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ゴビンダ医師のハンスト闘争(2)
1.民主的専制とサティヤグラハ:ネパールから学ぶ(2)
それにしても,なぜいまハンストなのか? ネパールは民主化し,最高水準の民主的な2015年憲法も制定され施行されているのではないか?
ゴビンダ医師のハンストは,直接的にはネパールの保健医療分野の不正を告発し抜本的な改革を要求するものだが,それは同時に,その不正を容認し助長しているネパール民主主義の現状に対する真っ向からの異議申し立てともなっている。
ネパールの民主化は,マオイスト人民戦争(1996-2006年)後,急激に進み,2008年には王制が廃止され連邦共和制となり,そして2015年にはその成果を法的に確定する2015年憲法が制定された。この現行2015年憲法は,国民の権利と民主主義を詳細に規定しており,これによりネパールは少なくとも制度的には世界最高水準の民主国の一つとなった。
しかし,制度はできても,その運用には相当の経験と努力が必要である。ネパールの場合,前近代的・半封建的王制から21世紀的包摂民主主義体制に一気に飛躍したため,人権と民主主義の経験が乏しく,そのため様々な前近代的因習や慣行が根深く残る一方,他方では現代的な市場経済や自由競争社会の論理が有力者によりご都合主義的に利用され始めている。国民各人に保障されるはずの自由や権利は,実際には旧来の,あるいは新興の富者や強者のものとして利用され,そしてそれが民主主義の名により正当化され保護される。憲法規定の民主主義は,富者や強者が,彼ら独占のメディアや彼らの意を体する議会等の統治諸機関を通して国民を教化し,操作し,動員し,かくして彼らの特殊利益に奉仕させるための格好の手段となりつつある。現代型の「民主的専制」といってもよいであろう。
谷川昌幸(C)
ネパール連邦議会選挙:包摂民主主義の実証実験(3)
3.政党の本音は女性後回し
この表を見れば,各政党が女性候補を後回しにしたことは,一目瞭然。まず最初に投票される代議院小選挙区選挙では,当選165議員のうち,女性は6人だけ。三分の一ではない,たったの3%余なのだ! 各党とも男優先,女性差別丸出し。隠しようもない。隠そうともしない。本音丸出し,正直といえば正直だ。
参議院は,各州に最初から女性議席3が割り当てられているので,女性議員は当選議員の約38%。三分の一より少し多いのは,小選挙区男性優先をある程度考慮した結果でもあろう。(連邦議会各党議員の少なくとも三分の一は女性でなければならない。)
政党ごとに見ても,どの政党が特に男優先というわけではない。全政党が女性後回し。それでもひときわ目立つのが,大勝した「ネパール共産党-統一マルクス・レーニン派(UML)」で,代議院小選挙区では当選80人中,女性は2人(2.5%)だけ。その結果,最後の最後に割り当てられる代議院比例制議席は,割当41議席中の37議席(90%)が女性となった。むろん,UMLが自発的に女性を選んだわけではない。憲法の明文規定により,イヤでもそうせざるを得ないのだ。これが,マルクス・レーニン主義を党是とし,農民・労働者のために闘う人民の党の実態である。
「ネパール共産党―マオイストセンター(CPN-MC)」,「ネパール会議派(NC)」など他党も,男性優先では,UMLと大差ない。包摂民主主義を唱えながら,その第一歩といってよい,最も明確な女性の包摂ですら,現実政治の場では敬遠され,あるいは忌避されている。ネパールの政界がまだまだ男社会であり,男性優先が本音であることは隠しようもない。
といっても,そこは建前第一の形式主義の国ネパール,連邦議会(代議院と参議院)全体の各党別女性議員比率をみると,UML33.8%,MC33.8%,NC34.2%,RJP-N36.8%,FSF-N33.3%となっている。5つの国政政党のすべてが,憲法規定の女性議員三分の一の下限にピッタリ合わせている。お見事!
