ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

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上高地の自然と人為

上高地の自然が人を呼び寄せれば寄せるほど,自然は人為にとってかわられる。道路は舗装され,駐車場は拡張され,川は浚渫・護岸される。

動植物も適応を免れない。梓川沿いの散策路には猿がたむろし,本来なら警戒心の強い山鳩ですら観光客の足元まで寄ってきて餌をねだる。ペットを持ち込む人もいれば,高山植物群生地に踏み込み,写真を撮ったり花を採ったりする人もいる。

山小屋は絶滅危惧種。宿泊施設は次々と高級ホテル化。バス・トイレ付エアコン完備個室,展望浴場,刺身付き海鮮料理等々,都市部と変わりはない。槍や穂の先にケーブルカーで登る日も,遠い先ではあるまい。


 ■穂高と大正池の観光客/焼岳と大正池・東電取水口


 ■客待ちの猿親子/観光客足元の山鳩

 
 ■上高地の花々(5月30日撮影)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2017/06/02 at 11:30

カテゴリー: 自然, 旅行

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八重山諸島:自然の善美と人為の醜悪

八重山諸島に行ってきた。旅行社の企画旅行で自由時間は少なかったが,それでも一通りは楽しめた。竹富島⇒小浜島⇒由布島⇒西表島⇒石垣島。

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 ■珊瑚礁の海(石垣島)/仲良川マングローブ(西表島)

1.自然の善美
八重山諸島は亜熱帯というよりは,むしろ熱帯という感じだ。10月なのに太陽はジリジリ照りつけ,ハイビスカス,ブーゲンビリアなど原色の花々が咲き乱れ,珊瑚礁の海には色鮮やかな熱帯魚が群れ泳ぐ。ジャングルはうっそうと深く,水辺のマングローブはみずみずしく生命力にあふれている。

特筆すべきは,西表の海岸。山々と深いジャングルと広いマングローブのおかげだろうか,珊瑚礁の海は信じられないほど遠浅で,色鮮やか。入り江には細かなサラサラの砂浜が広がり,その陸地側には昼顔のような花や,他の名も知らぬ花々が咲き,蝶々が乱舞している。

まさしく自然は多様で豊かで汚れを知らない。人間にとって,自然は,たしかに美しく善いものだ。考えるまでもなく,誰しもそう直感せざるを得ないから。

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 ■西表島の蝶々

2.人為の醜悪
対照的に,人為は新しければ新しいほど醜悪だ。舗装道路は,本土基準らしく,白ペンキのガードレールに縁取りされ,自然を切り裂き,不自然に走っている。護岸はマングローブ林を分断し,岸壁では海水が浄化されず澱み,ゴミをため始めている。

効率第一のビジネスビルは四角四面に南国の自然空間を破壊し,展望第一のリゾートホテルは自らの売りの自然を自ら破壊して恬として恥じない。自然が豊かであればあるほど,人為の醜悪が目につく。

3.国家支配の不自然
そうした醜悪な人為の最たるものが,不自然な国家支配だ。東京からはるか遠方,台湾のすぐ近くの八重山諸島が,なぜ東京の日本政府の支配を受けなければならないのか?

今回はお定まりの観光旅行のため歴史見学は全くなかったが,八重山諸島が日本軍国主義の残酷無慈悲な支配の犠牲にされたことは,周知の事実だ。本土防衛のため,島民たちは住居も田畑・家畜も奪われ,着の身着のままジャングルに追われ,マラリヤや飢餓で多数が死亡した。理不尽で不自然,醜悪この上ない。

しかも,これは,すでに過ぎ去った過去の話ではない。八重山諸島は南方の国境近くの島々であり,また再び,同じような手前勝手な理屈で,日本国家防衛の最前線に立たされようとしている。

東京の日本政府は,尖閣問題を口実に「島嶼作戦」「離島奪還作戦」を練り,この4月には与那国島で陸自基地建設に着手し,さらに石垣島にも陸自基地を新設しようとしている。海上自衛隊はすでに軍艦を石垣港に寄港させ始めた。

東京から見れば,はるか彼方のちっぽけな八重山諸島など,所詮,本土防衛のための「捨て石」にすぎない。それが国家主権を命とする近代国家の習性であり本質だ。八重山諸島に軍隊が置かれれば,攻撃対象となり,有事には住民はまた捨てられる。

4.二つの自然の豊かさ
八重山諸島には,どこに行っても老若男女の旅行者があふれていた。クルーズ船で訪れる外国人客も多い。さらに,本土から移住してくる若者さえも少なくないという。ここには,世界有数の豊かな二つの自然が,すなわち海と空と陸の第一の自然と,多様な地域文化としての第二の自然が,あるからだ。

