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マオイストの憲法案(33)
第7編 立法
第112条 立法部の構成
(1)連邦人民代表議会を設置する。一院制立法機関であり,連邦人民共和国の最高機関。
(2)人民代表議会は3階層。連邦人民代表議会(中央)-州人民代表議会(州)-市・村人民評議会(地域)。
第113条 連邦人民代表議会
(1)人民の主権は,人民自身により,または選出された代表を通して行使。
(2)連邦人民代表議会は,国家の最高立法機関。
(3)連邦人民代表議会は,自ら,または議会設置の機関を通して,国家のすべての機関を設置し,指揮監督する。
(4)連邦人民代表議会は,直接選挙により構成される。選挙は,大選挙区の全包摂的完全比例代表制。選挙区と代表に関する手続きは法律で定める。
(5)散在するが人口の多い貧困農民,ダリット,ムスリム等の被抑圧者社会諸集団は,連邦人民代表議会において適正に代表されなければならない。
(6)連邦人民代表議会の代表枠に必要な最低限度の人口以下のカースト/民族および社会集団の場合,あるいは特殊技能者集団および専門職集団の場合は,補則により議員数を定め指名する。
(7)連邦人民代表議会の議員定数は,245人。
(8)連邦人民代表議会は,年2回開会。大統領が招集。新会計年度開始時の議会を予算議会,その後の議会を立法議会と呼ぶ。会期の間隔は,6ヶ月未満。
(9)4分の1以上の議員の要求により,10日以内に特別議会が招集される。
(10)議会の招集と閉会は,国家元首が行う。通知は連邦人民代表議会の議長。
(12)議会運営手続き(略)
(13)閉会中の立法関連業務は,常任委員会が担当。常任委員会は,各州1人以上の比例代表により選出される15人以内の委員をもって構成。委員長と副委員長は職権上の職。
(14)常任委員会に関することは,人民代表議会が決定。
(15)人民代表議会議員の被選挙権は25歳以上。
(16)人民代表議会の任期は5年。
(17)連邦人民代表議会は,国家の最高機関。重要な権限は,国家の法律制定,大臣会議(内閣)の組織,憲法設置諸機関の長と委員の指名,弾劾動議および不信任動議の可決,国家諸機関の統制・監視・指揮,税・債務・保証の承認,条約および協定の批准など。
(18)連邦助言者評議会の設置。大統領を議長とし,各州知事をもって構成。連邦と州の間,および州間の調整を行い,必要な助言をする。
(19)連邦立法部に必要な専門委員会を設置。
第114条 州人民代表議会
(1)州人民代表議会の設置。議員定数は15~45人。カースト,言語,自然資源,地理および人口密度を考慮し,構成。
(2)州人民代表議会の構成は,完全比例制の大選挙区制による。
(3)労働者,貧困農民,ダリットは,州人民代表議会において代表されなければならない。
(4)州人民代表議会議員の被選挙権は23歳。任期は4年。
(5)州人民代表議会は,憲法と法律に則り,外交などの連邦管轄事項以外のことについて,自治権を有する。法制定,政策決定,規制など。
(6)大統領は,連邦人民代表議会の適正な助言に基づき,州人民代表議会を解散する。
(7)州人民代表議会は,議員の中から首相を選出し,州政府元首とする。被抑圧民族を基礎として画定される各州の首相は,先住民族の多数を基礎として選出され,任期は連続2期まで。首相は,州人民代表議会と連邦政府に対し責任を持つ。
(8)州議会は,議員の中から議長と副議長を選出。
(9)連邦政府は,州政府と連邦政府の間の調整をするため,州代表を指名する。その指名は州政府の同意に基づく。
第115条 市と村の人民代表評議会
(1)地域自治体として,市人民代表評議会と村人民代表評議会を設置。
(2)地域人民代表評議会議員は,比例大選挙区制の直接選挙により選出される。
