ネパール評論 Nepal Review

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国家世俗化とキリスト教墓地問題

キリスト教墓地問題は,一応の決着がついたかに見えたが,いつものように政府の約束は言葉だけで,実行は棚上げらしい。
  レグミ内閣とキリスト教墓地問題
  キリスト教墓地要求,ハンストへ
  キリスト教墓地問題検討委員会発足
  クリスマスと墓地問題
  墓地紛争:キリスト教vsヒンドゥー教
 ▼キリスト教墓地問題一覧

1.深夜の無断埋葬
カトマンズ・ポストのアンキト・アディカリ「拒絶された墓地」(8月23日)によれば,ネパールのキリスト教徒は,墓地を拒否され,死者の埋葬ができず,切羽詰まったぎりぎりの事態に追い詰められている。

ある日,カトマンズで信者2人(男性82歳,女性62歳)が病死したが,カトマンズには墓地はない。そこで深夜,ひそかにジープでヌワコットのトリスリ川沿いの人里離れた森まで運び,すばやく穴を掘り,2人を埋め,急ぎカトマンズに戻った。地元民には,もちろん内緒。

このような方法での信者埋葬は,ヌワコット以外にもダディング,ラウタート,シンドバルチョーク,カブレなどあちことで行われており,時にはスルケットまでも運ぶこともあるという。「よくないに決まっているが,ではどうすればよいのか? 他に方法はないのだ。」(BG.ガルトラジ全国キリスト教連盟[FNCN]議長)

2.ゴティケル墓地の棚上げ
カトマンズ盆地のキリスト教徒が,このような深刻な事態に追い込まれたのは,政府が約束を実行せず,墓地問題を棚上げにしているからだ。

従来,カトマンズ盆地のキリスト教徒(及びキラント諸民族)は,パシュパティ寺院のシュレスマンタク・バンカリの森への埋葬を黙認されていた。ところが,2006年革命の結果,国家世俗化が実現し,これによりヒンドゥー教側もかえってアイデンティティを明確化させていき,2011年1月,「パシュパテ地区開発トラスト(PADT)」が寺院敷地内のバンカリの森への埋葬を拒否する決定を下した。

この埋葬拒否により深刻な事態に陥ったキリスト教会は,2011年4月,ハンストを決行,政府に「墓地問題検討委員会」を設置させた。そして,そこでの交渉の結果,政府はラリトプル郡ゴティケルに2000ロパニのキリスト教墓地をつくることを約束した。ビノド・パハディ委員長によれば,すでにゴティケルの住民やラリトプルの郡庁と郡森林局の同意も得てあるという。

ところが,この約束は実行されないまま,委員会が任期切れとなってしまった。ゴティケル墓地は棚上げ。抗議すると,政府は造るというが,口約束だけ。「もし今度も空手形なら,強力な抗議運動を全国に呼びかける」(ガルトラジFNCN議長)

3.国家世俗化とキリスト教
2006年革命により,ネパールはヒンドゥー教国家から世俗国家に転換した。ヒンドゥー教にとっては,これは大敗北であり,他宗教,とくにキリスト教への敵愾心を強めている。パシュパティの森の墓地問題は,その最も極端な実例である。

キリスト教徒は,全人口の1.4%とされている。少数派だが,バックに欧米のキリスト教会が控えており,世俗化の追い風に乗り勢力を急拡大させている。たとえば,この記事を書いたカトマンズポストのアンキド・アディカリ編集委員は,クリスチャンか否か不明だが,出身校は,聖ザビエル校(カトマンズ)である。

聖ザビエル校は,イエズス会系の学校であり,ネパールには5校ある。カトマンズ校は1988年設立で,いまや大学院までもつ超名門エリート学校。アディカリ氏は,この学校で英文学を修め,ジャーナリストとなったようである。

彼のこのような経歴が,おそらく彼をしてキリスト教会への理解を深めさせ,墓地問題を追わせているのだろう。彼の記事そのものは,問題に即して書かれており公平と見えるが,ヒンドゥー教徒の側から見ると果たしてどうなるか? ここが難しいところだ。

