ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

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紹介:名和克郎「近現代ネパールにおける国家による人々の範疇化とその論理の変遷」

これは,名和(編)『体制転換期ネパールにおける「包摂」の諸相』(三元社2017)の第1章(p35-87)。近現代ネパールの憲法(広義)が原典資料にもとづき明快に分析・評価されており,私にとっては特に憲法史・憲法思想史の観点から大変興味深く読むことができた。以下,私見を適宜交えつつ,要点を紹介する。

1.集団的権利⇒個人的権利⇒集団的権利
この論文では,ムルキ・アイン(1854)から2015年憲法に至るネパールの広義の憲法が,D・ゲルナーの「集団的権利から個人的権利へ,そしてまた集団的権利へ」(同名論文2001)という図式を手掛かりとして分析・評価されている(p39,79)。すなわち――
 ・1854年ムルキ・アイン=「ヒエラルヒー的なカースト基盤モデル」
 ・1962年憲法=「開発的な文化均質化モデル」
 ・1990年憲法~2015年憲法=「多文化的な『異なっているが平等』モデル」

この図式は,ネパール憲法(国制constitution)の展開を俯瞰する場合,たしかに極めて明快で魅力的である。

2.ムルキ・アイン
「ムルキ・アイン(国の法)」は,ジャング・バハドゥル・ラナ[クンワル」が1854年に制定した法律。163項,1400ページからなる成文大法典で,国の在り方を決めているという意味では広義の憲法(国制constitution)である。このムルキ・アインについて,著者はこう評価している。

「国家のヒンドゥー性が強調され,全国統一のカースト的ヒエラルヒーによってネパールの全住民を不平等な形で一つの法の下に位置付けたこの法律[ムルキ・アイン]は,しかし,国境により閉ざされた一つの領域内に住む人々を統一的に支配しようとする点で,近代的な性格をも併せ持っていた。」(p77)

たしかに,ラナ宰相家統治は,ムルキ・アインによる統一的領域国家支配という意味では近代的であった。一方,ムルキ・アイン自体は,刑罰等の一部合理化はあるものの,大部分は伝統的ヒンドゥー法や既存の様々な社会慣行を整理し法典化したものであり,内容的には前近代的・封建的である。このムルキ・アインに基づくラナ家統治は,1951年まで続く。これを,全体として,どこまで近代的と評価するか?

また,この論文では,ラナ家統治末期から1962年憲法までの憲法についてはほとんど触れられていないが,憲法史的にはこの間にいくつかの憲法が制定されたことも無視できない。

1948年の「ネパール統治法(1948年憲法)」は,6編68か条の堂々たる成文憲法で,二院制議会や裁判所など近代的統治制度を定め,人身の自由,言論集会の自由,信仰の自由,法の前の平等,無償義務教育など近代的な諸権利をネパール市民(国民)個人に保障している。この憲法は,ラナ家統治崩壊から王政復古に至る政治的混乱のため,事実上,施行されなかった。

1951年王政復古後,新体制移行のため1951年暫定統治法(暫定憲法)がつくられ,そして1959年には公式にはネパール初の「ネパール王国憲法(1959年憲法)」が制定された。この憲法は,立憲君主制,二院制議会,議院内閣制など民主的な統治諸制度を定め,国民個人に,人身の自由,言論・出版の自由,集会の自由,財産権,平等権,自らの古来の宗教への権利など多くの権利を認めている。多くの点で近代的・民主的な立憲君主制の本格的な正式憲法であったが,残念なことにこの憲法も翌年(1960年)の国王クーデターにより1年余りで停止されてしまった。

なお,宗教,民族,カースト,性などによる差別の禁止は,1951年暫定憲法も1959年憲法も規定しており,またネパール語を国語とすることは1959年憲法が規定している。

このように,1962年憲法制定以前に相当程度近代的な成文憲法が制定されていたこと,またそのような近代的な憲法をつくりつつも,他方では前近代的・封建的なムルキ・アイン秩序を温存していたこと――これをどう評価するか? 憲法史的には,大いに関心のあるところである。

3.1962年憲法
1960年クーデターで全権掌握したマヘンドラ国王は,1962年,非政党制パンチャーヤット民主主義を理念とする「1962年憲法」を制定した。この憲法につき,著者はこう評価する。

