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中印ドクラム紛争:中立堅持のネパールと印支持の日本
アジアの核保有二大国,中国とインドが,ドクラム(ドカラム)高原問題で対立,軍を派遣して至近距離で対峙,緊張が高まっている(*13)。
1.ドクラム領有権問題
両軍が対峙しているドクラム(洞郎)は,中国(チベット)・インド(シッキム)・ブータンの国境が複雑に入り組む高原地域(標高約3千m)にあり,インドとブータンがブータン領だと主張しているのにたいし,中国は中国領だと主張している。グーグル地図が国境を実線ではなく破線で画している部分もあるように,この地域の領土問題は複雑だ。
2.道路建設をめぐり中印が対立
このドクラムで,中国人民解放軍が道路建設を始めたのに対し,インドは6月16日,軍を派遣,以後,人民解放軍と至近距離(約100m)でにらみ合っている。いまのところ両軍の兵力は約300人。
この問題につき,インド側は,この地域の領有権はブータンにあり,そこでの道路建設は力による現状変更であり,ブータンとインドに重大な脅威を及ぼすものであって,断じて認められないと主張している。これに対し中国側は,自国領土内で道路建設をしているのであり,インドは直ちに軍を引くべきだと反論している。いまのところ両国とも譲る気配を全く見せず,国境をめぐる両国関係は,1962年中印紛争以降,最悪の状態になっているという。
3.中立堅持のネパール
この中印ドクラム紛争に対し,ネパールは,いずれの国にも組しない中立の立場をとっている。
ネパールは,新憲法制定をめぐりインドと対立,非公式ながら5か月(2015年9月~16年2月)にも及ぶ事実上の国境経済封鎖の制裁を受けた。その反動もあって,歴代ネパール政権は中国に接近,いまやネ中関係は以前とは比較にならないほど緊密になっている。
8月中旬には,汪洋副首相が訪ネ,ネパール側が「一つの中国」支持を確認し「一帯一路」推進協力を表明したのに対し,中国側は対ネ投資拡大,石油・ガス資源調査,道路・鉄道建設など広範な支援を約束した。ネパールにとって,中国はいまやインドにとって代わりうる可能性のある隣の大国となりつつあるのである。
しかし,たとえそうだとしても,いまドクラム紛争につき中国支持を明言することは,ネパールにとって得策ではない。ネパールは,長年にわたりインド勢力圏内にあり,国土の三方をインドに囲まれ,物資の大半をいまなおインド経由で受け取っている。この現状を考え合わせると,ドクラム紛争について一気に中国支持に回るのはリスクが大きすぎる。結局,両国との交渉力を拡大できる「中立」の立場を表明するのが,いまのネパールの国益には最もかなうということになったのであろう(*3)。すでに8月初旬,KB・マハラ外相が,ドクラム問題ではネパールはいずれの隣国をも支持しないと述べ,中立の立場を明らかにしている(*3)。
この中印対立激化をバックに,いまデウバ首相が訪印している(公式訪問8月23~27日)。ネパール側が対印交渉の好機とみていることは疑いない。他方,インド側がネパールに圧力をかけ,何らかの形で印支持に回らせたいと考えていることにも疑いはない。
しかしながら,インド側は,非公式経済封鎖の「失敗」を教訓に,印ネ首脳会談(8月23,24日)では,あからさまにドクラム問題を持ち出し,デウバ首相に踏み絵を踏ませることはしなかった。会談後の共同声明でも,「両国は,その領土を,相手国を害するいかなる活動にも使用させないことを再確認した」と述べるにとどめた(*2)。親印派とみられているデウバ首相が,インド側招待の意をくみ行動してくれることを期待してのことであろう。
むろん,首脳会談以外の場では,当然ながら,ドクラム問題へのネパールの対応に関心が集まった。しかし,そうした場でも,デウバ首相はインド支持を明言しなかった。たとえば,「インド基金」主催の会(8月24日)において,デウバ首相はこう答えている。
「われわれは中国と極めて良好な関係をもち,中国とのいかなる問題にも直面していない。・・・・そのことにつき,インドは全く懸念するに及ばない。もちろん,いかなるときも,ネパールは国土を反印活動に利用させはしない。」(*4)
中国は,ネパール政府のこうした対印外交努力を評価し,習近平主席の訪ネ(9月中旬予定)をもって報いようとしている。
4.インド支持へ前のめりの日本
ドクラム紛争につき,「中立」堅持のネパールとは対照的に,日本は世界に先駆け,インド支持の立場を表明した。インド各紙はこれを絶賛,平松駐印大使(駐ブータン大使兼任)の発言を詳細に伝えている。
たとえば,ヒンドゥスタン・タイムズは,平松大使が8月17日の会見で次のように語ったと伝えている。
<ヒンドゥスタン・タイムズの取材(8月17日)に対し,平松大使はこう答えた。「ドクラムはブータンと中国との係争地であり,両国は国境交渉をしている,とわれわれは理解している・・・・。また,インドはブータンと協定を結んでおり,これに基づきインド軍はこの地域に派遣された,ともわれわれは理解している。」/平松大使は,ドクラムの現状を力により一方的に変えるべきではない,と語った。/日本は,ドクラム紛争につき,明確に見解を述べた最初の大国である。(*9)>
また,インディアン・エクスプレスのS・ロイも,こう述べている。<インド政府筋はこう語った。「国際社会の主要メンバーが“中立”の立場をとる中で,日本がインド支持を表明したことは,インドの立場を強くしてくれるものだ。」(*7)
