ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

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停電14時間の明暗

カトマンズ地区が、1月19日より停電14時間となった。インドが送電を削減したためらしい。

この停電時間は、月でも週でもなく、毎日14時間! 昨年の18時間の大記録にはまだ及ばないが、それでも驚嘆すべき快挙には違いない。

130120a ■電柱と送電線(2012-11-6)

1.停電強靱社会
ネパールは、14時間停電だろうが18時間停電だろうが、平気だ。世界No.1の停電強靱社会といってよいだろう。

しかも、カトマンズはいまや現代的大都市。ケイタイやバスの利便性など、いくつかの点では日本より優れている。数日前,朝日新聞が,印刷紙面と同じものがネット版PDFで読めるようになったと大宣伝したが,こんなもの,ネパールでは数年前から実現しており,しかも無料。朝日のネット後進性に驚きを禁じ得なかった。このように,いくつかの分野では,カトマンズはすでに日本を追い抜いているのだ。

その大都市カトマンズが,14時間/日停電になっても平気。これは驚くべきことだ。後述のように,別の側面はあるにせよ,この停電強靱社会から学ぶべきものは,決して少なくない。

2.不便の便利
ネパールでは,スケジュール通りの停電の以外に,突然の停電や不規則な電力変化もよくある。このような環境では,電化製品も学習し,少々の不規則電流ではびくともしない。

昨秋おじゃました友人の家でも,数日前,過電流が流れたらしく,冷蔵庫,電気ポット,照明などが故障していた。しかし,その故障の仕方が素晴らしい。電気ポットは,ボタンで湯を出す部分は壊れたが,ヒーターは生きていて,湯は沸く。つまり,ボタンを押して湯を出すといった反文化的なことさえしようとしなければ,ポットは十分使えるし,事実,家族は当然のように,そのような使い方をしていた。同じく冷蔵庫も,庫内灯が切れたらしいが,モーターは大丈夫。もともと冷蔵庫内に照明など必要ないのだから,これも平気。

ネパールでは,電圧や周波数の多少の変動など,平気なのだ。日本流の不便は,ここではまったく問題にならない。余計な贅肉取りに役立ち,かえって便利。実に人間的,文化的だ。

3.強靱社会の裏面
しかし,これは停電の明るい側面。表には裏がある。カトマンズが停電強靱社会であるのは,政府が基礎インフラの整備促進を放棄し,インフラの私化(privatization)を放任しているからである。

停電になっても,有産階級や外人観光客は大して困らない。なぜなら,金持ちや観光客向けホテルは自家発電装置や蓄電池を備えているから。たとえ停電になっても,ホテルは煌々と背徳の明かりをともし,エアコンさえ作動している。何の心配も不要。

その反面,そんな余裕のない庶民は,暗黒の夜を過ごすか,せいぜいランプかローソク。電力格差,照明格差は,目もくらむばかりだ。

水も同じこと。金持ちは断水など平気。深井戸を掘り汲み出してもよいし,タンクローリーから水を買ってもよい。水道がでるときは,蛇口満開にして自宅の大きな水槽やプールに,しこたま水をため込む。古来の共同水場が涸れようが,川が溝となろうが,関係ない。一方,貧しい庶民は,どぶ川で水浴や洗濯をせざるをえない。水格差は,電力格差以上に深刻といえよう。

130120c ■給水車(キルティプール,2012-11-9)

130120b ■水浴・洗濯(バルクー川,11-27)

4.ほどほどの難しさ
日本とネパールは,電力と水では過剰と過小の両極端であり,いずれも不健全だ。ときどき停電や断水となり,電気や水道のありがたさを思い起こさせてくれるくらいが、ちょうどよい。

しかし,中庸は,古来,もっとも難しい美徳。まったくもって人間の強欲は度しがたい。

【参照】停電

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2013/01/20 at 11:39

カテゴリー: 社会, 経済, 文化

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停電20時間:省エネ超先進国ネパール

ネパールは,現在,停電7時間/日。地区割りし,スケジュール表を作り,ちゃんと停電を実施している。多少不便だが,特にどうということはない。庶民は冷静に対応している。

