ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

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キリスト教とネパール政治(10)

1.「キリスト教徒急増」問題の複雑さと危険性
2.キリスト教系政党と2017年5月地方選挙
3.キリスト教会と2017年連邦・州ダブル選挙
 (1)キリスト教の急拡大
 (2)布教の法的規制
 (3)布教規制撤廃の働きかけ
 (4)キリスト教系政党の政界進出
4.改宗の理由
5.タマンのキリスト教改宗
 (1)民族/カースト別キリスト教改宗率
 (2)タマンの改宗:M・ジョンソンの分析
 (3)タマンの改宗:T・フリックの分析
 (A)調査地:ティムリン村[以上,前述]

5.タマンのキリスト教改宗
(3)タマンの改宗:T・フリックの分析
(B)村民ドルジェの改宗
フリックが聞き取り調査したのは,ティムリン村の初の改宗者ドルジェ・ガーレ。娘の病気をきっかけに1990年,彼が36歳のとき,妻とともにキリスト教に改宗した。

キリスト教は,ドルジェ改宗(1990年)以前の1980年代には,すでに近くのジャーラン(Jhalang)村やラブドゥン(Labdung)村には布教されており,信者がいた。ジャーラン村にはドルジェの友人がいたし,ラブドゥン村には妻の実家があった。

1990年改宗以前のある日(年月日不明),ドルジェの娘マヤワティが病気になった。父ドルジェは,慣習に従い,ヤギや羊などを犠牲にささげ,ボンボやラマに繰り返し祈祷してもらった。しかし,伝統的方法をいくら続けても,娘はよくならなかった。

困り果てていると,ラブドゥン村の義父(妻の父)が,自分の村にはクリスチャンがいるので,呼んできて回復を祈ってもらおうと提案した。

義父がラブドゥン村のS・タパのところに頼みに行くと,彼をはじめ約30人の信者がやってきて,娘の回復を祈ってくれた。すると,すぐ娘はよくなりはじめ,やがて全快した。費用のかかる犠牲や儀式は不要だった。

これをきっかけに,ドルジェは古いダルマを捨て,新しいダルマ,キリスト教を信じるようになった。

では,このドルジェのキリスト教改宗をどう解釈すべきか?

(C)改宗の西洋的解釈の不十分さ
ネパールにおけるキリスト教改宗の理由ないし動機については,西洋的な観点から,政治,経済,教育,病気治療など様々な実利と結び付け,あるいは布教活動の成果として,外在的に解釈される場合が多いが,いずれもそれらだけでは改宗理由の説明としては十分とは言えない。

ティムリン村の生活が,1980年代後半から大きく変わり始めたことは,事実である。賃労働が増え,職場も当初は近くの道路工事や鉱山だったが,やがてカトマンズや湾岸諸国への出稼ぎとなった。

1990年にはじまるティムリン村の改宗は,そうした生活環境の変化の下で行われた。しかし,この変化を改宗理由とすることは無理である。村人のうち新しい仕事に関係していた人々は改宗に消極的であり,改宗したのはむしろ伝統的な仕事をしている人々だったからである。

一方,ティムリン村の改宗と,1990年以降の民主化,開発,布教とは,かなり密接な関係がある。

「ティムリンの改宗は1990年以降の動きの一部である。それ以前に,おそらく1980年頃,南側のジャーランで多くのタマンが改宗した。そこの政治権力者や警察は彼らを殴りつけ投獄した。こうした『地下』生活にもかかわらず,1990年以前に,ジャーランのクリスチャンが何人かティムリンを訪れていた。布教に来たのだが,まったくの門前払いだった。改宗は違法,これが要するに布教活動への対応であった。このような態度は,1990年以降,民主化運動が始まり,キリスト教がそれと関係づけられ始めると,変化した。

この政治と改宗との結びつきは,1990年以後の初の選挙に見て取れる。旧秩序を代表するのはティムリンのラマたちと緊密な関係にある人物であり,これに対抗するのがいまや合法となったコングレス党の党員であった。そのコングレス党の政治家は,自らクリスチャンであると実際に明言することは決してなかったが,そのような噂の流布は容認していた。というのも,そのような噂が彼と新秩序との結びつきを様々なレベルで強化してくれたからである――[旧秩序と闘う]野党の一員であり,西洋的『近代』を代表する者であり,そして,キリスト教諸教会との結びつきにより得られると多くの人々が考え期待した多くの金や物との仲介者である,と。さらに,[改宗と]開発との結びつきが,ティムリンで周知の呼び方で広まりさえした。たいていの人が,キリスト教のダルマを農民のダルマ(kisan dharma)と呼び変えた。そして,この農業と西洋との結び付けが,開発(bikas)との結び付けを容易とした。というのも,新しい農業技術を持ち込む来訪者たちが開発をもっぱら目的にしていることを,つねに見聞きしていたからである。」(p.2-3)