4.女性議席割当制の政治的意義
しかしながら,そうはいっても,いやまさにそうした男優先政界の現実があるからこそ,ネパール連邦議会全体でとにもかくにも女性議員三分の一を実現したことは,大きな前進であり,高く評価できる。
日本と比較してみると,その先進性は歴然。日本は,国会全体で女性議員13.1%,世界191か国中の第142位(2017年1月1日現在)。また,衆議院の女性議員は9.3%で,世界193か国下院中の第164位(2017年6月1日現在)。日本は,女性政治参加では後進国,ネパールの足元にも及ばない。頭を垂れ,先進国ネパールから謙虚に学ぶべきだ。
包摂民主主義は,繰り返し指摘してきたように,たしかに複雑で難しく,コストもかかる。しかしながら,たとえそうであっても,それが現代社会における参加・代表の公平の実現には最も有効な実効的手段の一つであることに間違いはない。
ネパールはいま,その大いなる包摂民主主義の政治的実験に取り組んでいるといってもよい。なによりもネパール自身のために,そしてまた多文化社会化せざるをえない日本のためにも,その成功を願っている。
谷川昌幸(C)
ネパール連邦議会選挙:包摂民主主義の実証実験(1)
ネパール連邦議会選挙の結果が,ほぼ出そろった。参議院(上院)の大統領指名議席など,まだ未確定の部分もあるが,選挙の大勢は,下表のとおりほぼ判明したといってよい。
1.包摂民主主義の実証実験
今回の連邦議会選挙は,憲法ないし国制(संविधान, constitution)の観点から見るならば,2015年憲法の根本理念たる「包摂民主主義(समावेशी लोकतत्र, inclusive democracy)」(憲法前文&4条)を,社会諸集団への議席割当(クォータ)により,まずは制度的に――形式的・強制的に――実現するための初の国政選挙である。いわば,包摂民主主義の実証実験。
この包摂民主主義の実証実験は,ネパール自身はむろんのこと,多文化化・多民族化が進む他の諸国にとっても,あるいは「一民族一文化」にこだわり続ける包摂民主主義後進国の日本にとっては特に,重要な意味をもちうる興味深い政治的試みである。
しかしながら,多種多様な社会諸集団の「比例的包摂(समानुपातिक समावेशी)」(憲法前文)を目標とする包摂民主主義は,諸集団の利害が錯綜し,制度が複雑化し,コストがかかり,運用が難しい。そのような高度な制度を,ネパールは本当に使いこなせるのか? 世界が注目している。
そこで,以下では,「比例的包摂」の基本中の基本たる女性の包摂が,今回の連邦議会選挙において,どのように具体化されたのかを見てみることにする。ネパールにおける包摂民主主義の初の本格的な実証実験が,どこまで成功したのか?
■民族/カースト分布地図(トリブバン大学社会人類学部, 2014)。社会諸集団包摂のため,この種の集団同定資料が,多くの場合国際機関や先進諸国の支援を得て,多数出版されてきた。
谷川昌幸(C)
比例は女性特待議席か?(2)
3.女性特待の比例制選出議席
選挙で女性が後回しにされる現実は,選挙経過をみるとすでに明らかである。2017年選挙の結果は,上院選がまだこれからで(2月7日投票),下院比例制当選者も未発表なので,すべて判明しているわけではないが,それでも各メディアの報道を見ると全体の傾向は十分にうかがい知ることができる。(報道数字のばらつきは選挙結果確定後,修正する。)
(1)小選挙区は男性,比例は女性
代議院(定員275)選挙では,小選挙区(165)で当選した女性は6人(3.6%)だけ。その結果,比例制の方は,議席110のうち85議席(77%)以上を女性とせざるをえない。これで代議院議員の三分の一を何とか女性とすることができる。(*1)
それでも女性議員三分の一が達成できなければ,参議院(上院)の女性議員比率を高め,連邦議会全体として女性三分の一を実現しなければならない。いわば奥の手,はたして繰り出されるか?
州議会選挙(7州総定数550)では,小選挙区(330)で当選した女性は18人(総定数の3.3%)だけ。その結果,比例制(220)の方は164議席(75%)以上を女性とせざるをえない。これでようやく女性三分の一に達する(*1)。
以上は,むろん連邦議会や州議会をそれぞれ全体としてみた場合であって,実際には連邦議会では各党ごとに,また州議会では各州ごとに加え各党ごとに,女性議員三分の一以上を達成しなければならない。これは大変!
