ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

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震災救援の複雑な利害関係(8):統治の不安定化

ネパール震災救援を特に難しくしているのが,政治の不安定,統治(ガバナンス)の脆弱さである。

ネパールでは,マオイスト紛争(1996-2006)終結後も統治が安定せず,諸勢力が入り乱れ離合集散,権力闘争,利権争いに明け暮れ,いまだ憲法も暫定的なもの,正式憲法は制定の目途すら立たない。

これは,換言すれば,ネパールがいまだ近代主権国家として未成熟であり,対内的にも対外的にも,国家権力をそれ自体として唯一・絶対・独立の,客観的で中性的な「最高権力」として保持しきれないということ。ネパール政府諸機関は,国内のあれやこれやの勢力によって私物化されがちだし,また外国の様々な介入にも弱い。

そのネパールが4月25日,大地震に見舞われた。地震は瞬時に大被害をもたらすもので,たとえ日本のような先進国においても自国だけでは対応しきれず,「トモダチ作戦」など,諸外国の政府や諸団体の救援をあおいだ。ましてやネパールは途上国,外国の政府や民間諸団体の救援を受けるのは,当然といってよいであろう。

しかし,外国による震災救援は,ネパールのような途上国の方が,政治的には難しい。日本でも,救援隊,特に軍隊が国内で「作戦」を展開することには,法的あるいは感情的に様々な軋轢が生じる。が,近代主権が確立している先進諸国では,たとえそうしたことがあっても,それによって直ちに政権が動揺したり,ましてや統治が崩壊するといったことは考えにくい。

ところが,途上国ネパールでは,そうではない。外国の政府や民間団体による震災救援活動が内政干渉となり,下手をすると政権転覆,統治崩壊といった事態すら引き起こしかねないのだ。ネパール政府や有力諸政党が,外国の救援活動を警戒し,規制しようとするのも,その限りでは,理解できないことはない。

[例]キリスト教会系救援活動に対する批判
 「被災者の皆さん,まもなく救援パックで聖書が届きますよ。」
 150520a(Nepali Journalists@jhyal ツイッター2015-05-20. 画像引用元は米聖書協会HP

こうした観点からネパール政府が打ち出したのが,「単一窓口政策(One-door Policy)」であり,「首相災害救援基金(Prime Minister Disaster Relief Fund)」である。

「首相災害救援基金」への支援アピール:在日ネパール大使館
 150520

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2015/05/20 at 13:40

権力乱用調査委員会(8):腐敗防止条約との関係

1.国際法上の義務となった腐敗防止
ネパールにおける不正・腐敗防止は,2011年3月の「国連腐敗防止条約(UN Convention against Corruption)」批准により,国際法上の義務となった。

腐敗防止は,もはや単なる国内問題ではない。自らの伝統文化の重要部分の否定となるが,欧米先進諸国の腐敗概念を全面的に受け入れ,「腐敗防止条約」に署名・批准したのだから,腐敗防止は国際社会に対する法的義務ともなったのである。

その結果,権力乱用調査委員会(CIAA)も,憲法設置機関ではあるが,その権力の正統性の根拠を,正統性の怪しい自国政府というよりもむしろ国際社会の国際法に求めることが可能となった。

換言すれば,国際社会,つまり欧米先進諸国は,国際法を根拠に,ネパールの不正・腐敗問題に強力に介入できることになったのである。

2.腐敗防止条約の批准
国連腐敗防止条約は,2003年10月,国連総会で採択された。署名140カ国。
 (国 名)………….(署 名)…………….(批 准)
 ネパール……..2003//12/10……….2011/03/31
 アメリカ ………2003/12/09………..2006/10/30
 中 国…………2003/12/10………..2006/01/13
 インド………….2005/12/09………..2011/05/09
 日 本…………2003/12/09………….未批准

