ネパール評論 Nepal Review

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ガディマイ祭:動物供犠と人間の業(11)

9.人道的動物愛護運動の人間至上主義
今年のガディマイ祭の動物供犠は,11月28日(主に水牛),29日(ヤギほか)に催行された。

この動物供犠については,内外の動物愛護団体が激しい反対運動を繰り広げ,インドでは最高裁に訴え,動物の不法持ち出し禁止命令を出させることに成功した。ネパール政府にも圧力をかけ,関係諸法による規制強化を約束させた。要所には治安部隊1万4千が派遣され,動物検疫所も5か所開設された。

その結果,動物供犠そのものは阻止できなかったものの,供犠水牛は前回2009年の半分以下,4~5千頭にとどまったとみられており,この点では反対運動は大きな成果を上げたと動物愛護諸団体は評価している。

一方,ネパール政府と祭り関係者は,反対運動のさらなる激化を恐れ,今年は,ジャーナリストの入域を禁止した。リパブリカ記者はカメラを警官に没収された(のち返却)。

しかし,この情報化時代,参拝者のスマホやデジカメまで禁止することは無理であり,おそらく多数撮影され,これから続々ネットに掲載されていくであろう。しかも,それらがいずれも動物供犠の「リアルさ」を競うものとなることは避けられない。

動物が殺される様は,「リアル」であればあるほど,菜食主義者は無論のこと非菜食主義者であっても,日常生活においては直視に耐えられない。この点では両者の態度は共通している。

これは動物供犠支持派には圧倒的に不利な状況。反対運動が勢いを増すのは自然な成り行きであり,このままでは,2019年の次回動物供犠は実施できない可能性大と見ざるをえない。動物愛護派の完全勝利だ。

しかし,本当にそれでよいのだろうか? 動物の不法持ち込み,供犠前後の不衛生,見世物利権化,ダリット差別など,もっともな問題点をクリアし本来の動物供犠に立ち戻ったとしても,それでも動物供犠は,それ自体が悪であり禁止されなければならないのか? 

動物供犠禁止は,他の生命の犠牲によって生きざるをえない人間が,自らの業から目を背けて生きることを糊塗するためではないのか? 「人道的(humane)」こそが「人間至上主義(humanism)」なのではないか?

[参考資料]Humane Society International FB
 ▼シンボルマーク
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 ▼12月3日記事
Thank you for taking action and donating to support our campaign against the world’s largest animal sacrifice at the Gadhimai festival in Nepal.

Because of your support, our comprehensive campaign included meeting with the president and prime minister of Nepal to directly request their intervention and lobbying the chief priest of the Gadhimai Temple through the night until just hours before the butchering started, in a last-minute attempt to stop the bloodshed.

Despite the festival proceeding, there were some positives. We were able to successfully petition the Supreme Court of India to order a halt to illegal border crossings, resulting in 114 arrests and more than 2,500 animals seized (pictured). The number of animals who reportedly died was significantly lower than in the past and, just as importantly, we built a foundation for continuing the fight.

Our commitment to prevent this bloodbath from happening again is greater than ever. We will do all we can over the next five years to put a permanent end to the massacre of animals at Gadhimai.
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[参照記事]
*Vijay Singh,”Animal sacrifice in Nepal goes on despite protests,” Times of India, 2014-11-30.
*”Mass animal sacrifice at Nepal’s Gadhimai festival sparks global condemnation,” Business Standard 2014-11-30.
*Manesh Shrestha,”Death and the goddess: The world’s biggest ritual slaughter,” CNN, 2014-12-01
*Shirish B Pradhan,”India’s ban on animal exports hits Nepal’s Gadhimai festival,” Deccan Herald, 2014-12-01,
*”Dispute flares up in Gadhimai over sacrificial remains,” Himalayan, 2014-12-01

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2014/12/02 at 23:01

ガディマイ祭:動物供犠と人間の業(9)

6.インド政府の対応
インドでは,様々動物愛護主義者や動物保護団体が,政府への要請やデモ,あるいは裁判所への訴えなどにより,ガディマイ祭への動物輸送を阻止しようとしている。

たとえば,モディ内閣の女性子供開発大臣マネカ・ガンディー。ネルー=ガンディー家の一員であり,動物の権利擁護運動の世界的指導者の一人。インドにおいてPeople for Animalsを創設し,またInternational Animal Rescueの後援者でもある。ガディマイ祭に対しても,新聞,ネットなどで手厳しく批判・攻撃している。ブリジット・バルドー,ジョアンナ・ラムリーと並ぶガディマイ祭反対運動の国際的代弁者。

このようにインドでガディマイ祭反対運動が盛り上がる中,高裁と最高裁が相次いでガディマイ祭への動物の輸送を禁止する注目すべき命令を下した。(報道錯綜のため,多少,不正確な部分があるかもしれない。判れば,後日訂正)

