ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

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検察庁取調中のネパール人男性不審死事件

報告者: 高橋徹氏,川上資人弁護士,小川隆太郎弁護士,橘真理夫弁護士,伏見良隆医師
入管問題調査会 第7回定例会
日 時: 2018年11月9日(金)午後7時~
会 場: 文京シビックセンター 区民会議室3階会議室A

 *入管問題調査会FBより転載

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2018/09/24 at 16:06

カテゴリー: ネパール, 人権

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アルジュン不審死事件,報告集会

アルジュン・シンさん不審死事件の報告集会が開催されます。詳細は,下記集会案内をご覧ください。
【事件関係記事】
 ・「検事取り調べ中のネパール人容疑者倒れる 搬送先で死亡確認」,産経ニュース2017.3.16
 ・Kunda Dixit, “From Chitwan to Chiyoda,” Nepali Times, 29 Dec 2017 – 4 jan 2018 #890

 ■アルジュンさん葬儀(集会案内PDFより)

谷川昌幸(C)

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検事の取調べ中に意識不明・突然死!? アルジュンさん事件報告集会のご案内

アルジュン事件弁護団 / アルジュンさんの裁判を支援する会(仮 称 )

2017年3月15日、ネパール人アルジュンさん(39歳)は検事しらべの最中に突然死亡するという事件が発生しました。事件の経過については添付の集会案内に詳しく書かれているので参照してください

事件を知った私たち支援者は、遺族と連絡を取ると共に、遺体の確保の手続き、弁護士法医学者へ調査の依頼、調査活動、遺族の呼び寄せ、葬儀を行ってきました。以下のように事件の報告集会を企画しています。

日時:2018年7月28日(土)18:00~20:00
場所:東京都新宿区大久保2-12-7 大久保地域センター3階(会議室A)
   JR「新大久保駅」徒歩8分 東京メトロ副都心線「東新宿」駅エレベーター口徒歩3分
内容:(1)アルジュン事件報告(弁護団) (2)アルジュンさん死因について(法医学、鑑定結果)

⇒⇒PDF: アルジュンさん事件報告集会のご案内

Written by Tanigawa

2018/07/01 at 14:16

紹介:『ナラク ゴビンダ・マイナリ獄中日記』(2)

4.獄中日記:日常化した非日常の記録
(1)日常化した獄中生活の記録
ゴビンダ・マイナリ氏の獄中日記『ナラク』は,この事件と裁判の異常性・特異性とは対照的に,記述それ自体はごく日常的であり,「平板」とすらいってもよい文章である。

むろん拘置所や刑務所は特異な世界だが,そこでの生活それ自体はあまり変化がなく,それをそのまま描いているという意味では『ナラク』は日常生活の備忘録的な記録に他ならない。警察・検察や裁判所への怒りや批判,刑務所生活への不満などは随所に述べられているが,一歩踏み込んだ状況の分析や省察は,ほとんど見られない。

130707 ■表紙カバー裏面

(2)読者を想定した日記
この『ナラク』も日記だが,一般に日記には,もっぱら自分自身のために書く場合と,そうではなく,後日何らかのかたちで他人に見せることを想定して書く場合がある。では,『ナラク』はいずれであろうか?

大学ノート18冊の原文から取捨選択・編集されているので断定はできないが,全体を通してみる限り,他人に読まれたくないはずの自慰の記述(150頁)などもあるにはあるが,そうした部分はごくわずかであり,やはり誰かに読まれること,つまり読者を想定し,読者に何かを訴えることを意識して書かれた日記という印象を受ける。

しかし,もしそうだとするなら,『ナラク』はなぜこのような「平板」とも感じられるような記述となっているのだろうか? 読者の関心を喚起し共感を得ようとする特段の工夫や努力は,少なくとも文章からは,あまり見て取れない。なぜなのか?