「ティムリンの人々は,カトマンズに出て俗人牧師教育を受け始めると,クリスチャンとの付き合いが深まり,彼らが獲得した新たなダルマには異なった宗派的な解釈があることを知った。さらに彼らは,1990年以降のネパールにおける激しい布教競争の下で,外国の教会が新しい布教地でその教会を代表する人々に仕事,教育,金など様々なものをくれることにも気づかされた。」(p.3-4)

しかしながら,それでもなお,これらは外部要因による改宗の外在的解釈であり,ティムリン村のような改宗の説明としては十分ではない。そう著者は考えるのである。

(D)自発的動機による改宗
タマンの人々は,古来,交換と分かち合いを基軸とするダルマ(徳,宗教)を大切にして暮らしてきた。そして,不幸にして強欲がはびこり悪政に陥りダルマを維持できなくなると,そのつど彼ら自身で新しい王やラマを探して迎え,ダルマを回復した。ティムリン村のキリスト教改宗も,以前と同様,村人自身が失われたダルマを回復するために行われた。

「ティムリンの改宗は,布教ミッションによることなく,村人自身の意思により行われた。タマンの人々は,自分たちに新しいダルマを教えてくれるネパール人のクリスチャンを探し出した。」(p.2)

「最初の改宗以降の展開は,むろん複雑であり,完全には思い通りにはならないであろう。・・・・[とはいえ]ティムリンの人々は,キリスト教への改宗の当初は祖先に極めて近い行動の仕方をしたと私は考えるのである。」(p.18-19)

――以上のように,この論文の結論は,いかにも人類学者らしく,キリスト教改宗の自発性・内発性を強調するものとなっている。

たいへん面白いが,その一方,タマン社会において伝統的なダルマがなぜ維持できなくなったのか,そしてまた,彼らがどこまで自覚的にタマン社会の伝統的な交換と分かち合いのエートスないし徳の回復・維持を目的としてキリスト教を取り入れたのかを考えると,改宗の自発性・内発性を強調する著者の結論にはやや無理があるようにも思われる。娘の病気を治してくれたのでキリスト教を信じるようになったというのは,政治,経済,教育など他の実利のための改宗と構造的には異ならないように見えるのだが。

 

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2018/04/21 at 16:06

キリスト教とネパール政治(9)

1.「キリスト教徒急増」問題の複雑さと危険性
2.キリスト教系政党と2017年5月地方選挙
3.キリスト教会と2017年連邦・州ダブル選挙
 (1)キリスト教の急拡大
 (2)布教の法的規制
 (3)布教規制撤廃の働きかけ
 (4)キリスト教系政党の政界進出
4.改宗の理由
5.タマンのキリスト教改宗
 (1)民族/カースト別キリスト教改宗率
 (2)タマンの改宗:M・ジョンソンの分析[以上,前述]

5.タマンのキリスト教改宗
(3)タマンの改宗:T・フリックの分析
タマンの改宗を扱った文献としては,他にも,たとえばトム・フリック「タマンの改宗:文化・政治とキリスト教改宗の語り」(2008, *1)がある。著者はミシガン大学人類学教授で,この論文もネット掲載。タマン改宗者からの聞き取り調査をもとに,キリスト教改宗の動機や過程が実証的に記述・分析されており,改宗の内発性を強調する結論部分はやや難解だが,改宗過程の具体的記述はたいへん分かりやすく,読んで面白い。以下,概要を紹介する。なお,被調査タマンの人々は仮名とされている。

(A)調査地:ティムリン村
著者のトム・クリックはタマン調査に1981年に着手し,10年後の1990年頃から研究成果を次々に発表した。「タマン家族調査プロジェクト(報告)」(1990,*2),「ネパール・ヒマラヤにおける基礎構造:ガーレ‐タマン婚姻の相互性と上下関係政治」(1990, *3),『ヒマラヤの世帯:タマン人口動態と世帯の変化』(1994,*4),そしてここで紹介する「タマンの改宗」(2008, *1)など。

「タマンの改宗」の調査地は,ダディン郡のティムリン村。フリックは「Timling」と表記しているが,著者らの報告「タマン家族調査プロジェクト」の表紙や地図では「Tipling」となっており,現在の地図でも「Tipling」とされている,他にも「Tibling」の表記もある。同じ村と考え,以後,ティムリンと記す。

