ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

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副大統領にも,マオイスト元ゲリラ選出

10月31日の副大統領選挙で,統一ネパール共産党マオイスト(UCPN-M)のナンダ・キショル(バハドゥル)・プンが,第二代副大統領に選出された。マオイスト人民解放軍出身で,ゲリラ名はパサン。

 NK・プン 325 [UML,UCPN-M,RPP-N,MJF-D]
 AK・ヤダブ 212 [NC]
   *無効10,欠席47(マデシ系ほか)

NK・プンは,1965年ロルパ生まれ。マオイスト人民解放戦争に当初から参加,ゴラヒ攻撃(2001)など,多くの戦闘を指揮。人民解放軍副司令官を経て,2008年以降司令官。和平後の人民解放軍解散・国軍統合に尽力。UCPN常任委員。

2013年第2回制憲議会選挙でカトマンズ第4選挙区から立候補するも,NCのガガン・タパに敗れ,現在,議席なし。反インド的ナショナリストとされている。

NK・プンは議員ではないので,副大統領候補とすることには反対が強かったが,プラチャンダUCPN議長が強力に働きかけ,その結果,UML推薦,RPP-N,MJF-D支持を取り付け,大差で勝利した。

これでUCPNは,いずれもマオイスト人民解放軍出身のOG・マガルを連邦議会議長に,NK・プンを副大統領に就けることに成功した。(副首相のTB・ラヤマジはバブラム・バタライ派とされている。)プラヤンダは,なかなかの策士である。

 151101a151101b■NK・プンFBより

谷川昌幸(C)

   

Written by Tanigawa

2015/11/01 at 15:09

民主化と兵役義務:ネパール新憲法

ネパールの憲法論議は,いまでは多くの点で日本よりはるか先を行っている。第三の性,女性50%クォータ制など。日本人は,礼を尽くし,謙虚に教えを請うべきだろう。

1.国民の兵役義務
この13日にも,注目すべき決定が下された。憲法問題政治調整委員会(CDCC:Political dialogue and Consensus Committee, バブラム・バッタライ委員長)が,全国民の兵役義務を新憲法に明記する案を全会一致で採択したのだ。

兵役義務については,先の第一次制憲議会でも議論されていた。この議論は,2014年1月発足の第二次制憲議会でも継承され,マオイスト(UCPN-M)のバブラム・バタライ幹部を委員長とするCDCCで審議されてきた。

委員会では,「国家必要時の国家奉仕は全国民の義務である」ということについては異論はなかった。それを認めた上で,国家奉仕義務のあり方で意見は二つに分かれた。
 (A)マオイスト,労農党:18歳以上の全国民に軍事教練を義務づける
 (B)コングレス,統一共産党,マデシ諸派:国家必要時の兵役を全国民に義務づける

よく似ているが,A案は,18歳以上の男女全国民への軍事教練が必要になる。やり方にもよるが,莫大な経費が必要。これに対し,B案は,徴兵制であり,国家が必要なとき,国民に兵役義務を課すということ。これなら,平時には,それほど経費はかからない。

CDCC委員会では,審議の結果,いつものように二案折衷で決着した。すなわち,「国家必要時の国家奉仕は全国民の義務である」,したがって「国家必要時の兵役は全国民の責任である」。

この折衷案が「軍事教練」を含むかどうかは,あえて曖昧なままとされている。が,いずれにせよ,これは国民男女皆兵であり,この案が制憲議会で採択されれば,新憲法の「国民(市民)の義務」の章に記載されることになる。(第二次制憲議会は,2015年1月22日までに新憲法を制定することを公約している。)

140615a ■ネパール国軍(同HP)

2.民主主義と兵役義務
民主主義において,兵役は国民(市民)の第一の権利=義務である。古代民主制アテナイでは,男性自由市民は兵士であったし,近代民主制アメリカでは武器保有は人民の権利(憲法第2修正)である。日本でも,近代化は,武士の武器独占を廃止し,徴兵制による兵役の民主化により促進された。

ネパールでは,兵役は,長らく上位カースト/民族の特権であった。人民多数は,兵役排除により,被支配・被差別の屈辱を甘受させられてきた。

この兵役差別を根底から否定し,男女平等の民主的軍隊「人民解放軍」を組織し,反民主的特権的政府軍を撃破したのが,マオイストである。ネパールにおいて,民主化を促進した最大の功労者は,マオイストである。

