ネパール評論

ネパール研究会

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セピア色のネパール(15): カトマンズ盆地の本屋さん

カトマンズ盆地には,新旧様々な文化・文明が混在していて,興味深かった。そうしたものの一つが,新たな情報・知識や教育への予想外の関心の高さ。

訪ネ前に読んだガイドブックでは,1980年代頃のネパールの識字率は20%程度であったので,ネパールには本屋さんや学校など,あまりないに違いないと思い込んでいた。(識字率の定義は広狭様々。1980年代ネパールでは,おそらく「自分の名前の読み書き可能以上」であったのだろう。とすれば,実質的な読書可能人口は識字率よりも低いことになる。)

ところが,1985年春,カトマンズに着き,街に出てみると,あちこちに新聞・雑誌・暦などを並べた露店やスタンドがあるばかりか,学校や官庁の近くには教科書や専門書を相当数揃えた本屋さんさえ,いくつか見られた。

もちろん,カトマンズ盆地は観光地であったので,旅行者向けの店が多いのは当然だが,そうした店であっても,絵ハガキやガイドブックだけでなく,多かれ少なかれカタそうな本や教科書も置いているところが少なくなかった。

置いているということは,それなりに売れるということ。正直,これにはいささか驚き,また感心もした。むろん,観光ガイドをパラパラ見ただけで来てしまったのだから,当然といえばそれまでのこと,ではあったのだが・・・・。

 *下記写真は1990年代以降のもの。撮影年は多少前後するかもしれません。

■現在のカトマンズの書店(Google検索表示の一部, 2023/02/24)
■ニューロード沿いの新聞・雑誌露店(1990s)
■上掲露店で熱心に立ち読み(1990s)
■ダルバール広場の露店:レーニン,毛沢東,ヒトラー,プラチャンダ,ヨガ行者など固そうな本が並んでいる。(1990-2000s)
■トゥンディケル広場の露店で,政治・経済・哲学・歴史・宗教などの本を立ち読みする人びと。(1990-2000s)
■リキシャ車夫も新聞熟読。あちこちで同様の車上熟読が見られた。(1994)
■パドマカンヤ女子大前にあふれる教育訓練支援広告(1990s)
■TU法学部(1990s)。近くに大書店あり。シンハダーバー官庁街までの道路沿い(約300m)にも中小の専門書店が多数あった。
■専門学校では早くから男女共学(1993)

谷川昌幸(c)

Written by Tanigawa

2023/02/24 at 16:36

カテゴリー: ネパール, 情報, 教育, 文化, 旅行, 歴史

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良書廃棄へ向かう自治体図書館

近くに中規模の市立図書館分館(蔵書約20万冊)がある。便利なので月2,3回は利用するが,行くたびに相当数の蔵書が廃棄されているのを目にし,驚いている。

蔵書廃棄は,一応,「リサイクル」の名で実施されている。図書館で不要とされた(と思われる)本が,リサイクル棚に並べられ,誰でもタダで持ち帰ることが出来る。「捨てる」のではなく,「リサイクル」であり「再利用」だという名目で,行われているのだろう。

しかし,図書館利用者の側からすれば,たとえ「リサイクル」名目であれ,廃棄されれば,もはやその本は無くなり,利用できなくなる。不便だ。(同じ本の新版買い替え所蔵もあろうが,多いとは思われない。また,複本所蔵で廃棄後何冊か残る場合でも,後述のような問題がある。)

図書館の蔵書廃棄は,書庫不足が最大の理由であろう。限られた収納スペースに,どの本を並べておくか? 悩ましい問題である。

図書廃棄は大学図書館ですら行っているので,自治体図書館だけの問題ではないが,廃棄される本(と残される本)の質という点では,自治体図書館の方がはるかに深刻だと思われる。

図書館が新しい本を買い不要な本を廃棄するときの評価基準は,大学図書館の場合は教育研究にとっての必要性だろうが,自治体図書館の場合は何であろうか?