日本は,まだ批准していない。堂々と日本の意思を貫き,世界に独自性を示している。この条約だけでなく,特に人権等に関しては,日本は,多くの場合,ネパールよりもはるかに遅れている。たとえば,人種差別撤廃条約(採択1965,発効1969)では,ネパールの受諾1971年1月30日に対し,日本は1995年12月15日。世界に冠たる人権小国だ。

131006a ■腐敗防止条約未批准国=赤・橙(UNODC)

3.腐敗防止条約の概要
腐敗防止条約は,前文+71カ条の長大な条約。その要点を外務省がうまく要約しているので,以下,それを転載する。
―――――――――――――――――
条約のポイント
(1)腐敗行為の防止のため、公的部門(公務員の採用等に関する制度、公務員の行動規範、公的調達制度等)及び民間部門(会計・監査基準、法人の設立基準等)において透明性を高める等の措置をとる。また、腐敗行為により不正に得られた犯罪収益の資金洗浄を防止するための措置をとる。
(2)自国の公務員、外国公務員及び公的国際機関の職員に係る贈収賄、公務員による財産の横領、犯罪収益の洗浄等の腐敗行為を犯罪とする。
(3)腐敗行為に係る犯罪の効果的な捜査・訴追等のため、犯罪人引渡し、捜査共助、司法共助等につき締約国間で国際協力を行う。
(4)腐敗行為により不正に得られた犯罪収益の没収のため、締約国間で協力を行い、公的資金の横領等一定の場合には、他の締約国からの要請により自国で没収した財産を当該他の締約国へ返還する。
(外務省 http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/treaty/treaty164_8_gai.html)
―――――――――――――――――

131006b ■腐敗防止条約概念図(外務省)

4.ポストモダンの腐敗防止条約
腐敗防止条約は,適用範囲の広い条約である。主な対象は公的部門の公務員(自国公務員,外国公務員,国際機関職員)だが,民間部門の腐敗防止もまた,当然,規定されている。

この幅広い分野の腐敗行為を監視するため,腐敗防止条約は,各国が専門機関を設置し,独立性を付与することを定めている(第6,36条)。また,それに加え,「市民社会,非政府機関,地域社会の組織等の公的部門に属さない個人および集団の積極的な参加」をも規定する(第13条)。

このような権力の分割・分有・市民参加は欧米先進諸国の流行であり,腐敗防止条約もその流れに棹さしているわけだ。

しかし,ネパールのような途上国の場合,この点には十分な警戒が必要だ。国家主権が安定し強力な場合,国家が内外の様々な機関や集団の利害を調整し一つの国家意思へと統合する。ところがネパールの場合,外国援助依存であり,しかも現在,まともな正統性をもつ国家機関は一つもない。だから,腐敗防止を目標とするにしても,国家権力の分割弱体化を結果するような方法では逆効果,実際には内外の諸機関・諸組織が,それぞれ目先の成果を狙って勝手なことをやり,かえって混乱を拡大させる。腐敗防止どころではない。

5.ネパールに適した腐敗防止政策
そもそも腐敗防止条約やCIAA法の目標は,「合理的な法の支配」の実現。ところが,そのような「合理的な法」は強力かつ安定した国家権力なくしては制定できず,またその公平な執行には強力で安定した「合理的な官僚制」と司法機関が不可欠である。

腐敗防止条約やCIAA法の目標とするような腐敗防止は,ネパールの伝統文化の重要部分を否定するものである。そのような大きな変革は,ネパールの人々自身が正統な国家権力を確立し,強力かつ安定した国家主権の下で自主的に取り組む以外に成功はおぼつかない。

同じ腐敗防止でも,近代以後の西洋先進諸国と近代以前の(側面の多い)ネパールとでは,方法が異なるはずだ。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2013/10/06 at 22:11

ガルトゥング「ネパールの危機」(再掲)

