ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

Posts Tagged ‘プラチャンダ

「ネパール共産党マオイスト・センター」結成,議長はプラチャンダ

5月19日,マオイスト系10政党が結集し,「ネパール共産党マオイスト・センター」を設立した。नेपाल कम्युनिष्ट पार्टी (माओवादी केन्द्र) Communist Party of Nepal-Maoist Centre (CPN-Maoist Centre; CPN-MC)。議長はプラチャンダ(プシュパ・カマル・ダハール)。副議長など,党要職は,構成各グループの有力者に割り当てられる。

CPN-MCは,1994年結成のプラチャンダを党首とするかつてのマオイスト政党と同名であり,紛らわしい。党首と党名が以前のものと同じでは,事実上,プラチャンダの党の看板書き換えと,そこへの吸収合併ともいえるが,一応,新党の設立と説明されている。

160524b160524a 

このCPN-MCは,基本的には現行2015年憲法を支持し,その大枠の中で,人民戦争の成果を確保しつつ,犠牲者の救済を目指すものと思われる。先のUML・UCPN「9項目合意」の実行など。

これに対し,参加を拒否したネトラ・ビクラム・チャンダ(ビプラプ),モハン・バイダらは,マオイスト急進派を糾合し,ジャナジャーティなど被抑圧諸集団の権利要求を掲げ,反憲法闘争を強化していくものとみられている。

一方,バブラム・バタライが新党に参加するかどうかは,まだ不明。バタライは,マオイスト最大のイデオローグとして,またプラチャンダにつぐ実力者あるいはライバルとして,人民戦争を戦い勝利に導き,戦後は首相(2011-13)さえも務めたが,2015年9月UCPN-Mを離党,今年3月新党「新しい力・ネパール(Naya Shakti Nepal)」を設立し,自らそれを率いている。そのバタライについて,プラチャンダは,こう語っている。

「バブラム・バタライは人民戦争期の人民政府の代表であり,彼の命令の下,人民は犠牲を払い,この国を変えたのだ。だから,自分は別の道を行くことにしたといって,その責任を免れ得るものではない。それゆえ,彼に対しては,ブルジョアジーを手助けするよりも,マオイスト新党に参加するよう訴えたい」(Republica, May 20)。

これはどうみても,肝の据わった政治的勝者が右顧左眄するインテリ敗者に投げかける言葉だ。こんな呼びかけに,バタライ博士が応じることは,よもやあるまい。

160524c

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2016/05/24 at 16:26

憲法骨格案提出,またまたまた延期

「憲法に関する政治的対話と合意形成委員会(CPDCC)」(バブラム・バタライ議長)の憲法骨格案提出期限が,またまたまた延期され,11月1日となった。3度目の正直,今度こそ本当に本当の「最後」だそうだ。

また,バブラムCPDCC議長の強い要請で10月21~22日に開催された,豪華ゴカルナ・リゾート3党幹部合宿会議でも合意は得られず,こちらもティハール開けの26~27日に再度会議をもつことになった。憲法より祭が大切。
 [ゴカルナ合宿会議出席]
   NC: デウバ,ポウデル,シタウラ
   UML: オーリ,MK.ネパール,イシュワル・ポカレル
   UCPN-M: プラチャンダ,バブラム・バタライ
141024c141024a141024b ■ゴカルナ・リゾート(同HP)

与野党の対立は,憲法(国家構造)の基本部分に関わっている。この点については,すでに何回も述べたので,それらを参照されたい。

ネバン制憲議会議長は,バブラムCPDCC議長に対し,11月2日の議会に,憲法制定に関する合意項目と不合意項目の一覧を提出せよ,と命令した。1日がCPDCC答申の「最後」の期限だから,制憲議会議長がそう命令するのは当然だが,さて,それでどうなるのか?

NC,UML,RPP-N,RPP,RJなどは,投票決着を主張している。これに対し,マオイストとマデシ系諸党派は,投票決着には絶対反対,「12項目合意(2005)」に従い,あくまでも合意による憲法制定を目指せ,と強硬に要求している。

憲法(国家構造)への合意形成も,投票決着もできない。こんなとき,民主主義はどうするのか? 民主的憲法は民主的には制定できないのか?