ティムリン村は,ダディン郡の北部,アンク川(アンクコーラ川)上流域にあり,近くにセルトゥン(Sertung)やジャーラン(Jhalang)がある。村(VDC全体ではなくティムリン村だけ)の人口は,1980年代で約650人。タマンとガーレがほぼ半分ずつで,農耕と牧畜を生業とし,タマン語が話されている。キリスト教改宗以前は,伝統的なチベット仏教やシャーマン信仰であった。

このティムリンの村民が,1990年民主化前後にキリスト教に改宗しはじめ,遅くとも2008年(調査発表の頃)までにはラマ2家族と村長家族を除き,ほぼ全村民がクリスチャンになったのである。

 ■ティムリン村(*2)

*1 Tom Fricke, “Tamang Conversions: Culture, Politics, and the Christian Conversion Narative in Nepal,” Contributions to Nepalese Studies, Tribhuvan Univ. 2008.
*2 Tom Fricke et al., “Tamang Family Research Project,” Report to the Center for Nepal and Asian Studies, TU, May 1990.
*3 Tom Fricke, “Elementary Structures in the Nepal Himalaya: Reciprocity and the Politics of Hierarchy in Ghale-Tamang Marriage,” Ethnology, 1990
*4 Tom Fricke, Himalayan Households: Tamang Demography and Domestic Processes, 2nd. ed., Columbia Univ. Press, 1994
*5 Tom Fricke, “Marriage Change as Moral Change,” G.W. Jones et al ed.. The Continuing Demographic Transition, Oxford Univ. Press, 1997

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2018/04/20 at 17:06

キリスト教とネパール政治(6)

4.改宗の理由
キリスト教会がネパールで布教し信者を増やしたいと考えるのは当然だが,それではネパールの人々はどうしてキリスト教を受け入れ信者となるのだろうか?

キリスト教改宗の理由ないし動機は,むろん人それぞれだし,また1つだけとは限らない。英国ジャーナリストのピート・パティソンは,その記事「多くのネパール人がキリスト教に改宗するのはなぜか」(2017年8月30日)において,主な改宗理由を4つあげ,次のように説明している(*1)。(*2参照)

<以下,引用>
「これほど多くのネパール人がキリスト教徒になろうと決心するのはなぜなのか? その理由は少なくとも4つある。

第一に,ダリットの人々が,キリスト教を,カースト制から逃れさせてくれるものとみていること。ネパール全国クリスチャン連盟(FNCN)によれば,クリスチャンの65%はダリットである。[マクワンプル郡]マナハリの近くの村のダリット牧師によれば,『村の高位カーストの人々は,われわれダリットを犬以下として扱ってきたし,・・・・いまでもなお,たいていはそう扱っている。・・・・これに対し,クリスチャンの間では差別はない。・・・・われわれはみな平等だ』。

しかしながら,そうはいっても,キリスト教が社会諸集団の垣根を取り払いつつあるわけではない。たとえば,マナハリやその近辺の教会は,チェパンの教会,タマンの教会,ダリットの教会といったように,カーストや民族ごとにそれぞれ別に組織されているとみられるからだ。

第二に,多くの改宗者が,長患いや原因不明の病気が治った後で,クリスチャンになっていること。彼らは,この治癒を奇跡と語る一方,薬(折々教会が配布)も効くと考えている。まだ十分な社会保険制度がないので,シャーマンのところや病院に行くお金がない人々にとって,これは大きな動機である。似非科学的な似非医者が地方だけでなく都市部にもはびこっている現状では,これは驚くべきことではない。

[第三に]お金もまた,大きな動機である。多くの人にとって,キリスト教はヒンドゥー教よりも,要するに安上がりで済む。ある女性によれば,ヒンドゥー僧やシャーマンは,『ヤギとニワトリで太る』といわれるほど多くの贈り物を儀式のために要求する。教会も十分の一税――収入の十分の一を教会に納める――をキリスト教徒に期待してはいるが,私が話を聞いた信者たちによれば,これは強制ではないし,また献金の代わりに食料品を献上することもできる。

といっても,それだけではなく,キリスト教がビッグビジネスともなっている地域もある。ある牧師によれば,『金のためにクリスチャンになっている人が何人かいることは確かだ』。その資金の多くは,海外から,特にアメリカと韓国から持ち込まれる。マナハリのあるシャーマンが私にこう語った――『(キリスト教牧師たちは)強欲だ。・・・・彼らは,四六時中,外国にメールを送り,お金を無心している』。震災後,マナハリのクリスチャン住民や外国人クリスチャンは,物資支援に特に熱心であった。人々の中には,こうした活動を露骨なご都合主義と見る人もいる。たとえば,ある地元ヒンドゥー僧は,こう述べている――『震災後,・・・・聖書が米袋に入れ持ち込まれた。・・・・聖書は,あらゆるものと組み合わせ,持ち込まれた。・・・・彼らは,金を使ってキリスト教を宣伝している』(*1)。

