ネパール評論 Nepal Review

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ウラン鉱脈発見,ムスタンで

ネパール鉱山地質局(DoMG)は7月2日,アッパー・ムスタンで有望なウラン鉱脈を発見した,と発表した(同局HP;新華社7月9日,Hindustan Times, 10 Jun, etc)。

ネパールのウラン探査は20年前から行われており,これまでに25カ所でウラン鉱の存在が確認された。しかし,探査技術と資金の不足で,調査は進まなかった。

今回の調査は,カグベニ~ローマンタンの100平方キロで実施され,10km×3kmの良質のウラン鉱脈を発見したという。調査はムスタンの他の地域へも拡大される。

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 ■A=カグベニ,B=ローマンタン(GreatHimalayaTrail)/鉱物分布図(DoMG)

ネパール政府は,もしムスタンのウラン鉱が採掘可能なものなら,外国援助を得て開発し,「イエローケーキ(ウラン精鉱)」 に加工して輸出する予定。イエローケーキは,$100/kgくらいで取り引きされているので,これが実現すれば,ネパールは大きな開発利益が得られるという。

しかし,開発資源はウランであり,しかもムスタンはチベット国境ちかく。政治的に微妙であることはいうまでもない。今回のウラン鉱脈発見発表をいち早く報道したのが新華社とHindustan Timesであったことを見ても,それは明らかだ。どこの援助で開発し,どこに販売するのか?

これまで,資源途上国は,ほとんど例外なく,利権をめぐる泥沼の紛争に苦しめられてきた。ウラン鉱脈が有望であればあるほど,採掘の可否を手始めに,さまざま難しい判断を,ネパールは迫られることになるであろう。

140713f  ■地質図(DoMG)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2014/07/13 at 12:34

米軍「部隊」ムスタン派遣と「蓮の葉」作戦

1.米軍「部隊」ムスタン派遣の報道
にわかには信じがたい話だが,報道によると,9月中旬,米軍「部隊」がカトマンズに入り,ムスタン方面のチベット国境沿いに展開,活動を始めたという。またゴルカでは,「蓮の葉」作戦開始。事実なら,ネパールは大国介入の泥沼紛争に引き込まれる恐れがある。情報源は,スジャータ・コイララ(コングレス党幹部)とA.シュリバスタバ。

▼ “US Soldiers sneak into Mustang in civilian dress, Sujata reveals,” Telegraph Nepal,n.d.(accessed 2012-10-01).

▼Arun Shrivastava, “US Soldiers in Nepal on China’s Tibet Border, On a Reconnaissance ‘Humanitarian Mission’,” Global Research, September 22, 2012.

以下,詳細なシュリバスタバ記事を中心に,紹介する。ただし,同記事の裏付けはまだとれていない。

2.米軍「人道ミッション」部隊
9月第3週初,65人の米兵がカトマンズに入り,カスキ郡ディクルポカリに移動した。その後,「部隊」はムスタン郡やマナン郡のチベット国境沿いを移動し活動している。65人といえば相当数であり,「部隊」といってよいだろう。(Dhikurpokhari:カスキ郡の千数百戸(約7千人)の町。プラチャンダUCPN-M議長出身地。)

米軍「部隊」の派遣目的は,地域住民の保健衛生の調査であり,「人道ミッション」ということになっている。しかし,もしそうなら,軍人ではなく,文民の保健医療専門家のチームを派遣すべきであろう。

3.先遣偵察隊か?
シュリバスタバによれば「人道ミッション」は偽装であり,米軍「部隊」は,チベット国境沿いの敏感地帯で,地形や補給路,そして住民の動向などを調査することが本当の目的のようである。先遣偵察隊というわけだ。

ネパールのチベット国境沿い付近では,以前から,CIA要員が諜報活動をしているといわれてきた。何人かは,退役後,諜報活動をしたと自ら語っている。

このところ,僧侶の焼身抗議などでチベット情勢が緊張してきている。また,国境付近は,ジャナジャーティ(少数諸民族)運動によりネパール政府の監視も行き届かなくなっている。米軍「部隊」派遣は,そうした状況を捉えての偵察作戦といってよいであろう。

4.欧米の途上国援助の目的
シュリバスタバによれば,もともと欧米の諸機関やNGOなどの途上国援助は,欧米にとって不都合な指導者たちを排除し,混乱を引き起こし,欧米に好都合な体制を作ることを暗黙の目的にしている。

ネパールについても,ジャナジャーティに関するあらゆるデータが,それらの援助機関やNGOあるいはキリスト教会などにより収集され,すべてCIAなどに引き渡されているという。米国は,そうした援助やデータを利用して混乱を引き起こし,介入し,ネパールに地歩を築こうとしているという。

5.「蓮の葉」作戦
この目的のため,米国はゴルカに「蓮の葉」を設置したか,あるいはこれから設置する。はっきりしないが,おそらく,すでに設置されているのだろう。「蓮の葉(lily pad)」とは何か?

▼ David Vine,”Expanding US Empire of Bases: The Lily-Pad Strategy: How the Pentagon Is Quietly Transforming Its Overseas Base Empire and Creating a Dangerous New Way of War,” Frontlines of Revolutionary Struggle, July 15, 2012.