自治体図書館の選書には,一市民としての推測にすぎないが,選書委員会のようなものがあるにせよ,実際には地元住民からの要望が強く働いているのではないかと思われる。自治体図書館は,身近な施設なので,住民の声をまず第一に聞かざるをえない。その結果,優先的に購入されるのは――
・受賞,映画化などで話題になっている本。
・地元利用者からの購入希望の多い本。
・住民自身は自分の金では買いたくはないが,ちょっと見てみたいハウツー本や実用書。旅行案内,料理本,生活相談,健康本,人生訓,冠婚葬祭解説など。

自治体図書館は,民主的であればあるほど,住民の声を聞けば聞くほど,これらの本を重点的に買う。しかも,ベストセラーなど,話題になり要望が強ければ強いほど,同じ本を10冊,20冊と大量に買い込む(複本購入)。

その結果,書架(書庫)はすぐ満杯になり,利用の少ない本が押し出され,リサイクル(廃棄)に回される。そして,書架は,ベストセラー本(すぐ忘れられ,残されるのは結局1,2冊だが)や「すぐ役に立つが自分では買いたくない」実用書,あるいは一定の政治的傾向をもつ――政治的要望の根強い――時事政界本などに席巻されるということになる。

自治体図書館が,実際に,どのような本を新たに購入し書架に並べているかについては,図書館に行って直にご覧いただくか,あるいは各図書館ホームページの新規購入図書案内でお確かめ下さい。

以下は,最近,近所の上記中規模市立図書館分館に行ったとき,たまたま目にし,タダでもらってきた本のごく一部である。私にとって,図書館は,館内書架よりもリサイクル(廃棄)本棚の方が魅力的になりつつある。

宮原寧子『ヒマラヤン・ブルー』
ヤンツォム・ドマ『チベット・家族の肖像』
重廣恒夫『エベレストから百名山へ』
シュタイニッツァー『日本山岳紀行』
坂田・内藤・臼田・高橋編『都市の顔・インドの旅』
渥美堅持『イスラーム教を知る事典』
梅棹忠夫『二十一世紀の人類像』

太田昌秀『沖縄の民衆意識』
萱野茂『イヨマンテの花火』
野口武彦『江戸のヨブ』
戸沢行夫『江戸がのぞいた<西洋>』
大林太良編『岡正雄論文集 異人その他』
加賀乙彦『ザビエルとその弟子』
ライシャワー『ライシャワーの見た日本』
佐竹靖彦『梁山泊』

吉田洋一『零の発見』
筒井清忠編『新しい教養を拓く』
吉本隆明『世界認識の方法』
小田実『生きとし生けるのものは』
田口裕史『戦後世代の戦争責任』
佐渡龍己『テロリズムとは何か』
中村光男『風俗小説論』
日野啓三『書くことの秘儀』

D・ブアスティン『クレオパトラの鼻』
N・サーダヴィ『イヴの隠された顔』
ユング『タイプ論』
池上俊一『動物裁判』
カリエール『外交談判法』
ヴァイツゼッカー『良心は立ち上がる』
W・J・パーマー『文豪ディケンズと倒錯の館』
M・ブーバ=ノイマン『カフカの恋人 ミレナ』
デカルト『方法序説』
トマス・ペイン「コモン・センス」
J・S・ミル『ミル自伝』
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■最近入手の図書館リサイクル本

【参照1】「これから日本のあちこちに新しい「コモン」が生まれてゆくと思います。そのときに核になるものの一つは書物になるだろうと思います。書物は私有になじまない財であり、それゆえ新しいコモンの基礎となることができる。」,内田樹「倉吉の汽水空港でこんな話をした。」2021-02-08

【参照2】内田樹「図書館の戦い」2022-11-13

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2020/11/03 at 16:37

カテゴリー: 教育, 文化,

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