ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

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改宗勧誘・宗教感情棄損を禁止する改正刑法,成立

バンダリ大統領が10月16日,改宗勧誘や宗教感情棄損を禁止する規定を含む「改正刑法案」に署名し,同法は成立した。16日は,皮肉にもネパールが国連人権理事国に選出された,まさにその日である。成立した改正刑法第9部第158条と第160条については,すでに紹介したので,それをご覧ください。参照:宣教投獄5年のおそれ,改正刑法「宗教の自由」とキリスト教:ネパール憲法の改宗勧誘禁止規定について

この刑法改正に最も強く反対してきたのは,ネパールで勢力を急拡大しつつあるキリスト教会である。たとえば,「世界キリスト者連帯(CSW)」のM・トマス委員長はこう批判している。「ネパール政府に対し,この不当な法[改正刑法]を廃止し憲法第26(3)条を改正することを要請する。それらは,宗教・信条の自由への権利を制限するものであり,ネパールの国際法遵守の立場を損なうものでもある。人権理事国になったネパールにとって,これは驚くべき矛盾である。」(*2)

また,世界の人権諸団体や人権活動家らも,この刑法改正には強く反対してきた。立法議会が改正刑法案を可決したのは8月8日だが,その直後の8月9日から12日まで,世界70か国以上の議会議員参加の「宗教・信条の自由を求める議員国際パネル(IPPFORB)」が,ネパール支部の招きに応じ,代表団をネパールに送り込んだ。彼らは,政府幹部や議員,市民団体代表らと会い,改正刑法案大統領署名への反対や,憲法第26(3)条の改正を訴えたという。(*4)

しかし,こうした内外の強い反対にもかかわらず,改正刑法は10月16日成立してしまった。この法律は,禁止する「改宗勧誘」や「宗教感情棄損」の定義(構成要件)があいまいであり,拡大解釈されやすい。運用次第では,ヒンドゥー教・仏教中心の伝統宗教以外の宗教はネパールではほとんど活動できなくなる恐れがある。

この改正刑法成立は,中長期的にみると,ネパールにとって,年末の国会/州会選挙よりも大きな意味を持つことになるかもしれない。


 ■IPPFORB FB(Oct 18) / News(Oct 25)

*1 “BILL CRIMINALISES RELIGIOUS CONVERSION,” Christian Solidarity Worldwide, 22 Aug 2017
*2 “Nepal’s President Signs Law Criminalizing Evangelism, Christian Solidarity Worldwide Warns,” Spotlight Nepal, 2017/10/22
*3 「ネパールで『改宗禁止法』成立,大統領が署名 キリスト教団体が懸念」,Christian Today(日本語版),2017年10月29日
*4 LOKMANI DHAKAL, DAVID ANDERSON, “Not secular: The government seems to have forgotten that it is bound to protect an individual’s rights to have a religion,” Kathmandu Post, Oct 29, 2017

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2017/10/31 at 20:13

カテゴリー: 宗教, 憲法

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「宗教の自由」とキリスト教:ネパール憲法の改宗勧誘禁止規定について

「自由」は一般に,格差のあるところでは「強者の権利」となりがちである。格差を無視し自由を形式的に認めると,経済的,政治的,知的,身体的等々において優位にある者が,自由を名目として,劣位にある者を事実上一方的に支配することが許されてしまう。形式的自由は「強者の権利」を正当化する。最も基本的な自由の一つである「宗教の自由」もその例外ではない。このことについては幾度か議論してきたが,重要な問題であるので,ここでもう一度,ネパールを例にとり,「宗教の自由」について考えてみたい。
 【参照】世俗国家 キリスト教 改宗

 ■Church in Nepal HP

1.ネパール憲法の「世俗国家」規定と「宗教の自由」
現行2015年ネパール憲法は,「宗教の自由」について次のように規定している。

 ・・・・・<以下引用>・・・・・
第26条 宗教の自由への権利
(1)宗教的信仰を持つ何人も,自分の信じる宗教を告白し,実践し,そして守る権利をもつ。
(3)何人も,本条規定の権利の行使において,公共の健康・良俗・道徳に反する行為,公共の平和を損なう行為,他者を別の宗教に改宗させる行為,または他者の宗教を損なう行為を,自ら行うことも他の人に行わせることも為してはならない。そのような行為は法により処罰される。
 ・・・・・<以上引用>・・・・・