130831a ■聖ザビエル校(カトマンズ)

キリスト教会側の攻勢は,教育以外でも様々な形で展開されている。たとえば,これはタルー民族への働きかけ。詳細はわからないが,「はじめに言葉があった」と信じるキリスト教のこと,タルー以外にも様々な少数民族の言葉で布教を進めている。

130831b ■Good News THARU

4.宗教対立激化のおそれ
国家世俗化は,一般に,宗教対立の緩和が目的だが,ネパールでは,少なくとも今のところ,それは宗教アイデンティティの強化→宗教対立の激化という逆の結果をもたらしている。

墓地を取り上げ,死者を埋葬させない! これはセンセーショナルな切羽詰まった問題であり,外部からの干渉も招きやすい。対処を誤ると,ネパールは取り返しのつかない深刻な宗教紛争に陥ってしまうだろう。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2013/08/31 at 08:48

レグミ内閣とキリスト教墓地問題

キリスト教墓地問題の解決が,レグミ暫定内閣の初の「成果」となりそうだ。カーター元大統領の訪ネも,おそらく影響しているのであろう。

レグミ暫定内閣議長(首相代行)は,就任早々,新たな墓地問題特別委員会を発足させた。委員長はビノット・パハディ元CA議員,委員は16人で,その一人は「ネパール全国キリスト教連盟(FNCN)」のCB.ガハトラジ書記長。この委員会は,75郡すべてにキリスト教徒らの墓地を設置することを決め,7月15日までに用地の選定を終える,と発表した。実現すれば,画期的なことだ。

「これまで,キリスト教徒とキラント諸民族は,自費で土地を購入し,墓地として使用してきた。しかしながら,墓はしばしば冒涜され,墓地は没収された。多くのところで,土地は少なく,一つの墓に10遺体も埋葬する有様だった。」(Asia News, Mar21,2013)

キリスト教墓地については,2009年,パシュパティ寺院の近くのシュレシュマンタクの森が割り当てられたが,ヒンドゥー教徒が猛反発,使用禁止とされた。これに対し,2011年,最高裁が使用禁止処分の取り消しを言い渡したが,警察もパシュパティ寺院も使用を認めてこなかった(ibid)。しかし,今度は大丈夫だろう,とガハトラジFNCN書記長はいう。

「今回は大丈夫だろう。以前のマオイストや共産党政府は,マイノリティを政治目的で利用しただけだったが,新政府は政党利権とかかわらない官僚たちから構成されているからだ。」(ibid)

以前も紹介したように,このところキリスト教徒は急増している。数字は種々あるが,たとえば――

▼国家人口統計
 2006年 キリスト教徒 全人口の0.5%(カトリック教徒は4,000人)
 2011年 キリスト教徒 全人口の1.5%(カトリック教徒は10,000人)

このイースターにも,受洗者は多かった。「洗礼志願者の多くは,2008年のヒンドゥー教王国崩壊後,活発化したカトリックの学校や慈善団体の活動を通してカトリック教会を知ることになったヒンドゥー教徒であった。彼らは,2年間,キリスト教を学び,受洗した。」(Asia News, Apr2, 2013)

「これは,キリスト教徒に信仰の自由が認められるようになった近年の状況の好転によるところが大きいが,それだけではなく,ヒンドゥー教やマオイズム・共産主義の退潮にもよるものだ。この数十年間,マオイズムや共産主義は,ネパール青年の多くにとって自由のモデルであったのだ。」(ibid)

こうしたキリスト教拡大を受け,「殉死者・不明者調査委員会」は,この一月,ジョン・プラカシ神父を,キリスト教徒初の「国家殉死者」とすると発表した。神父はインド生まれのインド人だが,2008年,ヒンドゥー原理主義者に殺害された。発表通り「国家殉死者」に叙されたかは,不明。

