ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

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紹介:三瓶清朝『みんなが知らないネパール―文化人類学者が出会った人びと』(4)

4.妻劣位のバフン食事慣行
本書の第8章41では,プルビヤ=バフン族の行動規範の一つとして,食事慣行が紹介されている。私自身,ネパールで,これに近いことを何度か見たことがあるが,それでもこのような具体的な生々しい記述を読むと,あらためてその厳格さに驚かされる。

「[1977年暮れカトマンズ市のプルビヤ=バフン族家庭に下宿していた時のこと]下宿の主人(45歳ぐらいの政府中級官僚)の妻(40歳ぐらいの主婦)がご飯を食べるのに毎日,主人が食べたあとに,主人が食べたあとの食べかすや食べ残しの豆汁,ご飯粒のたくさん付いた非常にきたない大皿(金属製)でご飯を食べていた。主人がご飯を食べているあいだ妻は階下(食堂兼台所は3階の屋上にあった)の2階で主人が食べ終わるのを待っていた。この妻だけでなく,主人夫婦の若い息子(23歳ぐらい)の若い妻(20歳ぐらい)も主人の妻と一緒に階下で待っていた。・・・・この,主人が食べたあとのきたない大皿でご飯を食べることは,プルビヤ=バフン族の,けがれ(不潔)という観念によって妻の劣位を示すためにわざとおこなわれる慣習である。・・・・夫優位と妻劣位の序列を刷り込むのである。」(280-1)

こうした食事慣行は,これほど冷厳ではないにせよ,日本でもかつては見られた。高度成長やテレビ普及で日本社会が流動化する以前は,地方によっては,村に行くと妻や他の成人女性は調理配膳にあたり,食事は後回しとされていた。特に何らかの儀式後の多少とも格式ばった食事においては,妻や成人女性は完全に裏方,台所の片隅で残りものをそそくさと食べるのが慣習であった。ネパール同様,日本でも,こうした食事慣行により,社会や家庭内の上下秩序が刷り込まれ再生産されていたのであろう。

【注】ネパールの妻の食事慣行については,別の説明もある。ちょっと苦しいが,下記(1),(2)のような考え方もできなくはないであろう。
(1)「ほとんどのネパール人は,誰かが箸をつけた皿の食べ物は汚れている考え,食べようとはしない。・・・・が,夫の皿の残り物であれば,ネパール女性の多くは食べる――食べ物の分かち合いを愛情表現と考えているからである。」(Nepali Customs & Etiquette)

(2) 「夫の方に,妻が[箸をつけ]汚した食べ物が出されることは決してないが,妻の方は,夫の食べ残しを食べるのを妻の特権と考えている。」(Lall, Kesar, Nepalese Customs and Manners, 2000, p.25)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2018/06/20 at 16:55

カテゴリー: 社会, 宗教, 文化

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ミスコンか被抑圧女性解放か

谷川昌幸(C)

 カゲンドラ・N・シャルマ博士が,ミスコン反対の暇があるなら悲惨なチャウパディ廃止運動をやれ,とマオイストを批判している。もっともな正論で,おっしゃるとおりだが,それで? という思いがしないではない。しかも,よく考えてみると,この議論はちょっとズレている。 Dr Khagendra N. Sharma, Chhaupadi and Beauty Pagent, Kathmandu Post,22 Aug.

 

1.土牢チャウパディ

チャウパディ(Chhaupadi)は西ネパールに広くあり,生理中の汚れた女性を閉じこめておくための土牢。実物も写真も見たことがないので,それがどのようなものか見当もつかないが,きわめて不健康なもので,女性にとっては拷問に近いという。

 

日本でもかつては自宅出産がほとんどで,わが村でも妊婦は北西の一番悪い部屋で出産した。つい数十年前まではそうだった。だから,ネパールに土牢のようなチャウパディがあることは,容易に想像がつく。

 

そのチャウパディで15歳のダリット少女が下痢のため死亡した。同様の悲惨な事件は多数報告されている。

 

