ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

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音楽に食傷気味:オーストリア

オーストリアは,いうまでもなく音楽の国。モーツアルト,ベートーベン,シューベルト,ハイドン,ヨハン・シュトラウス父子,マーラー・・・・。これら綺羅星のごとき大作曲家たちの生家や住居など,ゆかりの地があちこちにあり,いたるところで彼らの曲の演奏会が開かれている。

彼らは商品宣伝用にも引っ張りだこだ。特にモーツアルトは大活躍。様々なモーツアルト・グッズが,お土産屋ばかりか庶民向けスーパーにさえ,たくさん並べられ,売られている。

楽器の中では,やはりピアノ。いたるところに置いてある。とりわけびっくり仰天したのは,トイレ。公衆トイレにすら,ピアノが置いてある! トイレ・コンサートでも開催するのだろうか?

コンサートは,本格的なものから観光客向けのものまで様々あるが,お勧めは教会のパイプオルガン。あちこちに大きな教会があり,ほぼ例外なく立派なパイプオルガンが設置されている。礼拝などに参加すれば(信者でなくても大丈夫),天国から降り注ぐかのような荘厳な音楽に浸ることが出来る。私は,ザンクト・ペルテンのドーム教会の日曜礼拝に入れていただき,オルガン演奏を聴かせていただいた。

あるいは,アマチュア楽団のコンサート。ゼーフェルトには,アメリカから高校生バンドが友好訪問していて,野外コンサートを開催していた。アルプスの高山と高地の花々を愛でながら,高校生たちの真剣な演奏を聴いていると,すがすがしい気分に包まれ,心底からリフレッシュされる。

音楽の国オーストリアでは,このように音楽があふれており,さまざまな音楽を十二分に楽しむことが出来る。が,それはそうであるにしても,興業化・商品化された音楽がこれほどまでに多いと,そうした音楽には食傷気味となるのも偽らざる事実だ。

オーストリアで,プロによる本格的な演奏会ではなく,高校生バンドや教会パイプオルガン演奏にむしろ魅かれ癒されたのは,おそらくそのためであろう。

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■モーツアルト像(ザルツブルク)

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■ベートーベン住居/ヨハン・シュトラウス住居(いずれもウィーン)

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■ハイドン・ハウスの中庭と室内(ウィーン)

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■ザルツブルク「ドーム・コンサート」,モーツアルト:ピアノソナタ,Orpheus Concerts and Artists(45分,22ユーロ)

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■王宮中庭演奏会(入場無料,インスブルック)/米高校生バンド演奏会(入場無料,ゼーフェルト)

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■ザンクト・ペルテンのドーム教会/デュルンシュタイン修道院教会パイプオルガン

谷川昌幸(C)

 

Written by Tanigawa

2016/07/20 at 01:47

過疎化と老齢化と葬儀社の品位

5月連休後半を故郷の丹後で過ごした。快晴で新緑が目に鮮やか。山野はいたるところ生命の息吹に充ち満ちていた。

ところが,自然とは対照的に,地方の生活は過疎化と老齢化で荒涼としている。空き家が増え,耕作放棄地がいたるところ見られる。人が減ると学校や商店などがなくなり,不便となると,また人が減る。悪循環だが,止めようもない。

そうしたなか,おそらく唯一,地方で繁盛しているのが,老人向け産業だ。地方で新しい豪華な建物が目に入れば,たいていそれは老人施設か葬儀場だ。加速度的な老齢化だから,これは当然の成り行きといえよう。

しかし,それはそうとしても,今回驚いたのは葬儀社の派手な宣伝。わが家周辺の町村の総人口はせいぜい数万程度だが,顧客急増の葬儀社はネット電話帳で見ただけでも20社ほどある(支社・営業所等含む)。それらの葬儀社が,死亡者が出ると,新聞に競って死亡通知広告を折り込むのだ。

死亡通知広告には,死亡者の姓名,死亡日,年齢,肩書き,住所,喪主,親族,葬儀会場,葬儀日時,出棺時間など事細かに記載し,そして引き受け葬儀社の各種葬儀商品の説明が地図と共に大きく掲載されている。プライバシーなし。もちろん,黒枠

葬儀社は,死亡者が出ると,いち早く情報をつかみ,葬儀を引き受け,黒枠死亡通知広告を印刷し,それを朝刊(地方は朝刊のみ)に折り込み,各家庭に配達してもらう。

村の人々は,朝起き,新聞を開くと,いやでも黒枠死亡通知広告が目に入る。読者はほとんど老人。「まだ若いのに・・・・」とか「この歳ならしかたないなぁ・・・・」などと,自分と比べ,ため息をつく。自分が顧客になり,広告に載る日のことを,多かれ少なかれ,思わざるをえないのだ。

先週の,たしか5月8日だったと思うが,朝刊を開くと,4人の黒枠死亡通知広告がドサッと出てきた。小さな町村なのに,なんと4人も!

