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最高裁長官解任のネパール,首相無答責の日本(1)
ネパールは,民主主義の運用においても,いくつかの点で日本を追い抜き始めた。その一例が,この3月14日のネパール最高裁長官解任。日本が,あたかも首相無答責であるかのように森友学園国有地売却問題における安倍首相の政治責任を棚上げし,責めをあげて首相夫妻らの意向を「忖度」したとされる財務省関係諸機関に押し付け,問題の早期幕引きを図ろうとしているのと好対照だ。
1.ネパール最高裁長官の解任
ネパールでは,憲法設置機関たる「司法委員会(न्याय परिषद Judicial Council)」が訴えに基づきパラジュリ(पराजुली)最高裁長官の資格審査を実施し,3月14日パ長官に対し司法委員会事務局長名をもって法定停年超過を通告,これによりパ長官は長官資格を喪失した。事実上の解任である(正式解任は3月18日付)。
パラジュリ最高裁長官については,ゴビンダ・KC医師が2018年1月,トリブバン大学医学部長解任無効判決批判の中で,その不適格性を厳しく指摘していた。
*ゴビンダ医師の市民的抵抗,医学部長解任事件最高裁判決に対して(1) (2) (3) (4)
不適格の理由はいくつか挙げられているが,最も明確なのは年齢詐称。パラジュリ長官自身は1953年4月28日生まれ(満64歳)だと主張し,彼の市民登録証にもそう記載されているが,ゴビンダ医師によると,これは虚偽であり,実際には2017年アサド月(6~7月)に彼は65歳に達しているという。もしこれが事実なら,最高裁判事の停年は憲法131条で満65歳と定められているので,パ長官はすでに停年を超えており,その事実だけでも彼は長官資格を有しないことになる。
このパラジュリ長官年齢詐称問題は各紙が報じたが,特に詳しいのはカンチプル系メディア。AFP記事(3月14日)からの孫引きだが,カンチプルはパ長官が出生日を5通り持ち使い分けてきたという。
このゴビンダ医師やカンチプルによるパラジュリ長官年齢詐称告発に対し,パ長官側は彼らを法廷侮辱の罪で告発し,その裁判を長官自らが指揮しようと画策してきた。
しかしながら,この問題は,結局,司法委員会に持ち込まれることになった。司法委員会の委員長も最高裁長官であり,審議がどう進められたのか気になるところだが,審議状況についての報道は全くない。常識的には,パ長官は当事者であり,審議の場からは外されていたと見てよいであろう。
いずれにせよ,司法委員会は3月14日,事務局長名で委員会決定を大統領,首相,最高裁,法務省等に伝えた。同委員会は,パラジュリ長官の出生日を結局1952年8月5日と認定し,すでに憲法規定停年を超過しているので彼は最高裁長官資格を有しないと通告したのである。
パラジュリ長官は司法委員会決定を不当とし,職務継続をバンダリ大統領やオリ首相に訴えたが,大統領も首相もこれを退けた。また最高裁内でも,法廷侮辱事件担当判事数名がパ長官指揮に従うことを拒否した。さらに弁護士会もパ長官に退職勧告を突き付けた。
事ここに至って,ようやくパラジュリ長官は3月15日,バンダリ大統領に辞職を願いで,辞任した。事実上,憲法設置機関の司法委員会による解任である。
本件のような年齢詐称は先進諸国では考えにくいが,1950年代のネパールではまだ住民登録が未整備で,そのころ生まれたパラジュリ長官のような人々の年齢確認は困難な場合が少なくない。したがって,パ長官側にもそれなりの言い分はあったのであろうが,ネパール現体制は司法委員会の判断を尊重し彼を解任した。
ネパール最高裁長官は日本の最高裁長官よりはるかに強大な権限を持つが,少なくとも今回のパ長官解任にあたっては,忖度のようなものは見られなかった。
*1 RAJNEESH BHANDARI, “Nepal’s Chief Justice Sacked After He Is Accused of Faking Date of Birth,” New York Times, MARCH 14, 2018
*2 “Nepal Chief Justice sacked for faked date of birth,” AFP, 14 Mar 2018
*3 “Judicial Council relieves CJ Parajuli of his duties, Apex court’s senior-most Justice Deepak Raj Joshi set to take charge,” Kathmandu Post, Mar 15, 2018
