ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

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伝統の厚みと生活の豊かさ:オーストリア

オーストリアは初めて。数カ所を2週間ほど見て回ったにすぎないが,都市も地方も美しく整っており,伝統の厚みと,それを基盤とする生活の豊かさに圧倒された。日本と比較すると,主な指標は以下の通り(「世界のランキング」,「世界経済のネタ帳」ほか)。

オーストリア 日 本
国土面積 8.4万㎢ 37.8万㎢
(北海道8.3万㎢)
人口 8.6百万人 126.9百万人
(大阪府8.9百万人)
GDP
1人当たりGDP
3,741億ドル
43,724ドル
41,232億ドル
32,486ドル
失業率 5.7% 3.4%
報道の自由度 13.2(11位) 28.7(72位)
平和度指数 1,278(3位) 1,395(9位)
男女平等度 0.733(37位) 0.670(101位)
所得格差指数
(ジニ係数)
[0%=格差0]
26.3%(132位) 37.9%(73位)
貧困率(CIA版) 6.2%(154位) 16.0%(120位)
子供貧困率 8%(29位) 16%(9位)
社会保障費割合
(対GDP)
25.48%(7位) 24.99%(11位)
 教育公費支出割合 88%(7位) 34%(26位)


これらの指標からもオーストリアの表面的な豊かさはわかるが,実際に行ってみると,そうした指標では示しきれない伝統の蓄積が街や村の品格や,そこで生活する人々の生活の文化的な豊かさを,より一層高めていることに気づかされる。オーストリアはやはり伝統と文化の国なのだ。
   
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 ■ハル/メルク

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 ■ドナウ西岸から東岸を望む(メルク)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2016/07/17 at 02:19

カテゴリー: 文化, 旅行

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中国の経済発展とマルクス主義と伝統文化

「地球時報(Global Times)」(1月21日)の方には,Liu Sha「中国に必要なイデオロギー教育」が掲載され,金儲け万歳紙面に花を添えていた。

記事によると,中国の大学に必要なのは,イデオロギー教育の強化であり,マルクス主義・社会主義・伝統文化そして「中国の夢」の擁護推進者たることである。

これはもちろん,習近平主席が語ったとされる,大学をマルクス主義研究の拠点とするという方針に沿った記事である。マルクス主義・社会主義と伝統文化を結合した「中国型社会主義」の研究推進拠点。

ところが,記事によると,大学教員の多くは,西側の価値観に心酔し,マルクス主義は小ばかにしている。学生の80%が,そのような教員に教わったことがあるという。

なかなか興味深い。マルクス主義・社会主義と「中国の夢」と伝統文化(traditional values,traditional culture)が,少なくとも表面上は何の留保もなく,何の批判もなく,そのまま擁護推進すべきものとして並べて掲げられている。どう読み解くべきか? 大学教員は,マルクス主義を小ばかにすることなく中国の現状を学問的にどう分析評価すべきなのだろうか?

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■広州空港。大言壮語スローガンはほとんどない。近代化・合理化と資本主義化が進み,共産主義・社会主義の残り香は,空港や航空会社の職員の態度からほのかに感じられるくらい。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2015/01/23 at 14:05

信号機かロータリーか:ネパールとスイス

1.道路近代化批判
ネパリタイムズ(6月28日号)が,道路新設・拡幅政策を批判している。都市部でいくら道路を建設しても,流入車両が増えるだけで,何ら問題解決にはならない。また,「日本援助信号機は,ほとんど機能していない。」

以前,信号機全滅と紹介したら,「そんなことはない」と叱られたが,ネパールの人びとから見れば,日本援助信号機はやはり役立たずの木偶の坊なのだ。

ネパールの交差点の多くは,文化に適合したロータリー(ラウンドアバウト)式であったのに,それらをやみくもに撤去し,一見合理的な信号機式交差点に近代化したため,この惨状となってしまったのだ。

カトマンズ盆地は狭く,徒歩・自転車でほぼ間に合う。電車,トロリーバス,地下鉄など,低公害公共交通機関の導入を進める一方,道路幅を狭くし,ロータリー式でさばける程度にまで車両数を削減すべきだろう。日本援助信号機は撤去し,古き良きロータリー式に戻す。
[参照] ▼信号
▼信号機、ほぼ全滅(5):王宮博物館前
▼信号機、ほぼ全滅(4):カランキ交差点(付:タタの威厳)
▼信号機、ほぼ全滅(3):「日本に学べ」
▼信号機、ほぼ全滅(2):タパタリ交差点ほか
▼信号機、ほぼ全滅(1):アメリカンクラブ前