いずれにせよ,近年のキリスト教の拡大は,顕著である。ただ,一神教で,死者復活を信じるキリスト教が,ネパールのヒンドゥー教や仏教の伝統とは,原理的に異なる宗教であることは,いうまでもない。

アメリカなどで行われる「遺体防腐処置(embalming)」では,遺体から血液を抜き去り,防腐剤を入れ,スーツやドレスを着せ,埋葬する。もちろん,時が満ちたとき,生前の姿のまま復活するためだ。これに対し,ヒンドゥー教徒は,河岸で火葬後,遺灰はバグマティ川(ガンジス川)に流す。死生観が原理的に異なる。

130410a ■防腐処置されたリンカーン(May6,1865)

130410b
■ヒンドゥー教徒の荼毘(パシュパティナート,2009年8月23日)

こうした二種類の宗教が,いまネパールで真正面から対峙し,勢力関係が大きく変わろうとしている。宗教的にも,ネパールは非常に不安定な状況になってきたといわざるをえない。

【参照】キリスト教

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2013/04/10 at 14:54

世俗国家ネパールのクリスマス祭日(再掲)

以下は,2008年12月24日掲載の記事。ワードプレス移転により書式が崩れたため,再掲。掲載後3年で状況が大きく変化し,本格的な宗教紛争勃発も危惧されている。
[関連記事]
 ・神々の自由競争市場へ? 新憲法の課題
 ・死者をめぐる神仏の争い
 ・墓地紛争:キリスト教vsヒンドゥー教
 ・墓地紛争,ヒンドゥー惨敗か?
 ・キリスト教会,「宗教省」設置要求
 ・キリスト教墓地問題
 ・最高裁,パシュパティ埋葬許可命令
 ・墓地問題でハンスト抗議
 ・「布教の自由」要求:キリスト教会
 ・キリスト教墓地問題検討委員会発足
 ・首相官邸に棺桶,議会前に遺体:キリスト教会
 ・キリスト教墓地要求,ハンストへ

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世俗国家ネパールのクリスマス祭日

ネパールでは,今年からクリスマスが国民祭日(国家祭日)となった。2006年民主革命により世俗化したネパールが,なぜキリスト教の祭日を国民祭日とし,全国民にキリスト生誕を祝わせるのか? これは政教分離の原理問題であるばかりか,キリスト教と他宗教との関係をめぐる現実的な生臭い政治問題でもあり,理論的および政治的に慎重に検討し対処しないと,将来,深刻な宗教紛争に発展する恐れがある。

1.1990年革命とキリスト教
キリスト教は,1990年民主化革命以前は,厳しく規制され,民衆に布教すると,逮捕・投獄された。そのため,革命以前のキリスト教徒は,3~5万人にとどまっていた。

この状況は,90年革命で信仰の自由が認められたことにより改善され,信者数も増加し始めたが,1990年憲法は依然としてヒンズー教を国教とし,しかも布教制限規定をもっていたため,布教の自由は実際には大幅に制限されていた。たとえば,2000年10月,ノルウェー人を含む4人のクリスチャンが東ネパールで布教したとして逮捕され,国際問題になった。

(注)1990年憲法
第4条 ネパールは,・・・・ヒンズー教立憲君主国である。
第19条(1) 何人も・・・・古くから継承されてきた自分自身の宗教を信仰しかつ実践する自由を有する。ただし,何人も,他人をある宗教から別の宗教に改宗させる権利をもたない。

2.2007年暫定憲法とキリスト教
2006年革命とその成果としての2007年暫定憲法は,この状況を大きく変えることになった。暫定憲法に基づき2008年4月10日に制憲議会選挙が実施され,これにより成立した制憲議会は5月28日の初会議でヒンズー教王制を正式に廃止し,ネパールを世俗の民主共和国とした。

むろん過渡期の憲法である現行2007年暫定憲法には,1990年憲法と同じ布教制限規定がそのまま残っているが,国家が世俗化され,ビシュヌ神化身としての国王も廃止されたので,この規定の発動は実際には難しくなっている。

