ネパール評論 Nepal Review

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カナク・デクシト氏逮捕の事実経過:ヒマールメディア

CIAA(職権乱用調査委員会)に逮捕されたカナク・マニ・デクシト氏側は,この逮捕の事実経過につき,次のように説明している。
 *Editors, “Fact Sheet on Kanak Mani Dixit’s Arrest,” Himal, 23 Apr. 2016

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職権乱用調査委員会によるヒマール創刊編集者カナク・マニ・デクシト逮捕・勾留に関する事実経過(要旨要約)
[1] 2013年,ロックマン・シン・カルキ氏をCIAA委員長に選任する動きがあったとき,カナク・デクシト氏は,カルキ氏が人民運動弾圧容疑でラヤマジ委員会により告発されていたことを理由に,それに反対した。これは,十分に根拠のあるカルキ氏選任に対する公的な抗議であった。[しかし,それにもかかわらずカルキ氏はCIAA委員長に選任された。]  
 カルキ氏は,デクシト氏により公的に批判された人物であり,デクシト氏との関係においては個人的な利害関係をもっている。こうした場合,個人的な利害関係のある事件の捜査や審判には関与しないのが法学の根本原理だが,カルキ氏はそれを無視しデクシト氏の調査を続けている。

[2] デクシト氏逮捕は,体制派がデクシト氏を黙らせたいと願っていると思われるとき,行われた。デクシト氏は,国境封鎖に強く反対し,またマオイストや政府側の戦争犯罪を追及し紛争被害者の権利回復に努力してきた。氏の逮捕は,体制派が氏の努力を挫きたいと願っていると思われるとき,行われたのである。
 民主社会では,異なる意見や考え方とは言論の場で闘うべきであり,このような調査権限の不当使用によって相手を黙らせようとするようなことは,すべきではない。

[3] CIAAは,デクシト氏が調査に協力しなかったので,逮捕・勾留はやむを得ないと主張している。
 しかし,すでにデクシト氏はCIAAに出向き質問に答えたばかりか,資産細目を記した文書も提出した。また,デクシト氏は,CIAA調査が根拠のない悪意によるものであることを最高裁に訴え,これに対し最高裁もCIAA調査が所定の手続きなしに始められたことを認め,CIAAに対し法の支配の原理に則るよう命令していた。
 この最高裁命令を根拠に,デクシト氏は今回のCIAA出頭要請への疑問を記した文書を提出し,出頭要請には応じなかった。ところが,CIAAは,この疑問に答えることなく,デクシト氏を逮捕した。

[4] CIAA調査の目的は,デクシト氏がサジャ・ヤタヤタ交通会長としての地位を悪用して不正蓄財をしたか否かを解明することのはずだ。ところが,告発は会長就任のはるか以前の財産についてのものと思われ,したがってその告発に基づくCIAA調査も管轄権の範囲外のそうした財産が対象となっていると思われる。
 また,デクシト氏の設立したいくつかの団体への寄付金等も調査されているようだが,それらの団体の調査はCIAAの管轄ではない。それらの団体は,法に基づき会計監査され,結果は援助機関やネパール政府に報告されている。

[5] CIAAは,デクシト氏が逃亡するので自宅で逮捕したと主張している。しかし,デクシト氏は著名人であり,逮捕前の数日も,公然と,カトマンズ開催の国際セミナーに参加していた。
 しかも,逮捕されたのは自宅においてではなく,多くの客でにぎわっていたドカイマ・カフェにおいてであった。

[6] CIAAは,裁判所など役所が閉まる金曜午後にデクシト氏を逮捕,勾留した。そのため,デクシト氏は裁判所に人身保護を訴えられなかった。また,CIAAも休みとなり,取り調べもなかった。

[7] CIAAは,不正蓄財容疑でデクシト氏を逮捕したにすぎず,有罪が確定するまでは無罪が推定されなければならない。それなのに,CIAAは,立証もされていない調査情報を漏らしている。

[8] CIAAは,デクシト氏の健康状態を無視して逮捕・勾留し,氏の生命を危機に陥れた。このような逮捕・勾留の仕方を見ると,CIAA調査の真の目的は何か,疑わざるをえない。
  デクシト氏は著名人であり,逃亡したり,法の適正手続きに則ったものであれば,調査を免れようとしたりするはずがない。