バインのこの記事によれば,「Lily Pad」とは,蛙が獲物を狙って潜んでいる池の水面上にポツリポツリと浮かぶ「蓮の葉」のような,小さな軍事基地のことである。武器・弾薬を備え,ごく限られたスタッフのみが関与する秘密基地。

米軍は,冷戦型大規模基地を縮小し,この21世紀型「蓮の葉」基地の世界ネットワークを拡大している。2000年以降,すでに50カ所に設置されたという。

「蓮の葉」は,秘密裏に展開され,柔軟かつ迅速に事態に対応できる。しかも,単に軍事行動だけでなく,地域の政治や経済に介入し,親米の環境をつくり出していく。

バインによると,このような「蓮の葉」作戦は,特に途上国にとって危険だという。第一に,小規模秘密基地というが,いったん設置されると,ビヒモス(怪獣)となる。第二に,民主化といいつつも,実際には地域の専制や腐敗を助長する。第三に,紛争の平和的解決への意欲をそぎ,世界を軍事化する。

たしかに,バインのいうように,「蓮の葉」作戦は危険である。アメリカが途上国に「蓮の葉」をつくれば,当然,ロシアや中国もそれぞれの「蓮の葉」をつくる。こんなことになれば,草の根からの世界の軍事化は避けられない。

しかも,グローバル化時代の「新しい戦争」に対応するため,「蓮の葉」は地域の政治や経済にも介入する。軍民分離の大原則は否定され,軍民協力による地域の軍事化が止めどもなく進行する。

ネパールにとって,この米軍「蓮の葉」作戦が極めて危険なのは,もし米軍が「蓮の葉」をネパールのあちこちに浮かせるなら,当然,中国も同じことをして対抗するからである。

米国「部隊」が,ムスタン郡やマナン郡で「人道ミッション」として活動し,またゴルカ郡に「蓮の葉」を浮かべたのは,いうまでもなく中国・チベットの動向をにらんでのことである。

そして,もし米国がチベット国境沿いで地域のジャナジャーティ(少数諸民族)に働きかけ親米化しようとするなら,当然,中国も彼らに働きかけ反米・親中としようとするであろう。国内のジャナジャーティ紛争のはずが,そこに米中が介入すると,紛争を激化させ,ついには自分たちでは解決できないほど事態を悪化させ泥沼化させる恐れが多分にある。

ところが,バブラム・バタライ首相は,米国「部隊」の入国・移動・活動を黙認し,また国軍高官を同行させたりしているという。シュリバスタバはこう糾弾する。

「現在の指導者たちや民族連邦主義NGOが安定した民主的政府を実現してくれると期待し黙って待っているのは,ネパール国家国民の自殺だ。欧米諸機関を信用し援助を期待するのは,それ以上に愚かなことだ。」

6.ネパール政治の混乱と外国介入
それにしても,これはいったい全体,どういうことなのであろうか? 偶然の一致というには,できすぎている――

■米国が「蓮の葉」秘密基地を設置したゴルカは,バブラム・バタライ首相の地元。
■米軍「部隊」のカトマンズからの移動先のディクルポカリは,プラチャンダUCPN-M議長の出身地。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2012/10/03 at 10:42

NHK「ムスタン王国」の真実・再説

1.「ムスタン王国」ヤラセ事件
かつてNHKの辣腕プロデューサーが「禁断の王国・ムスタン」(1992)を制作し放映した。傑作ドキュメンタリーで,日本中が感動した。(ユーチューブではまだ未公開)
 
ところが,誰かにねたまれたのか,このドキュメンタリーはヤラセであり,ネパール王国と日本視聴者を愚弄するものだと,攻撃の火の手が上がった。問題にされたのは主に次の点:
  ・ムスタンは「王国」ではない。
  ・流砂はスタッフが流したもので,ヤラセ。
  ・高山病は仮病で,ヤラセ。
 
この他にも,多くのヤラセや誤りが糾弾され,やむなくNHKも調査委員会を設置し,制作過程を調査した。その結果,問題にされたことの多くが事実と認定され,特別番組でそれが詳しく説明された。そして,NHK会長らが,皆様のNHKが善良な視聴者を騙したとして,平身低頭,沈痛な面持ちで平謝りを繰り返した。このとき辣腕プロデューサー氏らがどのような弁明機会を与えられたのか,またヤラセ判定・懲戒処分後,どうなったのかは分からない。
 
この経緯を見て,私は唖然とした。そして,断固,番組を擁護すべく授業で何回も取り上げ,「ムスタン王国」の「真実」を力説した。
 
2.「事実」は語らない
写真にせよドキュメンタリーにせよ,生の「事実」をあるがままに写すものではない。撮影者,制作者の意図に従い,生の現実のある部分を切り取り,写真やドキュメンタリーとして表現する。学術論文にしても絵画,文学作品にしても同じこと。
 
「事実をして語らしめる」という客観主義の常套句があるが,これは真っ赤な嘘であり,生の事実は何も語りはしない。撮影者・制作者が,一定の意図に従い「語らしめる」ことによって,つまり事実を「加工」することによって,事実は何事かを語り始める。
 