「1962年憲法においては,ネパールがヒンドゥーの国家だという条文は存在するが,ジャートの違いに関するいわゆるカースト的な規定が全て姿を消し,全く逆に宗教,人種,性,カースト,民族による差別の禁止に関する条項が現れているのだ。」(p52)

「1950年代から1960年代前半にかけて,ネパールの法のあり方は根本的に変化した。ジャートによる扱いの差異は法律から消滅し,代わって国王とネパール語,ヒンドゥー教を中核とする国民国家ネパールの発展が目指されるようになった。そこで想定されたネパール国民は,ネパール語を話すヒンドゥー教徒たる平等な臣民であった。」(p56)

1962年憲法が,国王・国語・国教による強力な国民国家を目指していることは明らかである。中央集権的開発独裁。しかし,その一方,多言語・多民族のネパールでネパール語を国語と定め,特有の社会構造を持つヒンドゥー教を国教と定める憲法が,どこまで「個人の権利へ」(ゲルナー)を志向していたかについては,疑問が残る。

4.1990年憲法
1990年民主化により成立した「1990年憲法」は,著者によれば「画期的なもの」である。

「この憲法においてネパール史上初めて,ネパールの国民の民族的,言語的多様性がヒエラルヒー的合意抜きで明確に認められ,少数者の言語的権利が条文の中で具体的に示されたからである。」(p60)

しかし,そう評価しつつも,著者は,1990年憲法では依然としてヒンドゥー王国であり,西洋近代的な「信仰の自由」,ないし「個人が宗教を選択すること」は想定されていない,という留保をつけている。このことは,他の自由や権利についても,多かれ少なかれ言えることであろうか。もしそうなら,これは宗教以外の領域でも重要な意味を持つ指摘である。

5.2007年暫定憲法から2015年憲法へ
マオイスト人民戦争後,彼らの要求の相当部分をうけいれ制定された「2007年暫定憲法」と現行「2015年憲法」につき,著者はこう述べている。

「2007年暫定憲法では,ネパール国内の多様な人々の範疇が,『包摂』の対象として明確に現れることになった。こうした方向性は,2015年憲法においても基本的には引き継がれており,『包摂』は連邦共和制国家ネパールの主要原理の一つとなった感がある。」(p78)

こうして「包摂」が憲法の基本原理となれば,当然,包摂を求め「集団範疇の細分化」や多重化・多元化が進んでいく(p74-79)。これをどう評価するか?

また,すでに紹介した部分と一部重複するが,次のような指摘も重要である。
 
「宗教=dharmaについては,出自に基づく集団に帰属することが長く前提とされ,他人を改宗させることが禁じられてきたことから,『個人的権利』への十全な移行は一度も生じなかったと言える。そして興味深いことに,ジャナジャーティの運動家の多くは,ヒンドゥー教の強制には強く反対する一方,宗教=dharmaを集団的なものとする基本的発想を,多くのヒンドゥー達と共有してきた。自らの社会的文化的独自性に基づく集団的な権利の主張にとって,ネパールの宗教=dharma概念は確かに適合的ではある。」(p78-79)

著者は,この論文をこう結んでいる。ゲルナーは,多文化的な「異なっているが平等」モデルに「未だ実現されておらず,おそらく実現不可能な」という形容詞句をつけたが,「これはやや拙速な表現であった。・・・・ネパールの事例もまた,西洋的範疇を逸脱した変則的な例外としてではなく,様々な地理的歴史的制約のもとに展開しつつある一つの現在進行形の挑戦として,捉えられるべきである。」(p79)

多文化主義的「包摂」を前提とすると,これはネパールの「挑戦」の妥当な評価であろう。ただ「近代主義者」としての私としては,いまのネパール憲法論における「個人の権利」の理論的基礎づけの弱さが,どうしても気なる。自己規律なきエゴの主張は,事実として,いたるところに蔓延してはいるのだが。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2017/05/06 at 21:23

カドガ・KC著「丸山真男と近代日本の政治思想」

Khadga K.C.,”MARUYAMA MASAO AND MODERN JAPANESE POLITICAL THOUGHT,” International Journal of East Asian Studies, Vol.4, No.1,2015,pp.27-34.