宗教の自由は最も基本的な人権の一つだが,無制限ではなく,他者の正当な権利の侵害までも許容するものではない。しかし,たとえそうだとしても,この26条3項による宗教の自由の制限は,あまりにも広範であり,解釈次第でどのような宗教活動であっても禁止されてしまう恐れがある。

とりわけ問題なのが,改宗勧誘の禁止である。直接的あるいは間接的な改宗勧誘が禁止されてしまえば,自発的な改宗の機会も少なくなるので,これは改宗の全面禁止に近い規定とみてよいであろう。

それでは,改宗を禁止ないし大幅制限したうえでの「宗教の自由」とは何か? それは,既存の諸宗教を前提とし,それらを信仰する自由にすぎないのではではないか? そのことを,もって回った表現ながらも,具体的に規定しているのが,憲法4条の世俗国家規定である。

 ・・・・・<以下引用>・・・・・
第4条 ネパール国家
(1)ネパールは,・・・・世俗的な(धर्मनिरपेक्ष)連邦民主共和国である。
 解釈(स्पष्तीकरण, explanation):本条でいう「世俗的」は,古くから伝えられてきた宗教や文化を含む,宗教と文化の自由を意味する。
 ・・・・・<以上引用>・・・・・

この第4条を第26条と合わせ読むと,ネパール国家の根本規定の一つたる「世俗的」は,改宗が大幅規制されているのだから,結局,「古くから伝えられてきた宗教や文化の自由」にほかならないことがわかる。世俗国家たるネパールは,古来の宗教や文化の自由を保障しなければならない。では,その古来の宗教や文化とは何か?

2011年人口調査によれば,ネパールの宗教別人口は,ヒンドゥー教81.3%,仏教9%,イスラム教4.4%,キリスト教(多数がプロテスタント)1.4%,その他4.9%。ネパール憲法は,「世俗的」を,事実上,古来の宗教文化と規定することにより,このヒンドゥー教(およびそれと習合した仏教)を中心とする既存の宗教社会の保守を義務づけているのである。

3.キリスト教徒急増と改宗勧誘禁止規定
ネパールが,外国とりわけ欧米近代諸国家との接触があまりない伝統的閉鎖社会であり続けたなら,ここまで強引な改宗禁止規定を憲法に置く必要はなかったであろう。国民のほとんどがヒンドゥー教とそれと習合した仏教を信じており,たとえ「宗教の自由」を認めても,彼らは圧倒的な多数派であり,「強者」として政治的,社会的,文化的なあらゆる権益を守ることができたに違いない。

ところが,ネパールは,1990年と2006年の2回の人民運動(民主化運動)の成功により,近現代民主主義を受け入れ,本格的に国を開き,欧米諸国と直に向き合うことになった。その結果,ヒンドゥー教は,ネパール国内では依然として多数派強者ではあっても,世界社会では必ずしもそうとは言えなくなってしまった。

この新たな状況下で,ネパール国内の他の宗教が,国外の何らかの有力勢力と結びつき支援を受け始めるなら,ネパール・ヒンドゥー教の優位は,経済的にも国際世論的にもたちまち瓦解する。そうなれば,「宗教の自由」は,外国勢力の支援を受け,その意味で新たに強者となった他の宗教の「強者の権利」へと一変してしまうのである。

民主化後のネパールにおいて,この「宗教の自由」を最も有効に使い,急速に勢力を拡大してきたのが,キリスト教である。キリスト教徒は,2011年人口調査で全人口の1.4%だが,実際には3~7%,あるいはそれ以上ともいわれている。1991年が0.2%,2001年でも0.5%だから,政府公式調査でも大幅増,実数はそれを大きく上回る。(日本は1%[2012]。)近年のネパールは,キリスト教徒増加率が世界で最も高い国だといわれている。