*4 “Parajuli loses chief justice job,” Himalayan, March 14, 2018
*5 “8 SC justices boycott bench to pressure CJ,” Republica, March 14, 2018
*6 “Joshee takes over as Parajuli quits,” Kathmandu Post, Mar 16, 2018
谷川昌幸(C)
ゴビンダ医師の市民的抵抗,医学部長解任事件最高裁判決に対して(1)
トリブバン大学医学部教育病院のゴビンダ・KC(गोविन्द के.सी.)医師が2018年1月8日夕方,最高裁長官を侮辱した容疑で逮捕され,シンハダーバー警察署に留置,翌9日朝,最高裁に連行され(9時到着),体調悪化のため警察救急車内で待機,午後2時から法廷で尋問された。10日,釈放。
この最高裁長官主導のゴビンダ医師法廷侮辱事件は,あまりにも唐突で強引で「お粗末」(10日付カトマンズポスト社説),ネパール司法の権威を著しく損なうことになった。
1.最高裁の不可解な医学部長解任事件判決
今回の法廷侮辱事件のそもそもの発端は,最高裁法廷(ゴパル・プラサド・パラジュリ長官とDK・カルキ判事)が1月7日,トリブバン大学(TU)医学部(IoM)の当時(2014年1月)学部長であったシャシ・シャルマ医師の学部長解任を無効とする判決を下したこと。
S・シャルマ医師は2014年1月10日,医科大認可をめぐる混乱のさなか,TU理事会により医学部長に選任された。これに対し,ゴビンダ医師らが不公正選任として反対,その結果,2014年1月22日,KR・レグミ暫定内閣首相がTUに対し学部長任命の取り消しを命令,S・シャルマ医師は学部長を解任された。
シャルマ医師は直ちに解任は不当と訴えたが,最高裁法廷(S・カルキ長官)はこれを棄却した。その後も学部長人事を巡り混乱が続いたが,少しずつゴビンダ医師がネパールの現状では最も公正と主張する年功選任が認められるようになり,現学部長も年功により2016年12月3日に選任されたJ・アグラワル医師が務めている。
ところが,2018年1月7日,最高裁法廷(GP・パラジュリ長官とDK・カルキ判事)が唐突にも(少なくとも事前報道は見られなかった),4年弱前のS・シャルマ医学部長解任の政府決定を無効とする判決を下した。
この最高裁判決がそのまま適用されれば,S・シャルマ医師は医学部長に復職することになるが,たとえ復職しても医学部長任期は1月14日まで。ほんのわずかにすぎない。なぜ,こんな不自然な,不可解な判決を下したのか?
2.ゴビンダ医師の抗議ハンストと法廷侮辱容疑逮捕
1月7日のS・シャルマ医学部長解任無効最高裁判決に対し,ゴビンダ医師は猛反発,翌8日午後4時からTU教育病院前で抗議ハンスト(通算14回目ハンスト)を開始した。
ゴビンダ医師は,最高裁は「医学マフィア」とつながっているなどと激しい言葉でパラジュリ最高裁長官個人とその判決を容赦なく批判し,長官の辞任と判決の見直しを要求した。
これに対し最高裁は,担当官ネトラ・B・ポウデルに指示してゴビンダ医師を法廷侮辱容疑で告発させ,内務省を通して警察にゴビンダ医師を逮捕させた。逮捕は1月8日夕方,ハンスト開始後すぐのことであった。まさに電光石火,デウバ首相ですら,この動きを知らされていなかったという。
警察は,シンハダーバーの首都警察署にゴビンダ医師を留置し,翌9日午前9時に最高裁に連行した。担当裁判官はP・バンダリ判事とBK・シュレスタ判事。ところが,手続きが延々と続き,ゴビンダ医師の体調が悪化したため,彼は警察の救急車に移された。彼の法廷陳述が始まったのは,ようやく午後2時になってからのこと。手続きのための長時間待機はネパールの長年の慣行とはいえ,これは拷問に近い扱いである。
最高裁での法廷陳述終了後,ゴビンダ医師はビル病院に移された。次の出廷は2月20日の予定。
■ゴビンダ医師(連帯FB)/パラジュリ最高裁長官(最高裁HP)
谷川昌幸(C)
カルキCIAA委員長,任命違憲判決により失職
「職権乱用調査委員会(CIAA)」のロックマン・シン・カルキ委員長が1月8日,最高裁の任命違憲判決により,失職した。
【参照】カルキCIAA委員長,瀬戸際(1) (2) (3) (4)