(3)ネパールの記述スタイル
それは,マイナリ氏に読者に訴え共感を得たいという意識がなかったからではなく,おそらく,ネパール特有の記述スタイルによるところが大きいのではないかと思われる。マイナリ氏は,冒頭で,こう述べている。

「今日から、日々の獄中生活をこのノートに書くことにする。私は読み書きが特に得意という訳でもなく、ましてや詩人や作家でもない。しかし、自分の日常の言葉で、日々の出来事、経験などをあるがままに書いてみたいと思う。」(20頁)

自分は詩人や作家ではないといっているが,この文章を見ただけでも,マイナリ氏が相当の筆力を持っていることは明らかである。「自分の日常の言葉で、日々の出来事、経験などをあるがままに書」くといったことは,誰にでもそう簡単に出来ることではない。

マイナリ氏は,東部ネパールの豊かなブラーマン(バラモン)家庭生まれであり,ネパールで学校教育(高校まで?)を受けているし,もともと進取の気性に富み,読書も好きであったという(Govinda Mainali’s 15 Years of Isolation in Book Now, ekantipur, May 23, 2013)。彼は,学校教育や読書を通して,ネパールの学習方法や記述スタイルを体得していたのである。

ネパールの教育の特徴は,丸暗記である。自分であれこれ考え,思い悩むことなく,与えられた課題やお手本を丸暗記し,問われたら,覚えたことをそのまま答える。これは,ネパール社会の精神的基盤であるヒンドゥー教や仏教の教義学習方法と同じである(マイナリ氏はヒンドゥー教ブラーマン)。丸暗記は,ネパール文化の基調をなしているといってよいであろう。

丸暗記は,出来事や経験をあるがままに(型どおり)観察し,あるがままに記述する,という観察・記述スタイルを育成する。ネパールの児童・生徒の作文や詩がそうだし,新聞・雑誌もそうだ。いや,そればかりか,おびただしい数の学術出版物も,たいていこの意味での型どおりの「対象に即した記述」となっている。

このネパール式記述は,個々人の主体的問題意識創造性を重視する教育を受けた日本人には,退屈で面白くない,と感じられる。どのような出来事や経験であれ,私たちは,自分独自の主体的問題意識(と信じているもの)から分析し,意味づけ,理解しようとする。味も素っ気もないただの素材に,きらびやかな解釈の厚化粧を施し,これによって理解できたと安心し,またそれを世間に示し,注目を集め,評価を得ようとする。私たちは,自意識過剰の近代病にとりつかれているのだ。

しかし,実際には,どのような対象であれ,紋切り型から一歩踏み込み,多少とも独創的な理解に達するのは,並大抵のことではない。それには相当の困難がともなう。そこで,たいていの人びとは,平凡な紋切り型の繰り返しにも,それを突破するための努力にも耐えきれず,すぐ挫折してしまう。そして,その結果,出来事や経験の観察そのものへの意欲を失い,それらの記述を放棄してしまうのである。

ところが,丸暗記型は,そうはならない。いったん課題が与えられたら,対象を観察し,それをあるがままに記述して飽きることがない。マイナリ氏が行ったのも,まさにそれであろう。彼は,逮捕・投獄の不当を訴えることを課題と定め,その一環として獄中での「日々の出来事」や「経験」を「あるがままに」ノートに書き留めていったのである。たとえばーー

「横浜刑務所に行くのは全部で5人、うち4人は日本人で、全員が手錠をされ腰縄に繋がれてマイクロバスで出発した。
 東京拘置所を出ると高速道路に上り、東側から千葉県方向の京葉道路を通り、お台場にあるフジテレビの高層ビルやレインボーブリッジを通過。12時ちょうどに横浜刑務所に着いた。
 12月28日から1月4日まで8日間は正月休みとなる。この休みを東京拘置所で過ごしたあとで、刑務所移送があるだろうと思っていたのだが、その前になってしまった。
 刑務所に着くと、刑務官がまず写真を撮り、荷物を検査して部屋に持ち込む物を仕分けた。昼の12時にパンとリンゴジュース(250ml)、豚肉人りのカレー、揚げ魚などの昼食があった。午後2時に、入浴のため別の建屋に連れて行かれた。。
 風呂につかり、ひげを剃った。全ての荷物を検査し、1号棟の1階105号房に入れられた。そこは雑居房で、ほかに日本人が6人いた。7年も独居房で暮らしてきたので、突然たくさんの人と一緒になり、また部屋にテレビがあるのを見て嬉しくなった。
 部屋の外に、民家やマンション、道路、空には飛行機、何でも見えるのも嬉しかった。
 ここの先輩受刑者は、作業を終えたあと舎房に帰る前に、強制的に全裸にされ、両手両足を高く上げ、性器も見せて刑務官の検査を受ける。初めて刑務所に着いた日、全裸の受刑者たちの踊るようなしぐさを見て衝撃を受け、恐ろしくなった。」(40-41頁)