(3)議員の10%以内は,周縁的な階級・集団・特殊技能者からの指名とする。
(4)地域人民代表評議会の任期は4年。
第116条 認証と政令
(1)大統領は,連邦人民代表議会の可決した法案を認証する。州知事は,州人民代表議会が可決した法案を認証する。
(2)連邦人民代表議会開会中を除き,政府はいつでも,法律の規定外の事項に関する政令を制定施行できる。政令は,議会制定法と同等の効力を持つ。
(3)政令は,開発・建設,特権,安全保障および社会集団間の調和のため以外には制定されない。
(4)政令は,連邦人民代表議会の常任委員会に提出される。政令は,常任委員会による期間を定めた施行承認によって有効となる。
(5)政令は,開会後,議会が可決しない場合,失効する。
第118条 特権
(1)人民代表議会議員は,議会内での発言や投票について,いかなる法的責任も問われない。
(2)議会議員は,刑法犯罪を除き,会期中は逮捕されない。
第119条 リコール
(1)人民代表議員が職責を果たさず,あるいは明白な憲法違反を行い,有権者の多数が当該議員のリコールを申し立てる場合,リコール提案を選挙管理委員会に提出できる。
(2)選挙管理委員会は,2ヶ月以内に調査し,リコールが妥当と判断するなら,7日以内に決定を宣言し,必要な場合は,再選挙日を定める。
■コメント
立法部は,一院制で,中央-州-市村の三層構造。
最大の特徴は,何といっても,代表(議員)選出方法。比例包摂参加原理を徹底し,ありとあらゆる社会集団ごとの比例参加を最大限制度化している。
繰り返しになるが,この包摂参加はあまりにも複雑で,およそ実行可能とは思われない。もしこれを強行すれば,いたるところで複雑な交渉が必要となり,コネ・エゴ・脅しが今以上に蔓延し,ネパール政治は最低限のアカウンタビリティさえもうしない,制御不能の伏魔殿となってしまうであろう。
伝統的な多文化・多民族に加え,新しい生活様式や職業の多様化,階級格差の拡大も進行しており,インド同様,社会諸集団の包摂参加は不可欠とはいえ,支持を得るため諸政党が競ってそうした社会諸集団のアイデンティティに訴えかけることは,あまりにも近視眼的,安易であり,国家統治にとっては,きわめて危険だといわざるをえない。
谷川昌幸(C)
防衛大臣のタライ分離発言,総攻撃炎上
1.防衛大臣のタライ分離発言
SS.バンダリ防衛大臣(MJF-L)が9月26日,タライ22郡はネパール離脱もあり得ると発言し,大問題になっている。
バンダリ防衛大臣は,マオイスト=マデシ民主戦線4項目合意に基づき,マデシの国家諸機関,特に国軍への採用を要求,もしこの要求が無視され続けるなら,タライ22郡の分離もあり得ると語ったのだ。
2.バンダリ発言の論理性
このバンダリ発言は,ネパール連邦民主国の国是たる包摂参加民主主義に反しないというよりは,むしろその当然の帰結といってよいものだ。包摂参加原理をとる連邦国家で,包摂参加が認められなければ,連邦離脱は当然の権利だ。
3.天にツバするマオイスト国粋主義
ところが,マオイスト,特にバイダ副議長,バダル書記長らの左派は,バンダリ発言は国家反逆罪だとして大臣罷免を要求している。そして,政府は連邦制,自治権,自決権を堅持せよと主張し,抗議松明行進を敢行した。
また,UMLやコングレスも,バンダリ発言はネパールのシッキム化だとか,ナショナリズムに反するとかいって,彼を激しく攻撃している。
王党派のRPPがバンダリ発言を非難するのなら、筋が通っている。一元国家論を採っているからだ。しかし,包摂参加民主主義万歳!の日和見連邦主義諸政党には,バンダリ発言を非難する権利はない。