2.スイスのロータリー文化
見習うべきモデルの一つが,スイス。先日,単なる団体観光旅行にすぎないが,10日間ほど,スイスに行ってきた。大部分がバス移動。

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 ■ネパールそっくりの山村風景/夕暮れのマッターホルン

感心したのが,多くの交差点がロータリー式であったこと。既存の信号機交差点も,順次,ロータリー式に改造されつつあるという。

幾度か紹介したが,日本では,交通量の少ない道路でも,深夜の人っ子1人いない田舎道でさえ,赤信号で停車し,青を待つ。時間とエネルギーのたいへんな浪費だ。これに対し,スイス・ロータリー式交差点では,ほとんど待つことはなかった。少々交通量が多くても,共有されているロータリー通行規則に自主的に従い,スムースに通過できた。

スイスは,ネパールにとって,自然環境や多民族状況,そして大国に囲まれた内陸国という地政学的位置など,多くの点でよく似ており,連邦制,多言語主義など,学ぶべきものは多い。ただし,民族自治,地域自治などは,決して近代的な新しいものではない。むしろ本質的に前近代的な,古いものである。その古いものの全否定ではなく,保守すべきものは保守しつつ,生活を豊かにしていく。女性の権利など,問題は多々あるにせよ,頑固な保守主義の国であるがゆえ,スイスは多民族多文化民主主義のモデル国の一つとなり得ているのである。

なお,蛇足ながら,自然環境や地域景観についても,スイスは保守主義に立ち,保存を開発と両立させる努力をしている。フランス領のシャモニーにも立ち寄ったが,スイスとの違いに愕然,幻滅した。近代合理主義の宗主国フランスは,自然と伝統を克服すべきものと見ている。他の地域はどうか知らないが,少なくともシャモニー付近の景観は,フランス国民文化のスイスのそれとの相違を際立たせ,その意味では興味深かった。

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 ■インターラーケン「ゲマインデハウス」前/ヴィルダーズヴィル

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 ■幹線道路交差点/ベルンの路面電車とバス

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2013/07/01 at 11:41

チョバールの丘*:古き良き農村

昨日は面白かった。むろん無責任な外人観光客の勝手な感傷に過ぎないが、事実、私自身、一観光客にすぎないのだから許されるだろう。世間で、文化人類学者は先住民族を調査し、見たいことをみ、聞きたいことを聞き、得意満面で「発見」を発表する、と揶揄されるのと、五十歩百歩だ。

●チョバールの丘
キルティプールから徒歩で30分くらいのところに、同じくらいの高さの小さな丘がある。「チョバールの丘*」とでも呼ぶのだろうか。昼食後、ちょっと散歩のつもりで出かけたら、これがなかなか面白い。結局、夕方まで遊びほうけてしまった。

[*訂正]当初「チャンパデビの丘とでも呼ぶのだろうか」と書いたが、この丘は「チョバール丘」とのころ。観光地図では「Chobhar」。在住邦人の方に教えていただいた。多謝。

1.ヒマラヤ絶景
この時期、キルティプールの丘からも、連日、ヒマラヤがよく見える。朝は、目覚めると、ベッドの上からヒマラヤ連山を拝し、夕は、ヒマラヤの日没を眺めながら夕食をとる。贅沢この上ない毎日だ。

ところが、チョバールの丘に登ると、ほんのわずかの距離なのに、ヒマラヤが何倍もの迫力で迫ってくる。信じられない。

たしかに登山では、峠を一つ越えると、景色が一変することはある。しかし、ここからヒマラヤ連山ははるか遠い。それなのに、ほんのわずか移動しただけで、こんなに見え方が変わる。驚き、いたく感動した。

この写真は、安物のカメラで適当に撮ったものだが、それでもヒマラヤの迫力は十分に感じ取れるだろう。写真は400ピクセル程度に縮小してある(以下同様)。


 ■ランタン(チョバールの丘より)

2.花盛り
チョバールの丘は、11月だというのに花盛り。ブーゲンビリア、マリーゴールド、ラルパテ、カンナ(のような花)、その他、名も知らぬ花々が咲き乱れている。そして、特記すべきは、菜の花(からし菜かもしれない)。

菜の花は、私の古き良き少年時代、あの夢のように幸せだった頃の原風景である。菜の花畑をみると、つい涙しそうになるほどだ。

その菜の花が、11月だというのに、チョバールの丘では、畑一面に咲いているではないか! 古き良き時代の、春霞のわが村の風景とそっくりだ。その歓喜は、安物カメラでは到底表現しきれないが、それでも一部は感じ取っていただけるだろう。

 ■菜の花畑、遠景はガネシュ

3.美しい民家
ヒマラヤと花々に自然にとけ込んでいるのが、伝統的な造りの民家。キルティプールの丘の民家も古いものが多いが、密集していて、どちらかというと中世小都市の趣がある。

