ネパール評論

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ラマ大佐無罪判決,英裁判所(5)

4.英政府の拷問加担責任:ムスタン作戦
英国は,普遍的裁判管轄権によりラマ大佐を逮捕・訴追したが,英政府自身が関与した人民戦争期の重大な人権侵害については頬かむりしてきた。これでは,通訳が見つからないといった不可解な理由でラマ大佐裁判の幕引きを図ったのには裏があるなどと疑われてもやむをえまい。

160915■MI6

英政府は,人民戦争においては,国王政府の側を経済的・軍事的に支援した。特に戦争後期,国王政府が劣勢に陥ると,諜報機関MI6(Military Intelligence, Section 6)を動員して「ムスタン作戦(Operation Mustang)」(2002~06年)を強力に支援した。諜報作戦用の秘密施設を4つ開設し,備品を整え,王国軍軍人や「国家調査局(NID)」要員を訓練した。

この「ムスタン作戦」については,従来あまり知られていなかったが,ジャーナリストのトマス・ベルがその著『カトマンズ』(2014年)でその内幕を暴露し,大問題になった。著者によれば,英国と「ムスタン作戦」の関係は,次のようなものであった。

160915a160915b■トマス・ベルFBより

「ムスタン作戦に参加したネパールの情報機関要員や軍将校らによると,英国援助により彼らの作戦は大幅に強化され,約100人を捕らえることが出来た。/ 正確な人数はわからないが,捕らえられたものの何人かは拷問され,失踪した。」(*1) たとえば,人民解放軍のプラシャント(サドゥラム・デブコタ)司令官。2004年,ムスタン作戦で捕らえられ,6週間後,首をくくって死んでいるのが発見された。しかし,当局は自殺と発表しただけで,調査はしていない(*1,2)。

このように,ムスタン作戦で相当数のマオイストやマオイスト容疑者が捕らえられ,拷問され,何人かは殺され,あるいは強制失踪した。秘密作戦のため,実数ははっきりしないが,相当数の犠牲者が出ていることに間違いはない(*2)。

では,英国政府は,このことを知っていたのか? 英国外務省報道官は,こう説明している。

「情報活動については,繰り返し説明してきたように,コメントはしないが,英国は拷問や残虐で非人間的で人格を否定するような処遇や処罰を要請したり,教唆したり,見て見ぬふりをしたりはしない。」「どのような状況においても,英国要員には,そのような行為をする権限は与えていない。われわれは,そのような行為をしないし,他の人々に依頼してそのようなことをさせたりもしない。」「第三者により拷問がなされるとわかっていて,あるいはそう考えられる場合,それに関わる行為を許可することは決してない。」(*1)

この英国政府の公式見解に対し,トマス・ベルは,こう反論している。

「[インタビューしたあるネパール軍将校によれば]彼らは,英国人としては人権を考慮しなければならないと思っていたかもしれないが,しかし彼らが,捕らえられた人々に何が起こっているかについては正確に知っていたはずである。」(*2)「英国は,・・・・拷問絶滅を呼び掛けながら,実際には,拷問されるに違いないとわかっている人々を捕らえさせるため,極めて大きな援助を極秘裏にしていたのである。」(*1,2)

また,人権監視(HRW)アジア局上席研究員デジシュリ・タパも,こう述べている。

「2002年までに,ネパール軍は即決処刑,拷問,保安拘禁をする残虐な軍隊として知られるようになっていた。そのような軍隊を支援するのは,虐待や免責を擁護・促進するに等しいことだ。」(*1)

それだけではない。トマス・ベルによれば,「ある人々は,移行期正義を利用して紛争の一方の当事者であるマオイストをもっぱら攻撃している」(*3)。また,父親を警察に連行されたマンジマ・ダカールも,移行期正義がNGOのための「人権産業」になっていると指摘し,「紛争中に国軍が行ったことが忘れられようとしている。移行期正義をこのように政治化することが真実と和解にとって役立つはずがない」と厳しく批判している(*3)。

英国MI6はスパイ諜報機関であり,その活動にはつねに秘密がつきまとう。しかし,西側諸国にとってネパール・マオイストが殲滅すべき左翼過激派であったことは明白であり,事実,アメリカは2012年まで「テロリスト」指定を解除しなかった。したがって,そうした状況を考え合わせるなら,MI6が「ムスタン作戦」におけるマオイスト拷問を黙認し,結果的にそれを助長したとするトマス・ベルらの批判には,相当の説得力があるといってよいであろう。

