ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

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イタリアの旅(14):石造りの村

アオスタ谷の奥の村々は,家も道も石造り。修復整備されてきたのだろうが,調和がとれ,美しい。

クールマイユールのバス停から徒歩20分くらいのところにある”La Saxe”やモンブランケーブル乗り場手前の”Entreves”,あるいはアオスタからバス1時間ほどの “Cogne”など。

これらの村々には,小さな教会や水場があり,絵になる。水場の水は,流しっ放しで冷たく,行きかう人々が飲んでいる。日中はカンカン照りの猛暑だったので私もこの水を飲んでいたが,お腹は大丈夫だった。

このような村々は,調和がとれ美しければ美しいほど,そこに住む住民にとっては自由が制限され,経済的な負担も重く,大変であろう。つい,そんな余計な心配をしてしまうほど,イタリア北部の村々は美しい。

●Entreves

 ▲古い教会/屋根の風見鶏


 ▲石畳の道/軒下の鍋

▲水場と車

●La Saxe

 ▲フェレ谷道/教会


 ▲小さな教会(中央)/水場

●クールマイユール
 
 ▲山沿いの旧道/登山口付近の水場

●「ベルトーネ小屋登山口」バス停付近

 ▲小さな小さな教会

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2017/08/03 at 19:12

カテゴリー: 自然, 旅行

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京都の米軍基地(28):和による抵抗の苦悩と悲哀

経ヶ岬の空自分屯基地付近に行ってみて気づくことの第4は(→第1第2第3),米軍Xバンドレーダー基地問題で分断の瀬戸際にある地域社会の苦渋の抵抗である。京丹後市長も「苦渋の決断」をしたらしいが,地域住民に比べれば,その苦渋など,渋茶の渋ほどにもあたらない。(→「苦渋の判断」の甘さ

1.呉越同舟ポスター掲示
下の写真は,空自基地の地元,尾和地区の旧道側で撮影したもの。前回述べたように,米軍反対看板やポスターは,経ヶ岬~袖志~穴文殊~尾和付近の国道沿いには一つも見当たらなかった。ところが,尾和の旧道の地区中心付近には,反対ポスターが1枚,壁に貼ってあった。しかも,見よ,自民党安倍首相の「日本を取り戻す」ポスターと並んで!

誰が,何の目的で,この2枚のポスターを,ここに並べて,しかも微妙な距離をとりつつ,貼っているのだろうか?

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 ■尾和バス停付近のポスター掲示(12月9日)

空自基地から少し西の久僧地区まで行くと,そこにはさらに衝撃的なポスター掲示がある。共産党のポスターが,自民党ポスターと航空自衛隊=自衛隊京丹後地域事務所ポスターに囲まれ,掲示されている。久僧地区では,自民党や自衛隊と共産党が仲良しだからだろうか? まさか! では,どうして?

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 ■久僧「呉越同舟ポスター掲示」(2013年12月9日)

2.ネパールの呉越同舟ポスター掲示
実は,尾和地区や久僧地区の掲示を見たとき,「あれ? あれと同じだ!」と,驚きを禁じえなかった。唐突と思われるかもしれないが,これらの掲示の醸し出す雰囲気は,つい先日(11月19日)実施されたネパール制憲議会選挙のポスター掲示の雰囲気とそっくり同じなのだ。(→多党共生文化

ネパール制憲議会選挙では,コングレス党,統一共産党,マオイストの三大政党が激しく争った。特にマオイストと他党は,人民戦争(1996-2006)で戦い,双方に多くの死傷者を出した。残虐なゲリラ戦の記憶は生々しく,親族や知人が犠牲になった人も少なくない。マオイストと反マオイスト諸党は本来不倶戴天の敵であり,また,コングレス党と統一共産党も相互に敵対し,あちこちで暴力沙汰を引き起こしてきた。

選挙では,当然,そうした激しい党派争いが,地域社会に持ち込まれる。しかし,それを座視すれば,地域社会は分断され,住民同士,いや肉親であっても,敵対し憎み合うことになってしまう。それを防止し,地域社会の平和を守るにはどうすべきか?