J・ガルトゥング氏のレポート「ネパールの危機:好機+危険」(2003年5月22日)を読んだ。4頁ほどの短文だが,ネパール・トランセンドの概略はつかめる。

1.ネパール・ワークショップ
ネパールでのトランセンドは,2002年7月,PATRIR/TRANSCENDによって始められ,全国へ展開され,その一環としてガルトゥング氏(G氏)も2003年5月16-20日,訪ネした。

2.8プログラムの実施
G氏の日程は,国家人権委員会(NHRC)により完璧に準備され,8プログラムが実施された。

No.1,7=リシケシ・シャハ記念講演。知識人,ネパール世界問題協会対象
No.2-6=主要当事者との対話。政党幹部,NHRC関係者,人権活動家,和平仲介者,政府要人,軍・警察幹部,政府和平交渉団,マオイスト和平交渉団。

3.直接暴力・構造的暴力・様子見
G氏によれば,紛争に対しては,大別すると,3つの態度がある。

(1)直接暴力を行使する党派
(2)構造的暴力の現状維持を図る党派
(3)「高貴な」,アパシーによる,あるいは無気力な様子見の多数派

4.M,K,TP
ネパール紛争の主要当事者は,マオイスト(M),国王=国軍(K),第三勢力(TP)の三者である。

G氏は,もしMとKの2者対立なら状況はいっそう悪かっただろうと考え,紛争解決への大きな役割を第三勢力のTPに期待する。

TP(Third Party)=主要政党(PP),市民社会(NGOなど),人民(People)

5.対話による平和
つまり,TPが一致協力して,MとKを交渉テーブルにつけ,Mとともに暫定政府を設立し,憲法を改正する。この方向に向け,人民(People)は街頭に出て圧力をかけ,また市民社会も強力に圧力をかける。Mには議会制民主主義を,Kには立憲君主制を宣言させる。

そして,MとKの兵士を武装解除し,彼らを保健衛生,学校・道路建設などの共同作業に就かせる。

以上が,停戦,対話,互譲,創造性の下に行われるなら,平和が実現する。

6.ネパール紛争の危険断層
G氏によれば,ネパールにはもともと紛争を引き起こす危険な断層が11カ所あった。

(1)資源枯渇,環境汚染,(2)ジェンダー差別,(3)青少年問題,(4)国王の政治権力,(5)国軍,(6)貧困,(7)少数派文化,(8)ダリット,(9)支配文化,(10)地域格差,(11)外国介入

G氏によれば,これらはすべて人権問題であり,いわゆる「マオイスト問題」ではない。したがって,それらには人権問題として取り組まなければならない。それには,以下のようなことが必要である。

・全党ラウンドテーブル,人権対話を組織し,停戦監視,人権実現を図る。
・スリランカのSarvodaya,インドのDevelopment Alternativesのような経験から学び,そうした活動を組織する。
・平和・人権のための大会議の設立。
・真実・和解のプロセスを進める。

7.いくつかの疑問
G氏のトランセンド提案は,包括的であり,試みるに値するものも多い。その反面,これを読んだだけでは,いくつかの疑問が残るのも事実だ。

(1)TPは平和勢力たり得るか?
G氏は,もしMとKだけなら,事態はもっと悪化していただろうと考えているが,私はむしろ逆だと思う。MとKの2項対立(G氏の最も嫌う構図)であれば,紛争は一方の勝利か両者の妥協でもっと早く解決していたのではないか。

私は,ネパール紛争を泥沼に引き込んだのはTPの無原則,無責任な行為だと考えている。

(2)「人民」の示威行動,市民社会の圧力は有効か?
G氏は,「人民」が街頭に出て圧力をかけ,また市民社会(NGO,労働組合など)が圧力をかけることにより,PP,M,Kを平和に導いていけると考えるが,私はそうではないと思う。

