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ガディマイ祭動物供犠,最高裁禁止命令

ネパール最高裁は8月4日,ガディマイ祭での動物供犠を禁止する適切な措置をとるよう政府に命令した。(参照:ガディマイ祭

ガディマイ祭では世界最大の動物供犠が行われ,これに対し欧米の動物人権擁護主義者らが,反人道的として,激しい反対運動を繰り広げてきた。牛や羊や豚や鶏をたらふく食いつつ,ネパールの動物供犠は残虐だと非難攻撃する。(欧米の屠殺は「人道的」であり「動物の人権」を尊重しているのだそうだ。)

ガディマイ祭には,たしかに不衛生や商業化など,改めるべき点は多々ある。が,それはそれとして,動物供犠そのものは,他の生命を食べて生きざるをえない人間の,人間的にしてあまりにも人間的な,したがって神聖な儀式であり,欧米の似非人道主義的な,手前勝手な攻撃にひるみ,安易にやめることはない。

祈りのネパール――その原点は動物供犠に見られる生命への畏れにあるのではないか。

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* “SC order against Gadhimai sacrifice,” Kathmandu Post, 4 Aug.

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2016/08/11 at 08:45

カテゴリー: 宗教, 文化

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動物供犠停止か? ガディマイ祭

ネパール各紙やロイターなどの報道によれば,ガディマイ祭動物供犠が停止されるらしい。ガディマイ寺院運営基金は公式に停止とは発表していないらしいが,動物愛護団体の圧力に屈し,事実上の停止に追い込まれたようだ。

記事では,インドやネパール国内の反対にも言及されているが,国際的な反対運動の中心は実際には欧米の「動物の人権と福祉」擁護諸団体である。実にケシカラン。許せない。ネパールの動物供犠派は,もっと怒るべきだ。(以下,これまで幾度か述べてきたことで繰り返しになるが,腹の虫がおさまらないので,繰り返す。)

世界最大の動物供犠を伴うガディマイ祭には,差別,衛生,ネ印国境管理,商業化(見世物化)など,様々な問題があることは事実であり,改善は必要であった。これはガディマイ祭実行委員会もネパール政府も認めていた。が,そのことと,動物供犠そのものの是非とは本質的には別の問題だ。

欧米「動物の人権福祉」擁護諸団体も信奉するはずの多文化主義からすれば,動物を一切殺さない文化もあれば,近代的屠殺工場で苦痛のない「人道的」な方法で動物を衛生的に処理し,その肉を食する文化もありうる。ならば,動物の生命を畏敬するが故に,神に動物をささげ,神の祝福をえたうえで,その肉を食し,皮や骨を最大限利用しつくすという文化もあってしかるべきだ。

そもそも,自らの手で水牛や山羊や鶏の首を切り,生き血をあびつつ,動物たちの生命により生かされていることを神に感謝することの,いったいどこが残酷なのか!

これに反し,現代社会では,動物たちは大量管理飼育され,消費者の目に触れることなく出荷計画通り整然と近代的屠殺工場に運び込まれ,機械的・衛生的に処理され,肉塊とされ,そして美しくパック詰めされ,商品として百貨店やスーパーに並べられる。その肉を,現代の消費者は買って食べる。が,これでは肉を食べても,他の動物の命を食べているという実感は持ちにくく,したがって罪悪感を感じることもなく,自分を生かしてくれている動物への心からの感謝の念が生じることもない。動物の尊厳を踏みにじり,動物をモノ扱い,商品扱いしているのは,いったい誰なのだ。

むろん,これはいわれなき非難攻撃を受けるから,こう反撃せざるをえないのであって,もし「動物の人権福祉」擁護諸団体が彼らだけでその生き方を選び実践しているのであれば,彼らのその生き方に動物供犠派が外からイチャモンをつけるようなことはない。多文化主義であれば,当然,そうあるべきだ。

ところが,「動物の人権福祉」擁護諸団体は,自分たちだけで満足できず,自分たちの生き方,自分たちの文化を絶対視し,それを他文化に宣教し,押し付けようとする。余計なおせっかい,バカなことはするな!

ネパールの動物供犠派の人々には,欧米文化帝国主義者どもの偽善的文化侵略を断固撃退し,神聖な動物供犠を守り抜いていただきたい。なによりも動物の尊厳を守るために!

