ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

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憲法改正案,審議開始

ネパール議会は2月23日,マデシ諸党を中心とする諸要求に応えるための憲法改正案の審議に入った。
 ▼内閣提出改憲案の要旨⇒⇒憲法改正案,審議入りか

この改憲案は,すでに2016年11月29日に議会に提出されていたが,マデシ諸党は要求が反映されていないとして,また最大野党UMLは反立憲的で国益に反するとして,議会審議に反対してきた。しかし,プラチャンダ内閣が地方選を5月14日投票と決め発表したため,議会としても,その大前提としての憲法改正に着手せざるを得なくなったのである。

こうして憲法改正案の議会審議が強引に開始されたので,それに不満の諸党派が15の修正案を議会に提出した。主なものは,第2州を中心とする諸州の区画変更,上院議員の比例制選出,母語の憲法明文規定など。

これらは,民族,カースト,ジェンダー,地域など様々な利害が複雑に絡む問題であり,しかも憲法が包摂原理を採用しているため,現行憲法でもすでに十二分に複雑で長大な規定になっている。そのため,この問題に関する議論の理解は容易ではない。また,憲法改正には議会での三分の二の賛成が必要であり,改正案が通るかどうかも定かではない。

そこで,ここでは改正問題の詳細に立ち入ることは控え,議会審議の行方を見守ることにしたい。

 170301■ネパール政府HPより

*1 “Constitution Amendment Bill gets 15 amendment proposals,” Himalayan Times, February 26, 2017

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2017/03/01 at 11:58

カテゴリー: 選挙, 議会, 憲法, 民族

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包摂民主主義の訴え,米大使(3)

テプリッツ駐ネ米大使が,こうした観点から,国交70周年メッセージにおいて厳しく批判しているのが,起草中の新しい「社会福祉開発法」。それは,民主主義に不可欠の市民社会諸組織(CSOs: Civil Society Organizations)の活動を不当に拘束するものであり,ネパール憲法にも国際法(結社の自由を保障する国際人権規約)にも違反するというのである。

テプリッツ大使は,国際法については違反するとだけしか述べていないが,憲法との関係についてはかなり詳しく説明し批判している。すなわち,ネパール憲法51(j)条は,社会的公正と包摂のための政策を政府に義務づけたうえで,それに不可欠のCSOsの透明で効率的な運営のための「単一窓口制(single door system)」の採用を規定している。ところが,起草中の新しい「社会福祉開発法」には,この「単一窓口制」に反する規定がある。もしこのまま制定されれば,CSOsは,設立・運営のため様々な役所の認可を得なければならないし,また外国援助事業には社会福祉委員会のややこしい認可が必要になる。

「単一窓口制は,適切に運用されるなら,CSO関係政府諸機関の間の軋轢や混乱を防止し,CSOsをしてその本来の役割を果たさせ,そして市民社会と国家の間の健全な関係を促進することになるだろう。ところが,起草中の新しい社会福祉開発法は,CSOsの活動に対し様々な機関から様々な認可を取得することを義務づけるものであり,これは憲法の定める『単一窓口制』に反する規定である。」

たしかに,ネパールの行政手続きは,「単一窓口制」が不可欠と思わせるに十分なほど不効率で,汚職腐敗も少なくないが,他方,ネパールにおけるCSOsの乱立,不正も目に余る。ネパール政府がCSOs,とりわけ外国支援CSOsの活動を把握し規制したいと考えるのは,独立国家の政府としては,当然のことだともいえる。圧倒的な超大国アメリカの駐ネ大使,テプリッツ氏のメッセージからは,独立国ネパールへのそのような配慮は全く感じ取れない。

テプリッツ大使は,国交70年メッセージをこう結んでいるが,この趣旨のことは,ネパール政府というよりはむしろ,本国アメリカのトランプ大統領にこそ向けて,まずは訴えられるべきではあるまいか。

「合衆国は,ネパールが人民の,人民による,人民のための民主国家として進歩することを支援するため,ネパールに関与し続ける。われわれは,すべてのネパール人が性,民族,宗教,カースト,居住地,そして経歴にかかわりなく,学習や健康や繁栄への平等な機会を共有するという国家理念を共有しているが,これは,米国のネパール支援継続により,単なる願望や夢ではなく,すべての人のために実現されるべき約束となるであろう。」

170224■在ネ米国大使館HPより

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2017/02/24 at 21:45

包摂民主主義の訴え,米大使(2)