このような日本称賛記事は,インド他紙にも多数みられる。そして,その際,ほぼ例外なく言及されるのが,尖閣問題である。たとえば:
Prabhash K. Dutta (*11)
日本はインドを「全面的に支持」している。「もしドクラムでの中国の行為が許されるなら,東シナ海の尖閣を失うことになる,と東京は考えているからだ。」
Geeta Mohan(*12)
日本は,中国膨張主義と対峙しており,他のどの国よりもインドの立場をよく理解している。ブータンとの関係も深い。だから日本は「インドとブータンへの明確な支持」を外交チャネルを通して表明したのだ。
このように日本のインド支持はインドを喜ばせているが,当然,中国はそれに激しく反発している。華春蛍報道官は,こう批判した。
「駐印日本大使は,(軍事的対峙につき)インドを本気で支持するつもりのようだ。彼に対しては,事実関係を確認することなく,でたらめなことをいうべきではない,と忠告しておく。・・・・ドクラムには領土問題はない。国境は両国(インドと中国)により確定され承認されている。・・・・現状を不法に変えようとしているのは,インドであって,中国ではない。」
日本は,このような中国の激しい反発を押して,インド支持を貫くのか? 安倍首相の訪印は9月中旬の予定。インドで,日本国首相がどのような発言をするか,これも注目されるところである。
【参照】(8月28日追加)
安倍首相訪印の狙いは?(人民網日本語版2017年08月23日)
インドの各メディアは18日、「ドクラム対峙問題で日本がインドを支持」と誇示した。この2カ月でついにインドが「主要国」の支持を得たことを証明するものだ。だが同日遅く、時事通信は、平松賢司駐印大使が「インド支持」を表明したとの見方を在インド日本大使館が否定したと報じた。
「中国とインドの国境問題は中印両国の事だ」。北京大学の姜景奎南アジア研究センター長は「南アジア諸国と他の西側国がいずれも『一方の側につかない』中、日本はじっとしていられず、先駆けて傾斜を示した。たとえ後で釈明しても、安倍内閣がインドに公然と良い顔を見せていることは隠せない」と語る。
●ドクラム対峙,終了(8月29日追加)
印中は8月28日,ドクラム軍事対峙の終了に合意,直ちに印軍は撤退した。中国の道路建設も停止された模様だが,中国軍は引き続きこの地方の軍パトロールを継続する。中国にとっては,要するに,道路建設の(たぶん一時的)中断にすぎないということか?。
*1 Om Astha Rai, “Deuba, Delhi and Doklam,” Nepali Times, 25-31 August 2017
*2 “Nepal, India issue joint statement, ink 8-pt deal (with full text),” Republica, August 25, 2017
*3 Prabhash K Dutta, “Doklam standoff continues, India and China jostle to win over Nepal,” India Today, August 24, 2017
*4 Suhasini Haidar & Kallol Bhattacherjee, “On Doklam, Nepal walks a tightrope,” The Hindu, AUGUST 24, 2017
*5 “Nepal’s Non-Aligned Stand On Doklam Issue,” http://businessworld.in/, 24-08-2017
*6 Narayani Basu, “What the India-China Doklam Standoff Means for Nepal,” The Diplomat, July 19, 2017
*7 Shubhajit Roy, “India-China standoff at Doklam: Japan throws weight behind India and Bhutan, says no side should try to change status quo by force,” Indian Express, August 19, 2017
*8 “China rebukes Japan for comment on Doklam,” Times of India, Aug 19, 2017
*9 Jayanth Jacob, “Doklam standoff: Japan signals support to India over border row with China,” Hindustan Times, Aug 18, 2017
*10 Sutirtho Patranobis, “Doklam standoff: China dismisses Japan’s support for India,” Hindustan Times, Aug 18, 2017
*11 DuttaPrabhash, “Why Japan lent support to India against China over Doklam standoff,” India Today, August 18, 2017
