ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

Posts Tagged ‘布教

キリスト教とネパール政治(5)

3.キリスト教会と2017年連邦・州ダブル選挙
(1)キリスト教の急拡大[前掲]
(2)布教の法的規制[前掲]
(3)布教規制撤廃の働きかけ
キリスト教会側は,この憲法や刑法による布教(改宗)規制に対し,2017年連邦議会・州議会ダブル選挙を好機ととらえ,その撤廃を政官界に働きかけた。

国民覚醒党のロクマニ・ダカル議員は8月10日,改正刑法案の改宗(布教)処罰規定を削除するよう要求した。「私には,この国が宗教の自由と人権を守る国際規約に署名していることを忘れ刑法改正を進めている,と思われてならない。・・・・どうか,ネパールは国際法に署名しながら国内法の制定・施行においては別のことをする国だ,などと世界から言われないようにしていただきたい。」(*5)

改正刑法案への大統領署名(10月16日)直前には,「宗教信仰の自由のための国際議員パネル(International Panel of Parliamentarians for Freedom of Religion or Belief [IPPFoRB])」ネパール支部が,10月9~12日の日程で,国際使節団をネパールに招いた。

IPPFoRBネパール支部長はロクマニ・ダカル議員。訪ネ使節団に参加したのは,IPPFoRB運営委員長でカナダ国会議員のデイビド・アンダーソンをはじめ,米欧,ラテンアメリカ,アジアの諸国の国会議員ら。彼らは,ネパールの大臣や議員,市民団体代表者らと会い,宗教の自由の保障を強く要請した(*6)。

また,IPPFoRBのネパール支部長ロクマニ・ダカル議員と運営委員長デイビド・アンダーソン議員は連名でコメント「ネパールにおける宗教の自由―転落の瀬戸際」を発表,次のように現状を厳しく批判し,内外協力して抜本的改革を実現するよう訴えた(*7)。

以下,コメント要旨
訪ネ使節団は,宗教の自由を制限する憲法26(3)条や改正刑法案を見て,大きなショックを受けた。ネパールでは,「この最も基本的な人権が危機に瀕していることに疑いの余地はまずない」。

「改宗を規制する改正刑法案の第9部160条は,正当な宗教信仰の表明を幅広く規制できるものであり,これにより宗教団体の慈善活動も自分の信仰表明でさえもできなくなる恐れがある。・・・・

昨年6月,8人のクリスチャンが,子供たちにイエスを描いたコミックを見せたにすぎないのに,子供たちを改宗させようとしたとして罪に問われた。幸い,彼らは2016年12月,無罪判決を受けたが,もしこの法案が成立し法律となり,憲法が改正されないままであれば,同じような事件がこれからも起きるに違いない。

これは,市民的政治的諸権利国際規約18条の規定に違反している。同条は宗教の自由を各人の基本的権利として明確に保障しており,ネパールは自らの1991年条約法によりその施行を義務づけられている。

新憲法制定を急ぐあまり,政府は,宗教を持つこと,宗教を変えること,そしていかなる宗教をも持たないことですら,個人の権利として保障している国際規約に署名したことを忘れてしまったようだ。ネパールは,国際規約に署名しながら,国内法の制定施行においては全く逆のことをする国だ,などといった評判を立てられないよう注意すべきだ。

こうした状況は変えねばならない。ネパールの市民社会諸団体や議員らは,政府に国際的義務を果たさせるため,さらにもっともっと努力すべきである。むろん,これは極めて重要な闘いであり,国内の人々の努力だけに期待するわけにはいかないが。

70以上の国の加盟者を擁する「宗教信仰の自由のための国際議員パネル(IPPFoRB)」は,全世界の政府に対し,ネパール大統領に圧力をかけ刑法典署名を断念させ,また時機を見てネパール憲法26(3)条を改正させるための努力を,なお一層強化するよう要請する。

これらは,もしわれわれが,この美しく荘厳な山の国において宗教信仰の自由への権利が守られることを確実にしようとするなら,避けることのできない行動である。」(*7)
以上,コメント要旨

こうしたキリスト教会側からの働きかけに対し,政府や政治家らも,報道は少ないものの,ある程度の対応はしているようだ。キリスト教会代表が提出した布教(改宗)規制規定削除要請に対して,デウバ首相は世俗主義を制度化し少数者の権利を守ると語ったし,ディネシュ・バタライ首相顧問も「直ちに対処し選挙前に解決する」と述べたという(*4)。

また,教会関係行事への政官界有力者の参加も少なくない。7月のビリーバーズ教会ネパール教区主教就任式(2017年7月9日)には「新しい力党」幹部ヒシラ・ヤミ(バブラム・バタライ元首相夫人)が出席し,主賓あいさつの中で,こうのべた。「ネパールは世俗国家だが,キリスト教徒は当然享受すべき宗教の自由をまだ享受していない。・・・・すべての人々は,どの宗教,どの社会共同体に属するにせよ,平等に取り扱われるべきだ。」(8)

この主教就任式には,UMLのMK・ネパール議員(元首相),コングレス党のガガン・タパ議員(元保健大臣),国民覚醒党のロクマニ・ダカル議員など,多数の有力政治家が出席している(*8)。