▼旧王宮寺院前でも動物供犠が行われてきた。今年はどうなるか?(7月29日撮影)
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【参照】動物供犠 ガディマイ

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2015/07/30 at 12:58

カテゴリー: 宗教, 文化, 旅行

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ガディマイ祭:動物供犠と人間の業(11)

9.人道的動物愛護運動の人間至上主義
今年のガディマイ祭の動物供犠は,11月28日(主に水牛),29日(ヤギほか)に催行された。

この動物供犠については,内外の動物愛護団体が激しい反対運動を繰り広げ,インドでは最高裁に訴え,動物の不法持ち出し禁止命令を出させることに成功した。ネパール政府にも圧力をかけ,関係諸法による規制強化を約束させた。要所には治安部隊1万4千が派遣され,動物検疫所も5か所開設された。

その結果,動物供犠そのものは阻止できなかったものの,供犠水牛は前回2009年の半分以下,4~5千頭にとどまったとみられており,この点では反対運動は大きな成果を上げたと動物愛護諸団体は評価している。

一方,ネパール政府と祭り関係者は,反対運動のさらなる激化を恐れ,今年は,ジャーナリストの入域を禁止した。リパブリカ記者はカメラを警官に没収された(のち返却)。

しかし,この情報化時代,参拝者のスマホやデジカメまで禁止することは無理であり,おそらく多数撮影され,これから続々ネットに掲載されていくであろう。しかも,それらがいずれも動物供犠の「リアルさ」を競うものとなることは避けられない。

動物が殺される様は,「リアル」であればあるほど,菜食主義者は無論のこと非菜食主義者であっても,日常生活においては直視に耐えられない。この点では両者の態度は共通している。

これは動物供犠支持派には圧倒的に不利な状況。反対運動が勢いを増すのは自然な成り行きであり,このままでは,2019年の次回動物供犠は実施できない可能性大と見ざるをえない。動物愛護派の完全勝利だ。

しかし,本当にそれでよいのだろうか? 動物の不法持ち込み,供犠前後の不衛生,見世物利権化,ダリット差別など,もっともな問題点をクリアし本来の動物供犠に立ち戻ったとしても,それでも動物供犠は,それ自体が悪であり禁止されなければならないのか? 

動物供犠禁止は,他の生命の犠牲によって生きざるをえない人間が,自らの業から目を背けて生きることを糊塗するためではないのか? 「人道的(humane)」こそが「人間至上主義(humanism)」なのではないか?

[参考資料]Humane Society International FB
 ▼シンボルマーク
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 ▼12月3日記事
Thank you for taking action and donating to support our campaign against the world’s largest animal sacrifice at the Gadhimai festival in Nepal.

Because of your support, our comprehensive campaign included meeting with the president and prime minister of Nepal to directly request their intervention and lobbying the chief priest of the Gadhimai Temple through the night until just hours before the butchering started, in a last-minute attempt to stop the bloodshed.

Despite the festival proceeding, there were some positives. We were able to successfully petition the Supreme Court of India to order a halt to illegal border crossings, resulting in 114 arrests and more than 2,500 animals seized (pictured). The number of animals who reportedly died was significantly lower than in the past and, just as importantly, we built a foundation for continuing the fight.

Our commitment to prevent this bloodbath from happening again is greater than ever. We will do all we can over the next five years to put a permanent end to the massacre of animals at Gadhimai.
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[参照記事]
*Vijay Singh,”Animal sacrifice in Nepal goes on despite protests,” Times of India, 2014-11-30.
*”Mass animal sacrifice at Nepal’s Gadhimai festival sparks global condemnation,” Business Standard 2014-11-30.
*Manesh Shrestha,”Death and the goddess: The world’s biggest ritual slaughter,” CNN, 2014-12-01
*Shirish B Pradhan,”India’s ban on animal exports hits Nepal’s Gadhimai festival,” Deccan Herald, 2014-12-01,
*”Dispute flares up in Gadhimai over sacrificial remains,” Himalayan, 2014-12-01

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2014/12/02 at 23:01

ガディマイ祭:動物供犠と人間の業(10)

8.ブリジット・バルドーの大統領宛公開書簡
仏女優ブリジット・バルドーが,ガディマイ祭禁止を求める公開書簡をネパール大統領に送った。祭り利用の金儲け批判はもっともだが,だからといって神々への敬虔な動物供犠までも十把一絡げに否定するのは,行き過ぎだ。