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2014/10/24 at 15:54

憲法骨格案も課題一覧も作成できず,CPDCC

「憲法に関する政治的対話と合意形成委員会(CPDCC)」(バブラム・バタライ議長=UCPN)は,憲法骨格案を10月16日までに,それができない場合は,投票用課題一覧を17日までに,制憲議会に提出することになっていたが,なんと驚くなかれ,バブラムCPDCC議長は,そのいずれもしなかった,いやできなかった。ネパールでは,紛糾すればするほど,合意形成機関の名前が長~くなり,合意形成期間も長~くなる。(参照:憲法基本合意,また延期

141021 ■バブラム・バラライTwitter

バブラムCPDCC議長は,議会への答申の代わりに,最後の「最後の話し合い」を求め,その結果,今日10月21日と明日22日に,それが行われることになった。コイララ首相と主要3党代表の出席が要請されている。

一方,制憲議会「憲法起草委員会」のクリシュナ・シタウラ議長(NC)は,憲法起草には最低1か月はかかるので,憲法骨格案の答申が11月1日までになければ,1月22日の憲法制定・公布には間に合わない,と警告している。

10月21~22日の最後の「最後の話し合い」がどうなるか予断を許さないが,現在のところ,CPDCC答申が11月1日までまたまた延期される可能性が高い。

それでも答申がない場合はどうするか? NCとUMLは,連邦制,政府形態,司法,選挙制度など,意見の分かれる部分については議会での投票採決を主張している。議会多数を制しているから,当然といえよう。

これに対し,マオイスト(UCPN-M)を中心とする22党連合は,「12項目合意(2005)」などを引き合いに出し猛反対,投票に持ち込めば,街頭に出て実力阻止を図る構えだ。

この点については,すでに指摘したように,合意形成も投票採決も実際には困難な状況だ。(参照:憲法基本合意,また延期

そこで再び注目され始めたのが,10月8日復活した立憲政府の上の政治的「政府」たる「高次政治委員会(HLPC)」(プラチャンダ議長=UCPN)。議会内の正規手続きでは決着をみなければ,結局,議会外の主要諸勢力の手打ちで政治的打開を図る。豪傑プラチャンダならやれそうな気もするが,たとえ成功しても,それは一時的で,民族アイデンティティ政治をいつまでも封じ込めるのは無理だろう。

結局,憲法制定・公布をまたまた延期し現状維持を策すのが,最も現実的な解決策ということになりかねない。厄介なことだ。

* Cf. Kathmandu Post & Nepalnews.com,19 Oct; Ekantipur & Republica,20 Oct.

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2014/10/21 at 11:34

「実」より「名」,プラチャンダの連邦制提案

マオイストのプラチャンダ議長が10月15日,民族名結合の州名とするのであれば,10州以下の連邦制でもよい,と語った(Republica,15 Oct)。2013年11月の制憲議会選挙では,マオイストは12州を提案していた。

141015 ■マオイスト12州案(प्रतिबद्धता पत्र)

連邦制は,いうまでもなく新憲法制定への最大の懸案の一つ。連邦を構成する州の数が少なければ,州区画が大きくなり,民族/カーストごとの州をつくれず,相対的多数派の民族/カーストの力が大きくなる。州名も多数派民族/カーストの名前か,民族/カーストとは無関係の,たとえばコングレス提案の「東州」とか「西州」といった民族/カースト中立州名になるであろう。この場合,前者はいうまでもなく,後者であっても,現実政治においては多数派民族/カーストが実際にはヘゲモニーを握ることになる。

世間では,名前など符号にすぎないとか,「名」より「実」だなどいわれることも少なくないが,実際には「名」が「実」を左右する。夫婦同一姓強制への固執がそうだし,会社合併で「三菱東京UFJ」とか「三井住友」のように旧会社名継承にこだわるのも,「名」が「実」を規定すると信じられているからである。その意味では「名」は「実」より重要だ。

ネパール連邦制の議論において,プラチャンダが,州名を複数の民族/カーストの名を結合したものにするなら,州の数は10以下でもよいと述べ,コングレス党の6~7州案に大きく歩み寄ったのも,とりあえずは「実」を捨てるふりをして「名」を取る作戦だろう。被抑圧諸民族/カーストの権利実現をスローガンとして民主化運動を闘ってきたのだから,彼らのメンツ(名前)だけはつぶさないでやってくださいね,と情に訴える高等作戦。

もともとネパールでは,どの民族/カーストであれ,単独で独自の州をつくることは困難なのだから,結合名の州という提案は少数派民族/カーストにも受け入れられやすいものだ。そして,「名」を取れば,いずれ「実」をも取れるという希望も,少数派民族/カーストはもつことができるであろう。さすが策士,プラチャンダ!

