ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

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キリスト教攻撃激化と規制強化(2)

1.キリスト教の利用から排斥へ
ネパールの体制派(the Establishment)にとって,近年の最大の危機は,いうまでもなくマオイスト人民戦争(1996~2006年)であった。マオイスト(毛沢東主義派)は,ヒンズー教旧体制が差別し周縁化してきた低カーストや少数諸民族を糾合して旧体制と戦い,優勢裡に和平に持ち込み,ヒンズー教王制を廃止して世俗共和制の新体制を発足させ,そこに有力な勢力の一つとして参画した。

しかし,その一方,新体制は革命ではなく和平により成立したため,旧体制の制度的中核たるヒンズー教王制(ビシュヌ神化身たる国王の統治)は廃止され,ネパールは世俗共和制に転換したものの,それを除く旧体制の諸勢力の多くは新体制を受け入れ,そこに参加していった。

このヒンズー教王国から世俗共和制への転換にキリスト教がどう関与したのか,いまのところ,それはよくわからない。ただ,キリスト教は長年,旧体制により厳しく禁止され弾圧されてきたので,その転換に希望を抱いてきたことは間違いない。事実,キリスト教徒は,1990年民主化運動の頃から潜伏していた人々も徐々に表に出始め,人民戦争を経て現在に至るまで着実に数を増やしてきた。

そのキリスト教は,ネパールでは,欧米諸国に物心両面で強力に支援されている,と見られてきた。したがって,ネパールで権力闘争が激しくなればなるほどキリスト教利用のメリットは大きくなり,いずれかの勢力がアプローチして何ら不思議ではなかったが,ネパールでは1990年民主化運動以降も,つい最近まで,政治家個人によるキリスト教接近・利用の試みは散発的に見られたものの,政党等が本格的・組織的にキリスト教と連携を図る動きはなかった。それは,おそらくキリスト教がネパールでは党派を超え取扱厳重注意だったからであろうし,現在もなお一般にキリスト教はそう見られている。

しかしながら,キリスト教が近現代欧米の人権や民主主義と不可分の関係にあることは言うまでもない。したがって,途上国が開発促進のため欧米先進諸国の支援をえて近現代的な人権・民主主義の実現を目指すことになれば,それは自ずとキリスト教にとっても好ましい政治的・社会的状況がそこに生じることはまぎれもない事実である。

欧米諸国は,このキリスト教と近現代的な人権・民主主義との不可分の関係を十二分にわかったうえで,宗教と政治を巧妙に使い分け,途上国への影響力を拡大してきた。かつての「宣教師と軍隊」が,近現代風に洗練され「キリスト教と人権・民主主義」となったといっても,決して言い過ぎではあるまい。国家世俗化と宗教の自由がその典型。ネパールでも,この問題を筆頭に,人権や民主主義に関する多くの諸問題において,キリスト教と欧米世俗権力は多かれ少なかれ共闘関係にある。(参照:改宗勧奨: 英国大使のクリスマス・プレゼント)いまのネパールでは,キリスト教を擁護すれば欧米諸国家の支援が,近現代的人権・民主主義を唱えればキリスト教社会の支援が何らかの形で期待できるのである。

英大使の改宗勧奨

ネパールの政治家はみな,そんなことは百も承知。和平後新体制もジレンマを感じてはいたであろうが,開発・民主化促進は何よりの急務,キリスト教を警戒しつつも,欧米諸国の支援をえるため,キリスト教に宥和的ないし協力的な姿勢をみせ始めていた。(*4)

ところが,ネパール新体制の,このようなキリスト教に対する宥和的な態度は,ここにきて逆転,再び悪化し始めた。「アジアンアクセス」のジョー・ハンドリー代表は,こう指摘している――

この数年間,ネパール側は孤児,人身売買,職業訓練などに関する教会事業を高く評価してきた。そして,「一緒に頑張ろう! 活動をもっと自由にするので,ネパール社会を変えてほしい」などと言っていた。「共産党政府は,教会指導者らに憲法制定への参加さえ要請した。その憲法が3,4年前に制定され,宗教の自由が新たな局面を迎えた。」

ところが,いまや一転,ヒンズーナショナリストのロビー活動や政府筋からの新たな規制圧力により「これらの自由は後戻りさせられている」。キリスト教指導者は殺すと脅迫され,教会は爆破され,墓地は禁止され,キリスト教徒の子供たちは学校でいじめられている。(*4)

――以上のハンドリーの指摘は,むろんキリスト教会の側からのものだが,最近の布教禁止刑法制定や一連の教会攻撃をみると,大筋ではおおむね事実に沿っており妥当といってよいであろう。