[第四に]重要だが,しばしば見過ごされる理由もある――信仰だ。たしかに,キリスト教改宗ネパール人の多くは,健康,お金,被差別など極めて実用的な理由で改宗するが,一方,そのような改宗が純真な宗教信仰に人々を導くことも少なくない。さらに別の人々にとっては,クリスチャンになることは,それ自体,信仰上の事柄である。あるキリスト教牧師が私にこう語った――『ありとあらゆる宗教の本を読んだが,私の疑問に対する答えが見つかったのは,聖書を読んだ時である』」。
<以上,引用>

さすが,アムネスティ・メディア賞などを受賞したP・パティソン,バランスの取れた改宗理由のリアルな分析だ。

その一方,改宗の歴史的・文化的分析は少し弱いように思われる。キリスト教は,日本では西洋近代文明とともにやってきた。幕末・維新以降,近代化を急ぐ日本の人々は,キリスト教の中に近代化の諸原理や資本主義の精神を求め,学び,そして,そのうちの何人かはキリスト教に改宗した。

これと同じようなことが,今のネパールでも起きているとみて,まず間違いはあるまい。ネパールにおけるキリスト教改宗は,パティソンの改宗4理由をこのような歴史的・文化的理由でもって補足すれば,いっそう理解しやすくなるであろう。

  ■The Record HP(7 Apr 2018)

*1 Pete Pattisson, “Why many Nepalis are converting to Christianity,” The Wire, 30 Aug 2017
*2 Pete Pattisson, “They use money to promote Christianity’: Nepal’s battle for souls,” The Guardian, 15 Aug 2017

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2018/04/07 at 18:07

改宗勧誘・宗教感情棄損を禁止する改正刑法,成立

バンダリ大統領が10月16日,改宗勧誘や宗教感情棄損を禁止する規定を含む「改正刑法案」に署名し,同法は成立した。16日は,皮肉にもネパールが国連人権理事国に選出された,まさにその日である。成立した改正刑法第9部第158条と第160条については,すでに紹介したので,それをご覧ください。参照:宣教投獄5年のおそれ,改正刑法「宗教の自由」とキリスト教:ネパール憲法の改宗勧誘禁止規定について

この刑法改正に最も強く反対してきたのは,ネパールで勢力を急拡大しつつあるキリスト教会である。たとえば,「世界キリスト者連帯(CSW)」のM・トマス委員長はこう批判している。「ネパール政府に対し,この不当な法[改正刑法]を廃止し憲法第26(3)条を改正することを要請する。それらは,宗教・信条の自由への権利を制限するものであり,ネパールの国際法遵守の立場を損なうものでもある。人権理事国になったネパールにとって,これは驚くべき矛盾である。」(*2)

また,世界の人権諸団体や人権活動家らも,この刑法改正には強く反対してきた。立法議会が改正刑法案を可決したのは8月8日だが,その直後の8月9日から12日まで,世界70か国以上の議会議員参加の「宗教・信条の自由を求める議員国際パネル(IPPFORB)」が,ネパール支部の招きに応じ,代表団をネパールに送り込んだ。彼らは,政府幹部や議員,市民団体代表らと会い,改正刑法案大統領署名への反対や,憲法第26(3)条の改正を訴えたという。(*4)

しかし,こうした内外の強い反対にもかかわらず,改正刑法は10月16日成立してしまった。この法律は,禁止する「改宗勧誘」や「宗教感情棄損」の定義(構成要件)があいまいであり,拡大解釈されやすい。運用次第では,ヒンドゥー教・仏教中心の伝統宗教以外の宗教はネパールではほとんど活動できなくなる恐れがある。

この改正刑法成立は,中長期的にみると,ネパールにとって,年末の国会/州会選挙よりも大きな意味を持つことになるかもしれない。


 ■IPPFORB FB(Oct 18) / News(Oct 25)

*1 “BILL CRIMINALISES RELIGIOUS CONVERSION,” Christian Solidarity Worldwide, 22 Aug 2017
*2 “Nepal’s President Signs Law Criminalizing Evangelism, Christian Solidarity Worldwide Warns,” Spotlight Nepal, 2017/10/22
*3 「ネパールで『改宗禁止法』成立,大統領が署名 キリスト教団体が懸念」,Christian Today(日本語版),2017年10月29日
*4 LOKMANI DHAKAL, DAVID ANDERSON, “Not secular: The government seems to have forgotten that it is bound to protect an individual’s rights to have a religion,” Kathmandu Post, Oct 29, 2017