しかし,果たして,それでうまくいくのであろうか? 結合名にするとして,では実際に,民族/カーストの名をどう結合するのか。プラチャンダは「キラト-ルンビニ-コシ州」といった例を出しているが,本当にこの程度で済むのだろうか? 

日本には,「三井住友海上あいおい生命」といった長~い社名や「損保ジャパン日本興亜」といった珍妙な社名があるが,いくら長くても珍妙でも丸く収まっているのであれば,それはそれでよい。

しかし,ネパール連邦制は,もっとはるかにやっかいだ。西洋諸国が焚き付けた民族アイデンティティ政治は,民族/カースト名をいくつ連結してみても,とうてい丸く収まりそうにはない。パンドラの箱を開けたツケは,ここでも地元住民に付け回されることになるのであろう。

[参照]火だるまのバタライ博士: マオイスト14州案

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2014/10/15 at 20:15

憲法基本合意,また延期

新憲法の基本合意案作成がまた延期され,2015年1月22日までに新憲法を制定・公布する,というコイララ内閣の公約の実行が微妙となってきた。

現在の議会(第二次制憲議会)は,与党がコングレス党(NC),統一共産党(CPN-UML),共産党ML,国民民主党(RPP)など,野党はマオイスト(UCPN-M)を中心とする22党連合など。議席数は,昨年11月総選挙でマオイストが大敗したため,与党が2/3以上を占めているが,新憲法を議会多数決で採択することは実際には難しい。

人民戦争停戦やそれ以降の多くの文書において,新体制はマオイストを含む諸勢力の「合意(コンセンサス)」に基づき構築するということが,繰り返し確認されている。また,現実問題としても,もし与党が一方的に多数決で新憲法を採択すれば,マオイストなどを再び反政府実力闘争に追いやることになってしまう。「合意」重視の包摂民主主義の理念からしても,また現実政治の観点からも,多数決での新憲法採択は難しいと言わざるをえない。

そこで制憲議会は,新憲法の重要課題を審議し合意を形成するための特別委員会をいくつか設置した。それらのうち最も重要なのは,次の三委員会。
 ・「憲法起草委員会」【議会内】:議長=クリシュナ・プラサド・シタウラ(NC)
 ・「憲法に関する政治的対話と合意形成委員会(CPDCC)」【議会内】:議長=バブラム・バタライ(UCPN-M)
  *Constitutional Political Dialogue and Consensus Committee (CPDCC),またはPDCC
 ・「高次政治委員会(HLPC)」【議会外】:議長=プラチャンダ(UCPN-M)

これら3委員会の相互関係はいま一つよく分からないが,ともあれ新憲法の基本構成に関する合意形成を委ねられたのが,バブラム・バタライが議長のCPDCCだ。

ところが,CPDCCでの議論は紛糾,期限までに合意形成ができず,答申提出が9月中旬,10月8日,そして次は10月16日と,2回にわたって延期された。
【主な対立点】
 ・連邦制
 ・政府形態
 ・司法制度
 ・選挙制度

これらは,いうまでもなく国家構造の基本の基本。それにもかかわらず,合意はいまだ形成されていない。事態はきわめて深刻だ。これに対し,ネバン制憲議会議長は,バブラムCPDCC議長に次のように命令した。 
 (1)10月16日までに,合意を形成し答申せよ。
 (2)もし合意形成が出来なければ,10月17日までに,争点一覧を作成し提出せよ。
現状では,(1)は到底無理であり,(2)となる可能性が大だ。

この情況を見て,与党のNCやUMLは,合意できない部分については,制憲議会本会議において投票で決定せよ,と要求している。これに対し議会少数派の野党22党連合(マオイスト他)は,投票採決には絶対反対,あくまでも諸党合意による憲法制定を要求している。