160428c■ドカイマ・カフェFB。参照⇒グーグルマップ写真

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2016/04/28 at 11:55

京都の米軍基地(82): 強者の権利

経ヶ岬進駐米軍は,地元住民にとって圧倒的な強者であり,早くも「強者の権利」を享受し始めた。「強者の権利」とは,平たくいえば,弱者に対し強者が行使する自由,つまり「Might is Right(力は正義,力は権利)」という考え方である。

現代民主国家は「法治国家」であり,国民も政府もすべて「法の支配」に服する。いかなる政治的,経済的,社会的,文化的強者といえども,自分のもつ「力」ないし「実力」を法を無視して行使することは許されない。法は,事実として様々な不平等が存在する国家社会において,弱者の自由と権利を守るためのものである。現代法治国家では,「強者の権利」は認められない。

ところが,経ヶ岬進駐米軍には,地元住民には認められていない様々な特権が認められている。米軍人・軍属は,形式的にはともあれ,実質的には地元住民の服する日本の法には完全には服さず,その限りで「治外法権」を享受している。

法が弱者を守るためのものだとするなら,「治外法権」は,そこでは弱者が法により守られず,「強者の権利」が容認されていることを意味する。京丹後では,米軍人・軍属は「強者の権利」を行使することが出来る。

たとえば,これらは経ヶ岬米軍FB掲載写真。士官使用と思われる車のナンバーが完全に消されている。推測にすぎないが,おそらく掲載に当たり,米軍側が自分たちのプライバシーか何かに配慮したのであろう。もしそうなら,この車をたまたま地元住民が撮っており,ナンバーを消さずフェイスブックか何かに掲載したらどうなるか? すぐ秘密保護法などが持ち出されることはないであろうが,米軍関係情報を無断で収集し,世界にばらまく要注意人物としてマークされるといったことは十分に考えられる。米軍側は,自分たちが権利だと思うものを,弱者たる地元住民に対し一方的に主張し,それを自分たちの力で守ろうとする。「強者の権利」である。

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 ■丹後半島ラリー(8月28-29日)米軍士官使用車ナンバーは消去。(米軍FB9月22日)

経ヶ岬米軍FBは,このように士官使用車のナンバーを消す一方,地元の子供や老人の写真は,顔が写ったものも含め,無修正で多数掲載している。米軍宣伝への利用である。

しかし,この場合,そのような写真の利用を,子供たちが米軍に対し承認しているとは到底考えられない。米軍人・軍属などが,お菓子や鳴り物を携え,子ども園(保育園・幼稚園)などにやってくれば,子供たちは無邪気にはしゃぎ,喜んで写真を撮らせるであろう。が,そこには写真撮影・利用への「インフォームド・コンセント(理解を得た上での同意)」はない。米軍は,地元関係諸機関に対する強者の立場を利用し,子供たちのプライバシーの自由や肖像権をほしいままに強奪している。日本の子供たちという最も弱い立場の弱者に対する「強者の権利」の行使である。

150901a150901d■峰山子ども園・米軍FB8月28日(子供の顔引用者消去)

150929c■ハロウィーン(11月1日)招待は子供だけ(幼児~中学生以下)。(米軍FB9月24日)

老人たちについても,同じことがいえる。老人ホームなどに入居している老人たちは,多くの場合,役所や施設管理者に対し弱い立場にある。あるいは,老齢や病気などのため,自分では十分に自分の権利を守れない状況にあることも少なくない。米軍人・軍属は,そのような老人施設にも好んでやってきて,入居者たちの写真を撮り,ホームページなどに掲載し,世界中に進駐米軍の宣伝をする。この場合も,入居者たちが明確な「インフォームド・コンセント(理解を得た上での同意)」を与えたとは考えられない。弱者たる地元老人に対し,米軍は「強者の権利」を行使しているのである。

150929a■京丹後市の特養訪問(8月24日)。(米軍FB9月9日)

京丹後における米軍の「強者の権利」行使はまだ始まったばかり,いずれ地域社会の他の様々な領域にも拡大していくことは避けられない。沖縄や他の米軍基地周辺と同様に。

谷川昌幸(C)