もしそうだとするなら,欧米の普遍的裁判管轄権を主張する人権諸団体は,なによりもまず自国政府による外国での重大な人権侵害を告発し,厳しくその責任を問うべきであろう。

*1 “Britain accused of conniving at torture of Maoists in Nepal’s civil war,” The Guardian, 2014/aug/31
*2 “Operation Mustang: United Kingdom’s MI6 aided torture of Maoist cadres,” Kathmandu Post = AFP, 2014-09-01
*3 Gyanu Adhikari, “UK’s ‘covert acts’ during Nepalese civil war,” Aljazeera, 2014/09/19
*4 Robin Pagnamenta, “MI6 ‘complicit in torturing and killing Maoist rebels’,” The Times, August 30 2014
*5 “Kathmandu by Thomas Bell – review,” The Guardian, 2016/apr/24
*6 “An excerpt from Thomas Bell’s fascinating Kathmandu,” Hindustan Times, Aug 31, 2014
*7 Robin Pagnamenta, “UK spy role in Nepal: Book,” Aug. 30, 2014
*8 “Book: UK spies aided torture of Nepal reds,” AFP, Sep 1, 2014

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2016/09/15 at 18:37

ラマ大佐無罪判決,英裁判所(4)

3.実質的処罰としてのラマ大佐裁判
クマール・ラマ大佐は無罪となり,ネパールに帰国し国軍に復帰するが,英国における逮捕・拘置・裁判は,彼にとって極めて大きな重い負担となった。3年半余りの身柄拘束,弁護料43万ポンド(6千万円)ともいわれる巨額裁判費用,重罪判決への不断の恐怖,経歴と人間関係の切断による損失,等々。

一方,拷問被害者の側からすれば,加害者は厳正に裁かれ処罰されなければならない。それが国内でかなえられないなら,たとえ外国での裁判によってであれ。重大な人権侵害に対する普遍的裁判管轄権は,人権の普遍性を根拠に,被害者のそのような切実な要求に応えようとするものである。

しかし,ここで問題となるのが,外国での裁判の場合,犯罪事実の立証に大きな困難が伴うということ。グローバル化したとはいえ,国家の障壁はまだまだ高く,文化の相違や交通の困難も大きい。外国での犯罪の場合,証拠集めや証言の確保には大きな困難が伴うのが現状である。

英国でのラマ大佐裁判は,まさにその典型である。事件は,はるかかなたの南アジアの内陸国ネパールで,10年余り前に発生し,しかもネパールでは曲がりなりにも裁判は終わり昇進停止の処罰を受けている。その過去の事件を英国で再び告発し,裁判にかけることがいかに困難かは,先に引用したREDRESS声明からも明らかである。

では,そうした困難がわかっていながら,人権諸団体はなぜラマ大佐裁判を要求し告発者側に立ち裁判を支援したのか? 人権諸団体や有識者の声明等を見ると,ラマ大佐裁判は,有罪は勝ち取れなかったが,人権侵害に対する普遍的裁判管轄権の確立への大きな前進であった,と積極的に高く評価されている。

Dewan Rai(ジャーナリスト)「英国裁判所がネパール国軍クマール・ラマ大佐を無罪としたことは,紛争被害者と人権諸団体にとって一時的な後退だが,彼らによれば,紛争期の事件を普遍的裁判管轄権により裁くことが出来たという事実は,長期的に見ると一歩前進である。」(*1)
  160912a

Mandira Sharma(弁護士)「この裁判により,普遍的裁判管轄権が確立され,ネパールの他の被害者たちも訴えることが可能となり,ネパールの弁護士や人権諸団体が彼らを支援できるようになった。」(*1)
  160912b160912c

Accountability Watch Committee「この裁判により,拷問などの人権侵害につき国内で裁判を起こせない場合は,外国で裁判に訴えることが出来るという,被害者の権利が確立された。」(*1)
  160912

これらの声明や発言を見ると,ラマ大佐裁判は無罪判決だったが,裁判そのものは普遍的管轄権の拡充のために役立った,と肯定的に評価されている。たしかにそれはそうだろうが,しかし,これはあまりにも一面的な,手前勝手な見方ではないだろうか? いかに黒く見えようとも,ラマ大佐はあくまでも容疑者にすぎないのであり,裁判では無罪判決が下された。容疑者の人権はどうなるのか?