ここから先は,よそ者の想像にすぎないが,観察した限りでは,地域社会が緊密であればあるほど,敵対する党派を外面的には共存させる方法をとっていた。

古い伝統をもつ小都市コカナでは,1軒の家の壁に,統一共産党・マオイスト・コングレス党の旗が,この順で並べて立ててあった。同じような旗やポスターの掲示が,ブンガマティ,キルティプルなど緊密な人間関係を持つ古い地域共同体では,どこでもいたるところで見られた。

私が見るに,これは内戦で殺し合ってきた党派間の抗争,あるいは政党間の激しい権力闘争を地域共同体に持ち込ませないための苦肉の策である。政治的立場や利害の対立はあるにせよ,共同体内では事を荒立てないことによって,かろうじて「」は保たれる。

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 ■三党の旗を掲げるコカナの民家(2013年11月)

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 ■古都キルティプルの諸党旗掲示(2013年11月)

このように,毎日,鼻突き合わせ暮らさざるをえない狭い地域共同体の人々にとっては,「を以て貴しとなす」は身体化された生活の知恵であり,結局,それしか他に方法はあるまい。ネパールの古い町や村にとっても,日本の地方の小さな伝統的地域共同体にとっても。

3.「和」による抵抗の苦悩と悲哀
しかし,それで地域社会の平和がこれからも守り抜けるかといえば,これは悲観的とならざるをえない。ネパールに襲いかかっているグローバル資本主義化の荒波は,たとえ政争を表向き棚上げしたとしても,伝統的生活を根底から揺るがせ,「」の成立基盤そのものを蚕食しつつある。

同じことが,京丹後の村や町についても言える。米軍Xバンドレーダー基地問題について,地元の人々は,事を荒立てず,「」を優先することによって,日々の生活の場たる地域共同体だけはともかく守り抜こうとしている。

しかし,Xバンドレーダー基地設置は,はるかかなたの東京やワシントンで米政府とその下請けたる日本政府が決定し,上から権力的に日本の秘境,丹後半島に押しつけようとしているものである。これに,地元社会は真正面からの表立った抵抗は出来ない。そのような抵抗を始めたら,地域社会が崩壊するから。

ところが,このXバンドレーダーは,先述のように,地元を必然的に「Xバンドレーダー体制」に造り替える。もし京丹後が「」を優先し,権力の押しつけに真正面から抗しないままズルズル流され,結局は「Xバンドレーダー体制」を受け入れ順応するなら,その限りで地域社会の「」は保たれるかもしれないが,そのときの丹後はもはや今の丹後ではありえない。守られるべき地域共同体は,そこにはない。丹後は,特定秘密保護法と共謀罪のモデル地区となっているであろう。

航空自衛隊経ヶ岬分屯基地付近の「呉越同舟ポスター掲示」は,「」をもってしか抵抗しえない地域社会の深い苦悩と救われようのない悲しみを,道行くよそ者観光客に訴えかけているように思われてならない。

谷川昌幸(C)

制憲議会選挙2013(23):パタン南方の桜と中国日報

11月24日,パタン南方のティカ・バイラブに行ってみた。キルティプルからパタン経由,タクシーで1時間近くかかる山麓の小村だが,テチョ,チャパガオン方面からの市街地開発はすぐ近くにまで及び,山腹には自動車道も出来ていた。数年で,道路沿いは商店や住居で埋め尽くされるだろう。テチョ,チャパガオンまでは,すでに前日(23日),行っているが,少なくとも道路沿いは無秩序な新築建築物で埋め尽くされ,車も多く,あまり感心しなかった。

131203a ■ティカ・バイラブ:巨石ご神体(?)と川向かいの学校

24日にティカ・バイラブに行ったのは,一つ西の丘,コカナ,ブンガマティ経由。こちらは車も少なく,道路沿いには緑が多く,美しい。往きはタクシーだったが,帰りはチャミ付近で下車し,丘の上の道をパタンに向け歩いて戻った。舗装道路だが,車はたまに通るだけ。菜の花(からし菜?),マリーゴールド,ラルパテなど,花々が咲き乱れている。

そして,圧巻はなんと言っても,桜。ちょうど満開で,いたるところに咲いている。特に西側斜面に多く,まるでネパールの吉野。自然林なのか植林なのか分からないが,一面,桜の小高い丘もあった。

131203d ■丘の桜(カトリガウン付近)