(2)男性最優先の統一共産党
選挙における女性後回しが特に顕著なのが,民主的なはずの「ネパール共産党‐統一マルクス・レーニン主義派(統一共産党:UML)」。
UMLは下院小選挙区制で大勝したが,そのため皮肉なことに他党以上に男性優先が際立つことになった。州議会小選挙区制でもほぼ同じ。各メディアが報道している具体例を,未確定の途中経過もあるが,いくつか紹介すると,以下の通り。
・下院小選挙区制への立候補者は,総数1742,そのうち女性126(7.2%)。左派連合(UML,マオイストなど)は女性9(12%以下),コングレス連合は7(9%以下)。主要3党は女性候補が極めて少ない。(*2,3)
・UMLの下院小選挙区制当選76人中,女性はなんと2人だけ。そのため比例制候補者(40名余)の大半を女性とせざるをえなかった。(*1,6)[UML最終確定議席は小選挙区制80,比例制41となった。]
・第6州では,下院選挙でも州議会選挙でもUMLの女性候補はゼロだった。UML女性幹部ミナ・ラカール「わが党は,私の働きを評価しなかった。指導者の多くは縁故やコネで選ばれてきた。」(*4)
・UMLは,第6州議会選挙小選挙区(24)において14人当選したが,全員男性。そのため比例制は女性候補のみとなった。(*1,5)
*1 “PRo-women,” Nepali Times, 15-21 Dec 2017, #888
*2 “7 pc women FPTP candidates for parliament,” Republica, Nov 4, 2017
*3 “No female Muslim FPTP candidate in Province 1 Elections 2017,” Kathmandu Post, 2017-11-10
*4 “No women candidates in Province 6 for FPTP vote,” Kathmandu Post, 2017-11-05
*5 “Left alliance picks female candidates only,” Himalayan, Dec 30, 2017
*6 “UML may have to elect all women candidates under PR,” Himalayan, Dec 12, 2017
谷川昌幸(C)
比例は女性特待議席か?(1)
ネパールは,包摂民主主義の理念に基づき社会諸集団(アイデンティティ諸集団)の政治参加の公平を実現するため,選挙においても,精緻なクォータ制(議席割当制)を採用した。欧米を中心とする国際社会の全面的支援の下,当事者諸集団の様々な意見や要求を聞き,合理的に設計され法制化されたネパールの現行選挙制度は,世界最高水準のものといっても過言ではあるまい。
しかしながら,選挙制度は,社会諸集団のそれぞれの要求に応えようとすればするほど複雑化し,運用が難しくなり,コストも増大する。ネパールの選挙制度がまさにその典型。はたしてネパールは,そのあまりにも理想主義的な選挙制度を実際に運用し,世界に包摂民主主義の範を示すことができるのだろうか?
ネパールの議席クォータ制(議席割当制)は様々な社会諸集団について適用されるが,割当の相互関係をすべて説明することは変数が多すぎ極めて困難なので,以下では,最も基本的で明確な男女議席割当制について,2017年連邦議会選挙/州議会選挙を具体的事例として取り上げ,その運用がどうなっているのか見ていくことにする。
1.女性議席割当,三分の一
女性への割当議席は,連邦議会でも州議会でも,原則として三分の一である。現行2015年憲法は,次のように定めている。
(1)連邦議会の女性議席割当
憲法第8部 連邦議会[立法部](संघिय व्यवस्थापिका)
第83条 連邦議会は,代議院[下院](प्रतिनिधी सभा)と参議院[国家院,下院](राष्ट्रिय सभ)から構成される。
第84条 代議院[下院]
・議員定数は275。小選挙区制選出165,比例制選出110。
・比例制は全国1区で,政党に投票。
・政党は,下記社会諸集団ごとに比例代表を実現できるように候補者を選出。
「女性」,「ダリット」,「アディバシ・ジャナジャーティ」,「カス・アーリア(チェトリ,ブラーマン,タクリ,サンヤシ[ダスナミ]」,「マデシ」,「タルー」,「ムスリム」,「後進地域」。
*上記に加え,「障害者」へも議席割当(詳細法令規定か?)。
・ただし,「連邦議会の政党それぞれの全議員の少なくとも三分の一は,女性でなければならない。」