カルキ委員長については,これまで議会での弾劾裁判と最高裁での任命違憲裁判がほぼ並行して進められてきた。議会では,代議院議員157人が2016年10月19日,カルキ委員長弾劾動議を提出し,これが受理されたため,カルキ委員長は職権行使を停止され,翌20日,最年長委員が委員長代行に選任された。しかし,その後,議会での弾劾手続きは進まず,棚上げ状態となっていた。
最高裁の方には,オム・プラカシ・アルヤル弁護士が2015年5月16日,カルキ委員長は憲法238(6)条に規定の資格要件を満たしていないとして,任命取り消しの訴えを出した。最高裁はこの訴えを棄却したが,その後,最高裁長官がスシル・カルキ氏に交代すると,一転,2016年9月,アルヤル弁護士の再審請求を受理して審理を開始,この2017年1月8日,ロックマン・シン氏のCIAA委員長任命を無効とする判決を言い渡したのである。
こうしてロックマン・シン・カルキ氏は,CIAA委員長の職を解かれ,1月15日,トリブバン空港から,息子の住むカナダに向け出国した。
今回,CIAA委員長を解任したのは,議会ではなく,最高裁である。解任それ自体は,ロックマン・シン氏が「職権乱用調査委員会(CIAA)」の委員長職権を繰り返し乱用したと見ざるをえず,妥当であろう。しかし,最高による任命違憲判決という形での解職(失職)には,疑問を禁じ得ない。CIAA委員長は,首相を議長とする「憲法会議」の推薦に基づき,大統領が任命する。CIAA委員長人事は,高度に政治的な事柄であり,したがってその解任は議会の意思(決議,弾劾など)によるのが本来の在り方であろう。
ネパールでは,議会が本来の役割を果たさないため,最高裁が介入する場合が少なくない。日本のように,最高裁が「統治行為」認定を乱発し憲法判断を安易に回避するのも問題だが,ネパールのように最高裁が過度に政治化することにもまた別の危険があると言わざるを得ないであろう。
*1 “The end of Karkistocracy,” Nepali Times, 13-19 Jan, 2017
*2 “Lokman ineligible to head CIAA, rules SC,” Kathmandu Post, 8 Jun. 2017
*3 “Lokman disqualified,” Nepali Times, 8 Jan. 2017
*4 “Nepal Supreme Couort removes Lok Man Singh Karki from CIAA,” South Asian Monitor, 9 Jan. 2017
谷川昌幸(C)
カルキCIAA委員長,瀬戸際(3)
(2)異議申し立て裁判再審
異議申し立てを棄却されたアルヤル弁護士は,翌2015年11月24日,最高裁に再審を請求した。
再審請求を受けた最高裁は2016年8月26日,政府関係諸機関に対し,カルキ任命関係書類の提出を命令した。その中には,国王親政政府書記官長としてのカルキの行為に関する総務省の聞き取り調査記録も含まれていた。
この最高裁命令に対し,政府は当初,震災で文書はすべて失われたと説明していたが,最高裁が2016年9月17日再審開始を決定し,政府に対し関係文書を提出しなければ法的措置をとると警告すると,結局,政府は9月23日,すべての関係書類を最高裁に提出した。こうして,カルキ委員長任命異議申し立て裁判の再審が始まったのである。
再審開始決定後,最高裁はカルキを法廷に呼び出すため,召喚状を配達しようとした。規定によれば,召喚状は次のようにして配達される。
A: 本人に直接手渡しする。
B: Aが不可能な場合,本人宅居住者に手渡す。
C: AおよびBが不可能な場合,地区役所係官と証人2人の立会いの下,本人宅に召喚状を貼付する。
D: 上記方法による召喚状配達後15日以内(事情により15日延期可能)に出廷。
ところが,カルキは休暇(9月19日~10月19日)を取りカナダに行ってしまったため,本人には召喚状を手渡すことが出来なかった。また,本人宅居住者への配達や本人宅への貼付も,召喚状配達人が行方不明となったり,貼付立会人が来なかったり,あるいは何者かに妨害されるといった不可解な理由により,予定通り実施できなかった。召喚状が本人宅に貼付できたのは,3回目,10月17日のことであったという。
こうしてカルキは最高裁法廷に出廷することになった。カルキ裁判再審は,司法妨害など他の関連する4件の告訴もあわせ,5件まとめて12月1日から開始される予定である。
