ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

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外国人に席巻される地方観光地

気晴らしに白川郷と立山に行ってきた。北陸道に加え東海北陸道もでき,金沢からレンタカーで白川郷まで1時間少々,白川郷から立山までも同じくらい。超便利! どこも初夏の花々が咲き乱れ,美しかったが,驚いたのは外国人観光客の多さ。

白川郷では,1/2~2/3が外国人。団体や少人数のグループで,次々にやってくる。最も多いのは中国や韓国,次にタイなどの東南アジア,そして欧米系もちらほら。

白川郷では温泉宿に泊まったが,日本人客はごく少数,小さくなって温泉に入り,ご飯を食べた。立山も同じような状況。イヤハヤ,世界は小さくなり,日本の奥地までも「国際化」した。

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 ■白川郷萩町集落/同左・中国人観光客

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 ■相倉集落/同左・農作業

このような地方観光地では,もはや「嫌韓・嫌中」などとバカなことをいっていては生活はできない。アジア諸国からの観光客は,豪快に飲み食いし,気前よく土産物を買ってくれる上得意様。

しかし,軋轢がないかというと,うそになる。生活習慣が異なるので,白川郷でも立山でも,日本人からすれば腹立たしいことが少なくなかった。これは金沢市内の重文茶屋でのことだが,スペイン語圏からの陽気な団体客が,禁止も制止も無視し大はしゃぎ。彼らからすれば,薄汚れた古くさい襖や屏風など,破れようが穴が開こうがどうということはないのだろう。

グローバル化により異文化との接触が日常化すれば,こうした軋轢も日常化するが,これは宿命,もはや逃れられない。とくに中国や韓国は隣国であり,様々な対立やもめ事があるのは当然だ。これからは,それを前提に,紛争をコントロールし共存を図る大人の対応が求められる。

また,そもそも厳密には「中国人」や「韓国人」は存在しない。実在するのは,中国や韓国に住む無限に多様な個々の人々だ。そのような人々と,多重多層の多くの関係をつくり出していく。「美しい国」のアナクロ首相は嫌がるであろうが,国際社会ではむろんのこと,たとえ日本国内であっても,異文化との平和共存は必然であり,そこにしか日本の未来はないであろう。

140530g ■立山

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2014/05/30 at 11:52

信号機かロータリーか:ネパールとスイス

1.道路近代化批判
ネパリタイムズ(6月28日号)が,道路新設・拡幅政策を批判している。都市部でいくら道路を建設しても,流入車両が増えるだけで,何ら問題解決にはならない。また,「日本援助信号機は,ほとんど機能していない。」

以前,信号機全滅と紹介したら,「そんなことはない」と叱られたが,ネパールの人びとから見れば,日本援助信号機はやはり役立たずの木偶の坊なのだ。

ネパールの交差点の多くは,文化に適合したロータリー(ラウンドアバウト)式であったのに,それらをやみくもに撤去し,一見合理的な信号機式交差点に近代化したため,この惨状となってしまったのだ。

カトマンズ盆地は狭く,徒歩・自転車でほぼ間に合う。電車,トロリーバス,地下鉄など,低公害公共交通機関の導入を進める一方,道路幅を狭くし,ロータリー式でさばける程度にまで車両数を削減すべきだろう。日本援助信号機は撤去し,古き良きロータリー式に戻す。
[参照] ▼信号
▼信号機、ほぼ全滅(5):王宮博物館前
▼信号機、ほぼ全滅(4):カランキ交差点(付:タタの威厳)
▼信号機、ほぼ全滅(3):「日本に学べ」
▼信号機、ほぼ全滅(2):タパタリ交差点ほか
▼信号機、ほぼ全滅(1):アメリカンクラブ前

2.スイスのロータリー文化
見習うべきモデルの一つが,スイス。先日,単なる団体観光旅行にすぎないが,10日間ほど,スイスに行ってきた。大部分がバス移動。

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 ■ネパールそっくりの山村風景/夕暮れのマッターホルン

感心したのが,多くの交差点がロータリー式であったこと。既存の信号機交差点も,順次,ロータリー式に改造されつつあるという。

幾度か紹介したが,日本では,交通量の少ない道路でも,深夜の人っ子1人いない田舎道でさえ,赤信号で停車し,青を待つ。時間とエネルギーのたいへんな浪費だ。これに対し,スイス・ロータリー式交差点では,ほとんど待つことはなかった。少々交通量が多くても,共有されているロータリー通行規則に自主的に従い,スムースに通過できた。

スイスは,ネパールにとって,自然環境や多民族状況,そして大国に囲まれた内陸国という地政学的位置など,多くの点でよく似ており,連邦制,多言語主義など,学ぶべきものは多い。ただし,民族自治,地域自治などは,決して近代的な新しいものではない。むしろ本質的に前近代的な,古いものである。その古いものの全否定ではなく,保守すべきものは保守しつつ,生活を豊かにしていく。女性の権利など,問題は多々あるにせよ,頑固な保守主義の国であるがゆえ,スイスは多民族多文化民主主義のモデル国の一つとなり得ているのである。

