ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

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人民解放軍,政府引き渡し完了

1月22日,マオイスト人民解放軍(PLA)の指揮権がネパール政府に引き渡された。マオイストの勝利か全面降伏か? プラチャンダ党首はPLAを国軍に組み込ませたのか,それともPLAを国家に売り渡したのか?

国連=UNMINのどんでん返し大勝利か,それともマオイスト=NC=UMLの国益のための一時的共闘――国連のメンツを立て恩を売る――作戦なのか?

今のところ,何ともいえない。外交上手のネパールのこと,先進国や国連を手玉にとることくらい,朝飯前だろう。
ekantipur, 23 Jan

1.プラチャンダ演説
プラチャンダ党首とネパール首相による合意書署名により,22日からPLAは「監視・統合・復帰特別委員会」の指揮下に入った。そして,委員会は,当然,首相の指揮下にあるから,PLAの最高指揮権は首相に移ったといってもよい。これについて,プラチャンダ党首は式典において,こう述べている。

「今日から,すべてのマオイスト戦闘員は正式に特別委員会の指揮下に入った。」(AP,22 Jan)

「ネパールは,政治的移行の最終段階に入った。統合・復帰が完了するまで,この国は1国2軍隊にとどまる。われらが戦闘員の統合・復帰プロセスにより,強力な国家安全保障メカニズムをつくっていきたい。」(Himalayan Times, 22 Jan)

2.ネパール首相演説
ネパール首相もこう述べている。

「PLAはいまや国家の責任の下にある。」(ekantipur,22 Jan)

「これからは政府が監視・統合・復帰など,全責任を引き受ける。」(AP,22 Jan)

「つい先刻まで諸君はネパール共産党マオイストの活動家であったが,いまでは諸君は特別委員会の指揮下にある。」

「当然,諸君の任務も変化した。社会復帰希望者は政治活動に入ってもよいが,治安諸機関への統合希望者はどのような政党の党員であることも認められない。統合希望者は,非政治的・専門職的な独立の国家治安諸機関のメンバーとして献身することになる。宿営所にとどまる限り,諸君は特別委員会の決定と命令に従わなければならない。」(Himalayan Times,22 Jan)

3.プラチャンダ党首とネパール首相の偉業か?
この新聞報道から見る限り,つまり表向きは,ネパール首相の完全勝利であり,マオイストの全面降伏である。プラチャンダ党首は,PLA1万9千人を国家(NC=UML=国軍)に売り渡したことになる。

ネパールの歴史を見ると,急進派の指導者たちが,庶民の不満を代弁して反政府運動を展開し,その運動を通して自分たちの権勢を拡大し為政者たちにそれを認めさせると,一転して,獲得した既得権益を守るため,運動に参加してきた「人民」を見捨て,体制側に寝返るといった事例が少なくない。とくに共産主義運動は,そうした反体制エリートたちの人民裏切りの繰り返しであったといってよいだろう。

では,22日のPLA指揮権放棄は,どうか? これは難しい。プラチャンダ党首は,統合・復帰が完了するまでは,ネパールは1国2軍隊だ,といっている。また,「特別委員会」にはマオイストも最大政党として当然参加している。あるいは,マオイストが政権与党になれば,マオイスト党首が堂々とPLAと国軍の指揮権を行使し,国軍へのPLA浸透を図ることも出来るわけだ。

それゆえ,22日のPLA指揮権引き渡しの正確な評価は,現時点では,難しい。ただ,これまでの展開からみて,はじめに述べたように,PLA引き渡しは,国益のためのマオイスト=NC=UML共闘――国連・国際社会からカネを引き出すための共謀共闘――の可能性が高い,ということはいえるであろう。

もしそうなら,国連高官や,日本をのぞく諸外国大使を招いて賑々しく挙行された引き渡し式典が終了し,援助継続の約束さえとりつけてしまえば,また以前と同じような紛争状態に復帰してしまうことになる。