Maruyama Masao is one of Japan’s influential political thinkers of the twentieth-century. This article attempts to briefly discuss Maruyama Masao’s thoughts on Japanese political engagement by focusing on the intellectual and psychological causes of Japan’s political ambitions over the years. Maruyama Masao commented on numerous issues like the intellectual history of Tokugawa Japan, theory and psychology of ultra-nationalism and reflections on Article IX of the Japanese Constitution. Maruyama’s modern thought helped the Japanese understand their role in nation building and the importance of preserving peace at all cost. The paper concludes that Maruyama’s political thoughts are still relevant in this day and age.

丸山真男が,急激な近現代化の諸矛盾に苦しむネパールにおいて注目され始めた。

「近現代化」とは,文字通り「近代化」と「現代化」の二重の課題を同時に遂行せざるを得ないということ。つまり,一つは,前近代的封建社会を解体して自由・平等・独立の諸個人を析出し,その諸個人から民主的な主権的国民国家を構築するという近代化の課題。もう一つは,理論的仮設としては可能であっても実際には解体しきれない文化的諸集団(民族集団,言語集団,宗教集団など)の諸要求を国家社会に取り入れるべきだという現代的な包摂民主主義の課題。

この「近代化」と「現代化」は,欧米では数世紀かけて,日本でも百数十年かけて,段階的に進行してきた。ところが,ネパールでは,これら相矛盾するところの多い「近代化」と「現代化」の二つが,ほぼ同時に,急激に,進行し始めた。これがいかに困難であり,多くの深刻な軋轢を生み出すかは,想像に難くない。

そうしたネパールの苦しみについて,欧米諸国は極めて鈍感であり,「近代化」をすっ飛ばし,一気に「現代化」をせよと無理難題を押し付け,様々な圧力をかけている。無責任極まりない。(単線的歴史発展論は,いまどき流行らないが,ここではあえて近代化抜きの現代化の危険性を強調しておきたい。)

むろん,ネパールにとっても「現代化」は避けられないし望ましくもあるが,しかし,ネパールにはネパール固有の事情がある。「近代化」は欧米にとっては過去のことかもしれないが,ネパールにとってはまだまだ追求し実現されるべき課題である。ネパールは,「現代化」を受け入れるためにも,その前提となる「近代化」について,もっと注目し,研究し,少なくともその最も基本的な諸原理だけは社会においてある程度実現しておく必要がある。

こうした観点からすると,カドガ・KC氏のこの論文は,大いに注目に値する。丸山真男こそ,欧米に遅れて近現代化した――その意味でネパールの近現代化の参考になり得る――日本を理論的に鋭く分析し,その問題点と課題を最も明晰に示してくれた20世紀日本の政治学者だからである。

カドガ氏の論文は,おそらくネパール初の学術的な丸山研究であろう。これを契機に,丸山がネパールにおいて注目され,さらに研究が進められていくことを期待している。

論文抜粋(pp.33-34, 改行追加引用者)
「戦前日本のファシズムないし超国家主義を厳しく批判した丸山のような自由主義思想家たちが育成した社会意識こそが,憲法第9条の擁護を可能としたのだ。

ところが,残念なことに,安倍首相の指導の下に,第9条の解釈が今年半ばに変更されてしまった。

日本国憲法そのものは何ら改正も変更もされていないのに,第9条の解釈変更により,日本はいまでは集団的自衛権を行使できるようになり,武力紛争当事国を積極的に支援できることになった。

換言するなら,安倍首相は,丸山が生涯をかけて反対し闘ってきたこと,すなわち日本の軍事防衛政策を正常化することに,成功したのである。」

 151212■カドガ・KC氏(同氏FB

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2015/12/12 at 21:31

京都の米軍基地(63):市広報英語化の倒錯と悲哀

京丹後市ホームページに,英語(米語)・中国語・韓国語への自動翻訳サービスが付加されている。いつからか私にはわからないが,「尊い国益への貢献 contribution to holy national interest 」を第一とする京丹後市のこと,ひょっとすると経ヶ岬進駐米軍へのサービスを念頭に置いたものかもしれない。(holy[形容詞]=「神聖な」,「神聖にして侵すべからずと崇められる」。下記京丹後市広報英訳参照)

150108 150108a

それはともあれ,この自動翻訳サービスは噴飯もの,日本人の私には,とんと,そのありがたさがわからない。英語への翻訳文をみると,Xバンドレーダー配備に関する中山市長コメント(2014年12月26日)は,こうなる。上が市利用のクロスランゲージ社のもの,下が無料のグーグル翻訳。(赤字強調=引用者)