一国の元首に向かって,その国の伝統文化を「血に飢えた」「残虐な暴力行為」と罵倒し,止めさせよ,と高飛車に要求するのは,あまりにも非礼。ネパール大統領は,完全無視でよい。

菜食主義者の肉食反対や非暴力主義者の動物供犠反対は,むろん自由である。大いに議論し,新しい文化を創っていったらよい。が,だからといって,宗教や文化の根幹に関わる価値(価値観)の問題を,安易に政治の世界に持ち出すことは許されない。神々の争いを政治化すれば,世界は動物以前に人間が殺し合うことになる。

しかし,残念なことに,近代以降,欧米の政治技術が発達し,いまや世界世論は彼らにより操縦されている。欧米の常套手段は分割統治。ネパールの動物供犠についても,欧米が介入し,世論を分断し,問題を政治化し,結局はそれを政治的に廃止させてしまうだろう。

予定では,明日,明後日が動物供犠。SAARC会議よりもはるかに重要。注視していたい。

[書簡要旨]
2009年の書簡は無視されたが,私は諦めてはいない。

今年は,総数25万のヤギ,水牛,ブタ,ニワトリ,ハト,アヒル,ネズミが生贄にされる。しかし,ガディマイ女神が,そのような無実の生き物の生贄を喜び,その残虐な暴力と引き替えに繁栄をもたらしてくれるとは,到底信じられない。

古くさい血まみれの残虐な伝統は,ネパールの評判を大きく損なう。廃止すれば,評価は上がる。

ガディマイ祭は金儲けが目的となっており,ネパール政府はそのような祭りを認めるべきではない。この祭りが認められるのなら,「麻薬祭」や「酒祭」でさえ認められることになる。

インド内務省は,ネパールへの不法な動物輸送を禁止した。ヒマーチャルプラデーシュ州でも,動物供犠禁止の判決が出た。インドは,動物保護に向け大きく前進している。

大統領の国ネパールも,残虐な伝統を一掃すべきだ。そうすれば,平和と共生のために立ち上がった大統領として,あなたの名前は後々まで語り継がれるだろう。そして,あなたの国も長く繁栄するだろう

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谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2014/11/27 at 17:24

ガディマイ祭:動物供犠と人間の業(9)

6.インド政府の対応
インドでは,様々動物愛護主義者や動物保護団体が,政府への要請やデモ,あるいは裁判所への訴えなどにより,ガディマイ祭への動物輸送を阻止しようとしている。

たとえば,モディ内閣の女性子供開発大臣マネカ・ガンディー。ネルー=ガンディー家の一員であり,動物の権利擁護運動の世界的指導者の一人。インドにおいてPeople for Animalsを創設し,またInternational Animal Rescueの後援者でもある。ガディマイ祭に対しても,新聞,ネットなどで手厳しく批判・攻撃している。ブリジット・バルドー,ジョアンナ・ラムリーと並ぶガディマイ祭反対運動の国際的代弁者。

このようにインドでガディマイ祭反対運動が盛り上がる中,高裁と最高裁が相次いでガディマイ祭への動物の輸送を禁止する注目すべき命令を下した。(報道錯綜のため,多少,不正確な部分があるかもしれない。判れば,後日訂正)

141126a ■マネカ・ガンディー(Hindustan Times, 2010-7-31)

(1)高裁判決
[1]ウッタラーカンド高裁判決,2011年12月19日
インドでは,すでに多くのヒンドゥー寺院が動物供犠を止めている。ウッタラーカンド州のブーカル・カリンカ祭でもスクラ・パクサ (शुक्ल पक्ष) でも,動物供犠はなくなった。

「わが州の人々のこのような行動を見れば,神々を喜ばせるための動物供犠は,もはや行わないという意識ができあがっていることは明白である。・・・・ この法律[動物虐待禁止法2001「動物を認可屠殺場以外で屠殺してはならない」]に定めるとおり,神々を喜ばせるための動物供犠の古い伝統があるとはいえ,屠殺場以外での動物屠殺は認められない。」

「供犠は無実の動物に耐えがたい苦痛を与える。・・・・この社会悪は規制されるべきである。」(r)