テプリッツ米国大使は,国交70周年メッセージにおいて,「市民社会(civil society)」につき,こう述べている。

市民社会で重要な役割を担うのは,NGO(非政府組織),専門職団体,地域社会組織,シンクタンク,労働者組織,学術団体,メディアなどである。それらは,包摂参加を促進し,また統治を公的に監視する。市民社会は,人民の,人民による,人民のための政府の理念の実現に不可欠である。

「市民社会は,メディアも含め,ときとして政府にとって都合の悪い目障りな存在となるが,だからこそ民主主義には市民社会の様々な組織が必要であり,またわれわれが他国の民主政府と協力して市民社会の強化を図るのもそのためである。」

これは,ネパール政府よりもむしろ本国のトランプ大統領にこそ向けられた諫言であるかのようだ。赴任先で米国政府を代表すべき大使が,いまこんなことを公言して,大丈夫だろうか?

170220■テプリッツ大使(在ネ米大使館HP)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2017/02/22 at 08:57

包摂民主主義の訴え,駐ネ米大使(1)

A.B.テプリッツ駐ネ米大使が,ネパール・メディアに長文の米ネ国交70周年記念メッセージ「包摂的市民参加:民主主義のために」を寄せている。
 ▼ALAINA B. TEPLITZ, “Inclusive civic participation: Where democracies thrive,” The Himalayan Times, February 20, 2017

テプリッツ大使は1969年生まれで,2児の母。オバマ大統領により2015年3月,駐ネ大使に任命された。初の大使就任。

テプリッツ大使は,オバマ大統領任命ということもあってか,社会諸集団の包摂参加やマスコミなど「市民社会(civil society)」の自由と権利の重要性を力説している。この国交70周年記念メッセージも,そうした立場から書かれており,トランプ現政権との関係という観点からも,またネパール内政との関係(内政干渉ではないか)という観点からも,興味深い。

170220a170220b
 ■米大使FB(2月21日)/クンダ・デグジト氏ツイッター(2月21日)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2017/02/21 at 11:55

プラチャンダ政権,前途多難

1.プラチャンダ首相選出,多難な前途
ネパール立法議会は8月3日,ネパール共産党マオイスト・センター(CPN-MC)議長のプラチャンダप्रचण्ड, Prachanda(プシュパ・カマル・ダハールपुष्प कमल दहल, Pushpa Kamal Dahal)を第39代首相に選出した。ネパールでは多くがそうであるように,このプラチャンダ政権も前途多難が予想される。

首相選出(8月3日)
 ・投票総数 573
 ・賛成 363(NC, MC, SG*ほか)
 ・反対 210 (UML, RPP-N, CPN-ML, NWPPほか)
 ・欠席 19
 ・議長 1
  *SG=Sanghiya Gathabandhan マデシ・ジャナジャーティ同盟

立法議会政党別議員数(WIKI, 2016-08-05)
 ・NC 196
 ・UML 175
 ・CPN-MC 80
 ・RPP-N 24
 ・連邦社会主義フォーラム 15
 ・RPP 13
 ・タライ・マデシ民主党 11

 160731b ■プラチャンダ首相(マオイスト議長)  

2.NC・MC・SG「3項目合意」
今回の首相選挙において,マオイスト(CPN-MC)は,コングレス党(NC)およびマデシ・ジャナジャーティ同盟(SG)と次のような「3項目合意」(8月2日)を締結し,プラチャンダ議長の首相選出支持を取り付けた。
 (1)マデシとジャナジャーティの包摂参加実現のため,州区画の変更など,必要な憲法改正を行う。
 (2)マデシ闘争に関する調査委員会の設置
 (3)マデシ闘争における死者を「殉死者」とし,死傷者に賠償。マデシに対する告訴取り下げ。

マデシ・ジャナジャーティ連盟は議会少数派だが,インドの支援をバックに,プラチャンダ政権においてキャスティングボートを握っている。

ウペンドラ・ヤダブ(Federal Socialist Forum Nepal議長)
「ダハールを首相ポストにつけたのは,われわれ(マデシ諸党)だ。マデシ運動で訴えてきた諸問題を憲法改正により解決するという合意書にNCとマオイストセンターが署名してくれたから,支持したのだ。・・・・連立新政権には,直ちに,それを実行してもらいたい。」(Republica, 3 Aug)

3.憲法改正の難しさ
プラチャンダ首相は,SG(マデシ・ジャナジャーティ連盟)に彼らの要求に沿う憲法改正を約束しているが,それには議会の3分の2の賛成が必要(憲法274(8)条)。ところが,政府与党議席は3分の2には達しておらず,可決は容易ではない。プラチャンダ首相が憲法改正を実現できなければ,SGは内閣支持をやめ,政権は運営が困難になり崩壊する。