戦争法案可決,ネパールでもトップ報道

戦争法案(安保関連法案)の衆院可決(7月16日)は,ネパールでも大きな話題になっている。安倍政権のへ理屈にもならない議論にうんざりし,はるばるネパールまで逃げてきたのに,友人知人は会うと開口一番「アベは何を考えているのだ?」と質問してくる。いわゆる「反知性」の権化たる安倍,ネパールで質問されても,論理的に説明できるわけがない。
[参照]自称「右翼軍国主義者」の「積極的平和主義」:安倍首相の国連演説 

ネパールでは今,新憲法制定の山場。制憲議会で採択された憲法草案が発表され,国民から広く意見の聴取が行われている。

その新憲法の柱の一つが,「法の支配」。新憲法で「法の支配」が明確に規定され,幾重にも制度化されることになるに違いない。

ひるがえって日本。憲法の前文や第9条があるにもかかわらず,そしてまた憲法学者の大多数が違憲と言っているにもかかわらず,安倍首相は全く意に介さない。「戦争は平和である」とする安倍ニュースピークにおいては,「法の支配」は「法を支配」である。安倍政権の統治手法は,「法の支配(rule of law)」ではなく,いや最低限の「法による支配(rule by law)」ですらなく,「行政府による法支配」である。

世界最新・最高の新憲法の制定を目指すネパールにおいて,日本のこの憲法状況,政治状況の説明をすることは,恥ずかしくて到底できたものではない。セミナーでは,後ろの方にひっそり隠れて座ることにしよう。

▼ネパール復興Tシャツ(700ルピー)と憲法草案冊子(120ルピー)
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谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2015/07/19 at 13:31

信号待ちで涙した,その心は?

中島 恵「『中国はよくなっている!』信号待ちで思わず涙した私」(日経ビジネスオンライン,2015年3月20日)は,なかなか興味深い中国論だ。要旨は以下の通り。

「上海市内で私が宿泊しているホテルの近くにある横断歩道に立っていたときだ。私の斜め後ろにいた母子の会話が耳に飛び込んできた。『ほら,あそこを見てごらん。赤信号でしょう? あそこが赤のときは渡っちゃいけないんだよ。あれが青色になったらお母さんと一緒に渡ろうね。いいね』。・・・・とてもうれしくて,心がホカホカと温まる気持ちになった。そのとき,赤信号で立ち止まっていたのは私たち3人だけだった。大勢の人々は当たり前のように横断歩道をどんどんと渡っている。・・・・青信号になって,ようやく母子と一緒に堂々と道路を渡ることができたとき,目からどんどん涙があふれてきて,止まらなくなってしまった。・・・・そう,私はこの瞬間,気がついた。中国社会はだんだんと,よくなっているのだ――と。」

著者によれば,この信号待ち以外にも,空港係員や店員のマナーの向上,水道・トイレ等の生活インフラの改善など,他のいくつかの点で,「これまでとは明らかに違う流れ」がみられ,「中国社会がよくなっている」と感じられるというのだ。

中国は大国なので,「中国は・・・」とか「中国人は・・・・」などと一般化していうことはできないが,少なくとも私が見た限りでは,中国の航空会社や空港などは,利用のたびにサービスが目に見えて向上し,いまでは日本以上に合理的で便利な場合も少なくない。そうした実感をもつ私にとって,「中国はよくなっている!」という著者の印象は,十分によく納得できることである。

しかし,それはそれとして,少々気がかりなのは,著者の極端な上から目線である。現在の日本社会を基準として,それに合わない中国社会のあり方を一方的に切り捨てる。たとえば,「『ルール軽視』の無秩序な国」など。

しかしながら,交通ルールにせよ接客マナーにせよ,すべて文化であり,日本,しかも東京を基準として断罪するのは,あまりにも一方的すぎる。たとえば,歩行やエスカレーター利用では,一般に,東京と大阪では位置が逆であり,東京人は大阪ではマナー知らずの野蛮人となる。あるいは,水道やトイレットペーパーでも,自然保護派からは浪費の悪徳と非難されるであろう。日本を基準とする他文化批判は,ちまたにあふれる「日本はスゴイ!」合唱と同様,はしたなく,慎みなく,みっともないといわざるをえない。