141126a ■マネカ・ガンディー(Hindustan Times, 2010-7-31)

(1)高裁判決
[1]ウッタラーカンド高裁判決,2011年12月19日
インドでは,すでに多くのヒンドゥー寺院が動物供犠を止めている。ウッタラーカンド州のブーカル・カリンカ祭でもスクラ・パクサ (शुक्ल पक्ष) でも,動物供犠はなくなった。

「わが州の人々のこのような行動を見れば,神々を喜ばせるための動物供犠は,もはや行わないという意識ができあがっていることは明白である。・・・・ この法律[動物虐待禁止法2001「動物を認可屠殺場以外で屠殺してはならない」]に定めるとおり,神々を喜ばせるための動物供犠の古い伝統があるとはいえ,屠殺場以外での動物屠殺は認められない。」

「供犠は無実の動物に耐えがたい苦痛を与える。・・・・この社会悪は規制されるべきである。」(r)

[2]ヒマーチャル・プラデーシュ高裁判決,2014年9月26日
あらゆる寺院での動物供犠を禁止。

「憲法の掲げる価値は,宗教の掲げる価値に優位する。人間の権利と同様,動物の権利についても,それを侵害するような命令や勧告を発する権利はない。

宗教の名で動物を虐待することは許されないし,もし憲法や妥当する法律に反するような指示を信者に出すなら,それは違法な行為である。憲法設置でもない団体が,法律を無視させるような指示を出すことは許されない。」(d)

141126b ■動物園授業参加のガウリ・マウレキ:2013年9月5日(PFA-Uttarakhand HP)

(2)最高裁判決
[1]違法な動物輸送防止の仮処分命令,2014年10月14日
原 告:ガウリ・マウレキ(Gauri Maulekhi),動物の権利擁護活動家(People for Animals Uttarakhand)

「ガディマイ祭の供犠動物の70%以上は,ビハール,ウッタルプラデーシュ,西ベンガルの人々が不法に国境を越え持ち込む。このような家畜の無規制越境は,インドの輸出入規則に違反している。水牛の多くは,ビハールから祭りのため連れてこられる。・・・・

動物は,運搬中の疲労,脱水,寒さ,ストレスに苦しめられる。多数の動物が集中するので,動物伝染病の発生の危険があり,もしそうなれば,家畜や経済に甚大な影響を及ぼす。疫病の流行は,公衆衛生にとっても危険だ。儀式のための屠殺は,動物に対する残酷な残虐行為である。」

仮処分命令:裁判長J.S.Khehar
「外国貿易法1992」は,無資格者の家畜輸出を禁止している。連邦政府と関係諸州(ビハール,ウッタルプラデーシュ,ウッタラーカンド,西ベンガル)は,違法な家畜輸送を防止せよ。

ネパールのガディマイ祭での供犠動物の70%は,インドから持ち込まれる。インドの動物に,そのような「恥ずべき残虐」を加えることは,認められない。(c,s,t)

[2]違法な動物輸送の防止命令,2014年11月21日
連邦と関係諸州は,国境管理を厳格化し,ネパールへの違法な動物輸送を防止せよ。[u]

(3)インド政府の対応
連邦内務省は,9月25日付通達において,ビハール州とウッタルプラデーシュ州に対し,祭り期間中,動物をネパールへ輸送することを禁止した。

2014年の祭りでは,約9万頭の水牛のネパールへの違法輸送が予想される。これを防止する対策をとること。特に11月24~29日は,警戒を強化せよ。武装国境警備隊には,すでに出動命令が出ている。以上が,通達の要旨。

この通達や他の同様の指示に基づき,ビハール州当局は,印ネ国境付近において,違法家畜輸送容疑で47人を逮捕し,271頭を没収した。没収家畜総数は,4州で2422頭。

こうしたインド政府の規制強化に対し,ガディマイ祭実行委員会のラム・チャンドラ・シャハ委員長は,こう反論している。

「これまでのそうした通達には,たいした効果はなかった。・・・・われわれが,人々に動物を連れてこいと要求しているのではない。人々が自分自身の信仰に従い,動物を連れてきて,ガディ女神に生贄として捧げているのだ。」(c,v,x,y,z)

7.ネパール政府の対応
ネパール政府は,「動物の福祉と疫病防止のための対策」はとるが,供犠の全面禁止は考えていない。これに対し,ネパール最高裁へ二つの訴えが提出された。

原 告:[1]アルジュン・クマール・アリヤル弁護士,サロジ・クマール・ニューパネ。[2]ラム・クリシュナ・バンジャラ弁護士,ギータ・プラサド・ダハール(ネパール動物福祉調査センター事務局長)

