ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

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冬のヒマラヤ,あんがい見えない

ほんの3週間ほどの滞在だから,いつもはそうではないかもしれないが,1~2月には,盆地や丘からは案外ヒマラヤは見えないのではないか? 朝は霧が立ちこめ,昼頃になるとモヤかカスミがかかり,夕刻まで残る。カトマンズ付近でも,ダンクタでも,イラムでもそうだった。

よく見えたのは,キルティプールの1日,ダンクタの1日だけ。飛行機からも,国内線2往復のうち,よく見えたのはルンビニからカトマンズへ帰るときだけ。運が悪かっただけかな? (山の名に疎いので,下記は当てずっぽう。たぶんそうでは,といった程度。)

▼ダンクタから望むマカル―(?)方面
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▼菜の花畑と農家(ダンクタ付近)
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▼飛行機の窓から望むダウラギリ・アンナプルナ(?)方面
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谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2015/02/21 at 19:23

カテゴリー: 自然, 旅行

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紹介:『長岡信治遺稿集』

長崎大学教育学部の地理学教授であった長岡さんの遺稿集が刊行された。A5判1000頁の大著。

■遺稿集刊行会編『長岡信治遺稿集』長崎大学教育学部,i-xv, 1-979頁,2013年4月
 [収録論文]
 ・長岡信治「上高地の地形・地質」1988
 ・長岡ほか「クンブー・ヒマール,ゴジュンパ氷河周辺のモレーンとその編年」1990
 ・Nagaoka, The Glacial landforms in the Manang valley, north of the Great Himalayas, central Nepal, 1990
 ・(他49編)

130808a ■表紙

長岡さんは,長崎大学教育学部の同僚教員であった。私の赴任が2000年4月,長岡さんの52歳での急逝が2011年7月だから,11年余ご一緒させていただいたことになる。

長岡さんは地理,私は政治学と専門は異なっていたが,信州やネパールのことについては,折に触れ教えていただいた。私の方は単なる趣味にすぎないが,学生時代から登山が好きで,信州にもよく行っていた。そして,それが高じて,1985年にはアンナプルナ・トレッキングに行き,すっかりネパールに惚れ,とうとうネパールの憲法や政治まで研究する羽目になってしまった。だから,長崎大学教育学部に赴任し,はじめて研究室に行くと,廊下の衝立にマチャプチャレの大きな写真が貼ってあったのを見て驚き,また嬉しくなった。長岡さんのもので,これは最後までそのまま使われていた。マチャプチャレは,私が四苦八苦してダンプスまで登り,はじめて見たヒマラヤの山であった。

長岡さんには,山のことだけでなく,もちろんネパールの酒のことも教えてもらった。また,ネパールから政治学専攻の院生を受け入れたときも,数年間にわたって,あれこれ相談に乗っていただいた。留学生には,豪放磊落な長岡さんは話しやすかったのだろう。

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ダンプスから望むマチャプチャレ,アンナプルナ。この家の前を歩き,ガンドルンクヘ向かった。長岡さんも,この道を登ったのだろうか? 聞き忘れてしまった。

長岡さんの急逝には,いくつか原因があるだろうが,近くで見ていて感じたのは,あまりにも多忙だったということ。それでも,私が赴任した2000年頃は,まだましだった。学生もある程度大人だった。ところが,数年もすると,予算と教職員の削減,学部改組,自己評価,教員免許講習などで時間がとられる一方,学生の気質が一変,「指示待ち生徒」のようになり,教育研究指導にも苦労するようになってきた。

長岡さんは,研究に厳しく妥協を許さない。研究室をのぞくと,いつも数編の原稿を抱え,締め切りに追われていた。休暇はますます短くなったが,それでもマダガスカルなどに,日程をやり繰りし調査に出かけていた。学生指導でも,一見手抜きのように見えるが,実際にはトコトン厳しく面倒を見ていた。長岡ゼミは,私のゼミ以上に多彩な学生が集まり,時間的にも精神的にも指導は大変そうであった。長岡さんは,もともと話し好きで,研究室に行けば相手をしてくれるのだが,このあまりの多忙さに気が引け,たんだん自主規制するようになってしまった。

