ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

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性的少数者の権利,先進国ネパールから学べ

東京都渋谷区が,同性カップルに「結婚に相当する関係」証明書を発行するための条例案を,3月区議会に提出するそうだ(朝日2月12日夕刊)。おくれている! われらがモデル,ネパールから学ぶべきだ。

ネパールは,マオイスト革命により,いまやジェンダー平等の最先進国の一つに躍進した。人間には,「男」「女」以外にも,様々なジェンダーが存在することは常識。過度の性アイデンティティ政治(アイデンティティ性治)に陥ることを警戒しつつも,ネパールは,多様なジェンダーの権利を認め,着実に法制化してきた[a]。
 ▼「第三の性」市民登録(「第三の性」市民権公認)==2008年9月
 ▼最高裁,性的少数者への同等の権利保障を命令==2009年
 ▼「第三の性」での有権者登録==2010年
 ▼全国人口調査に「第三の性」選択肢追加==2011年
 ▼最高裁,「第三の性」パスポートの発行命令==2013年
 ▼第二次制憲議会選挙での「第三の性」としての有権者登録155人,立候補者4人(人数未確認)==2013年11月
 ▼専門家委員会(LR・パタック委員長),同性婚法制化を求める報告書発表==2015年2月10日

このように,ネパールではジェンダー平等化が進んでいるが,この1月,ネパールに入国するにあたって,「第三の性」が入国外国人にさえ認められているのを知り,驚き感心した。

下図が,入国審査申請書の実物コピー。性別欄に,ちゃんと「第三の性(Other,अन्य)」が印刷されている。たとえ日本政府が認めていなくても,「第三の性」の欄に,下図のようにを入れ申告すれば,ネパール政府により認められる可能性がある(未確認)。ことそれほどまでに,いまやネパールは先進的なのだ。

150213

【参照】
[a]Bochenek, Michael & Kyle Knight,”Establishing a Third Gender Category in Nepal,” Emory International Law Review, Vol.26, 2012

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2015/02/14 at 13:28

カテゴリー: 人権

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ガルトゥング訪ネと積極的非暴力の理念

平和学の権威ヨハン・ガルトゥング教授(トランセンド平和大学学長)が,ネパール開催の平和集会(2月10~18日)に参加され,また政官民各界有力者と意見交換される。

130209 ■ガルトゥング教授(http://www.transcend.org/)

ガルトゥング教授は,2003年5月,2006年10~11月にも訪ネされ,和平交渉,とくに包括和平協定の締結に重要な役割を果たされたといわれている。

現在,ネパールでは,マオイスト連立政府(バッタライ首相)の無議会統治がずるずると続き,挙国政府設立のための諸党合意がいつになるのか皆目見当もつかない。正式憲法もなく,最高裁など主要国家機関の構成員も減少しており,統治の正統性そのものが日々損なわれていく。国家存立の危機といってよい。

今回のガルトゥング教授訪ネの目的も,講演や意見交換などを通して平和構築への合意形成を促し,平和プロセスを前進させることだという。成果を期待したい。

ところで,ガルトゥング教授の平和学の核心は,平和的手段による紛争転換(トランセンド)による「積極的平和」の実現である。この平和学は,グローバル化時代の平和理念として,広く認められている。また,ネパール人は,「消極的非暴力」は得意だが,「積極的非暴力」は不得手だ,という批判も鋭く的を射ている。

 *消極的非暴力=negative non-violence. 市民的抵抗,デモ,非協力など。非暴力による抵抗
 *積極的非暴力=positive non-violence. 国家構築,平和構築など。制度や組織の積極的構築

しかしながら,その一方,ガルトゥング教授は,積極的平和(積極的非暴力)をどう実現していくか,という点では,やや具体性に欠ける嫌いがある。「平和を求めるなら,飢餓をなくせ」(Nepali Times, #626)といわれても,「では,具体的にはどうのようにして?」ということにならざるをえない。

また,教授の連邦制論は一種の「原理主義」であり,観念論の域を出ない。「各州は,資源と言語等の自決権を持つが,それでも一つの国民・一つの国家の部分として機能する」(同上)といわれても,「では,どのように州を区画するの?」とか,「無資源州はどうするの?」とか,「少数言語必修の生徒の就職は?」などと問われたら,答えようもない。

ガルトゥング教授には,制度としての「王制」と具体的な「国王」個々人とは区別すべきだとか,同性婚は欧米では必要だがネパールでは時期尚早だ,などといった極めて現実的・保守的な主張もある(同上)。各論に入れば,教授も現実主義者とならざるをえないのだ。

ネパールはいま,理念というよりは各論をめぐって議論が錯綜し,収拾がつかなくなっている。そもそも「積極的平和」「積極的非暴力」は,具体的な各論がなければ空虚な観念論にすぎない。それは、「消極的平和」「消極的非暴力」よりもはるかに複雑多様で、高度な政治力を必要とする。現実との妥協も避けられない。難しい課題だが、教授には,あえてその各論に一歩踏み込み,できるだけ具体的な平和構築のための政策提案をしていただきたい。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2013/02/09 at 18:22