政府発表では,乾期になると,停電は20時間/日になる予定。やはりスケジュール表を作り,粛々と実施し変わりなく暮らす。

ネパールはヒマラヤの国であり,水力発電が中心。ダム計画はいくつもあるが,かつては環境保護団体(電力浪費三昧先進国NGO)の妨害により,次にマオイスト紛争により,そして現在は紛争後混乱により,ほとんどが頓挫,電力需要急増に追いつかない。目下期待は西セティ(750MW)の中国と,上部トリスリ(250MW)の韓国。日本はお呼びじゃないようだ。

(Nepali Times,24-30 Aug)

いずれにせよ,電力はまったく足りないので,急場しのぎにインドからの電力輸入とディーゼル発電機稼働の予定だが,焼け石に水,どうにもならない。かくて,20時間/日の革命的停電が実施されるわけだ。

この窮状を見て,このところ冴えているネパリタイムズが,社説でこんな皮肉をかましている。

首相の党にとって,パワーは銃口から生まれる。とすれば,次は発電水車からパワーを生みだすべきだろう。(Nepali Times,24-30 Aug)

ネパリタイムズの立腹はよく分かるが,それはそれとして,20時間/日停電は革命的にすごい。強いられた省エネであるにせよ,それに耐えられる社会は強靱であり,真の意味で健全である。

日本だって,敗戦後しばらくは,裸電球のほの明かりの下で夕食,一家団欒を楽しんでいた。停電は常識,TVもグルメもなかったが,時間と会話と近隣交際はふんだんにあった。

このような形で「省エネ超先進国ネパール」を紹介すると,現場第一主義者からは,安全圏からの無責任放言と非難されるかもしれないが,厳密に言えば,本人以外は多かれ少なかれ部外者,そんなことをいわれたら歴史研究も外国研究も,一切できなくなってしまう。

実感主義,クソ実証主義は,決して「事実」を見ることにはならない。20時間/日停電が「超先進的」であることこともまた,もう一つの「事実」なのである。

風力発電も原発もイヤだな
停電16時間の革命的意義
電力神話からの脱却,ネパールから学べ

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2012/08/27 at 17:31

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停電体験学習はネパールへ

このところ日本では,電力不足・停電を脅しに,原発再稼働がさかんに唱えられている。4月から関西に転居しているので,若狭の原発再稼働は切実な問題だ。
 ■ネパール大使館,大阪に退避

第一の論点は,文明生活のために原発リスクを取るかどうか? これは本物の問題だ。減少したとはいえ,交通事故死は年5千人だが,そのリスクを取って日本人は文明の利器,車を運転している。確率から言えば,原発事故の危険性の方がはるかに低い。風力,太陽光などで当面まかないきれないなら,文明生活維持のためには,原発リスクを取るのは当然だ。

しかし,もし電力浪費の文明生活を断念するなら,原発は不要だ。これが第二の論点。そもそも夜を昼のように,夏を冬のようにする文明社会が異常なのだ。夜は暗く,夏は暑いもの。そう観念するなら,原発は廃止すべきだろう。

実際,停電なんて,たいしたことはない。要は慣れ。幾度も論じたように,ネパールでは停電は日常茶飯事。停電になっても,どうということはない。乾期だと8~18時間停電となるが,それでも人々は平然と,ごく普通に生活している。これこそ,健全社会のあるべき姿だ。

修学旅行はネパールに行こう。現地での停電体験学習は,人工飼育された不健康な日本の子供たちが自然を取り戻すための,日本では得がたい貴重な機会となるであろう。

●関連記事
停電16時間の革命的意義
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現代の失業と不幸,前近代の無失業と幸福
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唯我独尊の九州電力と皆様のソフトバンク
早川教授訓告処分は大学自治の自殺行為