2.売春,女性売買,性的虐待

一方,ネパール女性の性的搾取は拡大の一方だ。被抑圧階層の女性が売春を強要される一方,ミドル・クラス女性の「コールガール」も増え,市中や道路沿いには売春宿が続々とつくられている。また,ネパール女性はインド売春宿に売られ,海外出稼ぎ女性も性的虐待に苦しめられている。ダウリー(持参金)殺害もあれば,魔女虐待もある。ネパールには深刻な女性問題が山積しているのだ。

 

3.ミスコン

これに対し,ミスコンに応募する女性は,ミドルクラス出身で,教養もあり意識も高い。家族の同意も得て自分で応募してくる。

 

たしかにミスコンは女の裸が売りで,身体の5%を隠しているにすぎない。しかしシャルマ博士によると,これは一種の芸術である。肉体美を様々な形で競う。しかも,会話センスや知性も問われる。ミスコンは,ネパールが近代化し,世界文化がネパールにも波及してきた結果に他ならないという。

 

4.ミスコンは自己責任

したがって,いま取り組むべきはミスコンではなく,チャウパディに代表される様々なネパール女性差別だ,とシャルマ博士は主張する。

 

「ミスコン応募女性は,自分の行動を十分に自覚しており,社会において自分を守ることができる。」

 

「ミス・ネパールに出場する女性たちには,救出ロビー活動は不要だ。彼女らは,社会のなかで好ましい地位を得ることができる。延期されたミスコンを計画通りやらせよう。われらは,見捨てられ,差別され,搾取されている女性たちのためにロビー活動をしよう。まず,危険なチャウパディ廃止運動から始めよう。生理の大切さを知らない人々を教育し,非人間的差別を故意に強制する者たちを処罰しよう。」

 

ところが,シャルマ博士によると,世間ではチャウパディ反対運動は低調なのに,ミスコンについては,マオイスト「革命女性同盟(RWL)」を中心に35団体もが,活発に反対運動をしている。これはおかしいではないか,と博士は批判するのである。

 

.正論の平凡さ

このシャルマ博士の議論は,正論ではあるが,正直いって面白くないし,どこかズレている。

 

この議論が変なのは,前近代的女性搾取と近現代的搾取とを切り離し,前者を否定するため,後者を容認しているからである。

 

たしかに,政策課題としては前近代的女性差別が先だという議論はありうる。しかし,途上国ネパールでは,前近代的問題と近現代的問題が同時並行的に発生しているのであり,どちらがより深刻かは,一概にはいえない。

 

シャルマ博士は,ミスコンを世界文化へのネパールの参加として肯定しているが,ミスコンは資本主義的女性商品化文化である。女性搾取が,前近代的な直接的なものから近現代的な「自由意思」と貨幣を媒介としたものへと,変化してきたのだ。搾取の形態が高度化されたのであり,見方によれば,こちらの方がより深刻ともいえる。

 

そうした途上国における問題の二重性をシャルマ博士は見ていない。マオイストがどこまで問題を見抜いているかは分からないが,結果的には,マオイストのミスコン反対は正しく,従って,これについては先進諸国の女性団体からの支援も期待できるのである。

 

かつて「お茶くみ」程度で文句をいうな,と日本の男性たちは女性解放運動をバカにしていた。しかし,いまでは彼女らの方が正しく,いまごろ「お茶くみ」をさせようものなら,女性差別,セクハラで処罰されるし,そもそもそんなことをしている会社は生き残れない。

 

たかが「ミスコン」くらいで,などといっていると,マオイスト革命女性同盟の総攻撃を受けるであろう。

 

ミスネパールに喜悦満悦のプラチャンダ首相

  

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前ミスネパールと2008年出場予定者(Nepali Times, 22 Aug)

 

マオイスト「革命女性同盟」同志が,真っ先に糾弾すべきは,プラチャンダ同志ではないか?

 

Written by Tanigawa

2008/08/23 at 22:32