「トイレに行くときは、まず左手を上げ、駈け足で刑務官の前へ進み、頭を下げて名前と番号を告げる。小便か大便かを言うと、トイレットペーパーをもらえる。プラグを渡され、それを持って真っすぐ列に並び、左、右、左、右と足を運ぶにつれて腕を振ってトイレに進む。プラグをスイッチに差し込むと、緑のランプがドアの上に点灯する。終わると、来た道をそのまま戻る。
 朝食は123号房でとる。ご飯と味噌汁。昼食は12時、第10工場でとらなければならない。今日の昼食は、手の平ほどのスパイス入り豚肉、ご飯、ヌードル、トマトと肉のサラダ、野菜スープ。うまいはずなのだが、食欲がなく、味もしなかった。夕食は5時に123号房で食べた。ご飯、茄子とミックスペジタブルのスープ煮。」(45頁)

ここには,獄中のことが「あるがままに」こまごまと書き連ねてある。そして,この記述スタイルは,内面的なことについても同じだ。たとえば,父の他界を告げられたときの日記――

「思い返すと、私の人生は苦しみばかりで、涙に明け暮れる40年間だった。子供時代も楽ではなかったが、結婚して2年も経たないうちに妻や子供と別れ、日本に来てからの3年間も、働きづめだった。そして日本の刑事司法制度の、悪鬼のような仕打ちによって、偽りの犯人とされ、過酷な監獄暮らしが10年になる。
 実は、何か悪いことが起こる予感がしていた。父と言い争っている夢を見たのだ。ここを出て郷里に戻ったら、プラーナを行って功徳を積み、父の想いを成就させなければならない。
 夜、上級の刑務官が沈んでいる私の様子を見に来た。明日から5日間の連休なので、喪に服すには都合がいい。肉食を絶ち、わずかな米だけを食べ、『バガヴァッド・ギーター』を読誦することで父の霊魂を鎮め、清浄を保とう。刑務官には、そのことをお願いした。」(99頁)

獄中生活は規則づくめで変化に乏しい。たいていの人には,昨日の如く今日もまたあるような獄中生活の「日々の出来事」や「経験」を,毎日記述し続けるだけの根気と忍耐力はあるまい。そんなことを書いて何の意味があるのかと,日本人の多くは,書く前に書くことそれ自体を放棄してしまうであろう。

ところが,丸暗記式教育により課題と対象に即した記述という精神態度を体得していると思われるマイナリ氏は,獄中生活の日常をこまごまと記述して飽きることがない。そのかわり,踏み込んだ分析や意味づけは,ほとんど見られない。こうした記述は,むろん,主体的問題意識を重視する習性の日本人読者にとっては,あまり面白くはないであろう。買ってはみたものの,数ページ読んで,もう十分,わかった,わかったといって放り出すのが関の山だ。

しかし,これこそが本書の持ち味である。非日常が日常となったとき,日本人の多くは,変わることのない日常を描く退屈さに耐えられない。ところが,ネパール文化をバックとするマイナリ氏には,日常となった獄中の「日々の出来事」や「経験」を「あるがままに」書き続けることができたのである。

日記は大学ノート18冊にも及ぶというから,本書に訳出されたのは,その一部にすぎない。十数年の長きにわたって,日常と化した獄中生活を倦むことなく記述し続けてきたマイナリ氏の忍耐と,それを育成したネパール式教育に敬意を表したい。

130707c ■Paribandaka 15 Barsha, Pairavi Book, 2013

5.事件の異常性と『ナラク』の日常性
『ナラク』は,それだけ読めば,獄中の日常的出来事の繰り返しの多い記述にすぎず,あまり面白いとは言えない。その平板さは,この事件や裁判について書かれた日本の多くのドキュメンタリーや記事の面白さ――有り余るほどの主体的問題意識,解釈の独創性,意味付与の豊穣さ――の対極にあるといってもよいだろう。