年末のクリスマス集会にも政官界有力者が多数参加した。たとえば,「ネパール・クリスチャン協会(NCS)」・「ネパール教会連盟(NCFN)」共催のクリスマス集会(カトマンズ,12月3日)には,プラチャンダMC党首が出席し,世俗主義の意義について講演した(*9)。

*4 “Nepal PN ‘commits to adress’ Christian concerns ahead of election,” World Watch Monitor Nepal, 8 Nov 2017
*5 “Bill Criminalises Religious Conversion,” Christian Solidarity Worldwatch, 22 Aug 2017
*6 “Not Secular,” Kathmandu Post, 29 Oct 2017
*7 Lokmani Dhakal & David Anderson, “Religious Freedom in Nepal – Teetering on the Edge of a Precipice,” Ratopati, 2074-06-31
*8 “Two New Bishops Installed in Nepal Dioceses of Believers Church,” Believers Eastern Church, 10 Jul 2017
*9 “Christmas Greeting Exchange Program in Conjunction of NCS and NCFN,” Nepal Church com, 2017-12-19

■IPPFoRBホームページ(2017年10月25日)

(4)キリスト教系政党の政界進出
このようにみてくると,ネパールではキリスト教が信者を着実に増やし,地方レベルでは政界へも進出し始めたことがわかる。

中央でも,キリスト教会と政界との関係は日常化し深まりつつあるが,連邦議会に限定すると,キリスト教系政党の進出はまだ見られない。

制憲議会(定数601)では人民覚醒党が1議席(ロクマニ・ダカル)を得ていたが,今回の連邦議会選挙では,定数半減もあってか,下院(定数275),上院(定数59)ともキリスト教会系政党は議席を獲得できなかった。


 ■「キリスト教世界最速成長国ネパール」(The Gundruk Post, 4 Apr 2018) / ビリーバーズ・イースタン教会HP(4 Apr 2018)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2018/04/05 at 10:32

カテゴリー: ネパール, 議会, 宗教, 憲法, 政治

Tagged with , , ,

キリスト教とネパール政治(4)

3.キリスト教会と2017年連邦・州ダブル選挙
(1)キリスト教の急拡大[前掲]
(2)布教の法的規制
キリスト教のこの急拡大に対し,ヒンドゥー教多数派や彼らをバックとする政治諸勢力は危機感を募らせ,法令による布教規制ないし改宗禁止に向かわせた。(報道,特にキリスト教系メディアは「改宗禁止」を多用するが,内容的には「布教規制」の方が妥当であろう。)憲法の布教規制規定について,ロルフ・ジージャーズ(Open Doors’ World Watch Research)は,こう述べている。

「ネパールは2008年に世俗国家になり,クリスチャンの自由は大きく拡大した。キリスト教は繁栄し急成長,2008~2017年で3倍になった。これがヒンドゥー急進派を怒らせ,彼らをして宗教の自由の制限への復帰を繰り返し要求させることになった。その最大の成果の一つが,2015年9月の憲法への[改宗を犯罪とする]第26条の組み込みであった。」(*4)

この憲法の改宗禁止(布教規制)規定と米英による改正要求については,すでに紹介したので参照されたい。
 ・「宗教の自由」とキリスト教:ネパール憲法の改宗勧誘禁止規定について 2017-09-20
 ・改宗の自由の憲法保障,米大使館が働きかけ 2016-08-12
 ・改憲勧奨:英国大使のクリスマスプレゼント 2014-12-16
 ・宗教問題への「不介入」独大使館 2014-12-20

布教(改宗)に関する刑法規定の方は,2007年暫定憲法の下で準備され,2014年10月15日に,それを含む改正刑法案が議会に提出されていた。

その改正刑法案を,デウバ内閣が地方選挙後の8月9日立法議会(制憲議会)において可決,これにバンダリ大統領が10月16日署名し,こうして布教(改宗)を重罰をもって処罰する改正刑法が成立した。

この間,憲法が「2007年暫定憲法」から現行「2015年憲法」に変わったので刑法改正案も修正されているかもしれないが,いまのところ詳細は不明。ただし,2007年暫定憲法成立後,世論が揺り戻し,布教(改宗)に関する規定も2015年憲法の方が厳しくなっているので,改正刑法案が修正されているとすれば,おそらく原案より規制強化されているものと思われる。改正刑法の布教(改宗)規制規定については,以下参照。
 ・改宗投獄5年のおそれ,改正刑法 2017-09-12
 ・改宗勧誘,宗教感情棄損を禁止する改正刑法成立 2017-10-31

▼キリスト教迫害指数2018 (Open Doors)
 
 ■迫害調査100か国中,北朝鮮が最悪,ネパールは25番目。

*4 “Nepal PM ‘commits to adress’ Christian concerns ahead of election,” World Watch Monitor Nepal, 8 Nov 2017

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2018/04/04 at 15:23

カテゴリー: 宗教, 憲法, 政治, 人権

Tagged with , ,

キリスト教とネパール政治(3)