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2017/10/31 at 20:13

カテゴリー: 宗教, 憲法

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「宗教の自由」とキリスト教:ネパール憲法の改宗勧誘禁止規定について

「自由」は一般に,格差のあるところでは「強者の権利」となりがちである。格差を無視し自由を形式的に認めると,経済的,政治的,知的,身体的等々において優位にある者が,自由を名目として,劣位にある者を事実上一方的に支配することが許されてしまう。形式的自由は「強者の権利」を正当化する。最も基本的な自由の一つである「宗教の自由」もその例外ではない。このことについては幾度か議論してきたが,重要な問題であるので,ここでもう一度,ネパールを例にとり,「宗教の自由」について考えてみたい。
 【参照】世俗国家 キリスト教 改宗

 ■Church in Nepal HP

1.ネパール憲法の「世俗国家」規定と「宗教の自由」
現行2015年ネパール憲法は,「宗教の自由」について次のように規定している。

 ・・・・・<以下引用>・・・・・
第26条 宗教の自由への権利
(1)宗教的信仰を持つ何人も,自分の信じる宗教を告白し,実践し,そして守る権利をもつ。
(3)何人も,本条規定の権利の行使において,公共の健康・良俗・道徳に反する行為,公共の平和を損なう行為,他者を別の宗教に改宗させる行為,または他者の宗教を損なう行為を,自ら行うことも他の人に行わせることも為してはならない。そのような行為は法により処罰される。
 ・・・・・<以上引用>・・・・・

宗教の自由は最も基本的な人権の一つだが,無制限ではなく,他者の正当な権利の侵害までも許容するものではない。しかし,たとえそうだとしても,この26条3項による宗教の自由の制限は,あまりにも広範であり,解釈次第でどのような宗教活動であっても禁止されてしまう恐れがある。

とりわけ問題なのが,改宗勧誘の禁止である。直接的あるいは間接的な改宗勧誘が禁止されてしまえば,自発的な改宗の機会も少なくなるので,これは改宗の全面禁止に近い規定とみてよいであろう。

それでは,改宗を禁止ないし大幅制限したうえでの「宗教の自由」とは何か? それは,既存の諸宗教を前提とし,それらを信仰する自由にすぎないのではではないか? そのことを,もって回った表現ながらも,具体的に規定しているのが,憲法4条の世俗国家規定である。

 ・・・・・<以下引用>・・・・・
第4条 ネパール国家
(1)ネパールは,・・・・世俗的な(धर्मनिरपेक्ष)連邦民主共和国である。
 解釈(स्पष्तीकरण, explanation):本条でいう「世俗的」は,古くから伝えられてきた宗教や文化を含む,宗教と文化の自由を意味する。
 ・・・・・<以上引用>・・・・・

この第4条を第26条と合わせ読むと,ネパール国家の根本規定の一つたる「世俗的」は,改宗が大幅規制されているのだから,結局,「古くから伝えられてきた宗教や文化の自由」にほかならないことがわかる。世俗国家たるネパールは,古来の宗教や文化の自由を保障しなければならない。では,その古来の宗教や文化とは何か?

2011年人口調査によれば,ネパールの宗教別人口は,ヒンドゥー教81.3%,仏教9%,イスラム教4.4%,キリスト教(多数がプロテスタント)1.4%,その他4.9%。ネパール憲法は,「世俗的」を,事実上,古来の宗教文化と規定することにより,このヒンドゥー教(およびそれと習合した仏教)を中心とする既存の宗教社会の保守を義務づけているのである。

3.キリスト教徒急増と改宗勧誘禁止規定
ネパールが,外国とりわけ欧米近代諸国家との接触があまりない伝統的閉鎖社会であり続けたなら,ここまで強引な改宗禁止規定を憲法に置く必要はなかったであろう。国民のほとんどがヒンドゥー教とそれと習合した仏教を信じており,たとえ「宗教の自由」を認めても,彼らは圧倒的な多数派であり,「強者」として政治的,社会的,文化的なあらゆる権益を守ることができたに違いない。

ところが,ネパールは,1990年と2006年の2回の人民運動(民主化運動)の成功により,近現代民主主義を受け入れ,本格的に国を開き,欧米諸国と直に向き合うことになった。その結果,ヒンドゥー教は,ネパール国内では依然として多数派強者ではあっても,世界社会では必ずしもそうとは言えなくなってしまった。