[2]ヒマーチャル・プラデーシュ高裁判決,2014年9月26日
あらゆる寺院での動物供犠を禁止。

「憲法の掲げる価値は,宗教の掲げる価値に優位する。人間の権利と同様,動物の権利についても,それを侵害するような命令や勧告を発する権利はない。

宗教の名で動物を虐待することは許されないし,もし憲法や妥当する法律に反するような指示を信者に出すなら,それは違法な行為である。憲法設置でもない団体が,法律を無視させるような指示を出すことは許されない。」(d)

141126b ■動物園授業参加のガウリ・マウレキ:2013年9月5日(PFA-Uttarakhand HP)

(2)最高裁判決
[1]違法な動物輸送防止の仮処分命令,2014年10月14日
原 告:ガウリ・マウレキ(Gauri Maulekhi),動物の権利擁護活動家(People for Animals Uttarakhand)

「ガディマイ祭の供犠動物の70%以上は,ビハール,ウッタルプラデーシュ,西ベンガルの人々が不法に国境を越え持ち込む。このような家畜の無規制越境は,インドの輸出入規則に違反している。水牛の多くは,ビハールから祭りのため連れてこられる。・・・・

動物は,運搬中の疲労,脱水,寒さ,ストレスに苦しめられる。多数の動物が集中するので,動物伝染病の発生の危険があり,もしそうなれば,家畜や経済に甚大な影響を及ぼす。疫病の流行は,公衆衛生にとっても危険だ。儀式のための屠殺は,動物に対する残酷な残虐行為である。」

仮処分命令:裁判長J.S.Khehar
「外国貿易法1992」は,無資格者の家畜輸出を禁止している。連邦政府と関係諸州(ビハール,ウッタルプラデーシュ,ウッタラーカンド,西ベンガル)は,違法な家畜輸送を防止せよ。

ネパールのガディマイ祭での供犠動物の70%は,インドから持ち込まれる。インドの動物に,そのような「恥ずべき残虐」を加えることは,認められない。(c,s,t)

[2]違法な動物輸送の防止命令,2014年11月21日
連邦と関係諸州は,国境管理を厳格化し,ネパールへの違法な動物輸送を防止せよ。[u]

(3)インド政府の対応
連邦内務省は,9月25日付通達において,ビハール州とウッタルプラデーシュ州に対し,祭り期間中,動物をネパールへ輸送することを禁止した。

2014年の祭りでは,約9万頭の水牛のネパールへの違法輸送が予想される。これを防止する対策をとること。特に11月24~29日は,警戒を強化せよ。武装国境警備隊には,すでに出動命令が出ている。以上が,通達の要旨。

この通達や他の同様の指示に基づき,ビハール州当局は,印ネ国境付近において,違法家畜輸送容疑で47人を逮捕し,271頭を没収した。没収家畜総数は,4州で2422頭。

こうしたインド政府の規制強化に対し,ガディマイ祭実行委員会のラム・チャンドラ・シャハ委員長は,こう反論している。

「これまでのそうした通達には,たいした効果はなかった。・・・・われわれが,人々に動物を連れてこいと要求しているのではない。人々が自分自身の信仰に従い,動物を連れてきて,ガディ女神に生贄として捧げているのだ。」(c,v,x,y,z)

7.ネパール政府の対応
ネパール政府は,「動物の福祉と疫病防止のための対策」はとるが,供犠の全面禁止は考えていない。これに対し,ネパール最高裁へ二つの訴えが提出された。

原 告:[1]アルジュン・クマール・アリヤル弁護士,サロジ・クマール・ニューパネ。[2]ラム・クリシュナ・バンジャラ弁護士,ギータ・プラサド・ダハール(ネパール動物福祉調査センター事務局長)

訴えの要旨:訴えの内容はいずれもほぼ同じ。ガディマイ祭の動物供犠は,「動物の健康と家畜の取り扱いに関する法律1979」の規定に反する。また,それは環境,公衆衛生,人々の心理に対し,悪影響を及ぼす。それゆえ,政府は,動物供犠を中止させる措置を執るべきである。

仮処分命令,2014年11月24日:裁判長ゴビンダ・プラサド・ウパダヤ
動物の取り扱いに関する法令は,いくつかある。「動物の健康と家畜の取り扱いに関する法律1979」,「動物屠殺・食肉検査法」,「環境保護法」など。これらの関係法令を遵守して,ガディマイ祭は実施されるべきである。(g,w,x)