恥ずかしながら,私は以前,真冬の深夜の人家もない田舎の犬一匹通らない田んぼの中の見通しのよい交差点の赤信号で止まり,青信号に変わるのをじっと待っているホンダ・カブ号の村のお年寄りを見て,思わず涙したことがある。

なお,蛇足ながら,近代的信号機システムを非人間的と考え,ロータリー式に替えつつある国々からすれば,日本の「赤は止まれ,青は進め」は機械隷従,「おくれてる~」と哀れまれることになるであろう。

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 ■ロータリー(ラウンドアバウト)交差点: イギリス / ネパール(パタン) [Google]

谷川昌幸(C)

 

Written by Tanigawa

2015/03/21 at 17:14

交差点に見る前近代・近代・近代以後

ネパールの交差点は,文化の交差点であり,一目でネパール文化のありようが見て取れる。この写真は,ナラヤンヒティ王宮博物館前。左が交通警官,右下が信号機,そして右上がソーラーLED照明。
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これは,ニューバネスワル(制憲議会前)。左が交通警官,中央がソーラーLED照明,右が信号機。
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これらの交差点において,交通警官は,人々の動きを見て交通整理をしている。これは人の支配としての人治であり,したがって「前近代」。

これに対し,信号機は,定められた規則により合理的・機械的に交通整理。これは非人間的な合理的な規則による支配であり,法治(法の支配)であり,したがって「近代」。

そして,ソーラーLED照明は,人間が作ったものながら,設置後は自然光の恵みにより自動的に発電し交差点を照らす。その限りでは人為を超克しており,いわば「近代以後」。

カトマンズの交差点では,見た限りでは,信号機は全滅,まともに機能しているものは一つもない。点灯していても,点滅であり,実際の交通整理は,交通警官が手信号でやっている。つまり,近代原理の象徴たる信号機は,日本援助などで何回も導入が試みられてきたにもかかわらず,ネパール社会には受け入れられず,打ち捨てられ,埃まみれの立ち枯れ信号機の無残な姿をさらすことになっている。交差点において,「近代」は「前近代」に完全敗北したのだ。

では,ソーラーLED照明はどうか? うまく維持され機能すれば,「近代」を超克する「近代以後」の象徴となり,世界中の絶賛を浴びることになるだろう。「近代」なきネパールにおける「近代以後(ポストモダン)」の輝かしい勝利。さて,どうなるか? 興味深い。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2015/01/26 at 14:17

汚職蔓延と権力乱用調査委員会:ネパール

1.腐敗蔓延
ネパールにおける汚職・腐敗の蔓延が,またまた国際的に実証された。先日発表された「腐敗認知指数2014」(Transparency International)によれば,ネパール社会の清潔度は,調査175カ国中の第126位,南アジアでもブータン,インドよりかなり下だ。(2013年度は177カ国中の第116位。)
腐敗認知指数(最小→最大)
[1]デンマーク [2]ニュージーランド [3]フィンランド [4]スウェーデン [5]ノルウェイ,スイス [14]英国 [15]日本 [17]米国 [30]ブータン [85]インド [85]スリランカ [100]中国 [126]ネパール,パキスタン [145]バングラデッシュ [174]北朝鮮,ソマリア(最下位)

この問題については,すでに昨年,かなり詳しく論評したので,以下では,それを前提に議論を進めることにする。
 権力乱用調査委員会(1):電力公社捜査
 権力乱用調査委員会(2):国外労働省,出入国管理省,ネパール石油会社など
 権力乱用調査委員会(3):強権行使の二面性
 権力乱用調査委員会(4):暫定憲法の規定
 権力乱用調査委員会(5):CIAA法1991(i)
 権力乱用調査委員会(6):CIAA法1991(ⅱ)
 権力乱用調査委員会(7):文化と「腐敗」
 権力乱用調査委員会(8):腐敗防止条約との関係