なお,蛇足ながら,自然環境や地域景観についても,スイスは保守主義に立ち,保存を開発と両立させる努力をしている。フランス領のシャモニーにも立ち寄ったが,スイスとの違いに愕然,幻滅した。近代合理主義の宗主国フランスは,自然と伝統を克服すべきものと見ている。他の地域はどうか知らないが,少なくともシャモニー付近の景観は,フランス国民文化のスイスのそれとの相違を際立たせ,その意味では興味深かった。

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 ■インターラーケン「ゲマインデハウス」前/ヴィルダーズヴィル

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 ■幹線道路交差点/ベルンの路面電車とバス

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2013/07/01 at 11:41

ネパールとスイス

スイスは,大国に囲まれた小国にとって,つねにモデル国家の一つであった。惨敗により貧困弱小国に転落した日本も,「東洋のスイスたれ」といわれ,一時その気になったこともあるが,すぐ冷戦に組み込まれ,それを利用して身分不相応の経済大国にのしあがった。そして,その泡沫のバブル経済が破綻し,落ち目になると,こんどは軍事大国を目指している。日本は,ほぼ一貫して,「単一民族」の強大国が目標であり,多民族永世中立国スイスはモデル国家とはなり得なかった。

これに対し,ネパールは,印中両大国に挟まれた多民族小国であり,存続のため,多かれ少なかれスイス的な生き方をしてきた。地政学的に,ネパールにとって,それは不可避の選択であったといってもよいであろう。

と,そんなことも考え,スイスを見てくることにした。といっても,割高の個人旅行は無理なので,格安カミカゼ団体旅行でチケットとホテルを確保し,自由時間の範囲内で歩き回ることにした。

スイスについては,ほとんど何の知識も無い。そこで,とりあえず近所の図書館から旅行ガイドを数冊借りてきて目を通したが,いずれも恐ろしく平板・無味乾燥,「スイスなんか行くな!」と警告しているようなものばかり。ネパール旅行ガイドの方が,はるかに充実している。まか不思議?

スイスはこんなつまらない国かな,といぶかり,旅行案内ガイド以外の本を借り,また自分でも何冊か買って読んでみると,またびっくり,いずれもなかなか面白い。俄然,期待がふくらみ,出発が待ち遠しくなった。以下,何冊か紹介する。

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 ■ネパール大使館HP(ジュネーブ)

●長坂道子『「モザイク一家」の国境なき人生:パパはイラク系ユダヤ人,ママはモルモン教アメリカ人,妻は日本人,そして子どもは・・・・』光文社新書,2013年2月
出版されたばかりの新書。著者はフリーのジャーナリスト,エッセイストで,本書の長い副題にある「妻」。内容は,副題が示すように,イラク系ユダヤ人を父としモルモン教アメリカ人を母とするアメリカ国籍の男性と結婚し,スイスに住む著者の「私的世界史」(p3)。

多文化・多民族の未来を先取りしたような一家であり,その日常生活を見ると,国家・国境に閉じ込められ縛られたわれわれの「常識」が根底から覆される。「美しい国」日本の,内弁慶国粋主義者必読文献。

●福原直樹『黒いスイス』新潮新書,2004年3月
著者は,毎日新聞外信部ブリュッセル支局長(出版時現在)。1994年から6年間,ジュネーブ特派員。

書名はおどろおどろしく,また表紙カバー紹介文も次のようになっている。
「永世中立国で世界有数の治安のよさ。米国などを抜き,常に「住んでみたい国」の上位に名を連ねる国,スイス。しかしその実態は――。「優生学」的立場からロマ族を殲滅しようと画策,映画“サウンド・オブ・ミュージック”とは裏腹にユダヤ人難民をナチスに追い返していた過去,永世中立の名の下に核配備計画が進行,“銀行の国”でまかり通るマネーロンダリング……。独自の視点と取材で次々と驚くべき真相を明かす。」

この書名とカバー紹介文からは,センセーショナルな告発本,売らんかなの際物という印象を受ける。しかし,内容そのものは,実際には,第一印象とは逆の上質なジャーナリズムである。

著者は,スイスにはナチとの関係,核開発,相互監視など,「黒い」側面があることを容赦なく指摘する。しかし,それは決して一面的,一方的非難ではなく,スイスの繁栄と平和をより深く理解しようとする生産的な批判である。本書は,心地よい観念論にまどろむ民主主義者や平和主義者にとって,必読文献。

●森田安一『物語 スイスの歴史:知恵ある孤高の小国』中公新書,2000年7月
著者は日本女子大学教授で,専攻はスイス史,宗教改革史(出版時現在)。本書は,ケルト時代から20世紀末までのスイス通史。各時代の問題が簡明に記述されており,興味深く読みやすい。表紙カバーの内容紹介は以下の通り。

「ヨーロッパの中央に位置するスイスはユニークな国である。風光明媚な観光地として知られる一方,国民皆兵の永世中立国でもある。多言語・多文化の連邦国家で,各カントン(州)の自治権が強い。中央集権化に対する国民の反発は根深く,国連やEUにも加盟していない。こうした強烈な個性はどのように形作られたのか。内部分裂の危機と侵略の脅威にさらされつづけた歴史をひもとき,この国に息づく独立心の源をさぐる。」
   (筆者注:2002年9月スイス国連加盟)