(注)暫定憲法
第23条(1) 何人も・・・・古くから継承されてきた自分自身の宗教を信仰しかつ実践する自由を有する。ただし,何人も,他人をある宗教から別の宗教に改宗させる権利をもたない。

マオイスト幹部のバルシャマン・プン(アナンタ)も,全ネパール・キリスト教評議会の大会に出席し,世俗国家ネパールは宗教の自由に対する制限をすべて撤廃し,「すべての宗教を平等に扱う」と語っている(Christian Century, Jul.1, 2008)。

キリスト教会は,いまようやく,念願の布教の自由を獲得しつつあるのである。

3.キリスト教徒の激増
世俗共和制の成立を,キリスト教会は布教のチャンス到来と諸手を挙げて大歓迎した。

「世俗共和制は,人民の勝利であり,宗教の自由への前兆である。」Simon Pandey, General Secrretary of the National Churces Fellowship of Nepal (Christian Century, Jul.1, 2008)

「ネパールは世俗民主制への道を歩んでおり,宗教の自由はいまや確実なものとなっている。」Plus Perumana, Vicar General of the Roman Catholic Church in Nepal (ibid)

「以前のネパールでは,クリスチャンはゴスペル(福音)を説いたというという理由で逮捕・投獄されていたという。・・・・ナラヤン・シャルマ(アジア・ゴスペル協会ネパール代表)によれば,彼自身も信仰を告白したという理由で逮捕され,地下牢のような刑務所に投獄された。・・・・ところが,以前はクリスチャンの逮捕を報道していた国営ラジオ局が,いまではゴスペル番組を流している,とシャルマは語った。」(Christian Post, Jul.14,2008)

この国家世俗化の効果は,早くもキリスト教徒の激増となって現実のものとなっている。いまでは,ネパールは「キリスト教社会の成長が世界で最も速い国の一つ」である(World Council of Churches, Sep.9, 2008)。概数であるが,いくつか数字をあげると:

<現在の信者数>
 ・100万人[Christian Century, Jul.1, 2008]
 ・80万人,6000会衆(2007.11) ← 5万人(1991年以前)[Ecumenical News International, Nov.24, 2007]
 ・70万人(2008.11) ← 3万人(15年前)[Anne Thomas, Bible Society UK, Nov.27, 2008]
 ・700万人[70万人?],1500会衆(2006.5) ← 5万人(1990年以前)[Simon Gurung, Ecumenical News International, May.8,2006]

これらの数字を見ると,1990年革命以前はほんの数万人にすぎなかったキリスト教徒が,現在では70~100万人に激増したことが分かる。

信者数100万人といえば,すでに大勢力であり,政治的にも無視し得ない力を獲得しつつあるといえる。

4.青年層のキリスト教化
では,いったい誰がキリスト教に改宗しているのか? これは容易に想像がつくように,主に青年層である。

「ネパールの教会の成長の中心を担っているのは,青年たちだ」Raju Lama, President of the United Christian Youth Fellowship in Kathmandu (Ecumenical News International, Nov.24, 2007)

たしかに,ネパール関係の教会HPを見ると,まず家族の中の若者がキリスト教に改宗し,それに激怒する親族を根気よく説得し,容認させ,そしてついには親族一同を改宗させる「美談」がいたるところで紹介されている。

教会の宣伝だからある程度割り引くとしても,大筋では,このような形でキリスト教への大改宗が進行しているのであろう。

5.下層民のキリスト教化
もう一つ,注目すべきは,教会が下層民への布教に力を入れていることである。教会自身は明らかにしていないが,数が多いのはおそらくこの層の改宗者であろう。下層庶民に先駆けて,「目覚めた」中層・上層の知識人や若者が改宗し,彼らの指導の下で下層民が大挙して改宗する。そのような流れが始まっているのだろう。

