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闘病記に学ぶ

このところ投稿が途切れがちだ。備忘録も兼ね,定期的投稿を心掛けてきたのだが,短いものであっても文章にまとめられない。体調不良が原因らしい。

もともと短身痩躯だが,幸い健康に恵まれ,数年前まで病気らしい病気をしたことがなかった。ところが,73歳頃から体調不良が出始めた。激痩せ,目と鼻の異常乾燥,右の肩・腕の鈍痛と痺れ(頚椎症),不眠(睡眠時無呼吸症)など。

たいしたことはない,と笑われそうだが,これらだけでも集中力が持続せず,資料を読み文章にまとめることが出来ない。しかも,これから先,老衰進行は宿命であり,事態のさらなる悪化は避けられない。困った。

こんな時は先達に学ぶべきだと思い,いくつか闘病記を読んでみた。いずれもスゴイ! あまりにもスゴすぎて,私にとっては,およそ実用的ではないが,それでもはるか彼方の導きの星として仰ぎ見続けることくらいは出来るかもしれない。たとえばーー

☆正岡子規『病状六尺』(1902年)
病床六尺、これが我世界である。しかもこの六尺の病床が余には広過ぎるのである。僅に手を延ばして畳に触れる事はあるが、蒲団の外へまで足を延ばして体をくつろぐ事も出来ない。甚しい時は極端の苦痛に苦しめられて五分も一寸も体の動けない事がある。苦痛、煩悶、号泣、麻痺剤、僅かに一条の活路を死路の内に求めて少しの安楽を貪る果敢なさ、それでも生きて居ればいひたい事はいひたいもので、毎日見るものは新聞雑誌に限つて居れど、それさへ読めないで苦しんで居る時も多いが、読めば腹の立つ事、癪にさはる事、たまには何となく嬉しくてために病苦を忘るるやうな事がないでもない。年が年中、しかも六年の間世間も知らずに寐て居た病人の感じは先づこんなものですと前置きして[この『病状六尺』を執筆する]。(新聞『日本』連載最終回は死の2日前)

☆中江兆民『一年有半』(1901年)
わたしの癌,つまり[余命]一年半は,どんな状態であるのか。病気はおもむろに病気の寸法で進んでいく。だからわたしも,またわたしの寸法でもってすこしずつ進み,わたしの一年有半を記述しているのだ。一つの一年半は病気であり,わたしではない。他方の一年半は日記であり,これがわたしである[日本の名著36]。(死の4カ月前執筆終了。『続一年有半』は2カ月前。)

220718

Written by Tanigawa

2022/07/18 at 11:27

カテゴリー: 健康, 文化,

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