葬儀社にとって,人が死ぬと,それはビジネス・チャンス。いち早く情報をキャッチし,葬儀一式を売り込み,死亡通知広告を配布する。広告のターゲットは,もちろん死を待つ老人たちだ。顧客老人は多いが,葬儀社も多い。勢い,競争は激しくなる。

これは,まさしく死の商人。峻厳な死への畏れは,いったいどこへ行ったのか? 金儲けの前では,人としてのつつしみ,たしなみ,品位,品格といったものへの配慮は色あせ,蹴散らされ,もはやどこにも見られない。

朝っぱらから黒枠死亡通知広告を一方的に送りつけ,老人たちを脅し,それで商売が成り立つとは,よい時代になったものだ。資本主義は万物を商品化する。死も例外ではない。

地方の過疎化は,人間も倫理もますます疎外しつつある。死すら商品化された地方の人々は,自分自身の死すら奪われ,死ぬに死ねない有様だ。日本の地方は,もうダメだ。

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■朝刊折り込みの死亡通知広告(2013年5月)

【追加2013/5/23】
葬祭関係の方から,次のようなご意見をいただいた。

▼地域コミュニティは,かつては緊密であり,死亡情報も伝令により共有されていたが,生活の変化で困難となり,迅速大量伝達方法として新聞折り込み広告を使うようになった。

▼地域の人びとにとって,新聞紙面の死亡通知欄よりも,配布範囲を限定できる折り込み広告の方が,好都合であった。

▼このような地域の理解と利益により,新聞折り込み広告が使われるようになった。

▼したがって,新聞折り込み広告は,地域社会・葬儀社・新聞販売店の「三方一両得」となり,「地域の独自の文化」となった。

丹後の現状は,このご意見の通りだと思う。新聞折り込み死亡広告は,多かれ少なかれ遺族・関係者の了解のもとに作られ,配布され,それを地域社会も受け入れているということであろう。

では,この新しい慣行をどう考えるか? 便利で必要だと肯定的に考える人もいれば,私のように,いくら何でもやり過ぎだと考える人もいるであろう。これは評価の問題だから,意見が分かれるのは致し方ない。

現代は,万物を商品化する資本主義社会であり,そこでは,多かれ少なかれ,たとえば教師は「知の商人」,画家は「美の商人」,男女は「愛の商人(性の商人)」たらざるをえない。そして,商品化されればされるほど,「知」や「美」や「愛(性)」は,それ本来の在り方・扱われ方から離れ,利潤のための手段とされていく。「死」とて例外ではあるまい。

このような観点から見た場合,人の死や葬儀はどうあるべきか? いま一度,原点に立ち戻って,考え直してみるべきではないだろうか。

【参照】ショッピングモールみたいな日本の葬儀場
「ヨーロッパの教会や、日本の昔ながらのお寺は、ここで最後に送られるんだったらまあいいか、という感じがありますが、今は葬儀場でさえ、イオンモールみたいな感じになってきています。・・・・ 」(死んだ家族が、“戻れない”マンションができるわけ 養老孟司×隈研吾 日本人はどう死ぬべきか? 第3回,『日経ビジネスオンライン』2014/12/18) [2014-12-19追加]

スーパーやネットでお葬式(2016年2月2日追加)
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  ■朝日新聞(2016年2月1日)/価格COM HP(2016年2月2日)

アマゾン「お坊さん便」大繁盛(2016年2月22日追加)[アマゾン閲覧2月22日]
 Amazon [お坊さん便] 法事法要手配チケット (移動なし)
 価格:¥ 35,000  5つ星のうち 3.1 55件のカスタマーレビュー  通常3~5週間以内に発送します。 在庫状況について
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谷川昌幸(C)

 ウェッブ魚拓,削除申し立て済(2013-05/21)。

Written by Tanigawa

2013/05/12 at 21:07

ミスコン不正非難の的外れ

ネパールでは,ミスコンテスト(ミスコン)がますます盛んになってきた。ミス・ネパールを筆頭に,ミス・ライ,ミス・ネワ,ミス・モンゴル,ミス中西部,ミス10代,ミスSLCなど,無数にあるそうだ。

ところが,Pramila Rai, “Ugly face of a beauty pagent”(Republica, 30 Jul)によると,ミスコンでは,参加費不正,コネ・買収による不公平選考,セクハラ,参加者いじめなどが横行しているという。

こうしたミスコン批判は他にも少なくないが,それらに共通するのは,ミスコンの不正・不公平はけしからん,公平・合理的に運営・選考せよ,という主張だ。

しかし,これはミスコンの本質を問わない,的外れな議論だ。正式憲法も議会もなく,政党は離合集散,政争に明け暮れ,まともな統治は望むべくもない。経済はガタガタ,地方農村は疲弊し飢餓さえ心配されている。先進国のミスコンをアナクロとするなら,ネパールのミスコンはグロテスクだ。

ミスコンは女の商品化であり,その選考を「合理化」すればするほど,客観性の外観が強化され,差別化が進行する。ミスコンなど,選考が不公平・不合理であればあるほど,社会に与える害は少ない。

ネパールにおいて,公平さ,合理性が求められるべきは,ミスコンではなく,統治においてである。

ミスコン関連記事

■ミスコン事例(一部)
ミスSLC  ミス10代  ミス中西部
ミス・ライ2012  ミス・モンゴル2012  ミス観光2011

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2012/08/01 at 14:28

カテゴリー: 社会, 文化, 人権

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自治区宣言・赤旗・女商売

マオイストは12月12日,シンドパルチョーク,ラスワ,ヌワコット(一部)をHelmu自治区と宣言し,Nima Lamaを代表(coordinator)に任命した。タマサリン自治州内の自治区となるそうだ。自治州には自決権も認められる。これはスゴイ! 一国二政府どころではない。ネパール爆裂だ。

それを報道するメディアもまた,飛んでいる。巨大マオイスト赤旗の下に,性的(セクシィ)中国女性紹介サイトの宣伝を掲載している。赤旗を振り振り女商売だ。

槌鎌の赤旗は,いまや女商品化のトレードマーク。それを許す中国は,さすが超大国,この程度のことに目くじらを立てることはない。この旗の下に某自治区が表示されると,烈火のごとく怒り,こんなちっぽけな資本主義の走狗などあっという間に圧殺してしまうであろうが。

 
赤旗の下のDate Sexy Chinese Womenをクリックすると右の性的中国女性紹介となる。ekantipur, Dec 14.

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2010/12/14 at 11:00