ネパール政治の病巣は,まさに街頭政治,圧力政治,つまり制度不信にある。これ以上,街頭政治,圧力政治に頼ったら,紛争はますます泥沼化し,収拾がつかなくなるだろう。

(3)人権問題か?
G氏は,「人権」を文化中立的,普遍的なものと考えているようだが,それは間違い。「人権」は,明らかに近代西洋的価値であり,ネパール伝統文化とは両立しない。

「人権」強要の痛みを考えず,それを普遍的価値としてネパールに押しつけようとしても,成功はしないだろうし,もし成功しても,それは文化的に望ましいこととは言い切れないと思う。

(4)分権は前進か?
G氏は,分権(devolution)や緩い連邦制(soft federation)を提案するが,それは近代国家を経た北側諸国の発想であり,ネパールには妥当しない。ネパールの課題は,むしろ強力な国家主権の確立である。

ネパールの悲劇は,国家権力が強すぎることにではなく,弱すぎることにある。

(5)母語教育の可能性?
母語教育は,本当に住民自身が望んでいるのか? それはむしろポストモダン西欧諸国のロマンチックな(はた迷惑な)失われた夢の強要であり,現実には少数派民族の差別強化,固定化になりはしないか?

(6)市民社会,NGOは機能するか?
G氏は,わずか5日間の訪ネ中に8つものプログラムが完璧に組織され,時間通り実施されたことにいたく感激されているが,これはセミナーがネパールでは効率的なイベントになっているからである。

その現状を見ると,NGOをさらに組織したり,会議を開催することにあまり多くは期待できない。NGO産業,セミナー興業が繁盛し,庶民には無縁の高級ホテルでの豪華パーティが増えるだけ。むしろ構造的暴力の拡大になるのではないか?

8.疑問を超えて
以上,あえてG氏のレポートへの疑問を述べたが,これはトランセンド法を否定したいがためではない。

ネパール紛争は10年もたつのに,他の方法ではこれを解決できなかったことは,歴然たる事実だ。トランセンド法についてはまだ読みかじった程度なので,まずは思うがままに疑問を提起し,これらを手がかりに,さらに学び,ネパール紛争へのトランセンド法の適用可能性を探っていきたいと思っている。

* Johan Galtung, The Crisis in Nepal: Opportunity + Danger, May 22, 2003. (Report to UNDP, Kathmandu and NHRC, Kathmandu)

(2006/04/03掲載)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2013/02/15 at 11:14

ラマ大佐裁判と国家主権のお値段

英国でのクマール・ラマ大佐逮捕(1月5日)について,ネパール政府は,国家主権侵犯,内政干渉と猛反発し,即時釈放を要求する一方,ネパール国家として全面的に大佐の弁護活動を支援すると発表している。
  *ラマ大佐逮捕で主権喪失

ラマ大佐は,現在,英国の警察留置所に勾留されており,裁判は6月5日からとのこと。すでに,かなりの長期戦が見込まれている。当然,経費もかかる。

ネパール政府は,弁護を依頼したキングスリ・ナプリ法律事務所に,1万ポンド(146万円)を支払った。法律事務所は,弁護料として,総額43万ポンド(5721万ルピー,6278万円)を請求している。著名な弁護士(M. Caplan氏など)だと,そのくらいになるらしい。

43万ポンドは大金であり,ネパール政府は困惑している。5万ポンドまでは支出を決めたが,これではまったくたりない。どうするか? そこで早くも,政府が出すべきだ,いや金持ちの国軍が出すべきだ,といった内輪もめが始まっている。43万ポンドで決着がつくか? 他に,同様の容疑で次々と逮捕され始めたら,どうするか?

ネパールの国家主権は,裁判管轄権もさることながら,もっと下世話なカネの面からも,蚕食されていきそうな雲行きである。

*ekantipur, Feb 7.