3.キリスト教会と2017年連邦・州ダブル選挙
(1)キリスト教の急拡大
ネパールは,前述のように「クリスチャン急増の国」であり,政治へのキリスト教勢力の進出も積極化し始めた。多少重複するが,たとえば――
 ・キリスト教会は,信者数3百万人以上と推計している。(*1)
 ・「ネパールでは,法による厳しい改宗禁止にもかかわらず,この20年ほどの間にキリスト教徒が急増した。」(*1)
 ・キリスト教会は現在,全国に1万2千あり,なお増加中(ネパール全国クリスチャン連盟[FNCN])。布教に熱心なのは,カトリックよりもプロテスタント諸教会。(*2)
 ・シンドパルチョーク郡の教会は,30年前は1つだけだったが,現在は175あり,その半数は2008年世俗国家移行後に開設された。(*2)
 ・マクワンプル郡の教会は,10年前は200だったが,現在は1000となっている。(*3)
 ・マクワンプル郡では「20年ほど前にキリスト教の普及活動があり,・・・・先住民族であるチェパン民族の大部分はキリスト教徒になっている。」(*4)
 ・コイノニア・ミッションは1978年にパタンに初の教会を開設,現在は90教会となった。2020年までに,さらに400教会を開設する予定。(*2)
 ・「君主制の200年間はネパールのクリスチャンにとって暗黒時代だったが,いまは攻撃されることはあるにせよ,黄金時代だ。」キラン・クマール・ダス(アヌグラハ教会,ラリトプル)(*2)
 ・パンチャヤト王政期には投獄されたが,いまは活動の余地があり,参会者も増えてきた。(カナンプレーヤーハウス牧師トリ・ラトナ・アダム・トゥラダール)(*2)

Churches Network Nepal登録教会数(2018年4月3日現在) ( *5)

*1 “Despite conversion ban, Christianity spreads in Nepal,” AFP, 23 December 2017
*2 Om Astha Rai, “The golden age of the gospel: A secular Nepal sees a surge in conversions to Christianity by evangelical groups,” Nepali Times, #873, 25-31 August 2017
*3 Pete Pattisson, “Why many Nepalis are converting to Christianity,” the Record, August 30, 2017
*4 紅谷昇平ほか「2015 年ネパール地震における国際支援と組織間ネットワークの実態」,『神戸大学都市安全研究センター研究報告』第21号,平成29年 3 月
*5 Churches Network Nepal(http://www.churchesnetwork.com/directory)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2018/04/03 at 15:59

カテゴリー: 宗教, 憲法, 政治, 民族

Tagged with , , ,

キリスト教とネパール政治(2)

2.キリスト教系政党と2017年5月地方選挙
ネパールには現在,キリスト教系政党が少なくとも4~5政党はあるとされている。
人民覚醒党(Jana Jagaran Party)
  党首:ロクマニ・ダカル(牧師)
  選挙シンボル:懐中電灯
  制憲議会議席:1(LM・ダカル,唯一のキリスト教徒議席)
国民解放運動党(Rastriya Mukti Andolan Party)
  党首:ジャヤワンタ・B・シャハ
APメサイア党(Amul Parivartan [AP] Messiah Party)
  議長:バラト・ギリ
人民の党(People’s Party)
PAクリスチャン党(PA Christian Party)

2017年5月の地方選挙では,キリスト教徒候補が何人か当選した(正確な人数不明)。また,ダディン郡ガンガジムナでは,女性クリスチャンのアンジェラ・タマンが副町長に当選した。彼女はこう語っている――

「私は,先住タマン共同体に属している。これまで差別されてきたが,私たちは神に祈り,福音の導きに従ってきた。いまでは,私たちは強力なキリスト教共同体となっている。私たちは,社会全体への奉仕を通して神に仕えたいと願っている。・・・・
 もし私がヒンドゥー教徒であったなら,私のような先住民女性が選出されるようなことは,決して夢にも思わなかったであろう。神が私に道を示し導かれたのだ。・・・・
 私は,宗教の別なく,社会全体のために働きたいと思う。」(Christopher Sharma, “Christians in Nepal enter politics. First Christian woman elected,” AsiaNews.it, 05/24/2017)

ネパール全国キリスト者連盟のCB・ガハトラジ会長もこう述べ祝福した。「女性がクリスチャンとして当選し政治家となったのは,クリスチャンにとって朗報だ。他のクリスチャンを勇気づけ,政治を志させることになるだろう。」(ibid)

国民解放運動党のJB・シャハ党首は,こうした状況を受け,こう檄を飛ばした。「世俗化以前は,クリスチャンとして政治に参加することは禁止されていた。・・・・今回が初の地方選であり,われわれは,福音に従い,キリスト者アイデンティティを持つ人々にもっともっと訴えかけなければならない。何千もの人々が投票を待っている。第2次投票の準備はできている。われわれは,急速に支持を拡大しているのだ。」(ibid)

この2017年5月地方選挙におけるキリスト教系政党の動向については,すでに概略を紹介しているので,一部重複もあるが,以下をご参照ください。
【参照】キリスト教政党の台頭


■人民覚醒党FB/APメサイア党FB

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2018/03/27 at 17:12

キリスト教とネパール政治(1)

ネパールでは2017-18年,地方(町村),州,連邦の3レベルの選挙が実施された。これにより,2015年憲法の定める地方政府,州政府,連邦政府が成立,人民戦争後新体制が名実ともに正式発足した。

選挙では,新生「ネパール共産党(統一共産党・マオイストセンター連合)」が大勝し政権を担うことになり注目されているが,ここでもう一つ,見落としてはならないのがキリスト教と新体制との関係である。

