ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

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ガディマイ祭:動物供犠と人間の業(6)

(2)ヒンドゥー教の不殺生の教えに反する
ヒンドゥー教の中からは,ガディマイ祭はヒンドゥー教の不殺生(अहिंसा)の教えに反するという批判がなされている。たとえば,「ネパール・ヒンドゥーフォーラムUK」のスルヤ・ウパダヤ議長は,「無辜の動物たちを宗教の名をもって非人道的で野蛮な生贄にすることは,断じて許されない」と厳しく非難している(l)

たしかに,ヒンドゥー教(「マヌ法典」など)には不殺生の教えがあり,一般に肉食は嫌われ,なかには一切の殺生を忌避する原理主義的ベジタリアンもいる。ヒンドゥー教徒が多数のインドでは,国民の約6割が多かれ少なかれベジタリアンであり,食事も非ベジタリアン用とは区別されている。食品には,一目で分かるように法令で下注のようなベジタリアン印(),非ベジタリアン印()の表示が義務づけられている。インドは殺生が最も忌み嫌われている国の一つといってよいであろう。

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 ■ ベジタリアンガイド / 印マックの菜食・非菜食峻別(http://vivekvaidya.com/)

しかし,その一方,ヒンドゥー教の教えの中には,神々への動物供犠や供犠後動物を食べることを積極的に勧めているところもある。ダサイン祭や,ダクシンカーリーなど各地のヒンドゥー寺院で,動物供犠がさかんに行われてきたのは,それゆえである。むしろ,ヒンドゥー教の神々ほど血なまぐさい神々は珍しいとさえ言ってもよいであろう。 (参照:血みどろのゴルカ王宮

したがって,ヒンドゥー教徒の中の不殺生を信条とする人々が,自らの信条に従って動物供犠をしないこと,あるいはまた動物供犠に反対することは自由だが,その信条をそうした信条をもたない人々にまで政治的に力をもって強制することは許されない。神々の争いは,神々の世界にとどめるべきである。

なお,蛇足ではあるが,不殺生をいうなら,動物だけではなく,生命をもつ他の「生物」をも殺して食べられないことになる。麦,米,野菜などの植物も動物と同様,生命をもつ。ましてや発酵食品ともなると,生きて働く無数の微生物を殺して食べることになる。モーツアルトを聴かせると熟成し美味しくなるという説もあるくらいだから,微生物にも「感覚」や「感情」があり,殺されると「苦しむ」はずだ。

人間は,他の生命を犠牲にせずして生きることは出来ない。それが人間の業である。

(注)インドの食品包装表示法
FOOD SAFETY AND STANDARDS (PACKAGING AND LABELLING) REGULATIONS, 2011
4. Declaration regarding Veg or Non veg
(i) Every package of “Non Vegetarian” food shall bear a declaration to this effect made by a symbol and colour code as stipulated below to indicate that the product is Non-Vegetarian Food. The symbol shall consist of a brown colour filled circle having a diameter not less than the minimum size specified in the Table mentioned in the regulation 2.2.2 (4) (iv), inside a square with brown outline having sides double the diameter of the circle as indicated below : Brown colour
(ii) Where any article of food contains egg only as Non-Vegetarian ingredient, the manufacturer, or packer or seller may give declaration to this effect in addition to the said symbol.
(iii) Every package of Vegetarian Food shall bear a declaration to this effect by a symbol and colour code as stipulated below for this purpose to indicate that the product is Vegetarian Food. The symbol shall consist of a green colour filled circle, having a diameter not less than the minimum size specified in the Table below, inside the square with green outline having size double the diameter of the circle, as indicated below : Green colour

 141119b ■非ベジ・ベジ識別マーク

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2014/11/19 at 15:44

ガディマイ祭:動物供犠と人間の業(5)

4.ガディマイ祭反対運動
世界最大の動物供犠,ガディマイ祭に対しては,前回2009年頃から,ネパール内外で激しい反対運動が繰り広げられるようになった。

反対の論拠は,大別すると三つ。第一の論拠は,この祭がダリット差別を助長してきたというもの。第二の論拠は,動物を殺すことは,ヒンドゥー教の教えに反するというもの。そして第三の論拠は,供犠名目の動物殺戮は非人道的というもの。第二と第三の反対論には重複する部分が多いが,ここでは一応区別して議論することにする。

