ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

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京都の米軍基地(6):廃校と高速道路と基地

1.少子高齢化と米軍基地
京都・経ヶ岬への米軍Xバンドレーダー基地新設が,丹後の過疎化・少子高齢化を背景にしていることは,いうまでもない。村々では,子供や青年が減り,サルやシカやイノシシやクマやタヌキやイタチなどが激増した。田畑はすべて,周囲をぐるりと網や電気柵で囲っているが,それでも防ぎきれない。高齢農民にとって,たいへんな作業だし,経費もかさむ。また,沿岸の漁業も老齢化とともに継続が困難になってきている。丹後の農村・漁村は,崩壊の危機にある。

そこに米軍基地だ。当然,補助金がついてくる。京丹後市は2004年4月,広域合併し,豪華な庁舎や会館など様々な施設を造ってきた。首が回らないはずだ。そこに米軍基地。関係自治体は,はや何を,どれだけ分捕るか,条件闘争に入った感がある。

130610j 130610k ■丹後半島のバス停と時刻表: 冬期は1往復(5/31)

2.森本ICと大宮第三小学校
丹後半島の道路建設ラッシュについては,すでに紹介した。これと関係すると思われるのが,京都縦貫自動車道の建設。計画そのものは,かなり前からあり,京都市から府北部に延伸されてきてはいたが,その先端がいま,京丹後市森本まで達している。地理的には,丹後半島の真ん中の入口だ。

森本は,戸数わずかの小さな村。そこに「森本インターチェンジ」が造られている。しかも,そのほんの数キロ先には,「与謝IC」がある。あまりにも不自然。決して認めないだろうが,米軍基地を想定しているとしか思えない。

130610a ■森本IC工事(5/30)

この付近の少子高齢化がいかにすさまじいかは,建設中の「森本IC」から1,2キロ先の「大宮第三小学校」をみると,よくわかる。

この学校は,1980年,周辺のいくつかの小学校を統合し,新設された。何クラスあったのか分からないが,大きな校舎であり,広いグラウンドとプール,それにスキーゲレンデさえも備えていた。校舎はまだピカピカ。登校口には,生徒の「人権標語」ポスターが掲げられている。それなのに,今年3月,廃校にされてしまった。大きな美しい校舎を見ると,廃校の「哀愁」よりも,むしろ「無惨」の感を禁じ得ない。

たった33年。合併前の大宮町は,わずか1世代後の生徒数すら予測できなかったのか? すさまじい少子化。そして,それ故の,この莫大な無駄遣い。

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 ■校門と校舎正面(5/30) / 閉校記念碑(5/30)

130610c ■校舎と校庭(5/30)

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 ■プールとスキーゲレンデ(5/30) / 児童標語の掲示(5/30)

3.朝妻小学校
このようなことは,他にもある。たまたま目にしたのは,伊根の「朝妻小学校」。これも大きな立派な校舎だが,2005年3月に廃校。何年竣工か掲示は見あたらなかったが,まだ新しく,生徒さえいれば何十年後,いや百年後でも十分に使える。それなのに,廃校とされ,ほとんど使用されない状態で放置されている。無惨。廃校のロマンは,みじんもない。これも莫大な無駄づかい。

130610i ■校舎正面(5/31) 

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 ■校庭と校舎(5/31) / 閉校記念碑(5/31)

4.地域エゴに徹する
米軍基地は,この少子高齢化,廃校,耕作放棄,動物天国の丹後に造られる。関連事業,補助金がゾロゾロついてくる。呼び水だけで,もう地元は浮き足立っている。関連自治体・議会が,早々と受け入れ条件闘争に入ったのは,その限りでは当然といえよう。

都市住民は,原発も公害企業も地方に押しつけ,ときたまファッションとして,豪華バスを仕立て,地方に反原発・反公害デモに繰り出すだけ。米軍基地反対も同じこと。気楽なもんだ。

私も都市住民の一人であり,こうした地域住民からの批判は免れない。どうしたらよいのか? 名案はない。が,おそらくは,可能な限り当事者自身の立場に立ってみること,それ以外にはあるまい。

日本「国民」や日本「国家」の利益(国益)を引き合いに出し,ごまかすべきではない。米軍Xバンドレーダー基地が,そこに住む人々に何をもたらすのか,その損得計算を冷静かつ厳密に行い,結果を分かりやすく説明する努力をする以外に方法はない。