●國松孝次『スイス探訪:したたかなスイス人のしなやかな生き方』角川書店,2003年4月
著者は前スイス大使・元警察庁長官。赴任先の国のことを書いた元大使の本にはあまりおもしろいものはないが,本書は別。記述は具体的であり平明。以下,「あとがき」から抜粋。

「スイスがハプスブルク家その他の外国勢力と熾烈な争いを繰りひろげながら,ずっと死守してきたのは,自らの住む共同体の結束と自らのことは自ら決するという住民主権の直接民主制であった。そして,その上に,成熟した多様な地域文化が温存されてきたのである。」(p223)

「スイスは小さい割に複雑で,人々は様々な意見を持ち,したたかである。・・・・十把ひとからげにして『スイス人』などといえる人は,実はどこにもいないのである。」(p226)

●笹本駿二『スイスを愛した人びと』岩波新書,1988年11月
20世紀の巨人5人のスイス滞在を中心に考察。扱われているのは,ローザ・ルクセンブルク,アインシュタイン,レーニン,ジェームス・ジョイス,トーマス・マン。

130519 ■スイス大使館(カトマンズ)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2013/05/19 at 15:53

カテゴリー: 旅行, , 民主主義

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文化と「表現の自由」:インド映画禁止運動

1.CPN-Mのインド映画禁止運動
マオイスト左派のCPN-M[バイダ派マオイスト]が,9月26日,「下劣なインド映画」とインド車両の全面禁止を宣言した。すでにCPN-Mは,影響下の自称「タムサリン州」の10郡(チトワン,マクワンプル,ダディン,シンドパルチョーク,カブレなど)において,インド車両の通行を実力阻止し,インド映画・インド音楽の上映や放送を禁止している。26日の発表は,このインド映画・インド車両排除運動の全国への拡大宣言である。

この決定のうち,インド車両の禁止は,分からないわけではない。インド登録車両がどの程度ネパール国内に入り使用されているか正確には分からないが,相当数使用されていると思われ,もしそうなら独立国家ネパールの政治と経済にとって,これはゆゆしき問題であり,何らかの規制は当然といえよう。

2.CPN-Mはアナクロ全体主義か?
これに対し,インド映画禁止は,「知る権利」や「表現の自由」の真っ向からの制限であり,賛否が分かれる。CPN-Mのパンパ・ブサル報道担当は,こう述べている。

「インド映画はネパール国家とネパール人民を侮蔑し,卑猥を助長し,文化汚染を広めるものだ。それゆえ,わが党は,インド映画を禁止することにした。」(nepalnews.com, 26 Sep)

これに対し,統一共産党(CPN-UML)は,「幼児的敵対行為」と批判し,コングレス党(NC)やマデシ諸党派も同様の理由により強く反発している。

たしかに,「表現の自由」や「知る権利」の世界的常識からみると,CPN-Mのインド映画禁止運動は非常識であり,時代錯誤の極左全体主義といわざるをえない。CPN-Mは,各方面からの激しい非難を受け,すべてのインド映画が反ネパール的というわけではないので,「反ネパール的映画か否かを判定する独立機関を設置する」(Republica, 27 Sep)ことにより,有害でないインド映画は上映を許可するようにしたいと説明しているが,これとて権力による「検閲」であり,見方によれば,全面禁止よりも危険といわざるをえない。

こうしたことは今日では自明のことであり,人権論の初歩である。CPN-Mは,そんなことも知らないアナクロ全体主義政党なのだろうか?

 ネパールの映画館

3.権利の形式的保障の弱点
西洋諸国や日本の人々の多くは誤解しているが,ネパール・マオイストは人権論や民主主義論の最新の動向をよく知っており,したがって「表現の自由」や「知る権利」についても十分な知識を持っている。CPN-Mは,そんなことはわかった上でインド映画全面禁止を決定,実力をもってそれを全国実施させようとしているのである。なぜか?

それは,CPN-Mが,自由や権利の形式的保障は強者ないし多数派の側に有利であり,実際には弱者や少数派にとっては何の権利保障にもならないことをよく知っているからである。

CPN-Mの支持基盤はジャナジャーティ(少数派民族諸集団)である。これらの民族諸集団は,それぞれ独自の言語や文化をもっているが,それらは1990年革命が成功し自由民主主義体制になっても,多数派言語・文化との自由競争にさらされるばかりで,実際には保護されることなく衰退一方であった。

そして,自分たちの言語や文化の衰退は,その社会での民族としての存在の希薄化と表裏一体であるから,少数派諸民族は1990年憲法体制のもとで実際には民族としての自律性をも喪失していくことになった。言語や文化の自由競争,すなわち「表現には表現をもって」とか「言論には言論をもって」といった自由や権利の形式的保障こそが,少数派民族の危機をもたらしているのである。