しかし,『ナラク』の平板さは,マイナリ氏を非日常の日常へと陥れた事件や裁判の特異性あるいは異常性と対比されるとき,別の意味を持つものとして立ち現れてくる。

マイナリ氏に『ナラク』を書かせたのは,不正裁判(unjust-justice)への怒りであるが,裁判を不正に追い込んだのは,私たち自身である。外国人(日本人以外の非西洋人)蔑視と外国人労働者差別,人権無視報道とそれを喜び煽る多くの読者,その「世論」を背に強引な取り調べをする警察・検察と違憲裁判を続ける裁判所・・・・。

われわれは,多かれ少なかれマイナリ氏冤罪の共犯者であるとすれば,その結果の記録である『ナラク』を読む義務が,われわれにはある。おいしそうな解釈の果肉だけ食べ,真実の堅い事実には見向きもしないのであれば,食い逃げといわれても致し方あるまい。

130707b ■本書表紙

→→紹介:『ナラク ゴビンダ・マイナリ獄中日記』(1)

[参照]
ゴビンダ冤罪批判、カトマンズポスト社説
ゴビンダさんの冤罪と日本社会の責任
ゴビンダ・マイナリ氏の再審・無罪判決を
獄中のゴビンダ氏と「支える会」
紹介『東電OL事件:DNAが暴いた闇』
東電OL殺人事件,日弁連会長声明(転載)
東電OL殺人事件,再審決定
Justice for Govinda Mainali jailed in Japan

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2013/08/07 at 15:05

紹介:『ナラク ゴビンダ・マイナリ獄中日記』(1)

いわゆる「東電OL殺人事件(1997年3月)」の犯人として投獄され,15年後,再審無罪となったゴビンダ・マイナリ氏の獄中日記。大学ノート18冊のネパール語日記を,東豊久・蓮見順子両氏が翻訳し,今井恭平氏が編集・整理した。収録は,上告棄却・無期懲役刑確定後の2003年6月14日から,再審無罪判決をうけ出国する前日の2012年6月14日までの日記が中心。

ゴビンダ・マイナリ著,今井恭平編・解説『ナラク ゴビンダ・マイナリ獄中日記』希の樹出版,255頁,2013年,1800円

130705 ■表紙カバー

1.事件の概要
1997年03月08日 東電女性社員,渋谷区のアパートで殺害。
---03月19日 殺害遺体発見。
---03月23日 ゴビンダ・マイナリ氏,入管難民法違反(オーバーステイ,不法残留)容疑で逮捕。
---05月20日 入管難民法違反で東京地裁,執行猶予判決。判決後,強盗殺人容疑で再逮捕。
---06月10日 強盗殺人罪で東京地裁に起訴。
2000年04月14日 東京地裁(大渕裁判長),無罪判決。
---04月18日 東京地検,控訴し再勾留要請。
---04月19日 東京地裁,再勾留要請却下。東京高検,東京高裁第5特別部に再勾留要請。
---04月20日 東京高裁第5特別部,再勾留要請却下。
---05月01日 東京高検,東京高裁第4刑事部(高木部長)に再勾留要請。
---05月08日 東京高裁第4刑事部(高木部長),再勾留許可。
---12月22日 東京高裁(高木裁判長),無期懲役の有罪判決
2003年10月20日 最高裁,上告棄却。無期懲役の有罪確定。
2005年03月24日 東京高裁へ再審請求。
2012年06月07日 東京高裁,再審開始を決定し,刑の執行停止。入管移送。
---06月15日 マイナリ氏,日本出国。
---11月07日 東京高裁,控訴棄却(無罪判決)。検察上告せず,無罪確定。
2013年02月06日 東京地裁,マイナリ氏刑事補償金6840万円,決定。

2.事件の特異性:陰湿な癒やしの多層構造
「東電OL殺人事件」は,特異なショッキングな事件であった。殺されたのは,東京電力の「美人エリートOL(39歳)」。平日昼間は東電管理職として働き,退社後や土曜は,連日,客を取り売春をしていた。そして,殺した犯人として逮捕されたのは,インド料理店で働いていた出稼ぎ外国人で不法滞在(オーバーステイ)のネパール人,ゴビンダ・マイナリ氏(30歳)。

