝日新聞(10/16)掲載広告

本人も知らない本性をあぶり出すために血脈をたどる――それがいかに非人間的、反人権的な許されざることであるかは、自明のことだ。それなのに、平気で本紙に広告を掲載する。それこそ、朝日は、朝日自身も気づかないDNAによって,密かに操られているからに他ならない。

このように、朝日新聞は、優生思想のDNAを持っているため、優生思想については極めて鈍感だ。佐野氏の記事掲載は、連載中止ではすまされないほど重大であり、朝日新聞社は責任を取り『週刊朝日』を廃刊にすべきである。

それと同時に、朝日新聞自身も、自らのうちに、佐野氏記事の掲載に走るような、優生思想ないし人種主義あるいはDNAを持つことを、よくよく自覚すべきである。

もっとも、朝日新聞が「本人も知らない本性」を持っているとすれば、それは朝日新聞の努力をもってしては如何ともしがたい「宿命」と観念せざるをえないのではあろうが。

谷川昌幸(C)