4.民族の権利の実質的保障
だからこそ,CPN-Mは,民族の言語や文化,自由や権利は,実質的に保障されなければならないと考えるのである。

たとえば,1990年憲法(第18条)でも2007年暫定憲法(第17条)でも,母語による初等教育が保障されているが,自由な選択と競争に任せておけば,少数派言語を学んでも社会ではほとんど役に立たないから,親たちは,結局は,多数派言語のネパール語か,あるいは可能ならば「世界共通語」の英語を選択することになり,少数民族の言語や文化は衰退してしまう。形式的保障では,少数民族の自由や権利は守られないのだ。

CPN-Mが,ネパール文化を守るためインド映画を禁止する決定をしたことには,したがって十分な根拠がある。自由競争にゆだねると,大国インドの映画やTV番組が弱小国ネパールを席巻してしまい,ネパール語文化や諸民族語文化の衰退は免れないからだ。

CPN-Mは,断じてアナクロではない。むしろ,日本などより先行しているくらいだ。もし少数派諸集団の言語や文化,自由や権利を本気で守ろうとするなら,多数派有利の「表現の自由」や「知る権利」は制限されなければならない。

5.近代市民社会の常識と現代多文化社会
しかし,こう言ったからといって,「表現の自由」や「知る権利」が,民主主義や人格形成にとって必要不可欠の権利であることまで否定するわけではない。権力や多数派の側の情報のウソや偏向を暴き,人権を守り民主主義を前進させるためにも,また個々人の人格形成や文化発展を図るためにも,「表現の自由」や「知る権利」は最大限保障されなければならない。言論・映像・音楽など,あらゆる「表現」については,表現をもって応答し,権力や暴力で黙らせるといったことは許されるべきではない。近代市民社会では,これは常識であって,こんなことを言うのは蛇足にすぎない。

しかしながら,世界社会における少数派,多文化国家における少数派の実情を見ると,「言論には言論をもって」とか「表現には表現をもって」といった市民社会の常識が,深刻な反省を迫られているという感じがしてならない。ネパールでは,多くの少数派言語,少数派文化が,言語・言論・表現の形式的保障による自由競争のもとで衰退し,消滅しつつある。

これは余所事,他人事ではない。たとえば,日本語。以前,水村美苗『日本語のために』の紹介(下記参照)でも述べたが,このままでは日本語は「世界共通語」としての英語との自由競争に敗れ,衰退は免れない。親は日本語よりも世界に通用する英語を学ばせようとし,企業はグローバル競争に勝ち抜くため,英語を企業公用語にしてしまう。こうなると,日本社会において,一流言語=英語,二流言語=標準日本語,三流言語=他の諸言語,といった言語カースト制が成立する。これは魂=精神のカースト制であり,日本社会には深い亀裂が入り,修復は困難となるであろう。

言語・文化の自由市場競争による淘汰は,日本ではまだ緩慢にしか進行せず,激しい自覚症状は現れていないが,日本の100年の変化を数年で経験しているネパールでは,言語も文化も形式的権利保障だけで自由市場競争に投げ出されたため,相対的少数派の言語・文化から次々と衰退し消滅していっている。そして,こうした言語や文化の衰退は,その言語や文化をもつ民族の実質的な社会的地位の没落でもあるのだ。

6.ポストモダンのマオイスト
この少数派諸民族にとって酷な現実を見て,実力をもって多数派の言語や文化と対抗しようとしたのがプラチャンダの旧マオイストであり,旧マオイストの体制内化後は,現在のCPN-Mである。

CPN-Mのインド映画禁止運動は,乱暴ではあるが,多数派が見ようとはしない「表現の自由」や「知る権利」の多文化社会における問題点を鋭く突くものであることは間違いない。時代錯誤のアナクロ極左全体主義と冷笑して済ますことはできようはずがない。マオイストこそ,ポストモダンの前衛なのだ。

[参考資料]
・”CPN-Maoist declares nationwide ban on Hindi movies, Indian plate vehicles,” nepalnews.com, 26 Sep.
・”CPN-Maoist’s anti-India rant earns severe criticism,” The Himalayan Times, 26 Sep.
・”CPN-Maoist bans Hindi movies, Indian plate vehicles,” Republica, 27 Sep.
書評:水村美苗『日本語が亡びるとき』(8), 2009/06/16
書評:水村美苗『日本語が亡びるとき』(7), 2009/06/15
書評:水村美苗『日本語が亡びるとき』(6), 2009/06/14
書評:水村美苗『日本語が亡びるとき』(5), 2009/06/13
書評:水村美苗『日本語が亡びるとき』(4), 2009/06/12
書評:水村美苗『日本語が亡びるとき』(3), 2009/06/11
書評:水村美苗『日本語が亡びるとき』(2), 2009/06/10
書評:水村美苗『日本語が亡びるとき』(1). 2009/06/09

谷川昌幸(C)

ネパールと包摂参加民主主義:石川論文を手掛かりとして

谷川昌幸(C)