宗教と政治の関係は,ネパールでは”微妙な”テーマであり,特にキリスト教については取扱注意,報道は多くはないが,いくつか散見される資料を手掛かりに,ネパールにおけるキリスト教と政治の関係の現状の一端を見ておくことにする。

1.「キリスト教徒急増」問題の複雑さと危険性
世界各国のキリスト教系メディアでは,ネパールは「キリスト教徒急増の国」として注目され,繰り返し紹介されている。それは,いわば現代ネパールの枕詞。

ネパールのキリスト教徒は,全人口に対し1991年0.2%,2001年0.5%,2011年1.4%と増加してきたとされているが,実際にはそれ以上で,現在3~7%,あるいは2~3百万人ともいわれている(正確な教徒数は不明)。日本は1%(2012年)だから,少なめに見積もってもネパールではすでに日本以上にキリスト教徒比率が高くなっていることは確かだ。

ネパールでキリスト教に改宗しているのは,ダリットなど,いわゆる「低カースト」の人々や,タマン,タルーなど差別されてきたとされる諸民族の人々が中心と見られている。そのため,キリスト教改宗問題は,カースト間闘争,貧富階級間闘争,民族闘争の様相をも多かれ少なかれ帯びざるを得ない。

さらに,ネパールのキリスト教会は,西洋やアジアの富裕な先進諸国の教会に物心両面で支援されていると見られているので,ネパールにおける改宗は外交問題でもある。たとえば,憲法の「布教禁止」規定の撤廃をあからさまに要求したスパークス駐ネ英国大使の2014年の発言は,キリスト教国の露骨な内政干渉の典型として,ネパールではいまもって繰り返し非難攻撃されている(改宗勧奨: 英国大使のクリスマス・プレゼント)。キリスト教は,ネパール・ナショナリスト,とりわけヒンドゥー・ナショナリストにとっては,不倶戴天の敵なのだ。

キリスト教布教は,このようにネパールでは,複雑で,微妙で,難しく,危険きわまりない問題である。今後,布教がさらに進めば,問題は一層深刻化するであろう。

【参照】キリスト教会ネットサイトも急増している。下掲はそれらのうちのいくつか。
  
 ■Turahi News / Churches Network Nepal

   
 ■Good News Media / Mission in Church / Assumption Church

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2018/03/25 at 16:43

カテゴリー: 宗教, 憲法

Tagged with , , ,

改宗勧誘・宗教感情棄損を禁止する改正刑法,成立

バンダリ大統領が10月16日,改宗勧誘や宗教感情棄損を禁止する規定を含む「改正刑法案」に署名し,同法は成立した。16日は,皮肉にもネパールが国連人権理事国に選出された,まさにその日である。成立した改正刑法第9部第158条と第160条については,すでに紹介したので,それをご覧ください。参照:宣教投獄5年のおそれ,改正刑法「宗教の自由」とキリスト教:ネパール憲法の改宗勧誘禁止規定について

この刑法改正に最も強く反対してきたのは,ネパールで勢力を急拡大しつつあるキリスト教会である。たとえば,「世界キリスト者連帯(CSW)」のM・トマス委員長はこう批判している。「ネパール政府に対し,この不当な法[改正刑法]を廃止し憲法第26(3)条を改正することを要請する。それらは,宗教・信条の自由への権利を制限するものであり,ネパールの国際法遵守の立場を損なうものでもある。人権理事国になったネパールにとって,これは驚くべき矛盾である。」(*2)

また,世界の人権諸団体や人権活動家らも,この刑法改正には強く反対してきた。立法議会が改正刑法案を可決したのは8月8日だが,その直後の8月9日から12日まで,世界70か国以上の議会議員参加の「宗教・信条の自由を求める議員国際パネル(IPPFORB)」が,ネパール支部の招きに応じ,代表団をネパールに送り込んだ。彼らは,政府幹部や議員,市民団体代表らと会い,改正刑法案大統領署名への反対や,憲法第26(3)条の改正を訴えたという。(*4)

しかし,こうした内外の強い反対にもかかわらず,改正刑法は10月16日成立してしまった。この法律は,禁止する「改宗勧誘」や「宗教感情棄損」の定義(構成要件)があいまいであり,拡大解釈されやすい。運用次第では,ヒンドゥー教・仏教中心の伝統宗教以外の宗教はネパールではほとんど活動できなくなる恐れがある。

この改正刑法成立は,中長期的にみると,ネパールにとって,年末の国会/州会選挙よりも大きな意味を持つことになるかもしれない。


 ■IPPFORB FB(Oct 18) / News(Oct 25)

*1 “BILL CRIMINALISES RELIGIOUS CONVERSION,” Christian Solidarity Worldwide, 22 Aug 2017
*2 “Nepal’s President Signs Law Criminalizing Evangelism, Christian Solidarity Worldwide Warns,” Spotlight Nepal, 2017/10/22
*3 「ネパールで『改宗禁止法』成立,大統領が署名 キリスト教団体が懸念」,Christian Today(日本語版),2017年10月29日
*4 LOKMANI DHAKAL, DAVID ANDERSON, “Not secular: The government seems to have forgotten that it is bound to protect an individual’s rights to have a religion,” Kathmandu Post, Oct 29, 2017