3回目の期限まであと数日,事態は緊迫している。すでにマオイスト主導の22党連合は,街頭に出て,投票採決阻止闘争を繰り広げている。

この情況に対し,HLPCのプラチャンダ議長(マオイスト)はどう動くのであろうか? ここでまた再び,人民戦争の英雄プラチャンダが鍵を握ることになるかもしれない。注目されるところだ。
 *Ekantipur,10&11 Oct; Republica,10 Oct;

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2014/10/13 at 13:50

コイララ首相訪中:中印台頭とネパール

スシル・コイララ首相が6月5日,特別機で中国・昆明を公式訪問した。今回とくに際立つのは,経済第一の実利的姿勢。

140608c■ネパール~昆明(Google)

1.コイララ訪中団
 訪中団: 首相,通商供給大臣,駐中ネパール大使,制憲議会議員,官庁幹部職員,政党代表,経済界代表など33人。中国政府の公式招待。
 日程: 6月5-6日
 目的:「第2回 中国-南亜博覧会」に今回博覧会の「特待国」首相として出席。
 博覧会: 6月5-10日,雲南省昆明。雲南省/中国商務省共催。中国と南アジアとの協力関係の促進が目的。46の国と地域が参加。ネパールは,今回博覧会の「特待国」。
 首相動向: 開会式あいさつ,汪副首相と会談,雲南省電力局訪問,Hydrolancang会長と会談。
(新華社6月6日;Republica,5-6 Jun; Ekantipur, 6 Jun)

140608b 140608a
 ■中国-南亜博覧会HP/ネ首相訪中大成功(博覧会HP)

2.対ネ投資要請
コイララ首相は,博覧会開会式挨拶や記者会見において,積極的対ネ投資を要請した。「訪中は有意義であった。経済を中心にネ中関係を強化できた。」(Nepalnews.com, 7 Jun)

その中でも,特に重視されたのが,鉄道,道路,空路の拡充である。「開会式でも,中国や他の国々の指導者との会談でも,一つのことが繰り返し強調された。それは,われわれの未来は,この地域の交通網の改善にかかっているということである。」(Ekantipur,7 Jun)

具体的な成果として第一にあげられるのは,中ネ間のフライト数を現在の週14便から56便に増便するという合意。もしこれが実現すれば,両国間の往来は激増し,日本からもほとんどが中国経由で訪ネするということになろう。

なお,懸案のポカラ国際空港建設は,この5月22日正式契約が締結された。中国援助で,受注したのは中国の「中工国際工程股份有限公司」。滑走路2500mの本格的国際空港で,建設費は2億5千万ドル。4年後完成の予定。

次に注目すべきは,やはり鉄道や道路のネパールへの延伸。そしてまた,ダム・水力発電への中国投資。首相によれば,中国側は,これらについても積極的であったという。

もしそうだとすると,「ラサ=カトマンズ=ルンビニ鉄道」も,プラチャンダの単なるホラ話だったのではなく,近い将来実現可能な現実的なプロジェクトだということになる。

140608d■ポカラ国際空港契約締結式(中工国際HP)

3.中印共存共栄とネパール
以上は中ネの関係だが,今回の「中国-南亜博覧会」のHPを見ると,それにかぎらず,この地域全体が大きく変わりつつあるという印象を禁じえない。

中国とインドは,たしかに未確定国境が何カ所かあり小競り合いは絶えないが,だからといって本格的な軍事衝突になる可能性は低い。両国はいずれも政治大国であり,紛争はあっても大人の対応で管理し,地域開発による実利を目指しているように思われる。

では,ネパールは,どうなるか? うまくいけば,平和的な対ネ投資競争など,中印共存共栄から大きな利益を得られるだろう。が,もしそうはならず,両超大国の草刈り場となってしまうのなら,これは悲惨だ。いやそれどころか,代理戦争の場となり,やがて国家分裂,併合といったことにさえなりかねない。

中印の台頭で激動に翻弄され,下手をすると国家存立の危機にさえ陥りかねないネパール。そうした状況を乗り切るためにも,新憲法制定による正統的国家権力の早期確立・安定が切に望まれるところである。

谷川昌幸(C)

制憲議会選挙2013(20):「革命英雄プラチャンダ」試論2

マオイストが「包括和平協定」(2006年)締結後,合法政党となり,体制内化していったことは,周知の事実である。この変身は,コングレス(NC)や共産党統一マルクス・レーニン派(CPN-UML)が,そしてまた西洋中心の国際社会が,要求したことであった。