包摂原理主義憲法は,現実には統治過程に諸党派のすべてを包摂しきれないがゆえに,施行できない危険性を常にはらんでいる。

4.コングレス・マオイスト連立の不自然
プラチャンダ政権の二本柱たるコングレス党(NC)とネパール共産党マオイスト・センター(CPN-MC)は,イデオロギーが全く異なり,人民戦争においては,それぞれが殲滅されるべき不倶戴天の敵だった。

2001年,首相だったNCのデウバは,プラチャンダの首に500万ルピーの懸賞金をかけ,殺害ないし捕縛を狙った。他方,マオイストも2003年,西ネパール訪問中のデウバ一行を銃撃し殺害を図った。その仇敵同士が,今回,打算で手を握った。はたして,いつまでもつか?

「新政権がネパールの状況を改善するとは,期待されていない。なぜなら,与党2党はあまりにも共通点が少なすぎるからだ。」(AP, 3 Aug)

5.移行期正義の難しさ
マオイストがUMLからNCに乗り換えた理由の一つは,人民戦争期の人権侵害,財産移転等にかかわる諸問題の処理(移行期正義)を彼らに有利に進めるためである。

人民戦争期の加害者処罰,被害救済の訴えは,数万件あるいはそれ以上提出されているといわれている。プラチャンダ自身,いまだに,人民戦争期の人道犯罪容疑で逮捕されることを恐れ,海外旅行を躊躇しているという。(国外重大犯罪に対する普遍的裁判管轄権を認めている国がいくつもある。)

人民戦争期の加害行為は,政府側(軍,武装警察,警察など)も多数行っており,免罪や現状追認の要求は政府側からもたくさん出ている。しかし,より切実なのはマオイスト側。

いずれにせよ,被害者はマオイスト,政府,そして一般市民のいずれの側にもいる。彼らの救済には,関係諸法の改正が必要だが,利害は複雑に錯綜しており,法改正とそれに基づく救済実施には大きな困難が伴うものとみられている。

6.政権禅譲の約束
第1党のNCは,第3党マオイストの首相を支持する見返りとして,政権禅譲の約束を取り付けた。

報道では,プラチャンダからNCのSB.デウバへの首相交代は,次の議会選挙以前。憲法296条は,立法議会任期を2018年1月21日までと定めているので,選挙はそれ以前に行われる。与党は,次の選挙をデウバ首相の下で戦うことになる。

あるいは,別の報道では,9か月以内に,プラチャンダはNCのデウバに首相職を引き渡す取り決めだという。この場合,来春には首相交代。オリ首相が9か月だったので,これも十分にありうる。

いずれにせよ,政権が政党間の政策協定というよりはむしろ首相職禅譲約束でつくられるというのは,健全とはいえない。もっとも,包摂民主主義からすれば,政権たらいまわしこそが諸勢力の包摂的政治参加ということになるかもしれないが。

7.ダハール首相は「プラチャンダ」たりうるか?
ロイター記事(8月3日)の中で,ゴパル・シャルマがこう書いている。
「プラチャンダは,“勇猛”を意味するゲリラ名であり,いまなお使われているが,彼はすでに以前のロビン・フッドのようなイメージを失ってしまっている。プラチャンダが政権復帰しても,世界最貧国の一つたるこの国の経済的魅力を損なってきた政治的不安定を終わらせることにはならないであろう。」

しかし,その一方,プラチャンダは,10年余の人民戦争を戦い抜き,マオイストを事実上,勝利に導いた卓越した指導者である。毀誉褒貶,評価は大きく割れるが,まさにそのことこそが彼の人間としての大きさ,魅力を物語っているともいえる。

内政も外交も激動期のネパール。プシュパ・ラル・ダハール首相が,「プラチャンダ」首相として,次の飛躍に向けネパールを導いていってくれるかもしれない――そう期待する人も少なくないであろう。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2016/08/07 at 15:52

バブラム・バタライの新党「新しい力・ネパール」

バブラム・バタライ率いる新党「新しい力・ネパール(Naya Shakti Nepal: NSN)」が6月12日,カトマンズの「ダサラト・スタジアム」において結党大会を開催する。10万人参加を見込む。

バブラム・バタライは,新憲法公布直後の2015年9月26日,プラチャンダのUCPN-Mを離党し,自らの党の結成を準備してきた。選挙管理委員会には,すでに3月23日,党名(新しい力・ネパール)と党旗(赤地に白星)を届け出,受理されていた。6月12日の結党大会は,新党としての活動開始ということになる。

