ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

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包摂民主主義の訴え,米大使(2)

テプリッツ米国大使は,国交70周年メッセージにおいて,「市民社会(civil society)」につき,こう述べている。

市民社会で重要な役割を担うのは,NGO(非政府組織),専門職団体,地域社会組織,シンクタンク,労働者組織,学術団体,メディアなどである。それらは,包摂参加を促進し,また統治を公的に監視する。市民社会は,人民の,人民による,人民のための政府の理念の実現に不可欠である。

「市民社会は,メディアも含め,ときとして政府にとって都合の悪い目障りな存在となるが,だからこそ民主主義には市民社会の様々な組織が必要であり,またわれわれが他国の民主政府と協力して市民社会の強化を図るのもそのためである。」

これは,ネパール政府よりもむしろ本国のトランプ大統領にこそ向けられた諫言であるかのようだ。赴任先で米国政府を代表すべき大使が,いまこんなことを公言して,大丈夫だろうか?

170220■テプリッツ大使(在ネ米大使館HP)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2017/02/22 at 08:57

包摂民主主義の訴え,駐ネ米大使(1)

A.B.テプリッツ駐ネ米大使が,ネパール・メディアに長文の米ネ国交70周年記念メッセージ「包摂的市民参加:民主主義のために」を寄せている。
 ▼ALAINA B. TEPLITZ, “Inclusive civic participation: Where democracies thrive,” The Himalayan Times, February 20, 2017

テプリッツ大使は1969年生まれで,2児の母。オバマ大統領により2015年3月,駐ネ大使に任命された。初の大使就任。

テプリッツ大使は,オバマ大統領任命ということもあってか,社会諸集団の包摂参加やマスコミなど「市民社会(civil society)」の自由と権利の重要性を力説している。この国交70周年記念メッセージも,そうした立場から書かれており,トランプ現政権との関係という観点からも,またネパール内政との関係(内政干渉ではないか)という観点からも,興味深い。

170220a170220b
 ■米大使FB(2月21日)/クンダ・デグジト氏ツイッター(2月21日)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2017/02/21 at 11:55

プラチャンダ政権,前途多難

1.プラチャンダ首相選出,多難な前途
ネパール立法議会は8月3日,ネパール共産党マオイスト・センター(CPN-MC)議長のプラチャンダप्रचण्ड, Prachanda(プシュパ・カマル・ダハールपुष्प कमल दहल, Pushpa Kamal Dahal)を第39代首相に選出した。ネパールでは多くがそうであるように,このプラチャンダ政権も前途多難が予想される。

首相選出(8月3日)
 ・投票総数 573
 ・賛成 363(NC, MC, SG*ほか)
 ・反対 210 (UML, RPP-N, CPN-ML, NWPPほか)
 ・欠席 19
 ・議長 1
  *SG=Sanghiya Gathabandhan マデシ・ジャナジャーティ同盟

立法議会政党別議員数(WIKI, 2016-08-05)
 ・NC 196
 ・UML 175
 ・CPN-MC 80
 ・RPP-N 24
 ・連邦社会主義フォーラム 15
 ・RPP 13
 ・タライ・マデシ民主党 11

 160731b ■プラチャンダ首相(マオイスト議長)  

2.NC・MC・SG「3項目合意」
今回の首相選挙において,マオイスト(CPN-MC)は,コングレス党(NC)およびマデシ・ジャナジャーティ同盟(SG)と次のような「3項目合意」(8月2日)を締結し,プラチャンダ議長の首相選出支持を取り付けた。
 (1)マデシとジャナジャーティの包摂参加実現のため,州区画の変更など,必要な憲法改正を行う。
 (2)マデシ闘争に関する調査委員会の設置
 (3)マデシ闘争における死者を「殉死者」とし,死傷者に賠償。マデシに対する告訴取り下げ。

マデシ・ジャナジャーティ連盟は議会少数派だが,インドの支援をバックに,プラチャンダ政権においてキャスティングボートを握っている。

ウペンドラ・ヤダブ(Federal Socialist Forum Nepal議長)
「ダハールを首相ポストにつけたのは,われわれ(マデシ諸党)だ。マデシ運動で訴えてきた諸問題を憲法改正により解決するという合意書にNCとマオイストセンターが署名してくれたから,支持したのだ。・・・・連立新政権には,直ちに,それを実行してもらいたい。」(Republica, 3 Aug)

