ネパール評論 Nepal Review

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信号機援助の無残:人治→法治→人治

谷川昌幸(C)

タメル入口、文部省前の日本援助信号機の定点観察(ちょっと大げさだが)をしている。派手でよく目立つし、法学・政治学的にも、これは人治から法治への近代化移行支援の一つといってもよく、興味深いからだ。

 

1.信号機の機能停止

現状は、無残の一言に尽きる。日本援助の交通信号機は完全に機能停止し、古都景観とはミスマッチの無用の長物と化している。

 

短期滞在なので、なぜこうなったか、誰がこの決定をしたのか、今後どうなるか、そういったことはよくは分からない。が、とにかく見た限りでは、日本の信号機援助は失敗と言わざるをえない。

 

2.信号機:人治から法治へ

信号機が設置される以前は、交差点では、まず相手(車・リキシャ・人・牛など)の様子をみて自分の行動を決めていた。人治である。

 

車の数が増え、完全な人治つまり交差点完全自治では捌ききれなくなると、警官が出て、手信号で整理し始めた。これも人治。警官は偉そうな人が来ると、当然、優先通行させた。

 

これはイカンと思ったのが、東洋近代化の模範生日本。人治を法治に替えるのが、しかも内政干渉の非難を受けるリスクなしに派手に目立つ援助として実施できるのが、交通信号機援助だったからだ(たぶん)。

 

文部省前の信号機設置は、それはそれは華やかだった。短期滞在なので一部始終見学したわけではないが、それでも信号機日本援助の目的と効果を説明する大看板が交差点歩道に設置され、信号(ルール)を守る必要を図解したイラスト入りビラが付近の電柱に貼られ、たしか啓蒙横断幕もあったと記憶している。

 

設置後しばらく(2,3年)は、たしかに信号機は機能し始めていた。ネパールの人々も、相手を見て自分の行動を決める(人治)のではなく、信号機(ルール=)の指示に従い自分の行動を決める(法治)ようになりかけていた。うまくいくかな、ネパールの近代化は日本援助で達成できるかな、と愛国心丸出しで期待していた。

 

3.警官手信号への置き換え

ところが、やはりダメだった。昨年ころから、信号機があるにもかかわらず交通警官が交差点に出て、歩行者、自転車、バイク、車、牛の整理を始めた。

 

そして1年後のいま、信号機は消されるか点滅に変えられ、交差点の真ん中には交通整理用のお立ち台が設置され、警官が手信号と笛で交通整理をしている。人治への逆行である。

 

皮肉なことに、休日、夜間など、車が少なく交通警官がいないときは、交差点中央のお立ち台がロータリーの役割を果たしている。

 

ネパール人民は、日本援助の信号機を放棄し、国産警官を投入、伝統継承の人治へ戻したのである。

 

4.人海戦術

これは、見た限りでは、他の交差点でも同じだ。デリーバザール西側出口交差点、シンハダーバー前交差点など(これらは休日等には信号機に戻されることもある)。環状線(リングロード)の主要交差点はまだ見ていない。

 

そうした人治(手信号)化交差点の中でも最も惨めなのが、タパタリ交差点。パタン入口、バグマティ川の橋(日本援助)の手前にあるこの交差点は、交通要所であるうえに、ロータリー崩れの複雑な構造になっている。

 

この複雑なハイテク交通信号機も完全崩壊、見るも無残なガラクタと化している。

 

タパタリ交差点の中央にはお立ち台が設置され、警官が手信号で交通整理する。さらに進入路の各所に警官が配置され、交通整理している。人海戦術である。

 

交通警官には、女性が多い。若くビックリするくらい美人だ。イカツイ男の制服姿は威圧的だが、女性の制服姿は美しさを倍増させる。だから、女性交通警官の指示には、皆おとなしく従っている。

 

手信号に従うのも法治と言えなくもないが、手信号を出すのは人であり、やはり人治に分類すべきだろう。ネパール人民は、近代的法治を伝統的な人治に戻しつつあるのだ。

 

5.ロータリーの健在

これとは対照的に、英国式ロータリーは健在だ。たとえばマイティガル交差点は、信号機は崩壊しているものの、ロータリーは残されているので、交通はロータリーの論理により自動整理され、かなり能率的に流れている。