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2017/10/31 at 20:13

カテゴリー: 宗教, 憲法

Tagged with , , , ,

「宗教の自由」とキリスト教:ネパール憲法の改宗勧誘禁止規定について

「自由」は一般に,格差のあるところでは「強者の権利」となりがちである。格差を無視し自由を形式的に認めると,経済的,政治的,知的,身体的等々において優位にある者が,自由を名目として,劣位にある者を事実上一方的に支配することが許されてしまう。形式的自由は「強者の権利」を正当化する。最も基本的な自由の一つである「宗教の自由」もその例外ではない。このことについては幾度か議論してきたが,重要な問題であるので,ここでもう一度,ネパールを例にとり,「宗教の自由」について考えてみたい。
 【参照】世俗国家 キリスト教 改宗

 ■Church in Nepal HP

1.ネパール憲法の「世俗国家」規定と「宗教の自由」
現行2015年ネパール憲法は,「宗教の自由」について次のように規定している。

 ・・・・・<以下引用>・・・・・
第26条 宗教の自由への権利
(1)宗教的信仰を持つ何人も,自分の信じる宗教を告白し,実践し,そして守る権利をもつ。
(3)何人も,本条規定の権利の行使において,公共の健康・良俗・道徳に反する行為,公共の平和を損なう行為,他者を別の宗教に改宗させる行為,または他者の宗教を損なう行為を,自ら行うことも他の人に行わせることも為してはならない。そのような行為は法により処罰される。
 ・・・・・<以上引用>・・・・・

宗教の自由は最も基本的な人権の一つだが,無制限ではなく,他者の正当な権利の侵害までも許容するものではない。しかし,たとえそうだとしても,この26条3項による宗教の自由の制限は,あまりにも広範であり,解釈次第でどのような宗教活動であっても禁止されてしまう恐れがある。

とりわけ問題なのが,改宗勧誘の禁止である。直接的あるいは間接的な改宗勧誘が禁止されてしまえば,自発的な改宗の機会も少なくなるので,これは改宗の全面禁止に近い規定とみてよいであろう。

それでは,改宗を禁止ないし大幅制限したうえでの「宗教の自由」とは何か? それは,既存の諸宗教を前提とし,それらを信仰する自由にすぎないのではではないか? そのことを,もって回った表現ながらも,具体的に規定しているのが,憲法4条の世俗国家規定である。

 ・・・・・<以下引用>・・・・・
第4条 ネパール国家
(1)ネパールは,・・・・世俗的な(धर्मनिरपेक्ष)連邦民主共和国である。
 解釈(स्पष्तीकरण, explanation):本条でいう「世俗的」は,古くから伝えられてきた宗教や文化を含む,宗教と文化の自由を意味する。
 ・・・・・<以上引用>・・・・・

この第4条を第26条と合わせ読むと,ネパール国家の根本規定の一つたる「世俗的」は,改宗が大幅規制されているのだから,結局,「古くから伝えられてきた宗教や文化の自由」にほかならないことがわかる。世俗国家たるネパールは,古来の宗教や文化の自由を保障しなければならない。では,その古来の宗教や文化とは何か?

2011年人口調査によれば,ネパールの宗教別人口は,ヒンドゥー教81.3%,仏教9%,イスラム教4.4%,キリスト教(多数がプロテスタント)1.4%,その他3.9%。ネパール憲法は,「世俗的」を,事実上,古来の宗教文化と規定することにより,このヒンドゥー教(およびそれと習合した仏教)を中心とする既存の宗教社会の保守を義務づけているのである。

3.キリスト教徒急増と改宗勧誘禁止規定
ネパールが,外国とりわけ欧米近代諸国家との接触があまりない伝統的閉鎖社会であり続けたなら,ここまで強引な改宗禁止規定を憲法に置く必要はなかったであろう。国民のほとんどがヒンドゥー教とそれと習合した仏教を信じており,たとえ「宗教の自由」を認めても,彼らは圧倒的な多数派であり,「強者」として政治的,社会的,文化的なあらゆる権益を守ることができたに違いない。

ところが,ネパールは,1990年と2006年の2回の人民運動(民主化運動)の成功により,近現代民主主義を受け入れ,本格的に国を開き,欧米諸国と直に向き合うことになった。その結果,ヒンドゥー教は,ネパール国内では依然として多数派強者ではあっても,世界社会では必ずしもそうとは言えなくなってしまった。

この新たな状況下で,ネパール国内の他の宗教が,国外の何らかの有力勢力と結びつき支援を受け始めるなら,ネパール・ヒンドゥー教の優位は,経済的にも国際世論的にもたちまち瓦解する。そうなれば,「宗教の自由」は,外国勢力の支援を受け,その意味で新たに強者となった他の宗教の「強者の権利」へと一変してしまうのである。

民主化後のネパールにおいて,この「宗教の自由」を最も有効に使い,急速に勢力を拡大してきたのが,キリスト教である。キリスト教徒は,2011年人口調査で全人口の1.4%だが,実際には3~7%,あるいはそれ以上ともいわれている。1991年が0.2%,2001年でも0.5%だから,政府公式調査でも大幅増,実数はそれを大きく上回る。(日本は1%[2012]。)近年のネパールは,キリスト教徒増加率が世界で最も高い国だといわれている。