訴えの要旨:訴えの内容はいずれもほぼ同じ。ガディマイ祭の動物供犠は,「動物の健康と家畜の取り扱いに関する法律1979」の規定に反する。また,それは環境,公衆衛生,人々の心理に対し,悪影響を及ぼす。それゆえ,政府は,動物供犠を中止させる措置を執るべきである。

仮処分命令,2014年11月24日:裁判長ゴビンダ・プラサド・ウパダヤ
動物の取り扱いに関する法令は,いくつかある。「動物の健康と家畜の取り扱いに関する法律1979」,「動物屠殺・食肉検査法」,「環境保護法」など。これらの関係法令を遵守して,ガディマイ祭は実施されるべきである。(g,w,x)

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 ■政府への反対請願:H.K.シュレスタ(Nepal Mountain News, 2014-11-17) / ガディマイ祭反対デモ:カトマンズ2014年10月11日(Animal Welfare Network Nepal FB)

[参考資料]
[c]Chahana Sigdel,”Gadaimai slaughter: Bihar, UP asked to check animal flow into Bara,” Ekantipur, Oct.13, 2014
[d]Rukmini Sekhar,”Gadhimai Festival: Harvest of Blood,” 05 October 2014. http://www.dailypioneer.com/sunday-edition/agenda/for-a-cause/gadhimai-festival-harvest-of-blood.html
[r]Poorva Joshipura,”Animal Sacrifice has No Place in Space-Age India,” 2014-10-17. http://www.ibtimes.co.uk/animal-sacrifice-has-no-place-space-age-india-1470505
[s]”Supreme Court issues notice to Centre, states on cattle export to Nepal,” 2014-10-14. http://www.dnaindia.com/india/report-supreme-court-issues-notice-to-centre-states-on-cattle-export-to-nepal-2026108
[t]”India apex court restricts export of animals,” ekantipur,2014-10-16
[u]”Cattle trafficking; SC asks Centre, states to keep up vigil on Indo-Nepal border,” 2014-11-21. http://zeenews.india.com/
[v]”Supreme Court of India Intervenes to Save Thousands of Animals from Nepal’s Brutal Gadhimai Festival Sacrifice,” Humane Society International-India,2014-10-20. http://www.hsi.org/world/india/news/releases/2014/10/india-supreme-court-gadhimai-ruling-102014.html
[w]”SC Orders Gadhimai Festival To Respect Existing Law,” Republica,2014-11-25
[x]”Gadhimai fair: 271 cattle seized,” Ekantipur,2014-11-21
[y]”India police seize animals bound for Nepal sacrifice,” AFP,2014-11-24. http://www.dailymail.co.uk/
[z]Manash Pratim Gohain,”India confiscates hundreds of animals at Nepal border ahead of Gadhimai festival,” The Times of India, 2014-11-20.

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2014/11/26 at 15:45

ガディマイ祭:動物供犠と人間の業(5)

4.ガディマイ祭反対運動
世界最大の動物供犠,ガディマイ祭に対しては,前回2009年頃から,ネパール内外で激しい反対運動が繰り広げられるようになった。

反対の論拠は,大別すると三つ。第一の論拠は,この祭がダリット差別を助長してきたというもの。第二の論拠は,動物を殺すことは,ヒンドゥー教の教えに反するというもの。そして第三の論拠は,供犠名目の動物殺戮は非人道的というもの。第二と第三の反対論には重複する部分が多いが,ここでは一応区別して議論することにする。

141118a ■ガディマイ祭反対FB

(1)ダリット差別の助長
最下層の被差別民であったダリットは,ガディマイ祭がダリット差別を助長してきたとして,この祭に反対している。

Ekantipur記事(2014-10-28)によれば,かつて供犠後の水牛は放置され,これをダリットは持ち帰ってもよいことになっていた。地域のダリット指導者マハント・ラムはこう語っている。「一般にチャマール[下注参照]は5年に一度だけ水牛の肉を食べてよいと考えられており,これが差別を助長してきた。」

このことは,前述のように,前々回(2004年度)までは,供犠後の動物は,連れてきた参拝者だけでなく他の誰でも自由に持ち帰ることができたという証言(f)もあるから,地域の長年の慣行であったと見てよいであろう。供犠動物は女神へのお供えであり,また供犠・分配後の残り物は不可触民として差別されてきた最下層ダリットへの5年に一度の施しでもあったのだ。

これに対し,供犠後の不衛生な残り物を施されるのは「差別」だと憤り,バラ郡やパルサ郡のダリット共同体は,供犠後動物拒否運動を始めた。「チャマルも社会の変化に気付き始めた」とマハント・ラムは述べている(o)。