では,ネパールで,なぜいまキリスト教徒が急増しているのか? ヒンドゥー教の側は,ネパールのキリスト教会が直接的あるいは間接的に先進諸国の援助を受け,ネパールの人々に金銭や物品,教育や医療・福祉の機会などを提供し,キリスト教に改宗させているからだと非難している。先進諸国の教会などの支援を受けているネパールの教会は,経済,科学技術,教育,医療,福祉など宗教以外の多くの分野において優位となり,この強者の立場を利用してネパール庶民をキリスト教に改宗させているというのである。

ネパールのヒンドゥー教勢力が,2015年憲法に強引に世俗国家規定を置き,改宗勧誘禁止を書き込んだ最大の理由は,強者として「宗教の自由」を利用し信者を増やしていると彼らがみなすキリスト教会の動きを阻止することにあったとみてよいであろう。

 
 ■Churches Network Nepal HP / Nepal Church Com HP 

4.アメリカ政府によるキリスト教会支援
キリスト教会が「宗教の自由」を強者として利用し乱用しているというのは,ヒンドゥー教の側の言い分だが,この非難には全く根拠がないわけではない。たとえば,アメリカ国務省の「宗教の自由レポート2016年」をみると,アメリカ政府がネパールにおけるキリスト教会の自由のために大使館をあげて努力していることがよくわかる。
 * “International Religious Freedom Report 2016: Nepal,” US Department of State

「宗教の自由レポート2016年」は,まず,ネパールにおける「宗教の自由」の現状を批判的に要約・紹介する。
 ・2015年憲法が「世俗主義」を「古来の宗教と文化の保護」と規定していること。
 ・2015年憲法が改宗勧誘を禁止していること。
 ・仏教僧院を除き,キリスト教会などの宗教組織はNGOとして登録し,規約,役員,会計,事業活動などの詳細な報告を義務づけられていること。
 ・キリスト教系学校は公費補助を受けられないこと。
 ・ドラカ郡でキリスト教徒8人が改宗勧誘容疑で逮捕された事件(2016年8月)。
 ・ジャパ郡で外国人キリスト教徒が改宗勧誘容疑で逮捕され,国外退去処分とされた事件(2016年8月)。
 ・クリスマスが国民祭日から外されたこと(2016年3月)。
 ・キリスト教徒は墓地の購入や利用が困難なこと。
 ・様々なメディアが,キリスト教会は騙したり物品を配ったりして改宗させ,また教会行事と称して改宗勧誘を行っているなどと,さかんに報道していること。
 ・牛(オスとメス)殺害が重罰をもって禁止され,パンチタール郡では牛殺害容疑で4人が逮捕されたこと。
 ・政府が郡開発委員会に対し,改宗を勧誘する団体のNGO登録は認めてはならない,とする通達を出したこと。
 ・キリスト教に改宗したが,秘密にしている者が多数いること。

アメリカ国務省レポートは,ネパールにおける「宗教の自由」の現状につき以上のような指摘をしたうえで,「米国政府の政策」を次のように報告している。少々長く重複もあるが,要所を抜き出し紹介する。

 ・・・・・<以下引用>・・・・
ドラカ郡で改宗勧誘容疑により8人が逮捕され裁判にかけられたとき,米大使館員はネパール政府高官と会い,自分の宗教を自由に実践する人民の権利を尊重するよう要請した。米大使館員は,宗教関係図書配布容疑でのキリスト教徒の逮捕が,現行の憲法や刑法の規定が宗教の自由を大幅に制限する結果になることを実証したことを特に強調した。