教会記事によれば,教会は食事や物品を提供し,音楽やダンスをふんだんに織り込み,下層民を教会へと誘導している。

「バイダ(1995年ヒンズーからキリスト教へ改宗)の説明によれば,教会の人々は若者たちに音楽,スポーツ,能力開発の機会を恒常的に提供している。これがネパールの青年たちをキリスト教に引きつけることになっている,と彼は語った。」(Ecumenical News International, Nov.24, 2007)

「ミャンマーの宣教師によれば,サイクロン被災後,地方の人々は,宣教師や教会ボランティアたちが食事や物品を配っているのを見て,そこに神の心を見て取った。/『仏陀は,私たちが苦しんでいるとき,何もしてくれなかった。が,皆さんのイエスは,私たちを愛してくれている』と,ある家族が語ったのを,その宣教師は記憶している。『いまでは,日曜日になると,彼らは教会に来て,主を礼拝しています』と彼はつけ加えた。」(Christian Post, Jul.14, 2008)

ネパールに行くと,知識人や政治家たちが,キリスト教会は食事・物品・教育・留学などの供与や,音楽・ダンスなどの娯楽提供で改宗を働きかけているとさかんに教会批判をするが,この批判には全く根拠がないわけではない。ネットの教会HPやユーチューブを見ると,そんな宣伝記事や映像があふれている。

それにしても,イエスは助けてくれるが,仏様は冷淡だ,などといった下品なことは,たとえそうした傾向があるにしても,言ったり報道したりすべきではない。非難している方のお里が知れるだけだ。
  

6.神々の自由競争市場
1990年の民主化がネパールに資本の自由競争市場をもたらしたとすれば,2006年の世俗化はネパールに神々の自由競争市場をもたらしたといってよいだろう。

以前は,ヒンズー教が国教であり,ヒンズーの神々は国家権力で保護されており,競争は厳しく制限されていた。ところが,世俗国家になり,そうした参入障壁が除去され,ヒンズー教の神々は仏教の仏たちやキリスト教の神と,生き残りのための自由競争をせざるをえないことになった。

これは資本主義社会における企業の自由競争と同じく,勝つも負けるも自己責任であり,その限りでは公平だといえる。

しかし,ここで注意すべきは,資本主義社会の自由競争は,実際には対等者間のフェアな競争ではあり得ないことだ。アメリカを筆頭に,資本家は国家権力に保護・支援されており(政府は資本家の総代表),自己責任をとる意思も能力もない。今回のアメリカ発世界金融危機で図らずも露見したように,市場の公平を唱え,自己責任と自由競争を世界中に強制してきた先進諸国の政府や大企業が,手のひらを返したように,国家介入による自国企業の保護・支援を強硬に要求している。節操も,恥も外聞もあったものではない。

同じことが,神々の自由競争市場についてもいえる。かつてキリスト教会は「宣教師と軍隊」と言われるように,軍隊の力を借りて非西洋世界を強引にキリスト教化していった。

また,そうした露骨な軍事的脅しがない場合でも,キリスト教会には富と科学力の後光が差していた。非西洋世界の人々は,この光背に目を奪われ,教会に近づき,そしてキリスト教化されていった。もちろん,いかに光背が輝かしかろうと見向きもしない信仰堅固な国もあれば,日本のように,おいしいエサだけ喰って,ご本尊には見向きもしない不届きな国もあるにはあったが,そうでない多くの国々はエサもろともハリを飲み込み,釣られていった。

キリスト教会が,そうした手練手管で非西洋世界をキリスト教化し,土着の多様で豊かな文化を滅亡させていった経緯を見ると,キリスト教の神の偉大よりもむしろ神の強欲・無慈悲を感じざるをえない。

ネパールは,世俗化により,神々の自由競争の時代に入ったが,以上に述べたように,神々は決して対等な条件で競争するのではない。もしネパールの人々が,ネパールの社会的・経済的条件を無視し,キリスト教世界の言うがままに神々の自由競争を認めたら,大変なことになる。