特にマオイスト左派はメチャクチャだ。あれだけ強硬に民族や地域の自治,自決を要求し,連邦離脱権さえ主張してきたではないか。それなのに,マデシが国軍や政府諸機関への比例参加が実現しないなら連邦離脱もあり得るといったとたん,それは国家統一に反するだの,国家反逆罪だのといって,大騒ぎする。支離滅裂の左翼国粋主義。そんな非難をするなら,包摂参加民主主義,連邦制,民族自治を取り下げてからにせよ。
マオイスト連邦制案
4.右派ナショナリズムの一貫性
その点,王党派「人民評論(People’s Review, Sep.29)」の論旨は明快,すかっとする。
記事によると,マオイスト=マデシ連立政権を成立させ,防衛大臣など主要大臣を親インド派に占めさせたのは,インドの策略である。また「一つのマデシ,一つの州」は、元駐ネ印大使S.サランの策略である。
インドは,タライの地域社会を中心に援助してきた。そして,革命諸政党も,民主化運動Ⅱ成功後,420万のインド人にネパール国籍を与えた。タライはより親インドとなり,力をつけてきた。「人民評論」記事の著者Prajwal Shresthaはこう結論づけているが,この観測はおそらく間違いないであろう――
「もしいま選挙となれば,多数派のマデシが議会を牛耳り,われらネパール人は自国内の少数派に転落するだろう。」
* People’s Review, Sep.29; ekantipur, Sep.29; Rising Nepal, Sep.28.
谷川昌幸(C)
イスラム協会書記長,暗殺される
26日午後1時半頃,加徳満都で「ネパール・イスラム協会」書記長のファイザル・アフマド氏(35歳,あるいは40ないし41歳)が,バイク2人組に銃殺された。頭,首,胸など全身に十数発の銃弾を受けたとされるから,確実な殺害を意図した白昼の暗殺である。
暗殺現場は,加徳満都のど真ん中,トリチャンドラ校前,ラニポカリ警察署横で,いつも多数の人通りがある。アフマド書記長は,トリチャンドラ校・ラニポカリ署向かいのジャメ・マスジット(イスラム教モスク)での礼拝後,近くの事務所に戻る途中であった。
アフマド書記長は,国際イスラム大学(パキスタン)で経済学,アリガ・イスラム大学(インド)でイスラム学を学び帰国,ネパール・ムスリムの青年リーダーとして頭角を現し,「ネパール・イスラム協会」書記長となり,協会8委員会の一つAl-Hera Associationを担当,イスラム教育に尽力していた。
そのアフマド書記長が,礼拝後,殺害された。これは,常識的に見て,白昼の暗殺であり,「脅し」「見せしめ」と考えざるを得ない。
ジャメ・マスジット。左下が警察署,左上方がトリチャンドラ校(2007.3.26)。
実は,これと瓜二つの事件が,2010年2月7日にもあった。Jamim Shah殺害事件である。ジャミム・シャハ氏は,メディア起業に成功し,スペースタイム・ネットワーク会長,チャンネル・ネパール会長となっていた。そのシャハ氏が2月7日昼過ぎ,車で帰宅途中,ラジンパットの仏大使館近くで,バイク2人組に銃で至近距離から頭や胸を撃たれ,死亡した。確実な殺害を狙った白昼の暗殺といわざるをえない。
ジャミム・シャハ氏は,インド筋から,ISI(パキスタン情報局)の手先と非難されていた。そのため,シャハ氏暗殺にはインドが絡んでいると噂され,事件解明が繰り返し叫ばれてきたが,今のところめどが立っていない。おそらく迷宮入りであろう。
今回のアフマド氏殺害と昨年のシャハ氏殺害は,構図が同じである。加徳満都の人通りの多い表通りで,白昼堂々と,2人組が至近距離から銃を頭や胸に向け発射する。人前で確実に射殺することを意図した政治的・宗教的暗殺であることは明白である。
しかし,ネパールでは,これを明言・公言することはタブーである。誰にも分かっている。しかし,それを明言すれば,大変なことになる。言えないこと,言ってはいけないことなのである。