*1 “SC seeks documents on Karki’s appointment as CIAA chief,” Himalayan Times, August 26, 2016
*2 “SC warns of action if Karki’s appointment file not submitted,” Kathmandu Post, Sep 16, 2016
*3 Nabin Khatiwada, “SC to review verdict on CIAA Chief Karki’s appointment,” Republica, September 17, 2016
*4 DEWAN RAI, “Apex court dangles the sword of Damocles over CIAA chief Karki To review his appointment,” Kathmandu Post, Sep 17, 2016
*5 “PMO sends Karki appointment minutes to SC,” Kathmandu Post, Sep 24, 2016
*6 “SC given original documents related to appointment of CIAA Chief,” 24 Sept 2016, (http: //nepaliheadlines.com)
*7 “SC official carrying court summons for CIAA Chief Karki ‘missing’,” Kathmandu Post, Oct 6, 2016
*8 DEWAN RAI, “Notice to CIAA chief: Court attempt to serve summons fails again,” Kathmandu Post, Oct 7, 2016
*9 DEWAN RAI, “SC set to hear all cases against Karki on Dec 1,” Kathmandu Post, Nov 11, 2016
*10 “Lok Man the New Superman of NEPAL,” By weaker41, May 8, 2013 ( http: //ireport.cnn.com/docs/DOC)
*11 “Recommendation For Appointing Lokman Singh Karki To CIAA,” By KTM Metro Reporter, Issue 13, March 31, 2013 (http: //104.237.150.195/news/recommendation-for-appointing-lokman-singh-karki-to-ciaa)
谷川昌幸(C)
大使選任やり直し,最高裁是認
最高裁は9月4日,オリ前内閣による14名の新任大使推薦を取り消したプラチャンダ現内閣の8月5日の決定を,合法と認めた。これにより,近々,日本を含む十数か国の大使がプラチャンダ内閣により新たに推薦され,大統領により任命されることになるであろう。
[参照]
*1 “SC denies interim order over nixing of envoy recommendations,” Republica, September 5, 2016
*2 “SC vacates stay order, allows govt to recommend new envoys,” The Himalayan Times, September 04, 2016
*3 大使選任手続き,最高裁が停止命令 2016/08/24
*4 次期大使推薦予定,取り消し 2016/08/08
谷川昌幸(C)
「夫婦別姓」最高裁判決を前に
最高裁大法廷は,12月16日午後,夫婦同姓を定めた民法750条の違憲訴訟に対する判決を下す。おそらく選択的夫婦別姓を認めるものとなるだろう。この問題については,すでにいくつか議論をした。以下,ご参照ください。(古い資料のためリンク切れなどがあります。ご了承ください)
【参照】 ⇒⇒⇒⇒「夫婦別姓」(谷川)[一部リンク切れ]
▼別姓パスポートを取ろう!
夫婦別姓パスポートを取得した。結婚改姓後、戸籍名パスポートを使用してきたが、国際化とともに不便さがつのり、通称名表記に切り替えた。 別姓パスポートは、正式の制度であり、取得手続きは簡単だ。通称名使用の事実を示す資料と、別姓パスポートの必要 …
▼別姓クレジットカードを作ろう!