2016年を通して,米大使と大使館員は,訪ネ米政府高官らとともに,ネパール政府高官や政治指導者らに対し,憲法や改正刑法案の規定が布教や改宗を含む宗教の自由を制限することにつき,憂慮の念を伝えた。米大使と大使館員は,政治指導者や政府幹部に対し,刑法改正最終案には処罰を心配せず自分の宗教を選択する権利をはじめとする宗教の自由を盛り込むことを要望した。米大使館員は,主要政党幹部とも会い,この要望を繰り返し伝えた。11月には,米国務省の近東および南・中央アジア宗教的少数派問題特別顧問がネパール政府幹部や議員らと会い,宗教的寛容を促進し,政府には改宗を犯罪としないよう働きかけることを要望した。

米国特別顧問は,宗教指導者らとも会い,宗教的少数派の宗教的諸権利に対する規制につき意見を交換した。米大使館員は,キリスト教諸団体と会い,改宗禁止の強行やヒンドゥー教政治家たちによるキリスト教社会への非難攻撃につき,意見を交換した。また大使館員は,カトマンズをはじめ国中の少数派宗教の地域代表らと定期的に会い,キリスト教徒が改宗を強制しているという糾弾につき,またキリスト教徒やイスラム教徒がそれぞれの宗教に基づく埋葬のための土地の取得に困っていることにつき,意見を交換した。大使館員は,ヒンドゥー教,仏教,イスラム教およびキリスト教の指導者らと会い,刑法改正案や改宗禁止の憲法規定の施行につき,意見を交換した。
 ・・・・・<以上引用>・・・・・

このように,米国は,ネパールに「宗教の自由」を宣べ伝えることに何の躊躇もない。「自由」の伝道は,新大陸アメリカ国家の「明白な使命(Manifesto Destiny)」なのだ。世界最強のアメリカには,格差の自覚なき「自由」は“強者の,強者による,強者のための権利”に堕してしまうことへの恐れはまるでない。

なお,蛇足ながら,ネパールのキリスト教徒が,ネパール国内に限定すれば少数派であり,弱者であることは言うまでもない。

*1 “International Religious Freedom Report 2016: Nepal,” US Department of State
*2 宣教投獄5年のおそれ,改正刑法
*3 キリスト教政党の台頭
*4 タルーのキリスト教改宗も急増
*5 キリスト教絵本配布事件,無罪判決
*6 改宗の自由の憲法保障,米大使館が働きかけ
*7 新憲法による初の宗教裁判
*8 改宗勧誘は禁錮5年,刑法改正案
*9 クリスマスを国民祭日から削除:内務省
*10 改宗勧奨: 英国大使のクリスマス・プレゼント

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2017/09/20 at 14:37

宣教投獄5年のおそれ,改正刑法

8月9日立法議会で可決された改正刑法には,いくつか重大な問題がある。強制失踪関係規定については前稿で触れたが,それ以上に大きく問題視されているのが,宗教に関する規定である。改正刑法が施行されると,宣教ないし改宗の働きかけ,いや解釈次第で信者らの礼拝それ自体ですら拘禁5ないし3年以下,罰金5ないし2万ルピー以下の刑に処せられる恐れがある。ヒンドゥー正統への揺り戻しの動きの一つと見てよいであろう。

1.2015年憲法の宣教禁止規定
現行2015年憲法は,ネパールを「世俗国家」と規定しながら,同時に他方では,「古来の宗教文化」に特別の権利を認めている。
————————————–
憲法第4条 ネパール国家
(1)ネパールは,・・・・世俗的な連邦民主共和国である。
 解釈:本条でいう「世俗的」は,古くから伝えられてきた宗教や文化を含む,宗教と文化の自由を意味する。
————————————–
この国家の根本規定を受け,第26条では,改宗を働きかける宣教活動を大幅に規制している。
————————————–
憲法第26条 宗教の自由への権利
(3)何人も,本条の定める権利[宗教の自由]の行使において,公共の健康・礼節・道徳に反する行為,公共の平和を損なう行為,または他者をある宗教から別の宗教に改宗させる行為,もしくは他者の宗教を損なう行為や行動を自ら行い,または他者に行わせることを,なしてはならない。そのような行為は,法により処罰される。
—————————————
宗教活動は,極秘のものを除けば,多かれ少なかれ宣教の意味をもつ可能性があるとすれば,上記の規定を根拠に,国家は宗教活動をいかようにでも規制できることになる。