世間は,被害者女性の昼と夜のあまりの落差に驚き,また被害者と犯人の間の境遇の相違とある種の類似性の併存に興味をそそられた。人もうらやむ超一流企業の有能な美人エリート女性社員が,退社後,街娼となり,客の不法滞在ネパール人に殺された。いったいなぜ彼女はそのような二重生活に陥り,あげくは見るも無惨な姿で殺されねばならなかったのか? あるいは,不法滞在ネパール人は,路上で彼女を買い,安アパートの空き部屋で性交渉をしたあと,なぜ彼女を殺してしまったのか?

事件は,人びとの興味を異様にそそるものであり,連日,新聞,テレビ,雑誌などが被害者と犯人の経歴,行動,人間関係,あるいは彼らの心理や動機などについて,あれこれ書き立てた。それらの中には,殺された当の被害者とその家族であることを忘れたかのような暴露記事や,いわゆる「ドキュメンタリー」も少なくなかった。

この事件は,こうした特異な多層構造をもつが故に,日本人が多かれ少なかれ抱く屈折した劣等感を,隠微にして淫靡に癒やしてくれた。あの東電OLに比べれば,自分は・・・・,あの出稼ぎネパール人に比べれば,日本人は・・・・といった陰湿なノゾキの快楽であり,また代償的アジア蔑視の国民的自慰である。

3.裁判の特異性:違憲の検察上訴と再勾留
「東電OL殺人事件」は,裁判としても特異で異常なものであった。

ゴビンダ・マイナリ氏は,殺された東電女性社員の売春客であったことを認め,彼女との性交渉を示す遺留証拠もあったが,殺害は一貫して否認した。

(1)再勾留の違憲性
一審の東京地裁(大渕裁判長)は,検察側の主張を退け,マイナリ氏を有罪とするだけの十分な証拠はないとして,無罪の判決を下した。マイナリ氏は,すでに入管難民法違反で懲役1年執行猶予3年の有罪判決が確定していたので,本来なら,この地裁無罪判決後,身柄を入管に移され,強制国外退去処分とされるはずであった。法もそう規定している。

憲法第34条 何人も,正当な理由がなければ,拘禁されず・・・・
刑事訴訟法第345条 無罪・・・・の裁判の告知があったときは,勾留状は,その効力を失う。

ところが検察は,憲法も刑事訴訟法も無視(都合よく解釈)し,身柄確保のため再勾留を要請した。再勾留要請→東京地裁却下→東京高裁第5特別部却下→東京高裁第4刑事部(高木部長)許可。この経過を見ただけでも,検察の再勾留要請がいかに強引であったかは,明白だ。無罪判決後の再勾留は,憲法違反であり,外国人差別であり,国際人権法違反である。

検察は,この強引な再勾留で身柄を確保しつつ,東京高裁(高木裁判長)に控訴,以後,裁判は検察ペースで進み,2000年12月,東京高裁(高木裁判長)で無期懲役の有罪判決が下され,この判決が2003年10月,最高裁上告棄却により確定したのである。

(2)検察上訴の違憲性
この「東電OL殺人事件」の捜査・裁判過程には,別件逮捕,通訳なしなどの強引な取り調べ,犯行と矛盾する証拠の無視,重要証拠の非開示など,様々な問題があるが,最も根本的な問題は,再勾留の根拠ともされている検察上訴そのものである。憲法は次のように定めている。

憲法第39条 何人も,・・・・すでに無罪とされた行為については,刑事上の責任を問はれない。

ここでいう「無罪」は,一審であれ二審であれ,裁判所の下した「無罪」判決である。ところが,最高裁も検察も,これを勝手に「確定裁判による無罪」と読み替え,無罪判決を不服とする検察上訴を続けてきた。

この検察上訴が違憲であることは,いうまでもない。常識(common sense)で考えても,それが正義(justice)に反することは明白だ。「justice」は「裁判」であり「裁判官」でもあるから,検察上訴を容認する裁判所や裁判官は,「正義」の常識を持たない非常識なニセ裁判所,ニセ裁判官ということになる。憲法はこうも定めている。