ここで危惧されるのは,民主化・自由化の別の側面である。以前であれば,タブーへの暗黙の社会的了解があった。むろん非民主的なものだ。ところが,革命成功のおかげで,そうしたタブーが次々と解除され,見聞きしたこと,思ったことをそのまま語ってもよいことになってきた。キリスト教墓地問題もその一つ。革命スローガンの包摂民主主義は,アイデンティティ政治であり,それによれば誰でも自分のアイデンティティを主張してよいし,主張すべきである。もはや暗黙のタブーを恐れ,自分のアイデンティティを曖昧なままにしておく必要はなくなった。
こうした状況の下で,もし力をつけつつあるイスラム社会が,ジャミン・シャハ事件やアフマド事件を政治的・宗教的暗殺と明言し,抗議行動を始めたらどうなるか? 悲惨,凄惨なコミュナル紛争の泥沼にはまりこむことは避けられないだろう。世俗的人民戦争の比ではない。難しい事態だ。
暗殺は昔からあったし,今もある。加徳満都は,各国秘密機関が暗躍する,現代の日本では想像も出来ないほど緊張に満ちた,危険と背中合わせの政治都市なのである。
* Nepalnews.com, Sep.26; eKantipur,Sep.26; Himalayan, Sep.26; republica, Sep.26.
谷川昌幸(C)
マオイストの憲法案(32)
第6編 行政(3)
州行政
第91条 州行政権の行使
(1)州行政権は,州大臣評議会(内閣)にある,ただし,非常事態,中央統治の適用および州行政府不在の場合は,州知事が州行政権を行使。
(2)略
(3)州行政権執行は州政府名による。
(4)州行政権の管轄は,州リストによる。
(5)州政府命令等の認証。
第92条 州知事
(1)州知事は中央政府の代表。
(2)大統領は,当該州の首相の同意に基づき,州知事を指名する。
(3)州知事任期は5年。ただし,大統領は、必要な場合,任期満了以前に州知事を解任できる。
(4)州知事任期は,連続2期以内。
第93条 州知事の資格
(1)35歳以上。
(2)連邦議会議員となる資格を有すること。
第94条 州知事の解任
(1)次の場合,州知事は解任。
(a)死去。
(b)辞職願を大統領が受理。
(c)大統領が解任。
(2)州知事が空席となった場合,大統領は,次期知事指名まで,他の州知事を当該州知事に指名する。
第95条 州知事の職能と義務
(1)州知事の職能と義務
(a)州議会の招集と閉会。
(b)州議会可決法案の承認。
(c)州職員の任命。
(d)州栄誉の授与。
(e)州裁判所等で州法により科せられた刑の特赦等。
(2)州知事は,原則として,州大臣評議会の助言と承認に基づき,権限を行使。
(3)他の機関の助言による権限行使の場合,州知事は,州大臣評議会の助言と承認を必要とはしない。
第96条 州知事の就任宣誓
略
第97条 州大臣評議会の構成
(1)憲法第104条により首相を任命し,首相を議長とする州大臣評議会(内閣)を組織する。
(2)副首相,大臣,副大臣を必要に応じておく。
(3)大臣数は,州議会全議員数の20%未満。
(4)大臣は,比例包摂参加原則に基づき,州議会議員の中から選任。
(5)首相と大臣は,全体として州議会に責任を負い,各大臣は首相と州議会に責任を負う。
(6)首相の解任
(a)死去。
(b)辞職届を知事に提出したとき。
(c)州議会議員でなくなったとき。
(d)州議会全議員の1/4が提出した不信任決議案が,全議員の多数により可決されたとき。
(7)大臣,副大臣および準大臣の解任
(a)辞職届を首相に提出したとき。
(b)首相解任のとき。
(c)首相の任期満了のとき。
(d)首相が解任したとき。
(8)略[暫定内閣,暫定首相等の規定]
第98条 首相の任命
(1)州知事は,州議会により次の方法で選出された者を首相に任命する。
(a)州議会に議席をもつ諸政党により全会一致で提案された議員。
(b)全会一致がない場合は,州議会で2/3の議席をもつ党の代表。