3.憲法改正の難しさ
プラチャンダ首相は,SG(マデシ・ジャナジャーティ連盟)に彼らの要求に沿う憲法改正を約束しているが,それには議会の3分の2の賛成が必要(憲法274(8)条)。ところが,政府与党議席は3分の2には達しておらず,可決は容易ではない。プラチャンダ首相が憲法改正を実現できなければ,SGは内閣支持をやめ,政権は運営が困難になり崩壊する。

包摂原理主義憲法は,現実には統治過程に諸党派のすべてを包摂しきれないがゆえに,施行できない危険性を常にはらんでいる。

4.コングレス・マオイスト連立の不自然
プラチャンダ政権の二本柱たるコングレス党(NC)とネパール共産党マオイスト・センター(CPN-MC)は,イデオロギーが全く異なり,人民戦争においては,それぞれが殲滅されるべき不倶戴天の敵だった。

2001年,首相だったNCのデウバは,プラチャンダの首に500万ルピーの懸賞金をかけ,殺害ないし捕縛を狙った。他方,マオイストも2003年,西ネパール訪問中のデウバ一行を銃撃し殺害を図った。その仇敵同士が,今回,打算で手を握った。はたして,いつまでもつか?

「新政権がネパールの状況を改善するとは,期待されていない。なぜなら,与党2党はあまりにも共通点が少なすぎるからだ。」(AP, 3 Aug)

5.移行期正義の難しさ
マオイストがUMLからNCに乗り換えた理由の一つは,人民戦争期の人権侵害,財産移転等にかかわる諸問題の処理(移行期正義)を彼らに有利に進めるためである。

人民戦争期の加害者処罰,被害救済の訴えは,数万件あるいはそれ以上提出されているといわれている。プラチャンダ自身,いまだに,人民戦争期の人道犯罪容疑で逮捕されることを恐れ,海外旅行を躊躇しているという。(国外重大犯罪に対する普遍的裁判管轄権を認めている国がいくつもある。)

人民戦争期の加害行為は,政府側(軍,武装警察,警察など)も多数行っており,免罪や現状追認の要求は政府側からもたくさん出ている。しかし,より切実なのはマオイスト側。

いずれにせよ,被害者はマオイスト,政府,そして一般市民のいずれの側にもいる。彼らの救済には,関係諸法の改正が必要だが,利害は複雑に錯綜しており,法改正とそれに基づく救済実施には大きな困難が伴うものとみられている。

6.政権禅譲の約束
第1党のNCは,第3党マオイストの首相を支持する見返りとして,政権禅譲の約束を取り付けた。

報道では,プラチャンダからNCのSB.デウバへの首相交代は,次の議会選挙以前。憲法296条は,立法議会任期を2018年1月21日までと定めているので,選挙はそれ以前に行われる。与党は,次の選挙をデウバ首相の下で戦うことになる。

あるいは,別の報道では,9か月以内に,プラチャンダはNCのデウバに首相職を引き渡す取り決めだという。この場合,来春には首相交代。オリ首相が9か月だったので,これも十分にありうる。

いずれにせよ,政権が政党間の政策協定というよりはむしろ首相職禅譲約束でつくられるというのは,健全とはいえない。もっとも,包摂民主主義からすれば,政権たらいまわしこそが諸勢力の包摂的政治参加ということになるかもしれないが。

7.ダハール首相は「プラチャンダ」たりうるか?
ロイター記事(8月3日)の中で,ゴパル・シャルマがこう書いている。
「プラチャンダは,“勇猛”を意味するゲリラ名であり,いまなお使われているが,彼はすでに以前のロビン・フッドのようなイメージを失ってしまっている。プラチャンダが政権復帰しても,世界最貧国の一つたるこの国の経済的魅力を損なってきた政治的不安定を終わらせることにはならないであろう。」