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2012/05/12 at 19:56

カテゴリー: 社会, 経済, 教育, 文化

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電力神話からの脱却,ネパールから学べ

昨日,九州電力の全面広告を批判したが,同じような印象を持った人も少なくないらしく,朝日新聞も今日の朝刊で「なぜ5%?」と疑問を投げかけている。

 朝日新聞2011.12.02

しかし,そこは朝日,大企業広告に依存しており,こわごわ批判,節電5%の根拠が薄弱というに尽きる。こんな議論なら,九電は,その気になればいつでも電力不足にできるわけで,簡単に論破されてしまう。停電がイヤならもっと節電せよ,それがイヤなら原発を認めよ,という恫喝だ。(競合発電会社があれば,この手は使えないが。)

これではダメだ。われら善良なる日本人民にとって,本当は,停電なんか,ちっとも怖くはないはずだ。1,2時間停電しようが,半日停電しようが,たいしたことはない。

ネパールを見よ。16時間停電でも,人々は平気で生活してきた。びくびく停電を心配する金満日本人より,はるかに心平穏であり,幸福だ。

日本人は,電気なしには生きられないと刷り込まれ,信じ込まされているだけ。こんな電力神話など,停電大国ネパールに行けば,たちまち霧散する。人々を不安に駆り立てている電力神話の金縛りが解け,心の平和が快復される。

節電5%の過不足が問題なのではない。粉砕すべきは電力神話なのだ。いまこそ,停電大国ネパールから,電力依存脱却を学ぶ秋である。

【参照】
停電資本主義
停電16時間の革命的意義

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2011/12/02 at 11:17

カテゴリー: 社会, 経済, 文化

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古き良きネパールの桜田淳子さん

谷川昌幸(C)

いさんで停電革命論を書いたら,秘かに敬愛するM氏から「けぇがるね?」と,軽~く一蹴されてしまった。敵もさるもの,本場仕込みは,さすが,しぶとい。

1.偽善のススメ
たしかに,無停電社会でヌクヌク暮らしながら,ネパール停電革命論をぶっても,「それで~?」といなされるのが落ちだ。

私自身,秘境丹後の山奥で暮らしていた頃,ハイカラな都会人から,しばしば「丹後は自然いっぱいでいいなぁ~!」と声をかけられた。いちいち反論はしなかったが,「それなら,ここに来て住んでみよ,偽善者め!」と,暗~い怒りをフツフツと煮えたぎらせていたものだ。だから――

  都会人の自然礼賛は,偽善である。
  都会人の田舎の純朴礼賛は,偽善である。
  先進国の自然環境保護は,偽善である。
  西洋の鯨保護は,偽善である。・・・・・
   *西洋は鯨油だけのために鯨を大量虐殺した。

それは,その通りだ。が,それにもかかわらず,偽善は偽悪よりもよい。自然破壊にしても戦争にしても,どうせ人間は強欲だから仕方ない,と偽悪に走ると,悪に取り込まれてしまう。

善には独善の悪が伴う。偽悪は,この独善の解熱剤,解毒剤だ。だから必要ではあるが,薬(毒=悪)が健康(善)に取って代わることはできない。

偽善ははなもちならないが,いくら偽善に見えようと,一人こっそり教会で罪を告白したり人知れず神仏に懺悔したりする一片の良心さえあれば,それは,断然,偽悪よりもよい。

2.NGOも偽善者たれ
NGOについても,西洋のNGOの大半は偽善的であり,辟易させられるが,偽善者とそしられるのを恐れ,ウジウジ活動する少なからぬ日本NGOよりも,アッケラカンとしていて爽快,それだけ事業も前進する。日本NGOは,もっともっと偽善者倫理を学ぶべきだ。

3.「古き良きネパール」の偽善
超先進国日本から「古き良きネパール」を語るのは,もちろん偽善だ。ネパール人は怒るに違いない。

しかし,「古き良きネパール」を偽善的にせよ語るのは,私たち日本人が守るべき価値あるものを失ってしまい,もはや取り返しがつかないところに来てしまっているからだ。私たちは失敗した。が,ネパールならまだ間に合う。どうか,日本のような失敗はしないでほしい,とそう哀願しているのだ。哀れなルサンチマンの発露といってもよい。