【中山市長コメント原文】
米軍経ヶ岬通信所へのTPY-2レーダーの配備について
中山市長のコメント
施設の本格開始に当たり、我が国の平和と安全という尊い国益への貢献を真摯に願うとともに、自治体としては、同時に、様々な面での住民の安全、安心の確保が大前提であるとして、この間、このための準備や対策に国、米軍、京都府、地元住民はじめ関係者の皆さんとともに、万全に取り組んできました。
引き続き、万全な騒音対策、交通安全対策など住民の安全、安心確保のためのあらゆる対策の確実な履行を求めるとともに、その徹底に尽力してまいります。

【京丹後市(クロスランゲージ社)翻訳】
Pass through the United States Armed Forces; about deployment of TPY-2 radar to ka cape communication place
Comment of Mayor Nakayama
Of facilities please be sincere by contribution to holy national interest of peace and security of our country on starting in earnest; and of inhabitants with aspects at the same time various for municipality was perfect with people concerned for preparations and measures for this purpose during this period at country, the United States Armed Forces, Kyoto, the local people beginning, and wrestled saying that security of relief was main premise safely.
We demand perfect anti-noise measures, certain observance of a contract of every measure for safely reliable security of inhabitants including road safety measures sequentially and will make an effort for thorough.

【グーグル翻訳】
For deployment of TPY-2 radar to the US military Kyogamisaki Communication Station
Nakayama mayor of comments
Hit the full-scale start of the facility, as well as sincerely hope to contribute to the precious national interests of peace and security of our country, as local governments, at the same time, residents in the various aspects safety is a secure peace of mind is the basic premise, during this time, country in preparation and measures for this, the US military, Kyoto Prefecture, with your local residents beginning officials, and has been working to perfection.
Continue, thorough noise measures, traffic safety measures of residents such as safety, as well as seek a reliable implementation of all measures for safe secure, we are committed to the thorough.

私には英語の知識はほとんどないが,常識からして,どうも変だ。どっちもどっちのような気がするが,それでも字面からして,タダで誰でも使えるグーグル自動翻訳の方が,見栄えがよろしい。では,どうするか?

京丹後市使用のクロスランゲージ社の指示によれば,京丹後市は,文書を次のような手法で改善する必要がある(要点抜粋,同社HP参照)。

▼日本文の前編集
 文章を短くする,文章を切る,文を簡潔にする,あいまいな表現を避ける。
  ×最近のゲーム機は操作が難しい。→ ○最近のゲーム機の操作は難しい。
  ×私はコーヒーにします。→ ○私にはコーヒーをください。

▼英語の後編集
 原 文:もし私が死んだら、私の母は悲しむでしょう。
 訳 文:My mother will grieve if I die.
 後編集:My mother would grieve If I were to die.
 
 原 文:私が四歳だったときから、私は彼女を知っています。
 訳 文:I know her since I was 4 years old.
 後編集:I have known her since I was 4 years old.

 原 文:返事をお待ちしております。
 訳 文:I wait for an answer.
 後編集:I wait for your answer.

 原 文 そのケーキはそば粉で作られている。
 訳 文 The cake is made with buckwheat flour.
 後編集 The cake is made from buckwheat flour.

これは途方もない指示だ。ウソだと思うなら,前掲の中山市長コメントの「前編集」と「後編集」をやってみていただきたい。そんなことが出来るくらいなら,自動翻訳など使わず,最初から英文を書いた方が,はるかに速く効率的だ。

しかし,それはそれ,文化的・社会的にみて本質的により問題なのは,このような英訳サービスが,「正しい英語」に日本語をあわせようとしている点。正確で正しいのは英語,不正確で間違っているのは日本語!