*4 Alex Anhalt, “New pressure faces Nepalese Christians,” Mission Network News, 12 June 2018


■英有力紙ガーディアンのセンセーショナルな暴露記事,「『金でキリスト教布教』:ネパールでの魂の闘い」(The Guardian, 15 Aug 2017)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2018/08/07 at 10:06

カテゴリー: 宗教, 民主主義, 人権

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キリスト教とネパール政治(2)

2.キリスト教系政党と2017年5月地方選挙
ネパールには現在,キリスト教系政党が少なくとも4~5政党はあるとされている。
人民覚醒党(Jana Jagaran Party)
  党首:ロクマニ・ダカル(牧師)
  選挙シンボル:懐中電灯
  制憲議会議席:1(LM・ダカル,唯一のキリスト教徒議席)
国民解放運動党(Rastriya Mukti Andolan Party)
  党首:ジャヤワンタ・B・シャハ
APメサイア党(Amul Parivartan [AP] Messiah Party)
  議長:バラト・ギリ
人民の党(People’s Party)
PAクリスチャン党(PA Christian Party)

2017年5月の地方選挙では,キリスト教徒候補が何人か当選した(正確な人数不明)。また,ダディン郡ガンガジムナでは,女性クリスチャンのアンジェラ・タマンが副町長に当選した。彼女はこう語っている――

「私は,先住タマン共同体に属している。これまで差別されてきたが,私たちは神に祈り,福音の導きに従ってきた。いまでは,私たちは強力なキリスト教共同体となっている。私たちは,社会全体への奉仕を通して神に仕えたいと願っている。・・・・
 もし私がヒンドゥー教徒であったなら,私のような先住民女性が選出されるようなことは,決して夢にも思わなかったであろう。神が私に道を示し導かれたのだ。・・・・
 私は,宗教の別なく,社会全体のために働きたいと思う。」(Christopher Sharma, “Christians in Nepal enter politics. First Christian woman elected,” AsiaNews.it, 05/24/2017)

ネパール全国キリスト者連盟のCB・ガハトラジ会長もこう述べ祝福した。「女性がクリスチャンとして当選し政治家となったのは,クリスチャンにとって朗報だ。他のクリスチャンを勇気づけ,政治を志させることになるだろう。」(ibid)

国民解放運動党のJB・シャハ党首は,こうした状況を受け,こう檄を飛ばした。「世俗化以前は,クリスチャンとして政治に参加することは禁止されていた。・・・・今回が初の地方選であり,われわれは,福音に従い,キリスト者アイデンティティを持つ人々にもっともっと訴えかけなければならない。何千もの人々が投票を待っている。第2次投票の準備はできている。われわれは,急速に支持を拡大しているのだ。」(ibid)

この2017年5月地方選挙におけるキリスト教系政党の動向については,すでに概略を紹介しているので,一部重複もあるが,以下をご参照ください。
【参照】キリスト教政党の台頭


■人民覚醒党FB/APメサイア党FB

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2018/03/27 at 17:12

「宗教の自由」とキリスト教:ネパール憲法の改宗勧誘禁止規定について

「自由」は一般に,格差のあるところでは「強者の権利」となりがちである。格差を無視し自由を形式的に認めると,経済的,政治的,知的,身体的等々において優位にある者が,自由を名目として,劣位にある者を事実上一方的に支配することが許されてしまう。形式的自由は「強者の権利」を正当化する。最も基本的な自由の一つである「宗教の自由」もその例外ではない。このことについては幾度か議論してきたが,重要な問題であるので,ここでもう一度,ネパールを例にとり,「宗教の自由」について考えてみたい。
 【参照】世俗国家 キリスト教 改宗

 ■Church in Nepal HP

1.ネパール憲法の「世俗国家」規定と「宗教の自由」
現行2015年ネパール憲法は,「宗教の自由」について次のように規定している。

 ・・・・・<以下引用>・・・・・
第26条 宗教の自由への権利
(1)宗教的信仰を持つ何人も,自分の信じる宗教を告白し,実践し,そして守る権利をもつ。
(3)何人も,本条規定の権利の行使において,公共の健康・良俗・道徳に反する行為,公共の平和を損なう行為,他者を別の宗教に改宗させる行為,または他者の宗教を損なう行為を,自ら行うことも他の人に行わせることも為してはならない。そのような行為は法により処罰される。
 ・・・・・<以上引用>・・・・・

宗教の自由は最も基本的な人権の一つだが,無制限ではなく,他者の正当な権利の侵害までも許容するものではない。しかし,たとえそうだとしても,この26条3項による宗教の自由の制限は,あまりにも広範であり,解釈次第でどのような宗教活動であっても禁止されてしまう恐れがある。