遠方の異文化の国の事件の裁判は難しいとわかっていながら,自分たちの掲げる目的実現のために,告訴を働きかけ,裁判闘争を支援する。たとえ無罪判決となろうが,長期間の拘束,巨額の裁判費用,有罪判決への恐怖といった事実上の処罰をすることにより,つまり見せしめとすることにより,自分たちの崇高な目標に一歩でも近づければ,それでよい。そういうことだろうか? 「レパブリカ」記事はこう批判している。

「普遍的裁判管轄権それ自体には何ら問題はない。その目的は崇高だ。しかし,その適用には,どこかご都合主義的で危険なところがある。/ ラマ大佐の場合,英国裁判所には,ネパール自身が移行期正義機関を設置する以前に,ネパール内戦期の事件を裁判にかける権利があったのか? ・・・・英国裁判所は,[ネパールにおける]裁判の遅れは裁判の否定に他ならないという信念に基づき,ラマ大佐裁判を行ったと思われる。しかし,不利な証拠が少ないのに,3年間も拘置するのは,明らかに誤りであった。ラマ大佐は,起訴事実につき無実となったのだから,英国政府が,3年間にもわたる苦闘苦悶につき,彼に賠償すべきことは,いうまでもない。」

この記事の言う通りだと思う。普遍的裁判管轄権は拡充されるべきだが,だからといって人権諸団体(たいてい欧米有力団体かその傘下団体)が,十分な証拠を集められる見込みもないのに,誰か(たいてい途上国国民)を遠方の外国(たいてい欧米諸国)において安易に告発し,長期裁判という事実上の刑罰を加え,見せしめにして苦しめ,もって自分たちの崇高な目的(普遍的裁判管轄権)を実現しようと図るのは,人道にもとることである。

*1 Dewan Rai, “Col Lama’s acquittal: Setback for moment, but ‘victory in long run’,” Kathmandu Post, Sep 8, 2016
*2 “Trial and error,” Republica, September 10, 2016

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2016/09/12 at 16:51

ラマ大佐無罪判決,英裁判所(3)

2.逮捕・起訴・無罪判決
[裁判の経過]
 ・2013年1月3日:クマール・ラマ大佐,休暇滞在先の英国イーストサセックスで逮捕
  容疑は,(1)ジャナク・バハドゥル・ラウトの拷問(2005年4月15日~5月1日),(2)カラム・フサインの拷問(2005年4月15日~10月3日)。(参照:ラマ大佐逮捕で主権喪失
 ・2015年2月24日:ロンドン中央刑事裁判所で裁判開始
 ・2015年3月09日:検察,証拠提出
 ・2015年3月18日:「ネパール語通訳不足」のため裁判延期
 ・2016年6月初旬:裁判再開
 ・2016年8月02日:K・フサイン拷問容疑につき,陪審団が無罪評決。JB・ラウト拷問容疑については,証拠不十分で評決せず。
 ・2016年9月06日:検察,JB・ラウト拷問に関する追加証拠提出を断念。裁判打ち切り(証拠不十分で無罪)。

こうして,ラマ大佐に対する裁判は,証拠不十分による無罪判決をもって終了した。しかし,情報不足で確かなことは言えないが,この裁判には不可解なところがある。

とりわけ不可解なのは,裁判長期化の理由。イギリスの刑事裁判は平均7か月くらいだという。ところが,ラマ対裁判には3年半もかかった。しかも,その大きな理由は,適切なネパール語通訳が見つけられなかったことだという。

REDRESS「この裁判は難しかった。告発された拷問は,何千マイルもの遠方で,10年余りまえに行われた。被害を申し立てた人々の言語は英語であり,裁判中の通訳に問題があった。」(*1)
  
まさか? 英ネ関係は,日ネ関係とは比較にならないほど,長くて深い。ネパール語に堪能な人は,英国には少なくないはずだ。また,在英ネパール人も多い。ラマ大佐自身,英国永住権を持ち,家族は英国在住。その英国において,ネパール語法廷通訳を見つけられないとは,到底信じがたい。

この裁判において,拷問被害者が有罪判決を強く願っていたことは間違いないが,英国政府や裁判支援諸団体は必ずしもそうではなかったのではないだろうか?