これは最初の英語授業で習うことだが,英語と日本語は文法構造が異なる。換言すれば,ものの見方,表現の仕方,つまりは精神構造が異なる。どちらが正しいというわけではない。二つの異なるものの見方,つまりは英語文化と日本語文化があるということだ。

それなのに京丹後市使用の自動翻訳マニュアルは,英語に翻訳できるように日本語を書き直せ,と要求している。言葉は文化であり精神であり魂だから,これは日本の文化や精神や魂を改造しアメリカ化せよ,ということに他ならない。

逆ではないか? 日本語が英語に自動翻訳できないのなら,日本語に合うように英語を変えるべきだ。少なくとも日本では,日本の言語や精神や魂が理解できるよう,アメリカ人のものの見方や考え方,つまりはアメリカ人の精神構造を修正すべきだ。いや,より正確に言うなら,アメリカ人の精神構造を多文化化し,日本文化を英語でも正しく理解し表現できるように教育すべきなのだ。日本語が曖昧なのではない。英語が貧弱であり,日本語の豊穣を盛りきれないのだ。

しかしながら,このような問題意識は「尊い国益への貢献」を第一とする人々には,ない。それどころか,米兵をみたら英語で話しかけ,看板やメニューは英語に変えようと躍起になっている。いずれそのうち,子供らが「ギブミー・チョコレート」と米軍ジープに駆け寄ることだろう。Xバンドレーダーで,いったい何を守るつもりなのだろう?

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2015/01/08 at 19:24

制憲議会選挙2013(22):アイデンティティの市場競争へ

いまはやりの多文化主義によれば,人びとは「個人」として尊重されるのではなく,所属集団の一員として尊重される。裸の自由・平等・独立の個人は虚構(fiction)であり,すべての人はその人格を帰属集団文化(言語など)の中で形成するのだから,人権の尊重とは,すべての人をその人格において,つまりそのアイデンティティ(自分を自分と考えるその在り方)において,尊重することである,というわけである。

たしかに,近代個人主義は,自由・平等・独立の個人といっても,それはあくまでもフィクションにすぎず,実際には言語や宗教など文化によりその態度や行動は決定される。だから,自由・平等・独立の諸個人に一人一票民主主義で意思決定させたら,結局は,多数文化の専制となってしまうわけだ。この理屈はよく分かる。

しかし,多文化主義的集団主義で問題解決か,というと,ことはそう簡単ではない。多文化主義の依拠する人びとのアイデンティティは,多元的・多層的・重複的であり,常に変化・流動し,新しいものも次々と出現する,という特有の難しさがある。

その多種多様で変転きわまりなき集団アイデンティティの相互関係をどう調整し,それぞれの権利をどう尊重するか? また,それぞれの集団内の少数派の権利をどう守るか? これらは,いずれも原理的で,かつ実際的な難問である。

さらに,集団アイデンティティの尊重を唱える多文化主義的集団主義は,多言語主義が実証しつつあるように,アイデンティティ諸集団を自由競争市場に引き出す結果になりかねない。すなわち,「集団」としての権利が保障されたのだから,あとは市場で自由に競争せよ,というわけだ。

しかし,少数民族言語がネパール語に,ネパール語が英語に敗退しつつあるように,集団自体も,強大集団と弱小集団が競争すれば,いくら集団の権利が保障されていようが,弱小集団は敗退し,いずれ消滅か博物館行きとならざるをえない。それを免れるためには,少数派集団は,内に向けては集団内少数派の抑圧,外に向けてはアイデンティティ闘争強化を図らざるを得ないことになる。過激なアイデンティティ政治への転落である。

と,そんな観点から,今回の制憲議会選挙を見ると,多文化主義的集団主義は,既存諸集団をいったん解放し,これにより精神的文化的武装解除を行い,しかるのち均質な大社会――グローバル資本主義社会――に吸収同化するための巧妙な策略ではないか,という疑念をますます禁じ得なくなった。

制憲議会選挙実施が発表されると,選出議席601(小選挙区制240,比例制335,指名制26)に対し,150前後もの政党が選挙参加を表明した。その後,選管への正式登録は130党となった。このうち比例制参加は122党,候補者総数10709人。小選挙区への立候補者数は6128人。いずれもたいへんな数であり,弱小途上国ネパールにとって,選管,警察,軍隊などの経費だけでも,負担はきわめて重い。

下図ABは,キルティプルでY氏からいただいた投票用紙サンプルのコピー。Aは比例制,Bは小選挙区制カトマンズ第10区。いずれの用紙にも,コングレスの「樹」欄に,すでに「卍」の投票マークが印刷されている。コングレスが,投票日前に配布したものだろう。