ガディマイ祭反対運動として最も説得力があるのは,このダリット共同体の反対運動である。供犠・分配後の残り物を施すなどといった,文字通り「非人間的」で「反人権的」な差別的慣習の温存は許されるはずがない。

しかし,その一方,こうしたダリット共同体の供犠後動物拒否運動が,ガディマイ祭商業化の要因の一つともなっているのではないか,とも思われる。ダリットにタダで恵むよりも売却した方が得ということ。

もしそうであるなら,皮肉なことに,ダリットのガディマイ祭反対運動が成功すればするほど,それだけ祭が商業化・資本主義化し盛大となるのを助長する結果になってしまう。

そして,商業化すれば,今度は,巧みな宣伝に煽られ,数ヶ月分もの収入を購入費に充てるなど,無理してヤギや水牛を買い,供犠のために連れてくる多くの信心深い人々が,祭を牛耳る有力者らの食い物にされてしまうことになる(h)。たとえば,こんな話もある。

「ネパール政府はガディマイ祭に450万ルピーを援助しているが,その援助に見合うだけの効果はあるのか? 私の見る限り,利益を得ているのは,祭実行委員会と商売人だけだ。われわれの調査中,ある人がうっかり口を滑らせ,自分は祭司家族とコネがあるので駐車場入札でうまくいった,ともらした」(f)。

このように,商業化すればするほど,宗教を利用した民衆搾取は大規模となる。しかし,これは伝統的なカースト差別ではないから許される,ということにはなるまい。これは新しい形の半資本主義的な不正・腐敗であり,この観点からの批判も,ダリット差別の観点からの批判と同様,十分な根拠があり正当であるといってよいであろう。

(注)
チャマール  Chamar, widespread caste in northern India whose hereditary occupation is tanning leather; the name is derived from the Sanskrit word charmakara (“skin worker”).[….] Members of the caste are included in the officially designated Scheduled Castes (also called Dalits); because their hereditary work obliged them to handle dead animals, the Chamars were among those formerly called “untouchables.”(Encyclopadia Britannica)

ネパールのチャマール人口
141118 (Shyam Sundar Sah, AN ETHNOGRAPHY STUDY OF CHAMAR COMMUNITY: A CASE STUDY OF SIRAHA DISTRICT, March, 2008)

[参照資料]
 [f]Dilip D Souza,”The Goddess Beckons,” December 2009,Himal
 [h]”Gadhimai Festival(Animal Sacrifice) In Nepal.” http://omoewi.blogspot.jp/2013/02/gadhimai-festival-animal-sacrifice-in.html
 [o]”Dalits to boycott animal carcass,” ekantipur,2014-10-28

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2014/11/18 at 13:25

ガディマイ祭:動物供犠と人間の業(4)

3.ガディマイ祭の催行
ガディマイ祭は,実際には見ていないので,以下はネット記事などのとりまとめにすぎない。また,祭礼催行方法は,1990年民主化以降,とくに前々回1999年頃から大きく変化し始めたようなので,関連記事にも混乱が少なくない。いずれが事実かにわかには判別しがたいので,様々な情報をできるだけ整理して紹介するにとどめたい。矛盾や繰り返しもあろうが,ご容赦願いたい。

(1)ガディマイ寺院
現在のガディマイ寺院は,1993年(2050年),ケドゥ・チョーダリ・タルーが,バグワン・チョーダリを記念して建立したもの。

それ以前にこの場所に何らかの建造物があったかどうかは不明だが,寺院の側にはココナツを割るための大きな石がある。ココナツは,ダクシンカーリーなど他の寺院でもよく見られる供物であり,バリヤルプルでも,古くは,地元の人々がこの石の上で割ったココナツと幾ばくかの生贄を捧げ,ガディマイ女神の加護を祈っていたのであろう[a]。

そうした古来の素朴な宗教儀式が,1990年の民主化や1993年の寺院建立を転機に大きく変化し,現在のような「世界最大の動物供犠祭」になったのではないかと思われる[b]。

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 ■2050年建立のガディマイ寺院(Himalayan 2009-11-22)/ 女神とココナツ(gadhimai.info)

(2)ガディマイ祭実行委員会
ガディマイ祭も,他の祭と同様,近代化以前は,おそらく地域の村共同体が村の行事として執り行っていたのだろうが,現在は,「ガディマイ祭実行委員会」が組織され,祭の運営に当たっている。

2009年度のガディマイ祭実行委員会は,委員総数1000,小委員会15。2014年度の体制はよく分からないが,実行委員長はラム・チャンドラ・シャハで,近くの村々に村実行委員会が組織されているという[c,d,e]。