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 ■政府への反対請願:H.K.シュレスタ(Nepal Mountain News, 2014-11-17) / ガディマイ祭反対デモ:カトマンズ2014年10月11日(Animal Welfare Network Nepal FB)

[参考資料]
[c]Chahana Sigdel,”Gadaimai slaughter: Bihar, UP asked to check animal flow into Bara,” Ekantipur, Oct.13, 2014
[d]Rukmini Sekhar,”Gadhimai Festival: Harvest of Blood,” 05 October 2014. http://www.dailypioneer.com/sunday-edition/agenda/for-a-cause/gadhimai-festival-harvest-of-blood.html
[r]Poorva Joshipura,”Animal Sacrifice has No Place in Space-Age India,” 2014-10-17. http://www.ibtimes.co.uk/animal-sacrifice-has-no-place-space-age-india-1470505
[s]”Supreme Court issues notice to Centre, states on cattle export to Nepal,” 2014-10-14. http://www.dnaindia.com/india/report-supreme-court-issues-notice-to-centre-states-on-cattle-export-to-nepal-2026108
[t]”India apex court restricts export of animals,” ekantipur,2014-10-16
[u]”Cattle trafficking; SC asks Centre, states to keep up vigil on Indo-Nepal border,” 2014-11-21. http://zeenews.india.com/
[v]”Supreme Court of India Intervenes to Save Thousands of Animals from Nepal’s Brutal Gadhimai Festival Sacrifice,” Humane Society International-India,2014-10-20. http://www.hsi.org/world/india/news/releases/2014/10/india-supreme-court-gadhimai-ruling-102014.html
[w]”SC Orders Gadhimai Festival To Respect Existing Law,” Republica,2014-11-25
[x]”Gadhimai fair: 271 cattle seized,” Ekantipur,2014-11-21
[y]”India police seize animals bound for Nepal sacrifice,” AFP,2014-11-24. http://www.dailymail.co.uk/
[z]Manash Pratim Gohain,”India confiscates hundreds of animals at Nepal border ahead of Gadhimai festival,” The Times of India, 2014-11-20.

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2014/11/26 at 15:45

ガディマイ祭:動物供犠と人間の業(8)

5.ガディマイ祭批判の皮相性
ガディマイ祭は非人道的だという批判は,祭の近現代的部分,つまり興行化・商業化した部分については妥当するが,祭の本質たる伝統的宗教的供犠部分については的外れである。神々への敬虔な動物供犠は,非人道的であるどころか,むしろそれこそが信仰をもつ人々にとっては動物の生命の尊厳を真に尊重する最も誠実な生き方である。

(1)人間の「手段」としての動物
そもそも西洋では,古代ギリシャにおいてもキリスト教においても,さらには近代西洋哲学においても,人間と動物は明確に区別されていた。アリストテレスによれば,動物は,その自然において,すなわち生まれながらにして本質的に(by nature),人間とは別のものであり,理性的な人間のためにつくられた非理性的存在であるにすぎない。

キリスト教では,神が万物を創造し,「神の似姿」たる人間に,地上の他の生物すべてを支配する権限を与えた(「創世記」,トマス・アクィナスなど)。

近代になっても,動物は,デカルトにとっては「複雑な機械」にすぎなかったし,カントにとっては人間のための単なる「手段」に他ならなかった。

このように,西洋では動物は人間とは全く別のカテゴリーのものであり,魂や自意識などあるはずもなく,人間によって自由に支配され利用されてよいものであったのである。

(2)動物愛護運動の拡大
ところが,18世紀末から19世紀にかけて,欧米で快苦を動物一般に共通のものと見なし善悪の判断基準とする功利主義が勃興し,新興ブルジョア階級に支持を広め始めると,ブルジョア社会において動物愛護が唱えられるようになった。ちなみに貴族のたしなみは狩猟,労働者階級の娯楽は「クマいじめ」,「牛いじめ」など。

そして,この動物愛護に,資本主義による自然破壊が拡大するとエコロジーの観点からの動物保護の訴えも加わり,動物愛護運動はさらに勢いを強め,欧米から世界へと広がり,いまや動物保護がドイツなどで国家の憲法にまで書き込まれるようになった。この動物愛護運動の発展の概要は以下の通り。

