ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

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震災深刻(6): ブンガマティ

ブンガマティは,コカナの南方2~3Kmのところにあるネワールの古い村ないし町。コカナ~ブンガマティ間は,つい最近まで田畑の中の田舎道であり,ところどころに伝統的な彫刻や手織りやタンカ工房があり,それらを冷かしながらぶらぶら散歩するのに最適のコースであった。いまでは,少し家屋が増えたが,それでものどかな田舎道に変わりなく,地震以前は,外国人旅行者ともときどき途中で出会ったものだ。それが,今回は,一人も見かけなかった。

コカナから歩いてブンガマティに入ったとたん,あまりの激しい崩壊に,茫然自失。爆撃を受けた町のようだ。コカナ以上の惨状。

ブンガマティは,趣のある調和のとれた美しい町だったのに,この損壊の状況では,復元は難しいであろう。

それでも,驚くべきは,町の人々。他の被災地でもそうだったが,ここブンガマティでも,被災家族が,ごく自然な当然の作業をしているかのように,黙々と損壊した自宅の後片付けや取り壊しをしていた。状況が絶望的なだけに,ネパール庶民の不屈の精神と力強さを深く印象付けられた。

▼震災以前のブンガマティ
 コカナとブンガマティ  ブログ内検索:ブンガマティ

▼損壊家屋
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150723g■周囲の家屋ほぼ全壊

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▼仮設住宅
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▼寺院健在
150723t■記憶では数年前修理済み。

150723u■寺院内は避難所として使用。

【参照】カトマンズ市街の震災「軽微」,観光支障なし(2015-07-16)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2015/07/24 at 17:40

カテゴリー: 自然, 文化, 旅行

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京都の米軍基地(28):和による抵抗の苦悩と悲哀

経ヶ岬の空自分屯基地付近に行ってみて気づくことの第4は(→第1第2第3),米軍Xバンドレーダー基地問題で分断の瀬戸際にある地域社会の苦渋の抵抗である。京丹後市長も「苦渋の決断」をしたらしいが,地域住民に比べれば,その苦渋など,渋茶の渋ほどにもあたらない。(→「苦渋の判断」の甘さ

1.呉越同舟ポスター掲示
下の写真は,空自基地の地元,尾和地区の旧道側で撮影したもの。前回述べたように,米軍反対看板やポスターは,経ヶ岬~袖志~穴文殊~尾和付近の国道沿いには一つも見当たらなかった。ところが,尾和の旧道の地区中心付近には,反対ポスターが1枚,壁に貼ってあった。しかも,見よ,自民党安倍首相の「日本を取り戻す」ポスターと並んで!

誰が,何の目的で,この2枚のポスターを,ここに並べて,しかも微妙な距離をとりつつ,貼っているのだろうか?

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 ■尾和バス停付近のポスター掲示(12月9日)

空自基地から少し西の久僧地区まで行くと,そこにはさらに衝撃的なポスター掲示がある。共産党のポスターが,自民党ポスターと航空自衛隊=自衛隊京丹後地域事務所ポスターに囲まれ,掲示されている。久僧地区では,自民党や自衛隊と共産党が仲良しだからだろうか? まさか! では,どうして?

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 ■久僧「呉越同舟ポスター掲示」(2013年12月9日)

2.ネパールの呉越同舟ポスター掲示
実は,尾和地区や久僧地区の掲示を見たとき,「あれ? あれと同じだ!」と,驚きを禁じえなかった。唐突と思われるかもしれないが,これらの掲示の醸し出す雰囲気は,つい先日(11月19日)実施されたネパール制憲議会選挙のポスター掲示の雰囲気とそっくり同じなのだ。(→多党共生文化

ネパール制憲議会選挙では,コングレス党,統一共産党,マオイストの三大政党が激しく争った。特にマオイストと他党は,人民戦争(1996-2006)で戦い,双方に多くの死傷者を出した。残虐なゲリラ戦の記憶は生々しく,親族や知人が犠牲になった人も少なくない。マオイストと反マオイスト諸党は本来不倶戴天の敵であり,また,コングレス党と統一共産党も相互に敵対し,あちこちで暴力沙汰を引き起こしてきた。

選挙では,当然,そうした激しい党派争いが,地域社会に持ち込まれる。しかし,それを座視すれば,地域社会は分断され,住民同士,いや肉親であっても,敵対し憎み合うことになってしまう。それを防止し,地域社会の平和を守るにはどうすべきか?