通称名で生活していると、クレジットカードも通称名のものが必要になる。たとえば、通称名で会員登録をしている場合、会費支払いは通称名でないと、面倒だ。別姓クレジットカードを作り、普及させよう!
▼住基ネット―夫婦別姓で笑殺
住民基本台帳ネットワークの危険性は自明であり、多言を要しない。あのペンタゴンでさえハッカーに侵入された。総務庁の防衛力はペンタゴン以上か? また、公務員不祥事は枚挙にいとまがない。権力乱用はある、というのが、健全な政治の …
▼夫婦別姓パスポートはネパールで
某地獄耳情報によると,夫婦別姓パスポートは,旅行者でも在外大使館(在ネパール日本大使館など)で比較的簡単に取得できるそうだ。 日本国家は,明治以降,家制度を天皇制国家の基礎 …
▼別姓 ・公文書でも旧姓表記!
旧姓使用許可書(長崎大),長崎大学における旧姓使用(2002)
▼合憲判決(12月17日追加)
最高裁大法廷は12月16日,民法750条の夫婦同一姓規定を合憲と判断した。理由は,(1)姓の選択は当事者夫婦の自由であること,(2)夫婦同一姓は「社会的に定着」していること,(3)旧姓通称使用の広がりにより改姓の不利益を一定程度緩和できること。
この判決は,「夫婦同姓」規定を違憲とまでは言えないと判定し,選択的夫婦別姓制度にするか否かは国会で決定すべき事柄だという立場をとっている。最高裁のこれまでの憲法判断に対する慎重な,あるいは消極的な,いや臆病な姿勢からすれば,さもありなん,といったところ。
夫婦同一姓の法的強制に対しては,「市民的抵抗」を継続強化し,対抗すべきであろう。結婚改姓をした夫または妻が,別姓のパスポート,クレジットカード,ポイントカードなどを最大限保有し続け,また新たに作成し,そして生活の他のあらゆる場面においても別姓を最大限使用する。そうすることによって,夫婦同一姓を骨抜きにし,法的強制を事実上不可能としてしまうのだ。
夫婦別姓を市民的抵抗により「社会的に定着」させてしまう。そうすれば,臆病最高裁をまつまでもなく,国会が民法改正に向かうであろう。
谷川昌幸(C)
最高裁判事に8候補指名,司法会議
DP・シャルマ最高裁長官を長とする司法会議(न्यायपरिषद)は4月22日,暫定憲法第103条に基づき,空席となっていた最高裁判事に,上訴裁判所の所長6人,所長代行2人の計8判事を指名した。議会の審査を経て正式に任命される。
この最高裁判事指名については,弁護士会などがコネ人事だ,無能判事指名だ,などと批判をしている。そうした批判がどこまで妥当かは分からないが,少なくともいまの司法部が高位カースト寡占であることは間違いない。
法は,上部構造の重要部分であり歴史的に上位カーストのものだったからだろうが,いまや包摂民主主義の時代,司法部の民主化も避けられない。
折しもエネルギー省のラダ・ギャワリ大臣が,強姦には死刑を,と要求している。死刑採用の是非は別として,強姦事件を男性判事寡占裁判所で裁くことの不公平さは明白である。
包摂は司法部でこそ促進されなければならない。判事の半数を女性にすれば,女性がらみ事件の裁判も公平になるであろう。
■Diversity in Judiciary by Broad Position Category and Sex / Diversity in Judiciary by Broad Position Categories Caste/Ethnic Groups, in Gender Equality and Social Inclusion Analysis of the Nepali Judiciary (Research Report), May 2013
谷川昌幸(C)
違憲選挙と「法の番人」としての最高裁
[1]
棄権は危険だが,現状では投票よりはましだと考え,昨日は投票所で選挙区・比例区とも投票拒否を宣言し,最高裁国民審査にだけ参加した。
むろん国民審査も,無印を信認と見なす,姑息な投票方法を採用している。それは,無知な国民には難しい裁判のことなど判りはしないから,無印を信認と考えてやるのが国民のためだとする,鼻持ちならぬ法曹エリート主義によるものだ。