第86条 参議院[上院]
・議員定数は59。
・56議席は7州がそれぞれ8議席選出。選出方法は,州議会議員,町村長,副町村長,市長,副市長からなる選挙人団による選挙。各州の8議席のうち,少なくとも女性3,ダリット1,障害者または少数者集団所属1。
・他の3議席は政府推薦に基づき大統領が指名。1名以上女性。
・全議席のうち三分の一ずつ,2年ごとに改選。
・[(第84条)ただし,「連邦議会の政党それぞれの全議員の少なくとも三分の一は,女性でなければならない。」]
以上が,憲法の定める連邦議会(上院・下院)議員の選出方法である。きわめて複雑で,関係法令も見ないとはっきりしない部分が残るが,女性議席割当については,基本的な仕組みはこれで理解できる。
大原則は,女性議席割当は三分の一ということ。その憲法原則の理念に基づき解釈するなら,各政党は,女性議員三分の一以上を実現するため,次のように努力しなければならないことになる。
1)まず,各政党は,下院小選挙区選出女性議員が三分の一以上となるように努力すること。
2)次に,下院比例制では,各党は下院における女性の比例的代表実現に努力すること。
3)そして,上院議員選挙では,各党は,下院議員を含め連邦議会議員の三分の一以上が女性となるようにしなければならない。これは,憲法84(8)条が規定する各党の義務である。
(2)州議会の女性議席割当
州立法部(प्रदेश व्यवस्थपिका)は 一院制の州議会(प्रदेश सभा)だが,女性への議席割当は基本的には連邦議会と同じ(憲法第14部参照)。
州議会の議員定数は,その州の連邦議会代議院(下院)小選挙区選出議席の2倍。60%を小選挙区から,残りの40%を比例制により選出する。各党は,小選挙区で女性議員が三分の一以上に達しない場合,比例制により女性議員の不足分を充足しなければならない。
2.議席の男性先取り,女性後回し
以上のように,ネパールの女性議席割当制は極めて精緻で先進的なものだが,これを現実政治に適用すると,制度を設計した理想主義者たちには思いもよらなかったような皮肉な結果をもたらすことになりつつある。女性議席割当制は現実には多段階選考となり,男性優先,女性は後回しにされているのだ。
そして,その結果,議席(議員)の重みについても,連邦議会においては下院小選挙区選出議席⇒下院比例区選出議席⇒上院議席,また州議会においても小選挙区選出議席⇒比例制選出議席といった序列が,候補者選考など現実政治の場では何となく感じられ始めたのだ。
谷川昌幸(C)
史上最大のデウバ内閣,大臣56人
ネパールはいま,2007年暫定憲法体制から2015年憲法体制への移行期。憲法はすでに2015年憲法になっているが,この憲法に基づく連邦議会選挙はまだ行われておらず,現在の議会や内閣は旧2007年憲法に基づき選出されたもの。そのため移行期特有の様々な矛盾や問題が生じている。
その一つが,巨大議会と巨大内閣。制憲議会は,人民戦争を戦った諸勢力を包摂するため定数601の巨大議会となった。本会議は大ホールで開かれ,後方席からはオペラグラスでも持ち込まないと前方の様子がよく分からない。発言者のツバがかかりそうな英国議会とは対照的だ。
内閣も諸勢力包摂のため巨大化する一方。2007年暫定憲法によれば,首相は「政治的合意」に基づき,副首相,大臣,副大臣および大臣補を,原則として議会議員の中から選出する。もともと議会が巨大であり,包摂のための合意も必要だから,これだけでも内閣は大きくなりやすい。しかも,大臣ポストは分配する側にも分配される側にとっても巨大利権だから,包摂民主主義の下で内閣拡大を止めることは極めて難しい。直近の3内閣の大臣数は次の通り。
・オリ内閣(2015年10月~16年8月):40人
・プラチャンダ内閣(2016年8月~17年6月):41人
・デウバ内閣(2017年6月~現在):56人
現在のオリ内閣56人は,ネパール史上最大。さすがにこれは多すぎる,党利党略だ,政治の私物化だ,などと批判されているが,これに対しデウバ首相は9月21日,国連本会議出席のため滞在中の米国において,憲法は議員総数の10%まで大臣を認めているので,最大60人まで任命可能だと答えたという。(議員総数の10%までという規定は,どこかにあるのであろうが,管見の限りでは見当たらなかった。)60人とは,これはまたスゴイ! さすが包摂民主主義モデル国だ。
しかし,このような包摂を名目とした大臣職の大判振る舞いは,政治の在り方として,本当に望ましいことだろうか?