 141215a ■Transparency International Nepal

2.CIAAの腐敗調査
ネパールでは,憲法により「権力(職権)乱用調査員会」((CIAA:Commission for the Investigation of Abuse of Authority, अख्तियार दुरुपयोग अनुसन्धान आयोग)が設置され,権力(職権)乱用,汚職・不正・腐敗の調査取締りのための広範かつ強力な権限が付与されている(前掲拙論参照)。

CIAAは,検察/警察とは別の,憲法設置の腐敗調査取締機関であり,独立性が高く,したがって統治が正常に機能しない場合,統治のあらゆる領域に介入し「汚職」「不正」「腐敗」を調査し取り締まる機会が増える。CIAAは,独立機関だけに,迅速かつ有効に調査取締ができるが,その反面,つねに二重統治(第二の政府),独断的強権行使に陥る危険性をもまたはらんでいる。

その両刃の剣のCIAAが,昨年春の政党内閣崩壊危機前後に続き,いままた各方面への調査取締介入を強化している。2015年1月22日の憲法制定期限切迫が背景にあることは言うまでもないが,今回は昨年以上にCIAA介入への風当たりが強くなっている。最近の主な調査取締は,以下の通り。

(1)水力発電事業の認可取り消し
CIAAは,9月5日,水力発電事業の認可10件の取り消しをエネルギー省に勧告した。電力事業法第49条5では,事業調査は認可5年以内に調査開始を,発電事業ついては認可後直ちに事業着手を,定めている。ところが,これらの認可事業は,この法規定に違反し事業を進めていない,というのが理由だ(a,b)。
[取消勧告の10事業]
 調査認可取消:Bhotekoshi-5 (60 MW), Buku Khola (6 MW),Karuwa Khola (36 MW)
 発電事業認可取消:Lower Arun (400 MW), Chaharekhola (17.5 MW), Upper Mailung Khola (14.3 MW), Upper Solu Khola Sano (18 MW), Midim Khola (3.4 MW), Upper Khoranga Khola (6.8 MW),Lower Indrawati (4.5 MW)

(2)教育不正
CIAAは,教育分野の不正・腐敗にも,大規模な調査取締介入を始めた。

[1]幽霊学校の摘発
ネパールには,学校登録をし国庫補助金を受け取りながら,実際には授業をしない学校,いわゆる「幽霊学校」が多数あるという。CIAAは,これまでにそうした幽霊学校737校を摘発し,最近も54件の情報提供があり捜査される見込みだ(c,d)。

[2]教員免許状偽造の摘発
CIAAは,現在,偽造教員免許状の告発を約1000件受けており,これを捜査するため,全国の郡教育事務所に対し,教員免許状を回収し,CIAAに提出するよう命令した。教員定員は16万2千人。調査は大規模となり,影響も大きい。ちなみに,2013年度の教員免許状偽造の摘発は80件(c)。

[3]入試問題漏洩の摘発
CIAAは,12月6日,医学部(MBBS=医学士)入学試験問題漏洩事件の捜査に着手した。NAME Institute for Medical Education, Golden Gate International College, Orbit Medical Entrance Preparation などの関係学校やMBBS入試準備センターを捜査し,コンピュータや書類など多数の証拠品を押収,数名を逮捕した。

ネパールでも医学部(MBBS)は人気が高く,受験生は約6千人。逮捕された容疑者らは,入試問題のうち「生物A・B」を密かにコピーし,1部100万ルピーで受験生に売っていた。容疑者の一人の自宅からは,小切手450万ルピー,現金10万ルピーが見つかり,押収された。(e,f,g)

[4]公務員汚職の捜査
CIAAは,現在,公務員約1000人について,汚職容疑で捜査している。詳細は不明。(h)

 141215b ■CIAA

3.CIAA批判の高まり
CIAAの介入がこのように拡大するにつれて,CIAAへの批判も高まってきた。

(1)CIAAの強権化
一つは,腐敗の調査取締をするCIAAの強権化と,CIAA自身の不正・腐敗をどうするかという問題。「番犬の番を誰がするのか?」(S.B.タマン議員)

番犬が強力になればなるほど,その利用価値も大きくなる。すでに,事業実施や職場において不満を持つ側が,妨害目的でライバルをCIAAに訴える事例が激増しているという。「CIAAに訴えてやる」という脅し。

