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性別「X」パスポート,英国発行せず
英国最高裁判所は12月15日,性別「X」パスポートの発行を求めて上訴したクリスティ・エラン‐ケインさんの訴えを棄却した。ネパールをはじめ,すでに十数か国が「X」パスポートの発行を始めたというのに,さすが保守本家,アダム/イブ以来の男女峻別の正統を断固堅持する覚悟らしい。
【参照】Xパスポート関係記事
1.英国パスポートの性別欄
英国では,パスポート取得には,「M(男)」か「F(女)」のいずれか一方の性を選択し,申請しなければならない。「M」または「F」以外の選択肢は,日本と同様,英国にもない。
といっても,外国人の場合は,所持しているのが「X」パスポートであっても,その有効性を英国政府は認めている。頑固と実益の巧妙な功利的使い分け,これこそ英国保守主義の神髄なのだ。


2.クリスティさんの「X」パスポート訴訟
この英国のM/F択一選択パスポート制度に異議を唱え,男女いずれでもない性中立(gender-neutral)ないし性無区分(non-gendered)の人も選択しうる「X」欄の追加を求め,内務省を訴えたのが,クリスティ・エラン‐ケイン(Christie Elan-Cane)さん。
クリスティさんは,最高裁判決(12月15日)によれば,女性(female)として生れたが,思春期になると女性としての身体に違和感を抱き始め,1989年に乳房切除,1990年には子宮摘出を行った。
こうしてクリスティさんは,自分の性的アイデンティティ(性的自己認識)はnon-gendered,つまり男女いずれのジェンダー(性)にも属さない性無区分(X)にある,と確信するに至ったのである。
そのクリスティさんにとって,特に具体的な大きな障害となったのが,M(男)/F(女)いずれかの択一を要件とするパスポート制度。そこでクリスティさんは,パスポートの性別欄への「X(non-gendered)」の追加を求め,運動を繰り広げることになった。今回最高裁判決が出た裁判も,その一環である。
(注)最高裁判決によれば,クリスティさんは1995年以降,4回パスポートを取得しているようだ。いずれもM/Fの選択なしでの取得をパスポート局に拒否された後,取得。「M」か「F」のいずれかが当局か本人により選択されたのだろうが,詳細不明。
クリスティさんは,ノン・ジェンダー「X」の公認の必要性について,法廷の内外で,こう訴えてきた。
「私のアイデンティティは,男でも女でもない。自分は,ノン・ジェンダー(非ジェンダー)であり,そう訴えてきた。*2」
「本人のアイデンティティ(自己認知)の承認は基本的人権なのに,ノン・ジェンダーの人々は無権利であるかの如く扱われている。*5」
「男でも女でもない人は,パスポート取得の際,自分のものではないジェンダーでの申請を強制される。許せないことだ。*3」
「(M/F択一制パスポートは)侮辱的な,人の尊厳を傷つけるものだ。私は,はるか以前から全力を傾け,この差別的な政策の変更を政府に働きかけてきた。*2」
「12月15日に(最高裁判決で)正義が実現されることを期待しているが,もし英国内で正義が得られないなら,弁護団と私は,ストラスブールの欧州人権裁判所に訴えることを決意している。*5」
3.M/F択一制パスポート是認の最高裁判決
クリスティさんの「X」選択可能パスポート発行の訴えは2017年,行政裁判所(高等裁判所)に提出されたが,2018年6月,敗訴。さらに控訴院でも2020年,敗訴。そして最高裁への上訴も,2021年12月15日,棄却となった。最高裁判決は,判決文(*7,8)と解説記事によれば,おおよそ以下の通り。
・パスポートの性別は,申請者のアイデンティティ確認のためのもので,生物学的なもの。性別は,法的目的のために認定される。
・パスポートは,「M(男)」または「F(女)」のいずれかを選択したうえで発行される。性を変更したトランス・ジェンダーの人も,変更後のジェンダーにより「M」または「F」を選択する。本人の申告なき場合は,パスポート局が提出書類に基づき判定し「M」か「F」のいずれかとする。
・英国の法制度は,M/Fの2区分が大前提であり,ノン・ジェンダー(どの性でもない)は想定していない。「X」をパスポートに追加すると,他の法や制度との整合性が取れなくなり,混乱する。
・パスポートによる身分証明,治安維持に支障が生じる。
・パスポートへの「X」欄追加の利益よりも統治の整合性維持の利益の方が勝る。「X」欄追加には,行政コストだけでも2百万ポンドが必要。
・M/F択一制パスポートは,ノン・ジェンダーの人には不便かもしれないが,「X」欄追加を希望する人は,ごく少ない。
・EU諸国の間には,「X」欄追加への合意はない。欧州人権条約は,パスポートへの「X」欄追加は義務づけていない。
4.文化的「性」としてのジェンダーの難しさ
「性」には,生物学的な面と文化的な面,客観的な面と主観的な面など,さまざまな側面が複雑に絡んでおり,その判別は難しい。
たとえば,英語。男・女の代名詞は,he/his/him,she/her/her。では,クリスティさんは,どう呼ばれるべきか?