*12 Geeta Mohan, “Doklam standoff: Japan backs India, says no one must use unilateral force in bid to change status quo,” India Today, August 18, 2017
*13 「中国はインドと争ってでもチベットから南下したい」,北の国から猫と二人で想う事,http://blog.livedoor.jp/nappi11/archives/4812343.html
谷川昌幸(C)
ブータン難民受入れ,米国が85%
「幸福の国」ブータンで迫害され,ネパールに逃れてきたブータン難民を受け入れてきたのは,次の諸国:
第三国定住ブータン難民:108,513人(2017年2月9日以前)
アメリカ: 92,323*
カナダ: 6,773
オーストラリア: 6,204
ニュージーランド: 1,075
デンマーク: 875
ノルウェー: 570
イギリス: 358
オランダ: 329
*「入国禁止令」執行停止以降の2017年2月10~14日,96人受け入れ。
米国が,圧倒的多数(全体の85%)のブータン難民を受け入れている。また,デンマーク,ノルウェー,オランダも,小さな国でありながら,相当数を受け入れている。日本で難民問題を議論する場合,こうした基本的事実は十分踏まえておくべきであろう。
ネパールにはブータン難民がまだ1万1千人ほど残っているし,またUNHCRに把握されていないブータン難民も数千人がネパールとインドに居住しているという。
*1 KESHAV P. KOIRALA, “Where in US, elsewhere Bhutanese refugees from Nepal resettled to,” Himalayan Times, 06 Feb, 2017
*2 KESHAV P. KOIRALA, “Scores of Bhutanese refugees fly to US from Nepal,” Himalayan Times, 15 Feb, 2017
谷川昌幸(C)
トランプ「入国禁止令」とネパールのブータン難民
トランプ大統領による難民等入国禁止令(1月27日)は,連邦地裁が執行停止命令を出し(ニューヨーク地裁1月28日,ワシントン地裁2月3日),連邦控訴裁でもその執行停止命令は認められた(2月9日)が,世界各地の難民たちの不安は募るばかりだ。ネパールでも,国内難民キャンプ収容のネパール系ブータン難民たちが,渡米手続きを停止されている。
AFP(Himalayan, 7 Feb)記事によれば,ブータンでは1990年代に入ると,ネパール系住民がネパール語使用を禁止され,ブータン民族衣装着用を強制されるなど,迫害を受け始めた。そのため,彼らはネパールへのがれ,各地の難民キャンプに収容され,定住受入国を探すことになった。
これまで,彼らブータン難民を受け入れてきたのは,米国,ヨーロッパ諸国,オーストラリア,カナダなど。特に米国は最大の受け入れ国であり,2007年以降,9万人以上が渡米した。それでも,ネパールの難民キャンプには,現在もなお,1万人以上のブータン難民が残っているという。
そこに,トランプ大統領の難民受け入れ停止命令に基づく通達が届けられた。「2月3日以降,次の指示があるまで,渡米手続きは中止する。」これにより,あるマガール女性難民は,20年間待ち続け,やっと数日後出発することになっていたのに,突然,中止を告げられた。また,別のタマン女性難民は,在米家族のもとに向け出発する,その前日に,渡米保留の通知を受けた。彼女ら難民の落胆と不安は,想像を絶するものに違いない。
難民問題は難しい。2月11日の朝日新聞によれば,昨年の日本への難民申請1万901人に対し,認定はわずか28人(在留許可97人)。そのうちネパール人は,申請1451人,認定人数は記事では不明。難民受け入れは,日本人自身の問題でもある。
*1 “US-bound Bhutanese refugees left in limbo in Nepal,” AFP=Himalayan Times, February 07, 2017
*2 「UNHCRによるブータン難民の第三国定住が10万人超えを記録」国連UNHCR協会
*3 ダルマ・アディカリ「帰国求めるネパール系難民 ブータンの「民族浄化」 桃源郷のもうひとつの顔」『日刊ベリタ』2006年07月09日
*4 「2015年ネパール ブータン難民キャンプ報告」毎日新聞大阪社会事業団
谷川昌幸(C)
モディ首相,訪ネの本音ツイート
モディ印首相が,2日間の公式訪ネ(8月3-4日)を終え,帰国した。行事山盛りで,報道も多く,成果のほどは,精査しないと分からないが,少なくとも訪ネの本音は,あんがいストレートに,彼自身のツイッター(8月3日付)に現れている。
Narendra Modi @narendramodi
Our nations are so close yet such a visit took 17 years. This will change & we will strengthen India-Nepal ties
Narendra Modi @narendramodi
Harnessing Nepal’s potential in hydropower, tourism & herbal medicines will hasten Nepal’s development journey & benefit Nepal’s youth.