2.改正刑法の宣教禁止規定
2015年憲法の規定に基づき,改正刑法は宣教活動を大幅に規制し,違反には重罰を科すことを定めている(以下の条文はCSW記事[*1]からの引用)。
————————————–
改正刑法第9部
第158条 (1)何人も,文章,声ないし会話,造形物ないしシンボル,または他の同様の方法により,いかなるカースト,民族または社会集団の宗教感情をも害してはならない。
(2)(1)に定める罪を犯した者は,2年以下の拘禁および2万ルピー以下の罰金の刑に処す。

第160条 (1)何人も他者の宗教を改めさせてはならないし,またそれを自ら試み,または他の者に教唆してはならない。
(2)何人も,あるカースト,民族または社会集団が古来信奉してきた宗教,信仰または信条を否定するような行為や行動を行ってはならないし,また他の宗教への改宗の目的をもって,もしくはその目的をもたなくとも,そうした宗教,信仰または信条を害してはならないし,また他の宗教や信仰を上記目的のいずれかをもって説いてはならない。
(3)(1)および(2)に定める罪を犯した者は,5年以下の拘禁および5万ルピー以下の罰金の刑に処す。
(4)(1)および(2)に定める罪を犯した者が外国人の場合,本条の定める刑の執行後,7日以内にネパール国外へ退去させるものとする。
————————————–
複雑・難解な文章だが,宣教ないし改宗の働きかけが広く禁止されていることは明らかである。

ネパールで活動しようとする宗教,とくにキリスト教諸派が,この改正刑法に危機感を募らせ,世界各地で反対運動を繰り広げ始めたのも,彼らの立場からすれば,至極もっともなことといえるであろう。

 
 ■議会での改宗勧誘禁止条項削除要求(Nepal Church.Com,8月10日)

*1 “NEPAL BILL CRIMINALISES RELIGIOUS CONVERSION,” Christian Solidarity Worldwide (CSW), 21 Aug 2017
*2 Anugrah Kuma, “Christians Fear Crackdown on Religion Under Evangelism Ban in Nepal,” Christian Post, Aug 28, 2017
*3 Surinder Kaur, “Evangelism to be made illegal under new Nepal law,” globalchristiannews.org, 31st August 2017
*4 Prakash Khadka, “Nepal criminalizes religious conversion under new law,” ucanews.com, September 5, 2017

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2017/09/12 at 21:54

カテゴリー: 宗教, 憲法, 人権

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京都の米軍基地(93):文化的暴力の刷り込み

京丹後駐留米軍がフェイスブック(FB)で,3月27日開催「イースターイベント」における子供利用を,あっけらかんと全世界に向け,宣伝している。

「3月27日、第14ミサイル防衛中隊は京丹後市国際交流協会の協力の下、・・・・大宮アグリセンターでイースターイベントを開催いたしました。約130名のお子様と保護者の方に御参加頂きました。参加者は、キャンディーや“ミッションカード”が入ったカプセルを拾う“エッグハント”・・・・を楽しみました。また、アメリカ人が読む絵本読み聞かせや、兵隊と腕相撲、じゃんけんを楽しみました。・・・・」(米軍FB,3月30日)
「3月27日、第14ミサイル防衛中隊は、宇川アクティブハウスでもイースターイベントを開催致しました。約30名のお子様と保護者の方に御参加頂きました。」(米軍FB,4月1日)

イースターはクリスマスと並ぶキリスト教の重要祭事。それを米軍が主催し,地元の子供たち多数を招き,参加させたのだ。

ここで子供たちが拾わされた「ミッションカード」の「ミッション」とは,いうまでもなく本来はキリスト教の「伝道, 布教」のこと。ひょっとしたら,「イースターについて兵隊さんに教えてもらいましょう」とか「イエス復活の図にマルをつけましょう」などといったミッション(任務)が書かれていたのかもしれないが,詳細不明。