160609■「新しい力」(同党FB)

NSNの政治目標(*1)
・15年以内に,LDC(後発開発途上国)から離脱し中程度開発国となる。
・25年以内に,先進国レベルの高度開発国となる。

NSNの政治理念と政策(*1)
・経済革命により公平な繁栄の達成。リベラリズム・ネオリベラリズムも国家主義的社会主義も排する。豊かな社会主義の実現。
・包摂参加民主主義。3大社会集団(カス・アーリア,マデシ/タルー,ジャナジャーティ)の統合。
・良い統治。腐敗根絶。
・ネパールの主権と独立の堅持。印中の架け橋。
・大統領は,国民直接選挙。
・議会は,完全な比例代表制。女性,ダリット,カス・アーリア,ジャナジャーティ,マデシ,タルー。

既成政党の欠陥(*1)
・UMLは,カス・アーリア寡頭支配政党。「オリ政府は,パンチャヤト政府の再来だ。オリ首相は,ウルトラ・ナショナリズムのスローガンにより人民の関心を真の諸問題からそらせ,失政を隠そうとしている。」
・NCは,「指導者不在(舵のない)政党」だ。
・マオイストのうちプラチャンダは旧勢力と一体化し,モハン・バイダは守旧社会主義だ。
・マデシ諸党は,地域セクト政党だ。

以上がバブラム自身による新党「新しい力」の設立趣旨説明だが,正直,どこが「新しい」のかよくわからない。また,妻のヒシラ・ヤミも夫に負けないほど長いインタビューを発表しているが,こちらは意味不明瞭,何が言いたいのかさえわからない。

バブラムは,博士インテリであり,マオイスト人民戦争の最大のイデオローグであったが,現実政治における「政治センス」の点では,当時から疑問視されていた。理論と現実は異なる。「新しい力」がネパールの新しい時代を切り開くことになるのだろうか?

160609b 160609a
■バブラム・バタライ(同氏ツイッター)/ヒシラ・ヤミ(同氏FB)

*1 RAM KUMAR KAMAT, “We need to be cautious of clash of big powers’ interests in Nepal (Baburam Bhattarai)”, The Himalayan Times, June 05, 2016
*2 DEVIRUPA MITRA, “We Did the Right Thing by Leaving Prachanda: Hisila Yami,” The Wire, 29/05/2016
*3 石もて追われるバブラム・バタライ
*4 バブラム・バタライ,マデシ理由に離党し議員辞職

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2016/06/09 at 11:06

コングレス党の包摂民主主義選挙

コングレス党(NC)が,第13回党大会(3月3-7日)において,次期党役員を選出した(途中経過既述)。

1.憲法の政党規定
ネパールの政党は公党であり,憲法第29編第269-271条において,その構成・運営が厳密に規定されている。
 ・政治イデオロギーや政治哲学を共有する人々が政党を組織・運営する。(某国“野合”政党はネパールでは失格?)
 ・党綱領は民主的でなければならない。
 ・全国および州の党役員は少なくとも5年ごとに選挙で選出。
 ・党の各レベル執行役員は,国民の多様性を反映させるため,比例制としなければならない。

2.NC選挙結果
党 首: S.B. デウバ (शेरबहादुर देउवा Sher Bahadur Deuba)
書記長: S. コイララ (Shashank Koirala)
会 計: S.T. ヤダブ (Sita Devi Yadav,女性)

中央執行委員(85)
 一般選出(25): デウバ派14,ポウデル派11
 州代表(14[各州2]): デウバ派7,ポウデル派7
 クォータ(22): デウバ派14,ポウデル派8
   [留保クォータ: 女性6,先住民5,マデシ5,ダリット5,ムスリム1] 

▼開票途中結果図解(Republica,14 Mar 2016)
160315

3.包摂民主主義の功罪
ネパール政治は,いまや一種の包摂民主主義原理主義といっても言い過ぎではあるまい。政治的に最大限自由であるべきはずの政党についてさえ,憲法でこまごまと規定し,党運営には包摂原理の厳守が求められている。

包摂民主主義には,むろん功罪両面がある。ある段階までは“功”の方が大ということは,たしかにいえる。これは認めなければならないし,事実十二分に認められる。

しかし,それにしても,ネパールはスゴイ! これから先,ネパール政治はどうなるだろう? 世界注視の政治実験とすら,いってもよいだろう。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2016/03/15 at 11:23