1822(英):「家畜虐待禁止法(マーチン法)」。動物福祉のための世界初の議会制定法。違反は罰金または3か月以下の拘禁刑。
1824(英):「動物虐待防止協会(SPCA)」設立。のちにビクトリア女王援助の「王立動物虐待防止協会(RSPCA)」に発展。
1871(独):刑法で動物虐待禁止。
1911(英):「動物保護法」制定。動物に「不必要な苦痛」を与えると,罰金または6か月以下の拘禁刑。
1925(英):「動物使用規制法」制定。以後,英国で「愛玩動物法」(1951)など関係法令多数制定。
1933(独):ナチスの動物保護政策。「温血動物屠殺法」=屠殺前の麻酔の義務づけ(ユダヤ教の麻酔なしコーシャ屠殺の禁止が目的とされる)。「動物保護法」=広範かつ詳細な動物保護法で,違反は罰金または2年以下の拘禁刑。
1972(独):「改正動物保護法」(改正1972,1982,1986.1998)。以後,多数の動物保護法令制定。
1979(欧):「屠殺動物保護協定」
1979(欧):「アムステルダム協定」で動物を「意識をもつ存在(sentient beings)」と規定。これを「リスボン条約」(2009)で条文化。
2002(独):基本法(憲法)改正。「第20a条(自然的生活基盤の保護義務)国は,・・・・自然的生存基盤および動物を保護する。」
2012(EU):「動物福祉計画(Animal Welfare Strategy)2012-2015」制定。
現 在:「世界動物保護協会(WSPA)」などが,上記「動物福祉計画」のような広範な動物保護を,国連において「動物福祉宣言(Universal Declaration on Animal Welfare=UDAW)」として採択し世界に動物福祉を拡大するよう,国連や世界社会に強力に働きかけている。「宣言」の要旨は以下の通り。
 ・動物は「意識をもつ(sentient)」生物。
 ・動物の人道的(humane)取り扱い。
 ・動物への5つの自由の保障:飢餓からの自由,恐怖からの自由,不快からの自由,苦痛・疾病からの自由,自然な生存の自由。
 ・人間と動物の共生。
 ・すべての国の「宣言」遵守義務。

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 ■クマいじめ(Public Garden & Grounds)/奴隷船内(New Heaven Colony Historical Society)

(3)動物愛護運動の皮相性
西洋の動物愛護運動は,この略史を見ても分かるように,自然と人間を対置し,自然を単なる手段として利用しようとしてきた人間中心主義の皮相な裏返しにすぎない。

[1]西洋の人間中心主義
西洋の人間中心主義は,人間以外の動物を単なる手段と見るにとどまらなかった。外見は人間であっても理性なき者は動物と同等(有声の道具)とみなすという古代ギリシャ以来の人間観を根拠に,西洋は人間をすらもおおっぴらに狩り立て,貨物船に詰め込み,満足に食事すらさせず「新大陸」に運び,競売にかけ,奴隷として酷使・虐待した。黒人差別が制度的に廃止されたのは,ほんの数十年前のこと。あるいはまた,非文明的・非理性的を理由として,非西洋世界を植民地化し,「未開原住民」を酷使・虐待した。植民地がほぼ解放されたのも,つい数十年前のことにすぎない。

[2]動物愛護運動による動物虐待
このような誤った理性中心主義や自然の過度の搾取は,改められるべきだが,だからといって動物愛護運動のような動物愛護の仕方は皮相かつ行き過ぎであり,より冷酷な別の形の動物虐待を際限なく拡大する恐れがある。

ペット動物は,愛玩すればするほど動物の本性=自然を奪うことになり,語の正確な意味において,動物虐待である。

また肉食については,菜食主義者が肉食を断つのは自由だが,だからといって肉や魚を食べる人々を「非人道的」といって非難するのは,行き過ぎである。人間が動物の肉や魚を食べるのは,ごく自然なことであり,倫理的に非難されるべきことではない。

屠畜についても,苦痛なき運搬や屠殺は,現実にはもっぱら経済効率の観点から推進されているにすぎない。動物でも魚でも,健康なものを苦痛なく手早く処理しなければ,経費がかかる上に,食品としての商品価値も下がるからだ。