実行委員会は,本部がそれぞれの村の実行委員会に協力を要請する。2009年の場合,1村(VDC)当たり動物1000頭(内訳不明)の奉納が求められ,その見返りとして各村には祭の収入から分配金が支払われた。2014年度は,奉納動物をさらに増やし,祭を盛り上げ,収入増を図りたいという[f]。

(3)ネパール政府
ネパール政府は,ヒンドゥー教国家であった頃は,他の祭と同様,ガディマイ祭に関与することにも何ら問題はなかったはずだが,民主化以後,特に2007年の世俗化以後は,この祭を宗教儀式ではなく地域の「文化行事」と見なすことにより,政府として様々な援助を行ってきた。

たとえば祭への政府助成金は,2009年度450万ルピー。他に,寺院周辺(3~6km)の家畜への疫病予防接種,供犠後動物の処理施設の改善など。また2014年度には,動物検疫所も何カ所か設置する予定だという[f,g]。

しかし,このようにして政府が関与すると,ガディマイ祭反対派からの非難攻撃をもろに受け,ガディマイ祭が政治問題化することは避けられない。ガディマイ祭は,今年の参拝者が500万人とも1千万人ともいわれる大行事であり,祭が実施される以上,治安や衛生の面からも,実際上,政府は関与せざるをえない。が,関与すれば政府は非難される。政府にとって頭の痛い難問である。

(4)商業化
ガディマイ祭も,他の動物供犠と同様,つい最近までは宗教儀式として執り行われていたにちがいない。供犠後の水牛の肉も,2009年度ガディマイ祭実行委員会事務局のモティ・ラル・クスワによれば,以前は希望者に無料で配布されていたという(2004年であれば4千頭)。

ところが,2009年度について,彼は「肉と皮を競売し,2千万ルピーの収入を得たい」と言っている。実際にどの程度の収入だったのか分からないが,相当の儲けが出たことは確かなようだ。祭には,他にも見物料や出店料あるいは参拝者からの寄進など様々な収入もあり,これらはバラ郡の開発に当てられるという(f)。

これは,明らかにガディマイ祭の変質。祭の「見世物(ショー)化」「商業化」である。

(5)祭礼の開始
ガディマイ祭は,次のようにして開始される(一部既述)。

マンシール月第2サプタミの日(今年は11月28-29日)の未明,ブラフマ・ババ寺院の大きな菩提樹の下に運び出されたガディマイ女神像の前で,村の祈祷師(ドゥガ・カチャディヤの子孫)が,バグワン・チョーダリの子孫とともに,お祈りを始める。

しばらくすると,ガディマイ女神が目覚め,大きな壺のギー灯明に自ずと灯がともる。そして,この目覚めた女神に,人間の身体の5カ所(胸,舌,目の下,あご,腕)の血と,5種類の動物(ネズミ2,ハト2,ブタ1,ニワトリ1,子羊1ないし水牛1)の生贄を捧げ,また供犠で使用されるククリ刀にもお祓いをする。

これが済むと,寺院近くの広場で動物供犠が開始される(a,h,i,j)。

(6)動物供犠の実行
ガディマイ寺院近くの供犠場広場に連れてこられる動物は,総数20~50万。
 水牛=1万4千(2004年),2万(2009年)
 ヒツジ=5~30万(2009年)

ククリ刀などで動物供犠を実行する係は,200~400人。また,25ルピーを払い入場すれば,誰でも自分の手で供犠を実行できるという。参拝者総数は,100~500万人(2009年)。

以上が事実だとすると,たしかに「世界最大の動物供犠」。寺院周辺が血みどろの修羅場と化すのは当然といえよう(d,h,i,k,l,m,n)。

141117c ■動物供犠の見物(neostuff.com/2014/10/12)

(7)動物供犠の終了
やがて(2日後?),大きな壺の中のギー灯明が自ずと消え,ガディマイ女神は退去,祭の終了が告げられる。ここで動物供犠は停止され,生き残った水牛には耳に印をつけ,次の祭まで飼育される(j)。