Ⅰ 世界最新政治への驀進
後発国の技術的優位については幾度か論じたが,このところの政治の動き――2006年民主化運動→停戦→暫定憲法→制憲議会選挙→制憲議会開催→新憲法制定――を見ていると,政治についてもその思いを強くする。この一連の政治プロセスを導いている理論や思想は,少なくともそれ自体,世界最先端であり,もし成功すれば,ネパールは21世紀型政治の世界最先進国となる。

いまネパール政治を導いているのは,社会諸集団の「自治(autonomy)」,「包摂(inclusion)」と「参加(participation)」,「権力分有(power-sharing)」であり,そのための制度としては共和制,連邦制,比例制が実現したかあるいは実現間近であり,さらには社会諸集団の「自決(self-determination)」,「拒否権(veto)」,「分離権(secession)」までも唱えられている。あまりにもスゴくて目がくらくら,腰を抜かしそうだ。

Ⅱ 自治と包摂参加:石川論文を手掛かりに
ネパール包摂参加民主主義のスゴさは,たとえばネット公開されている論文,石川一雄「パワー・シェアリング型ガバナンスと民主主義の赤字――カナダとマーストリヒト体制のEUを事例として――」(専修大学法学研究所『所報』第29号,2004年11月)を参照すると,よく分かる。この問題については,もっと新しい文献もあろうが,石川論文は論点を明晰に分析しており,ネット公開され便利でもあるので,以下,この論文を手掛かりに,ネパール包摂民主主義の可能性を検討していくことにする。

1.ガバナンス
(1)ガバナンスの概念
私は文化保守主義者なので,外来語のカタカナ表記は好まない。映画や本の題名のカタカナ表記は知的怠慢だし,お役所のカタカナ使用は国民を欺くための常套手段である。だから,「ガバナンス」もよいとは思わない。

Governanceは,「統治」「管理」のことであり,governの語源はgubernare(操船),つまり国家という船を操ることだ。だから,「統治」と訳してもよいのだが,そうしないのは「ガバナンス」に別の意味を与えたいからであろう。石川氏の文学的表現では,次のようになる。

「ガバナンスは,中心権力をもち,権威的支配をビジュアルに成立させるガバメントとは違い,中心的権力や権威が不在なままに諸単位が統治にかかわって生み出す秩序だといわれる。しかし,実際には,いくつもの大小の中心を併存させ,絶えざる危機に直面しつつ,さまざまに工夫される安全のための手続きが合体し,衝突し,アメーバのように形を変え,混血的な一時的権力体を生み出し,消えゆき,星雲のような在りようを示す。それは絶えず政治を生み出す場である。降りかかる困難から人びとを救うことは,出来上がった手続きを通じてはできない。組織の論理,制度の倫理を超えるところで,自由に情況に対応し,結果を見つめる完結し得ない作業が永劫に続く場,それがガバナンスである。」(p.2-3)

わかりやすくいえば,理念としてのインターネット世界のようなもの,あるいはより正確には,ネグリ=ハートのいうマルチチュードが生み出す世界のようなものであろう。

2.自由主義者の「良きガバナンス」
このガバナンス理念と似て非なるものが自由主義者の「良きガバナンス」である。石川氏によると,それは「政治の行政化」,「governance without government」であり,「リベラル・ピース論と武力平和論の二つの顔をもっており,民主主義と人権を擁護する正義論とともに,人道的目的での軍事介入の論理,治安維持目的での戦争権限行使によって構成されている」,つまり「主権国家間体制を超え,世界政府を希求する姿勢と繋がっている」(p.3)。

この近代主義的「良きガバナンス」論では,公開性,透明性,説明責任が求められ,社会諸集団は「包摂」され,市民社会の中に「場所」を与えられるが,そのかわり「参加の名の下に統治の枠の中に組み込まれてしまう」(p.4)。これは,権力空間であり,「中心」が周縁部を支配する。「克服されるべき危機は中心によって構築され,取り組むべき政策的問題群も選別される」(p.4)。

以上の「ガバナンス」と「良きガバナンス」の対比は,ネグリ=ハートの「マルチチュード」と「帝国」のそれにほぼ対応すると見てよいだろう。そして,著者の立脚するのは,いうまでもなく前者「ガバナンス」の立場である。

3.パワー・シェアリング
(1)パワー・シェアリング
ガバナンスにおいては,支配する中央権力は否定され,権力は分有される。つまり,

「パワー・シェアリング(権力分有)は,自治権の相互承認を柱とする協同統治体制を意味する。それは,支配-従属関係を核とする集権的統治(垂直的権力関係)に対し,権力の共同行使を核とする多層分権的統治(水平的権力関係)に力点を置く概念である。」(p.7)

この権力を分有するのは民族等であるが,石川氏は,そうした構成単位を「実体化(閉域化,絶対化)」するのは誤りであるとし,「構成諸単位をつねに『境界線をもった単位』として,内実そのものは流動的にとらえている」(p.6)とされる。

これは著者のいうとおりで,民族等を「実体化」してしまえば,今度はその民族内の中心-周縁(支配-被支配)が問題になる。しかし,現実問題として,「集団の権利」を認めると,集団は実体化してくる。実体化するからこそ,個人の集合ではなく,「集団」そのものが権利(集団的権利)をもつのだ。集団の何らかの実体化なくして,集団の権利を認めるのは難しいのではないか? ここが,理論的にも,現実政治としても,難しいところだ。