とりわけ問題なのが,改宗勧誘の禁止である。直接的あるいは間接的な改宗勧誘が禁止されてしまえば,自発的な改宗の機会も少なくなるので,これは改宗の全面禁止に近い規定とみてよいであろう。

それでは,改宗を禁止ないし大幅制限したうえでの「宗教の自由」とは何か? それは,既存の諸宗教を前提とし,それらを信仰する自由にすぎないのではではないか? そのことを,もって回った表現ながらも,具体的に規定しているのが,憲法4条の世俗国家規定である。

 ・・・・・<以下引用>・・・・・
第4条 ネパール国家
(1)ネパールは,・・・・世俗的な(धर्मनिरपेक्ष)連邦民主共和国である。
 解釈(स्पष्तीकरण, explanation):本条でいう「世俗的」は,古くから伝えられてきた宗教や文化を含む,宗教と文化の自由を意味する。
 ・・・・・<以上引用>・・・・・

この第4条を第26条と合わせ読むと,ネパール国家の根本規定の一つたる「世俗的」は,改宗が大幅規制されているのだから,結局,「古くから伝えられてきた宗教や文化の自由」にほかならないことがわかる。世俗国家たるネパールは,古来の宗教や文化の自由を保障しなければならない。では,その古来の宗教や文化とは何か?

2011年人口調査によれば,ネパールの宗教別人口は,ヒンドゥー教81.3%,仏教9%,イスラム教4.4%,キリスト教(多数がプロテスタント)1.4%,その他3.9%。ネパール憲法は,「世俗的」を,事実上,古来の宗教文化と規定することにより,このヒンドゥー教(およびそれと習合した仏教)を中心とする既存の宗教社会の保守を義務づけているのである。

3.キリスト教徒急増と改宗勧誘禁止規定
ネパールが,外国とりわけ欧米近代諸国家との接触があまりない伝統的閉鎖社会であり続けたなら,ここまで強引な改宗禁止規定を憲法に置く必要はなかったであろう。国民のほとんどがヒンドゥー教とそれと習合した仏教を信じており,たとえ「宗教の自由」を認めても,彼らは圧倒的な多数派であり,「強者」として政治的,社会的,文化的なあらゆる権益を守ることができたに違いない。

ところが,ネパールは,1990年と2006年の2回の人民運動(民主化運動)の成功により,近現代民主主義を受け入れ,本格的に国を開き,欧米諸国と直に向き合うことになった。その結果,ヒンドゥー教は,ネパール国内では依然として多数派強者ではあっても,世界社会では必ずしもそうとは言えなくなってしまった。

この新たな状況下で,ネパール国内の他の宗教が,国外の何らかの有力勢力と結びつき支援を受け始めるなら,ネパール・ヒンドゥー教の優位は,経済的にも国際世論的にもたちまち瓦解する。そうなれば,「宗教の自由」は,外国勢力の支援を受け,その意味で新たに強者となった他の宗教の「強者の権利」へと一変してしまうのである。

民主化後のネパールにおいて,この「宗教の自由」を最も有効に使い,急速に勢力を拡大してきたのが,キリスト教である。キリスト教徒は,2011年人口調査で全人口の1.4%だが,実際には3~7%,あるいはそれ以上ともいわれている。1991年が0.2%,2001年でも0.5%だから,政府公式調査でも大幅増,実数はそれを大きく上回る。(日本は1%[2012]。)近年のネパールは,キリスト教徒増加率が世界で最も高い国だといわれている。

では,ネパールで,なぜいまキリスト教徒が急増しているのか? ヒンドゥー教の側は,ネパールのキリスト教会が直接的あるいは間接的に先進諸国の援助を受け,ネパールの人々に金銭や物品,教育や医療・福祉の機会などを提供し,キリスト教に改宗させているからだと非難している。先進諸国の教会などの支援を受けているネパールの教会は,経済,科学技術,教育,医療,福祉など宗教以外の多くの分野において優位となり,この強者の立場を利用してネパール庶民をキリスト教に改宗させているというのである。

ネパールのヒンドゥー教勢力が,2015年憲法に強引に世俗国家規定を置き,改宗勧誘禁止を書き込んだ最大の理由は,強者として「宗教の自由」を利用し信者を増やしていると彼らがみなすキリスト教会の動きを阻止することにあったとみてよいであろう。