したがって,制憲議会において,もっとも急進的な国民兵役義務論を主張したのがマオイスト,それに反対したのが守旧派NC,UML,マデシ諸派であるのは,当然だ。守旧派は,上位カースト/民族の兵役特権を守りたいのである。

140615b ■人民解放軍(Republica, 2009-11-22)

3.近代的民主的兵役義務論の超克
日本の近代化・民主化は擬似的であり,まだ本物の民主的国民軍(人民軍)を持ったことはない。その日本人にとって,ネパールの近代的民主的兵役義務論は,注目し,学ぶに値するものである。

もし近代的民主的兵役義務論との本格的格闘を忌避しつづけると,「積極的平和主義」を唱える人々が,再び「美しい国・日本」の半封建的兵役義務・徴兵制を「取り戻す」ことになるであろう。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2014/06/15 at 15:36

本格予算案、政府が強行準備

日本と同様、ネパールでも予算を巡り、政治が行き詰まり、先が見えなくなってきた。ekantipur(31 Oct)記事は、次のように述べている。

ネパールでは、予算を審議・可決すべき議会が任期切れで消滅してしまい、現在は無議会政治。次善の策たる全党合意もほとんど絶望的。

この状況で3ヶ月の現行暫定予算の期限が、11月15日に切れてしまう。そこで、切羽詰まったマオイスト主導政府は、政府が本格予算案を作り、ヤダブ大統領の認証をえて、これを11月16日から施行するつもりだという。

アグニ・サプコタUCPN報道担当:「10月31日予定の諸党幹部会議で合意が得られなくても、政府は本格予算を準備し大統領に提出する予定だ。」

マオイスト政府は、この政府予算案を大統領は認証せざるをえない、と考えている。たしかに、通常であれば、その通りだが、今回は議会可決がない。全党合意もない。その意味では、大統領には予算案認証拒否の正当な理由があるといえよう。

もし大統領がコングレス党やUMLの圧力により政府予算案を拒否すると、金欠により政府崩壊、あるいは大統領によるバブラム・バタライ首相解任という事態になる。いずれも、憲法上やってやれないことはないが、もしこの大統領「大権」を行使すれば、大統領は1990年憲法の国王に限りなく近づく。大統領の独裁である。

この可能性にたいし、サプコタUCPN報道担当は、「もしそのような事態になれば、人民に訴え人民による問題解決を目指す」と警告している。「人民運動」再開である。

マオイスト政府には、切実な事情がある。政府は、UNMIN登録後の資格非認定戦闘員に対し、一人当たり20万ルピーを給付する約束をしている。マーティン元UNMIN代表*によれば、約31000人が戦闘員登録申請し、その約40%が審査により無資格とされ、最終的に19602人が人民解放軍戦闘員として認定された。これ以外の、給付金20万ルピーの対象たる非認定戦闘員がどの範囲か、定かではないが、計算上、相当額になることは間違いない。本格予算が通らなければ、到底支給できない。(なお、人民解放軍正規除隊者13922人には、一人当たり50~80万ルピーの給付金の支払いがほぼ完了している。)[資格非認定戦闘員は約4000人。Republica, 5 Nov]

* Martin, Ian,”The United Nations and Support to Nepal’s Peace Process: The Role of the UN Mission in Nepal,” Eisiedel, von S., D.M. Malone & S. Pradhan ed., Nepal in Transition, Cambridge UP, 2012, pp.201-231.

アメリカ独立革命が同意なき課税への抵抗から始まったように、予算作成・課税徴収・予算執行は、民主主義国家の基礎である。もし議会なし・全党合意なしで予算案が通るなら、どう言い訳をするにせよ、それは独裁政治である。民主主義の形骸を持つだけ、国王独裁よりたちが悪い。

予算の面でも、ネパール政治と日本政治は近接してきた。もっとも、当面は、天皇制廃止とはならないだろうが。


  ■ラトナ公園バス停前

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2012/11/02 at 13:11

人民解放軍解体,9月末完了

The Himalayan Times(27 Sep)によれば,マオイスト人民解放軍の解体手続きがほぼ完了し,9月末までには全国28駐屯地のすべてが国軍または武装警察隊への引き渡し,あるいは閉鎖とされることになった。