ところが、チョバールの丘の家々は、適度に離れていて、村の趣が強い。しかも、古いにもかかわらず、手入れが行き届き、美しい家が多い。これには感心した。

■丘の中腹の民家


 ■丘の麓の民家

 

4.素朴な村人
都市からの観光客は、素朴な農民を期待するが、チョバールの丘には、そのような感じの村人が多い。キルティプールの丘の人々は、ちょっと小難しい感じの人が多いが、同じネワールのはずなのに、こちらの人々はたいへん愛想がよい。

都市的な造りのキルティプールと村的な造りのチョバールの、居住環境の違いからくるものだろうか? 文化人類学者になって、この思い込みを、村人たちからの聞き取り調査で「実証」してみると、面白いかもしれない。
 [補足]チョバールの丘は畑が多く、外部からバフン、チェットリ、タマンなど様々な人が移住してきている。相対的に民族/ジャーティが多いことも、開放的と感じる理由かもしれない。

 ■通路で籾干し(テャンパデビ)

5.愛想のよいマオイスト
チョバールの丘を歩いていると、愛想のよい中年男性が、日本から来たのかと話しかけてきて、あれが自分の家だ、寄っていかないか、と誘われた。見ると、その家は古い造りだが、よく手入れされていて、ちょっと見物したくなった。

そこで、言葉に甘えて、家の軒先に座り(古い民家の軒先には腰掛けて話す場所が作られている)、話を聞いた。

すると、驚いたことに、彼はマオイスト中央委員会委員で、バグルン出身。数年前、この家を買い、ここからカトマンズ市内に通い、党活動をしているとのこと。もちろん、ネワールではない。

私がよほどマオイスト好きと見えたのか、彼は、プラチャンダ議長やバブラム・バタライ首相のことをあれこれ話してくれた。また、彼自身についても、バグルンやカトマンズで幾度も逮捕され、拷問されたことなど、詳しく話してくれた。

しかし、感心なことに、そんな厳しい闘争を経験したにもかかわらず、彼には陰のようなものは全くなく、快活な明るい人物であった。マオイストのことが知りたかったらいつでも訪ねてくれ、と言ってくれたので、メールで連絡することにし、彼の家をあとにした。マオイストですら、この丘では、愛想よくなるらしい。

6.変化の兆し
無責任な外人観光客としては残念なことだが、そのチョバールの丘にも、邪悪な近現代文明の波が押し寄せてきている。

諸悪の根源は、車とテレビ。寺院のある丘の頂上まで道ができ、車やバイクが登ってくる。村人が、下の水田で収穫した米やジャガイモを袋に入れ背負って急坂を喘ぎ喘ぎ運び上げているのに、それを蹴散らし成金都会人が車やバイクで排ガスを吐きつつ駈けのぼる。この不条理、罰当たり!

また、TV。西洋やインドの俗悪番組が、村の神聖な寺院のそばでも見られている。子供たちから急激に俗物化し、伝統文化は失われていくだろう。

繰り返すが、以上はもちろん「素朴な農民」を期待する外人観光客の勝手な願望である。私自身、日本三大秘境の一つの出身だから、よそ者の勝手な「思い込み」や好奇心が村住民の感情をいたく傷つけることは、よくわかっている。

が、それはたしかにそうだが、私もここでは外人観光客の一人に過ぎないから、どうしても「古き良きネパール」を期待してしまう。どうしようもない。

せめて、できるだけ謙虚に振る舞い、よそ者として嫌われないよう努力する以外に方法はあるまい。因果なものだ。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2012/11/08 at 15:03

ポカラ観光ケーブルカーと東京スカイツリー

ポカラに観光ケーブルカーが新設されるという。「ペワ湖←→Pumdi Bhumdi」というから,この付近だろう。

 (Google)

ポカラには,30数年前に行って以来,一度も行っていない。その頃のポカラは,文字通り「地上の天国」,この世のものとは思えないほど美しかった。その「古き良き思い出」を失わないため,二度と行かないことにしている。

日本にも,そんな二度と行かないと定めたところが,いくつかある。美しければ美しいほど,破壊が恐ろしく,再訪できないのだ。

もちろん旅行者のエゴ。地元の人には生活も仕事もある。それはよく分かるが,それでも旅行者のエゴとして,行きたくない。

東京にも,「スカイツリー」とかいう塔が出来たらしい。傲慢な英語帝国主義と軽薄卑屈な拝金主義の権化のような醜悪な鉄塔らしい。直下型地震に耐えられるかな?

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2012/03/01 at 22:13