Narendra Modi @narendramodi
A formula for Nepal’s development- HIT; Highways, Information ways & Transways. India is ready to support Nepal in all of these sectors.
つまり,(1)ネパール重視しますよ!,(2)水資源,道路,情報網等の開発をインドに任せてね!,ということ。
中国への対抗意識みえみえ。(1)初の公式訪問がブータン,次がネパール。たしかにネパール重視だが,早期訪ネを迫られていたというのが本音であろう。(2)資源争奪戦,開発競争については,具体的成果は乏しいようだが,この点については,後日検討する。
谷川昌幸(C)
奇妙なブータン選挙
ブータンで5月28日,模擬総選挙が行われた。朝日新聞(6/15)が大きく報道している。妙な選挙,妙な報道だ。
1.敬愛される国王
朝日記事によると,ブータン国王は前国王(1972-2006),現国王(2006-)とも近代化,民主化を自ら主導してきた。
前国王は,首相1年交代制,国民議会(国民代表+政府代表+僧侶)の国王解任権,成文憲法案作成(2005,制定予定2008),「国民総幸福(GNH)」の提唱,森林保全・伝統文化重視の経済成長等を実現または推進し,現国王もこれを継承されている。国民に敬愛される開明的啓蒙君主といえる。
2.ブータン憲法案
2005年作成のブータン憲法案(2008年制定・施行予定)は,次のような構成になっている。
(1)立憲君主制。国王は65歳停年。国会決議と国民投票により,国王は解任できる。
(2)議会
国民評議会(上院)=定数25。国王指名5,選挙20
国民議会(下院)=定数47。小選挙区制
(3)森林保全。国土の60%を森林とする。
3.選挙制度
前国王を継承した現国王は,2008年に憲法を制定し,初の総選挙を実施する予定だ。選挙方法は――
(1)第1回投票=政党投票により上位2政党選出
(2)第2回投票=上位2政党の小選挙区候補に投票
(3)選挙権=18歳以上,約40万人
4.模擬総選挙
この選挙制度の第2回投票を想定した模擬総選挙が先述の通り5月28日実施された。
【仮想模擬政党】
黄色党=伝統文化継承(黄色は国王の色)
赤色党=産業育成重視
この2党に対し,電子投票で投票し,国営テレビが中継,開票速報を流した。結果は,黄色党が46議席をとり,圧勝。
5.政党禁止の解除
来年の選挙に向け,禁止されていた政党が許可され,7月から登録が始まる。4党が設立準備中という。
6.成文憲法崇拝
さて,以上のように見てくると,こりゃぁ変だ,と誰もが思うだろう。誰が,こんなバカなことをやらせているのか? ブータン版鹿鳴館!
ブータンは一つのまとまった政治社会であり,不文憲法は当然もっている。一般に,成文憲法は,共同体が崩壊し,人間不信から紛争が多発し,どうにもならなくなったとき,やむなくつくられる人間不信文書。そんな成文憲法をありがたがるのは,文字フェチだ。
言葉の本質は話し言葉にある。話し言葉は話す人すべてが共有し,ここでは万人が参加し平等。ところが,書き言葉となると,文法とそれに基づく正誤が生まれ,文法制定者・解釈者・施行者が生まれる。そぅ,権威的支配の誕生だ。
全員参加・平等の不文憲法と,権威的支配の体系たる成文憲法。立派なのはむろん不文憲法だ。不文憲法の方が断然優れているのに,なぜブータンは成文憲法を作ろうとしているのか?