(2)州議会が首相を選出しない場合,州知事が州議会最大政党代表を州首相に任命する。ただし,30日以内に州議会投票により信任されなければならない。
第99条 副大臣と準大臣
各党の推薦に基づき,州議会議員の中から必要な副大臣と準大臣を首相が任命する。
第100条 報酬等
略
第101条 就任宣誓
略
第102条 州政府の業務
(1)-(2)略
第103条 特別自治区の行政
(1)特別自治区の行政は,州行政に準じて執行。
地区の行政
第104条 地区行政権の行使
(1)地区政府の行政権は,地区政府行政部にある。
(2)-(5)略
第105条 地区政府の行政長官と副行政長官
(1)地区政府の議長が行政長官となる。
(2)副議長をおく。
(3)議長と副議長の任期は5年。
(4)議長の任期は連続2期まで。
第106条 議長および副議長の選挙
(1)議長と副議長は,多数票制成人普通選挙により選出。
(2)議長と副議長の候補者を出す政党は,別の性,カーストおよび地域から候補者を出さなければならない。
第107条 議長および副議長の解任
(1)議長および副議長の解任
(a)-(c)略
(d)地区議会議員の1/3による弾劾動議が2/3の多数により可決されたとき。ただし,任期初年もしくは最終年,または弾劾動議否決の1年以内においては,弾劾動議は提出できない。
(2)-(3)略
第108条 地区政府の行政部の構成
(1)構成員は,議長および副議長を含め,首都で5-11人,副首都および市で5-9人,村で5-7人。
(2)議長は,比例包摂参加原則に則り,地区議会に議席をもつ政党から当該政党の推薦に基づき行政部構成員を指名する。
(3)議長は,政党の同意に基づき,行政部の構成員を変更することが出来る。
第109条 地区政府の業務執行
略
第110条 地区政府行政部に関する他の規則
略
各階層政府の相互関係
第111条 連邦政府と州政府の間の紛争解決方法
(1)紛争解決委員会の設置。
(a)大統領もしくは副大統領,または大統領指名の大臣会議構成員(議長)
(b)大統領が指名する連邦大臣会議構成員,2名(委員)
(c)紛争関係州の首相(委員)
(d)紛争関係特別自治区の首相 / 紛争関係州の議長(委員)
(f)法務長官(委員)
(2)-(4)略
第111条2 連邦,州および地区政府の間の紛争解決手続き
(1)紛争解決委員会の設置
(a)-(e)略[第111条に準ずる。]
■コメント
州の知事と首相 州知事は,連邦政府の代表。州内閣の同意に基づき,大統領が任命する。州は,知事が内閣を通して統治する。つまり,州においては,議院内閣制が採られ,首相も明文規定されている。
包摂参加 包摂参加の原則は,州や地区政府にも貫徹される。州大臣や地区政府要職は,各党に比例配分され,地区政府の議長と副議長も別の社会属性をもつものでなければならない。
少数派拒否権 州や他の自治体でも,全党参加が理想とされ,それが無理な場合は2/3多数決が多用される。逆に言えば,少数派の拒否権である。
多党競争制民主主義を唱えながら,全党参加を求めるのは,矛盾である。多党競争の大前提である野党の固有の存在意義が無視されている。政党は,政権に入るか,それがいやなら少数派拒否権を武器にしてごねる。
これは健全な政党政治でも議会制民主主義でもない。いわゆる「人民民主主義」の一種である。
谷川昌幸(C)
マオイストの憲法案(32)
第6編 行政(2)
第80条 就任宣誓
(1)(2)(3) 略
第81条 報酬等
略
第82条 大臣会議の構成
(1)大統領は,自らを議長とする大臣会議(内閣)を組織する。大統領は,比例包摂参加原則に基づき,政党議席占有率に応じた数の大臣を各党の議会議員から選任する。ただし,連邦議会議席占有率5%未満の政党から選任する必要はない。