ここから先は,よそ者の想像にすぎないが,観察した限りでは,地域社会が緊密であればあるほど,敵対する党派を外面的には共存させる方法をとっていた。

古い伝統をもつ小都市コカナでは,1軒の家の壁に,統一共産党・マオイスト・コングレス党の旗が,この順で並べて立ててあった。同じような旗やポスターの掲示が,ブンガマティ,キルティプルなど緊密な人間関係を持つ古い地域共同体では,どこでもいたるところで見られた。

私が見るに,これは内戦で殺し合ってきた党派間の抗争,あるいは政党間の激しい権力闘争を地域共同体に持ち込ませないための苦肉の策である。政治的立場や利害の対立はあるにせよ,共同体内では事を荒立てないことによって,かろうじて「」は保たれる。

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 ■三党の旗を掲げるコカナの民家(2013年11月)

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 ■古都キルティプルの諸党旗掲示(2013年11月)

このように,毎日,鼻突き合わせ暮らさざるをえない狭い地域共同体の人々にとっては,「を以て貴しとなす」は身体化された生活の知恵であり,結局,それしか他に方法はあるまい。ネパールの古い町や村にとっても,日本の地方の小さな伝統的地域共同体にとっても。

3.「和」による抵抗の苦悩と悲哀
しかし,それで地域社会の平和がこれからも守り抜けるかといえば,これは悲観的とならざるをえない。ネパールに襲いかかっているグローバル資本主義化の荒波は,たとえ政争を表向き棚上げしたとしても,伝統的生活を根底から揺るがせ,「」の成立基盤そのものを蚕食しつつある。

同じことが,京丹後の村や町についても言える。米軍Xバンドレーダー基地問題について,地元の人々は,事を荒立てず,「」を優先することによって,日々の生活の場たる地域共同体だけはともかく守り抜こうとしている。

しかし,Xバンドレーダー基地設置は,はるかかなたの東京やワシントンで米政府とその下請けたる日本政府が決定し,上から権力的に日本の秘境,丹後半島に押しつけようとしているものである。これに,地元社会は真正面からの表立った抵抗は出来ない。そのような抵抗を始めたら,地域社会が崩壊するから。

ところが,このXバンドレーダーは,先述のように,地元を必然的に「Xバンドレーダー体制」に造り替える。もし京丹後が「」を優先し,権力の押しつけに真正面から抗しないままズルズル流され,結局は「Xバンドレーダー体制」を受け入れ順応するなら,その限りで地域社会の「」は保たれるかもしれないが,そのときの丹後はもはや今の丹後ではありえない。守られるべき地域共同体は,そこにはない。丹後は,特定秘密保護法と共謀罪のモデル地区となっているであろう。

航空自衛隊経ヶ岬分屯基地付近の「呉越同舟ポスター掲示」は,「」をもってしか抵抗しえない地域社会の深い苦悩と救われようのない悲しみを,道行くよそ者観光客に訴えかけているように思われてならない。

谷川昌幸(C)

制憲議会選挙2013(23):パタン南方の桜と中国日報

11月24日,パタン南方のティカ・バイラブに行ってみた。キルティプルからパタン経由,タクシーで1時間近くかかる山麓の小村だが,テチョ,チャパガオン方面からの市街地開発はすぐ近くにまで及び,山腹には自動車道も出来ていた。数年で,道路沿いは商店や住居で埋め尽くされるだろう。テチョ,チャパガオンまでは,すでに前日(23日),行っているが,少なくとも道路沿いは無秩序な新築建築物で埋め尽くされ,車も多く,あまり感心しなかった。

131203a ■ティカ・バイラブ:巨石ご神体(?)と川向かいの学校

24日にティカ・バイラブに行ったのは,一つ西の丘,コカナ,ブンガマティ経由。こちらは車も少なく,道路沿いには緑が多く,美しい。往きはタクシーだったが,帰りはチャミ付近で下車し,丘の上の道をパタンに向け歩いて戻った。舗装道路だが,車はたまに通るだけ。菜の花(からし菜?),マリーゴールド,ラルパテなど,花々が咲き乱れている。