この付近の桜は,色は白に近いものから濃い桃色まで,花は一重からから八重に見えるものまである。ソメイヨシノそっくりの桜もあった。しかも,花持ちがよく,長く咲いている。もう少し増やせば,桜大好き日本人が大挙押し寄せるにちがいない。

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■農民と桜(チャミ)/チョウタラ・農民・菜の花(チャミ)/カンナと桜(コカナ)

そんな野山の花々を愛でながらしばらく歩くと,道ばたに小さな茶店があったので,一服した。ネパール茶一杯10ルピー(10円)。茶を飲みながら,ふと見ると,なんと「中国日報英語版」がおいてあった。パタン郊外とはいえ,かなり遠い山村の地元民しか立ち寄りそうにない小さな茶店に,どうして「中国日報」がおいてあるのだろう?

村の茶店が「中国日報」を販売しているとは思えない。おそらく,誰かがカトマンズかパタンから持ち込み,茶店においていったのだろう。が,そうだとしても,こんな田舎にまで「中国の進出」が及んでいるとは,正直,驚いた。

131203b ■茶店の中国日報(チャミ)

茶店から丘の上の道を少し歩き,チュニッケル付近から踏み分け道を西に降り,中腹の小道に出て,それをブンガマティまで歩いた。この付近は,よそ者が少ないとみえ,昼間でも犬が吠えかかり,かなり危険。それさえ用心すれば,静かで,花々が咲き乱れる絶好の散歩道。次は,この道をもう少し奥までたどってみたい思っている。

ブンガマティは,昨年,来たことがあるので,ざっと見て回るにとどめ,村道をさらにコカナまで歩いた。コカナは,村開発委員会(VDC)が外人入域料50ルピーを徴収するようになっていた。

24日,見て歩いたパタン南方郊外では,コングレスの旗やビラが他党よりも多かった。たとえば,コカナには下図のような“コングレスの門”が造られていた。おそらく,この付近の共同体はコングレス支持なのだろう。ネパール国民の投票行動は,このような現実をも踏まえ,理解すべきであろう。

131203f ■コカナのコングレス

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2013/12/03 at 19:26

制憲議会選挙2013(5):多党共生文化

キルティプルの丘は,政党の旗や選挙シンボル,ポスターなどで満艦飾だ。カトマンズ市内や一昨日回った北部郊外では,政党のポスターや旗が,いたるところで破られたり,はがされたりしていた。ところが,不思議なことに,キルティプルの丘では,そのようなことはない。なぜだろう?

●カトマンズ第10選挙区(キルティプル他)
[有権者数]62,573人
[立候補者数]39人
「立候補者/掲載順」
  S.マナンダール CPN-M(シンボルマーク:太陽)
  PK.ダハル(プラチャンダ)UCPN-M(槌と鎌)
  D.マハルジャン RPPネパール(雌牛)
  RK.ケーシー NC(樹)
  B.ダンゴール CPN-M(鎌と星)
  ほか34名  

この選挙区からは革命英雄プラチャンダが立候補しているので,統一共産党マオイスト(UCPN-M)の旗やポスターが多いのは,当然だ。次に多いのが共産党UML。コングレス(NC)はかなり少ないが,それでも丘の南西部の一角は,NCのシンボル「樹」を描いた旗で埋め尽くされている。他党は,立候補しているものの,旗やポスターはごく少ない。大衆動員の選挙戦は,事実上,マオイスト,UML,コングレスの三大政党によると見てよいだろう。

さてそこで,三大政党を中心に各党の旗,選挙シンボル,ポスターなどの配置や掲示方法を見てみると,不思議なことに気がつく。キルティプルでは,マオイストとUMLとNCが並んで,あるいはマオイストとUMLまたはマオイストとNCという組み合わせで,旗やシンボルマークが掲げられているところが多い。他党を排除していないのだ。

たしかに今回は選管が「選挙運動規則」を大幅に強化している。しかし,それはカトマンズ市内でも同じことであり,強化された「選挙運動規則」だけが理由とは思われない。キルティプルでは,各党の小旗が行儀よく並んで立てられているところが多いし,小旗を連ねた横断幕も相互に調整して張られていると思われるからである。この各党の旗の「調和的」掲示を見ると,各党の上に立つ,あるいは各党間を調整する何らかの意思の存在を感じざるをえない。