では,ネパールで,なぜいまキリスト教徒が急増しているのか? ヒンドゥー教の側は,ネパールのキリスト教会が直接的あるいは間接的に先進諸国の援助を受け,ネパールの人々に金銭や物品,教育や医療・福祉の機会などを提供し,キリスト教に改宗させているからだと非難している。先進諸国の教会などの支援を受けているネパールの教会は,経済,科学技術,教育,医療,福祉など宗教以外の多くの分野において優位となり,この強者の立場を利用してネパール庶民をキリスト教に改宗させているというのである。

ネパールのヒンドゥー教勢力が,2015年憲法に強引に世俗国家規定を置き,改宗勧誘禁止を書き込んだ最大の理由は,強者として「宗教の自由」を利用し信者を増やしていると彼らがみなすキリスト教会の動きを阻止することにあったとみてよいであろう。

 
 ■Churches Network Nepal HP / Nepal Church Com HP 

4.アメリカ政府によるキリスト教会支援
キリスト教会が「宗教の自由」を強者として利用し乱用しているというのは,ヒンドゥー教の側の言い分だが,この非難には全く根拠がないわけではない。たとえば,アメリカ国務省の「宗教の自由レポート2016年」をみると,アメリカ政府がネパールにおけるキリスト教会の自由のために大使館をあげて努力していることがよくわかる。
 * “International Religious Freedom Report 2016: Nepal,” US Department of State

「宗教の自由レポート2016年」は,まず,ネパールにおける「宗教の自由」の現状を批判的に要約・紹介する。
 ・2015年憲法が「世俗主義」を「古来の宗教と文化の保護」と規定していること。
 ・2015年憲法が改宗勧誘を禁止していること。
 ・仏教僧院を除き,キリスト教会などの宗教組織はNGOとして登録し,規約,役員,会計,事業活動などの詳細な報告を義務づけられていること。
 ・キリスト教系学校は公費補助を受けられないこと。
 ・ドラカ郡でキリスト教徒8人が改宗勧誘容疑で逮捕された事件(2016年8月)。
 ・ジャパ郡で外国人キリスト教徒が改宗勧誘容疑で逮捕され,国外退去処分とされた事件(2016年8月)。
 ・クリスマスが国民祭日から外されたこと(2016年3月)。
 ・キリスト教徒は墓地の購入や利用が困難なこと。
 ・様々なメディアが,キリスト教会は騙したり物品を配ったりして改宗させ,また教会行事と称して改宗勧誘を行っているなどと,さかんに報道していること。
 ・牛(オスとメス)殺害が重罰をもって禁止され,パンチタール郡では牛殺害容疑で4人が逮捕されたこと。
 ・政府が郡開発委員会に対し,改宗を勧誘する団体のNGO登録は認めてはならない,とする通達を出したこと。
 ・キリスト教に改宗したが,秘密にしている者が多数いること。

アメリカ国務省レポートは,ネパールにおける「宗教の自由」の現状につき以上のような指摘をしたうえで,「米国政府の政策」を次のように報告している。少々長く重複もあるが,要所を抜き出し紹介する。

 ・・・・・<以下引用>・・・・
ドラカ郡で改宗勧誘容疑により8人が逮捕され裁判にかけられたとき,米大使館員はネパール政府高官と会い,自分の宗教を自由に実践する人民の権利を尊重するよう要請した。米大使館員は,宗教関係図書配布容疑でのキリスト教徒の逮捕が,現行の憲法や刑法の規定が宗教の自由を大幅に制限する結果になることを実証したことを特に強調した。

2016年を通して,米大使と大使館員は,訪ネ米政府高官らとともに,ネパール政府高官や政治指導者らに対し,憲法や改正刑法案の規定が布教や改宗を含む宗教の自由を制限することにつき,憂慮の念を伝えた。米大使と大使館員は,政治指導者や政府幹部に対し,刑法改正最終案には処罰を心配せず自分の宗教を選択する権利をはじめとする宗教の自由を盛り込むことを要望した。米大使館員は,主要政党幹部とも会い,この要望を繰り返し伝えた。11月には,米国務省の近東および南・中央アジア宗教的少数派問題特別顧問がネパール政府幹部や議員らと会い,宗教的寛容を促進し,政府には改宗を犯罪としないよう働きかけることを要望した。

米国特別顧問は,宗教指導者らとも会い,宗教的少数派の宗教的諸権利に対する規制につき意見を交換した。米大使館員は,キリスト教諸団体と会い,改宗禁止の強行やヒンドゥー教政治家たちによるキリスト教社会への非難攻撃につき,意見を交換した。また大使館員は,カトマンズをはじめ国中の少数派宗教の地域代表らと定期的に会い,キリスト教徒が改宗を強制しているという糾弾につき,またキリスト教徒やイスラム教徒がそれぞれの宗教に基づく埋葬のための土地の取得に困っていることにつき,意見を交換した。大使館員は,ヒンドゥー教,仏教,イスラム教およびキリスト教の指導者らと会い,刑法改正案や改宗禁止の憲法規定の施行につき,意見を交換した。
 ・・・・・<以上引用>・・・・・