人民解放軍は,停戦当初は32,250人が登録され,各地の駐屯地に収容されたが,UNMIN審査の結果,19,602人が有資格戦闘員として認定された(2007年5月)。未成年者,後年参加者などの無資格者は2010年初までに駐屯地から退去。

駐屯地収容戦闘員の実数は,収容長期化とともに減少し,2012年初には17,076人となっていた。

この17,076人のうち,国軍統合委員会の審査により有資格と判定されたのは,最終的に,3,123人となった。残りの13,922人は給付一時金付き任意除隊,6人が社会復帰プログラム選択。(総計が合わないが,詳細不明。)

これで名実ともに,ネパール共産党毛沢東主義派(旧CPN-M)の人民戦争は終了する。今後,注視すべきは,プラチャンダ=バブラム派マオイストから,その本来の党名CPN-Mを継承したバイダ派マオイストが,人民戦争路線をも継承するかどうか,ということ。

戦闘経験豊富な人民解放軍兵士多数が帰郷し,生活苦に陥り,バイダ派マオイストに合流し,新人民戦争を開始することは十分に考えられる。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2012/09/29 at 11:01

捨て石PLA:国軍統合1000人余

1.人民解放軍解体
マオイスト人民解放軍(PLA)の解体が最終段階に入った。PLA3万余(国連認定約2万人)のうち,国軍移籍希望(兵卒レベル)は,結局,1000人余となりそうだ。

PLA3万余を国軍と統合し国軍統制権を奪取するというマオイストの所期の目標は,水泡と帰した。というよりもむしろ,3万余の人民解放軍兵士は,幹部たちの権力と金のために,使い捨てにされたのだ。これは,ネパール「人民運動」の常態であって,マオイストが例外であるわけではない。歴史は繰り返す。21世紀にはマンガとして。

2.鉄壁の国軍と烏合のPLA
人民戦争終結直後は,人民解放軍兵士の多くが国軍移籍を希望していた。しかし,国軍は,インドの強力支援を得て,これを断固拒否,PLA統合手続をズルズル引き延ばし,PLA兵士を地獄に毛の生えた程度の劣悪駐屯地に軟禁し,生殺しにした。二十歳前後の青年男女が,先の見通しもないまま,5年間も軟禁される。

他方,駐屯地の外では,幹部たちが,議員先生になったり,官民協力事業やNGOの親玉となり,贅沢三昧。PLA暴動が起きなかったのが不思議なくらいだ。PLA兵士の多くは,ピューリタン革命の鉄騎兵とは異なり,自覚なき烏合の兵卒だったといわざるをえない。

3.国軍移籍一次試験合格1647人
PLAの国軍統合は,ズルズル引き延ばされたため,無条件統合から希望者のみとなり,その希望者も3123人にまで激減していた。

この3千人余についても,国軍の意をくむ統合特別委員会は,移籍資格試験を課した。年齢は24歳以上(1988年5月24日以前生まれ)。さらに筆記試験・運動能力試験・健康診断が課される。これは新兵採用に準ずるもので,下層階層出身で十分な学校教育を受けていないPLA兵士の多くにとっては,酷な手続だ。しかも,国軍移籍は,おそらく個人単位となり,国軍内では冷遇が予想される。

マオイスト幹部たち自身は,教育を受け,それなりの財産もある。その彼らが,人民戦争を開始し,PLA兵士たちに小中学校を包囲させ,「ブルジョア教育」の反動性をアジり,生徒たちに学校をやめさせPLA参加を強制した。強制連行による洗脳も日常茶飯事だった。PLA兵士の無教育のかなりの部分が,少年兵や学徒兵を動員したマオイスト幹部の責任だ。それなのに,国軍移籍に学歴を必須とする。幹部たちの裏切り,ここに極まれりだ。

その結果,9月14日現在,国軍移籍第一次試験合格者は,1647人となった。兵卒レベル1561人,スベダール(Subedar,下士官レベル?)86人(Republica, 2012-09-14)。最終的には,結局,1000人くらいになるだろう。[注: 9月27日付ヒマラヤンタイムズによれば,最終的には,国軍統合有資格者総数は3,123人。流動的で,まだ確定しにくい]

国軍移籍に比べ,任意除隊の方がまだまし。除隊一時金約50~80万ルピーと帰郷費などが支給され,金銭的には国軍移籍後除隊より有利とされている。

4.使い捨て人民
マオイスト幹部は,人民解放軍兵卒や他の多くの参加集団の平構成員を踏み台にして地位と名声とカネを獲得し,用済みとなると捨て去った。しかし,これは多かれ少なかれ,どの運動や組織についてもいえることだ。