141118a ■ガディマイ祭反対FB

(1)ダリット差別の助長
最下層の被差別民であったダリットは,ガディマイ祭がダリット差別を助長してきたとして,この祭に反対している。

Ekantipur記事(2014-10-28)によれば,かつて供犠後の水牛は放置され,これをダリットは持ち帰ってもよいことになっていた。地域のダリット指導者マハント・ラムはこう語っている。「一般にチャマール[下注参照]は5年に一度だけ水牛の肉を食べてよいと考えられており,これが差別を助長してきた。」

このことは,前述のように,前々回(2004年度)までは,供犠後の動物は,連れてきた参拝者だけでなく他の誰でも自由に持ち帰ることができたという証言(f)もあるから,地域の長年の慣行であったと見てよいであろう。供犠動物は女神へのお供えであり,また供犠・分配後の残り物は不可触民として差別されてきた最下層ダリットへの5年に一度の施しでもあったのだ。

これに対し,供犠後の不衛生な残り物を施されるのは「差別」だと憤り,バラ郡やパルサ郡のダリット共同体は,供犠後動物拒否運動を始めた。「チャマルも社会の変化に気付き始めた」とマハント・ラムは述べている(o)。

ガディマイ祭反対運動として最も説得力があるのは,このダリット共同体の反対運動である。供犠・分配後の残り物を施すなどといった,文字通り「非人間的」で「反人権的」な差別的慣習の温存は許されるはずがない。

しかし,その一方,こうしたダリット共同体の供犠後動物拒否運動が,ガディマイ祭商業化の要因の一つともなっているのではないか,とも思われる。ダリットにタダで恵むよりも売却した方が得ということ。

もしそうであるなら,皮肉なことに,ダリットのガディマイ祭反対運動が成功すればするほど,それだけ祭が商業化・資本主義化し盛大となるのを助長する結果になってしまう。

そして,商業化すれば,今度は,巧みな宣伝に煽られ,数ヶ月分もの収入を購入費に充てるなど,無理してヤギや水牛を買い,供犠のために連れてくる多くの信心深い人々が,祭を牛耳る有力者らの食い物にされてしまうことになる(h)。たとえば,こんな話もある。

「ネパール政府はガディマイ祭に450万ルピーを援助しているが,その援助に見合うだけの効果はあるのか? 私の見る限り,利益を得ているのは,祭実行委員会と商売人だけだ。われわれの調査中,ある人がうっかり口を滑らせ,自分は祭司家族とコネがあるので駐車場入札でうまくいった,ともらした」(f)。

このように,商業化すればするほど,宗教を利用した民衆搾取は大規模となる。しかし,これは伝統的なカースト差別ではないから許される,ということにはなるまい。これは新しい形の半資本主義的な不正・腐敗であり,この観点からの批判も,ダリット差別の観点からの批判と同様,十分な根拠があり正当であるといってよいであろう。

(注)
チャマール  Chamar, widespread caste in northern India whose hereditary occupation is tanning leather; the name is derived from the Sanskrit word charmakara (“skin worker”).[….] Members of the caste are included in the officially designated Scheduled Castes (also called Dalits); because their hereditary work obliged them to handle dead animals, the Chamars were among those formerly called “untouchables.”(Encyclopadia Britannica)

ネパールのチャマール人口
141118 (Shyam Sundar Sah, AN ETHNOGRAPHY STUDY OF CHAMAR COMMUNITY: A CASE STUDY OF SIRAHA DISTRICT, March, 2008)

[参照資料]
 [f]Dilip D Souza,”The Goddess Beckons,” December 2009,Himal
 [h]”Gadhimai Festival(Animal Sacrifice) In Nepal.” http://omoewi.blogspot.jp/2013/02/gadhimai-festival-animal-sacrifice-in.html
 [o]”Dalits to boycott animal carcass,” ekantipur,2014-10-28

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2014/11/18 at 13:25