あるいは,子供たちは「兵隊と腕相撲やじゃんけん」をさせられた。これは,子供たちを軍隊や軍人に慣れさせることに他ならない。しかも,外国の! 維新知事の大阪府ですら,そのホームページで,平和否定の「暴力の文化」について,このように説明している。

「直接的暴力[戦争など]、構造的暴力[貧困,差別など]、文化的暴力は相互に依存・補完しあっています。文化的暴力とは他の2つに正統性を与え、支えているものです。・・・・文化的暴力の中には、戦争を容認する意識・・・・が含まれています。そして、そういった姿勢や意識というものが、直接的・構造的暴力を正当化・合法化するのです。」(大阪府人権学習シリーズHP)

まともな独立国なら,どの国であれ,自国の子供たちを好き勝手に利用させるようなことを,外国進駐軍に決して許しはしないだろう。「キャンディーやミッションカードが入ったカプセルを拾う」――“ギブミー・チョコレート!”と,どこが違うのだ!

160404b
 ■異教徒の村で米軍がキリスト教宣伝(米軍FB,4月1日)
160404e
 ■アメリカの兵隊さんと腕相撲(米軍FB,4月1日,顔引用者消去)
160404f
 ■ギブミー・キャンディー!(米軍FB,3月30日,顔引用削除)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2016/04/04 at 19:59

マオイストの憲法案(17)

4(11)宗教的自由の権利

マオイスト憲法案第32条は「宗教的自由の権利」を保障している。先述のように,この条文も90年憲法第19条や暫定憲法第23条の規定を下敷きにしつつ,いくつか重要な修正を加えている。

第32条 宗教的自由の権利
(1)自分自身の宗教を告白し,実践し,および保存する自由,またはどのような宗教とも関わらない自由(無宗教の自由)の保障。ただし,公衆衛生,公序良俗もしくは公安を害する行為,または他者を改宗させる行為もしくは他者の宗教を害する行為は認められない。
(2)各宗派は独立を維持する権利ならびに宗教的場所および基金を保有する権利を有する。

90年憲法にも暫定憲法にも「無宗教の自由」の記述はない。宗教を「人民のアヘン」(マルクス)と考える,いかにもマオイストらしい修正だ。

また,「但し書き」には,90年憲法,暫定憲法と同じ他者改宗(宣教・布教)行為の禁止のほかに,公衆衛生・公序良俗・公安を害する行為を加え,宗教活動の自由を制限しやすくしている。この「但し書き」を利用すれば,宗教の自由はどのようにでも制限できるであろう。これまた,いかにもマオイストらしい修正である。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2011/05/08 at 23:01

カテゴリー: 宗教, 憲法

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「布教の自由」要求:キリスト教会

宗教(信教)の自由も、先述の墓地問題と無関係ではない。センセーショナルな埋葬の権利要求は、キリスト教にとって長年の悲願である布教(伝道・宣教)の自由獲得への突破口となる可能性がある。

1.憲法「但し書き」による布教禁止
宗教(信教)の自由は、1990年憲法でも2007年暫定憲法でも保障されている。

「暫定憲法23条 宗教の権利 人はすべて、社会的文化的伝統を尊重しつつ、古くから継承されてきた自分自身の宗教を実践、告白および保存する権利を有する。」

このように、宗教の自由は保障されているが、よく見ると、これは自分自身の持つ宗教への権利であって、布教の自由の保障ではない。このことを明確にするため23条には「但し書き」が付加されている。

「暫定憲法23条 宗教の権利(但し書き) 但し、何人も他の人をある宗教から別の宗教へ改宗させる権利を有せず、また何人も他の人々の宗教を侵害するおそれのある行為または態度を取ることはできない。」

これは、事実上、生来的宗教としてのヒンドゥー教(ヒンドゥーとして生まれつく)保護のための規定といってよく、布教・改宗の制限規定である。この規定があるがため、ネパールでは、宗教の自由は保障されていても、特にキリスト教の布教活動はこれまでは大ぴらにはできなかった。