4.桜田淳子さんのネパール
しかし,これは理屈,いざ自分の勇ましい停電革命論を「けぇがるね?」といなされてしまうと,これはイカン,やはり神に懺悔せざるをえないと思い悩む。

ウツウツしながらネットをのぞいていると,なんとそこに,わが青春時代のアイドル,桜田淳子さんのネパール訪問ビデオが,ユーチューブで世界公開されていた。1986年とあるから,私がはじめてネパールに行った頃だ。ひょっとすると,ネパールで一緒だったかもしれない。

90112 (クリック再生)

桜田淳子さんがいまどうされているか知らないが,その頃の彼女は天真爛漫で,実にかわいかった。そして,ネパールもまだまだ「古き良き時代」だった。
 *桜田さんは1992年,統一教会合同結婚式で結婚し,以後,世間の評価は一変した。

この20年余で,ネパールは,桜田淳子さん以上に大きく変わり,多くのものを失ってしまった。停電16時間でそれらが回復されるはずもないが,少なくとも,失ったものは何かを思い起こすきっかけぐらいにはなるだろう。

5.ユーチューブの功罪
それにしても,こんなお宝映像が世界中でタダで見られるとは,ありがたい時代になったものだ。が,ありがたすぎて,ここでも心配になる。

そもそも著作権については,私自身,ますますアンビバレントな感情に引き裂かれつつある。文明化を先導する光明(啓蒙)思想によれば,知識・情報は万人のものであり,いずれ著作権はなくなる。これは間違いない。

しかし,そうなったとき,人は本当に創造の暗~い欲望――悪徳の悦び――を維持し続けることができるだろうか? 真っ昼間,万人監視の下で,人は子づくりできるか?

創世記が言うように,人間は光から身を隠すことによって初めて,自分の財産と子をもち,ここから歴史を始めた。Propertyとは,自分固有の心身と,それが外化された子や作品を意味するが,そうしたpropertyは光から身を隠すことをもって始まったのだ。

ところが,21世紀の神となりつつあるインターネットは,人々の生活の隅々までその光を及ぼし始めている。これがさらに進行すれば,万物は万人の前に明らかとなり,誰かに固有のもの(property)は無くなってしまう。逆に言えば,万物が万人のものとなったとき,隠されてあるべき悪徳の悦びは失われ,人は創造への意欲を維持できなくなってしまうのではないか?

光は文化を破壊する。暗闇こそが,文化を育む。だから停電は・・・・

ネパールの停電16時間から,こんな議論をするのは,いささか飛躍がすぎる。が,少なくとも,無停電とし,あまねく光を及ぼせば,人は幸福になるというものでもなさそうである。

Written by Tanigawa

2009/01/12 at 21:30

カテゴリー: 情報 IT, 文化

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停電16時間の革命的意義

谷川昌幸(C)

カトマンズは明日からパワーカット16時間,1日の2/3が停電だ。これはスゴイことであり,それに耐えうるネパール社会の「強さ」,「健全さ」は賞賛に値する。


日本は,近現代化で贅沢三昧,肥満虚弱社会と化し,このような試練にはとうてい耐えられない。

わが大学では,ほんの数分の停電であっても,半月前に予告し準備するが,それでも文句たらたら。あるいは,水道の断水でも大騒ぎ。先日も,東北地方で,1,2日断水したら,なんと全国ニュースとなり,水道局が平謝りしていた。

電気や水道が数日止まろうが,たいしたことはない。いざとなれば,川の水を薪で煮沸して飲めば済む。ただ,それだけのこと。死にはしない。

この肥満虚弱日本社会では,いまやストライキですらできない。1日や2日,電車やバスが止まろうが,学校が休みになろうが,本来なら,どうということはない。それなのに,ストでもしようものなら,まるで極悪非道の反社会的行為であるかのように世間やマスコミに糾弾される。

こんな不健全な肥満虚弱社会を誰が,何のためにつくったのか? だれが,こんな社会から利益を得ているのか?