誤解を恐れずあえていうならば,人間は自分の食べる動物や魚が殺され苦しむ姿を出来るだけ直視すべきだ。

近代的・衛生的工場での流れ作業による効率的な苦痛なき屠殺と食肉処理――これは,動物自身ではなく,経済効率を最優先させ,死の苦痛を見たくも見せたくもないエゴイスティックな人間のための工夫だ。

動物や魚にとって,殺され苦しむ姿をブラックボックス内に隠され,美しい「パック肉」や「パック切身」となった姿だけを見られ,”おいしそう!” といって買われ食われるのは,本望ではあるまい。いやそれどころか,それは人間エゴによる最悪の動物虐待とさえいわざるをえないだろう。

[3]人間の業の直視
人間が生きる上で不可避の業については,多くの人々が語っているが,ここでは二つだけ紹介しておこう。

●血への渇望 Himal Southasian, Dec.2009
動物の権利擁護運動家が直視しようとしない問題が,一つある。ガディマイ信者は,少なくとも正直に,包み隠すことなく,自分たちの動物供犠を行ってきた。では,処理場の壁の内側で日々何百万もの動物が殺されていることは,どうなのか? 屠殺の衛生化が,世界中の非ベジタリアンたちに,人道主義者の仮面を付けさせてきたのではないか? アメリカの感謝祭で4千万羽もの七面鳥が殺されることは,どうなのか? ガディマイ信者は,その動物供犠の公開性のゆえに処罰されなければならないのか?

●大 漁 金子みすず
 朝焼小焼だ
 大漁だ
 大羽鰮[おおばいわし]の
 大漁だ。

 浜は祭りの
 ようだけれど
 海のなかでは
 何万の
 鰮のとむらい
 するだろう。

[参照資料]
 * “Animal Welfare.” http://www.politics.co.uk/reference/animal-welfare
 * Ben Isacat,”How to Do Animal Rights,”Aug.2013. http://www.animalethics.org.uk/about.html
 * 中川亜紀子「ドイツにおける動物保護の変遷と現状」四天王寺大学紀要54(2012)
 * 藤井康博「動物保護の憲法改正(基本法20a条)前後の裁判例」早稲田法学会雑誌60-1(2009)
 * 内澤旬子『世界屠畜紀行』2007
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[参照](2015-05-25追加)
ドイツ動物保護法(翻訳:浦川道太郎)
2001年4月12日の危険な犬を撲滅するための法律(連邦官報第1部530頁)第2条により変更された1998年5月25日公示の正文における(連邦官報第1部1105頁、1818頁)
第1条〔法律の目的〕
 この法律は、同じ被造物としての動物に対する人の責任に基づいて、動物の生命及び健在を保護することを目的とする。何人も、合理的な理由なしに、動物に対して痛み、苦痛又は傷害を与えてはならない。
第4a条〔温血動物の屠殺〕
 (1)温血動物は、血抜きを始める前に気絶させる場合にのみ、屠殺することができる。
 (2)前項の規定にかかわらず、次の場合には、気絶させることなく屠殺することができる。
 1 緊急屠殺する際、所与の状況下で気絶させることが不可能なとき。
 2 主務官庁が、気絶させずにおこなう屠殺(典礼に従う蓄殺[Schachten])のための例外的認可を与えるとき。この場合、この法律の施行区域内において、強制力ある教令により典令に従う蓄殺を定め、又は典礼に従って蓄殺されていない動物の肉の食用を禁止している特定の宗教団体の所属員の要求に応じる必要性があるときに限り、主務官庁は例外的認可を与えることができる。
 3 第4b条第3号に従い法規命令により例外として気絶させずにおこなう殺害が定められているとき。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2014/11/24 at 15:14

ガディマイ祭:動物供犠と人間の業(7)

(3)非人道的で原始的な迷信
ガディマイ祭の動物供犠は「残酷」で「非人道的」であり,「動物の権利」「動物の福祉」の侵害だという動物愛護主義者からの非難。欧米の動物愛護運動とヒンドゥー教の非殺生運動とが連携しており,組織的・戦略的であって声も大きく,近年,急速に力を増している。

たとえば,彼らは仏女優ブリジット・バルドーや英女優ジョアンナ・ラムリーら著名人を押し立て,インターネットもフルに利用して反対運動をグローバルに繰り広げる一方,ネパール政府や各国在ネパール大使館に,直接,中止要求書を突きつけたりもしている。彼らの主張は,以下の通り。