しかし,その一方,プラチャンダは,10年余の人民戦争を戦い抜き,マオイストを事実上,勝利に導いた卓越した指導者である。毀誉褒貶,評価は大きく割れるが,まさにそのことこそが彼の人間としての大きさ,魅力を物語っているともいえる。

内政も外交も激動期のネパール。プシュパ・ラル・ダハール首相が,「プラチャンダ」首相として,次の飛躍に向けネパールを導いていってくれるかもしれない――そう期待する人も少なくないであろう。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2016/08/07 at 15:52

バブラム・バタライの新党「新しい力・ネパール」

バブラム・バタライ率いる新党「新しい力・ネパール(Naya Shakti Nepal: NSN)」が6月12日,カトマンズの「ダサラト・スタジアム」において結党大会を開催する。10万人参加を見込む。

バブラム・バタライは,新憲法公布直後の2015年9月26日,プラチャンダのUCPN-Mを離党し,自らの党の結成を準備してきた。選挙管理委員会には,すでに3月23日,党名(新しい力・ネパール)と党旗(赤地に白星)を届け出,受理されていた。6月12日の結党大会は,新党としての活動開始ということになる。

160609■「新しい力」(同党FB)

NSNの政治目標(*1)
・15年以内に,LDC(後発開発途上国)から離脱し中程度開発国となる。
・25年以内に,先進国レベルの高度開発国となる。

NSNの政治理念と政策(*1)
・経済革命により公平な繁栄の達成。リベラリズム・ネオリベラリズムも国家主義的社会主義も排する。豊かな社会主義の実現。
・包摂参加民主主義。3大社会集団(カス・アーリア,マデシ/タルー,ジャナジャーティ)の統合。
・良い統治。腐敗根絶。
・ネパールの主権と独立の堅持。印中の架け橋。
・大統領は,国民直接選挙。
・議会は,完全な比例代表制。女性,ダリット,カス・アーリア,ジャナジャーティ,マデシ,タルー。

既成政党の欠陥(*1)
・UMLは,カス・アーリア寡頭支配政党。「オリ政府は,パンチャヤト政府の再来だ。オリ首相は,ウルトラ・ナショナリズムのスローガンにより人民の関心を真の諸問題からそらせ,失政を隠そうとしている。」
・NCは,「指導者不在(舵のない)政党」だ。
・マオイストのうちプラチャンダは旧勢力と一体化し,モハン・バイダは守旧社会主義だ。
・マデシ諸党は,地域セクト政党だ。

以上がバブラム自身による新党「新しい力」の設立趣旨説明だが,正直,どこが「新しい」のかよくわからない。また,妻のヒシラ・ヤミも夫に負けないほど長いインタビューを発表しているが,こちらは意味不明瞭,何が言いたいのかさえわからない。

バブラムは,博士インテリであり,マオイスト人民戦争の最大のイデオローグであったが,現実政治における「政治センス」の点では,当時から疑問視されていた。理論と現実は異なる。「新しい力」がネパールの新しい時代を切り開くことになるのだろうか?

160609b 160609a
■バブラム・バタライ(同氏ツイッター)/ヒシラ・ヤミ(同氏FB)

*1 RAM KUMAR KAMAT, “We need to be cautious of clash of big powers’ interests in Nepal (Baburam Bhattarai)”, The Himalayan Times, June 05, 2016
*2 DEVIRUPA MITRA, “We Did the Right Thing by Leaving Prachanda: Hisila Yami,” The Wire, 29/05/2016
*3 石もて追われるバブラム・バタライ
*4 バブラム・バタライ,マデシ理由に離党し議員辞職

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2016/06/09 at 11:06

コングレス党の包摂民主主義選挙

コングレス党(NC)が,第13回党大会(3月3-7日)において,次期党役員を選出した(途中経過既述)。

1.憲法の政党規定
ネパールの政党は公党であり,憲法第29編第269-271条において,その構成・運営が厳密に規定されている。
 ・政治イデオロギーや政治哲学を共有する人々が政党を組織・運営する。(某国“野合”政党はネパールでは失格?)
 ・党綱領は民主的でなければならない。
 ・全国および州の党役員は少なくとも5年ごとに選挙で選出。
 ・党の各レベル執行役員は,国民の多様性を反映させるため,比例制としなければならない。