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2013/02/07 at 11:37

ラマ大佐逮捕で主権喪失

このところ鬱々,老人性鬱病らしいが,ネパール情勢は流動的,そんな些事にウジウジしてはいられない。扱いは大きくはないが,いまネパール国家の根幹に関わる重大事件が進行している。英国が,ラマ大佐を逮捕してしまったのだ。

1.拷問容疑
クマール・ラマ氏は,1984年に国軍に入り,現在は大佐(colonel)。国連南スーダンPKOに派遣されている。妻は看護師として英国で働き,子供2人と一緒にイースト・エッセクスに住んでいる。ラマ大佐は,その家族のところへ,クリスマス休暇で帰っていた。

ラマ大佐は,休暇終了後,南スーダンに戻る予定であったが,出発直前の1月5日,首都警察により逮捕・勾留されてしまった。容疑は,人民戦争期間中の拷問・虐待。

2.拷問禁止条約
このラマ大佐逮捕の法的根拠は,拷問禁止条約(拷問及び他の残虐な,非人道的な又は品位を傷つける取扱い又は刑罰に関する条約)である。国連採択1984年,加入はイギリス1988年,ネパール1991年,日本1999年。

この条約によると,拷問は刑法犯罪とされ(第4条),容疑者を領域内で発見した政府は自国内で訴追することが出来る(第7条)。

3.英国刑事司法法
この拷問禁止条約に対応するのが1988年英国刑事司法法(Criminal Justice Act 1988)第134条。

それによると,国籍を問わず,また拷問が内外いずれで行われた場合でも,英国は容疑者を英国内で訴追できる。ラマ大佐の逮捕・勾留は,この条文に則り,行われたのである。

4.逮捕容疑
ラマ大佐を英国捜査当局に告発したのは,拷問の被害者あるいはその支援者らのようである。直接の容疑は,つぎの2件。

ラマ大佐は,カピルバスツのゴルシンゲ(Gorusinghe)国軍駐屯地に勤務していたとき,拘束中のジャナク・バハドール・ラウト氏とカラム・フサイン氏に拷問を加えた。1件は2005年4月15日~5月1日,もう1件は同年4月15日~10月31日。拷問,虐待がどのようなものであったのか,具体的なことは報道されていない。

英国首都警察は,英国内あるいはネパールからの告発を受け,1月5日,ラマ大佐を逮捕したのである。

5.ネパール政府・政党からの抗議
このラマ大佐逮捕については,ネパール政府も諸政党も一致して猛反発している。バタライ首相は,紛争中の事件は包括和平協定に基づき「真実和解委員会」や「失踪問題委員会」で審理することになっていると主張し,大佐逮捕は「ネパールの主権への攻撃だ」と非難した。

ナラヤン・カジ・シュレスタ副首相兼外相も,ラマ大佐逮捕を英国による内政干渉だとして非難した。大佐逮捕は,拷問禁止条約の通告規定を無視し,ネパール政府に通告することなく,一方的に行われた。また,ラマ大佐は,この件に関し,すでにカピルバスツ裁判所の審判を受け,政府もそれに基づき大佐を処分(1年間の昇進停止)した。したがって,大佐逮捕は不当だというのである。

政党は,他の件では反目が絶えないのに,ラマ大佐逮捕についてはコングレスからマオイスト,マデシ連合まで,一致して猛反発している。主要諸政党は,1月5日,大統領官邸で緊急会合を開き,独立主権国家として大佐逮捕は絶対に認められないと抗議し,大佐の即時釈放を要求した。

外交ルートを通した公式の抗議も行われている。ネパール政府は,駐ネパール英国大使を呼び出して抗議文書を手渡し,また駐英ネパール大使にも抗議文書を英国政府に届けさせた。ネパール政府は,政府経費で有能な弁護士をつけ,全力でラマ大佐を弁護することにしている。

これに対し,J.タクノット英大使は,「拷問禁止条約加入国として人権を守ることは英国の国際的義務である」と述べ,ネパール側の抗議を一蹴した。また,国連PKO局も,ネパール政府からの身分保全要求を拒否し,ラナ大佐を南スーダンPKOから排除する手続きを進めているという。英国に対しても,国際社会でも,ネパール政府は惨めなほど劣勢である。