 
 ■Churches Network Nepal HP / Nepal Church Com HP 

4.アメリカ政府によるキリスト教会支援
キリスト教会が「宗教の自由」を強者として利用し乱用しているというのは,ヒンドゥー教の側の言い分だが,この非難には全く根拠がないわけではない。たとえば,アメリカ国務省の「宗教の自由レポート2016年」をみると,アメリカ政府がネパールにおけるキリスト教会の自由のために大使館をあげて努力していることがよくわかる。
 * “International Religious Freedom Report 2016: Nepal,” US Department of State

「宗教の自由レポート2016年」は,まず,ネパールにおける「宗教の自由」の現状を批判的に要約・紹介する。
 ・2015年憲法が「世俗主義」を「古来の宗教と文化の保護」と規定していること。
 ・2015年憲法が改宗勧誘を禁止していること。
 ・仏教僧院を除き,キリスト教会などの宗教組織はNGOとして登録し,規約,役員,会計,事業活動などの詳細な報告を義務づけられていること。
 ・キリスト教系学校は公費補助を受けられないこと。
 ・ドラカ郡でキリスト教徒8人が改宗勧誘容疑で逮捕された事件(2016年8月)。
 ・ジャパ郡で外国人キリスト教徒が改宗勧誘容疑で逮捕され,国外退去処分とされた事件(2016年8月)。
 ・クリスマスが国民祭日から外されたこと(2016年3月)。
 ・キリスト教徒は墓地の購入や利用が困難なこと。
 ・様々なメディアが,キリスト教会は騙したり物品を配ったりして改宗させ,また教会行事と称して改宗勧誘を行っているなどと,さかんに報道していること。
 ・牛(オスとメス)殺害が重罰をもって禁止され,パンチタール郡では牛殺害容疑で4人が逮捕されたこと。
 ・政府が郡開発委員会に対し,改宗を勧誘する団体のNGO登録は認めてはならない,とする通達を出したこと。
 ・キリスト教に改宗したが,秘密にしている者が多数いること。

アメリカ国務省レポートは,ネパールにおける「宗教の自由」の現状につき以上のような指摘をしたうえで,「米国政府の政策」を次のように報告している。少々長く重複もあるが,要所を抜き出し紹介する。

 ・・・・・<以下引用>・・・・
ドラカ郡で改宗勧誘容疑により8人が逮捕され裁判にかけられたとき,米大使館員はネパール政府高官と会い,自分の宗教を自由に実践する人民の権利を尊重するよう要請した。米大使館員は,宗教関係図書配布容疑でのキリスト教徒の逮捕が,現行の憲法や刑法の規定が宗教の自由を大幅に制限する結果になることを実証したことを特に強調した。

2016年を通して,米大使と大使館員は,訪ネ米政府高官らとともに,ネパール政府高官や政治指導者らに対し,憲法や改正刑法案の規定が布教や改宗を含む宗教の自由を制限することにつき,憂慮の念を伝えた。米大使と大使館員は,政治指導者や政府幹部に対し,刑法改正最終案には処罰を心配せず自分の宗教を選択する権利をはじめとする宗教の自由を盛り込むことを要望した。米大使館員は,主要政党幹部とも会い,この要望を繰り返し伝えた。11月には,米国務省の近東および南・中央アジア宗教的少数派問題特別顧問がネパール政府幹部や議員らと会い,宗教的寛容を促進し,政府には改宗を犯罪としないよう働きかけることを要望した。

米国特別顧問は,宗教指導者らとも会い,宗教的少数派の宗教的諸権利に対する規制につき意見を交換した。米大使館員は,キリスト教諸団体と会い,改宗禁止の強行やヒンドゥー教政治家たちによるキリスト教社会への非難攻撃につき,意見を交換した。また大使館員は,カトマンズをはじめ国中の少数派宗教の地域代表らと定期的に会い,キリスト教徒が改宗を強制しているという糾弾につき,またキリスト教徒やイスラム教徒がそれぞれの宗教に基づく埋葬のための土地の取得に困っていることにつき,意見を交換した。大使館員は,ヒンドゥー教,仏教,イスラム教およびキリスト教の指導者らと会い,刑法改正案や改宗禁止の憲法規定の施行につき,意見を交換した。
 ・・・・・<以上引用>・・・・・

このように,米国は,ネパールに「宗教の自由」を宣べ伝えることに何の躊躇もない。「自由」の伝道は,新大陸アメリカ国家の「明白な使命(Manifesto Destiny)」なのだ。世界最強のアメリカには,格差の自覚なき「自由」は“強者の,強者による,強者のための権利”に堕してしまうことへの恐れはまるでない。