160911a

*1 “COLONEL KUMAR LAMA’S ACQUITTAL: PROSECUTING TORTURE SUSPECTS SHOULD REMAIN A PRIORITY OF THE UK,” 6 September 2016 (http://www.redress.org/)
*2 “Questions and Answers – Colonel Kumar Lama Case,” ICJ(http://icj.wpengine.netdna-cdn.com/)
*3 “KUMAR LAMA,” (https://trialinternational.org/latest-post/kumar-lama/)
*4 “Kumar Lama trial – cost of interpreters,” (https://www.whatdotheyknow.com/request/kumar_lama_trial_cost_of_interpr)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2016/09/11 at 19:31

ラマ大佐無罪判決,英裁判所(2)

1.ラマ裁判への期待:国際法律家委員会
英国におけるクマール・ラナ裁判については,普遍的裁判管轄権の拡充を求める国際法律家委員会(IJC)が,その意義を高く評価している。サム・ザリフィIJCアジア局長は,2016年6月の裁判再開のころ,こう述べている(*)。

「この裁判は,ネパールで与党が協定[9項目合意*2]を結び,ネパール内戦において不法な殺害,強制失踪,拷問および他の重大な犯罪を計画しまた実行した人々を免罪とするのではないかと危惧されている状況の下で,始まった。」

「この裁判は,ネパールにおける紛争期人権侵害に対する組織的免罪を問題にし異議を申し立てる重要な,長く待ち望まれてきた機会である。」

「この裁判は,世界的に見てとまではいわないが,少なくとも英国においては,普遍的裁判管轄権が裁判に適用される極めてまれな事例だ。判決は,この事件の被害者だけでなく,裁判による正義実現を求めている世界中の拷問や他の重大な権力乱用の犠牲者たちすべてにとって,大きな意味をもつことになるであろう。」

160910■サム・ザリフィTwitter(2月17日)

*1 “Torture Trial in the UK: ICJ paper explains case against Nepalese Colonel Lama,” IJC, June 22, 2016
*2 戦争犯罪免責と移転土地登記:ネパール与党の「9項目合意」2016/05/13

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2016/09/10 at 19:42

戦時犯罪裁判要求,プラチャンダ首相の覚悟は?(3)

3.父母のハンスト闘争
(1)ハンスト闘争へ
クリシュナを虐殺されたアディカリ一家は,警察に捜査を求め,容疑者を告発していった。主な容疑者は,後日告発も含め,以下の通り(*3,*20)。
 Chhabilal Poudel, 55, Fujel, Gorkha
 Januka Poudel(マオイスト女性リーダーでバブラム・バタライの妻ヒシラ・ヤミの側近)
 Meghnath Poudel, 57, Fujel, Gorkha
 Bishnu Tiwari, 40, Fujel, Gorkha
 Subhadra Tiwari, 48, Fujel, Gorkha
 Sita Adhikary, 30, Fujel, Gorkha
 Kali Prasad Adhikary, 50, Fujel, Gorkha
 Himlal Adhikary, 34, Fujel, Gorkha (Kali’s son)
 Ram Prasad Adhikary, 27, Fujel, Gorkha (Kali’s son)
 Ram Prasad Adhikary, 30, Fujel, Gorkha
 Bhimsen Poudel, 30, Ratnanagar Municiplaity, Chitwan
 Parashuram Poudel a.k.a. Ajib, 35, Bharatpur Municipality
 Baburam Adhikari
 Shiva Prasad Adhikari
 Rudra Acharya(英国在住)

政府は,父母の訴えを受け捜査に着手したものの,進展はせず,結論はずるずる先延ばしにされた。それどころか,マオイスト議長のプラチャンダが首相になると(在職2008年8月15日‐2009年5月4日),紛争関係被害の訴えをすべて棄却させてしまった(*2,*3)。また,後日首相(在職2011年8月29日‐2013年3月14日)になるバブラム・バタライも,捜査や裁判に繰り返し介入し圧力をかけた(*5,*6)。

そこで父母は2013年1月,カトマンズに移り,首相官邸前で息子殺害犯の裁判を求め,ハンストを始めた(当時の首相はバブラム・バタライ)。これに対し,政府は警察を動員し,父母を署に連行,拘置した。しかし,何回排除されてもハンストをやめないので,警察は父母を無理やりジープに乗せ,ゴルカに連れ戻した。あるいは,2013年6月には父母を精神病院に強制入院させたが,医師は異常なしと診断,40日後,父母は退院した(*2,*5)。