丹後の人々にとって,東京や大阪や京都,ましてやアメリカの安全など,とりあえずは無視してもよい。ミサイルが東京に落ちようがニューヨークに落ちようが,丹後が無事であれば,それでよい。半農半漁の丹後は,その気になれば,自分たちだけで自立して生きていくことが出来る。他人の身代わり,捨て石にならねばならぬ義理も道理もない

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2013/06/10 at 15:27

民族対立扇動非難に弁明,DFID

ネット版カンチプール(6月28-29日)によれば,訪ネ中のアラン・ダンカン英国国際開発大臣が,民族対立を扇動していると非難され,弁明に追われている。

イギリスを始め先進諸国や国際機関が,包摂参加民主主義の理念を押しつけ,民族連邦制を支援していることは周知の事実。民族(nation)は劇薬中の劇薬であり,欧米自身,幾度も手を出しては地獄を見てきたはずなのに,無責任にもネパールに持ち込み,案の定,二進も三進もいかない政治危機をもたらしてしまった。

これに対し,旧体制特権諸集団が非難の声を上げ始めた。英国国際開発省(DFID)など援助諸機関は,先住諸民族,下位カーストなどを援助し,民族州を支援することにより,民族対立・コミュナル紛争を扇動している,けしからん,というのだ。

ここで難しいのは,伝統的な支配カースト・支配諸民族には,そのようなことをいう資格はないということ。彼らこそが,旧体制下で長らく下位カースト・少数諸民族を差別・抑圧し搾取してきた張本人だからである。彼らに対し,被抑圧カースト・諸民族が権利を主張し,体制転覆を図るのは当然である。

しかし,この被差別カースト・諸民族の権利要求をどのように実現していくか,その具体的な手順は難しい。手っ取り早いのは,民族意識,コミュナル感情に訴え,集団としての権利を覚醒させ,そのために闘わせること。これは火をつけやすく,爆発的に拡大する。体制破壊にはこれ以上強力なものはない。しかし,それは本質的にアイデンティティ政治であり,既成秩序破壊はできても,コミュナル利害を超えた共通利害の構築には向かない。

欧米先進国は,近代の洗礼を受け,とことん近代をやってみた上で,「近代以後」に向かい,多文化主義的包摂参加民主主義の実験を始めた。「近代以後」は,いわば近代の修正・補完である。

ネパール旧体制派の欧米援助非難にも一理あるのは,先進諸国や国連機関が,そうした歴史的経験の差を無視し,欧米の最新理論をそのままネパールに持ち込み,ネパール社会を実験台として利用していると考えるからだ。あまりにも自分本位,傲慢で,けしからん,というわけ。

こうした背景があるから,DFIDダンカン大臣のインタビューも弁明にしか聞こえない。大臣はこう答えている――

「DFIDは中立・公平の立場に立ち,この国で活動している。」「ネパールが真に包摂的な社会にならなければ,永続的平和は実現しないと確信している。」DFIDは「ネパール政府自身の包摂政策の実現を支援している」。DFIDによる被抑圧諸集団への援助は,ネパール政府自身のこの政策への支援である。たとえば,「先住諸民族同盟(NEFIN)」への援助も,政治活動を活発化させたので,2011年には中止した。DFIDには,民族紛争扇動の意図は全くない。

かなり苦しい弁明だ。なぜなら「包摂参加」や「権力分有」あるいは「民族連邦制」をさんざん焚きつけてきたのは,欧米諸国や国連諸機関だからである。ネパールのような途上国が,民族集団・宗教集団・言語集団等の「包摂参加」による「権力分有」を目指せば,利害の公平な分有よりも対立・分裂抗争の方が先行し,何も決められず,結局はアナーキーになってしまう危険性が高い。そして,じじつネパールはそうなりつつある。

旧体制の理不尽なカースト差別,民族差別,性差別等々は,もはや許されない。それらは撤廃され,人権は平等・公平に保障されなければならない。それはそうだが,そこに外国や国際機関がどう関与するかは,難しい。正直,私にも分からない。しかし,少なくとも当事者の,当事者としての尊厳を最大限尊重する謙虚さと誠実さは,見失われてはならないだろう。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2012/06/30 at 15:04

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