マオイストの体制内化は,文字通りドラスティックであった。党幹部ら,特にプラチャンダ議長は,おおかたの期待をはるかに超える「革命的」な過激さで体制内化し,人々のドギモを抜いた。プラチャンダは,勇敢な「革命英雄」から,過激な体制内「豪傑」へと華麗な転身を遂げたのである。

プラチャンダは,首相就任直後,「王様ベッド」を首相公邸に運び込み,世間をあっと言わせた。その後も,超豪華党本部や党議長宅,中・米をも巻き込んだ巨大利権ルンビニ開発,息子を押し立てたエベレスト遠征など,アッケラカンと権力私物化を満喫した。そして,今回選挙では,親族縁者をあちこちに立て,身内コネ社会ネパールの実情を,一身をもって満天下に暴露した。さすが大物,何ら臆するところがない。ネアカの大豪傑だ。

131129b ■「選挙公約(प्रतिबद्धता पत्र )」開発計画 

ネパール政治社会の宿痾とされる権力私物化や利権は,王制下では,特権階級が比較的限定されていたため,わかりやすく,それだけ御しやすかった。ところが,民主革命により権力分有参加が一気に進展し社会関係が複雑化したため,権力や様々な意思決定過程に参加する人びとの数が激増し,それに応じて,権力私物化や利権も拡散した。いまでは,多くの人が,どこかで,何らかの利権を求め,右往左往している。

プラチャンダは,いまやその利権的コネ社会ネパールのチャンピオンである。ネパール社会の現実を理念化して映し出す鏡,それがプラチャンダだ。多くの人びとが,いたるところで,こそこそやっていることを,プラチャンダは,大胆不敵にも,何の言い訳もせず,何はばかることなく,平然とやってのけてきた。まさしくネアカ豪傑だ。

プラチャンダが,自覚的に露悪的態度をとり,世間を覚醒させようとしているのかどうか,それはわからない。しかし,プラチャンダの権力私物化や身内コネ優遇を非難すれば,たちどころにそれは,非難している人びと自身に跳ね返ってくる。あなた自身はどうなのか,と。

すくなくとも,よそもの外国人には,こそこそと小ずるく利権をあさる小心者よりも,米・中をも手玉にとり,何はばかることなく,アッケラカンと巨大利権を要求するプラチャンダの方が,はるかに魅力的だ。

もしプラチャンダが,自覚的にこのような自己戯画化の態度をとっているなら,彼は本物の大物だといえよう。

131129a ■「選挙公約(प्रतिबद्धता पत्र )」裏表紙

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2013/11/29 at 13:56

制憲議会選挙2013(19):「革命英雄プラチャンダ」試論1

制憲議会選挙でのコングレス党(NC)と共産党統一マルクス・レーニン主義派(UML)の圧勝,マオイスト(UCPN-M)の惨敗が,ほぼ確実となった。が,今後の見通しはまだつけにくい。ただ,この選挙結果が,2006年革命の後退,旧体制への後戻りとなることは避けがたい。

(1)旧体制回復
コングレスもUMLも,上位カースト寡頭支配の前近代的旧体制政党である。王党派カマル・タパの国民民主党ネパール(RPP-N)も,比例制ではそこそこ議席を伸ばしそうなので,これら3党が手を組めば,王制復古は無理でも,マオイスト革命(1996-2006年革命)で侵食された上位カーストの地位の回復は難しくない。被抑圧諸集団や女性の地位や社会参加は引き下げられる。問題は,旧体制への後退がどの程度か,ということ。

(2)社会革命としてのマオイスト革命
マオイスト革命は,単なる政治革命(支配者の交代)ではなく,不十分とはいえ,社会革命を目指すものであった。十年余の人民戦争の前と後を比較してみると,この革命の達成した変革の大きさに驚かされる。

もし仮に自由と平等の拡大を「進歩」と呼ぶならば,あるいは被抑圧カースト・民族・女性らの解放を「正義」と呼ぶならば,マオイストは,歴史的に見て,間違いなく「進歩」と「正義」のために戦い,それらの大幅な実現を達成したのだ。

昨日(23日),パタンの南方,チャパガオンに行ってみた。バス停に着くと,女性警官と男性警官がそれぞれ小銃を構え,ペアでバス停を警備していた。まさしく「銃口から革命が生まれる!