そして,圧巻はなんと言っても,桜。ちょうど満開で,いたるところに咲いている。特に西側斜面に多く,まるでネパールの吉野。自然林なのか植林なのか分からないが,一面,桜の小高い丘もあった。

131203d ■丘の桜(カトリガウン付近)

この付近の桜は,色は白に近いものから濃い桃色まで,花は一重からから八重に見えるものまである。ソメイヨシノそっくりの桜もあった。しかも,花持ちがよく,長く咲いている。もう少し増やせば,桜大好き日本人が大挙押し寄せるにちがいない。

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■農民と桜(チャミ)/チョウタラ・農民・菜の花(チャミ)/カンナと桜(コカナ)

そんな野山の花々を愛でながらしばらく歩くと,道ばたに小さな茶店があったので,一服した。ネパール茶一杯10ルピー(10円)。茶を飲みながら,ふと見ると,なんと「中国日報英語版」がおいてあった。パタン郊外とはいえ,かなり遠い山村の地元民しか立ち寄りそうにない小さな茶店に,どうして「中国日報」がおいてあるのだろう?

村の茶店が「中国日報」を販売しているとは思えない。おそらく,誰かがカトマンズかパタンから持ち込み,茶店においていったのだろう。が,そうだとしても,こんな田舎にまで「中国の進出」が及んでいるとは,正直,驚いた。

131203b ■茶店の中国日報(チャミ)

茶店から丘の上の道を少し歩き,チュニッケル付近から踏み分け道を西に降り,中腹の小道に出て,それをブンガマティまで歩いた。この付近は,よそ者が少ないとみえ,昼間でも犬が吠えかかり,かなり危険。それさえ用心すれば,静かで,花々が咲き乱れる絶好の散歩道。次は,この道をもう少し奥までたどってみたい思っている。

ブンガマティは,昨年,来たことがあるので,ざっと見て回るにとどめ,村道をさらにコカナまで歩いた。コカナは,村開発委員会(VDC)が外人入域料50ルピーを徴収するようになっていた。

24日,見て歩いたパタン南方郊外では,コングレスの旗やビラが他党よりも多かった。たとえば,コカナには下図のような“コングレスの門”が造られていた。おそらく,この付近の共同体はコングレス支持なのだろう。ネパール国民の投票行動は,このような現実をも踏まえ,理解すべきであろう。

131203f ■コカナのコングレス

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2013/12/03 at 19:26

競争的共存の優しさ:農民とスズメ

下の写真をご覧いただきたい。これはブンガマティの寺院前広場。一面に籾が広げられ,天日干しが行われている。そのただ中に,一人の女性が先にビニールをつけた長い竹竿をもって,じっと立っている。これは,いったい何をしているのだろうか?

130121a ■竹竿を持つ女性(2012-11-22)

あまりにも不思議な光景だったのでしばらく観察していたら,その女性は,籾をついばみにきたハトやスズメを追っ払っているのだということが分かった。とくにスズメはすばっしこいので,このような長い竹竿を持っているらしい。

これは印象的な情景だ。11月中旬のカトマンズ周辺では,いたるところで籾が干されており,見張り番(たいてい女性)がついている。この女性のような個性的な道具をもっている人は少ないが,スズメ,ハト,ニワトリなどを追っ払うのが仕事であることに変わりない。

しかし,これは仕事としては実に不効率,不経済である。籾を干している間中,見張っていなければならない。ちょっとでも持ち場を離れると,すぐ鳥たちが寄ってきて籾をついばむ。事実,いたるところで籾がついばまれているのを目撃した。

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■仏陀の慈愛の下で籾をついばむハトとスズメ / 籾をついばむニワトリ(ブンガマティ,11-22)

いくらネパールでも,ちょっと工夫し,網を張るなどすれば,そのような被害は防止できるはずだ。女性たちも見張り番から解放される。そんな簡単なことも分からないのかな? そう思って,少々,ネパール農業を軽く見ていた。

しかし,浅はかなのは,私の方であった。ネパール農民も,本気になれば,スズメ,ハト,ニワトリの完全シャットアウトなど,簡単に出来るはずである。それは,まちがいない。ところが,彼らはそうはしない。できるのに,しない。なぜか?