供犠後の動物の肉や皮や骨の利用については,前述のように2009年の前回から商業化が進み,カトマンズの商人らに売却し,利益は寺院維持や地域開発に回される。

[参照資料]
 [a] Merritt Clifton, “The Origin of the Gadhi Mai Sacrifice.” http://www.animals24-7.org/2014/03/12/427/
 [b]Shristi Srestha,”Buddha and Bloodbath.” http://www.myrepublica.com/portal/index.php?action=news_details&news_id=83135
 [c]Chahana Sigdel,”Gadaimai slaughter: Bihar, UP asked to check animal flow into Bara,” Ekantipur, Oct.13, 2014
 [d]Rukmini Sekhar,”Gadhimai Festival: Harvest of Blood,” 05 October 2014. http://www.dailypioneer.com/sunday-edition/agenda/for-a-cause/gadhimai-festival-harvest-of-blood.html
 [e]”Gadhimai-fair celebration committee formed,” 03 November 2014,Nepalnews.com
 [f]Dilip D Souza,”The Goddess Beckons,” December 2009,Himal
 [g]”Action plan readied to manage animal sacrifice: Gadhimai festival,” Ekantipur,2014-10-22
 [h]”Gadhimai Festival(Animal Sacrifice) In Nepal.” http://omoewi.blogspot.jp/2013/02/gadhimai-festival-animal-sacrifice-in.html
 [i]”Nepal’s Gadhimai festival draws animal blood and millions of visitors.” http://www.thealternative.in/society/nepals-gadhimai-festival-draws-animal-blood-and-millions-of-visitors/
 [j])Ravi M. Singh, “The Five-Year Animal Sacrifice,” Sep.25.2013. http://ecs.com.np/features/the-five-year-animal-sacrifice
 [k]”Mass animal sacrifice at Nepal’s Gadhimai FestivalTue,” Sep 23, 2014. http://asiaforanimals.com/coalition-voice/latest-news/item/100-mass-animal-sacrifice-at-nepal-s-gadhimai-festival
 [l]”Nepal Must Stop Inhumane Sacrificial Slaughter.” http://action.ciwf.org.uk/ea-action/action?ea.client.id=119&ea.campaign.id=29144&ea.tracking.id=7774353c&utm_campaign=slaughter& utm_source=actionemail&utm_medium=email&forwarded=true
 [m]D.M. Murdock, “‘Tis the season for slaughter,” November 27, 2009. http://www.examiner.com/article/tis-the-season-for-slaughter
[n]”Hindu sacrifice of 250,000 animals begins.” http://www.theguardian.com/world/2009/nov/24/hindu-sacrifice-gadhimai-festival-nepal

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2014/11/17 at 12:08

ガディマイ祭:動物供犠と人間の業(2)

3.ガディマイ祭縁起
ガディマイ祭の由来については,いくつか説があるが,よく知られているのは,900年前始原説と260年前始原説。

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 ■ガディマイ寺院:グーグル地図(=寺院)/グーグルアース

(1)900年前始原説
ラヴィ・M・シンは,シヴァ・チョーダリ・タルーから聞き取りしたとして,900年前起源説を次のように説明している。Ravi M Singh, “The Five-Year Animal Sacrifice,” ECS Nepal,Sep.25.2013(http://ecs.com.np/features/the-five-year-animal-sacrifice)

シヴァ・チョーダリ・タルーは,バグワン・チョーダリの直系子孫で,ガディマイ寺院の祭司長。そのチョーダリによれば,ガディマイ祭は約900年前に始まった。

900年ほど前のある日,バリヤルプルのバグワン・チョーダリの家に泥棒一味が侵入したが,すぐ捕まり,怒った村人たちにより皆殺しにされた。バグワンは,村人たちが罪に問われるのを恐れ,すべての罪を自ら引き受け,カトマンズのナクー監獄に投獄された。

ある夜,マクワンプル要塞(गदी,Gadhi)の女神が夢に現れ,以来,毎夜夢に現れるので,バグワンは,自分を殺害事件のあったバリヤルプルに連れ戻してほしい,と頼んだ。(最後の部分,文意不明瞭。「女神は,殺害事件のあったバリヤルプルに連れて行ってほしい,とバグワンに頼んだ」とも読めるが,これはやや不自然。)

141101a ■現在のナクー刑務所(Nakku Jail, Khabartime.com)

女神はバグワンの願いを聞き入れ,その偉大な呪力によりバグワンをナクー監獄から解放した。女神の足下から土が流れ出しバグワンのターバンにまで届き,そこから道ができ,バグワンは村に戻ることが出来たのである。(ちなみに,ガディマイ寺院の土は神聖で,持ち帰り田畑に撒くと,土地が肥え作物がよく育つとされている。)

バグワン解放の見返りとして,ガディマイは,毎年,人間5人を生贄として捧げよと求めた。バグワンは,自分の生命は喜んで差し出すが,人間5人の生贄は捧げられないと応えた。そして,その代わり,5年ごとに,動物パンチャバリ(पञ्चबाली,5種動物供犠)を行うと誓った。ネズミ,ブタ,ニワトリ,ヤギ,水牛の5動物の生贄である。

こうして,力と繁栄と土地守護の女神ガディマイのためのパンチャバリが始まったが,バリヤルプルの人々の願いは聞き届けられず,子供や若者が病気になり死に始めた。仕方なく,バグワンが再びガディマイにお伺いを立てると,女神は動物パンチャバリだけでなく人間の生贄も捧げよと求めた。そこで,やむなく人間の生贄探しを始めたが,これはうまくいかなかった。