なお,蛇足ながら,ネパールのキリスト教徒が,ネパール国内に限定すれば少数派であり,弱者であることは言うまでもない。

*1 “International Religious Freedom Report 2016: Nepal,” US Department of State
*2 宣教投獄5年のおそれ,改正刑法
*3 キリスト教政党の台頭
*4 タルーのキリスト教改宗も急増
*5 キリスト教絵本配布事件,無罪判決
*6 改宗の自由の憲法保障,米大使館が働きかけ
*7 新憲法による初の宗教裁判
*8 改宗勧誘は禁錮5年,刑法改正案
*9 クリスマスを国民祭日から削除:内務省
*10 改宗勧奨: 英国大使のクリスマス・プレゼント

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2017/09/20 at 14:37

キリスト教政党の台頭

ネパールでは,国家世俗化によりキリスト教会が勢力を拡大し,政治の世界にも進出し始めた。すでに政党もいくつか結成され,2013年制憲議会選挙では,「覚醒党(जनजागरण पार्टी [awareness] Party)」が1議席獲得した。党の本拠はラリトプルで,党シンボルは懐中電灯。

昨日(5月14日)の地方選挙(前期)では,この覚醒党を中心に,キリスト教会系4党が選挙協力に向け協議した。
 ・覚醒党(選管登録済,2017年3月10日現在)
 ・Rastriya Mukti Andolan Party(選管登録済,同上)
 ・People’s Party(選管登録申請中,同上)
 ・PA Christian Party(選管登録申請中,同上)

カトリック系「アジアニュース(www.asianews.it)」(2017年3月17日)によれば,この4党協議では,次のような意見が出された。
ロクマニ・ダカール(覚醒党党首)
「選挙を通してイエス・キリストのことを伝えたい。そうすれば,イエスの名で全有権者に訴えることができる。」
ジャヤワンタ・B・シャハ(Rastriya Mukti Andolan Party党首,4党協議代表)
「[選挙協力実現に向け残るのは]4党連合を誰が代表するかということと,選挙に出る政党の名称とシンボルを何にするかということだけだ。」(「アジアニュース」によれば,十字架とキリストの名を党名と党シンボルに配することを選管に打診中。)

この3月の4党協議は,結局,うまくいかなかったようだが,それにしてもキリスト教会系政党が,ここまで大っぴらにキリスト教を前面に出して選挙出馬を考えるとは,まったくもって隔世の感を禁じ得ない。

こうした宗教団体の政治活動について,現行2015年憲法は,微妙な規定を置いている。
第269条 政党の結成,登録および活動
(1)政党結成の自由  (2)選管への政党登録
(3)政党登録要件 (a)党則が民主的,(b)党役員の定期的選挙選出,(c)党役員の包摂性
(5)党名,党目標,党章および党旗がネパールの宗教的および社会的統一を損なわないこと,また国家の分裂を招かないこと

この憲法規定に,キリスト教会系諸政党は抵触しないのか? 前述のように,すでに2政党は選管登録されている。覚醒党は,懐中電灯で照らし,「目覚めよ!」と訴え,制憲議会に1議席を獲得した。しかし,前述の4党協議で出されたように,十字架を掲げキリストの教えを選挙で訴えるとなると,どうか?

ネパールには牛をシンボルとする有力なヒンドゥー教政党があり選挙でもヒンドゥー国家復帰を訴えているのだから,論理的にはキリスト教政党が選挙でキリスト教国家建設を説いてもよいことになる。矛盾はない。

しかし,こうした行き方には大きな問題がある。もし,これが認められるなら,政治は宗教対立の場と化し,ネパールは際限のない宗教紛争の泥沼に陥る。これまで,キリスト教が不当に抑圧されてきたことは事実だが,だからといって無原則に宗教を政治に持ち込むべきではない。それは,あまりにも危険である。ここはやはり,原理原則に立ち戻るべきであろう――政教分離の。

▼覚醒党FB

 ■FB表紙/2013年選挙用。政党シンボルにマンジ印をつけ投票(2017年4月2日付FB投稿)

▼地方選への覚醒党立候補(選管HPより)

 ■ラリトプル/バクタプル(赤印)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2017/05/15 at 16:48

クリスマスを国民祭日に,泥縄決定

ネパール政府は24日,キリスト教会からの圧力に押され,翌25日のクリスマスを「国民祭日(国家祭日)」とすると発表した。キリスト教会にとってはありがたいクリスマス・プレゼントだが,それにしても何ともみっともない泥縄の朝令暮改か!