この新たな状況下で,ネパール国内の他の宗教が,国外の何らかの有力勢力と結びつき支援を受け始めるなら,ネパール・ヒンドゥー教の優位は,経済的にも国際世論的にもたちまち瓦解する。そうなれば,「宗教の自由」は,外国勢力の支援を受け,その意味で新たに強者となった他の宗教の「強者の権利」へと一変してしまうのである。

民主化後のネパールにおいて,この「宗教の自由」を最も有効に使い,急速に勢力を拡大してきたのが,キリスト教である。キリスト教徒は,2011年人口調査で全人口の1.4%だが,実際には3~7%,あるいはそれ以上ともいわれている。1991年が0.2%,2001年でも0.5%だから,政府公式調査でも大幅増,実数はそれを大きく上回る。(日本は1%[2012]。)近年のネパールは,キリスト教徒増加率が世界で最も高い国だといわれている。

では,ネパールで,なぜいまキリスト教徒が急増しているのか? ヒンドゥー教の側は,ネパールのキリスト教会が直接的あるいは間接的に先進諸国の援助を受け,ネパールの人々に金銭や物品,教育や医療・福祉の機会などを提供し,キリスト教に改宗させているからだと非難している。先進諸国の教会などの支援を受けているネパールの教会は,経済,科学技術,教育,医療,福祉など宗教以外の多くの分野において優位となり,この強者の立場を利用してネパール庶民をキリスト教に改宗させているというのである。

ネパールのヒンドゥー教勢力が,2015年憲法に強引に世俗国家規定を置き,改宗勧誘禁止を書き込んだ最大の理由は,強者として「宗教の自由」を利用し信者を増やしていると彼らがみなすキリスト教会の動きを阻止することにあったとみてよいであろう。

 
 ■Churches Network Nepal HP / Nepal Church Com HP 

4.アメリカ政府によるキリスト教会支援
キリスト教会が「宗教の自由」を強者として利用し乱用しているというのは,ヒンドゥー教の側の言い分だが,この非難には全く根拠がないわけではない。たとえば,アメリカ国務省の「宗教の自由レポート2016年」をみると,アメリカ政府がネパールにおけるキリスト教会の自由のために大使館をあげて努力していることがよくわかる。
 * “International Religious Freedom Report 2016: Nepal,” US Department of State

「宗教の自由レポート2016年」は,まず,ネパールにおける「宗教の自由」の現状を批判的に要約・紹介する。
 ・2015年憲法が「世俗主義」を「古来の宗教と文化の保護」と規定していること。
 ・2015年憲法が改宗勧誘を禁止していること。
 ・仏教僧院を除き,キリスト教会などの宗教組織はNGOとして登録し,規約,役員,会計,事業活動などの詳細な報告を義務づけられていること。
 ・キリスト教系学校は公費補助を受けられないこと。
 ・ドラカ郡でキリスト教徒8人が改宗勧誘容疑で逮捕された事件(2016年8月)。
 ・ジャパ郡で外国人キリスト教徒が改宗勧誘容疑で逮捕され,国外退去処分とされた事件(2016年8月)。
 ・クリスマスが国民祭日から外されたこと(2016年3月)。
 ・キリスト教徒は墓地の購入や利用が困難なこと。
 ・様々なメディアが,キリスト教会は騙したり物品を配ったりして改宗させ,また教会行事と称して改宗勧誘を行っているなどと,さかんに報道していること。
 ・牛(オスとメス)殺害が重罰をもって禁止され,パンチタール郡では牛殺害容疑で4人が逮捕されたこと。
 ・政府が郡開発委員会に対し,改宗を勧誘する団体のNGO登録は認めてはならない,とする通達を出したこと。
 ・キリスト教に改宗したが,秘密にしている者が多数いること。

アメリカ国務省レポートは,ネパールにおける「宗教の自由」の現状につき以上のような指摘をしたうえで,「米国政府の政策」を次のように報告している。少々長く重複もあるが,要所を抜き出し紹介する。

 ・・・・・<以下引用>・・・・
ドラカ郡で改宗勧誘容疑により8人が逮捕され裁判にかけられたとき,米大使館員はネパール政府高官と会い,自分の宗教を自由に実践する人民の権利を尊重するよう要請した。米大使館員は,宗教関係図書配布容疑でのキリスト教徒の逮捕が,現行の憲法や刑法の規定が宗教の自由を大幅に制限する結果になることを実証したことを特に強調した。