4.ノーベル平和賞?
もしこのPLA指揮権引き渡しが成功し,ネパールに平和が訪れるなら,プラチャンダ党首とネパール首相にノーベル平和賞が授与される可能性が出てくる。ネパールは国連平和構築のモデル国となるのだから。

しかしながら,諸般の状況を総合して考えると,コイララ翁ですらもらえなかったノーベル平和賞がネパールに来る可能性は,いまのところほとんどない,といわざるをえない。残念ではあるが。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2011/01/23 at 17:01

英語からネパール語を守れ,ネパール首相

ネパールアカデミー主催「ネパール語セミナー」開会式において,マダブクマール・ネパール首相が,英語からネパール語(the Nepali language)を守れ,と檄を飛ばした。

標準ネパール語を発展させよ。次世代へ正しい言語を伝えるのがわれらの義務だ。誤りを正すことなくネパール語を放置すれば,新しい世代はそれを正すことができなくなる。」(ekantipur, Jan 12)

首相によると,問題は英語の侵入。それを防止しネパール語を守るために,ネパール語文法を確立すべきだというのである。

このネパール首相の檄に,ミネンドラ・ラジャル文化相も賛成し,アカデミーと協力し,標準ネパール語の確立に努力する,と約束した。

さすがネパール首相は偉い。ネパールへの英語侵入を憂い,ネパール文化の中核,ネパール語の擁護に回ることを宣言したのだ。

明治日本のやったように,文法(文章ルール)を確立し,正しい国語=標準語を普及させるのが,近代国家の常套手段である。ところが,ポストモダンの現代において,ネパールや他の途上国がそれをやろうとすると,これは世界の市場社会化を目指す先進諸国にとってはいささか都合が悪い。そこで,先進諸国は,自分たちの多文化主義と英語帝国主義をご都合主義的に使い分け,途上国の「国語」政策を時代遅れ,反民主的と非難し,撤回させようと巧妙に働きかけてきたのだ。ネパール首相は,おそらくこの先進諸国の二枚舌政策を見抜き,反撃に出たのだろう。

先進諸国は,すでに1980年代末頃から,ネパール言語政策に介入しはじめていた。多民族=多言語主義を喧伝し,「ネパール国語」を相対化し,「ネパール国民」の文化的統一性を解体することによって,言語の自由市場化を促進すること,これが先進諸国のねらいであった。この言語自由市場化は何をもたらすか?

いうまでもない。市場社会でもっとも有利な言語,つまり英語の勝利だ。初等教育における母語教育権が認められようが,少数言語放送が行われようが,そんなことは英語帝国主義のアリバイ,恥部を隠すイチジクの葉にすぎない。マイノリティが,いくら自民族の言語を学ぼうが,せいぜい身内で使うぐらいで,外の社会では何の役にも立たない。目先の利く利口な親なら少数民族言語など学校で習わせたりはしない。外で役に立つ言語,英語を習わせるはずだ。こうして,ネパールでは,伝統的カースト制に代わる新しいカースト制,つまり一流言語=英語,二流言語=ネパール語,三流言語=諸民族語という強固な言語カースト制が出来つつあるのである。

いまネパールでは,有力者,富裕層は競って子供たちをEnglish schoolに通わせている。共産党幹部も少数民族リーダーたちも例外ではない。民族自治やマイノリティの権利擁護を謳いながら,彼ら,幹部たちはあさましくも英語帝国主義にしっぽを振り振り,自分の子供たちを保育園からEnglish schoolに通わせ,英語漬けにして恬として恥じるところがない。鉄面皮きわまりない。

ネパール首相は,この英語帝国主義の侵入に反撃を加えようとしている。たしかに「国語」「文法」「標準語」は,近代国民国家のイデオロギーであり,国内少数派言語の抑圧になる側面がある。多文化主義全盛の現在からみると,反動といってもよい。しかし,反動覚悟でいうならば,英語(米語)帝国主義への卑屈な屈服よりは,国語擁護の方がはるかに文化的であり,愛国的である。

ここで気になるのが,ネパール首相のご家族,ご親族のことだ。まさか,お子様たちをEnglish schoolに通わせたり,西洋諸国に留学させたりはされていないでしょうね?