2.NC選挙結果
党 首: S.B. デウバ (शेरबहादुर देउवा Sher Bahadur Deuba)
書記長: S. コイララ (Shashank Koirala)
会 計: S.T. ヤダブ (Sita Devi Yadav,女性)

中央執行委員(85)
 一般選出(25): デウバ派14,ポウデル派11
 州代表(14[各州2]): デウバ派7,ポウデル派7
 クォータ(22): デウバ派14,ポウデル派8
   [留保クォータ: 女性6,先住民5,マデシ5,ダリット5,ムスリム1] 

▼開票途中結果図解(Republica,14 Mar 2016)
160315

3.包摂民主主義の功罪
ネパール政治は,いまや一種の包摂民主主義原理主義といっても言い過ぎではあるまい。政治的に最大限自由であるべきはずの政党についてさえ,憲法でこまごまと規定し,党運営には包摂原理の厳守が求められている。

包摂民主主義には,むろん功罪両面がある。ある段階までは“功”の方が大ということは,たしかにいえる。これは認めなければならないし,事実十二分に認められる。

しかし,それにしても,ネパールはスゴイ! これから先,ネパール政治はどうなるだろう? 世界注視の政治実験とすら,いってもよいだろう。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2016/03/15 at 11:23

ネパール憲法,改正

ネパール憲法が1月23日,改正された(第一次憲法改正)。制定・公布・施行が2015年9月20日だから,4か月足らずでの改正。
 ▼立法議会(定員601,現議員総数596)
    賛成461
    反対  7
    欠席128

改正されたのは,第42(1)条,第84(5)(a)条,第286(5)条。改正後の憲法正文がまだないので正確ではないかもしれないが,新聞報道によると,主な改正は次の通り。

第42条 社会的公正への権利
 (1)[国家諸機関への比例的包摂参加の権利を保障。ただし,包摂単位となる帰属社会諸集団から「青年」と「先住民(アディバシ)」を削除し,15集団としたことの意味は不明。]
第84条 代議院の構成
 (1)(a)[「小選挙区は,「地理と人口」によってではなく,「人口」を第一に,「地理」を第二に考慮して,区画する。]
第286条 選挙区区画委員会
 (5)[選挙区は,「人口」を第一に,「地理」を第二に考慮して,区画する。また,各郡に,少なくとも1選挙区を割り当てる。]

この改正の結果,国家諸機関への社会諸集団比例包摂参加が強化され,またタライへの小選挙区議席配分が増加するとみられている。
 ▼タライ20郡=79~80議席
  丘陵・山地55郡=85~86議席

この第一次憲法改正は,比例的包摂をさらに一歩前進させたが,マデシ諸派にとっては不十分なものであり,とくにタライ2州の要求は完全に無視された。そのため,マデシ諸派は,第一次憲法改正文書を焚書にし,反憲法・反政府闘争の継続を宣言した。

他方,マデシ闘争を暗黙裡に支援しているとされるインド政府は,外務省スワラプ報道官が第一次憲法改正を「歓迎すべき前進」と述べ,一定の評価はした。しかし,おそらくこれは,訪中と訪印を天秤にかけているオリ首相への揺さぶりとみるべきだろう。もしそうなら,インドの「暗黙の」マデシ支援は続き,マデシ闘争も終息しないことになる。

ネパール憲法は,改正前でも十分に包摂的であったし,ましてや改正後はさらに包摂的となった。しかし,それでもなお,マデシや他の非主流派諸集団を満足させられない。包摂民主主義は,理念は美しいが,運用は難しい。ネパールは,本当にそれを使いこなせるのだろうか?