長岡さんの多忙に輪をかけたのは,豪快に見えて繊細,手抜きに見えて完璧主義の,その性格である。研究をあれほど大切にしていながら,教育指導や学内問題にも手抜きはしない。学内文書作成などでも,最初はかなり怪しい原稿だが,最後にはきちんと完璧な文書に仕上げてしまう。これでは,ストレスはたまるばかりで,時間はいくらあっても足らない。そのようななか,長岡さんの体調は悪化していった。あれこれやっているが,なかなか良くならないと,よくこぼしていた。亡くなる半年くらい前には,どの薬もよく効かないので,漢方薬にしてみようかと言われたので,それも一つの手だが,漢方薬の副作用も恐ろしいので,よく調べてからでないと危ないのでは,といったことも話したことがある。

長岡さん急死の背景に,多忙による過労があることは,明らかである。いまの制度では,教育研究や学校運営に誠実であろうとすればするほど多忙となり,過労死に追いやられる。個々人というよりは,むしろ制度がおかしい。文科省あるいは大学は,教育と研究にとって本当に必要なことをよく見極め,厳選し,教育研究環境を改善すべきだ。長岡さんのような本物の教育研究者を過労死に追い込まないために。

長岡さんの死後しばらくして,私自身の体調が激変した。前兆はあった。6月頃,長岡さんと廊下で出会ったとき,「どうした,いまにも死にそうだなぁ」と声をかけられた。その時は,それほど悪化せず回復したが,長岡さんの死後,秋になると,様々な体調異変が始まった。睡眠は連日2時間ほど。耳鳴りがはじまり,時々聞こえなくなる。便秘がつづき,尿が極端に少なくなり,食欲もない。長岡さんの急逝の後なので,これは危ないと感じたが,あと半年で定年退職なので,用心しつつ何とか乗り切ることにした。

ふらふら,よれよれだったが,何とか3月まで生き延び,やっと停年を迎えた。正直,ホッとした。長岡さんに生かされたのでは,とひそかに思い感謝している。

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教育学部案内。表紙のマチャプチャレは長岡さん提供であろう。これも聞き忘れてしまった。

【参照】
シンポジウム「長岡信治:海から山,火山でのフィールドワーク」2013年6月
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世界の山やま アンナプルナ(長岡信治)
長岡信治「マダガスカルにおける象鳥(エピオルニス)の絶滅と完新世環境変動史」(平成19年)
雲仙岳と岳の棚田の地形・地質(長岡信治)

谷川昌幸

六甲山の「ヒマラヤ」

初夏の陽気に誘われ,六甲山高山植物園に行った。車で30分。

高山植物園と行っても,標高わずか860mなので,すでにコマクサ,チングルマ,ニッコウキスゲ,クロユリ,シャクナゲなど,ほぼ満開。美しくはあるが,車30分の安易がいささか後ろめたい。

園内には「ヒマラヤ区」があり,ネパール国花シャクナゲも満開であった。「ヒマラヤの青いケシ」の方は五分咲き。どちらかの写真をブログかフェイスブックの表紙にする予定。

この高山植物園は,こじんまりと谷間に収まり,手入れも行き届き,センスよく高山の雰囲気を楽しめる。関西のお勧めスポット。

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 ■クリンソウとエンコウソウ/青いケシ

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 ■クロユリ/コマクサ

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 ■シャクナゲ/ミヤマオダマキとチングルマ

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2013/05/13 at 19:24

カテゴリー: 旅行

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寒くて暖かいキルティプール

この時期、北向きの室は寒い。たくさん着込んでもでも寒いので、屋上に上がり、ひなたぼっこをする。

これが快適。ぽかぽか、ついうたた寝を繰り返してしまう。本を持って行っても2、3頁読むとうとうと、これで半日終了。

周囲を見回すと、やはり屋上で椅子に腰掛け、何をするでもなく、じっとしている人が多い。また、田の畦にうつぶせになっている人もいて、行き倒れかと心配するが、実は、これらの人は、ひなたぼっこをしているのだ。

湿度が低く、天然赤外線が身体の深部までホカホカ暖めてくれる。周囲は百花繚乱、中景は有り難いスワヤンブー、そして天空にはヒマラヤ。半日といわず、一日中でも、ひなたぼっこをしていたいくらいだ。

が、そこは勤労倫理を埋め込まれた悲しき近代人、何かをしていないと罪悪感に駆られる。まことにもって、因果なものだ。

 ■朝夕の風景(ホテルより)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2012/11/19 at 09:31

カテゴリー: 旅行

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