 

ロータリーは、英国民主主義の伝統の具現であり、これが機能する社会は、あえていうならば民主主義成熟社会、より正確にはポストモダン民主主義社会である。

 

交差点民主主義において、日本は英国に完敗した。短期的には日本型近代合理主義が強いが、長期的には英国型の方が強い。やはり日本はダメだ。英国の古き良き伝統には到底かなわない。

 

6.地下鉄とリキシャ

しかし、その英国式ロータリーといえども、このまま車やバイクが増加していけば機能しなくなる。カトマンズやパタンなどが都市再生を図るには、市街地から車やバイクを一掃する以外に方法はない。信号機不要市街に戻すのだ。地下鉄、路面電車を通し、市街地は原則として徒歩、自転車、リキシャ、牛だけに限定する(指定車を除く)。不便になるが、仕方ない。

 

一つのモデルは長崎。最近値上げされたが、それでも路面電車はどこまで乗っても120円、回数券なら100円ほどだ。安全快適。

 

もしネパールがこのまま車増加を放任し、信号機で整理しようとすれば、街を破壊し道路建設する以外に方法はない。しかし、そんな野蛮な文化破壊は選択すべきではない。

 

日本は、人口密集古都保全型都市交通体系への移行支援に、援助方針を変えていくべきだろう。

 

 

文部省前交差点。赤・黄点滅。警官手信号で交通整理。右前方が恐怖のアメリカンクラブ。

 

文部省前交差点。中央のお立ち台が、警官不在の夜間はロータリーとなる。点滅信号機完全無視。

 

タパタリ交差点。警官約十名で交通整理。制服姿の女性警官が、メチャかっこよい。

 

タパタリ交差点。ハイテク信号機消灯。醜いガラクタと化す。反文化的。

 

 

Written by Tanigawa

2010/09/07 at 12:45

カテゴリー: 文化, 民主主義

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[訂正] 信号機援助と「消された日本」

谷川昌幸(C)
1.訂正とお詫び:消されていなかった日本
2009年8月26日付記事「アメリカンクラブと市民マラソンと消された日本」について,JICAのご担当者の方から,事実誤認のご指摘をいただいた。
 
「8月26日付けのブログにあります信号機のドネーションボード撤去の件ですが、実は教育省側の交差点付近に永久構造物(コンクリート製の演台ぐらいの大きさ)として設置されており、それはいまも残っております。現地事務所を通じて確認いたしましたし、私も先週ネパールに出張した際、自分の目でも確認しております。」
 
ご確認されたとのことですので,「日本の痕跡が跡形もなく消し去られている」という部分は取り消し,事実誤認をJICAとネパール政府にお詫び申し上げます。
 
私自身,文部省側にも行って探したのですが,向い側の小銃を構えた警備兵が恐ろしくて,見落としてしまったのでしょう。
 
2.信号機支援の文化的意義
ところで,ネパールへの信号機援助は,たんに信号機を設置すればよい,というものではない。信号機そのものよりもむしろ「信号=ルールに従う」という遵法精神の育成の方が重要だ。「赤=止まれ」「青=進行可」という規則を守る,その法治主義のエートスの涵養だ。これは,ルールに従うという主体的自主的行為を要求するものであり,同時期に導入され始めたATM以上にネパールの近代化,民主化に寄与する。
 
この観点からいうと,この信号機援助は,模範的だった。信号機設置後,信号とは何か,信号にどう従うべきかということをイラストで易しく説明した看板が多数設置され,多くの指導員が出て「信号=ルールに従う」よう懇切丁寧に実地指導していた。
 
このようなソフト支援は,ハコモノとは異なり,あとにはエートス=文化しか残さないが,援助の不可欠の部分といってよいだろう。まだまだ信号無視は多いが,以前と比べ,雲泥の差がある。革命的変化といってよい。
 
 JICAがこの信号援助においてソフト支援にどの程度関与されたか私には分からないが,おそらく積極的に支援されたのであろう。もしそうだとすると,その功績は高く評価される。
 