いずれにせよ,ほんの4か月前,制憲議会の圧倒的多数の賛成をもって制定した憲法を,その憲法による選挙もせぬまま,同じ議会,同じ議員が改正する。あまりに安易。朝令暮改! 憲法といえば,国家の根本法。それをコロコロ変えていては,憲法の権威が損なわれ,国家統治そのものへの信頼すら失われてしまうであろう。

[参照]
*1 KESHAV P. KOIRALA,”Nepal makes first amendment of its constitution four months after promulgation,” The Himalayan Times, January 23, 2016
*2 “Four months after promulgation, Parliament endorses first amendment to the constitution,” Kathmandu Post Report,Jan 23,2016.
*3 KALLOL BHATTACHERJEE, “India welcomes amendments in Nepal Constitution,” The Hindu,January 24, 2016.
*4 “INDIA SAYS AMENDMENT A POSITIVE DEVELOPMENT,” Republica,24 Jan 2016

 160125■Amit Ranjan,”Diversity and Inclusion in Nepal– Hot from Rubbles,” January 19, 2016 (MADHESI YOUTH,January 25,2016)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2016/01/25 at 18:44

国歌の包摂民主主義化: イギリスとネパール

イギリスにおいて,国歌(国歌の扱い)修正案が3月から議会で審議されることになった。ガーディアン,ニューステイツマン,ニューヨークタイムズなど英米各紙が伝えている。といっても,複雑怪奇な歴史の国イギリスのこと,議論は少々わかりにくい。
イギリス(グレートブリテン・北部アイルランド連合王国)[英国,UK]
  ・グレートブリテン=イングランド+スコットランド+ウェールズ
  ・北アイルランド

現在の英国国歌「女王賛歌(God Save the Queen)」は,正確には「グレートブリテン・北部アイルランド連合王国(UK)」としてのイギリスの国歌。ところが,著名な国際スポーツ大会などには,UKとしてではなく,イングランド,スコットランド,ウェールズがそれぞれ独立のチームとして参加し,それぞれの「国歌」を歌う。
 ・イングランド=「女王賛歌」
 ・スコットランド=「スコットランドの花」
 ・ウェールズ=「わが父祖の国」

あれ? ちょっと変では,とだれでもいぶかるであろう。たとえば,日本に例えるなら,こんな具合だ。
 ・東京チーム=「君が代」
 ・大阪チーム=「好きやねん、大阪」
 ・福岡チーム=「炭坑節」

イングランドは,UKの一部にすぎないのに,サッカーやラグビーなどの試合の際,特権的に「女王賛歌」を使う。あるいは逆に,イングランドはイングランド自身の「国歌」を歌うことができない。いずれにせよ,おかしいのではないか? イングランドも,「女王賛歌」の使用をやめ,スコットランドやウェールズと同じように,イングランド独自の「国歌」を制定し,それを使うべきだ。たとえば,ウィリアム・ブレイク「エルサレム」がよいのではないか。これが,英国国歌(国歌の扱い)修正案の提案理由だ。

この法案は,UK国歌としての「女王賛歌」の廃止を求めているわけではないが,もし通れば,「女王賛歌」の使用頻度が低下し,国歌としての重みや権威が大幅に低下することは避けられない。政府が反対しているので,当面この法案成立の可能性は低いが,いずれにせよ,こうした提案が堂々と提出され,議会審議に回されること自体,英国が,一人の女王(国王),一つの国歌による強力な近代的国民国家統合から,様々な地域や民族の自立的競争的共存の方向に向け大きく転換しつつあることの何よりの証と見てよいであろう。

 160120a■英王室FBより

このような地域や民族の自立的競争的共存の理念を,世界に先駆け高らかに歌い上げているのが,ネパール国歌だ。ネパールは長年使用してきたそれまでの国歌(国王賛歌)を廃止し,2007年暫定憲法により正式に新国歌(幾百の花)を制定した。これが現行国歌。

【ネパール国歌】(一部略,訳者不詳,ウィキ日本語版)
 幾百という花からなる我々は一つの花環、ネパールの民
 主権をもちメチからマハカリまで広まりある
 ・・・・
 見識の地、平和の地、タライ平原、山間地、ヒマラヤ
 分かつことのできない、我らが愛しの祖国ネパール
 多種多様なる民族、言語、宗教、文化の宝庫
 いや進む我らが国家、ネパール万歳

【ネパール旧国歌】(冒頭部分のみ,佐伯和彦訳,『南アジアを知る事典』より)
知恵深く,雄々しく,恐れを知らぬ
尊き国王よ。
大いなる国王陛下にとこしえの栄あれ,
大君の長寿を祈り,
民びとの発展を愛もて叫ばん,
ネパールの民たる我らこぞりて。
・・・・