憲法第37条 すべて刑事事件においては,被告人は,公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利を有する。

そもそも刑事裁判の被告と検察・裁判所は,ほとんどの点で対等ではない。被告は限られた人生を生き,証拠収集のための能力や資金力もごく限られている。これに対し,検察や裁判所は,機関・組織であり,それら自体は,無限に存続する(と想定されている)。証拠収集のための権限や経費も,被告側とは比較にならないほど大きい。

被告にとって時は金であり取り返しのつかない人生そのものだが,機関・組織としての検察や裁判所にとっては,時間などまったく問題にならない。必要なら100年かけても千年かけても,かまわないわけだ。

この明白な差違も憲法の迅速裁判規定も無視し,あたかも被告と検察官が公平な裁判官の前で裁きを受け,敗訴の場合は,被告側と同様,検察側にも上訴の権利があるなどと強弁するのは,いかに法技術的に洗練(sophisticate)されていようが,三百代言の詭弁(sophism)であり,偽善(hypocrisy)であり,そして,もちろん違憲である。

いうまでもないことだが,一審無罪判決は,警察・検察が強大な捜査権限を行使して捜査したにもかかわらず,有罪にするだけの証拠を法廷に提出できなかった結果に他ならない。無罪判決には,被告側の責任は全くない。検察上訴は,結果に対してまったく責任のない被告側を,全責任を負うべき側が訴えることであり,明らかに正義に反する。現代の三百代言ソフィストならいざ知らず,健全な常識を持つ人であれば誰でも,検察上訴裁判を正義=裁判(justice)とは認めないだろう。

(3)真実解明よりも有罪優先
日本の検察は,真実(真の犯罪事実)の解明よりも,被告を有罪にすることを優先させている。そのためマイナリ裁判でも,検察は捜査で収集した証拠のうち,検察に不利なものは開示しなかった。

常識では,これは正義(justice)に反する。だから不都合な真実を隠して行われた裁判は,本当の裁判(justice)ではなかった。15年後の段階になってようやく,検察が隠していた証拠が弁護団の粘り強い努力により開示され,それらの鑑定により明らかとなった真実(真の犯罪事実)により,マイナリ氏は無罪となった。

この間の15年は,検察にとっても裁判所にとっても,屁のようなもので,痛くも痒くもない。しかしマイナリ氏にとって,1997年(30歳)から2012年(45歳)までの15年間は,本来なら最も充実した壮年期のはず。だが,もはや取り戻しようもない。このような結果は,断じて正義=裁判(justice)ではない。(未完)

→→紹介:『ナラク ゴビンダ・マイナリ獄中日記』(2)

[参照]
ゴビンダ冤罪批判、カトマンズポスト社説
ゴビンダさんの冤罪と日本社会の責任
ゴビンダ・マイナリ氏の再審・無罪判決を
獄中のゴビンダ氏と「支える会」
紹介『東電OL事件:DNAが暴いた闇』
東電OL殺人事件,日弁連会長声明(転載)
東電OL殺人事件,再審決定
Justice for Govinda Mainali jailed in Japan

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2013/08/05 at 19:13

ゴビンダさんの冤罪と日本社会の責任

谷川昌幸(ネパール学術研究開発センター顧問,長崎大学元教授)

「東電OL 殺人事件」の再審が6月7日東京高裁で認められ,ゴビンダ・マイナリさんは逮捕後15 年を経てようやく釈放され,ネパールに帰国した。この高裁決定には検察が異議を申し立てているが,決定理由をみると,再審開始,無罪判決となることはほぼ間違いない。冤罪である。

この冤罪には,警察・検察・裁判所だけでなく,日本社会そのものも深く関与しており,道義的責任は免れない。

事件は1997 年3月発生。東京電力女性エリート社員が渋谷区円山のアパートで殺され,現場近くに住み面識もあったゴビンダさんが逮捕された。強引な捜査・取り調べにもかかわらず,ゴビンダさんは一貫して否認し,また犯行を裏付ける直接証拠は何一つえられなかったが,検察は状況証拠だけで十分立証されるとして同年6月,強盗殺人罪で起訴した。審理は東京地裁で行われ,2000 年4月,無罪判決が言い渡された。