もちろん,推測にすぎないが,ネパールの農民は,収穫を鳥たちと分かち合い,共存を図っているのではないだろうか? 籾については,鳥たちと農民は競争関係にある。しかし,鳥たちも生きているし,また,たとえばスズメは害虫を食べ,ニワトリは卵を産み,あるいは人間の食料となってくれる。ハトは,実益はほとんどないが,そのかわり「平和」を伝えてくれる(食用になるハトもいるが)。だから農民は,食べられすぎないように追っ払いはするが,鳥たちの食い分は大目に見ているのだ。

つまり,農民の籾番は,鳥たちとの競争的平和共存が目的であり,農民の生きとし生きるものへの限りなき優しさの発現なのである。

経済的には,このネパール式農業は不効率きわまりない。一日がスズメ追いに費やされ,しかも時々はついばまれてしまう。しかし,その代わり,経済効率を追求してきた私たちが,無慈悲に見捨て,切り捨ててきたものが,ネパールではまだいたるところで受け継がれ,大切にされている。

推測,憶測かもしれない。読み込みすぎかもしれない。しかし,籾をついばむ鳥たちと,それを追い払いつつも容認している農民を見ていると,ほっと心和み,深く癒やされることはたしかである。よそ者の勝手な感傷にはちがいないが,自然との競争的平和共存の時代がかつてあったし,現にいまもネパールにはあることは,まぎれもない事実である。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2013/01/21 at 20:19

カテゴリー: 社会, 経済, 文化

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コカナとブンガマティ

1.コカナ
11月22日、カトマンズ南方のコカナ、ブンガマティ方面に散策に出かけた。キルティプールからタクシー(マルチスズキ)でバグマティ川沿いに下り、サイブバンジャング付近で橋を渡り、マガルガオンを経て、コカナ着。約30分。

コカナは古い村で、寺院や民家など趣はあるが、想像以上に新しいものが増え、村全体としては、今ひとつ調和がとれない感じがした。犬も文明化されており、裏道に入っても威嚇されない。

ここは、村中よりも周辺の田園風景がよい。丘の上からバグマティ川を挟んで向かいの山まで、広く一望できる。谷底の水田に点在する家々が、何ともいえない風情を醸し出している。

また、ヒマラヤはランタン、グルカルポリ(?)、ガネッシュの他に、マナスルやアンナプルナも見える。北方の小さなお椀のような丘の上にポツンと木が1本。これがなかなか風情があり、絵になる。ヒマラヤをバックに入れて写真を撮ると、少々、絵になりすぎる嫌いさえある。むろん桜も満開。(以下、写真キャプションの「-K」はコカナ、「-B」はブンガマティ)

 
 ■コカナと桜-K/籾干しと水田遠望-K

 
 ■籾干し(1)-K/籾干し(2)-K

 
 ■糸繰り-K/丘の木とヒマラヤ(1)-K


 ■丘の木とヒマラヤ(2)-K

2.ブンガマティ
コカナを堪能したあと、歩いてブンガマティに向かった。細い里道で、車やバイクはほとんど通らず、快適。時々、欧米人の集団と出会う。最近は、団体旅行は欧米人、個人旅行は日本人という傾向になってきた。日本はエライ! ついに欧米を追い抜いた。

ブンガマティは、古い建物がほとんど残っており、コカナ以上に趣がある。町中いたるる所で籾干し。まるで籾干し大会のようだ。

また、神仏の彫金や木彫、絨毯の手織りなどは、コカナでもやっていたが、ここでもあちこちでやっている。かなりの需要がありそうだが、宿の主人に聞くと、特に絨毯や布の手織り労働はきつく、賃金はわずかだそうだ。

  ■民家と洗濯物-B

 
 ■籾干し(3)-B/籾干し(4)-B

3.裸体女性の自然
驚いたのが、ブンガマティでは、女性が上半身裸で昼寝や籾干しをしていること。コカナでも見たが、ブンガマティの方が多い。さすがに若い女性ではなく、30代以降の女性たちのように見えた。

しかし、これは驚く方が変だ。西欧は寒いから服を着るのであり、南国は暑いから着ない――ただそれだけ。日本でも、農漁村では、1960年代頃までは、女性も平気で上半身裸で夏を過ごしていた。寒くて服を着ざるをえない西欧人が、その僻目から、衣類で身体を隠すことを文明的、道徳的という説をでっち上げ、暖かい国の人々に押しつけたにすぎない。