幾百の花(地域や民族)を一つの花環(国民国家)に統合するという理念の実現可能性や,歌詞や曲の芸術的評価はさておき,すくなくともこのネパール国歌の包摂民主主義の理念それ自体は,間違いなくグローバル化時代の世界諸国の未来を先取りしている。イギリスはかなり近づいた。日本も見習うべきだろう。

ネパール憲法には世界最先端の革命的規定が他にも無数てんこ盛り。ネパール憲法は,スゴイ!

 160120b■ネパール国章(2015年憲法付則3)

[参照]
*1 Michael Wilkinson,”Replace God Save The Queen with new English national anthem, urge MPs,” Telegraph,13 Jan 2016
*2 STEPHEN CASTLEJAN,”England Weighs Its Own Anthem to Rival ‘God Save the Queen’,” New York Times,14-01-2016
*3 しっくりこない新国歌
*4 新国歌制定への疑問
*5 新国歌は試作品だ,A.グルン

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2016/01/20 at 15:12

カドガ・KC著「丸山真男と近代日本の政治思想」

Khadga K.C.,”MARUYAMA MASAO AND MODERN JAPANESE POLITICAL THOUGHT,” International Journal of East Asian Studies, Vol.4, No.1,2015,pp.27-34.

Maruyama Masao is one of Japan’s influential political thinkers of the twentieth-century. This article attempts to briefly discuss Maruyama Masao’s thoughts on Japanese political engagement by focusing on the intellectual and psychological causes of Japan’s political ambitions over the years. Maruyama Masao commented on numerous issues like the intellectual history of Tokugawa Japan, theory and psychology of ultra-nationalism and reflections on Article IX of the Japanese Constitution. Maruyama’s modern thought helped the Japanese understand their role in nation building and the importance of preserving peace at all cost. The paper concludes that Maruyama’s political thoughts are still relevant in this day and age.

丸山真男が,急激な近現代化の諸矛盾に苦しむネパールにおいて注目され始めた。

「近現代化」とは,文字通り「近代化」と「現代化」の二重の課題を同時に遂行せざるを得ないということ。つまり,一つは,前近代的封建社会を解体して自由・平等・独立の諸個人を析出し,その諸個人から民主的な主権的国民国家を構築するという近代化の課題。もう一つは,理論的仮設としては可能であっても実際には解体しきれない文化的諸集団(民族集団,言語集団,宗教集団など)の諸要求を国家社会に取り入れるべきだという現代的な包摂民主主義の課題。

この「近代化」と「現代化」は,欧米では数世紀かけて,日本でも百数十年かけて,段階的に進行してきた。ところが,ネパールでは,これら相矛盾するところの多い「近代化」と「現代化」の二つが,ほぼ同時に,急激に,進行し始めた。これがいかに困難であり,多くの深刻な軋轢を生み出すかは,想像に難くない。

そうしたネパールの苦しみについて,欧米諸国は極めて鈍感であり,「近代化」をすっ飛ばし,一気に「現代化」をせよと無理難題を押し付け,様々な圧力をかけている。無責任極まりない。(単線的歴史発展論は,いまどき流行らないが,ここではあえて近代化抜きの現代化の危険性を強調しておきたい。)

むろん,ネパールにとっても「現代化」は避けられないし望ましくもあるが,しかし,ネパールにはネパール固有の事情がある。「近代化」は欧米にとっては過去のことかもしれないが,ネパールにとってはまだまだ追求し実現されるべき課題である。ネパールは,「現代化」を受け入れるためにも,その前提となる「近代化」について,もっと注目し,研究し,少なくともその最も基本的な諸原理だけは社会においてある程度実現しておく必要がある。

こうした観点からすると,カドガ・KC氏のこの論文は,大いに注目に値する。丸山真男こそ,欧米に遅れて近現代化した――その意味でネパールの近現代化の参考になり得る――日本を理論的に鋭く分析し,その問題点と課題を最も明晰に示してくれた20世紀日本の政治学者だからである。