カトマンズ第10選挙区は,有権者数62573人。プラチャンダ議長が落選した選挙区だ。投票用紙は,見ての通り,ABとも巨大。比例制は122党,小選挙区制でも39党(39人)。このようなものが全国240選挙区ごとに用意されている。これでは有権者や地域社会の精神的負担は重いし,また選挙経費は,選挙運動費(合法・非合法,直接・間接)も含めると途方もない額となり,ネパール国民に重くのしかかる。これが,多文化主義的集団主義,つまりはアイデンティティ政治の目に見える大きな成果の一つなのだ。

ところが,それだけの負担を強いながら,今回選挙では,女性や少数派諸民族・諸集団の当選者数は激減しそうな形勢だ。小選挙区の女性当選者数は,前回30人に対し,今回はわずか10人(4%)。マデシも有力者多数が落選し大きく後退した。比例制(335)と指名制(26)で多少は増えるだろうが,それでも女性や少数派諸集団の大幅後退は避けられそうにない。

なぜ,このようなことになってしまったのか? 諸言語の解放が,結局,ネパール語や英語帝国主義への隷従となりつつあるのと同じようなことが,被抑圧諸集団の解放についても政治の場で始まりつつあるのではないだろうか。

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 ■投票用紙サンプル(コングレス欄卍印付): (A)比例制用/(B)カトマンズ第10選挙区用

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2013/12/02 at 16:30

ネパール暫定憲法と包摂民主主義

谷川昌幸(政治学)

1.憲法危機
 ネパールは現在,深刻な憲法危機にある。旧憲法はすでになく,正式の新憲法はまだない。議会もなければ首相もいない。行政は2013年3月13日発足の「暫定選挙管理内閣」が担当しているが,これは,首相ではなく最高裁長官を「議長」,高位官職経験者10名を臨時の「大臣」とする文字通りの暫定内閣である。最高裁長官は,いわば司法部から行政部に出向した国家危機管理人であり,制憲議会選挙実施後,本来の最高裁長官の職に復帰することになっている。まさに異例,ネパールは国家破綻の瀬戸際といってもよい。いったいどうして,このようなことになってしまったのだろうか。

2.1990年憲法体制の崩壊
 ネパールでは,1990年革命により国王主権の1962年憲法体制が打倒され,立憲君主制の1990年憲法が成立した。人民主権の議会制民主主義をとり,人権保障も手厚い。ところが,不幸なことにネパールは後発途上国であり,1990年憲法の運用に必要な政党政治の経験も,近代的な官僚制度も,諸権利保障のための最低限の経済力もなかった。政党は利権抗争に明け暮れ,汚職は蔓延し,生活格差は拡大する一方であった。
 これに不満を募らせたのが,周縁化され搾取されてきた被抑圧「カースト/民族(caste/ethnicity)」である。彼らは,既成政党を見限り,マオイスト(ネパール共産党毛沢東派)を支持,2006年には反国王に回った議会派諸政党とも協力し1990年憲法体制を打倒したのである。この「2006年革命」の翌年,マオイストと議会派諸政党が暫定議会において成立させたのが,現行「2007年暫定憲法」である。

3.2007年暫定憲法と包摂民主主義
 2006年革命は,表面的にはマオイスト中心だったが,実際に革命を推進し勝利したのは,包摂参加(inclusion)を要求する被抑圧「カースト/民族」勢力であった。したがって,その結果成立した2007年暫定憲法も,マオイスト憲法ではなく,包摂民主主義(inclusive democracy)憲法であった。概要は以下の通り。
 (1)国家・国民: 主権者たる人民がこの憲法を制定・公布。ネパールは「独立,不可分,主権的,世俗的および包摂的な連邦民主共和国」であり,国民は「多民族,多言語,多宗教および多文化」。公用語はネパール語,国内使用の他の母語はすべて国民言語(national languages)。国歌は「多数の花々からなる我ら(多文化多民族の我ら)」。 
 (2)権利: 近現代の諸権利を幅広く保障。死刑は禁止。特徴的な権利としては,女性・ダリット(不可触民)・先住諸民族・被抑圧諸集団の政治的・社会的比例参加権,各民族の言語・文化を保存し教育する権利,子供のアイデンティティ権など。
 (3)行政: 国家元首は大統領であり,原則として内閣の助言と承認に基づき行為。行政権は内閣にあり,首相は「政治的合意」または議会の多数により選出。軍指揮権および非常事態権限も内閣にある。2013年3月以降,最高裁長官が「内閣議長」として首相代行。
 (4)議会・政党: 制憲議会は1院制,任期2年。「包摂原理」に則り,小選挙区240,比例制335,内閣指名26の計601議員を選出。政党も憲法で明文規定され,包摂的な党運営が必須要件。2008年5月発足の制憲議会は,任期を4回延長したが,新憲法未制定のまま2012年5月解散。以後,無議会。
 (5)司法: 最高裁は違憲立法審査権をもち,長官は憲法会議の勧告に基づき首相が任命。
 (6)地方自治: この憲法で初めて明文規定。資源と権限の地方への分割配分。