幕末、日本を旅した西欧人が、日本人は庭先で平気で行水したり、裸で歩き回っているといって、その「未開」「不道徳」を笑いものにしたが、まったくもって余計なお世話! 拘束着を文明的、道徳的と思い込み、不自由な生活をしている西欧人の方が変なのだ。

18,19世紀のコルセットで腰を異様なまでに締め付けた西洋女性と、上半身裸でくつろいでいる東洋女性を比較してみよ。自由で道徳的で高貴なのは、明らかに東洋女性だ。ゴーギャンに聞くまでもない。

 
 ■寺院広場で沐浴-B/寺院で野菜干し-B

 
 ■籾干し(5)-B/マナスル-B

4.ネクタイで拘束されるネパール人
そこで嘆かわしいのが、東洋人の自尊心自己放棄。クソ暑いタイなどでも、クーラーをかけ、背広にネクタイ。不道徳の極みだ。

そして、わがネパール。まったくもって理解しがたいのは、私学が流行し始めると、各学校が競って生徒にネクタイを強制したこと。私の交流校の一つも、20年ほど前の創立時から、1年生から最上級生までの男女生徒にネクタイをさせている。

こちらは半袖、ノーネクタイだというのに、まったくもって西洋の猿まね、自尊心放棄であり、不道徳きわまりない。半裸女性の自立自尊に学ぶべきだ。

 
 ■脱穀機と籾-K/籾干し(5)-B

5.資本主義と英語帝国主義の走狗、私学
私学は、コカナ、ブンガマティ付近にも、驚くほどたくさんある。いずれも豪華な建物で、学費も高そうだ。そして、競って校舎に、SLC優秀者の顔写真付一覧表を掲げている。

大部分の私学が、もちろん洋式正装。おまけに母語使用は厳禁され、一日中、英語で生活させられる。保育園から始める私学もあるから、オーストラリアで厳しく批判された、アボリジニの子供を親から引き離し、白人英語文化で育て、「文明人」にする手法と同じだ。愚劣きわまりない。

こうした金儲け主義私学の生徒は、資本主義と英語帝国主義の奴隷にされた、かわいそうな子供たちだ。彼らには、自由も自律もない。根本的なところで、母語や自文化を軽蔑、放棄させられているからだ。

民族アイデンティティ主義者は、民族別連邦制などとくだらないことをいう前に、率先して自分の子供をこの種の私学に通わせることをやめるべきだ。自分の子供を母語と自文化の中で育てる努力を始めるなら、多少は言行一致、西洋迎合の表向きの主張にもある程度の説得力が得られるであろう。

子供を私学に通わせ、英語文化漬けにし、洋行をねらう「文明人」に比べ、ブンガマティの上半身裸で屈託無く昼寝や籾干しをしている女性たちは、はるかに自然で自由だ。彼女らを見て、ゆめゆめ「未開」だの「野蛮」だの「不道徳」などと、誤解してはならない。不自由で不道徳なのは、拘束着を着ている西洋人や、それ以上に、西洋人の目を持たされてしまった卑屈な日本人自身なのだから。

 
 ■ザルとトウモロコシ-B/籾干し(6)-B

6.文明化しない犬
ブンガマティは、よい村だが、その分、犬も文明化していない。表通りを外れ、少し裏道に入ろうとすると、犬がうなり声を上げ、よそ者「文明人」を威嚇してくる。犬は、感情に素直であり、自然が命じるままに、自分たちの文化にとって危険な堕落した「文明人」を排除しようとするのだ。

これは恐ろしい。犬は本気だ。こういう場合、かつて西洋人は軍隊を派遣し撃ち殺したが、私は平和主義者、犬の守る彼らの聖域には立ち入らないことにした。

というわけで、犬たちに追い返され、やむなくブンガマティ周辺の立ち入った散策はあきらめ、コカナに引き返した。

 
 ■窓と花-K/寺院の鐘と籾干し

7.バイセパティ
コカナからは、バス道をパタンに向けて歩いた。車やバイクが多く、面白い道ではない。パタンまで半分くらいきたところのバイセパティであきらめ、タクシーでキルティプールに戻った。

 ■民家(?)とヒマラヤ(バニヤガオン付近)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2012/11/24 at 13:36