この間,マオイスト中央執行委員会は,政府に対し「真実和解委員会」の設置を要求し,紛争時諸事件を蒸し返すのは「包括和平協定」に違反すると非難した。またプラチャンダは,政府がクリシュナ虐殺事件を利用しプラチャンダとバブラムを逮捕しようとしているとして,政府を攻撃したという(*2)。

▼Sam Zarifi(ICJ) 「アディカリ夫婦は,マオイストや政府部隊の暴力行為による被害の救済を求める何千人もの人々の象徴である。」(*6)

(2)父のハンスト死
このようにして父母は不屈のハンスト闘争を繰り返してきたが,2014年9月22日,父ナンダが11か月に及ぶハンストの末,骨と皮になり,ビル病院で衰弱死した。52歳。

父ナンダのこのハンスト死は,衝撃的であった。
▼Brad Adams(Human Rights Watch’s Asia Division) 「ナンダ・プラサド・アディカリの死は,ネパールの紛争期犯罪に対する和解や補償の取り組みの欠陥を明るみに出した。」(*6)
▼カナク・マニ・デグジト 「われわれは,ナンダ・プラサドの命を救うため出来る限りの努力をした。彼は,正義を求めて闘い,そして命を失ったのだ。」(*4)
▼Damakant Jayshi  「ナンダ・プラサド・アディカリは,2004年にマオイストに虐殺されたとされる息子のため裁判を求め,決死のハンストを断行し,死んだのではない。かれは,過去を葬り去ろうとする非情な国家と諸政党により虐殺されたのである。」(*5)

(3)母のハンスト闘争
母ガンガは,父(夫)ナンダがハンスト死しても,正義への訴えを決してあきらめなかった。ガンガは,息子殺害責任者が法により裁かれ正義が実現するまでは葬儀はできないとして,父ナンダの遺体の引き取りを拒否,そのため遺体はいまでもビル病院遺体安置所にそのまま保管されている。

2014年10月,母ガンガは政府と10項目合意を取り交わし,息子殺害事件の捜査促進を約束させた。その結果,2015年12月には,最高裁がチトワン郡の関係機関に容疑者の取り調べを命令した。

しかしながら,政府や関係諸機関は,またしても実際には捜査・取り調べに真剣に取り組まず,はぐらかし,先送りを始めた。

そこで母ガンガは,再び首相に就任したプラチャンダ首相(マオイスト)にたいし,息子殺害責任者の裁判の実現を求め,2016年8月11日から,6回目のハンストに入ったのである(*27)。

今回の母ガンガのハンストは,先述のように,水も食塩水も拒否する文字通りの決死のハンストである。残された時間は長くはない。

160819■ハンスト中のガンガ:8月11日(INSECOnline)

4.移行期正義の試練
プラチャンダ首相は,母ガンガの突きつける移行期正義の問題から,今度こそ目を逸らすことができないかもしれない。

移行期正義は,プラチャンダ首相自身にとっても,極めて微妙な難しい問題である。政権交代に至るこの数か月,連立相手をUMLからNCに乗り換えようとしていたマオイストに対し,UMLは,プラチャンダや他のマオイストを戦時犯罪容疑で逮捕投獄する策を練っていたとされる(*27)。真偽は定かではないが,以前にも同じような謀略はあったのであり,まったく根も葉もない話ではない。

このように,母ガンガがいま突きつけている移行期正義は,プラチャンダ首相自身の政治生命にもかかわりかねない重要問題である。プラチャンダ首相は,就任早々,大きな試練に直面しているといえよう。