部外者の無責任を承知で言うのだが,ネパールの16時間停電突入で困るのは,外国人や都市富裕層だ。低所得層や地方農民などは,もともと電力依存度が低いので,あまり困らない。都市であっても,バグマティ川岸のスラム住民は平気だ。

いま電力カットにたらたら文句を言っているのは,ネパールの特権階級であり,電力不足解消要求は,彼らの特権回復・維持のためなのだ。

極論すれば,電力不足,化石燃料不足は,近現代化で格差拡大し肥満化の兆しが見え始めたネパール社会を,地方農民・都市下層住民の立場からいったんリセットし平準化するチャンスといってよい。それらがなくなってしまえば,都市も農村も生活条件はほぼ同じになり,格差は解消し,失業者は一人もいなくなる。

暴論だと非難されるかもしれないが,これは格差社会日本の現状を鋭く批判し,話題となった赤木智弘「『丸山真男』をひっぱたきたい。31歳フリーター。希望は,戦争」(『論座』2007年1月号)と同趣旨の議論である。
   *パルバティ同志,ヒシラ・ヤミ(2b)参照。

赤木氏は,バブル崩壊により就職機会を失い挽回の希望すら持てなくなってしまった「負け組」にとっては,格差社会の「平和」の現状を耐え忍ぶよりも,むしろ戦争による根底からの現状否定,社会のリセットの方が望ましい,と主張した。

乱暴な議論であり,政財界はおろか労組や「進歩的」知識人からも激しい非難を浴びたが,しかし,赤木氏の議論は危険ではあるが,決して的外れではない。格差拡大し,それが固定化し,「負け組」には復活の希望すら持てなくなったとき,「負け組」がそうした格差社会の平和的改善ではなく,それを根底から否定(リセット)し,いわば自然状態に戻って,そこからやり直そうと考えるようになるのは,至極当然のことだ。

そもそも,いまの資本主義社会も,市民戦争(革命)により中世封建社会を根底から覆し,既成秩序なき自然状態に戻ってから,改めて創り出された社会に他ならない。

だから,社会で格差が拡大し,それが固定化してきたら,右か左からの「革命=戦争」が唱えられ,社会の下層多数派から支持を集めるようになるのは当然なのである。


しかし,革命であれ反革命であれ,そして戦争はむろんのこと,あまりにも犠牲が多い。できれば,それは避けたい。

そのためには,自由放任にすれば格差の拡大・固定化に向かう社会を,つねに揺り動かし,平等化する努力をすることが絶対に必要となる。

人は,裸の状態(自然状態)ではみな自由・平等であり,これが正義であることは自明の理だ。

ところが,皮肉なことに,平等な人が自由を行使すれば競争となり,格差が生じる。この格差は,平等の理念からすれば,悪だ。しかも,それが固定化すれば,自由の自己否定にすらなってしまう。

だから,人間社会はつねに平等と自由の理念により批判され,格差が固定化しないように修正され続けなければならないのだ。


この観点から見ると,日本は肥満虚弱化が進行し,もはや揺り動かすことすら難しい危篤状態に陥りつつある。労組や「進歩的」知識人ですら赤木論文の問題提起を理解できず,既存格差社会の擁護に回ってしまった。

これに対し,ネパールはまだ健全といえる。ストもバンダも,停電も断水も,日常茶飯事だ。
  無スト社会は,スト社会より不健全だ。
  無停電社会は,停電社会より不健全だ。

たしかに,バンダも停電も困りはする。しかし,困るのは自分が特権的生活をしているからであり,バンダや停電はその悪しき生活を反省させてくれる必要不可欠の機会なのだ。

24時間365日停電となれば,ネパールの人々は都市も農村もなくほぼ平等になる--逆説的ではあるが。

Written by Tanigawa

2009/01/11 at 20:23

カテゴリー: 文化, 民主主義

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