ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

Posts Tagged ‘即身仏

ゴビンダ医師のハンスト闘争(20)

6.第15回ハンスト
 (1)なぜジュムラでハンストか?
 (2)決死のハンスト(i) 
 (3)決死のハンスト(ii) ①ハンストと延命治療(前出)

(4)決死のハンスト (iii)
②それほど苦しくない断食
「決死のハンスト」が現代では困難になった第二の理由は,断食に対し,人道主義的人命救助を大義名分に,「強制摂食(force-feeding)」が多用されるようになったため。

ハンスト,とりわけ死覚悟の「決死のハンスト」は,不当な扱いや支配に対する最終的なギリギリの抵抗方法である。ハンストは一人でも決行できるし,「決死のハンスト」であれば命を賭けるので訴える力は極めて大きい。さらに,決死の覚悟がいかに重く衝撃的なものであるにせよ,その死さえ覚悟してしまえば,断食ないし絶食そのものは,一般に想像されるほどには苦しくはない。

断食はそれほど苦しくはないというと,まさか,そんなことはあり得ないと一蹴されるに違いないが,実験してみた限りでは,少なくとも私にとっては苦痛はさほどなかった。

数年前,ふと思い立ち,断食をしてみた。水と塩分だけを取り,何も食べないでいると,2,3日は空腹を感じたが,それを過ぎると空腹感は減少していき,それに反比例して心が和らぎ,平静となり,幸福感(euphoria)さえ感じ始めた。いわゆる「飢餓陶酔(hunger-high)」。1週間すぎたころ,ふと我に返り,これは危ない,このままでは断食死し「即身仏」になってしまうと思い,そこで断食実験は終了することにした。

ほんの一回の短い断食実験にすぎないが,その体験から,私自身は,断食それ自体はたいして苦痛ではなく,むしろ恍惚の至福に向かうものであり,自分の死期を悟ったなら断固断食死を選択する決心をした。経管栄養補給による救命・延命治療など,もっての外! この決心は今も変わっていない。

ほんの一回の短期の実験にすぎないが,この私の断食実験の結果がある程度一般化できるとするなら,ハンストそれ自体はそれほど苦しくはなく,死さえ覚悟してしまえば,「決死のハンスト」ですら想像するほどには困難なものではないことになる。

むろん,死は,誰にとっても最も恐ろしく避けたい,究極の選択である。ハンストが難しいのは,空腹・飢餓の苦痛よりもむしろ死の恐怖によるものといえる。ハンストは,その死を覚悟してしまった人にとっては,したがって想像するほど困難な選択ではない。しかも,一人でも決行でき,生命を賭しているだけに効果は劇的であり絶大だ。

この状況は,強権的支配,とりわけ民主主義が形骸化した多数派専制体制にとっては,どうあっても避けたい事態だ。「ハンスト死」は主義主張への「殉死」であり,反体制闘争の導きの星となる。体制側が,あらゆる手段を駆使して,ハンスト死を阻止しようとするのは当然といえよう。

 
 ■釈迦の断食/ガンジーの断食(1932年)


 ■山形の即身仏(やまがたへの旅

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2019/02/11 at 15:39