2.マオイスト憲法案における布教制限規定
では、最左翼マオイストの憲法案(2010年)では、どうか? 何と、驚くなかれ、マオイスト憲法案でも上記の「但し書き」による布教の自由制限はそのまま継承され、しかもご丁寧にも、「宗教の自由」制限理由として「公衆衛生」「公序良俗」「公共平和」が追加されている。

さすが唯物論共産主義、宗教などアヘンにすぎないのだ。布教なんて、もってのほかということらしい。

3.政治化するキリスト教会
この状況に対し、ネパールのキリスト教会は国家再構築・新憲法制定をチャンスと捉え、従来のキリスト教信仰を守るという消極的防御の姿勢から布教・宣教という積極的攻勢へと態度を大きく転換しつつある。

たとえば、Christian Post(2011-03-30)によれば、ネパール国家人権委員会の唯一のクリスチャン委員であるKB. Rokaya博士は、「クリスチャンはもっと政治的に行動すべきだった」と反省している。

ネパールのキリスト教徒は、現在、約200万人、そのうちの約40万人がカトマンズとその周辺に居住している(CB.Gahatraj, UCA News, 2011-03-28)。かなりの人数だが、実際には、もっと多いとされている。これらの人々が、ロカヤ博士が提唱するように、これからは「もっと政治的に行動」するようになるであろう。

たとえば、制憲議会には、現在、クリスチャンは一人もいない。これはロカヤ博士にとっては大問題だ。なぜなら、新憲法の宗教規定から布教制限の根拠となる「但し書き」を削除し、完全な宗教の自由を獲得することが、いまやネパール・キリスト教会の最重要課題の一つとなっているからである。

4.布教制限削除への反対
この布教制限削除については、いまのところ反対が多い。コングレスのマンバハドゥール・ビシュワカルマは、キリスト教会は不公正な布教活動をしてきたと批判し、ヒンドゥー教に問題があっても、改革は可能だと考える。

マオイストのアカル・バハドゥールは、布教制限は国際人権規約違反かもしれないが、ネパールでは布教禁止への国民的合意がある、と反論している。

このアカル・バハドゥールも委員である制憲議会人権委員会は、議会提出の中間報告で、自分の宗教を変える自由は認めるが、他人を改宗させることは制限ないし禁止する、という改正案を提案した。つまり、現行通りということ。キリスト教会は落胆し、「もっと政治的に行動」すべきだと思ったに違いない。

5.「但し書き」の政治問題化
そのような働きかけがあったかどうか具体的には分からないが、それでも状況は、キリスト教会に有利に展開しつつある。

コングレスのスシル・コイララ党首は、新憲法おいてネパールが世俗国家になることは間違いないが、従来のような「但し書き」が布教禁止になるとは気づかなかった、と語った。コングレス党首ともあろう人が、こんなことを知らなかったはずはない。ネパール政治家の特技、おとぼけであろうが、それでも「但し書き」が布教禁止になることを認めさせたことは大きい。

コングレスのガガン・タパは、「但し書き」が不当な布教制限をもたらすおそれがあることを認め、「『暴力、買収および強制』の文言を追加することで、不法な改宗を防止するのがよいだろう」と述べた。キリスト教会は不満であろうが、「但し書き」の問題点を認めさせた点では一歩前進である。

6.神々の闘争の防止を
新憲法制定は、キリスト教会にとっても絶好のチャンス、多少無理をしても教会は悲願の布教の自由を獲得するため「政治的な行動」を活発化させる可能性が高い。信教の自由は基本的人権。しかし、ことは宗教、神々の争いとなると、収拾がつかなくなる。門外漢としては、ただただ、くれぐれも慎重に、とお願いするしかない。

* Prospects Dim for Religious Freedom in Nepal, Christianpost.com, 2011-03-30
* Chirendra Satyal & UCAN, Nepal: Christians to Step up Hunger Strike, UCA News, 2011-03-28

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2011/04/04 at 12:36

カテゴリー: 宗教, 憲法, 人権

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