その意思は,おそらく共同体のそれであろう。キルティプルのような緊密な共同体で,他党のポスターを破ったり,暴力沙汰を引き起こしたら,大変なことになる。だから,政党が共同体に入ってきても,共同体を守るため,共同体として政党間の調整をしている。そうとしか考えられない。(選管がさらに強化されれば,日本のように指定場所への選挙ポスター掲示が義務づけられるかもしれない。)

ティハール/ネワール新年明け後,状況がどうなるか,観察を続けたい。

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谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2013/11/05 at 20:02

カテゴリー: 選挙, 政党

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ブログ引越

谷川昌幸(C)

MSブログ廃止のため,やむなくこちらに引っ越してきた。アドレスは,すぐ確保しておいたので,nepalreviewがそのまま使える。https://nepalreview.wordpress.com/

まだ使用方法がよく分からないので,見ばえのしないブログになってしまうが,やむをえない。いずれ,自前のサーバーに設置せざるをえないだろう。

ところで,今日は,近所の若宮稲荷神社に無形民俗文化財「竹ン芸」を観に行った。子狐,男狐,女狐が,竹の上で芸を披露し,稲荷さんに奉納する。長崎らしい由緒ある祭りだが,こうした伝統行事の維持は,どこでも難しくなってきているようだ。

伝統的共同体は,たしかに息苦しく住みにくい。いったん近代的自由を手にすると,もはやそこに戻ることはほぼ不可能だ。民主党が「新しい公共」を唱えているが,まず無理であろう。

近代人は,砂漠の砂のように自由で,無味乾燥な世界で生きざるをえない。そして,ときが来れば孤独死を迎えるのだ。

若宮神社「竹ン芸」

若宮1

若宮2

Written by Tanigawa

2010/10/15 at 20:42

カテゴリー: 社会, 文化

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田の草取り:農村の厳しさと美しさから学ぶ

谷川昌幸(C)

カトマンズ周辺の水田では、いま最後の「田の草取り」が行われている。女性が4,5人並んで水田に入り、稲の間の雑草を手で取り除いていく。おしゃべりをしたり歌を歌ったりしながら、楽しそうだ。絵になる。

 

しかし、実際には、これは大変な重労働だ。日本でも、除草剤(枯葉剤)が使用される以前は、ネパール同様、農民が人力で田の草取りをしていた。ヒルが足に喰いつき血を吸う。稲や雑草の葉で目を傷つける。そして、長時間の腰をかがめた作業のため、腰が曲がってしまう。

 

以前の日本の農村では、ほぼ例外なく老人の腰は曲がっていた。栄養も悪かったが、最大の理由は長時間の田の草取りであろう。我が家の隣のおばあさんは、90度どころか、120度以上腰が曲がってしまっていた。機械化・農薬依存以前の農作業の厳しさがしのばれる。

 

その頃の日本農村は、ネパールの農村と同様、非常に美しかった。どこにいっても絵になった。しかし、この美しい農村は、厳しい労働と奉仕作業により維持されていた。人力と牛馬による麦、米、野菜の栽培は重労働だったし、燃料は農閑期に山から切り出す薪だった。田畑も山林も、こうした農民の重労働により、美しく維持されていた。

 

また絵のように美しい村々は、道路も水路も寺も神社もすべて農民の勤労奉仕と分担金により維持されていた。見方によれば、かつての日本の農村自治は現代の参加民主主義よりもはるかに公平で徹底していたといえる。その反面、農村には個人の自由はなかった。村々の美しさは、個人的自由の犠牲の上に維持されていたのである。

 

以前の農村のこの重労働、個人的自由の欠如は認めざるをえないが、それでもやはり美しいものは美しい。また農村自治に、現代民主主義以上の公平な参加の一面があったことも、事実だ。

 

ネパール農村の美しさやブータンの国民総幸福――これらには、懐古趣味だけではなく、時代を超えた普遍的な美しさや幸福の要素が、たしかに在る。

 

過去に戻ることはできないが、過去から学ぶことはできる。歴史は、過去を否定(克服)しつつ単線的に「発展」するものではない。過去には、現在よりもはるかに優れたものが、たくさんある。それらから学ぶ勇気が、われわれにはますます必要になってきているように感じられる。

 

キルティプールからパタン方面を望む

 

 キルティプールからビムセン塔方面を望む

Written by Tanigawa

2010/09/13 at 12:11