この裁判は,本来なら,ここで終わり,ゴビンダさんはオーバーステイで国外退去となり,ネパールに戻っているはずであった。ところが,検察は東京高裁に控訴する一方,ゴビンダさんの再勾留を請求した。再勾留要請地裁提出→地裁棄却→再勾留要請高裁提出①→高裁・木谷裁判長,要請棄却→再勾留要請高裁提出②→高裁・高木裁判長,再勾留決定→弁護側最高裁特別抗告→最高裁3対2で特別抗告棄却。この経緯からも,無罪判決後の再勾留がいかに強引であったかは明白である。それは,刑事裁判の常識にすら反する違憲の国家行為であった。

東京高裁での控訴審は,実質的審理もほとんどすることなく,半年後の2000 年12 月結審,高木裁判長は逆転有罪の無期懲役刑を言い渡した。弁護側は直ちに最高裁に上告したが, 2003 年10 月最高裁は上告を棄却,ゴビンダさんの無期懲役刑が確定した。最高裁は,「疑わしきは被告人の利益に」の刑事裁判大原則にも無罪判決後再勾留の違憲性にも目をふさぎ,検察と東京高裁(高木裁判長)の無謀無法な暴走をただ追認してしまったのである。

どうしてこのような理不尽なことが起こってしまったのか? 直接的には警察・検察と裁判所に責任があることはいうまでもないが,彼らをしてそうさせたのは歪な日本社会とその政治からの様々な圧力である。

事件が発生すると,昼は東電女性エリート社員,夜は街娼という被害女性の二面性にメディアは飛びつき,人権無視の暴露報道を際限なくエスカレートさせ,捜査の行方への関心を異様なまでに高めていった。一方,この頃,世間では世紀末的閉塞状況を背景に,外国人の不法就労や凶悪犯罪がヒステリックなまでに非難攻撃されていた。そこに,ゴビンダさんが容疑者として浮上し,警察は彼を真犯人と見込み,逮捕した。世間の期待する犯人像にぴったりであり,たとえ自白や直接証拠がえられなくても,もはや警察・検察には,いや裁判所にすら,後戻りする勇気はなかった。

世界最貧国ネパールからの出稼ぎ不法滞在者・不法就労者は,日本国民の鬱屈した不満と,それを恐れつつ密かに操作しようとする日本政治の暗黙のスケープゴートにされてしまったのである。

ゴビンダ裁判は,大きくは,いわば日本社会の「政治裁判」の側面をもつ。日本国家にはむろんのこと,日本国民にもこの冤罪への責任がある。誠実な国家賠償と,冤罪への心からの謝罪・反省である。いまさら15年の歳月は取り戻しようもないが,せめてもの救いとしては,ゴビンダさんの無実の訴えを信じ,十数年もの長きにわたって支援してきた日本人が少なからずいたことだ。彼らの物心両面に渡る支援がなければ,再審・釈放はあり得なかったであろう。             

(ネパールの視覚障害者を支える会「会報」第33号,2012年8月,5-6頁[2012年7月寄稿])

Written by Tanigawa

2012/09/21 at 13:56

研修生仲介業ガイドラインの改定,ネパール労働省

ネパール労働省は12月26日,JITCO(日本国際研修機構)研修労働者仲介業のガイドラインを改訂した。現在の155業者に加え,さらに新規参入を認めるとのこと。

現行ガイドラインでは,研修労働希望者から徴収できる訓練費は1人5万ルピー。かなりの大金だが,それでも仲介業者たちは,足らないからもっとよこせ,20万ルピーにせよ,と要求している。

事前訓練費が20万ルピーにもなれば,あるいは5万ルピーでも裏金が必要なら,ネパール人研修労働者の多くが債務奴隷状態となり,日本に送られることになる可能性が高い。

いま,JITCOからのネパール人研修労働者の求人が,かなりあるらしい。日本の中小企業や農漁業にとって,ネパール人研修労働者の雇用は魅力的なようだ。それらの職種のため,どのような事前訓練が必要で,日本での研修労働により実際にどのような技術が身に付くかは,わたしには皆目見当もつかないが。
【参照】
研修実習生,長崎でも提訴
ネパール研修生仲介業者の大宣伝開始
ネパール人研修労働者の大量採用:日ネ関係は新時代へ
外国人研修労働の違法性認定:熊本地裁
外国人研修制度の欺瞞性:報道ステーション
ネパール人研修労働者受入
ネパール労働者の対日輸出:ネパール労働省
対日ネパール人輸出,あるいは新三角貿易