6.主権喪失
ラマ大佐逮捕は,司法的にも世界が新しい時代に入った象徴的事件といってもよい。

ネパール人が,ネパール人に対し,ネパール国内で行い,一応司法審判も済んでいる行為を,直接的にはまったく無関係の外国である英国が,直接的には英国国内法に基づき,逮捕・起訴した。以前であれば,これは明白な内政干渉であり,絶対に許されないことであった。しかし,いまや英国当局が主張するように,国際法(拷問禁止条約)が認め,それに対応する国内法(1988年刑事司法法)が認めることによって,それが可能となったのである。

これは,ネパール(あるいは他の同様の国)にとって,革命的な意味を持つ。国内の事件を外国により裁かれるのだから,それを免れるためには,結局,国内の体制を,その外国あるいは国際社会が認めるものに改めざるをえない。人権と民主主義を「世界水準」に合わせないと,ネパールはもはや国内を統治できない。ネパール首相や大政党がいくら独立主権国家を言いつのろうが,ネパールは事実としてもはや主権国家ではない。主権の核心たる領域内裁判管轄権の独占が,失われてしまっている。

7.人権の普遍性と先進国の二重基準
ネパールの主権喪失は,もし人権と民主主義が普遍的なものであるべきなら,当然であり望ましいことである。しかし,である。普遍はつねに強者の友であり,その卑劣な二枚舌を美しい花輪で飾るものである。

もし英国がネパール国内での行為を理由として英国法により一方的にネパール人を逮捕してよいなら,当然,ネパールも同じ方法で英国人を逮捕してもよいことになる。しかし,もし実際にそのようなことをすれば,英国は黙ってはいまい。それが分かっているから,ネパール政府にも,そのようなことをする勇気はない。

深刻な人権侵害に対する普遍的裁判管轄権を各国に認めることになれば,人権救済の向上の可能性がある反面,それを口実とした先進国による途上国介入,途上国支配が正当化される怖れもある。人権侵害を口実に,英米はネパールに介入できても,ネパールは英米には介入できない。理念と現実,建前と本音が,世界社会ではまだまだ大きく乖離している。

ネパールの政府や政党の主張には,人権のグローバル・スタンダードからすれば分がないのは明白だが,だからといって,問答無用と切って捨てるのも躊躇せざるをえないのは,正義を掲げる先進諸国の巧妙な二枚舌がつねに見え隠れするからである。

[参照]
P. Dahal, “UN to question Nepal peacekeepers’ vetting basis,” ekantipur, Jan.6.
“NA expresses ‘sadness’ over Colonel Lama’s arrest,” Republica, Jan 7.
“Col Lama, Dekendra Thapa cases ploy against peace process: PM,” nepalnews.com, Jan.7.
“British police charge Nepali army colonel with two counts of torture during Himalayan nation’s decade long civil war,” Dailymail, UK, Jan.5.
“Nepal protests arrest of colonel on war crimes charges during East Sussex visit,” Telegraph, UK, Jan.4.
“MoFA summons UK envoy over arrest of col Lama,” Republica, Jan.5.
“UK defends decision to prosecute Nepalese colonel accused of torture,” Guardian, Jan 6.
“Hand over colonel to NY or UK missions: Nepal to tell UN dept,” Kathmandu Post, Jan.7.
“PM Bhattarai sends letter to UK seeking Lama’s release,” ekantipur, Jan.17.
“Nepalese colonel to face tourture trial in London,” France 24, Jan.24.
“Nepalis, not int’l community, should decide on TRC,” ekantipur, Jan.28.
“Col Lama to be in jail, trial of torture to begin in June,” Ujyaalo Online, Jan.25.

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2013/02/04 at 20:00