CIAAが,このようにして「第二の政府」のようなものになり,「第一の政府」の統治に介入すればするほど,国家統治は混乱し,皮肉なことに,腐敗は逆に増えていくことになる。そして,強権化したCIAA自身もまた,「第二の政府」として腐敗に蝕まれていくことは免れない。「権力は腐敗する。絶対的権力は絶対的に腐敗する。」(アクトン卿)(i)

(2)カルキ委員長の適格性への疑問
CIAA批判のもう一つの理由は,カルキ(Lok Man Singh Karki)氏は委員長にはふさわしくないというもの。

カルキ氏がCIAA委員長に任命されたのは,2013年5月8日。その頃,ネパール政治は,第一次制憲議会解散後の混乱で制憲議会選挙も出来ず,政党政治は行き詰まっていた。主要諸政党は,窮余の策として,最高裁判所のレグミ長官を議長(首相)とする非政党の選挙管理内閣をつくり,暫定的に統治を一任した。

この混乱の中でレグミ議長(首相)が,高次政治委員会(マオイスト,NC,UML,UDMF)の推薦に基づき,CIAA委員長に任命したのがカルキ氏であった。任期は,2013年5月8日から6年間。

このカルキ氏のCIAA委員長任命には,当初から反対が強かった。理由は主に二つ。一つは,カルキ氏がギャネンドラ国王の側近として「人民運動II」の弾圧に加担したというもの。ラヤマジ委員会が調査し,有罪と判定されたとされるが,詳細は不明。もう一つは,カルキ氏には贈収賄スキャンダルが多いというもの。横領容疑でCIAAに捜査されたこともあると報道されているが,その詳細は不明。(j,k,l)

 141215c ■カルキ委員長ツイッター

4.CIAA・議会対立の不毛性
CIAAの活動強化は,カルキ委員長の豪腕によるところが大きい。カルキ委員長就任後,CIAAは予算も人員も数倍に急拡大している。カルキ議長の最近の説明によれば,CIAAは2万3千件の申し立てを受け,800件を調査し,そのうち168件を腐敗問題を扱う特別裁判所に回したという。事実とすれば,CIAAの活動がいかに拡大したかをよく物語る数字である。

このようにCIAAの活動が拡大すると,当然,「第一の政府」との利害対立も激化してくる。たとえば,この11月4日,議会の3委員会(会計委員会,財務委員会,農業・水資源委員会)が,CIAA活動の権限逸脱問題を審議するため,カルキ委員長をそれぞれの委員会に召喚した。

この召喚に対し,カルキ委員長は,召喚に応じる義務はない,と真っ向から反論した。それでも,11月5日の財務委員会には出席し,CIAAは権限を守り活動しているが,それよりもなにより「議会運営規則(2070年)第110,115条により,CIAA活動については統治監視委員会でのみ説明する」のが筋であり,それを伝えるために出席したと述べ,委員からの質問には答えず,退席してしまった。とりつく島もない。

このようなカルキ委員長の態度に対しては,議会議員からは様々な批判が出されている。
 プラカシ・ジャワラ財務委員会委員長:CIAAは公務員に「テロル(恐怖)」を与えている。
 スレンドラ・パンディ議員(UML):カルキ委員長は,「番犬」の権限を越え,噛みつく「凶暴な犬」になった。
 チャンドラ・バンダリ議員(NC):CIAAは「法の支配」を守る義務がある。権限を越えるべきではない。
 農業・水資源委員会:委員会出席を拒否したカルキ委員長の責任追及をネバン制憲議会議長に要求。

こうした様々な批判に対し,カルキ委員長は,こう反論している。
 ・「CIAAは,ロック・マン(カルキ)の相続財産ではない。」
 ・「私は,独立の立場から,任務を果たしている。」
 ・水力発電事業については,エネルギー省筋からの調査依頼に基づき,法令に則り調査し,14件(11月現在)の事業認可の取消勧告を出したまで。
 ・CIAAは権限を守っており,「法の支配」をまもる「番犬」の役割を果たしているにすぎない。

このCIAAをめぐる論争において,いずれの側の言い分が正当かは,にわかには判定できないが,こうした争いがネパール政治の混乱と,それに伴う腐敗拡大の深刻さをよく現していることに疑いの余地はない。まったくもって不毛きわまりない争いといわざるをえない。(m,n,o,p,q,r)