先進諸国の大企業は,強大な国家の強力な支援を得ている。そんな大企業と自由市場で競争したら,途上国の企業や労働者たちは負けるに決まっている。同じく,もし富と力と科学のケバケバしい光背付きのキリスト教会と自由競争市場で競争したら,貧弱な光背しかないネパールの神々は負けるに決まっている。

ネパールのキリスト教徒はすでに70~100万人に達している。日本が180万人程度(2000年)なので,人口比では日本よりもはるかに多い。このままだと,いずれ宗教紛争が勃発する危険性が高い。
 

7.政教分離の原則
宗教の勢力関係が急変しつつあるネパールにおいて,もっとも危惧されるのは,政治家たちが,こうした状況下で最低限必要とされる「政教分離の原則」について全くといってよいほど関心を示していないことである。

いくども指摘したように,ヤダブ大統領はヒンズー教宗教儀式に頻繁に参加している。一方,ネワング制憲議会議長は,キリスト教会の催しに出席し,祝辞を述べている(Christian Post, Jul.14,2008)。(この点,プラチャンダ首相は,管見の限りでは,いかなる宗教儀式にも首相としては出席しておらず,節を通している。やはり,勇敢であり,偉い。)

いまネパールでもっとも必要なことの一つは,政教分離の原則の確立だ。電力不足問題よりも,緊急度ははるかに高いといってよい。政教分離の原則を確立しておかないと,微妙な問題の多い宗教政策が無原則となり,大混乱を来すことになる。

信仰は個々人の内面の問題であり,ここに国家権力が介入することは,民主国家では絶対に許されない。その意味では,神々は人々の良心の前で自由競争をし,選ばれた神がその人の信仰となる。

しかし,宗教活動は社会の中で展開され,外面性を帯び,この部分については政治権力による規制を受ける。この規制をどのようにするかは,極めて難しい問題である。それぞれの社会が,その社会の実情に応じて,最適な方法と範囲をその都度具体的に決めていかざるをえない。

また,宗教の外面的活動のうち政治的・法的規制になじまない事柄については,社会が世論ないし常識(コモン・センス)による規制を行なう一方,宗教自身も信仰の本質に照らし自己規制していかなければならない。

信仰は絶対に自由だが,外面性を帯びる部分については,自由放任は許されない。自由放任は強者の利益である。政治でも経済でもそうであった。宗教が例外であるはずがない。
 

8.イエスの真実
私は,政治国家が,いずれかの宗教を国教としたり特権的に保護するのは誤りであり,民主国家では許されないことだと確信している。国家は,国民生活の外面的安全の保障に,その任務を厳しく限定すべきである。

したがって,当然,神々は人々の支持を求めて自由競争せざるをえない。ただし,その競争が真に公平な競争となるように,神々も富や力の外面的光背を外し,内面的な信仰の場で裸になって競争すべきである。

そのモデルの一つが,イエス・キリストその人である。イエスは,おそらく政治的権力も軍事的権力も経済的権力も何一つ持たない,世俗的には無力な人であったのだろう。イエスは,そのようなものは一顧だにせず,つねに貧しい人,悩み苦しんでいる人,虐げられている人と共にあり,その苦しみを共に苦しみ自らに引き受けようとし,そしてついには自分の生命までも罪深き人々のために献げてしまった。

私が理解するところでは,キリスト教の神は,人をしてイエスのこのような生き方に習うことを求める神であろう。

もしキリスト教の神がそうした神であるのであれば,たとえ他の神々が現れても,よもや富や外面的な力でそれを屈服させ排除することを人々に求めたりはしないであろう。

私はクリスチャンではないが,イエスが説き,身をもって示したこの神の真実こそが,真の平和への道であると信じている。このことは,近著(高橋・舟越編『ナガサキから平和学する』法律文化社)において,もう少し詳しく説明している。機会があれば,ご覧いただきたい。