このように,米国は,ネパールに「宗教の自由」を宣べ伝えることに何の躊躇もない。「自由」の伝道は,新大陸アメリカ国家の「明白な使命(Manifesto Destiny)」なのだ。世界最強のアメリカには,格差の自覚なき「自由」は“強者の,強者による,強者のための権利”に堕してしまうことへの恐れはまるでない。

なお,蛇足ながら,ネパールのキリスト教徒が,ネパール国内に限定すれば少数派であり,弱者であることは言うまでもない。

*1 “International Religious Freedom Report 2016: Nepal,” US Department of State
*2 宣教投獄5年のおそれ,改正刑法
*3 キリスト教政党の台頭
*4 タルーのキリスト教改宗も急増
*5 キリスト教絵本配布事件,無罪判決
*6 改宗の自由の憲法保障,米大使館が働きかけ
*7 新憲法による初の宗教裁判
*8 改宗勧誘は禁錮5年,刑法改正案
*9 クリスマスを国民祭日から削除:内務省
*10 改宗勧奨: 英国大使のクリスマス・プレゼント

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2017/09/20 at 14:37

宣教投獄5年のおそれ,改正刑法

8月9日立法議会で可決された改正刑法には,いくつか重大な問題がある。強制失踪関係規定については前稿で触れたが,それ以上に大きく問題視されているのが,宗教に関する規定である。改正刑法が施行されると,宣教ないし改宗の働きかけ,いや解釈次第で信者らの礼拝それ自体ですら拘禁5ないし3年以下,罰金5ないし2万ルピー以下の刑に処せられる恐れがある。ヒンドゥー正統への揺り戻しの動きの一つと見てよいであろう。

1.2015年憲法の宣教禁止規定
現行2015年憲法は,ネパールを「世俗国家」と規定しながら,同時に他方では,「古来の宗教文化」に特別の権利を認めている。
————————————–
憲法第4条 ネパール国家
(1)ネパールは,・・・・世俗的な連邦民主共和国である。
 解釈:本条でいう「世俗的」は,古くから伝えられてきた宗教や文化を含む,宗教と文化の自由を意味する。
————————————–
この国家の根本規定を受け,第26条では,改宗を働きかける宣教活動を大幅に規制している。
————————————–
憲法第26条 宗教の自由への権利
(3)何人も,本条の定める権利[宗教の自由]の行使において,公共の健康・礼節・道徳に反する行為,公共の平和を損なう行為,または他者をある宗教から別の宗教に改宗させる行為,もしくは他者の宗教を損なう行為や行動を自ら行い,または他者に行わせることを,なしてはならない。そのような行為は,法により処罰される。
—————————————
宗教活動は,極秘のものを除けば,多かれ少なかれ宣教の意味をもつ可能性があるとすれば,上記の規定を根拠に,国家は宗教活動をいかようにでも規制できることになる。

2.改正刑法の宣教禁止規定
2015年憲法の規定に基づき,改正刑法は宣教活動を大幅に規制し,違反には重罰を科すことを定めている(以下の条文はCSW記事[*1]からの引用)。
————————————–
改正刑法第9部
第158条 (1)何人も,文章,声ないし会話,造形物ないしシンボル,または他の同様の方法により,いかなるカースト,民族または社会集団の宗教感情をも害してはならない。
(2)(1)に定める罪を犯した者は,2年以下の拘禁および2万ルピー以下の罰金の刑に処す。

第160条 (1)何人も他者の宗教を改めさせてはならないし,またそれを自ら試み,または他の者に教唆してはならない。
(2)何人も,あるカースト,民族または社会集団が古来信奉してきた宗教,信仰または信条を否定するような行為や行動を行ってはならないし,また他の宗教への改宗の目的をもって,もしくはその目的をもたなくとも,そうした宗教,信仰または信条を害してはならないし,また他の宗教や信仰を上記目的のいずれかをもって説いてはならない。
(3)(1)および(2)に定める罪を犯した者は,5年以下の拘禁および5万ルピー以下の罰金の刑に処す。
(4)(1)および(2)に定める罪を犯した者が外国人の場合,本条の定める刑の執行後,7日以内にネパール国外へ退去させるものとする。
————————————–
複雑・難解な文章だが,宣教ないし改宗の働きかけが広く禁止されていることは明らかである。

ネパールで活動しようとする宗教,とくにキリスト教諸派が,この改正刑法に危機感を募らせ,世界各地で反対運動を繰り広げ始めたのも,彼らの立場からすれば,至極もっともなことといえるであろう。

 
 ■議会での改宗勧誘禁止条項削除要求(Nepal Church.Com,8月10日)

*1 “NEPAL BILL CRIMINALISES RELIGIOUS CONVERSION,” Christian Solidarity Worldwide (CSW), 21 Aug 2017
*2 Anugrah Kuma, “Christians Fear Crackdown on Religion Under Evangelism Ban in Nepal,” Christian Post, Aug 28, 2017
*3 Surinder Kaur, “Evangelism to be made illegal under new Nepal law,” globalchristiannews.org, 31st August 2017
*4 Prakash Khadka, “Nepal criminalizes religious conversion under new law,” ucanews.com, September 5, 2017

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2017/09/12 at 21:54

カテゴリー: 宗教, 憲法, 人権

Tagged with , , , ,

タルーのキリスト教改宗も急増

ネパールでは,キリスト教は,クリスマス商戦用には大歓迎だが,本来の宗教としては,昨日も指摘したように,まだ強く警戒されている。タルーのキリスト教改宗に関するこの記事も,その一例。

▼Devendra Basnet, “Conversion to Christianity high among Dang Tharus,” Republica, 14 Dec. 2015.

