ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

Posts Tagged ‘刑法

宣教投獄5年のおそれ,改正刑法

8月9日立法議会で可決された改正刑法には,いくつか重大な問題がある。強制失踪関係規定については前稿で触れたが,それ以上に大きく問題視されているのが,宗教に関する規定である。改正刑法が施行されると,宣教ないし改宗の働きかけ,いや解釈次第で信者らの礼拝それ自体ですら拘禁5ないし3年以下,罰金5ないし2万ルピー以下の刑に処せられる恐れがある。ヒンドゥー正統への揺り戻しの動きの一つと見てよいであろう。

1.2015年憲法の宣教禁止規定
現行2015年憲法は,ネパールを「世俗国家」と規定しながら,同時に他方では,「古来の宗教文化」に特別の権利を認めている。
————————————–
憲法第4条 ネパール国家
(1)ネパールは,・・・・世俗的な連邦民主共和国である。
 解釈:本条でいう「世俗的」は,古くから伝えられてきた宗教や文化を含む,宗教と文化の自由を意味する。
————————————–
この国家の根本規定を受け,第26条では,改宗を働きかける宣教活動を大幅に規制している。
————————————–
憲法第26条 宗教の自由への権利
(3)何人も,本条の定める権利[宗教の自由]の行使において,公共の健康・礼節・道徳に反する行為,公共の平和を損なう行為,または他者をある宗教から別の宗教に改宗させる行為,もしくは他者の宗教を損なう行為や行動を自ら行い,または他者に行わせることを,なしてはならない。そのような行為は,法により処罰される。
—————————————
宗教活動は,極秘のものを除けば,多かれ少なかれ宣教の意味をもつ可能性があるとすれば,上記の規定を根拠に,国家は宗教活動をいかようにでも規制できることになる。

2.改正刑法の宣教禁止規定
2015年憲法の規定に基づき,改正刑法は宣教活動を大幅に規制し,違反には重罰を科すことを定めている(以下の条文はCSW記事[*1]からの引用)。
————————————–
改正刑法第9部
第158条 (1)何人も,文章,声ないし会話,造形物ないしシンボル,または他の同様の方法により,いかなるカースト,民族または社会集団の宗教感情をも害してはならない。
(2)(1)に定める罪を犯した者は,2年以下の拘禁および2万ルピー以下の罰金の刑に処す。

第160条 (1)何人も他者の宗教を改めさせてはならないし,またそれを自ら試み,または他の者に教唆してはならない。
(2)何人も,あるカースト,民族または社会集団が古来信奉してきた宗教,信仰または信条を否定するような行為や行動を行ってはならないし,また他の宗教への改宗の目的をもって,もしくはその目的をもたなくとも,そうした宗教,信仰または信条を害してはならないし,また他の宗教や信仰を上記目的のいずれかをもって説いてはならない。
(3)(1)および(2)に定める罪を犯した者は,5年以下の拘禁および5万ルピー以下の罰金の刑に処す。
(4)(1)および(2)に定める罪を犯した者が外国人の場合,本条の定める刑の執行後,7日以内にネパール国外へ退去させるものとする。
————————————–
複雑・難解な文章だが,宣教ないし改宗の働きかけが広く禁止されていることは明らかである。

ネパールで活動しようとする宗教,とくにキリスト教諸派が,この改正刑法に危機感を募らせ,世界各地で反対運動を繰り広げ始めたのも,彼らの立場からすれば,至極もっともなことといえるであろう。

 
 ■議会での改宗勧誘禁止条項削除要求(Nepal Church.Com,8月10日)

*1 “NEPAL BILL CRIMINALISES RELIGIOUS CONVERSION,” Christian Solidarity Worldwide (CSW), 21 Aug 2017
*2 Anugrah Kuma, “Christians Fear Crackdown on Religion Under Evangelism Ban in Nepal,” Christian Post, Aug 28, 2017
*3 Surinder Kaur, “Evangelism to be made illegal under new Nepal law,” globalchristiannews.org, 31st August 2017
*4 Prakash Khadka, “Nepal criminalizes religious conversion under new law,” ucanews.com, September 5, 2017

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2017/09/12 at 21:54

カテゴリー: 宗教, 憲法, 人権

Tagged with , , , ,

ゴビンダ・マイナリ氏の再審・無罪判決を

「東電OL殺人事件」で無期懲役刑が確定し服役していたネパール人ゴビンダ・マイナリ氏の再審請求審において,現場遺留物の再鑑定の結果,別人のDNAが検出され,ゴビンダ氏を有罪とした最有力根拠の一つが崩れた。早急に再審を開始し,無罪判決を出すべきだ。(参照:Justice for Govinda Mainali jailed in Japan, Republica/毎日新聞) 以下,関連記事再掲