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2011/01/12 at 15:50

UNMIN延長拒否、ネパール首相

ネパール政府のランドグレンUNMIN代表宛書簡(12月31日)の内容が明らかになった。新聞報道によれば、マダブクマール・ネパール首相は、UNMIN延長を拒否し、人民解放軍(PLA)監視は「軍統合特別委員会」が引き継ぐ、と明言している。

国軍については、別のメカニズムをつくり、こちらに監視させる。国軍民主化も、国防省設置「国軍民主化委員会」にゆだねる。

要するに、UNMINは関係書類と施設・設備を引き渡し、さっさと出て行け、ということらしい。UNMINは、PLAの武器調査・保管、PLA戦闘員の資格審査・名簿作成、宿営所の運営監視などを担当しており、もし関係資料や施設をそっくり政府側に引き渡し撤退すれば、PLAは丸裸となる。国軍はめでたく国連監視から解放。反革命的名案だ。ネパール首相は本気だろうか?

マオイストは、ランドグレンUNMIN代表にプラチャンダ議長のUNMIN延長要請書簡を託しており、ネパール首相のこんなえげつないマオイスト攻撃を座視できるはずがない。

マオイストが頼りにするのは、皮肉なことに、今回もまたもっとも非民主的な機関である最高裁である。ネパール首相のUNMIN代表宛書簡を憲法違反として最高裁に訴え、無効判決を出させようというのだ。

ネパールは、いよいよ国家の体をなさなくなってきた。政府とマオイストが、正反対の要請書簡を国連(UNMIN)に送りつけ、国連のお裁きを請う。国内では、議会が解決すべき政治問題を非民主的最高裁に丸投げしてしまう。これが、世界でもっとも民主的な方法で選出された601人巨大議会の体たらくなのだ。

UNMIN任期終了まであと10日。現状では完全撤退は無理であり、政府、マオイスト双方の顔が立つよう、看板を書きかえ、実質的にはUNMINに近い任務を担う国連機関が設置される可能性が高い。

さて、その場合、世界展開を目指すわが中央即応集団派遣陸自隊員はどうなるのだろう。こちらも目が離せない。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2011/01/04 at 12:09

首相選挙,16回目も失敗: 大統領委任統治へ?

11月4日,16回目の首相選挙が行われたが,唯一の立候補者,われらがポウデル氏(コングレス党)は過半数にはるかに及ばず,またしても選出されなかった。次回は,ティハール後の11月17日。

■ポウデル候補:賛成82,反対2,白票17。出席101,制憲議会定員601。

大統領統治の提案:ネパール首相

この16回目の首相選挙失敗を受け,マダブクマール・ネパール首相が,爆弾発言をした。eKantipur(Nov4)によれば,もしマオイストやUMLがポウデル候補を支持しないなら,国家統治権を大統領に委ねる,といったという。Nepalnews.com(Nov4)では,もし予算が通らなければ,統治権を大統領に引き渡し辞任する,といったそうだ。いずれにせよ,これはネパール首相の脅しであり,このままではそうなる可能性が高い。

そもそも制憲議会は回を追うごとに出席者が減少し,今回はわずか101人,全議員の17%にしかすぎない。定足数の規定はないのだろうか? こんな数字では,制憲議会は正統性をほぼ失ってしまっている。

この状況では,ネパール首相が言うように,大統領統治に移行した方がよい。私は以前から大統領委任独裁の必要性を強調してきた。現在のネパールには,先進諸国御用学者好みの民主主義は,百害あって一利なし。やめた方がよい。

制憲議会は,首相に先を越される前に,民主主義を一時棚上げし,大統領への独裁権限の委任を決議すべきだ。人民のための大統領委任独裁である。

老獪ネパール首相か大統領委任独裁か
首相権限カットの思い違い
大統領統治へ
 
ネパール首相の大統領統治発言を批判するデウバ氏 / その横の米政府民主主義宣伝(nepalnews.com, Nov4)

谷川昌幸(C)

 

Written by Tanigawa

2010/11/04 at 22:19

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