(2)大統領は,(1)による大臣選任に当たっては,当該政党議会指導者に諮問し推薦を得る。
第83条 大臣会議の構成員数
議会の全議員数の10%以内。
第84条 大臣の解任
(1)以下の場合,大臣は解任
(a)死去。
(b)辞職願を大統領に提出。
(c)連邦議会議員でなくなったとき。
(d)推薦政党がリコールしたとき。
(e)大統領による解任動議を議会が多数により可決したとき。
(f)議会全議員の1/4による不信任動議が議会全議員の2/3の多数により可決されたとき。
(g)推薦政党の同意を得て大統領が解任したとき。
説明:本条の「大臣」には,副大臣と準大臣も含まれる。
第85条 大臣会議の議決手続き
合意による。ただし,合意が得られないときは,多数決による。
第86条 大臣の責任
大臣は個別に大統領に対して責任を負い,全体として大統領および議会に対して責任を負う。
第87条 副大臣と準大臣
大統領は,第83条に定める人数制限内で,副大臣(state minister)と準大臣(assistant minister)を指名する。
第88条 報酬等
略
第89条 就任宣誓
略
第90条 ネパール政府の業務遂行
(1)(2) 略
■コメント
大統領補佐内閣 マオイスト案で興味深いのは,首相を明文規定しないこと。大統領が直接各大臣を選任し,自らが大臣会議(内閣)議長となる。当然,各大臣は大統領に対し責任を負い,大統領により解任される。
首相は,憲法に規定がなくても,慣行により主席大臣,筆頭大臣を置き,首相として扱うことは可能であろうが,それでも成文憲法に首相規定がある場合に比べ,首相権限が不明確,不安定になることは間違いない。
インド憲法では,「大統領を補佐する大臣会議」と,その長としての首相が規定されている。形式的には大統領制であるが,大統領の実権は弱く,実際にはインドは首相が行政権を行使する議院内閣制である。
一方,アメリカの大統領顧問団(内閣)の閣僚(長官)は,大統領の指名と上院の承認によって選任され,大統領に対して責任を負う。閣僚は,議会議員を兼務できない。
マオイスト憲法案の大統領制は,米印いずれの大統領制でもない。
政党代理大臣 また,マオイスト憲法案の大原則,比例包摂参加原則は,大臣選任に当たっても貫徹される。大臣は,各政党の議席占有率に比例して各党に配分され,政党の同意を得て任免される。
こうしたことは,政党政治においては,実際には政治判断として行われることも少なくないが,だからといってそれを憲法に明文規定してしまうと,個々の大臣の自由がなくなり,各政党の単なる代理人となってしまう。しかも,各党比例配分だから,内閣の裁量の余地が少なくなり,内閣として何も決められず,適切な行政権の行使が出来なくなる。また,たとえば小政党でも大臣リコールでいつでも抵抗でき,政権の安定はきわめて困難となってしまう。
マオイスト案は,大統領制と議院内閣制の悪いところを,包摂参加民主主義を媒介として合成したような規定となっている。
谷川昌幸(C)
カナル首相辞任,暫定首相へ
カナル首相が14日夜,ヤダブ大統領に辞表を提出した。首相は,13日までに挙国政府合意が出来なければ辞任すると明言していた。結局,挙国政府合意は出来ず,期限の1日後,辞任することになった。制憲議会での辞任表明は15日の予定。
1.マオイスト票で首相当選
カナル首相は,統一共産党(UML)議長だが,首相選出は,マオイストの支持による。
2月4日の首相選の得票は,カナル365,ポウデル(NC)122,ガチャダル(MJF)67で,カナルの圧勝。しかし,その365票の内訳は,マオイスト237,UML106,他25であり,マオイスト票で首相に当選したことは明白。困難は当初から予想されていたことであり,その割には,よく頑張ったと言ってよい。
2.次期首相とマオイスト