(2)パワー・シェアリング体制
パワー・シェアリングは,制度的には状況に応じて,自治権,拒否権,大連合,比例制,離脱権,政権輪番制,連邦制などを要請するが,基本にあるのは「自治(autonomy)」である。

パワー・シェアリングにおいては,「あくまで自治(self-rule)の承認による共治(shared rule)が原則であり,集権と分権とのさまざまな組み合わせによって構成単位の自治を確保し,人口の多寡にかかわらず,集団としての存在比例(proportionality)への配慮を柱とした大連合体制を組むのが特徴である」(p.9)。

このパワー・シェアリングの体制は様々であるが,代表的なのは,著者によれば次のようなものである(p.9-12)。この分類は大変わかりやすく,ネパールの憲法論にとっても参考になる。

政治体制 制度の概要 主な採用国等

Confederation 共通中央政府-自治権を持つ構成諸国家 EU, CIS

Federation 連邦制。連邦政府-州政府 米,印,加,独,スイス

Federacy 大きな単位-自治権を持つ小さな単位 米-プエルトリコ
印-カシミール

Associated state 結合国家。一方的離脱権の保障 仏-モナコ

Consociation 「非領土的連邦化原則により複数エスニック集団の自治と協同とをエリート協調を通じて実現する体制」(p.10)。自治,拒否権,比例制 スイス,ベルギー,オランダ

Union 連合。構成単位が主権性を維持しつつ,共通の統治機構を設立 ニュージーランド,レバノン

League 連盟。特定の目的のための連携 アラブ連盟,ASEAN, NATO

Joint functional authority 特定機能の協同遂行のための専門機構 NAFO, JAEA

Condominium 共同統治 アンドラ(1278-1993)
バヌアツ(-1980)

Home rule 内政(地域,地方)自治。権限移譲による自治 スコットランド,北アイルランド

Cultural home rule 文化的内政自治。言語,宗教などの自治

Autonomous provinces or national districts 自治州,民族自治区 スペイン

その他 輪番統治制,協同協会制など

 

4.多民族民主主義
パワー・シェアリングの形は多種多様であり,歴史的にも多くの実例があるが,近代的代表制民主主義,あるいはウェストミンスター型議会制民主主義の立場からは,いくつかの問題点が指摘されていることも事実だ。

石川氏によれば,そうした立場からは,パワー・シェアリングはエリート協調主義であり,拒否権付与で多数決デモクラシーが否定され,集団的権利の肯定により特定のサブカルチャーが実体化され個人の権利保護が危うくなるといった批判,つまりはアイデンティティ政治への批判がなされている(p.12-13)。

したがって,この立場からは,多民族社会で暴力的紛争後,パワー・シェアリング体制とするとしても,それは「あくまでも暫定的な措置,あるいは非民主性に目をつぶった上での移行的措置」(p.13)ということになる。

しかし,石川氏は,パワー・シェアリング体制を民主主義を実現しうる政治的仕組みと考え,卓抜な哲学的表現で次のように説明されている。

「パワー・シェアリング体制を独特なものにしているのは,多様性への深い理解である。そこには,極化を許容する姿勢が組み込まれている。それは,極としての存在を他の極との相互依存関係においてとらえ,極と非極との相即性を政治空間の構成原理とする姿勢である。・・・・極は,他者媒介的であり,同時に他者否定媒介的でもある。極間の関係は,非連続的性と連続性とを両立させ,相互媒介的で,他を内に含み,同時にそれを否定して自己自身であるような関係である。それは,ちょうど棒磁石のN極とS極の関係に等しい。NもSも,それぞれに絶対的極である。しかし,その極性は対立する他の極の存在とともに成立している。二つはそれぞれに有(実体)でもなく,無(単なる依存性)でもなく,有無相通ずる相互性のもとにある。これが,ナショナルあるいはエスニックなアイデンティティの在りようとなる。一即他,他即一のこのような単位の在りようによって極をとらえるならば,国家やエスニック集団を実体化し,本質主義的単位として,そのアイデンティティと主権性とを承認させようとする姿勢はどこからも出てこない。」(p14)

これをもう少し具体的に言い換えると,次のようになる。

「人々がその生まれて生きる環境の違いを反映した政治的・社会的秩序を生き,独自な文化を育み,そこに共有されるアイデンティティを重視するとしても,それはきわめて自然なことである。そうした文化的価値の共有を踏まえた行政区画からなるパワー・シェアリングの工夫は,領土的自治の承認,あるいは機能的で非領土的な自治単位を肯定し,単純に国民人口規模の多数の意思のみを実現していく普遍的正義観とは異なる秩序への視点を生み出す。それは,もちろん普遍を否定し,すべてを相対化することを意味してはいない。そうではなく,とことんその特殊な生を生きた果てに,おそらくは普遍に通ずるものに触れることができるという理解がそこにはあると考えるべきだろう。」(p.15)