------------------------

ネパール人被告の即時釈放を求める

2000年9月28日

谷川昌幸

 3年前の東電OL殺人事件で逮捕、起訴され、この4月東京地裁で無罪判決を受けたネパール人被告ゴビンダ・マイナリ氏が、無罪判決後、検察上訴のため再勾留され、いまだ身柄拘束されている。不当な人権侵害といわざるをえない。

 そもそも憲法は「すでに無罪とされた行為については、刑事上の責任を問われない」(39条)と述べ、検察上訴を認めていない。有罪にするだけの証拠を法廷に提示できなかったのは検察側の責任だから、たとえ神の眼には有罪だったとしても、裁判でいったん無罪判決が下されたら、その時点で公平と人権の観点から被告の無罪が確定する、というのが憲法の精神である。

 マイナリ被告の場合、3年におよぶ東京地裁での慎重審査の結果、無罪が言い渡された。被告側によれば、別件逮捕され、取調中には暴行や自白強要もあったというし、弁護士接見妨害に対しては東京地裁が損害賠償を認めている。検察はそこまでしても結局、被告を有罪とするに足る証拠を提示できなかった。その責任は断じて被告にはない。検察は、違憲の責任転嫁上訴を取り下げ、直ちにマイナリ被告を釈放すべきだ。

 マイナリ氏再勾留は、たとえ仮に検察上訴を認めるにしても、違法であることに変わりはない。朝日社説(6月30日)がいうように「被告が日本人であれば、無罪判決後の身柄拘束など到底考えられない」のであり、再勾留決定は被告が外国人で、釈放するとネパールへ強制送還され、控訴審にとって都合が悪いからである。しかし、こうした超法規的理由による勾留は、外国人被告に対する「法の不備」の責任を被告に転嫁し、国家の都合を人権に優先させるものだ。それは、適正手続きを保障する憲法31条や同趣旨の国際人権法の諸規定に違反する。手続きの適正は、刑事裁判では真相解明に優先する。マイナリ被告は、その適正手続きを拒否され、人権を著しく侵害されているのだ。

 これは、日本がもし法治国だとするなら、憂慮すべき事態である。政府は、ネパールが日本の巨額のODA援助を受ける弱小国だから、多少強引なことをしてもネパール政府は黙認するだろうと高をくくっているのかもしれない。たしかに、これまでの経過を見ると、日本政府の読みは当たっているようだ。しかし、日本政府は、そうした大国主義的態度がいかに深くネパールを傷つけるかを理解すべきだ。

 わが国とネパールは、民間を中心とした長年の誠実な努力の結果、きわめて良好な友好関係を築き上げてきた。ネパールにとって日本は近代化のモデルであり、どこに行っても「日本に学べ」という言葉が聞かれるほどだ。法制度についてもそうであって、1990年の「ネパール憲法」制定の際も日本国憲法が大いに参考にされた。彼ら、とくに知識人や学生は日本国憲法のことをかなりよく知っており、近代的法治国としての日本を尊敬している。また少なくとも都市部では一般庶民も毎日のようにマスコミで報道される憲法論議に接し、日本人以上に法学的思考に慣れている。そのようなネパール人の眼にマイナリ裁判はどう映るであろうか。おそらく直ちに知識人は理論的に、庶民は直感的に、その不当性を理解するであろう。いや、もうすでに、マイナリ裁判はネパール国会で論議され新聞でも報道されたので、彼らはよく理解しているはずだ。にもかかわらず、恩義に厚い彼らはまだ日本の法治主義に望みをつなぎ、表立った日本批判を控えている。

 いまマイナリ裁判で日本の法治主義が試されている。検察上訴を認め、マイナリ被告を勾留し続ければ、いずれネパール市民は声を上げ、それは多くの国々に支持されるだろう。これは営々と友好関係を築き上げてきた日ネ両国民にとって不幸なことだし、日本政府にとっても決して得策ではない。アムネスティはすでに抗議声明を発表したし、歴史と実績を誇る日本ネパール協会も世界に向けて抗議声明を発表し、即時釈放運動を始めた。
 検察は、手遅れにならないうちに、マイナリ氏に対する違憲の上訴を取り下げるか、さもなければ少なくとも違法な勾留継続は断念すべきだ。

(谷川昌幸、2000.9.28)

——————————————————————

ネパール人、ゴビンダ・プラサド・マイナリ氏の即時釈放を求める声明

  