[2]
法は,他の文化圏と同様,日本でも,権威が創り下々に下賜されるものであった。最高の権威はいうまでもなく神だから,法は神が創り人間に啓示されたものである。
しかし,神は人間の理性を超越した絶対者,あるいは悠久の歴史とともに在る者だから,神意としての法を下々の庶民が直接読み,解釈し,適用することは不可能である。そこで,神法を職業として学び,解釈し,庶民に伝える特権的身分が生まれた。それが,法曹である。だから司法は,伝統的に,良くいえば温情主義的・父権主義的であり,実際には度しがたい愚民観に立っているといわざるをえない。
[3]
最高裁国民審査も,こうした父権主義ないし愚民観に立つものではあるが,それでも昨今の政治状況を見ると,残念ながら,われわれは「×」印または無印投票によりこの国民審査には参加し,もって司法への期待を表明し,その助力を仰がざるをえない事態に立ち至っていると考えざるをえない。
われわれは,自分自身のために,自らへりくだり,司法を立てる。法曹を神意の解釈者だとおだて,エリート意識をくすぐり,「法の番人」としての聖職・天職(Beruf, profession)を思い出してもらうのだ。
裁判官は,時の政府にも,ときどきの「民意」にも服従するものではない。神聖な「法」にのみ耳を傾け,「法」を客観的に解釈し,時の政府や「人民」に法の真意=神意を示す。それが法曹中の法曹たる裁判官の使命だ。
[4]
日本国憲法も,こうした観点から,裁判官の独立を宣言している。「すべて裁判官は,その良心に従ひ独立してその職務を行ひ,この憲法及び法律にのみ拘束される」(第76条3)。
ここでいう「良心」や「独立」が,神の前のものであることはいうまでもない。人は,神にのみ従うとき,はじめて他人への依存から脱却し,自由・独立たりうる。裁判官は,首相や大臣にも国民にも服従しない。「国民の声」も「天の声」ではない。「天の声」は,個々の裁判官がそれぞれ神と直面し無心に(良心をもって)耳を傾けるときにのみ,聴き取れるものなのだ。
[5]
いまの日本は,神頼みと誹られようと,裁判所なかんずく最高裁判所に期待せざるをえない事態に立ち至っている。われわれは,裁判官が日本国憲法を通して語りかける神の声を聴き取り,国民に伝えてくれることを願っている。たとえば,違憲状態での選挙は無効であると,おそらく神は語られるのではないか? 特権的「聖職者」たる裁判官には,その神の声を聴き取り,われわれに伝えてほしいのだ。
むろん,こうした司法への期待は,世俗民主主義にとっては不幸なことだ。民主主義が正常に機能していないからこそ,われわれは非民主的機関たる司法に依存せざるをえないのだ。民主主義の時代においてもなお,司法に大きな特権が与えられているのは,このような非常事態に対処するためだ。いまこそ司法は,その本来の崇高な任務を果たすべきである。
[6]
ところで,こうした司法への期待という点では,いまの日本は,ネパールとよく似ている。ネパールでは,民主的暫定憲法はつくられているものの,憲法通りの政治が行われておらず,多くの重要問題が最高裁に持ち込まれ,審理され,次々と裁決が下されている。門前払いや,統治行為論による逃げはない。
たとえば,「公益訴訟(public interest litigation)」も広く受理されているし,最近では2012年5月,議会任期延長を違憲と裁決し,議会を解散させてしまった。非民主的な最高裁がこれほど政治に深く関与することは決して「民主的」ではないが,たとえ非民主的であろうと,憲法が定めている以上,最高裁はその憲法にのみ従い,粛々と裁決を下さざるをえないのである。その意味では,ネパールの最高裁は,不幸なこととはいえ,良く機能しているといってもよいであろう。
日本の最高裁は,いまこそネパール最高裁のこの勇気を学ぶべきである。憲法上の位置づけは異なるが,いずれの最高裁も法を通して語りかける神の声を聴くことを天職としていることに変わりはない。「違憲状態」の選挙は違憲であり無効であるというのが神の声なら,民の声も政府の声も無視し,神の声にのみ従うべきである。