この説明は,よく理解できる。ネグリ=ハートがマルチチュードで主張していることも,おそらくこのようなことであろう。

Ⅲ 包摂参加民主主義の可能性

グローバル化により,もはや近代主権国家をそのまま維持できないことは自明なことだ。日本の教科書では,いまだ近代主権国家を当然の前提とし,主権,領土,国民を排他的な不可侵なものと教えているが,そんな見方はもはや現実とはほど遠い。グローバル化により,それらは急速に相対化され,すでに世界社会も国内社会も多かれ少なかれパワー・シェアリング体制となり,今後さらにそれが加速して行くであろうことは確かである。したがって,ここでの問題は,それがどのような過程を経て進行するかである。

核心は,集団の権利と自治である。石川氏も指摘するように,集団の自治を認めるなら,当然,その延長として自決権があり,国家(あるいは所属政治組織)からの離脱権も認めざるをえない。すでに個人には国籍離脱権があるのだから,集団に権利を認めるなら,国家離脱権も認められて当然だ。民族自治は民族自決であり,これは分離独立の権利だ。たとえば,九州は東京に従属する必要はなく,いつでも日本から分離し,韓国や中国と連合を組んでもよいわけだ。

しかし,問題は,離脱権さえ認めた上でのパワー・シェアリングによるガバナンスが,現実にどこまでうまくいくかということだ。石川氏自身,「いずれのケースもうまく機能しておらず,これから制度化するプロジェクトについても,誰の目にも困難さの方が際だっている」と指摘している通りだ。

特にネパールのような途上国の場合,いったんアイデンティティ政治を認めると,およそ個人の自由や人権と相容れないような文化や集団がパンドラの箱から次々と出てくる恐れがある。法では禁止されていても,実際にはまだ農奴制に近いものがあり,これだって立派な文化といえる。周知の売春集団だって,一つの社会集団だ。そんな有象無象が文化自治,集団自治を主張し始めたら,収拾がつかなくなる。あるいは,もっとやっかいなのは地域や民族。タライ地方が民族自決でネパールから分離すれば,実際には,インド併合となる。その場合,タライ内の非インド系民族はどうなるのか?

さらに見落としてならないのが,政治体制はパワー・シェアリングで多民族の分立自治化していっても,非政治領域とくに経済は際限なくグローバル化し,その支配力は巨大化していく。この強大化する非政治的権力の支配に,分節化・多元化し弱体化した個々の政治単位がどこまで対抗しうるのか? 

パワー・シェアリングは,自由・独立の個人の権利を平等に保障することを理念とする近代主権国家を解体することによって,実際には,グロ-バル資本主義の普遍主義的支配を裏から支えることになるだけではないのか? つまり,それはネグリ=ハートのいう「帝国」に敵対するようでいて,実際にはその下働きをすることになるだけではないのか?

たとえば,ネパールにおいて,近年,民族の言語や文化を破壊しているのは,国内多数派民族というよりは,むしろグローバル資本主義である。中央国家権力を弱体化させれば,グローバル資本のネパール支配はさらに容易となり,各民族のグローバル資本主義への従属はさらに進行するであろう。

国家相対化が時流であることを認めた上で,私はあえて言いたい。

・すでに強大な近代国家権力を確立し終えている先進諸国には,途上国の近代的国家主権確立の努力を非難・妨害する権利はない。

・途上国には,中立的,合理的,合法的な近代的国家主権を確立する権利があり,それによって得られるものは,失うものよりも断然多い。

Written by Tanigawa

2008/05/19 at 19:56

ネパール王制と天皇制:苅部直「新・皇室制度論」をめぐって

谷川昌幸(C)

君主制は,ネパールのようにまともに議論もせず安易に廃止すべきではないが,それ自体,民主主義に勝るとも劣らず危険なイデオロギーであることはいうまでもない。利用価値が高いだけに,状況をよく見ないと,それだけ危険も大きい。 (ネパール連邦共和制宣言は暫定決定。正式には制憲議会で決定されることになっている。

たとえば,1月5日付朝日新聞が「異見・新言」欄に掲載した苅部直「新・皇室制度論」を読むと,「これで本当に大丈夫かなぁ?」と不安になる。

1.苅部直「新・皇室制度論」
著者の苅部直氏は東大教授で専門は日本政治思想史。専門家中の専門家といってよい。

苅部氏は,まず久野収が「『天皇崇拝』の意識構造」(1988)において現人神信仰の名残を批判しつつ,皇室存続を次のように説いたことに注目する。

「『天皇制』をめぐる表現の自由は広く認められるべきであり,国際化が進むこれからの日本では,天皇は,『大和民族のシンボル』から,『多民族を含む国家のシンボル』へと変わる必要がある。」(苅部氏による要約)

そして,次のような問題提起をされる。

「どうも,皇室制度をめぐる議論は,二つの極に岐れてしまう傾きがある。それを日本人の文化伝統や宗教性と単純に結びつけて賞賛するか,あるいは,自由や平等の普遍的な価値に反するものとして,批判もしくは無視するか。たとえば久野のように,多文化社会の到来を歓迎するリベラルな立場から,皇室制度の新しい意義を考えると言った議論は,宙に浮いたようになってしまい,理解されにくい。」