カドガ氏の論文は,おそらくネパール初の学術的な丸山研究であろう。これを契機に,丸山がネパールにおいて注目され,さらに研究が進められていくことを期待している。

論文抜粋(pp.33-34, 改行追加引用者)
「戦前日本のファシズムないし超国家主義を厳しく批判した丸山のような自由主義思想家たちが育成した社会意識こそが,憲法第9条の擁護を可能としたのだ。

ところが,残念なことに,安倍首相の指導の下に,第9条の解釈が今年半ばに変更されてしまった。

日本国憲法そのものは何ら改正も変更もされていないのに,第9条の解釈変更により,日本はいまでは集団的自衛権を行使できるようになり,武力紛争当事国を積極的に支援できることになった。

換言するなら,安倍首相は,丸山が生涯をかけて反対し闘ってきたこと,すなわち日本の軍事防衛政策を正常化することに,成功したのである。」

 151212■カドガ・KC氏(同氏FB

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2015/12/12 at 21:31

マデシ闘争の正当性根拠:22項目協定と8項目協定

タライにおける反憲法闘争には,明確な政治的根拠がある。正統政府代表の署名文書という点では,それは法的根拠とさえいってもよい。「22項目協定(合意)」(2007年)と「8項目協定(合意)」(2008年)である。主な合意事項は以下の通り。

ネパール政府・マデシ人民権利フォーラム協定(22項目協定)
(前文)国家を包摂民主連邦国として再構築し,マデシをはじめ,すべてのネパール人民をその国政に包摂する。
4.マデシ,先住諸民族/ジャナジャーティ,ダリット,女性,後進諸階級,身障者,少数諸社会集団,イスラム教徒を,国家のすべての機関に比例的に参画させる。
6.地域自治権を持つ州からなる連邦制。
7.マデシのアイデンティティ,言語,文化の国家承認。
8.政治的任命職への比例的任命。
9.イスラム教徒の諸権利の保障。
12. ダリット問題の解決。
13. 市民権取得の保証。
(署名)マデシ人民権利フォーラム:ウペンドラ・ヤダブ
   政府交渉団代表:RC.ポウデル
(署名日)2007年8月30日

ネパール政府・統一民主マデシ戦線協定(8項目協定)
(前文)ネパールを連邦民主共和国とし,あらゆる形の差別を撤廃し,全国民に平等,自由,公正を保障する。
2.州は完全自治であり,完全な諸権利を保有。
4.マデシおよび他の周縁的諸社会集団を,すべての国家機関に比例的に包摂する。
5.マデシおよび他の社会諸集団を,国軍に比例的・包摂的に,かつ集団として,参加させる。
6.統一マデシ戦線の抗議活動の停止。
(署名)サドバーバナ党:R.マハト 
   マデシ人民権利フォーラム:ウペンドラ・ヤダブ
   タライ・マデシ民主党:M.タクル
   ネパール政府:ギリジャ・コイララ首相
(署名日)2008年2月28日

151010b 151010a
 ■「マデシ人間の鎖」(Madhesi Youth HP) / Madhesi Youth FB

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2015/10/10 at 08:58

憲法改正案に反対,マデシ闘争継続

コイララ内閣は10月7日,タライの反憲法闘争に対処するため,改憲案を議会に提出したが,「連邦社会主義者フォーラム(FSFN)」のウペンドラ・ヤダブ議長は,この改正案に猛反発,タライでの闘争継続を宣言した。

反対理由:
 (1)タライ諸党派と協議もせず,内閣が一方的に提出した。
 (2)マデシとの過去の諸協定(「8項目協定」「22項目協定」など)の取り決めに沿う内容ではない。

また,インド介入については,ヤダブ議長は,これを明確に否定。マデシはインドに支援されているなどというのは,何の根拠もない誹謗中傷であり,そのようなことを続けていると,印ネ友好関係が根底から破壊されてしまう,と警告した。

 151009

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2015年憲法制定へのインドの介入
新憲法成立,20日公布

[参照]
*1 “Amendment proposals unacceptable: Yadav,” REPUBLICA,Oct 8

Written by Tanigawa

2015/10/09 at 15:28

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