[2013]
*1 Killers Roam Free in Nepal, http://www.ipsnews.net/2013/09/
*2 KRISHNA ADHIKARI, Advocacy Forum[AF], Sep. 2013
[[2014]
*3 Death of justice, Nepali Times, September 22nd, 2014
*4 NANDA PRASAD ADHIKARI: Justice Denied, After 329 days of hunger strike, Nanda Prasad Adhikari died at Bir Hospital, Spotlight, Vol: 08 No. 8 September. 26- 2014
*5 The sad saga of the Adhikari family, It was murder, not a fast-unto-death, Nepali Times 26 Sep – 2 Oct 2014 #726
*6 Nepal: Adhikari Death Highlights Injustice; Investigate, Prosecute Conflict-Era Crimes, https://www.hrw.org/news/2014/09/26/nepal-adhikari-death-highlights-injustice
*7 Govt urges Ganga Maya to end hunger strike, Ekantipur, Oct 15, 2014
*8 The Resident Coordinator of the United Nations in Nepal, Jamie McGoldrick expressed his concern for the life of Ganga Maya Adhikari, Press Statement–16 October 2014, UNITED NATIONS
*9 Gana Maya ends hunger strike, Ekantipur Report, Oct 18, 2014
[2015]
*10 Ganga Maya gets Rs 2m in relief, Kathmandu Post, Feb 16, 2015
*11 Govt to release relief fund to Ganga Maya, Kathmandu Post, Mar 9, 2015
*12 Save Ganga Maya’s life: Rights activists, The Himalayan Times, June 16, 2015
*13 Ganga Maya files RTI application at Nepal Police Headquarters, The Himalayan Times, June 17, 2015
*14 Address Ganga Maya’s demand: Rights activists, The Himalayan Times, June 22, 2015
*15 Nepal Police replies to Ganga Maya Adhikari, The Himalayan Times, June 27, 2015
*16 Adhikari murder case in apex court, Kathmandu Post, Jul 3, 2015
*17 INSEC: Supreme Court orders judicial remand for accused murderer of Krishna Adhikari, Dec 21 2015, https://nepalmonitor.org/reports/view/8622
[2016]
*18 12 human rights activists briefly detained, The Himalayan Times, February 19, 2016
*19 She believes that Chabilal Paudel is under protection of the Home Minister himself, http://www.southasia.com.au/2016/03/03/
*20 NEPAL: State silence on Ganga Maya Adhikari screams murder (Press Release: Asian Human Rights Commission), Saturday, 9 July 2016
*21 Ganga Maya’s wait for justice continues, The Himalayan Times, July 18, 2016
*22 Ganga Maya Adhikari serves 5-day ultimatum to Dahal govt, warns of hunger strike, The Himalayan Times, August 05, 2016
*23 PARLIAMENTARY PANEL VISITS GANGA MAYA, REPUBLICA, 08 Apr 2016
*24 Ganga Maya Adhikari begins fast-unto-death again, The Himalayan Times, August 11, 2016
*25 INSEC news, August 11, 2016
*26 Gangamaya resumes fast-onto-death; keeps herself away from saline, medicine, Kathmandu Post, Aug 11, 2016
*27 Do or die, Nepali Times, August 12th, 2016
*28 Activists continue Save Ganga Maya campaign, The Himalayan Times, August 15, 2016
*29 NHRC asks govt to address Ganga Maya’s demands, Kathmandu Post, Aug 15, 2016
*30 No govt support for probing conflict-era cases: TRC chair, Republica, August 15, 2016
*31 A conflict-era ‘bourgeois’ teacher victim, Republica, August 15, 2016

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2016/08/19 at 09:54

戦時犯罪裁判要求,プラチャンダ首相の覚悟は?(1)

人民戦争(1996-2006)においては,政府とマオイストが,双方の戦闘員だけでなく,関係者や一般住民に対しても,さまざまな人権侵害を繰り返した。拷問,虐殺,性的暴行,拉致,強制失踪,財産強奪など。これらの戦時犯罪をどう裁き,被害をどう償うかが,この8月4日発足のコングレス=マオイスト連立政権にとって,とりわけプラチャンダ首相(マオイスト)にとっては,もはや先送りできない重要課題として急浮上してきた。

1.法的正義のための決死のハンスト: ガンガ・マヤ・アディカリ
直接のきっかけは,人民戦争末期の2004年に息子を殺害されたガンガ・マヤ・アディカリさんの訴え。ガンガさんは,夫とともに,息子殺害容疑者の取り調べと裁判(法的正義実現)を政府関係機関に繰り返し求めてきたが,そのつど容疑者側に妨害され,いまだ十分な捜査も裁判も行われていない。

そこでガンガさんは,8月4日就任のプラチャンダ首相に対し,息子殺害事件の裁判につき,8月11日までに政府としての回答を出すことを要求したのである。

このガンガさんの要求に対して,プラチャンダ首相は満足できる対応をしなかった。そこでガンガさんは,要求実現まで一滴の水も食塩水も摂らないと宣言し,文字通りの決死のハンストに入った。

法的正義を求めるガンガさんのハンストは,大きな共感を呼び,人権活動家らが支援活動を繰り広げ,8月14日には首相官邸前の座り込みを警察が強制排除する事態となっている。