そこに幸いにも,ラウタハトのシムリから一人の村人が助けにやってきて,自分の身体の5カ所――胸,舌,目の下,あご,腕――からそれぞれ血を採り,その血を女神に捧げた。いわゆるナラバリ(नरबलि,人間供犠)の一種である。女神はこれを喜び,村は破滅から救われた。こうして,バリヤルプルでは,以後,動物パンチャバリと人間ナラバリが行われるようになり,今日に至っている。

141103c ■最高裁へのガディマイ祭反対請願(Sante Secchiイタリア,Change.org)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2014/11/03 at 11:40

ガディマイ祭:動物供犠と人間の業(1)

5年に1度のガディマイ祭(गढ़िमाई पर्ब, गढ़िमाई मेला)が,11月下旬,バラ郡バリヤルプルで開催される。この祭は世界最大の動物供犠祭として知られており,今年も,動物の愛護や権利擁護を唱える世界中の人々から,「非人道的」などと激しい非難攻撃を浴びている。私の考えはすでに何回か表明したが,今年は前回(2009年)以上に議論が激昂しており,また新しい論点もいくつか明らかになってきたので,ここで改めて,ネット上の議論を参考にしつつ,考察してみることにする。
 [参照]動物の「人道的」供犠:動物愛護の偽善と倒錯; 動物供犠祭への政治介入:動物権利擁護派の偽善性; 血みどろのゴルカ王宮; インドラ祭と動物供犠と政教分離; ケネディ大使,ジュゴン保護を!; イルカ漁非難,その反キリスト教的含意と政治的戦略性

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■ガディマイ祭反対キャンペーン: People for the Ethical Treatment of Animal-US / Compassion in World Farming-UK)

1.ガティマイ祭の概要
 (1)開催日:5年に1度,11月下旬2~4週間。動物供犠はमंसीर月の第二 सप्तमी。前回2009年11月24-25日,今回2014年11月28-29日。
 (2)開催場所:バラ郡バリヤルプルのガティマイ寺院(現寺院1993年建立)とその周辺。バリヤルプルはタルー民族の村。住民7033人(1991)。
 (3)祭事:ガディマイ(ガディ女神)への動物供犠。供犠動物総数25~50万。
 (4)供犠動物:水牛,ヤギ,ヒツジ,ブタ,ニワトリ,アヒル,ハト,ヘビ,ネズミなど。
 (5)参拝者:約500万人,その60~70%はインドから(2009年)。
 (6)ネパール政府拠出金: 450万ルピー(2009年)

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 ■ガディマイ寺院(ECS Nepal)/バリヤルプル(UN-Nepal)

2.ガディマイ
ガディマイ(ガディ女神,गदीमाई, गादी माई)はドゥルガー(दुर्गा)の娘で,カーリー((काली )の姉妹。あるいは,カーリーと同様,ドゥルガー自身の別の姿(別の相のドゥルガー)ともいわれている。

ドゥルガーは,戦いと勝利の女神で,恐ろしい水牛の姿をした大魔神と血みどろの戦いを戦い,これを殺し,世界を救った。ガティマイはその娘ないし別の相であり,「力の女神」。このガティマイに生贄(特に水牛)を捧げると,その恐るべき力(シャクティ)による加護が得られると信じられてきた。

141101d ■ドゥルガー,下方は退治した水牛魔神の生首(Education Blog)

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■カーリー(WIKI)/ガディマイ(FB,Gadhimai5)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2014/11/01 at 21:19

イルカ漁非難,その反キリスト教的含意と政治的戦略性

1.ケネディ大使のイルカ漁批判
ケネディ駐日大使が,イルカ追い込み漁の「非人道性(inhumaneness)」を,ツイッターで非難した。

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この発言自体は,「人間」と「非人間」の区別さえしない,お粗末きわまりない感情的非難であり,聖書の教えにすら反する単なる言いがかりにしかすぎない。

それにしても,いったい誰が,いつ,何の目的で,”human”に “e“をつけ,”humane“とし,ご都合主義的にごまかす巧妙な詐術を考えついたのだろう。われわれ日本人は,はるかに論理的な日本語を使う民族であり,こんないい加減なアメリカ語に卑屈に屈服すべきいわれは,みじんもない。

だが,そこは老獪なアメリカ,そんなことは十分わかった上で,長期的観点から戦略を立て,日本にたいし,この文化的非難攻撃を仕掛けているとみるべきだ。

だから,いくら腹が立とうが,感情的に反発しては負け,アメリカ以上の戦略を立て,冷静かつ論理的に,このケネディ大使発言に断固反論し,世界社会の共感を勝ち取っていくべきであろう。