3.ドキュメンタリーと演出
この制作者の意図(意思)による事実の加工が,「演出」である。写真にせよドキュメンタリーにせよ,いや学術論文ですら,およそ作品は「演出」なしには,ありえない。
 
4.「真実」を伝えた「ムスタン王国」
では,「ムスタン王国」の場合はどうか? ムスタンが高山の厳しい自然環境の中にあり,そこへの経路が険しく,流砂があり,ときには高山病になることは,事実だ。制作者は,そのムスタンの「真実」を伝えることを目標に,番組を制作した。
 
ところが,取材中には,あいにく流砂も高山病も発生しなかった。もっと手間暇をかければ,いずれそれらは発生するだろうが,取材班にはその余裕はなかった。そこで,流砂を人為的に流し,高山病の振りをし,撮影した。
 
「流砂」も「高山病」も,そのとき,そこで起こった「生の事実」ではない。しかし,そこでは,それらはしばしば発生することであり,番組がその「真実」を伝えることを目標とするのであれば,「ムスタン王国」は大筋では視聴者を騙したことにはならない。(いくつか事実誤認や誤りがあったことはたしかだが,こうした海外取材ではある程度はやむを得ない。)
 
むしろ,あえていうならば,ドキュメンタリーは「生の事実」を伝えるものだという誤った情報をセンセーショナルに流し,善良な人民をヒステリックな制作者糾弾に誘導したことの方が,ヤラセとして批判されるべきである。
 
5.演出の許容範囲
しかし,そうはいっても,演出が無制限に許されるわけではない。演出がすぎると,文字通り「絵空事」となり,「事実」が何か分からなくなってしまう。演出がどこまで許されるかは,一方における「真実」を伝えようとする制作者の誠意と表現能力,他方における「真実」を見ようとする視聴者の成熟度により,つまり制作者と視聴者の「真実」をめぐる格闘を通して,自ずと妥当な範囲に収まっていくだろう。それが表現の自由の醍醐味だ。
 
「ムスタン王国」の場合,過剰演出かどうか,たしかに微妙なところではある。安全第一であるべきなら,番組最後の字幕部分に,「王国は通称,流砂と高山病は再現映像」と一筆入れておけば,よかった。そうすれば,この番組がこれほど糾弾されることはなかったであろう。
 
6.「事実」はつくられる
実は,このことは,大学が新入生に,まず第一に教える,ごく初歩的な事柄だ。新入生は,教科書の記述を「事実」そのものと信じて疑わない。小中高校で,文科省やその支配下の教員に,そう洗脳されているからだ。
 
そんな新入生に対し,大学はまずガツンと一発,すべての「事実」は誰かにより「つくられた事実」だ,とぶちかまし,新入生どもの心地よい独断の眠りを覚ましてやる。大学教育は,国家への反逆から始まる。それをしない大学は「大学」の名に値しない。
 
だから,写真やドキュメンタリーを見て「生の事実」だなどと脳天気なことをいう大学卒業生は,日本には1人もいないはずだ。それは基本中の基本で,口にするのも恥ずかしいくらいのことだ。
 
6.解釈と「事実の堅い芯」
しかし,「事実」はすべて解釈によりつくられるかというと,決してそうではない。もし「事実」はすべてつくられるものなら,ノンフィクションとフィクション,歴史と歴史小説の区別がつかなくなってしまう。「事実」はつくられるが,しかしすべてがつくられるわけではない。ここに,科学(学問)や文学・芸術の難しさがある。
 
この問題を鮮やかに分析し,大学生にもよく分かるように易しく面白く叙述したのが,E.H.カー『歴史とは何か』(岩波新書)だ。大学新入生の必読文献であり,日本の大学生はみな読んでいる。ここに書いてあることの概略でも理解していないと,独断の微睡みから目覚めない大人子供と見られ,大学を卒業させてもらえない。
 
しかし,碩学カー先生の本は,完全に理解しようとすると,これは難しい。本当に「事実の堅い芯」など,あるのか? あるとすれば,どのようにしてそれを認識するのか?
 
カー先生は,「歴史は現在と過去との対話である」と力説される。それは,「真実」をめぐる制作者と視聴者,作者と読者の間の対話と言い換えてもよい。難しいことだが,こうした大人の対話を続けていくしか,「事実=真実」へは接近できないのだろう。

【参照】

■やらせ 
■池田信夫「やらせ」
■虚偽報道
■ムスタンの真実―「やらせ」現場からの証言  
■NHKスペシャル「ムスタン」の真実
■秋山久 第45回 「やらせ」番組考(2000・12・25転記)  ネットジャーナル「Q」  (秋山氏の略歴)NHK報道局社会部(ニュースデスク、ニュースキャスタ),東京経済大学非常勤講師を経て,現在,フリージャーナリスト。(追加2014.2.8)

140208 ■ローマンタン(Google)。いまや秘境も丸見え(2014.2.8)

谷川昌幸(C)

 

Written by Tanigawa

2009/01/15 at 10:56