2000年6月27日

【社】日本ネパール協会

会長 山本 英治

私達、日本ネパール協会は、民間の立場から、様々な分野での日本、ネパール両国国民間の理解を深め、友好・親善に寄与することを目的として設立された団体です。

 日本ネパール協会は、6月16日理事会の決定に基づき、1997年5月に電力会社女性社員強盗殺人事件の被告とされ、三年に及ぶ裁判の結果、今年4月14日に東京地裁で「無罪判決」を得たのちに、検察の控訴とともになされた勾留請求を受けて、5月8日に高裁の職権により再勾留され、2ヶ月たった今なお拘置されているネパール人、ゴビンダ・プラサド・マイナリ氏に対し、世界人権宣言、自由権規約および日本国憲法の趣旨に則り、公正かつ適正な措置がとられ、即時釈放されることを求め声明を出すものです。

 ゴビンダ氏が一審で、無罪になったにもかかわらず、控訴審以前に再勾留されたことについては、国際的な人権団体のアムネスティ・インターナショナルが「日本の刑事訴訟法に違反しており、彼の身体の自由への権利を侵害している」旨の声明を出しているほか、ネパールのマスコミも大きく取り上げるなど国際的な批判があがっています。

 私達は、この事件の三年にわたる審理の結果出された東京地裁の「無罪判決」は、十分に尊重されなくてはならないと信じます。地裁、高裁の二度にわたる勾留請求棄却のあと、東京高裁が「罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由がある」と判断していることは、とても納得いくものではありません。

 私達は、ゴビンダ氏の再勾留の決定は、彼が外国人であることによる差別であり、様々な場面で我が国の国際交流や国際協力に携わっている官民の広範な努力に水をさすものだと感じます。また国際化時代の日本の役割に期待する、ネパールをはじめとする諸外国からの友好のまなざしを裏切るものと考えます。このような立場から、私達はこの事件の推移に大きな関心をもって臨むとともに、法律的に極めて異常な状況にある現状をできるだけ早期に解消し、ゴビンダ・プラサド・マイナリ氏の人権が回復されることを求めます。
                                        

(日本ネパール協会HPより)

The Statement to Request Immediate Release of Mr. Govinda Prasad Mainali

June 28, 2000

The Japan Nepal Society

President, Eiji Yamamoto

The Japan Nepal Society was established with the objective of deepening understanding between Nepal and Japan, thus, contributing to the promotion of goodwill and friendship between the two countries.

Mr. Govinda Prasad Mainali , a citizen of Nepal, was charged with the murder of a female electric company employee in May, 1997. He remained in detention for the duration of the trial; a period of more than 3 years. On April 14, 2000, Mr. Mainali was acquitted by the Tokyo District Court ; the judge citing lack of decisive evidence for its ruling. The Tokyo District Public Prosecutors’ Office filed an appeal with the Tokyo High Court requesting a reversal of the District Court decision and recommending Mr. Mainali’s detention during the appeal process. The court complied to the prosecutors’ request , and on May 8, 2000, Mr. Mainali was again detained and remains in detention after 2 months.

We, the Japan Nepal Society, based on the decision of the Board of Directors meeting held on June 16, 2000, issue this statement to demand that, fair and appropriate measures be taken according to the spirit of international human rights law ( the International Covenant of Civil and Political Rights), and as required by the Constitution of Japan , and that Mr. Govinda Prasad Mainali. be released immediately.

The fact that Mr. Mainali was detained again prior to a hearing of intermediate appeal, and after he was acquitted at the first trial, has raised harsh international criticism. The international human rights organization, Amnesty International, has issued a statement saying that “Mr. Mainali’s detention is in contravention of his rights under Japanese law (the Code of Criminal Procedure).” This case has also been widely reported by the mass communication media in Nepal.

We, the Japan Nepal Society , believe that the “not guilty” verdict handed down by the Tokyo District Court after 3 years at trial must be fully respected. We find it unconscionable to accept the Tokyo High Court’s decision ordering Mr. Mainali’s renewed detention on the grounds that ” a reasonable suspicion exists that he committed a crime,” when earlier requests from the prosecutors were rejected by both the District Court and the High Court

We the Japan Nepal Society, believe that the High Court ‘s re-detention of Mr. Mainali represents discrimination against foreign nationals in its most severe form. Further, we believe that the Court’s action negatively impacts the wide range efforts of both the government and the people who are participating in international communication and assistance activities in various fields. We also feel that this decision might be interpreted as a betrayal of the friendship and expectations shown by nations such as Nepal, that place importance on the role of Japan in this age of increased globalization. With this in mind, we, the Japan Nepal Society, regard the outcome of this case with grave interest, and, at the same time, request this extremely abnormal judiciary condition be normalized as soon as possible and that Mr. Govinda Prasad Mainali`s human rights be recovered without further delay.

(The Japan Nepal Society, Home Page)

Written by Tanigawa

2011/07/23 at 12:11

カテゴリー: 人権

Tagged with , ,