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■Republica,24 Dec. / バブラム・バタライNS党首ツイッター(12月25日)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2016/12/24 at 23:23

カテゴリー: 宗教, 憲法

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クリスマスを国民祭日に戻せ,キリスト者連盟

ネパールでは,クリスマスは,世俗国家宣言後,全国民的な「国民祭日(国家祭日)」とされていたが,ナショナリスト対外硬オリ内閣が2016年4月2日,これを取り消し,キリスト教徒公務員だけの祭日に格下げしてしまった。(参照:クリスマスを国民祭日から削除:内務省

ビクラム暦2073年祝祭日(「ネパールの空の下」)
 [祝祭日の種類]ネパール政府を中心に、全国的に休日となる祝祭日/女性だけ休日となる祝祭日/カトマンズ盆地だけ休日となる祝祭日/公務員だけの休日/教育機関だけの休日
 12月25日 クリスマス(キリスト教徒公務員休日)

この格下げにキリスト教会は激しく反発し,政府に対し,以前と同じ「国民祭日」に戻すことを要求している。ネパールのクリスマスは,華々しい実利主義商戦のチャンスであると同時に,重苦しい政治的宗教闘争の季節でもあるのである。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2016/12/17 at 18:01

カテゴリー: 宗教, 憲法

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キリスト教絵本配布事件,無罪判決

ネパールの裁判所が12月6日,イエス・キリストを描いた絵本(コミック)を生徒に配布したとして6月に逮捕された8人のキリスト教徒に対し,無罪の判決を下した。キリスト教会にとっては何よりの吉報であり,クリスマス集会では神の栄光が大いに称えられるであろう。

1.事件概要
この事件の概況は以下の通り。(参照:キリスト教徒,逮捕

2016年6月,Teach Nepal(カトマンズ本拠NGO)が,地震トラウマの生徒たちのため,ドラカ郡チャリコットのキリスト教系2校(Modern Nationl School; Mount Valley Academy)において,カウンセリングを実施した。その際,生徒たちにギフトバッグを配布したが,その中にイエス・キリストを描いたコミック絵本が入っていた。

これが地元で問題にされ,警察が6月9日,憲法26条(3)の禁止する改宗勧誘に当たるとして,2校の校長とTeach Nepalのメンバー5人を逮捕した。さらに6月14日には,チャリコット・キリスト教会の牧師まで逮捕してしまった。

2.無罪判決
逮捕された8人は,9日後保釈されたが,裁判は続き,ようやく12月6日になって,裁判所が無罪判決を言い渡した。メルヴィン・トマス(Christian Solidarity Worldwide代表)は,こう語っている。

「チャリコットの8クリスチャン無罪判決を歓迎するが,新憲法26条は改正されるべきであり,このことをネパール政府に対し,ネパール市民社会の人々と声を合わせ要求していきたい。」(*6)

3.キリスト教徒激増への反発
今回の事件は無罪判決で一応決着したが,この事件の背後には,キリスト教徒の増加,特に国家世俗化以降の激増へのヒンドゥー教徒多数派のいら立ちがある。

1951年 0人(記載なし)
1961年 458人
2001年 102,000人
2011年 375,699人

しかし,こうした国家統計は,キリスト教徒を過少集計しているという。「キリスト者連盟(Federation of National Christians Nepal)」によれば,現在,キリスト教会は国内に約1万あり,そのうち2千はカトマンズ盆地3郡にある。信者は,約300万人。その60%がダリットだという。

このキリスト教徒激増は,伝統的支配勢力たるヒンドゥー教徒多数派を警戒させ,キリスト教攻撃に向かわせている。「社会福祉委員会」は,キリスト教系外国援助をしばしば禁止しているし,また政府役人がキリスト教系の学校や孤児院を,キリスト教関係の本が1冊でもあれば閉鎖させるとか罰金を科すとかいって,脅すこともあるという。

こうしたキリスト教会との対立の激化は,宗教が大きな力を持つネパールにおいては,対応が極めて難しい。

ヒンドゥー教徒多数派は,新憲法において世俗国家規定を受け入れさせられはしたものの,生命線たる改宗勧誘禁止ないし布教禁止を第26条(3)に書き込むことには成功した。現行憲法の矛盾の象徴ともいうべきこの憲法の宗教規定を,今後どう扱うか? これは州区画以上に難しい政治課題とみてよいであろう。

Teach Nepal HP
 161210
 ”Equipping Children and Teachers for the Glory of God“(表紙掲載スローガン;引用者顔消去)