世界一のジェンダーフリー軍隊であったマオイスト人民解放軍(PLA)が実証したように,あるいはアメリカ憲法が原理的に保障しているように,銃を持てば,男女平等。

そのマオイスト革命の成果の一つが,男女平等となったネパール警察だ。「革命万歳!」と叫び,記念撮影をお願いしようと思ったが,キャノンを向けるとガンを向け返される恐れがあったので,断念した。

このような自由・平等への前進は,民族,カースト,職業,言語,宗教,教育などネパール社会のあらゆる側面において認められる。マオイスト革命・人民戦争が大きな犠牲を伴ったことは周知の事実であり,その悲惨は決して忘れられてはならないが,そうした犠牲の上に,このような大きな「進歩」と「正義」がネパール社会にもたらされたこともまた歴然たる事実である。

マオイスト革命は,1990年革命を継承発展させ,イギリス革命やフランス革命よりも,あるいは明治維新革命と比べてすらも,桁違いに少ない犠牲で,それらと比肩しうるような社会革命を短期間で達成したのだ。

131124a131124b
 ■チャパガオン

131124c131124d
 ■テチョ

(3)革命英雄プラチャンダ
そのマオイスト革命を指導した英雄が,プラチャンダ=プシュパ・カマル・ダハール(マオイスト現議長)である。プラチャンダの勇猛果敢,政治力,統率力,柔軟性,そして天性の明るさ(ネアカ)がなければ,マオイスト革命の達成は,およそ不可能であった。今日のネパール人民の自由・平等は,英雄プラチャンダに多くを負っているといっても過言ではない。

(4)世に憚る英雄豪傑
そのプラチャンダが,カトマンズ第10選挙区で得票第3位,屈辱の落選。彼の率いるマオイストも全国で総崩れだ。

その理由を,内外のマスコミ,知識人,政官有力者らは,口を揃えて,プラチャンダの変節堕落に求め,罵詈雑言,言いたい放題だ。丸山真男はかつて,現在の「失敗」を過去にさかのぼって糾弾する本質還元主義の誤謬を完膚なきまでに批判した。昨今のプラチャンダ批判は,まさにその本質還元主義そのものだ。つい数年前,「民衆が立ち上がった!」と浮かれ歓喜したのは,いったい誰だったのか? 

カースト差別,民族差別,女性差別といった社会悪の撤廃を願ったのは,ネパール人民であり,それを支援したのは,西洋諸国であった。そして,その期待に応え,自由・平等の目標に向け,ネパール社会を大きく前進させたのは,プラチャンダの率いるマオイストであった。これは誰しも否定できない歴史的事実である。

その事実を無視し,最大の功労者たるプラチャンダへ掌を返したような罵詈雑言を投げつけるのは,いわば「下衆の勘ぐり」,あるいは「英雄世に憚る」ということにすぎない。西郷がそうであったように,英雄豪傑は通俗的で偏狭な世間には器が大きすぎる。むろん英雄豪傑の多くは,厳密に言えば神話であろうが,そうした神話をすら後生に残せないような国民の歴史は,正直,面白くない。

(5)矮小通俗社会のねたみと裏切り
プラチャンダへの罵詈雑言は,内外通俗社会の裏切りとねたみによるものだ。プラチャンダの「自由」と「平等」への戦いが成果を上げ始めると,ネパール人民と西洋諸国は,その「行き過ぎ」を恐れ,革命の阻止にかかった。「自由」と「平等」のための戦いは反人道的だから止めよ,と。そして,米国をはじめ諸外国は,政府軍への武器援助など,露骨な内政干渉を始めた。

これは,ネパール人民と西洋諸国がプラチャンダから旧体制派に乗り換えたことを意味する。英雄にしてステーツマンシップに長けたプラチャンダは,この状況下での外国介入強化の危険性を憂慮し,ネパール人民のため人民戦争を中途停止し,旧体制派との和解に応じたのだ。

その革命を裏切ったネパール人民と西洋諸国が,人民への裏切りとか権力私物化とかいって英雄プラチャンダに罵詈雑言を浴びせるのは,まさしく天にツバするもの。ネパール人民や西洋諸国は,プラチャンダに,変節することなく革命理念を追求せよ,と求める勇気はあるのか? プラチャンダに,スターリンや毛沢東になれ,と本気で要求するつもりか?