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 ■ブリジット・バルドー基金の反ガディマイ祭運動(同HP)

141122c ■J・ラムリーの反ガディマイ祭運動(Demotix,2014-10-11)

[1]動物は意識と感情を持つ
「動物は,単に利用・虐待されてよいものではなく,痛みや苦しみを感じることの出来る感情をもつ生き物である。」(k)
「科学的に証明されているように,人間と同様,動物もまた意識をもち,感情をもっている。したがって,動物は,これまでとは別の方法で扱われるべきだ。このことは,様々な古いヒンドゥー教典にも述べられている。・・・・無実な動物を,われわれは苦しめているのだ。」(p)
「動物はたいへん知的で意識をもつ生き物であることを忘れてはならない。」(b)

[2]残虐で非人道的
「2009年祭の目撃者によれば,動物たちには,供犠まで何日間も水もエサも与えられない。多くの若い動物たちが,ストレス,極度の疲労,脱水のため,供犠開始前にすでに死んでしまっていた。その死体は生きている動物たちの間に放置されていた。誰もが,ナイフや[ククリ]刀,あるいは他のどうのようなものを使用してでも,どの動物を殺してもよかった。屠殺は経験不足でありナイフの切れ味も鈍かったので,多くの動物が耐えられないほどの長時間の暴力的な死の苦しみを受けざるをえなかった。・・・・多くの水牛が逃げ回った。子水牛は悲しそうに鳴き,母水牛を探して血の海の中を歩き回り,そして屠殺者に切り倒された。この大殺戮を生き延びた動物は,皆無であった。」(k)
「動物は,あらかじめ失神させることなく,極度の恐怖と苦痛を与えつつ残虐に屠殺された。」(k)
「この最悪の大虐殺により付近一帯は血の泥濘となり,動物の頭がいたるところに散乱し,動物たちの苦しみのほどを思い知らせる。これで女神が願いを叶えてくれるというのだ。」(i)
「血に飢えたガディマイ女神・・・・。この動物屠殺は動物の基本的福祉に反する。」(d)
「血と悲鳴と無情の狂乱」(b)
「動物の基本的福祉が損なわれている。」(c)
「これまでは僧と商売人が,もっと動物を連れてきて,もっと殺せ,と言っていた。いまこそ関心をもつすべての市民が声をあげ,宗教の名による非人道的な殺戮をやめさせるべきだ。」(h)
「動物権利擁護運動は道徳十字軍にしてかつ社会運動でなければならない。」(d)

[3]原始的な迷信
「本質的に迷信であり,時代遅れの考え方」(q)
「この原始的な伝統を全廃せよ。」(d)
「[動物供犠により]力(शक्ति)が得られるという伝統的な考え方」(p)

以上のような動物愛護の観点からのガディマイ祭非難は,動物愛護どころか,実際にはむしろ,生命の尊厳を無視して際限もなく動物を利用し尽くす傲慢な人間中心主義を助長することになりかねないであろう。

[参照資料]
 [b]Shristi Srestha,”Buddha and Bloodbath.” http://www.myrepublica.com/portal/index.php?action=news_details&news_id=83135
 [c]Chahana Sigdel,”Gadaimai slaughter: Bihar, UP asked to check animal flow into Bara,” Ekantipur, Oct.13, 2014
[d]Rukmini Sekhar,”Gadhimai Festival: Harvest of Blood,” 05 October 2014. http://www.dailypioneer.com/sunday-edition/agenda/for-a-cause/gadhimai-festival-harvest-of-blood.html
 [h]“Gadhimai Festival(Animal Sacrifice) In Nepal.” http://omoewi.blogspot.jp/2013/02/gadhimai-festival-animal-sacrifice-in.html
 [k]”Mass animal sacrifice at Nepal’s Gadhimai FestivalTue,” Sep 23, 2014. http://asiaforanimals.com/coalition-voice/latest-news/item/100-mass-animal-sacrifice-at-nepal-s-gadhimai-festival
 [p]”Rivers of blood,” http://www.ekantipur.com/the-kathmandu-post/2014/10/15/oped/rivers-of-blood/268565.html
 [q]”Gadhimai (The Temple of Sacrifice),” Sep.18, 2009, http://xplornepal.blogspot.jp/2009/09/gadhimai-temple-of-sacrifice.html

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2014/11/22 at 12:04