一つは,いまは新憲法体制への移行期だということ。2015年憲法に基づく連邦議会選挙が11月26日/12月7日に実施される。現在の立法議会の任期は2018年1月21日までだ。
しかも,2015年憲法は,内閣につき,次のように定めている。
・・・・<以下引用>・・・・
第76条 大臣会議[内閣]の構成
(9)大統領(राष्ट्रपति)は,首相(प्रधानमन्त्री)の勧告に基づき,連邦議会議員の中から包摂原理に則り選ばれた首相を含む最大25人の大臣(मन्त्री)からなる大臣会議(मन्त्रिपरिषद्)を構成する。
解釈:本条において,「大臣」は,副首相(उपप्रधानमन्त्री),大臣,副大臣(राज्यमन्त्री)および大臣補(सहायक मन्त्री)を意味する。
・・・・<以上引用>・・・・
連邦議会選挙が行われ,新議会が成立すれば,大臣数は半分以下に制限される。来年早々のことだ。それなのに,デウバ首相はさらに大臣を増やすことすら考えているという。任期満了直前の大臣職利権のバラマキのように見えてならない。
もう一つは,政治的・経済的合理性があるのか,という点。内閣を拡大すればするほど,政治過程が複雑となり,直接・間接経費も増える。民主主義,とくに包摂民主主義は手間とカネがかかるものとはいえ,これほどの内閣巨大化は主権者たる人民の利益とはならないのではあるまいか。
■プラチャンダ前首相らと会見するデウバ首相(首相ツイッター)
*1 “Cabinet expansion a compulsion, says Prime Minister Deuba,” Himalayan, September 13, 2017
*2 “60-member cabinet could be formed as per Nepal’s constitution: PM Deuba,” Republica, September 22, 2017
*3 “Deuba hints at expanding cabinet further,” Republica, September 23, 2017
谷川昌幸(C)
得票率3%以上&議席1以上,全国政党の要件
立法議会は3月22日,5月地方選のための改正政党法を可決したが,その中には,全国政党の要件を,比例制で3%以上の得票がありかつ議会に1議席以上を有すること,とする規定が含まれている。いわゆる阻止条項つき選挙制(election threshold)の採用である。
この阻止条項採用が,政府与党やUMLの大政党としての党利党略によるものであることは言うまでもないが,その一方,包摂民主主義選挙の弊害が拡大し,その修正を余儀なくされた結果であることもまた否定できない事実である。
これまでの2回の制憲議会選挙では,包摂民主主義の理念に基づく比例制と社会諸集団クォータ制を採用したため,百数十もの政党が候補を立て,30以上の政党が実際に議会に議席を得た。その結果,選挙は複雑にして煩雑となり経費も著しく増大した。また,この包摂主義選挙により登場した小政党の多くは,国民を代表する公党というよりはむしろ身内政党・コネ政党であり,議会では利権配分による多数派工作の格好の標的とされてきた。議会政治は,混乱し停滞。現状は,包摂主義の現実が効率的な議会制民主主義を蚕食しているといった状況らしい。
今回の阻止条項採用には,このように,政府与党やUMLの思惑のほかに,それなりの理由もあるのだが,小政党の側は当然,猛反発,阻止条項は憲法の包摂民主主義理念に反し,憲法の保障する政党の自由と権利を不当に制限するものだとして,各地で激しい反対運動を繰り広げている。
たしかに,選挙制における阻止条項は本質的に小政党の切り捨て条項であり,論理的には,少数派の包摂を大原則とする2015年憲法の包摂主義の理念には反している。しかしながら,民主主義国でありながら阻止条項を置いている国は少なくない。たとえば次のような国々:
5%=独,台湾,ニュージーランド
4%=ノルウェー,スウェーデン
3%=伊,韓
したがって,阻止条項を置くことが,即,反民主的ということにはならない。政治は実践であり,包摂民主主義を原則とするにせよ,現実政治の場では,他の諸要因をも考慮し,より望ましい現実的な包摂制度の在り方を探り,それを用いることにせざるを得ない。ネパールも,紆余曲折はあれ,結局はそのような方向に向かって前進していくのではあるまいか。
*1 “One FPTP seat, 3 pc PR votes necessary to get recognition as nat’l party,” Kathmandu Post, 22 Mar 2017