4.包摂民主主義の陥穽
 この2007年暫定憲法には,二つ問題がある。一つは,包摂参加は被抑圧「カースト/民族」の要求とはいえ,その法制化は西洋諸国の「押しつけ」の結果であるということ。西洋諸国は,西洋流の包摂民主主義をネパールに持ち込み,宣伝し,影響力拡大を競ってきた。
 もう一つは,理論そのものの難点。近代民主主義が既存社会を一旦分解し,バラバラの諸個人から社会を再構成しようとするのに対し,現代の包摂民主主義は即自的諸集団の覚醒を促し,独自のアイデンティティを確立させ,対自的集団として社会参加することを要請する。制度的には,権力分有(power-sharing),比例制,クォータ制,連邦制,集団の権利,少数派拒否権,自治権,分離独立権など。こうした議論は,多文化多民族化の進むポストモダン西洋諸国では妥当でも,不用意に途上国に持ち込むと,アイデンティティ政治を刺激し,コミュナル紛争を激化させることになる。
 ネパールの現状は,まさにそれである。ネパールには125もの「カースト・民族」がいる。そのそれぞれが,多少はあれ,排他的な独自アイデンティティの強化を競い,集団としての権利を要求し,不利となれば拒否権で抵抗してきた。その結果,新憲法制定はおろか,民族別州区画から各種機関人事にいたるまで,重要なことは何も決められなくなった。包摂民主主義が被抑圧「カースト/民族」の権利向上に貢献したことは事実だが,その代償も大きかった。
 ネパールの現在の憲法危機は,包摂民主主義そのものに起因するだけに根深く深刻である。今後,事態がどう展開するか,まったく予断を許さない。

(『憲法研究所ニュース』第31号,憲法研究所,2013年5月3日,3頁)

130518

Written by Tanigawa

2013/05/18 at 14:39

マオイストの憲法案(20)

4(14)教育権・言語権・文化権

(1)教育権
マオイスト憲法案 第37条 教育権
 (1)基礎教育権の保障
 (2)初等教育は無償義務教育。無償後期中等教育まで受ける権利の保障。
 (3)困窮階層には,法律の定めにより無償高等教育を受ける権利の保障。
 (4)国内各社会共同体は,母語による教育をおこなう学校や学術機関を設置運営する権利を有する。

教育権については,暫定憲法では,第17条(1)(2)で規定されている。ここでは「中等レベルまでの無償教育を受ける権利」の保障であり,「義務教育」は規定されていない。実効性がどこまであるか疑問だが,「義務教育」明記そのものはマオイスト憲法案が始めてであり,注目される。

困窮階層への無償高等教育保障は,現行の大学におけるジャナジャーティ優遇策の拡充と見てよいであろう。

(2)言語権・文化権
マオイスト憲法案 第38条
 (1)母語使用権を各人,各社会共同体に保障
 (2)社会共同体の社会活動への参加権
 (3)各社会共同体の言語,文字,文化,文化遺産を保護・振興する権利
 (4)芸術や文化を創造し発展させる権利,知的財産権の保障

この言語権・文化権規定は,あれもこれも詰め込んだ感じで,整理されていない。内容的には,暫定憲法第17条(2)と同じ。

言語権については,このような権利保障では守りきれない現実がある。少数言語は,たとえ学校で学んだとしても,社会では実際には利用価値が低い。流動性の少ない伝統的村落社会では自分たちの言語を学び保存することは可能であろうが,社会的流動性が拡大し経済活動が活発になってくると,それに反比例して少数言語の利用価値は低下し,結局は,利用価値のより高い言語,つまりネパール語や英語が自主的に選択されることになる。どうしようもない。