英雄プラチャンダは,望めばスターリンにでも毛沢東にでもなれたであろうが,その卓越した政治センスに耳を傾け,革命を中途で断念する道を選択した。スターリンや毛沢東より,政治家として熟達していたからにほかならない。

ネパールは,日本以上に,世論が一方に傾きすぎる傾向が強い。大勢順応ジャーナリズムがそれに輪をかける。世論は誰かが操作している。少数意見ないし批判は,いかに極論であれ,日本以上にネパールでは必要とされているといってよいであろう。

131124f131124e
 ■故意か偶然か? キルティプル:11月3日/16日

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2013/11/26 at 11:02

制憲議会選挙2013(17):ノーサイドなき選挙

(1)マオイストの選挙ボイコット宣言
開票が始まったばかりだというのに,劣勢のマオイスト(UCPN-M)は21日,早々と選挙ボイコットを決め,開票停止を要求,開票所から党立会人を退去させた。この選挙には「陰謀」が働いており,結果は「人民の期待に反するもの」であり,したがって制憲議会がつくられても参加しないという(Republica, Nov.21)。

これに対し,優勢のコングレス(NC)と共産党統一マルクス・レーニン派(UML)は,マオイストを激しく非難,選挙の公平を唱え,結果の受け入れを強く要求している。

一方,反選挙33党連合を主導してきたバイダ派マオイスト(CPN-M)は,開票直後からのこの大混乱を当然と受け止め,33党連合の反選挙運動の正当性を改めて力説し,今後への自信を示した。

マオイスト劣勢は,図らずも選挙前に分裂したマオイスト2派を急接近させることになった。両派マオイストが再統合し,ジャングルに戻ることになれば,ネパール平和構築は元の木阿弥,振り出しに戻ることになる。もっとも,国内外の圧力は強く,マオイスト幹部がいまや「有産階級」となったこともあり,その危険性は,いまのところ,それほど大きくはない。あれこれ駆け引きをしつつも,結局は,マオイストは選挙結果を受け入れざるをえないのではないであろうか。

131122e ■小選挙区開票速報(22日午前)

131121b131121c131121d
 ■市内要所を他党に制圧されたマオイスト。アサン/イカナラヤン付近/インドラチョーク

(2)コングレスの無規律
一方,予想外の好調に,コングレスは21日朝から大はしゃぎ,車やバイクに旗を立て,大音響でプカプカドンドンやりながら,街中を走り回っている。

特にキルティプルは,コングレスのラジェンドラ・クマール・KCが当選,それにUMLのスレンドラ・マナンダールが続き,マオイスト革命英雄プラチャンダたるプシュパカマル・ダハール議長は,まさかの第3位。コングレスが喜ぶのは当然だが,それにしても少々やり過ぎのような気がする。

惨敗した革命英雄陣営の前で,勝利に浮かれ,これ見よがしに大はしゃぎで行進し,投票結果を受け入れよと叫ぶ。こんなことをされては,敗者側は頭に来て,石の一つでも投げてやりたくなる。そして,もし本当に石でも投げたら,たちまち興奮した両派の大乱闘となり,止めようがなくなる。

それをおそれ,治安部隊が多数出動し,要所を警戒している。まるで戒厳令下のようだが,たとえどのように警戒しても,興奮した群衆に火がつけば,もはや止めようがない。今日のキルティプル外周道路では,そのような恐怖を覚えた。

コングレスは,もっとも由緒ある政党なのだから,もう少し大人の振る舞いを身につけてほしい。といっても,敗者へのいたわりとか惻隠の情といった,日本的なウェットな感情を引き合いに出して批判しているのではない。ネパールの選挙に不足しているのは,それとは全く異質のドライなフェアプレーとノーサイドの精神である。

フェアプレーとノーサイドは,世界に冠たる政治的国民の英米が誇る精神である。他のものは別として,これは文句なしに賞賛すべき精神であり,特にネパールは是が非でもこれを学び取る必要がある。

すなわち,いったんゲームを始めたら,勝利を目指して,共通のルールの下でフェアに,全力で最大限戦うが,ゲームが終われば,敵味方なしのノーサイド。勝敗は厳然としてあり,その結果は誰もが認めなければならないが,ゲーム終了=ノーサイドとなれば,両者とも全力で戦った者として健闘をたたえ合い,尊敬し合う。