(未完草稿)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2011/12/18 at 12:43

キリスト教墓地要求,ハンストへ

1.復活のための遺体
墓は,キリスト教にとって,おそらく他のどの宗教におけるよりも大切だろう。自分の身体(骨)を残さねば,唯一独自の存在たる自分が復活し,永遠の命をえることができなくなるからだ。したがって,本来なら,火葬は許されず,ましてや海への散骨など,もってのほかということになる。

2.国家世俗化による社会宗教化
ネパールがヒンドゥー教国家であった頃は,キリスト教は抑圧され,埋葬などの権利を表立って主張できなかった反面,地域社会もパシュパティ森への埋葬を黙認するなど,キリスト教を諸宗教の1つとして事実上容認してきた。

ところが,2006年革命により,ネパールが世俗国家となり,各民族・各宗教の固有の「権利」が公認されると,キリスト教も当然ながら自己のアイデンティティを明確化させ,信者各個人の永遠のアイデンティティの地上における拠点たる墓を要求し始めた。

直接の引き金は,「パシュパティ地域開発トラスト(PADT)」によるパシュパティ森キリスト教徒埋葬拒否宣言だが,国家がアイデンティティ政治を公認し推進し始めたのだから,ヒンドゥー教側も自己のアイデンティティの明確化に乗り出し,そうした宗教紛争を引き起こすのは当然といえよう。

3.墓地要求ハンスト
こうした流れを背景に,キリスト教会は,10月31日までに,カトマンズ地区にキリスト教墓地が確保されるめどがつかなければ,全国ハンストに入ると宣言した。「キリスト教墓地全国闘争委員会」によれば,政府は文化省内に5人委員会を設置したものの,今のところ何の進展もないという。

闘争委員会は,パタンの南方のゴティケルに2000ロパニの墓地を直ちに提供せよ,と政府に要求している。

4.コミュナル紛争へ?
国家世俗化が社会宗教化を促し,コミュナル(宗教社会間)紛争を激化させる。これは,予想されたこととはいえ,やっかいな事態だ。

9月26日には,カトマンズのど真ん中,ジャメ・マスジット前で,イスラム青年指導者が,白昼,暗殺された。ムスリムは激怒し,徹底捜査を要求しているが,全く進展がない。犯人のめどはついているのだろうが,おそらく恐ろしくて手が出せないのだろう。

一方,唯物論マオイスト政権は,いたるところで仏教を政治的に利用し,たとえばルンビニ大開発を進めようとしている。政府がこのようにして仏教を「国教化」すれば,いずれヒンドゥー教やイスラム教,あるいはキリスト教が反発し,反仏教闘争が始まるだろう。

難しい状況だ。キリスト教墓地問題は,こじらせると,大変なことになる。

キリスト教墓地問題
* ekantipur, Oct29

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2011/10/30 at 11:30

カテゴリー: 宗教, 人権

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首相官邸に棺桶,議会前に遺体:キリスト教会

ネパールのキリスト教会は,今年初め,パシュパティ地区開発基金(PADT)によりバンカリ森への埋葬を拒否されたため,政府に対し,バンカリ森への埋葬再開,または代替墓地の提供を要求してきた。しかし,これは微妙な問題であり,政府もうかつに動けず,政府決定は先延ばしにされてきた。

これに対し,キリスト教会は不満を募らせ,1か月前からラトナ公園でハンガーストライキを開始,国際世論にも訴え,政府に圧力をかけてきた。

しかし,それでもなお政府が動こうとしないので,キリスト教会は,26日までに何らかの政府決定がなければ,さらに闘争を強化すると宣言した。

「首相に棺桶を送りつける。首相との直談判,ほかのものではダメだ。」(キリスト教会憲法問題委員会GB・ガルトラジ書記長,ekantpur2011-04-25)

それでも墓地問題が解決されなければ,最後の手段として,制憲議会前にキリスト教徒の遺体を並べるという。

現在,墓地を失ったキリスト教徒は,やむなくカトマンズ盆地の外に遺体を運び出し埋葬している。事態は切迫している。

これは,何回か指摘したように,見方によれば共和制や連邦制よりもはるかに重大な問題だ。制憲議会(国際催事場)前にキリスト教徒の遺体が並べられ,腐敗し,白骨化していくようなことがあれば,国際的スキャンダル,憲法どころではない。そんなことにならないことを願っている。