【参照】
*1 “Christian population shoots up under secula state,” Republica, Dec 9,2016.
*2 Lorraine Caballero, “Christianity in Nepal rising since 2008 secular democracy,” Christian Daily, 5 Dec. 2016.
*3 Andre Mitchell, “More People Turning to Christ in Nepal,” Christian Today, 8 Dec. 2016.
* Kaley Payne, “Nepali Christians freed after court drops case,” Eternity News, 8 Dec. 2016.
*4 “Crackdown on Christians in Nepal hits snag,” Morning Star News, 7 Dec. 2016
*5 Sarah Stone,”Christians Accused of Proselytising in Nepal Cleared of Charges,” Christian Today, 7 Dec. 2016.
*6 Stefan J. Bos,”Nepal Aquits 8 Christians Over Conversion Children,” Bos News Life, 7 Dec. 2016.
*7 ガガン・タパ議員(NC)ツイッター(12月20日)
 161217

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2016/12/15 at 22:38

カテゴリー: 宗教, 憲法, 政治

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世俗国家大統領の寺院「公式」参拝

バンダリ大統領(ネパール共産党統一マルクス・レーニン主義派)が2015年12月28日,パシュパティ寺院を「公式」参拝し,僧の司式の下で,ネパールと世界の繁栄を神々に祈願した。

ネパールがヒンドゥー教国家であった頃はむろんのこと,それ以降であっても世俗国家宣言以前であれば,国王や首相がパシュパティ寺院を公式訪問することに何の問題もなかった。というよりもむしろ,それは彼らの当然の義務と見られていた。

しかし,2007年暫定憲法,そして現行2015年憲法により世俗国家が明文規定されて以後は,国家元首たる大統領がパシュパティ寺院を「公式」参拝することは,憲法上許されないとみるべきであろう。憲法はこう定めている(赤強調筆者)。

2007年暫定憲法
第4条(1) ネパールは,独立,不可分,主権的,世俗的および包摂的な連邦民主共和国である。
2015年憲法
第4条(1) ネパールは,独立,不可分,主権的,世俗的,包摂民主主義的および社会主義志向的な連邦民主共和国である。

バンダリ大統領は,大統領としての初の月給121,360ルピー(約13万円)をパシュパティ地区開発基金(PADT)に寄付した。(別に,寺院にも直接寄付したとされるが,詳細不明。)この寄付金は大統領月給だから公金ではないとされている。

たしかに,そうともいえるが,大統領の参拝は数日前から通知され,十分準備されたものだった。当日は,SB・バスネット内相が多くの市民や生徒らとともに寺院で大統領を出迎えたし,神々への礼拝も,サンスクリットでヒンドゥー教のしきたりに則り行われた。どうみても「公式」の宗教行為である。

バンダリ大統領は,つい半月ほど前(12月16日),強硬な反対を無視して強引にジャナキ寺院を「公式」参拝し,大混乱を引き起こした。28日のパシュパティ寺院参拝は,その失策の挽回を狙ったものかもしれない。(参照:大統領の政治利用と権威失墜

著名なマルクス・レーニン主義者・共産主義者のバンダリ大統領が,世俗国家大統領であるにもかかわらずヒンドゥー教寺院参拝に熱心なのは,なぜなのだろうか? 一つ考えられるのは,憲法第4条(1)の但し書きを根拠に,寺院参拝を強行し,ヒンドゥー保守層の支持を確保しようとしているのではないか,ということ。

2015年憲法第4条(1)[但し書き]
(原注)本条でいう「世俗的」は,古くから実践されてきた宗教と文化・・・・の保護を意味する。

9月20日公布施行の現行2015年憲法については,それに基づく州区画や選挙区割りをめぐり,いまタライで激しい反憲法闘争が繰り広げられている。この問題がどう決着するか,いまのところ見通しは全くたっていない。

それだけでも大変なのに,今度は,この世俗国家規定問題。これは,見方によれば,州や選挙区の決め方よりも,はるかに難しく深刻な問題である。現行憲法の最大のアキレス腱といってもよい。これからどうなるか,こちらも心配である。

160105a■パシュパティ地区開発基金(PADT)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2016/01/05 at 11:50

第42条まで採決,新憲法20日公布予定

制憲議会は,9月14日夕方までに,憲法案の第42条までを採決した。RPP-N提案の「ヒンドゥー国家」は否決,「世俗国家」規定が可決された。国旗,国獣(牛),国鳥は現行通り。

制憲議会ビル周辺では,ヒンドゥー国家支持派と治安部隊が衝突し,緊迫した状況となっている。

新憲法の公布は9月20日の予定。

 150914a■Nepal Omkar Pariwar Sangathan FB(14 Sep)より

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2015/09/14 at 22:41

カテゴリー: 宗教, 憲法

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京都の米軍基地(67):米軍イースター布教,大成功

経ケ岬米軍が,京丹後市の現地住民を招き,「イースターエッグハント――一緒にアメリカ文化体験」を催行した。京丹後市国際交流協会との共催。

イースター祭がキリスト教の宗教儀式であることは,前述のとおり明々白々(参照:米軍とキリスト教)。米軍は正直であり,宣撫すべき現地住民(「原住民」)を招き宗教活動をしていることを,隠しはしない。平然と,こう公言している。