本当の言語問題は,ここにある。言語権,文化権の主張は,もちろん正当だが,しかし残念ながら少数言語や少数文化は,多文化主義者やマオイストの提唱するような方法では守りきれない。彼らの主張は的外れ。

少数言語を守るには,個人の言語選択の自由を制限し,社会集団の言語強制に服従させなければならない。そんなことが出来るだろうか? マオイストに出来るのか? 出来るとすれば,その方が,かえって恐ろしいことになるであろう。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2011/06/30 at 17:16

英語からネパール語を守れ,ネパール首相

ネパールアカデミー主催「ネパール語セミナー」開会式において,マダブクマール・ネパール首相が,英語からネパール語(the Nepali language)を守れ,と檄を飛ばした。

標準ネパール語を発展させよ。次世代へ正しい言語を伝えるのがわれらの義務だ。誤りを正すことなくネパール語を放置すれば,新しい世代はそれを正すことができなくなる。」(ekantipur, Jan 12)

首相によると,問題は英語の侵入。それを防止しネパール語を守るために,ネパール語文法を確立すべきだというのである。

このネパール首相の檄に,ミネンドラ・ラジャル文化相も賛成し,アカデミーと協力し,標準ネパール語の確立に努力する,と約束した。

さすがネパール首相は偉い。ネパールへの英語侵入を憂い,ネパール文化の中核,ネパール語の擁護に回ることを宣言したのだ。

明治日本のやったように,文法(文章ルール)を確立し,正しい国語=標準語を普及させるのが,近代国家の常套手段である。ところが,ポストモダンの現代において,ネパールや他の途上国がそれをやろうとすると,これは世界の市場社会化を目指す先進諸国にとってはいささか都合が悪い。そこで,先進諸国は,自分たちの多文化主義と英語帝国主義をご都合主義的に使い分け,途上国の「国語」政策を時代遅れ,反民主的と非難し,撤回させようと巧妙に働きかけてきたのだ。ネパール首相は,おそらくこの先進諸国の二枚舌政策を見抜き,反撃に出たのだろう。

先進諸国は,すでに1980年代末頃から,ネパール言語政策に介入しはじめていた。多民族=多言語主義を喧伝し,「ネパール国語」を相対化し,「ネパール国民」の文化的統一性を解体することによって,言語の自由市場化を促進すること,これが先進諸国のねらいであった。この言語自由市場化は何をもたらすか?

いうまでもない。市場社会でもっとも有利な言語,つまり英語の勝利だ。初等教育における母語教育権が認められようが,少数言語放送が行われようが,そんなことは英語帝国主義のアリバイ,恥部を隠すイチジクの葉にすぎない。マイノリティが,いくら自民族の言語を学ぼうが,せいぜい身内で使うぐらいで,外の社会では何の役にも立たない。目先の利く利口な親なら少数民族言語など学校で習わせたりはしない。外で役に立つ言語,英語を習わせるはずだ。こうして,ネパールでは,伝統的カースト制に代わる新しいカースト制,つまり一流言語=英語,二流言語=ネパール語,三流言語=諸民族語という強固な言語カースト制が出来つつあるのである。

いまネパールでは,有力者,富裕層は競って子供たちをEnglish schoolに通わせている。共産党幹部も少数民族リーダーたちも例外ではない。民族自治やマイノリティの権利擁護を謳いながら,彼ら,幹部たちはあさましくも英語帝国主義にしっぽを振り振り,自分の子供たちを保育園からEnglish schoolに通わせ,英語漬けにして恬として恥じるところがない。鉄面皮きわまりない。

ネパール首相は,この英語帝国主義の侵入に反撃を加えようとしている。たしかに「国語」「文法」「標準語」は,近代国民国家のイデオロギーであり,国内少数派言語の抑圧になる側面がある。多文化主義全盛の現在からみると,反動といってもよい。しかし,反動覚悟でいうならば,英語(米語)帝国主義への卑屈な屈服よりは,国語擁護の方がはるかに文化的であり,愛国的である。

ここで気になるのが,ネパール首相のご家族,ご親族のことだ。まさか,お子様たちをEnglish schoolに通わせたり,西洋諸国に留学させたりはされていないでしょうね?

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2011/01/12 at 15:50

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