 
設置直後の信号と交通安全教育(撮影2003年3月,以下同様)。上部に日本支援の表示
 
 
信号の意味をイラストで説明。上部に日本援助の表示
 
信号機支柱の表示。日の丸強制には断固反対だが,この信号機の「日の丸」には感動した。軍事支援の米国,軍依存の王室,拉致とテロのマオイスト――その血生臭い殺伐とした内戦の真っ只中で,敢然と非軍事的援助に徹する日本の象徴が,この「日の丸」だ。祖国への誇り,祖国愛,愛国心が沸々と沸きたぎり,しばし愛国者の歓喜を味わうことができた。
 
3.援助と宣伝
ここで難しいのは,援助の痕跡を残すか否かだ。堅牢な看板を立て「日本援助」と書いておけば,痕跡はいつまでも残る。そして,ネパール開発を日本が支援してきたこと,日本はネパールの友人であることを,看板を見るネパールの人々に,そのつど思い起こしてもらえる。
 
しかし他方,開発援助は自立支援であり,援助を吸収し自分のものにしてもらうことが目標である。とすると,援助の痕跡が消え去ってしまえばしまうほど,援助は成功したということになる。
 
とくにソフト支援の場合,ハコモノ以上に経費も時間もかかることが少なくないのに,支援が成功すれば,残るのは「交通マナー」などの文化だけである。ソフト支援においては,人々の記憶と歴史に残るという密かな期待――そうなれば最高の名誉であるとしても――をもって満足せざるをえない。
 
さらに日本の場合,援助を積極的に宣伝することに照れを感じるという奥ゆかしい国民性もある。ネパールの新聞などを見ると,日本関係の記事は非常に少ない。他の国々の多くは,日本よりも援助の件数も額もはるかに少ないのに,派手に宣伝し,記事で大きく紹介される。お国柄であろう。日本人は,援助を宣伝し日の丸を立てまくるのをハシタナイと本能的に感じてしまうようだ。
 
日本援助のグラウンドと巨大看板:デュリケル(撮影2003年3月)
 
スンダラ配電所1997年完成(撮影2009年8月)
 
4.援助の多面性
ネパール援助の痕跡を残すべきか否か,もっと宣伝すべきか否か? これは難しい。開発援助には,善意だけでなく,政治的計算や経済的打算も当然働いているからである。
 
参照:
2007/03/25   信号援助と「法の支配」と宣伝看板消失 (注)この記事についても,関係部分は,上記のように訂正します。
 

Written by Tanigawa

2009/09/08 at 13:12

カテゴリー: 社会

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アメリカンクラブと市民マラソンと消された日本

谷川昌幸(C)
アメリカンクラブはカトマンズで最も危険な場所。監視カメラと武装兵士が常時厳戒態勢。うっかり写真でも撮ろうものなら逮捕されるし,挙動不審だと射殺されかねない。
 
アメリカンクラブの正体は不明。スポーツ施設があるということだが,それだけではこんな厳戒態勢は不要だ。スポーツを口実に,何かよからぬことをたくらんでいるに違いない。
 
このアメリカンクラブの向かい,タメル側に巨大な市民マラソン広告が出ている。この国でも中産階級が増え,スポーツがビジネスになり始めたようだ。こちらは商売がらみとはいえ,平和そのもの。お向かいのアメリカンクラブとは対照的だ。
 
ちなみに,この交差点の信号システムは日本援助。マラソン広告の下方,歩道脇に,日本援助の看板が設置されていた。それが撤去されてしまった。実に見事に,日本の痕跡が跡形もなく消されている(「跡形もなく」は事実誤認につき「あらかた」と訂正。 [訂正]信号機援助と「消された日本」2009/09/08)。
 
こんなことをしたのはいったい誰だろう? ひょっとすると,スポーツを悪用しているらしいお向かいさん? まさか,そんなことはあるまいが・・・・・。
 
非軍事的平和貢献の象徴としての日本の信号機援助――たしかに目障りではある。
 
日本援助の信号機(ここにも日本援助の表示があったはず)。向かいはアメリカンクラブ。銃を構え厳戒態勢(タメル側より望遠撮影)
 
信号機と広告(文部省前より撮影)
 
カトマンズ・マラソン広告
 
信号コントロール機。この付近にも日本援助の看板が設置されていたはず。
 
(注)表現一部修正2009.9.9 

Written by Tanigawa

2009/08/26 at 22:30

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