次の首相は,誰か? これは極言すれば,マオイストが誰を次の首相として認めるか,ということである。制憲議会議席の40%弱を握っているのだから,当然だ。
プラチャンダ議長 議会制民主主義の常識から言えば,マオイスト党首が首相となるべきである。しかし,プラチャンダ議長の場合,すでに一度首相(2008.8-2009.5)となっており,しかも宿敵の国軍=インドの強力な介入で挫折し,2009年5月政権を放り投げた前歴がある。
プラチャンダ議長は,抜群のカリスマ性があり,NC,UML,軍,そしてインドも警戒している。したがって,いまはプラチャンダ議長の首相選出は難しいであろう。
バタライ副議長 マオイスト内の最有力首相候補は,バブラム・バタライ副議長である。マオイスト内穏健派であり,反マオイスト派にも受けはよい。
しかし,その反面,マオイスト急進派からは,親インドとか,ブルジョア的とか,批判されている。マオイストの実力部隊は急進派が握っており,急進派を無視してバタライ副議長を首相とすることも難しい。
マオイスト中間派・NC・UML とすると,マオイストは,プラチャンダ議長やバタライ副議長のような大物ではなく,もう少し抵抗のない穏健中間派を首相とするか,さもなければNCかUMLの誰かを首相とすることになる。
マオイストと既得権益 いずれにせよ,制憲議会の4割弱を握るマオイストにとって,焦る必要はない。何もせず,じっとしていても,権益はマオイストに流れ込む。
ただし,あまり露骨にやると,駐屯地(cantonment)で不自由な生活を強いられている人民解放軍や,米帝ネオ・リベによる生活苦にあえぐ農民・労働者の反発を招く。彼らこそが,マオイストの実力部隊であり,急進派の支持基盤だ。したがって,既得権益維持路線も,いつまでも維持しきれない。やはり,首相選出への努力姿勢を見せ,いつかは首相を選ばなければならない。
3.押しつけ暫定憲法
首相選出難航は,現行暫定憲法の欠陥によるところも大きい。現在の2007年暫定憲法体制は,包摂参加民主主義を原則としている。西洋先進諸国の観念理論家たちが,自国でも実現不可能なようなピカピカの最新憲法理論や民主主義理論をネパールに押しつけ,2007年暫定憲法をつくらせた。押しつけ憲法だ。
西洋諸国の観念理論家たちは,国連諸機関とグルになり,ネパールを新理論の実験台として利用している。面白いであろう。しかし,何も決められない観念的包摂参加民主主義を押しつけられた後発開発途上国ネパールは,たまったものではない。
悪いのは,ネパール人民でも政治家でも政党でもない。偉そうにお節介介入し,ネパール国家を生体実験している西洋先進国である。
4.暫定首相
とにかく,現行2007年暫定憲法では,重要なことは超民主主義的な方法で決めることになっており,つまり何も決められない。次期首相も,前回以上にいつまでたっても決められない恐れがある。
前首相のMK・ネパール氏は,2010年6月辞任から2011年2月まで,暫定首相を務めた。その間,新首相選出選挙を17回(世界新記録)もやり,ようやくカナル氏を選出し,暫定首相を辞任したのだ。
同じことが,カナル首相にも起こるかもしれない。最大政党マオイストは,べつに急いで新首相を選出しなくてもかまわないのだから。
谷川昌幸(C)
マオイストの憲法案(29)
第5編 国家の階層構造と国家権力の配分(2)
第62条 州の設立
(1)カースト,言語および地域を基準として,12の自治州を設立。
(2)州の名称と区画は付則(1)による。
(3)州名称の変更は,州議会が2/3の多数をもって決定し,これを連邦議会が2/3の多数をもって承認する。
(4)もし州名称変更が連邦議会で否決された場合は,当該州で住民投票を実施。
(5)州の合併や州境変更は当該州議会が2/3の多数をもって決定し,これを連邦議会が2/3の多数をもって承認する。