それが特権的法貴族たる裁判官の義務である。予言者は荒野に叫ぶもの,世に受け容れられないことを恐れてはならないだろう。
谷川昌幸(C)
議会延長反対急拡大、最高裁提訴&大臣辞任
4党合意により政府が提出した制憲議会(CA)延長のための憲法第64条改正案に対し、各方面から猛反対が起こり、政府は崩壊寸前となった。
たしかに、この第64条改正案(第13次改憲案)はあまりにも強引だ。最高裁は2011年11月25日、次のような判決を出している。
「暫定憲法第64条の制限的規定によれば、先の任期延長が最後と解される。・・・・もし今の任期内に憲法が制定できなければ、それをもって制憲議会は自ずと解散となる。・・・・その場合、第154条の規定により国民投票を実施するか、第63条により選挙を実施するか、あるいは他の適切な方策を実施するものとする。」
政府提出の第13次改憲案がこの最高裁判決の完全無視であることは明白であり、弁護士会など法律家は、あまりにもひどいと、かんかんになって怒っている。改憲案は、憲法第2,13,63(7)、85,116(2)、148条に抵触しているという理由で、責任者のバブラム・バタライ首相とシタウラ副首相兼法務大臣を最高裁に訴え、投獄1年、罰金1万ルピーの刑に処することを要求するそうだ。
さらに弁護士らは、ネムワン議長には改憲案の審議を進めないように要求し、またヤダブ大統領には改憲法案への認証署名をしないように要請した。それでも、もし任期延長改憲法案が成立しそうなら、弁護士会は街頭に出て、全国デモを展開するという。かなり本気だ。
この状況を見て、もうダメだと思ったのか、責任者のシタウラ法務大臣がNC同僚のSM・グルン大臣とともに、24日、辞表を提出してしまった。
ネパールは、いよいよ危なくなってきた。われらがプラチャンダ議長は、どうするつもりなのだろうか?
谷川昌幸(C)
最高裁に尻ぬぐいさせる議会
ヤダブ大統領が,暫定憲法51条(3)により立法議会を招集した。明日,12月19日午後1時開会。要求したのは,与党利権を満喫しているUML,NC以外の主要政党だ。さて,何人が巨大催事(場)に集まるか?
そんな議会にしびれをきたした人々が,11月28日,最高裁に直訴に及んだ。「憲法法曹フォーラム」のC.K.ギャワリ弁護士らが,首相選挙におけるUMLの中立(白票ないし欠席)政策は憲法の精神に反する,首相選挙を最初からやり直せ,という判決を出すことを求める訴えを出したのだ。
この訴えに対し,17日,最高裁はこう裁決した。すなわち,唯一の立候補者ラムチャンドラ・ポウデル氏(NC)は,対立候補なしを理由に当選とはされず,当選には過半数票の獲得が必要だ。また,政党に中立を認めている議会法41,42条は憲法38条,70条(2)(6)に違反し無効である,と。つまり,首相選挙における投票は議員の義務というわけだ。
議会法の合憲・違憲解釈は微妙であり,軽々に判断はできないが,少なくともこの判決で最高裁がほんらい議会が解決すべき政治問題に割って入り,11月28日の提訴からわずか2週間余で問題をバッサリ一刀両断にし,始末してしまった(しようとした)ことは事実だ。
日本や他の大多数の国々では考えられないことだが,ネパールは司法積極主義の国だ。1994年には,アディカリ首相の議会解散に最高裁が違憲判決をだし,UML政権を葬り去ってしまった。議会政治が成熟していないので,最高裁に直訴をせざるをえないということだろうが,議会で解決できない政治問題を最高裁が本当に解決できるのかどうか,大いに疑問である。
司法,つまり「法の支配」は,ほんらい非民主的なものだ。それを忘れ,司法に尻ぬぐいしてもらうのは,議会制民主主義の自殺行為だ。他人に尻を拭ってもらってよいのは幼児だけだ,ということを忘れてはなるまい。
谷川昌幸(C)
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