日本企業を見ると,ごく少数の経営者やエリート幹部が,パート・非正規社員や平社員を低賃金でこき使い,ぼろ儲けしている。自由競争,自己責任のイデオロギーにより,日本人民の大半は使い捨てにされているのだ。

マオイスト・イデオロギーによる使い捨てと,資本主義イデオロギーによる使い捨てと,どちらがより酷いか? どちらがより巧妙か? 今一度よ~く考えてみるべきだろう。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2012/09/19 at 11:01

カテゴリー: マオイスト, 政治

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PLA&CAの解体とマオイストの分裂

マオイスト自身にとって,人民戦争の二大成果は,強大な人民解放軍(PLA)と制憲議会(CA)議席であった。

PLAは,最盛期4-5万人ともいわれ,国軍とほぼ拮抗する強大な軍隊であった。人民戦争勝利後,国連仲介のもと,資格審査により2万人弱まで削減されたものの,公式にその存在が認められ,全国の駐屯地に分駐,実力部隊としてマオイストの政治力を担保していた。

ところが,そのPLAは,先進資本主義国の政治的経済的介入により進められた国軍統合・社会復帰プログラムにより,結局は,除隊給付金と見返りに解体されてしまった。 これにより,マオイストは,その政治力の軍事的基盤を失ってしまったのである。

制憲議会(CA)についてみると,マオイストは2008年選挙で229議席(38%)もの議席を獲得,これにより中上層リーダーの貢献に報いると同時に,それをマオイスト政治力の合法的基盤としてきた。

ところが,このCAも,キラン派にいわせれば「外国の介入」により5月27日消滅し,マオイスト議員たちは特権を失い,ただの人に戻ってしまった。

このPLAとCAの消滅は,マオイストにとっては大打撃であり,党の再編は避けられない事態となった。

PLAとCAで経済的・社会的・政治的に十分な報酬を確保し生活基盤をほぼ固めた「勝ち組」は,ここで革命を降り,体制の安定化に向かうであろう。これに対し,十分な報酬を確保できなかった「負け組」は,再度,マオイスト運動の原点に立ち戻り,人民戦争再開を狙うであろう。革命後のこうした運動の分裂は,どの革命でも見られることであり,ネパール・マオイストに特殊なことではない。

■マオイスト指導体制

報道でも,マオイストの分裂は,もはや避けられないとみられている。主流派は,プラチャンダ議長,バブラム・バタライ副議長(首相)ら。古参幹部16名のうち,6名が主流派に残りそうだ。これに対し,分離を狙う反主流派は,キラン(バイダ)副議長を中心に,バダル(RB.タパ)書記長,A.シャルマ中執委員,M.パスワン中執委員ら10名の古参幹部により構成される。

ここで気になるのが,キラン派マオイストによる人民解放軍再建がなるか否かだ。PLA除隊者は,たしかに50-80万ルピーの給付金を受けたが,こんな金などすぐなくなる。また,ゲリラ活動をしてきた彼らには,仕事の知識も経験もなく,村に帰っても生活はできない。一方,中上層リーダーたちも,CA解散で失業し,これまた先の見通しは暗い。キラン派マオイストは,これら行き場のない元兵士・元議員らが戻ってくることを期待しているのではないだろうか。

しかし,もしかりにキラン派マオイストが分離独立し新人民解放軍の結成に成功したとしても,かつてのような戦いはもはや難しいであろう。

先の人民戦争により,半封建的差別・抑圧体制のかなりの部分が破壊され,人権と自由が相当程度実現されているからだ。また人々はすでに人民戦争を見ており,同じことを繰り返すとは思えない。もし繰り返すなら,「二度目は喜劇」となる。ここが,キラン派マオイストの闘いの難しいところだ。

一方,プラチャンダ=バタライ主流派は,革命成果の食い逃げを図るだろう。金と地位と,そしてできれば名誉と。プラチャンダもバブラム・バタライも百戦錬磨であり,逃げどきを見逃すことはあるまい。

卑怯とも見えるが,権力に恋々とし,粛正や大躍進で何千万人もの死者・犠牲者を出したとされるスターリンや毛沢東よりははるかにましだ。ネパールの政治家の偉さは,ほどほどで押さえ,極端に突き進まないところ。これは見習うべきだ。