(6)(5)について,連邦議会の承認が得られないときは,当該州で住民投票を実施。
(7)(5)および(6)について住民投票が実施された場合,連邦議会は必要な憲法改正を実施。
(8)(3)(4)(5)および(6)に関する規定は,連邦議会で制定。
(9)州都は付則(1)による。州都変更は当該州の議会が決定。
第63条 連邦の首都
(1)連邦の首都は連邦政府が決定。
(2)首都は連邦議会の2/3の多数をもって変更できる。
第64条 地域自治体および地区の設立
(1)地域レベルの政府は,村評議会(ガウンパリカ)と市。
(2)州内の自治体の数と区画の基準は,連邦政府が決定。住民の均質性,地理的・行政的利便性,人口密度,交通,自然資源,文化および共同体を考慮する。
(3)州内自治体の名称,数,区画は州議会が2/3の多数をもって決定。
(4)州政府設立後,1年以内に州内自治体を設立。
(5)(1)の自治体設立までは,現行自治体が存続。
(6)その他,必要な規則は州法により制定。
第65条 特別機構に関する規定
(1)州内のアディバシもしくは言語集団の集住地区または人口密集地は,自治区とする。
(2)極小集団,文化地区,周縁化されつつある民族集団については,民族性/共同体を保護育成するため,その地域を保護区とする。州内の地区についても同様とする。
(3)その他,(1)(2)に含まれない社会的・経済的低開発地区は,特別区とする。
(4)自治区委員会の設置。
(5)自治区の名称と数の変更は,州議会が2/3の多数をもって決定し,連邦議会が2/3の多数をもって承認する。
(6)州議会は,2/3の多数をもって,(2)(3)に定める保護区および特別区を設立できる。
(7)自治区,特別区および保護区に関する他の規定は,州法により定める。
第66条 連邦,地域自治体および特別機構の間の権限配分
(1)連邦=付則(5)に掲げる権限。および,それらにかかる連邦法。
(2)州=付則(6)に掲げる権限。および,それらにかかる州法。
(3)付則(7)の共通リストについては,連邦議会制定の基準に基づき,州議会が必要な州法を制定。
(4)連邦と州は,(1)または(2)の立法権の他に,憲法の定めるところの行政権と司法権を有する。
(5)地域レベル自治体の権限は,付則(8)による。地域法は州法の範囲内。
(6)地域の選挙制評議会は,立法権の他に行政権と司法権を有する。
(7)特別機構としての自治区の権限は,付則(9)による。自治区法は,州法の範囲内。
(8)自治区は,立法権の他に行政権と司法権を有する。
(9)自治区またはアディバシは,連邦および州の政策決定・施行の場への強制的代表の権利を有する。
(10)特別区および保護区の権限は,州法による。
(11)州政府は,(5)(7)に加え,他の権限をも地区レベルおよび特別機構の自治体に付与することが出来る。
(12)連邦議会は,ここに規定するもの以外にも,他の必要な法律を制定することが出来る。
■コメント
マオイスト憲法案第62~66条は,「連邦―州―市・村/自治区・保護区・特別区」の区画方法と権限配分を規定している。
しかし,あまりにも複雑なため文章化はあきらめ,付則に一覧表記されている。付則(5)連邦,付則(6)州,付則(8)市,村,付則(9)自治区。
たしかに,マオイストの意気込みはよく理解できる。全包摂・権力分有民主主義の理念に従い,民族や共同体ごとに地域割りをし,それぞれに最大限の自治権を与える。多元的・多層的権力分割・分有だ。
しかし,こんな複雑な統治システムが本当に機能するか? たとえば,もっとも基本的な州の区画ですら,利害対立で議論が紛糾,合意はほぼ絶望的である。連邦制については,次の拙稿参照:
谷川昌幸(C)
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