BBCは「she」を当てているが,クリスティさんは,そうは呼ばれたくないに違いない(*3)。クリスティさん自身は,per/per/perselfを提案しているそうだが,一般にはこれらの語はまだ見かけない(*5)。
あるいはまた,ジェンダーを特定しないtheyを,she,heの代わりに使う試みもあるそうだが,theyには慣用的に定着した意味があり,ややこしくてこれは流通しそうにない。
神話にも「男/女」2区分が多い。キリスト教の神は,天地を創造し,男(アダム)と女(イブ)を創った。また日本神話でも,日本の島々は,男(イザナギ)と女(イザナミ)が交わり生み出された。いずれの神話でも,「男」と「女」であり,しかも男優位が当然のこととされている。
この神話的創世以来の伝統的男女2区分を改め,男女と「第3の性」の3区分,あるいは「第3の性」をさらに細分化し多くの性区分にしていくことは,容易なことではない。
そもそも性は,生物学的にも文化的にも,厳密に見るなら無限に多様なものであって,2つであれ,いくつであれ,明確に区別し都合よく仕分けできるようなものではないのであろう。
そこで,ちゃぶ台返し,いっそのこと性区分なんか一切なくしてしまい,すべての人を「人」のみとして平等に扱え,という極論も出てくることになるのである。
*1 Gender-neutral passports: Campaigner Christie Elan-Cane loses Supreme Court case, By Joseph Lee, BBC News 2021/12/15
*2 Christie Elan-Cane loses legal challenge over gender-neutral passports, BBC,2020/3/10
*3 Gender-neutral passport rules are ‘unlawful’, Court of Appeal hears, BBC,2019/12/3
*4 “Why I want gender-neutral UK passports,” BBC,2017/10/11
*5 UK’s highest court rejects appeal for gender-neutral passports after activist’s 30-year fight, Vic Parsons, PinkNews, 2021/12/15
*6 UK Supreme Court rejects gender-neutral ‘X’ passport, By Rachel Savage,Reuters, 2021/12/15
*7 Supreme Court,JUDGMENT R(on the application of Elan-Cane)(Appellant) v Secretary of State for the Home Department(Respondent)
*8 Supreme Court, Press Summary
谷川昌幸(C)
米国「性別X」パスポート,ようやく発行
米国務省が10月27日,「性別X(エックス)」パスポートを初めて発行した,と発表した。「LGBTQI+の人を含め、全ての人の自由と尊厳、平等を推進する」ためとのこと。
米国パスポートでの「性」選択は,これまでもかなり自由であった。出生証明書,既取得パスポート,州身分証明書などに記載済みの「性」とは異なる別の「性」の選択が可能だったし,性別変更には医療機関発行診断書も不要。そこに今回,いずれの性でもない「X」選択の自由(権利)が追加されたのだ。
「X」は,要するに「性」を区別しないということ。区別し,区別されなければ,より自由で便利ともいえるので,「X」選択はおそらく増加するだろう。そして,そうなっていけば,性区別を大前提とする既存社会そのものも大きく変わっていかざるをえない。スポーツの男女別,学校・会社・議会における男女別,等々。
そして,「性」が多様化・自由化すれば,「性」絡みの日本の「姓」も,もちろん自由化せざるをえないだろう。

【参照】
第三の性パスポート,ネパールなどに倣い米でも
第三の性パスポート,ネパール発行開始
性的少数者の権利,先進国ネパールから学べ
M・F・X:ネパール「第三の性」旅券発行へ
「第三の性」パスポート,最高裁作成命令
ツクツクの女性運転手さん
制憲議会選挙2013(37):指名議席争奪
セックス超先進国ネパールに未来はあるか?
第三の性,公認
*1 U.S. Department of State, “Selecting your Gender Marker.”