八重山諸島は,もしこれら二つの自然を守り育て持続可能な仕方で有効活用を図るならば,経済的にも十分豊かになり得るのではないだろうか。極東の東のはての東京よりも,世界の成長センターの中心近くに位置する八重山諸島の方が,いまや,はるかに地の利に恵まれているからである。

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 ■竹富島の民家/西表島の浜辺の花

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 ■川平湾(石垣島)/満車の旅行者駐車場(川平湾)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2014/10/05 at 17:47

制憲議会選挙2013(13):パンドラ狂宴後の幻滅

選挙運動期間が昨日(16日)終了し,街は静かになった。キルティプルでは,自家用車とバスは完全ストップ,警察車両,清掃車,水運搬車などごくわずかの車と,バイクが走っているだけ。高原の清浄な空気と静けさ。ヒマラヤ全山がくっきり見え,絶好のピクニック日和だ。

対照的に,選挙はパンドラ狂宴後の落胆と幻滅の陰鬱な空気の中。投票に託す夢はほとんど聞かれない。いったい何のための選挙なのか?

そもそも不用意にパンドラの箱を開けたのは誰か? ネパールの人々自身ではない。いずれネパール人自身が開けることになるにせよ,それを待つことなく,自分たちの都合で,カネと功名のため,性急に,無責任にパンドラの箱を開け,有象無象を一気に解き放ったのは,西洋諸国だ。

パンドラの箱から出てきた有象無象の中でも,とりわけやっかいのが,多文化主義的民族主義選挙民主主義

西洋の「知の商人」は,そもそも民主主義と諸民族自治をお題目としていながら,ネパールの運命をネパール人自身に委ねておくことが出来ず,自分たちの都合で,それを取り上げ,西洋のもっとも「進歩的」な理論や制度を,カネで釣りながら,お節介にも押しつけ,ネパールを文化的植民地にしてしまった。

たとえば,言語。西洋諸国は,多言語主義を押しつけ,各民族の母語使用権を法制化させた。結果はどうか? パンドラの箱から無数の言語が飛び出し,西洋好みの自由競争をさせられ,たちまち自分たちのものではない最強言語=英語の支配に屈服させられた。

お題目を括弧に入れ,経過と結果を,科学的かつ客観的に分析・評価するなら,多文化主義的多言語主義は,ネパールの各民族の母語の維持強化ではなく,それらを世界言語市場に引き入れ,最強言語たる英語に屈服させるためのものであったことがわかる。何のため? いうまでもなく,ネパールをグローバル資本主義の市場とするためであり,また英語使用ネパール人を安価な労働力として使用し搾取するためである。

選挙民主主義も同じこと。ネパールも,選挙民主主義にいずれは移行せざるをえないであろう。それは,まず間違いない。しかし,短気な西洋諸国は,それを待てない。功名を焦り,パンドラの箱を一気に開け,一人一票,選挙至上主義を解き放った。

選挙が有効に機能するのは様々な前提条件が揃っているときであることを,西洋諸国は,自分たちの歴史の中でイヤというほど経験し,熟知している。しかし,そんなことは素知らぬ顔で無視し,自分たちの利益のため,選挙民主主義をネパールに押しつけたのだ。

さらに悪いことに,本来,相性の悪いはずの集団主義的多文化主義が,個人主義的一人一票選挙とセットになっている。原理的にも実践的にも無茶苦茶だが,ネパールはモルモット,「解体」さえしてしまえば,後はどうでもよい。解体後は,世界資本主義の思いのままだ。

ネパール庶民は,多文化主義も選挙民主主義も,結局,国際社会の「知の商人」や,その下働きたる新しい買弁特権階級を太らせるだけで,自分たちの生活向上には,ほとんど役に立たないという事実を,イヤというほど見せつけられてしまった。選挙は,やらされるのであって,自分たちが自分たちのためにやるのではない。

投票日直前というのに,盛り上がらず,シラケと幻滅が広がっているのは,そのためだろう。選挙への期待,選挙後の明るい展望がほとんど聞かれない。

性急にパンドラの箱を開けた西洋諸国,特にネパールを最新理論の実験台にした開発寄生知識人・専門家の責任は重いと言わざるをえない。

▼自然と伝統(第二の自然)と人為(キルティプルとその付近)

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 ■マナスルと菜の花/ヒマラヤの満月

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 ■宗教と政治/民主主義のコスト(有権者登録証発行警戒)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2013/11/18 at 12:31

カテゴリー: 選挙, 政治, 歴史, 民族

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