以上は,もちろん現状からの予測に過ぎない。今後どう展開するか,外国のことながら,大変気になるところである。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2012/06/02 at 21:25

カテゴリー: マオイスト, 人民戦争

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政治家プラチャンダ、人民解放軍解体

さすがプラチャンダ、開始よりもはるかに難しい革命終結を、電光石火の人民解放軍解体により、鮮やかに達成してのけた。M・ウェーバーによれば、政治家は大義への情熱と現実を見据えた冷静な判断力を併せ持たねばならない。この難しい判断基準からしても、プラチャンダは高く評価されよう。

17世紀イギリス革命でも18世紀フランス革命でも、革命は急進派の先導で前進するが、旧体制の「時代遅れ」の部分の破壊がほぼ完了すると、多数派の中間派は破壊の「行き過ぎ」をおそれ、革命理念実現以前に革命を終結させた。どの革命においても、急進派は、革命推進に利用され、ある時点で、中間派により切り捨てられる宿命にある。

非情だが、それが歴史の法則であり政治の鉄則である。不完全な存在である人間にとって、完全な社会はユートピアであり、もし仮に実現されるとすると、それは恐るべき デストピアとなるであろう。

むろん、ネパール革命(人民戦争)をここで終結させることが妥当か否かについては、議論の余地がある。最終的には、後世の人々の評価にまたねばならないが、ネパールの現状を考えると、ここでいったん革命を終結させるというプラチャンダの判断は、決して不合理な選択とは思えない。プラチャンダは、ネパールの現実を見据え政治家として決断したのであり、やはり剛胆な政治家らしい政治家といってよいだろう。

プラチャンダが4月10日解体した人民解放軍(PLA)は、人民戦争終盤には3~4万人ともいわれる大勢力であったが、2006年11月停戦成立以降の資格審査の結果、19602人にまで削減され、全国各地の駐屯地(cantonment)に収容されていた。

さらにこの19602人についても、手当給付(50-80万ルピー)による除隊が募られた結果、2011年11月時点で国軍統合希望は9705人にまで減少した。しかし、それでもまだ国軍統合希望者が多すぎるため、和平交渉は難航した。その一方、新憲法制定期限は5月27日であり、もはや和平手続きのこれ以上の遅延は許されない状況になっていた。

この切羽詰まった状況で、プラチャンダが決断した。4月10日、軍統合特別委員会(議長=バブラム首相)において主要3党(マオイスト、NC、UML)が人民解放軍(PLA)を国軍(NA)の統制下におくことに合意し、それに基づきバブラム首相が直ちに国軍と武装警察隊(APF)を15駐屯地に派遣、翌11日にはPLA戦闘員と武器のすべてをNA管理下に置いた。

この決定に対し、バイダ派など急進派は、もちろん激しく怒り、プラチャンダを「革命への裏切り者」と非難した。しかし、抗議活動は不発に終わり、それどころかPLA幹部の中には部下からの攻撃を恐れ逃亡する者やNAに保護を求める者さえ現れた。こうして、あの鉄の団結を誇ったPLAはあっけなく瓦解したのである。

これは、急進派からすれば国軍への屈辱的「降伏」以外の何物でもない。PLA戦闘員の多くが名誉ある国軍統合への希望を失い、雪崩を打って除隊を選択し始めた。4月17日現在、6106人が手当給付除隊を希望し、国軍統合希望は3599人となった。さらに減少が見込まれている。

この人民解放軍解体は、プラチャンダ自身にとっても、大きなカケである。これにより、彼は強力な実力による権力の裏付けを失い、また急進派からは今後、「革命への裏切り」「反革命」「クーデター」などといった罵倒を浴び続けることになる。権力も名誉もすべて失うことになるかもしれないが、それでも彼は政治家として決断し人民戦争を終結させたのである。

この決断の評価は当然わかれる。しかしながら、プラチャンダなくしてはおそらく、革命諸勢力を結集して10年にも及ぶ人民戦争を戦い抜き、これほどまでに徹底的に半封建的旧体制を打倒し、そして、このような形で革命を終結させることはできなかったであろう。

毀誉褒貶は偉大な政治家の勲章。プラチャンダはやはりエライ。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2012/04/18 at 08:21