記事によれば,ダン郡のタルー居住地域では,人民戦争終了以降,キリスト教徒が急増している。そのため,タルー社会の規範が守られなくなり,伝統的な文化や儀式の維持が困難になりつつある。

キリスト教布教は,タルー長老らによれば,ポスターを貼り教会へ誘う,カネや外国援助で釣る,など。むろん,これらの非難は繰り返し用いられてきた常套句だが,少なくとも伝統的社会の側からは,そのようなものと見えるのだろう。

開発格差,経済格差の大きいところでは,神々の争いもカネ絡み,利権絡みと見られる。難しい。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2016/12/16 at 20:43

カテゴリー: 宗教

Tagged with , , ,

キリスト教絵本配布事件,無罪判決

ネパールの裁判所が12月6日,イエス・キリストを描いた絵本(コミック)を生徒に配布したとして6月に逮捕された8人のキリスト教徒に対し,無罪の判決を下した。キリスト教会にとっては何よりの吉報であり,クリスマス集会では神の栄光が大いに称えられるであろう。

1.事件概要
この事件の概況は以下の通り。(参照:キリスト教徒,逮捕

2016年6月,Teach Nepal(カトマンズ本拠NGO)が,地震トラウマの生徒たちのため,ドラカ郡チャリコットのキリスト教系2校(Modern Nationl School; Mount Valley Academy)において,カウンセリングを実施した。その際,生徒たちにギフトバッグを配布したが,その中にイエス・キリストを描いたコミック絵本が入っていた。

これが地元で問題にされ,警察が6月9日,憲法26条(3)の禁止する改宗勧誘に当たるとして,2校の校長とTeach Nepalのメンバー5人を逮捕した。さらに6月14日には,チャリコット・キリスト教会の牧師まで逮捕してしまった。

2.無罪判決
逮捕された8人は,9日後保釈されたが,裁判は続き,ようやく12月6日になって,裁判所が無罪判決を言い渡した。メルヴィン・トマス(Christian Solidarity Worldwide代表)は,こう語っている。

「チャリコットの8クリスチャン無罪判決を歓迎するが,新憲法26条は改正されるべきであり,このことをネパール政府に対し,ネパール市民社会の人々と声を合わせ要求していきたい。」(*6)

3.キリスト教徒激増への反発
今回の事件は無罪判決で一応決着したが,この事件の背後には,キリスト教徒の増加,特に国家世俗化以降の激増へのヒンドゥー教徒多数派のいら立ちがある。

1951年 0人(記載なし)
1961年 458人
2001年 102,000人
2011年 375,699人

しかし,こうした国家統計は,キリスト教徒を過少集計しているという。「キリスト者連盟(Federation of National Christians Nepal)」によれば,現在,キリスト教会は国内に約1万あり,そのうち2千はカトマンズ盆地3郡にある。信者は,約300万人。その60%がダリットだという。

このキリスト教徒激増は,伝統的支配勢力たるヒンドゥー教徒多数派を警戒させ,キリスト教攻撃に向かわせている。「社会福祉委員会」は,キリスト教系外国援助をしばしば禁止しているし,また政府役人がキリスト教系の学校や孤児院を,キリスト教関係の本が1冊でもあれば閉鎖させるとか罰金を科すとかいって,脅すこともあるという。

こうしたキリスト教会との対立の激化は,宗教が大きな力を持つネパールにおいては,対応が極めて難しい。

ヒンドゥー教徒多数派は,新憲法において世俗国家規定を受け入れさせられはしたものの,生命線たる改宗勧誘禁止ないし布教禁止を第26条(3)に書き込むことには成功した。現行憲法の矛盾の象徴ともいうべきこの憲法の宗教規定を,今後どう扱うか? これは州区画以上に難しい政治課題とみてよいであろう。

Teach Nepal HP
 161210
 ”Equipping Children and Teachers for the Glory of God“(表紙掲載スローガン;引用者顔消去)

【参照】
*1 “Christian population shoots up under secula state,” Republica, Dec 9,2016.
*2 Lorraine Caballero, “Christianity in Nepal rising since 2008 secular democracy,” Christian Daily, 5 Dec. 2016.
*3 Andre Mitchell, “More People Turning to Christ in Nepal,” Christian Today, 8 Dec. 2016.
* Kaley Payne, “Nepali Christians freed after court drops case,” Eternity News, 8 Dec. 2016.
*4 “Crackdown on Christians in Nepal hits snag,” Morning Star News, 7 Dec. 2016
*5 Sarah Stone,”Christians Accused of Proselytising in Nepal Cleared of Charges,” Christian Today, 7 Dec. 2016.
*6 Stefan J. Bos,”Nepal Aquits 8 Christians Over Conversion Children,” Bos News Life, 7 Dec. 2016.
*7 ガガン・タパ議員(NC)ツイッター(12月20日)
 161217

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2016/12/15 at 22:38

カテゴリー: 宗教, 憲法, 政治

Tagged with , ,

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。