Great Easter event with over 100 children for the Easter Egg Hunt. Very special service by COL Revell, 94th AAMDC Chaplin. Thank you to Central Hotel and the Kyotango International association for making it possible.
イースターイベント(復活祭)にて行われたイースターハントに、100名以上の子供たちが参加してくれました。参加者の皆様、そして開催にご協力いただきました京丹後市国際交流協会とセントラーレ・ホテルに大変感謝致します。第94米陸軍対空ミサイル防衛コマンド チャップリン、ラビル大佐による特別礼拝も受けました。
(経ケ岬米軍FB,赤強調=引用者; 原文中の「Chaplin=チャップリン」は喜劇王。和製英語ではChaplainと綴る。旧宗主国OEDで確認せよ!)

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 ■参加者(米軍FB,子供の顔削除)/京都新聞4月6日記事(子供の顔削除)

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 ■会場での礼拝(米軍FB)/礼拝案内(正面左に掲示?,同FB)

写真には,イエスや十字架は写ってはいないが,これはどう見ても礼拝(Service)。その宗教儀式,布教・宣教の場に,ほとんどが異教徒のはずの現地の子供と家族多数(約100人)が招待され,参加したのだ。

アメリカは,キリスト教を事実上「準国教」とする宗教国家であり,また米語(英語)を「世界共通語」と信じて疑わない英語帝国主義(English Imperialism)の国家でもある。対照的に,現代日本は,宗教と政治を峻別する世俗国家(憲法第20条)であり,米語(英語)は多くの外国語の一つにすぎない。日本は,国家の在り方も文化も,米国とは大きく異なる。

しかし,日本は,単に米国と異なるだけではない。困ったことに,日本は,幕末と太平洋戦争の二度の惨めな敗北がトラウマとなり,根深い対米劣等感に憑りつかれている。アメリカが後進国・日本の啓蒙を「天与の使命(Manifest Destiny)」と信じて疑わないのに対し,日本は,そのアメリカの顔色を常にうかがい,何か言われれば,すぐ恐れ入り,進んで迎合する。その典型が,キリスト教と米語(英語)だ。(参照:英語帝国主義安倍首相と英語

しかも,ここで見落としてならないのは,少なくとも米政府当局は,日本を冷静かつ冷酷に分析し,長期的戦略を立て,このような対日政策を目的合理的に遂行しているということ。

アメリカは世界有数の多文化社会。英語以外の言語,たとえばスペイン語を母語とするアメリカ人も多数いるはずなのに,米軍は,スペイン語での交流会を開き,日本の子供やその家族を招き交流しようとはしない。あるいは,キリスト教以外の宗教も,ユダヤ教,イスラム教,仏教など多数信仰されているはずなのに,たとえばイスラム教の宗教儀式を主催し日本人と交流することもない。米軍は,「アメリカ文化はキリスト教と英語」というプロパガンダが米国国益に最もかない,かつ日本に最も有効と見定め,そのフィクションにより日本人を啓蒙・教化しつつあるのだ。

子供たちは身ぶり手ぶりや片言の英語で軍人と話し,イベントを楽しんだ。」(京都新聞4月6日)

「身ぶり手ぶりや片言の英語で軍人と話し」たのは,子供だけではあるまい。大人もまた日本側は幼稚なことしか表現できず,米軍人・軍属やその家族は,たとえ2,3歳の子供であっても,会場では圧倒的に優越した上位者の側にあったにちがいなる。こうして,日本側は対米劣等感をインプットされ,ことあるごとに思い知らされ,対米従属に馴致されていく。米国ソフトパワー恐るべし。

米国は正直だ。自分たちが世界最強の武器を持ち,いつでも行使できる恐ろしいワシであることを誇りこそすれ,隠したりはしない。日本でも,イザとなれば治外法権,何でもできる。

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 ■経ケ岬米軍シンボルマーク(米軍FB)/霊峰富士を撃つ米兵(米軍FB)

それなのに,われらが同朋は,それを見て見ぬふりをし,子供をすら差し出す。「子供たちは身ぶり手ぶりや片言の英語で軍人と話し」たのだ!! 植民地根性が習い性となっているといわれても,いたしかたあるまい。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2015/04/07 at 20:53