[参照資料]
(a)BHADRA SHARMA,”CIAA asks ministry to scrap licences of 10 hydropower cos,” Kathmandu Post, 2014-09-06
(b)”CIAA Instructs Govt To Scrap 4 Hydro Licenses,” Republica,2014-10-29
(c)”CIAA to launch nation-wide probe into teachers’certificates,” nepalnews.com,2014-12-09
(d)”Lokman Singh Karki,” http://en.wikipedia.org/wiki/Lokman_Singh_Karki. ただしWikiのこの項目および「CIAA」の項目は,記述が不自然であり,注意を要する。
(e)”CIAA to launch nation-wide probe into teachers’certificates,” nepalnews.com,2014-12-09
(f)”MBBS Questions Leak : Seven More Under CIAA Scanner,” Republica,2014-12-09
(g)”NAME Director Sharma Arrested,” Republica,2014-12-12
(h)”Over 1,000 Nepal’s politicians under scrutiny: anti-graft chief,” Xinhua, 2014-12-09
(i)”Watching the watchdog,” Editorial, Nepali Times,#731,7-13 Nov.2014.
(j)”Lok Man the New Superman of NEPAL,” CNN iReport, 2013-05-08
(k)”Maoist nominee sworn-in as chief of Nepal’s anti-graft body,” Business Standard, 2013-05-08
(l)Gyanu Adhikari,”Royalist touches a raw nerve in Nepal,” The Hindu, 2013-05-08
(m)Rajendra Pokhrel,”Finance Committee members criticise CIAA chief Karki,” Nepalnews.com,2014-11-05
(n)”PAC summons CIAA Chief Karki,” Ekantipur,2014-11-04
(o)”CIAA chief Karki refuses to attend House committee, Thapa-led committee draws speaker’s attention,” Ekantipur, 2014-11-16
(p)”‘CIAA is not Lokman’s inherited property’,” Ekantipur,2014-12-05
(q)”House panel summons CIAA chief 2nd time,” Kathmandu Post, 2014-12-01
(r)”Another parliamentary committee summons CIAA,” HIMALAYAN,2014-11-04

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2014/12/15 at 20:38

邦なき連邦国の正統性なき議会:ニヒリズムの危機

法や制度と現実との乖離はどの国にもあるが,いまのネパールは国家存在そのものが違憲状態であり,乖離は極端といわざるをえない。

1.邦なき連邦国家
最も深刻なのは,連邦国家(संघीय राज्य, 憲法第4条)であるにもかかわらず,いまだに邦(州)がないこと。誇大表示ですらなく,虚偽表示であり,看板に偽りありだ。

140613a ■ネパール連邦民主共和国(大使館HP)

2.民族州の無理無体
そもそも125の民族/カーストが混在するネパールを民族ごとの邦(州)に分割し,連邦国家に再編するというのが,無理無体,無茶苦茶だ。繰り返し批判してきたように,ネパールを実験台として利用してきた先進諸国の連邦制原理主義者や,その煽動に乗った(ふりをしてきた)ネパール知識人の責任は,重大といわざるをえない。連邦制原理主義こそが,第一次制憲議会を無様に崩壊させた最大の原因である。

連邦制は,この1月成立の第二次制憲議会でも最大の難題となっている。コングレス(NC)と統一共産党(UML)が大勝したので,単一民族(単一アイデンティティ)による州区分は少数派となり,地理や経済を重視した多民族(多アイデンティティ)州区分が多数意見となりつつある。

しかし,この多民族州の提案に対しては,プラチャンダ派マオイスト(UCPN-M)も,バイダ派マオイスト(CPN-M)やマデシ系諸派も反対しており,歩み寄りは見られない。

