ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

Posts Tagged ‘パシュパティ

世俗国家大統領の寺院「公式」参拝

バンダリ大統領(ネパール共産党統一マルクス・レーニン主義派)が2015年12月28日,パシュパティ寺院を「公式」参拝し,僧の司式の下で,ネパールと世界の繁栄を神々に祈願した。

ネパールがヒンドゥー教国家であった頃はむろんのこと,それ以降であっても世俗国家宣言以前であれば,国王や首相がパシュパティ寺院を公式訪問することに何の問題もなかった。というよりもむしろ,それは彼らの当然の義務と見られていた。

しかし,2007年暫定憲法,そして現行2015年憲法により世俗国家が明文規定されて以後は,国家元首たる大統領がパシュパティ寺院を「公式」参拝することは,憲法上許されないとみるべきであろう。憲法はこう定めている(赤強調筆者)。

2007年暫定憲法
第4条(1) ネパールは,独立,不可分,主権的,世俗的および包摂的な連邦民主共和国である。
2015年憲法
第4条(1) ネパールは,独立,不可分,主権的,世俗的,包摂民主主義的および社会主義志向的な連邦民主共和国である。

バンダリ大統領は,大統領としての初の月給121,360ルピー(約13万円)をパシュパティ地区開発基金(PADT)に寄付した。(別に,寺院にも直接寄付したとされるが,詳細不明。)この寄付金は大統領月給だから公金ではないとされている。

たしかに,そうともいえるが,大統領の参拝は数日前から通知され,十分準備されたものだった。当日は,SB・バスネット内相が多くの市民や生徒らとともに寺院で大統領を出迎えたし,神々への礼拝も,サンスクリットでヒンドゥー教のしきたりに則り行われた。どうみても「公式」の宗教行為である。

バンダリ大統領は,つい半月ほど前(12月16日),強硬な反対を無視して強引にジャナキ寺院を「公式」参拝し,大混乱を引き起こした。28日のパシュパティ寺院参拝は,その失策の挽回を狙ったものかもしれない。(参照:大統領の政治利用と権威失墜

著名なマルクス・レーニン主義者・共産主義者のバンダリ大統領が,世俗国家大統領であるにもかかわらずヒンドゥー教寺院参拝に熱心なのは,なぜなのだろうか? 一つ考えられるのは,憲法第4条(1)の但し書きを根拠に,寺院参拝を強行し,ヒンドゥー保守層の支持を確保しようとしているのではないか,ということ。

2015年憲法第4条(1)[但し書き]
(原注)本条でいう「世俗的」は,古くから実践されてきた宗教と文化・・・・の保護を意味する。

9月20日公布施行の現行2015年憲法については,それに基づく州区画や選挙区割りをめぐり,いまタライで激しい反憲法闘争が繰り広げられている。この問題がどう決着するか,いまのところ見通しは全くたっていない。

それだけでも大変なのに,今度は,この世俗国家規定問題。これは,見方によれば,州や選挙区の決め方よりも,はるかに難しく深刻な問題である。現行憲法の最大のアキレス腱といってもよい。これからどうなるか,こちらも心配である。

160105a■パシュパティ地区開発基金(PADT)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2016/01/05 at 11:50

最高裁,パシュパティ埋葬許可命令

最高裁は3月18日,政府とパシュパティ地域開発トラスト(PADT)に対し,スレスマンタク森への他宗派埋葬許可を命令した。

キリスト教会の新憲法助言委員会は,政府に対し,代替墓地提供と,それまでのパシュパティの森への埋葬継続を要求している。

これに対し,世界ヒンドゥー協会(WHF)は,パシュパティはヒンドゥーの聖地であり,キリスト教会はここを墓地として使用すべきではない,と反論する。キリスト教会は自分で墓地を探すか,政府に探してもらうべきだというのだ。

18日の最高裁命令は,WHFやPADTの言い分と真っ向から対立しており,当然,ヒンドゥー側は最高裁に異議申し立てをすることになる。

これまでにも述べたように,これは、結局,死生観をめぐる争いであり,本来なら、そうしたものを政治の場に持ち出すべきではない。国家世俗化は,皮肉なことに,本来隠されてあるべき非政治的な死後の世界を不用意に暴き,生臭い生者の政治の世界に持ち出してしまった。

死者の祟りは恐ろしい。墓地使用問題を何とか政治化することなく,死後の世界を知る聖職者・聖者の知恵を持ち寄り,解消してもらいたいものだ。

* ekantipur, 2011-03-21

キリスト教会,「宗教省」設置要求
墓地紛争,ヒンドゥー惨敗か?
墓地紛争:キリスト教vsヒンドゥー教
死者をめぐる神仏の争い
神々の自由競争市場へ? 新憲法の課題

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2011/03/22 at 08:36

墓地紛争,ヒンドゥー惨敗か?

パシュパティの森(シャレスメンタク)の墓地紛争は,1月31日,警察の催涙弾発射,3人負傷,20数名逮捕の事態に拡大した。

パシュパティの森は,ライ,リンブー,ヤカ,スヌワルなどが墓地として使用してきた。そして,カトリックニューズ(2/1)によると,2006年国家世俗化後は,キリスト教徒も墓地として使用し始めた(もっと以前から埋葬してきたのかもしれないが,顕在化し始めたのはこの頃からであろう)。

これに対し,パシュパティ地区開発トラスト(PADT)は,この地区をヒンドゥーのものとする政府方針に従い,2010年12月から非ヒンドゥー墓地にブルトーザーをいれ,整地を始めた。ヒンドゥーの聖地パシュパティの非ヒンドゥー墓地は,世界中のヒンドゥーの心情を著しく害するからだという(PADT)。

世俗国家政府のミネンドラ・リジャル文化相は,政府方針を断固守る,と一歩も引かない構え。これに対し,キリスト教会,非ヒンドゥー諸民族が対抗し,マオイストが支援するという構図だ。

キリスト教会は,すでに各政党に圧力をかけ,墓地問題の「政治的」解決を要求し始めた。国連人権委員会でも,西洋諸国(ネパール援助国)が問題視し,介入を始めた。

これは,やっかいだ。キリスト教は一神教の普遍教会。ネパール・キリスト教会の問題は,世界のキリスト教会の問題となる。事実,ネパールメディアがいまのところ「触らぬ神にたたりなし」でやり過ごそうとしているのに対し,西洋メディアは問題を大きく伝え始めた。

勝敗は明白。このままではカネと力を持つキリスト教会の完勝,ヒンドゥーは屈辱的惨敗となる。

しかし,本当に,これでよいのか? もしもカトリックニューズが書いているように,クリスチャンのパシュパティの森埋葬(あるいはその顕在化)が2006年国家世俗化後のことなら,キリスト教会側にも反省すべき点はある。

以上は,情報不足の現時点での分析であり,誤りがあるかもしれない。宗教と政治は,取り扱い要注意,慎重の上にも慎重であらねばならぬ。新たな情報が入ったら,補足,修正をすることにする。

パシュパティの森(グーグル)

* Anil Giri, “Burial rights spark protest in Nepal,” AHN, Jan31.
* “Burial battle intensifies in Nepal,” India Talkies, Jan31.
* “Nepal Christians pressure govt for land,” cathnews.com, Jan1

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2011/02/01 at 12:42

カテゴリー: 宗教

Tagged with , , ,