[参照]
墓地問題でハンスト抗議
墓地紛争,ヒンドゥー惨敗か?
墓地紛争:キリスト教vsヒンドゥー教

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2011/04/26 at 11:32

カテゴリー: 宗教, 憲法, 人権

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キリスト教墓地問題検討委員会発足

APなどによれば,ネパール政府はキリスト教会のパシュパティ墓地要求を検討するための5人委員会を設置した。委員長はRishikesh Niroula,委員は内務省,土地改革省,有識者などから選任した。報告書は45日以内に提出される。

委員会は,墓地問題検討開始を理由に,キリスト教会に対し,3月23日開始のハンガーストの中止を要請した。

前述のように,キリスト教墓地問題は,新憲法での「布教の自由」保障要求と連動しており,長期的に見ると,連邦制や議会構成などよりも,ネパール社会にとっては大きな意味を持つ。

状況を総合的に見ると,キリスト教会の要求が通る可能性が高い。そうなれば,キリスト教徒が増加し,ネパール社会は大きく変わって行くであろう。

「布教の自由」要求:キリスト教会
墓地問題でハンスト抗議
最高裁,パシュパティ埋葬許可命令

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2011/04/10 at 10:40

カテゴリー: 宗教

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墓地問題でハンスト抗議

パシュパティ墓地問題が、恐れていたように、政治問題化し始めた。神と死後世界に関することであり、慎重に対処しないと大変なことになる。

パシュパティ森への埋葬拒否に対しキリスト教徒たちは政府に代替墓地提供を要求し、3月23日からハンガーストを始めた。数十人のキリスト教徒が赤い棺の周りに座り、食を断ち、賛美歌を歌って抗議している。

キリスト教会新憲法助言委員会事務局長は、政府が代替墓地を提供しなければ、トゥンディケルに遺体を埋葬すると宣言した。

各政党は、今のところ触らぬ神に祟りなし、公式には何も対応していない。しかし、人権派からはキリスト教徒支持の声が出始めた。ダマン・ドゥンガーナ、パドマラトナ・トゥルダールなど。

これを受け、キリスト教会新憲法助言委員会委員長は、ハンスト抗議活動が無視されるなら、抗議活動をさらに拡大すると言明している。

*UCA News, 2011-03-28

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2011/04/02 at 09:06

カテゴリー: 宗教, 人権

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最高裁,パシュパティ埋葬許可命令

最高裁は3月18日,政府とパシュパティ地域開発トラスト(PADT)に対し,スレスマンタク森への他宗派埋葬許可を命令した。

キリスト教会の新憲法助言委員会は,政府に対し,代替墓地提供と,それまでのパシュパティの森への埋葬継続を要求している。

これに対し,世界ヒンドゥー協会(WHF)は,パシュパティはヒンドゥーの聖地であり,キリスト教会はここを墓地として使用すべきではない,と反論する。キリスト教会は自分で墓地を探すか,政府に探してもらうべきだというのだ。

18日の最高裁命令は,WHFやPADTの言い分と真っ向から対立しており,当然,ヒンドゥー側は最高裁に異議申し立てをすることになる。

これまでにも述べたように,これは、結局,死生観をめぐる争いであり,本来なら、そうしたものを政治の場に持ち出すべきではない。国家世俗化は,皮肉なことに,本来隠されてあるべき非政治的な死後の世界を不用意に暴き,生臭い生者の政治の世界に持ち出してしまった。

死者の祟りは恐ろしい。墓地使用問題を何とか政治化することなく,死後の世界を知る聖職者・聖者の知恵を持ち寄り,解消してもらいたいものだ。

* ekantipur, 2011-03-21

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谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2011/03/22 at 08:36

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