*2 「男性でも女性でもない「性別X」のパスポート、米国務省が初発行」CNN,2021.10.28
*3 「性別「X」の旅券、初発給 来年から本格運用―米」時事,2021年10月28日
*4「米、初のLGBTQ旅券「Xジェンダー」選択肢」日経,2021年10月28日
谷川昌幸(C)
第三の性パスポート,ネパールなどに倣い米でも
アメリカ国務省が6月30日,パスポートの性別欄に「X」を追加すると発表した。「M(男)」でも「F(女)」でもない人びとは,「X」を選択できるようになる。いわば「第三の性パスポート」。今年中に実施の予定。
このような「第三の性パスポート」は,ネパールをはじめ印,濠,加など数か国がすでに採用しており,米政府もそれらの国の「第三の性パスポート」は承認している。
【参照】第三の性パスポート,ネパール発行開始 性的少数者の権利,先進国ネパールから学べ M・F・X:ネパール「第三の性」旅券発行へ 「第三の性」パスポート,最高裁作成命令
また,米国内でも,20州以上が性別「X」選択可能な身分証明証を発行しているし,控訴裁判所も「X」選択可能パスポートの発行命令を出している。
バイデン政権は,性の多様性容認への内外のこのような流れに掉さし,「史上最多のLGBTQI+を政府関係者に任命」(在日米大使館)したのに続き,このたびは「第三の性パスポート」の採用に踏み切ったのであろう。
それにしても,「性」は,人間のアイデンティティの根源にかかわるだけに,難しい。現在のところ,人びとは,その「性」により,「男」または「女」だけでなく,「LGBTQI+」としても区分されているらしい。
L = レスビアン(女性同性愛者)
G = ゲイ([主に男性」同性愛者)
B = バイセクシュアル(両性愛者)
T = トランスジェンダー(性別違和)
Q = クィア/クエスチョニング(Queer/Questioning,性自認未定ないし不選択)
I = インターセックス(男女両性身体)
+ = その他の様々な性
あまりにも複雑。正直,よくわからない。「性」は,厳密に定義しようとすればするほど多様となり,したがってそれぞれの「性アイデンティティ」を尊重して人びとを公平に処遇しようとすればするほど社会の仕組みも複雑とならざるをえない。
しかし,そんな方向に突き進めば,早晩,にっちもさっちも行かなくなるのは目に見えている。
そこで,いっそのこと「性」の区分や記述を一切なくしてしまえ,といった極論が出されることになる。もともと「性」など無限に多様なのだから,その多様性を尊重すべきなら,「性」を一切問わないのがもっとも公平ということになる。たとえば,トイレを性ごとに無限に多様化できないのなら,性別を問わない「万人共用トイレ」にしてしまえ,ということ。
が,こうした性区分撤廃論はちゃぶ台返し,問題を振り出しに戻すだけにすぎない。非生産的。われわれとしては,ややこしくて面倒だが,「LGBTQI+」という形でいま提起されている問題に,一つ一つ誠実に取り組み,よりよい解決策を模索していく以外に方法はあるまい。
このような「性」多様化の問題は,何かにつけ外圧で動く日本にとっても他人事では済まされない。たとえば,アメリカは「LGBTQI+の権利を擁護する米国」を掲げ,在日米大使館主催「LGBTQI+の権利向上をめざそう~アメリカと日本をつないで~」などを開催している。
おせっかい,余計なお世話という気もしないではないが,「人権」は,いまや「大砲」以上に強力で有効なアメリカ外交の手段。照準が向けられているのは中国だけではない。日本政府も,いずれ「第三の性パスポート」を発行し,そして,もう一つの「せい=姓」についても「夫婦別姓」法制化という形で多様化せざるをえなくなるだろう。
*1 ANTONY J. BLINKEN(SECRETARY OF STATE), “Proposing Changes to the Department’s Policies on Gender on U.S. Passports and Consular Reports of Birth Abroad,” PRESS STATEMENT, JUNE 30, 2021
*2 在日米国大使館と領事館「LGBTQI+の権利を擁護する米国」
*3 “U.S. protects the rights of LGBTQI+ people ,” ShareAmerica -Jun 3, 2021
*4 アメリカ大使館「バイデン政権、史上最多のLGBTQI+を政府関係者に任命」
*5 “U.S. to add third gender option to American passports,” nbcnews.com,July 1, 2021
*6 Kate Sosin, Orion Rummler, “U.S. to add ‘X’ gender marker on passports,” June 30, 2021


谷川昌幸(C)
ネパールのパスポート,評価最悪
ネパールのパスポートは,「第三の性」公認など,人権面では世界最高,最新だが,入国ビザ免除を基準にすると,最悪だという。CNN記事によると,2016年度評価は以下の通り。
*”World’s best and worst passports revealed,” CNN,March 1,2016
*”The Henley & Partners Visa Restrictions Index 2015,” (2016年版閲覧制限有)
▼世界最悪パスポート
順位) 国名 — ビザ免除国数(国・地域総数219)
94) Liberia — 43
95) Burundi, North Korea, Myanmar — 42
96) Bangladesh, Democratic Republic of Congo, Lebanon, Sri Lanka — 39