選挙は,政治的ゲームの典型であり,いわば政治のスポーツ。要するに「遊び」だ。政治の場で,真剣に全力で戦うゲーム,それが選挙だ。選挙に,フェアプレーとノーサイドの精神が不可欠なのは当然だろう。

このフェアプレーとノーサイドの精神をどう育成するか? 投票箱や投票用紙,選管用コンピュータや四駆車――そんなものの援助より,ラグビー普及支援の方が早道かもしれない。

131121a
 ■キルティプル門前広場のNC集会(21日朝)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2013/11/22 at 13:21

ルンビニ開発への懸念,ユネスコ書簡

1.ユネスコ,書簡送付
ユネスコ世界遺産センターが,ネパール文化省宛の書簡(2011-12-20)で,中国系APEC(アジア太平洋交流協力基金)主導のルンビニ開発に対する懸念を伝えた。APECルンビニ開発は,ユネスコのルンビニ開発マスター・プランや世界遺産条約ガイドラインに反するというのだ。

2.ユネスコ「ルンビニ保存管理強化」事業
ユネスコは,1997年にルンビニを世界遺産に登録し,2010年7月16日にはネパール政府と協定を締結,日本政府拠出基金による「ルンビニ保存管理強化」事業を開始した。

事業内容 考古学的調査,遺跡保存,丹下健三マスタープランの検証,ルンビニ管理体制の確立
参加機関 世界遺産センター,連邦省,考古学省,日本大使館,ダーラム大(英),東京大学,ルンビニ開発トラスト,ルンビニ国際調査所
専門家委員 西村幸夫(東京大学,都市計画),C. Comingham (英),C. Meucci(伊)

この事業は,丹下マスタープラン(100万ドル,UNDP,1978)を継承するものであり,ユネスコの説明によれば,資金的にも人的にも日本が中心となっている。ユネスコは,このルンビニ開発計画に,APECルンビニ開発事業は反するというのだ。

3.巨大仏像に五星ホテル
APECルンビニ開発計画によると,目玉として巨大仏像が建立される。高さ115mというから,奈良大仏(15m)や鎌倉大仏(11m)よりもはるかに大きい。そして,五つ星のプール付き高級ホテルと,4000人収容の大ホール。

さすが,中国,なんでも巨大なものが好きだ。ちまちました小国日本の比ではない。現在の制憲議会ビル(コンベンションホール)のバカでかさをみれば,中国的思考は一目瞭然。それをルンビニでもやろうというのだ。

4.世界遺産条約違反
ルンビニ地区に,もしこんな巨大仏像や五星ホテルが建設されたら,世界遺産としての有難味は激減する。世界遺産条約はこう定めている。

■世界遺産条約実施ガイドライン(172)
「条約保護地域において,遺産の価値を害する恐れのある大規模な再建や新築を行う場合は,世界遺産委員会に通知すること・・・・」

APEC開発計画は,明らかに,このガイドラインに違反している。

5.日中の代理戦争?
ルンビニ開発をめぐるこのユネスコとAPEC系との対立は,うがった見方をすれば,少なくとも外面的には,日中の代理戦争だ。

日本はユネスコ分担金を12.5%も負担しており,米国(22%)に次ぐユネスコの大パトロン。ユネスコのルンビニ開発でも,日本は,資金を提供し,日本大使館や東京大学(丹下健三―西村幸夫)が深く関与している。

一方,APECの背後に中国政府がいることは周知の事実だ。ルンビニをめぐって,日中が争っている,と見られても仕方ない。では,日中いずれに軍配が上がるか? いかんながら,結局,日本は負けると見ざるをえない。

巨大仏像,五星ホテル,巨大ホールなど,しめて事業総額80億ドル也。しかも,われらがプラチャンダが全面支援している。日本に勝ち目はない。結局,ルンビニに巨大仏像が建つだろう。赤色かもしれないが。

▼ルンビニ開発関連記事 →→ 右の検索窓に「ルンビニ」を入力し検索

* Republica, 2012-01-1
* UNESCO, Strengthening the Conservation and Management of Lumbini, UNESCO HP

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2012/01/12 at 20:11

カテゴリー: 経済, 文化, 中国

Tagged with , ,

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。