2016年を通して,米大使と大使館員は,訪ネ米政府高官らとともに,ネパール政府高官や政治指導者らに対し,憲法や改正刑法案の規定が布教や改宗を含む宗教の自由を制限することにつき,憂慮の念を伝えた。米大使と大使館員は,政治指導者や政府幹部に対し,刑法改正最終案には処罰を心配せず自分の宗教を選択する権利をはじめとする宗教の自由を盛り込むことを要望した。米大使館員は,主要政党幹部とも会い,この要望を繰り返し伝えた。11月には,米国務省の近東および南・中央アジア宗教的少数派問題特別顧問がネパール政府幹部や議員らと会い,宗教的寛容を促進し,政府には改宗を犯罪としないよう働きかけることを要望した。

米国特別顧問は,宗教指導者らとも会い,宗教的少数派の宗教的諸権利に対する規制につき意見を交換した。米大使館員は,キリスト教諸団体と会い,改宗禁止の強行やヒンドゥー教政治家たちによるキリスト教社会への非難攻撃につき,意見を交換した。また大使館員は,カトマンズをはじめ国中の少数派宗教の地域代表らと定期的に会い,キリスト教徒が改宗を強制しているという糾弾につき,またキリスト教徒やイスラム教徒がそれぞれの宗教に基づく埋葬のための土地の取得に困っていることにつき,意見を交換した。大使館員は,ヒンドゥー教,仏教,イスラム教およびキリスト教の指導者らと会い,刑法改正案や改宗禁止の憲法規定の施行につき,意見を交換した。
 ・・・・・<以上引用>・・・・・

このように,米国は,ネパールに「宗教の自由」を宣べ伝えることに何の躊躇もない。「自由」の伝道は,新大陸アメリカ国家の「明白な使命(Manifesto Destiny)」なのだ。世界最強のアメリカには,格差の自覚なき「自由」は“強者の,強者による,強者のための権利”に堕してしまうことへの恐れはまるでない。

なお,蛇足ながら,ネパールのキリスト教徒が,ネパール国内に限定すれば少数派であり,弱者であることは言うまでもない。

*1 “International Religious Freedom Report 2016: Nepal,” US Department of State
*2 宣教投獄5年のおそれ,改正刑法
*3 キリスト教政党の台頭
*4 タルーのキリスト教改宗も急増
*5 キリスト教絵本配布事件,無罪判決
*6 改宗の自由の憲法保障,米大使館が働きかけ
*7 新憲法による初の宗教裁判
*8 改宗勧誘は禁錮5年,刑法改正案
*9 クリスマスを国民祭日から削除:内務省
*10 改宗勧奨: 英国大使のクリスマス・プレゼント

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2017/09/20 at 14:37

宣教投獄5年のおそれ,改正刑法

8月9日立法議会で可決された改正刑法には,いくつか重大な問題がある。強制失踪関係規定については前稿で触れたが,それ以上に大きく問題視されているのが,宗教に関する規定である。改正刑法が施行されると,宣教ないし改宗の働きかけ,いや解釈次第で信者らの礼拝それ自体ですら拘禁5ないし3年以下,罰金5ないし2万ルピー以下の刑に処せられる恐れがある。ヒンドゥー正統への揺り戻しの動きの一つと見てよいであろう。

1.2015年憲法の宣教禁止規定
現行2015年憲法は,ネパールを「世俗国家」と規定しながら,同時に他方では,「古来の宗教文化」に特別の権利を認めている。
————————————–
憲法第4条 ネパール国家
(1)ネパールは,・・・・世俗的な連邦民主共和国である。
 解釈:本条でいう「世俗的」は,古くから伝えられてきた宗教や文化を含む,宗教と文化の自由を意味する。
————————————–
この国家の根本規定を受け,第26条では,改宗を働きかける宣教活動を大幅に規制している。
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憲法第26条 宗教の自由への権利
(3)何人も,本条の定める権利[宗教の自由]の行使において,公共の健康・礼節・道徳に反する行為,公共の平和を損なう行為,または他者をある宗教から別の宗教に改宗させる行為,もしくは他者の宗教を損なう行為や行動を自ら行い,または他者に行わせることを,なしてはならない。そのような行為は,法により処罰される。
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宗教活動は,極秘のものを除けば,多かれ少なかれ宣教の意味をもつ可能性があるとすれば,上記の規定を根拠に,国家は宗教活動をいかようにでも規制できることになる。

2.改正刑法の宣教禁止規定
2015年憲法の規定に基づき,改正刑法は宣教活動を大幅に規制し,違反には重罰を科すことを定めている(以下の条文はCSW記事[*1]からの引用)。
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改正刑法第9部
第158条 (1)何人も,文章,声ないし会話,造形物ないしシンボル,または他の同様の方法により,いかなるカースト,民族または社会集団の宗教感情をも害してはならない。
(2)(1)に定める罪を犯した者は,2年以下の拘禁および2万ルピー以下の罰金の刑に処す。