3.仏陀の手にも余る包摂民主主義
そうした中,制憲議会本会議で連邦制審議が始まったが,これは空前絶後,お釈迦様に手が何本あっても足りない有様だ。

報道によれば,制憲議会本会議で議員300名が連邦制についてそれぞれ意見を述べることになった(ekantipur, 5 Jun)。試みに計算してみると・・・・
 【議員発言総時間】
   5分×300議員=1500分(25時間)
  10分×300議員=3000分(50時間)
  30分×300議員=9000分(150時間)
演説準備・交代時間を考え合わせると,途方もない時間。が,まぁ,長話には慣れているだろうからよいとして,問題は,記憶力。10人くらい前までならまだしも,200人も300人も前の演説など,誰も覚えてはいまい。そもそも,300議員が演説するのは,300通りの連邦制案があるということだから,これではいかなお釈迦様でも手に余るにちがいない。

お釈迦様でも無理だとすれば,煩悩にとりつかれた人間どもに300通りの連邦制案の集約など,どだい無理である。というわけで,このままでは,第二次制憲議会もお流れということになりそうだ。

4.現実的な代案
しかし,再び制憲議会を崩壊させるのは,いかにもまずい。そこで,NC,UMLを中心とする体制主流派は,上述のように,地理・経済重視の多民族・多アイデンティティ州を少数つくり,多少強引でも,これをもって連邦制の体裁を整える方向に向かいつつあるわけだ。

私も,この案であれば実現可能だと思うが,もしこれで行くのなら,それは従来の14開発区(Development Region)を少々手直しし,「州( प्रदेश, प्रान्त: state, province)」と改名したにすぎないことになる。あるいは,どうしても自分に近い「州」が欲しいというのであれば,現在の75郡(जिल्ला, district)をすべて「州」と呼び換え,ネパールを75州からなる連邦国家とすればよい。

「民族」にせよ何らかの「集団アイデンティティ」にせよ,人為的・歴史的に形成されたものだから,この程度のユルイ対応にした方が現実的であり安全であって,政治的に賢明である。

140613b ■14州案:国家再構築委(Republica,2014-1-1)

5.正統性なき議会
この連邦制の議論もそうだが,それ以上に悲喜劇的なのが,現在の制憲議会にはそもそも正統性がないこと。

暫定憲法第63条は,制憲議会を小選挙区制240,比例制335,内閣指名26の計601議員から構成されると明記している。ところが,選挙後半年を経過したのに,まだ内閣指名26議員が選出されない。制憲議会は,正式にはまだ成立していないのだ。

その理由は,ここでもまた包摂民主主義だ。どの集団から議員を出すかを,その理念に忠実に,諸勢力のコンセンサスで決めるべきだという。そんなことは,お釈迦様にだってできはしない。

それに加えて,現実の生臭い要求もある。選挙で落選した政党有力者を指名せよというトンデモ要求が,あちこちから出されている。

さらにまた,選挙不参加の反体制33党連合に指名26議席を割り当て,口を封じようという動きもある。憲法の議員指名規定など,棚上げ。もう無茶苦茶だ。

6.ニヒリズムの危機:ネパールでも日本でも
法や制度と現実とのこのような甚だしい乖離が続くと,政治そのものへの信認が失われ,国家は瓦解する。ネパールの政治的英知がいま試されている。

しかし,これはなにもネパールだけの話しではない。日本はネパールよりもっとヒドイかもしれない。調査なき「調査捕鯨」,研修・技能実習なき「外国人技能実習制度」,そして,いうまでもなく戦争放棄憲法の下での軍隊(自衛隊)保持と交戦権行使。安倍政権が閣議決定で憲法解釈を変更し集団的自衛権の行使を容認することになれば,日本は全くの非立憲国家に転落してしまう。

日本でも,法や制度,あるいは言葉そのものが信用されなくなりつつある。安倍首相の”under control(五輪招致プレゼン)”や「日本が戦争をする国になる・・・・ことは断じてあり得ない(記者会見5/15)」をみよ。放射性物質じゃじゃ漏れの福島,集団的自衛権行使(戦争)容認政策。言葉と事実との甚だしい乖離は自明だが,日本社会では放任されている。

これはニヒリズムだ。一方に安倍首相の積極的攻撃的ニヒリズム,他方に国民多数の消極的退行的ニヒリズム。このままでは勝利は前者だろうが,しかし,それはほんの一時,すぐニヒリズムの蔓延により日本全体が蝕まれ,根底から崩壊するであろう。

ネパールも日本も,難しい局面に立たされているといってよいだろう。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2014/06/13 at 10:48