7.政党制
政党制も同じこと。どんな社会でも気のあった人々が集まり,集団を創る。伝統的社会では人間関係が全人格的だから,集団も全人格的調整を経て自然に形成される。
ところが,政党は,原理を同じくする人々の集まりだ。バラバラに人格解体された人間が,ある一つの目的のもとに集まり,行動する。投機家が一攫千金のため団結し行動する投機組合と同じことだ。こんなもの,全人格的伝統的集団よりはるかに不完全なものだ。
それなのに,わざわざ政党を作らせ,政党政治にするという。
チベット系=60%,ネパール系20%
チベット仏教=70%,ヒンドゥー教=25%
そうなれば,各民族,各宗教が自らのアイデンティティを探し,でっち上げ,それを原理として政党を作ろうとするだろう。アイデンティティ政治が始まる!
民主主義の本家ルソーは,政党があると,民主主義は機能しないといっている。アイデンティティ政治は民主主義ではない。
8.選挙
そして,極めつけが選挙。選挙は,人間不信の最たるもので,こんなもの本来は民主主義とは無関係だ。
共同体が崩壊し,隣人ですら信用できなくなってしまったとき,つまり人が自分だけしか信用せず,隣人と話し合いで解決できなくなったとき,殺し合うよりましだとして仕方なく採用したのが選挙だ。選挙は非倫理的な利己的人間の卑しい制度だ。恥ずかしくて人様に見せられないから,秘密投票にもするのだ。
共同体の意思決定へは,伝統的社会の方が,はるかによく参加している。人々は,共同体の事柄に日常的に参加し,意見を述べ,そこには女性も加わり,決定する。たとえば,伝統的社会の水利権,入会権などには,実に公平でよく考えられたものが多い。
ギリシャ民主制においても,選挙は民主主義の制度ではなく,むしろエリート支配の道具として非難されていた。
9.米印の陰謀
ブータンに,こんな人間不信の成文憲法,政党,選挙を強制しようとしているのは,ブータンを資本主義に引き込み,一儲けしようとたくらんでいる米印政財界と,そのお先棒担ぎ知識人に違いない。
2008年に成文憲法が制定され総選挙が行われるなら,ブータンはまず間違いなくネパール化する。民族,宗教や諸階層が自己の個別アイデンティティをでっち上げ,相互に敵対をはじめる。そんな社会へブータンはなぜ向かおうとしているのか?
10.国王の苦渋の選択
朝日記事によれば,ブータンの前国王,現国王は国民に敬愛される賢明な啓蒙君主だという。そんな賢明な国王が,率先して産業化,近代化,民主化に取り組んでおられるのであれば,これはよく考えた上での国王の選択であるに違いない。
ブータン国民は,伝統的な社会で幸福に生活してきて,これからもそれを維持したいと願っている。しかし,賢明な国王はおそらく,ひたひたと押し寄せるグローバル化の波をもはや阻止しきれず,早晩ブータンもネパールと同じくグローバル市場経済の中に本格的に組み込まれ,急激な資本主義化を迫られると観念されたのだろう。
ブータンの「国民総幸福」は世界最高水準だ。これをねらって,いま先進国のハゲタカ資本,ハゲタカ知識人が押し寄せてきている。このままではブータンは大混乱となり,国民はいいように食い物にされるだけだ。それはしのびない。近代化,成文憲法,政党,選挙民主主義などはくだらぬものだが,いまのうちに敵の非人間的だが効率的ではある武器を自分たちも使えるようにしておかないと,国も国民も滅びてしまう。選挙民主主義にすれば,アイデンティティ政治が猖獗を極め,王制は倒されるかもしれない。ネパールのように。しかし,それでもブータン国民のために,近代化,民主化の道を行かざるを得ない。国王の屍を踏み越えて。
エライ! これぞ本物の愛国王。心配なのは,崇高なブータン愛国王の願いを,品性下劣なグローバル資本家やお先棒担ぎ知識人どもが歯牙にもかけず,泥靴で踏みにじってしまうことだ。彼らは,成文憲法,政党選挙,民族自治などを巧妙に利用し,「21世紀型帝国支配」の便利な道具として利用する。彼らには,敵の武器すら利用せざるを得ないブータン国王の苦悩はおよそ理解できないであろう。良識はたいてい悪意に敗れる。残念ながら。
*小暮哲夫「王室主導 挑む民主化 ブータン,来年に初の総選挙」,『朝日新聞』2007年6月15日
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