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2010/12/30 at 00:39

カテゴリー: 社会, 人権

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対日ネパール人輸出,あるいは新三角貿易

  谷川昌幸(C)

こんなことを書くと,ネパール人や親ネ邦人にボコボコに叩かれるだろうが,玉砕を恐れていては,新帝国主義戦争は戦えない。いざ出撃!

1.輸出商品としての「ネパール人」
ネパールの最大の輸出商品が労働者であることは,いまや周知の事実。近代化のおかげで,ネパールの人々は労働力を商品化され,価格をつけられ,国内市場はないから,海外市場へと輸出されている。

もちろん都合良く労働力だけを切り取って売るわけにはいかないから,生身の人間を家族や故郷から切り離し,その身体ごと外国に売り渡す。極論すれば,これは「現代の奴隷貿易」だ。

2.労働者輸出で,贅沢品輸入
この労働者輸出により得た外貨で,何を買うか? もちろん特権階級の贅沢品だ。輸出された労働者たちの汗と涙がガソリン・灯油や電気・車になり,特権階級の生活を豊かにする。

あるいは,不動産投資となり,都市バブルをふくらませる。外国に売り飛ばされた同胞の汗と涙が,金に化け,彼らとは無縁の高級マンション,高級分譲地,高級ブランド店となっている。

中東バブルは,石油価格暴落で,はじけた。ネパール・バブルは,輸出向け労働者の枯渇か価格低下で破裂する。これは必然。

3.労働者の対日輸出
それなのに,信じられないかもしれないが,いまネパール人民を「資源」扱いし,「輸出」を推進しようとしているのは,人民の友,マオイスト政府自身だ。

1月17日,レクラジ・バッタ労働大臣(マオイスト)が,ある会合(詳細不明)に出席し,ネパール人労働者の対日輸出の促進を訴えた。カンチプル(1/17)によれば,バッタ大臣はこういっている。

「研修労働者を日本に送る準備はほぼできた。」
「人間資源(human resources)の対日輸出(export)に必要な政令は数日以内に出す。」

これはマオイスト大臣が言っているのだ。コングレスのボスではない。

このネパール人労働者の輸出・輸入に関わっているのが「ネパール商工会議所(FNCCI)」と「日本国際研修協力機構(JITCO)」。いずれの組織のこともよく知らないし,善意は疑わないが,この労働者貿易が要注意であることは間違いない。

非居住ネパール人会のカピル・タパ副会長もこういっている。

「日本は,ネパール人労働者の輸入(import)を待ちこがれている。」

4.研修労働の実態
外国人研修生制度の実態は,専門外なのでよく分からないが,少なくとも新聞報道では,「研修」は名ばかりで,体のよい最低賃金労働,なかにはパスポートを取り上げられ,タコ部屋のような所に監禁され,半強制的に働かされるところもあるそうだ。「現代の奴隷制」という批判もある。

外国人研修制度は,もともと日本の高度な技術を働きながら学ぶという趣旨。その趣旨通り運用しているところもあるにはあろうが,資本主義の倫理と論理からして,そんなことがどこでも実行されているとはとうてい思えない。

いま無慈悲に解雇されているのは,外国人労働者や非正規労働者。外国人研修生は,その彼らよりも下,使い捨て自由の半強制労働,資本家にとっては最も好都合な最下層労働者である。

5.ネパール・日本・中国の新三角貿易
ネパールが労働者の対日輸出(「新奴隷貿易」)を本格化させれば,ここに新しい三角貿易が生まれてくる。

90119

ネパールは日本に「人間資源」を輸出し,その代金で中国から中・低度工業製品(衣料・雑貨・家電など)を輸入する。中国は,その代金で日本から高度工業製品や資本を輸入する。日本はその代金で,ネパールから労働者(人間資源)を輸入する。

こうして,美しい新帝国主義の聖なる三角形ができあがる

Written by Tanigawa

2009/01/19 at 23:21