ガンガさんは,数年にわたり夫とともにハンストを繰り返してきた。夫は2014年9月,ハンストでやつれ,骨と皮になり,死亡した。今回のガンガさんのハンストも,決死の覚悟。関係者にとって,もはや言い逃れ,先送りは許されないだろう。プラチャンダ首相の覚悟が試されている。

▼NHRCのガンガ支援アピール(同FB,8月15日)
160816

*“Activists continue Save Ganga Maya campaign,” Himalayan Times, August 15, 2016
*”NHRC asks govt to address Ganga Maya’s demands,” Kathmandu Post, 15-08-2016

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2016/08/16 at 11:07

目を引く日本批判記事

ネパールで販売されている新聞を見ると,「中国日報」はむろんのこと,他の新聞でも,このところ日本批判記事が目に付く。日本の積極面を伝える記事は,あっても小さく,目立たない。

たとえば,2月7-8日付「リパブリカ」。AFP無署名記事「中国の苦しみ,731部隊からの解放70年後の今も」を,最上段に大きく掲載している。

731部隊は,大日本帝国の皇軍の秘密研究機関。生物化学兵器研究のため,中国人,モンゴル人,朝鮮人,ロシア人,アメリカ人などの捕虜やスパイ容疑拘束者らを使い,様々な人体実験・生体実験をした。その残虐非道は,言語に絶する。

ところが,この重大きわまる反人道行為は,敗戦のどさくさにまぎれ,米軍との裏取引か何かで,解明されないまま,うやむやにされてしまった。

リパブリカ記事によれば,中国政府は,1939~1945年の間に人体実験で虐殺されたのは3000人以上とみている。秘密機関のため不明な部分も多いが,人体実験で多数の人々が犠牲になったことは事実であり,日本政府も日本国民も,何の申し開きもできない。責任は,あげてわれわれ日本の側にある。日本自らが事実関係を解明し,責任の所在を明確にし,そのうえで誠心誠意謝り,許しを請う以外に,とるべき道はない。

この記事に見られるように,日本批判は,日本以外では,このところ好んで掲載される傾向にある。これに対し,偏狭な排外的ナショナリズムに凝り固まり,嫌韓,嫌中,嫌米など,嫌○○で対抗しようとするのは,危険きわまりない愚策中の愚策であり,日本の立場をさらに悪化させるだけである。

歴史の直視は,他の誰でもない,日本自身のために,絶対に避けられない,避けてはならない日本自身の義務なのである。

【補足】「リパブリカ」は「インターナショナル・ニューヨーク・タイムズ」と提携,両紙同時購読も少なくない。一方,「ネパリタイムズ」は「中国日報」と協力。では,「カトマンズ・ポスト」はどうするのか? 「朝日新聞」あるいは「読売新聞」などとの提携にむけて動くのか? たぶん,そうはしないだろう。世界戦略で動く超大国と,それができない日本との,どうしようもない格の差は,そこにある。

150209

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2015/02/09 at 10:40

ラマ大佐裁判と国家主権のお値段

英国でのクマール・ラマ大佐逮捕(1月5日)について,ネパール政府は,国家主権侵犯,内政干渉と猛反発し,即時釈放を要求する一方,ネパール国家として全面的に大佐の弁護活動を支援すると発表している。
  *ラマ大佐逮捕で主権喪失

ラマ大佐は,現在,英国の警察留置所に勾留されており,裁判は6月5日からとのこと。すでに,かなりの長期戦が見込まれている。当然,経費もかかる。

ネパール政府は,弁護を依頼したキングスリ・ナプリ法律事務所に,1万ポンド(146万円)を支払った。法律事務所は,弁護料として,総額43万ポンド(5721万ルピー,6278万円)を請求している。著名な弁護士(M. Caplan氏など)だと,そのくらいになるらしい。

43万ポンドは大金であり,ネパール政府は困惑している。5万ポンドまでは支出を決めたが,これではまったくたりない。どうするか? そこで早くも,政府が出すべきだ,いや金持ちの国軍が出すべきだ,といった内輪もめが始まっている。43万ポンドで決着がつくか? 他に,同様の容疑で次々と逮捕され始めたら,どうするか?

ネパールの国家主権は,裁判管轄権もさることながら,もっと下世話なカネの面からも,蚕食されていきそうな雲行きである。

*ekantipur, Feb 7.

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2013/02/07 at 11:37

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