*2 “Fringe parties boycott House to protest threshold provisions,” Kathmandu Post, 22 Mar 2017
谷川昌幸(C)
憲法改正案,審議開始
ネパール議会は2月23日,マデシ諸党を中心とする諸要求に応えるための憲法改正案の審議に入った。
▼内閣提出改憲案の要旨⇒⇒憲法改正案,審議入りか
この改憲案は,すでに2016年11月29日に議会に提出されていたが,マデシ諸党は要求が反映されていないとして,また最大野党UMLは反立憲的で国益に反するとして,議会審議に反対してきた。しかし,プラチャンダ内閣が地方選を5月14日投票と決め発表したため,議会としても,その大前提としての憲法改正に着手せざるを得なくなったのである。
こうして憲法改正案の議会審議が強引に開始されたので,それに不満の諸党派が15の修正案を議会に提出した。主なものは,第2州を中心とする諸州の区画変更,上院議員の比例制選出,母語の憲法明文規定など。
これらは,民族,カースト,ジェンダー,地域など様々な利害が複雑に絡む問題であり,しかも憲法が包摂原理を採用しているため,現行憲法でもすでに十二分に複雑で長大な規定になっている。そのため,この問題に関する議論の理解は容易ではない。また,憲法改正には議会での三分の二の賛成が必要であり,改正案が通るかどうかも定かではない。
そこで,ここでは改正問題の詳細に立ち入ることは控え,議会審議の行方を見守ることにしたい。
*1 “Constitution Amendment Bill gets 15 amendment proposals,” Himalayan Times, February 26, 2017
谷川昌幸(C)
包摂民主主義の訴え,米大使(3)
テプリッツ駐ネ米大使が,こうした観点から,国交70周年メッセージにおいて厳しく批判しているのが,起草中の新しい「社会福祉開発法」。それは,民主主義に不可欠の市民社会諸組織(CSOs: Civil Society Organizations)の活動を不当に拘束するものであり,ネパール憲法にも国際法(結社の自由を保障する国際人権規約)にも違反するというのである。
テプリッツ大使は,国際法については違反するとだけしか述べていないが,憲法との関係についてはかなり詳しく説明し批判している。すなわち,ネパール憲法51(j)条は,社会的公正と包摂のための政策を政府に義務づけたうえで,それに不可欠のCSOsの透明で効率的な運営のための「単一窓口制(single door system)」の採用を規定している。ところが,起草中の新しい「社会福祉開発法」には,この「単一窓口制」に反する規定がある。もしこのまま制定されれば,CSOsは,設立・運営のため様々な役所の認可を得なければならないし,また外国援助事業には社会福祉委員会のややこしい認可が必要になる。
「単一窓口制は,適切に運用されるなら,CSO関係政府諸機関の間の軋轢や混乱を防止し,CSOsをしてその本来の役割を果たさせ,そして市民社会と国家の間の健全な関係を促進することになるだろう。ところが,起草中の新しい社会福祉開発法は,CSOsの活動に対し様々な機関から様々な認可を取得することを義務づけるものであり,これは憲法の定める『単一窓口制』に反する規定である。」
たしかに,ネパールの行政手続きは,「単一窓口制」が不可欠と思わせるに十分なほど不効率で,汚職腐敗も少なくないが,他方,ネパールにおけるCSOsの乱立,不正も目に余る。ネパール政府がCSOs,とりわけ外国支援CSOsの活動を把握し規制したいと考えるのは,独立国家の政府としては,当然のことだともいえる。圧倒的な超大国アメリカの駐ネ大使,テプリッツ氏のメッセージからは,独立国ネパールへのそのような配慮は全く感じ取れない。
テプリッツ大使は,国交70年メッセージをこう結んでいるが,この趣旨のことは,ネパール政府というよりはむしろ,本国アメリカのトランプ大統領にこそ向けて,まずは訴えられるべきではあるまいか。
「合衆国は,ネパールが人民の,人民による,人民のための民主国家として進歩することを支援するため,ネパールに関与し続ける。われわれは,すべてのネパール人が性,民族,宗教,カースト,居住地,そして経歴にかかわりなく,学習や健康や繁栄への平等な機会を共有するという国家理念を共有しているが,これは,米国のネパール支援継続により,単なる願望や夢ではなく,すべての人のために実現されるべき約束となるであろう。」
谷川昌幸(C)
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