第160条 (1)何人も他者の宗教を改めさせてはならないし,またそれを自ら試み,または他の者に教唆してはならない。
(2)何人も,あるカースト,民族または社会集団が古来信奉してきた宗教,信仰または信条を否定するような行為や行動を行ってはならないし,また他の宗教への改宗の目的をもって,もしくはその目的をもたなくとも,そうした宗教,信仰または信条を害してはならないし,また他の宗教や信仰を上記目的のいずれかをもって説いてはならない。
(3)(1)および(2)に定める罪を犯した者は,5年以下の拘禁および5万ルピー以下の罰金の刑に処す。
(4)(1)および(2)に定める罪を犯した者が外国人の場合,本条の定める刑の執行後,7日以内にネパール国外へ退去させるものとする。
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複雑・難解な文章だが,宣教ないし改宗の働きかけが広く禁止されていることは明らかである。

ネパールで活動しようとする宗教,とくにキリスト教諸派が,この改正刑法に危機感を募らせ,世界各地で反対運動を繰り広げ始めたのも,彼らの立場からすれば,至極もっともなことといえるであろう。

 
 ■議会での改宗勧誘禁止条項削除要求(Nepal Church.Com,8月10日)

*1 “NEPAL BILL CRIMINALISES RELIGIOUS CONVERSION,” Christian Solidarity Worldwide (CSW), 21 Aug 2017
*2 Anugrah Kuma, “Christians Fear Crackdown on Religion Under Evangelism Ban in Nepal,” Christian Post, Aug 28, 2017
*3 Surinder Kaur, “Evangelism to be made illegal under new Nepal law,” globalchristiannews.org, 31st August 2017
*4 Prakash Khadka, “Nepal criminalizes religious conversion under new law,” ucanews.com, September 5, 2017

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2017/09/12 at 21:54

カテゴリー: 宗教, 憲法, 人権

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京都の米軍基地(93):文化的暴力の刷り込み

京丹後駐留米軍がフェイスブック(FB)で,3月27日開催「イースターイベント」における子供利用を,あっけらかんと全世界に向け,宣伝している。

「3月27日、第14ミサイル防衛中隊は京丹後市国際交流協会の協力の下、・・・・大宮アグリセンターでイースターイベントを開催いたしました。約130名のお子様と保護者の方に御参加頂きました。参加者は、キャンディーや“ミッションカード”が入ったカプセルを拾う“エッグハント”・・・・を楽しみました。また、アメリカ人が読む絵本読み聞かせや、兵隊と腕相撲、じゃんけんを楽しみました。・・・・」(米軍FB,3月30日)
「3月27日、第14ミサイル防衛中隊は、宇川アクティブハウスでもイースターイベントを開催致しました。約30名のお子様と保護者の方に御参加頂きました。」(米軍FB,4月1日)

イースターはクリスマスと並ぶキリスト教の重要祭事。それを米軍が主催し,地元の子供たち多数を招き,参加させたのだ。

ここで子供たちが拾わされた「ミッションカード」の「ミッション」とは,いうまでもなく本来はキリスト教の「伝道, 布教」のこと。ひょっとしたら,「イースターについて兵隊さんに教えてもらいましょう」とか「イエス復活の図にマルをつけましょう」などといったミッション(任務)が書かれていたのかもしれないが,詳細不明。

あるいは,子供たちは「兵隊と腕相撲やじゃんけん」をさせられた。これは,子供たちを軍隊や軍人に慣れさせることに他ならない。しかも,外国の! 維新知事の大阪府ですら,そのホームページで,平和否定の「暴力の文化」について,このように説明している。

「直接的暴力[戦争など]、構造的暴力[貧困,差別など]、文化的暴力は相互に依存・補完しあっています。文化的暴力とは他の2つに正統性を与え、支えているものです。・・・・文化的暴力の中には、戦争を容認する意識・・・・が含まれています。そして、そういった姿勢や意識というものが、直接的・構造的暴力を正当化・合法化するのです。」(大阪府人権学習シリーズHP)

まともな独立国なら,どの国であれ,自国の子供たちを好き勝手に利用させるようなことを,外国進駐軍に決して許しはしないだろう。「キャンディーやミッションカードが入ったカプセルを拾う」――“ギブミー・チョコレート!”と,どこが違うのだ!

160404b
 ■異教徒の村で米軍がキリスト教宣伝(米軍FB,4月1日)
160404e
 ■アメリカの兵隊さんと腕相撲(米軍FB,4月1日,顔引用者消去)
160404f
 ■ギブミー・キャンディー!(米軍FB,3月30日,顔引用削除)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2016/04/04 at 19:59