2.二枚舌の戦術と戦略
アングロサクソンは,政治的能力に長けた民族。短期的戦術と長期的戦略を組合せ,二枚舌を巧妙に使い分け,目標を達成する。単線化,単純化しやすい非政治的民族日本人より,はるかに懐が深いといってよい。

たとえば,ヨーロッパの片田舎の不合理で不便な英語を数百年以上かけ「世界共通語」にしたし,敗戦日本には食パン学校給食を強制し,米作中心の日本農業を衰退させた。コンピューターでも,初期段階で,優秀な日本製基本ソフトを政治的圧力により開発継続断念に追い込み,出来の悪かったアメリカ製を普及させ,その結果,いまや日本はアメリカの電脳植民地。そのうち,日本語そのものが,「不公正な貿易障壁」とみなされ,攻撃され,アメリカ語の公用語化を強要されるであろう。(英語帝国主義への屈服の見本が「美しい国」の安倍首相)。

ケネディ大使のイルカ漁「非人道性」攻撃は,この文脈で見なければならない。

3.「動物の平等権」の侵害
米大使のイルカ漁批判は,言い方を変えれば,米国における牛の近代的・合理的・科学的な屠殺は「人道的」であるのに対し,日本におけるイルカの伝統的・文化的な追い込み漁は「非人道的」だ,ということだろう。なぜか? それは,おそらく牛はバカだが,イルカは知能が高く人間に近いから,ということだろう。

私は,小学生の頃,牛部屋の隣で寝起きし,毎日のように牛の世話をしていた。だから,たぶんケネディ大使より,牛には詳しいはずだ。私にとって,牛はたいへん賢く,忍耐強く,平和愛好的で,「女神」のように優しかった。イルカと暮らしたことはないが,おそらく牛は,イルカと同等かそれ以上に賢いといってよいであろう。

しかし,たとえ百歩譲って牛がイルカより少々知的能力が劣るとしても,それをもって牛(や他の動物たち)とイルカを差別するのは,「動物の平等権」の侵害だ。人間の都合で,動物と動物を差別するのは,不当,不公平であり,許されない。

4.生命の尊厳と「人道的」屠殺
これは自明のことであり,アメリカもそんなことは十分わかっている。それにもかかわらず,イルカ漁を非難するのは,別の目的があるからに他ならない。

一般化していえば,近代的・合理的・科学的に――つまり経済活動の一環として――「人道的」に殺害できる動物は,殺して食ってもよいから,大いに食え! ということ。要するに,アメリカン・ビーフを食え,ということだ。

敗戦のドサクサに紛れ,日本にパン食文化を押しつけ,日本を米国産小麦粉の大市場にしたように,日本人にもっと牛を食わせ,米産牛肉の市場を拡大するのが,米戦略なのだ。

しかも,米国において牛は「人道的」に屠殺され,その現場は可能な限り市民生活から隔離されている。私たちは,牛(や他の動物)がこのように「人道的」に殺されれば殺されるほど,私たち自身が彼らの「生命」を食べて生きていることを忘れてしまうのである。

これが,意識されてはいないだろうが,実際には,動物愛護運動の隠された目的のひとつだ。いや,それが言い過ぎだとするなら,少なくともその善意は金儲けのために巧妙に利用されているといってもよいであろう。

5.南アジアもターゲットか?
しかも,狙われているのは,日本だけではあるまい。日本以上のターゲットは,おそらく南アジアの巨大なヒンドゥー教文化圏であろう。

むろん,この地域には,仏教やジャイナ教などの不殺生の幅広い強力な伝統があり,牛を殺して食うことはタブー。しかし,たとえそうであっても,「死」や「(殺すための)暴力」が,こうして,まるで存在しないかのように,きれいに隠されてしまえば,目にするのは単なる食品の一つとしてのパックされた「ビーフ」にすぎなくなる。そうなれば,ヒンドゥー教徒にとっても,牛肉への敷居は,おそらく低くなるであろう。それは商品としてのパック食品であり,したがって消費さて当然ということ。

しかと確かめたわけではないが,ネパールでは,すでに「ビーフ」は日常的に消費される食品の一つとなりつつあるという。

南アジアは,巨大な人口を擁し,なお急増しつつある。その南アジアに,もし牛肉食文化を受け入れさせれば,アメリカや他の牛肉生産国は,巨大なマーケットを手にするわけだ。牽強付会? そうかどうか,あと数十年もすれば,わかるであろう。

他の論点については,下記記事をご参照ください。

【参照】
動物の「人道的」供犠:動物愛護の偽善と倒錯
動物供犠祭への政治介入:動物権利擁護派の偽善性
インドラ祭と動物供犠と政教分離
毛沢東主義vsキリスト教vsヒンズー教
中国援助ダムに沈黙のNGOとマオイスト

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2014/01/20 at 14:16