婉曲な表現でちょっと分かりにくいが,要するに,天皇を多文化化する日本国家のシンボルにせよ,ということ,あるいはより正確に言うなら,その可能性を議論せよ,ということであろう。

議論せよ,ということなら反対しづらいが,敗戦以前の日本は多民族国家であり,天皇は植民地諸民族のシンボルでもあった。あるいは,大東亜共栄圏,八紘一宇を信じるなら,天皇はアジアあるいは世界の諸民族のシンボルともなるはずの存在だった。久野氏や苅部氏は,そんなことはもちろん分かった上で議論されているのであろうが,現に植民地支配されていた諸民族にすれば,そのような議論はとうてい容認し難いであろう。そんな議論は,日本における多民族共生どころか,逆に諸民族の不和対立を招くことになってしまう。

天皇はそもそも一民族一文化の象徴として創られたものであり,「多民族を含む国家のシンボル」とはなれないし,またなるべきではない。当面は日本国憲法で限定された役割だけを誠実に果たし,日本の民主主義の成熟とともにその役割も削減していき,いずれは日本の歴史遺産となることが望ましい。日本国天皇に諸民族共和のための積極的機能を果たさせようといった議論は,歴史的に見て誤りであり,また政治的にも賢明とは言えない極めて危険な議論である。

ところが,苅部氏は,婉曲な形で多民族国家における天皇の積極的機能についての議論を勧める一方,天皇に国民の模範としての役割を果たさせよ,とこれは直接的な形で明確に主張される。天皇・皇后の身障者作業場訪問が国会紛糾や官庁不始末と対比され,こうした皇室活動がもっと報道されれば,それが「権力者の行動に関する模範として働く」という。そして,議論をこう結ばれる。

「少なくとも,天皇による任命や国会召集といった手続きがもしなかったら,政治家や大臣の責任意識は,現状よりもさらに地に堕ち,混乱に満ちた政治の世界が登場していただろう。そう仮に想像してみることにも,十分な意味があると思えるのである。」

これは「異見・新言」欄であり,異論提示それ自体には問題はない。しかし,この議論は,あえて極論するなら,まるで国民を飛び越え天皇に直訴しようとした戦前の青年将校のそれのようだ。民主主義のもとでは政治家も大臣も国民に対して責任を持つのであり,もし天皇に対して責任を持つようになれば,これは一大事だ。

天皇を多民族日本のシンボルとするという議論は誤りだし,天皇を国民や権力者の模範とするという議論は政治的に危険だ。いくら異論とはいえ,そんな議論をしてもたいして意味はないだろう。

2.多文化長崎の巨大日の丸
天皇や日の丸を多民族日本のシンボルとすることの危険性は,長崎を見るとよく分かる。長崎は多民族・多文化の長い歴史を持つ街であり,血まみれの異文化・異宗教弾圧の形跡がまだそこかしこに見られる。

自宅近くに臨済宗春徳寺がある。この地にはかつて別の寺があったが,領主・長崎甚左衛門がキリスト教宣教師ヴィレラにこれを与え,1569年ここに長崎初の教会トードス・オス・サントス会堂が建設され,のちにセミナリオ(中学レベル)やコレジョ(大学レベル)等も設置された。ところが徳川幕府の禁教令により1619年これらは破壊され,そのあとに現在の春徳寺が1651年,移築建設されたのである。仏教→キリスト教→仏教。まるで,インド・アヨデヤのヒンズー教・イスラム教紛争のようではないか。shuntoku  春徳寺

この春徳寺のすぐ近くにシーボルト邸跡があり,ここでは獄死者も出た「シーボルト事件」が思い起こされる。 
siebold   シーボルト邸跡

さて,そのシーボルトにちなんで命名された「シーボルト通り商店街」。規模は小さいが,南国下町風の情緒があり,露天,商店とも価格は安く,買い物はいつもここに行っている。そこに今日(6日)行って,ギョッとした。見よ,この巨大日の丸!
hinomaru  シーボルト通り商店街

長崎は,異民族,異文化,異宗教との対立抗争の歴史が長いだけにイデオロギー過多の地であり,右派も強い。このシーボルト像の下の巨大日の丸は,そうした長崎の様々な異文化・異宗教を全部まとめてこの旗の下に統合象徴させようという日本ナショナリズムの意欲に充ち満ちている。

天皇を「多民族を含む国家のシンボル」とするのは,この巨大日の丸と同じ発想だ。現在の日本は世界一,二を争う民族的,文化的同質性の高い国であり,天皇や日の丸をことさら持ち出し振りかざす必要はみじんもない。そんなものでアイデンティティを強化しなくても,日本の国民国家意識はいまでも強すぎるくらいだ。あえていうなら,天皇や日の丸がなくても,日本は国として十分に存続できるだろう。

ネパールが共和制でやっていけるのなら,日本はその何倍も共和制に適している。ネパール連邦共和制論者には,ぜひとも日本に向けて,天皇制打倒,連邦共和制樹立を訴えていただきたいものだ。

Written by Tanigawa

2008/01/07 at 09:59