97) Kosovo, South Sudan, Yemen — 38
98) Eritrea, Ethiopia, Iran, Nepal, Palestinian Territory, Sudan — 37
99) Libya — 36
100) Syria — 32
101) Somalia — 31
102) Iraq — 30
103) Pakistan — 29
104) Afghanistan – 25
▼世界最善パスポート
1) Germany — 177
2) Sweden — 176
3) Finland, France, Italy, Spain, UK — 175
4) Belgium, Denmark, Netherlands, U.S. — 174
5) Austria, Japan, Singapore — 173
谷川昌幸(C)
M・F・X:ネパール「第三の性」旅券発行へ
ネパール政府は1月7日,パスポート記載の性別欄に「第三の性」を追加すると発表した。「パスポート規則を改正し,男でも女でもない人々のために,第三の性を追加することにした。」(ロック・B・タパ旅券局長) (b,c,)
1.先例としてのオーストラリアとニュージーランド
この問題では,オーストラリアとニュージーランドが先行している(e,f,g)。海外旅行の際,外見とパスポート記載の性別とが一致せず,トラブルとなることが少なくいなかった。そこでオーストラリアでは2011年9月,医師の証明書を付け申請すれば,「男(M)」,「女(F)」,「第三の性(X)」のいずれかを選択できるようにした。性転換手術は不要。
1年後の2012年,ニュージーランドでも,同様のパスポート規則改正が行われた。
2.南アジアのヒジュラ―
南アジアは,「第三の性」については,かなり先進的ないし現実的である(h)。
ヒンドゥー教では両性具有は神的なものとみられきたし,また他方では,古くから「ヒジュラ―(हिजड़ा)」と呼ばれる人々もいた。ヒジュラ―は,伝統的な女装した「第三の性」の人々であり,インドには数十~数百万人いると言われているが,人口調査区分が「男」「女」ということもあり,実数はよくわからない。いずれにせよ,両性具有信仰やヒジュラ―の伝統があったことが,南アジアで「第三の性」問題への取組が他の地域以上に切実であり早かった理由の一つであろう。
インドでは2005年,パスポートの性選択欄に「E(Eunuch)」が追加された。(Eunuch=去勢男性。ただし,ヒジュラ―は必ずしも去勢しているわけではない。) この「E」表記は,いつからかは不明だが,現在では「Transgender」に変更されている(下図参照)。また,2009年には,選挙管理委員会が有権者登録に「Other」を追加し,「男」「女」以外の人々は「第三の性」として投票できるようにした。
こうした流れを受けて,インド最高裁判所は2014年4月15日,次のような画期的な判決を下した。「男女いずれかのジェンダーとは別のヒジュラ―ないし去勢男性(Eunuch)は,『第三の性』として扱われ,[憲法,国法,州法により]その権利を保障される。」(a)
バングラデッシュでも,2011年から,ヒジュラ―は「Other」としてパスポートを取得できるようになっている。
3.新憲法と「第三の性」権利保障
ネパールは,インドやバングラデッシュより少し遅れたが,それでも2013年6月,最高裁が「第三の性」パスポートの発行命令を出した(i)。そして今回,それに基づき「パスポート規則(2010年)」が改正され,「第三の性」の選択が可能となった。
パスポートの性選択欄を「X」(オーストラリア,ニュージーランド)とするか「Transgender」(インド)ないし「O(Other)」(バングラデッシュ)とするかは,まだ未定。また,実際に「第三の性」パスポートが発行されるのは,必要機器の準備が出来てからとなる。
ここで注目すべきは,このような「第三の性」の権利保障が,憲法の中にも書き込まれるか否かいうこと。もし書き込まれるなら,ネパール新憲法は,この点でも世界最先端となり,注目を集めることになるであろう。
[参照]
(a)http://supremecourtofindia.nic.in/outtoday/wc40012.pdf
(b)”Nepal to issue passports with third gender,” REUTERS,2015-01-07
(c)”Road clear for 3rd sex passports,” Ekantipur, 2015-01-07
(d)”Germany allows ‘indeterminate’ gender at birth,” BBC News,2013-11-01
(e)”New Australian passports allow third gender option,” BBC News,2011-09-15
(f)”Male,female,or neither? Australian passports offer third gender option,”
AFP,2011-09-15
(g)”Australian passports to have third gender option,” The Guardian, 2011-09-15
(h)” ‘Third sex’ finds a place on Indian passport forms,” The Telegraph, 2005-03-10
(i)谷川「夫婦別姓: 公文書でも旧姓表記! ・財界・自民も賛成へ ・別姓パスポート取得/別姓クレジットカード <特報>長崎大別姓へ ・オーストラリアの別姓 ・住基ネットを別姓で笑殺」
谷川昌幸(C)
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