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交差点に見る前近代・近代・近代以後
ネパールの交差点は,文化の交差点であり,一目でネパール文化のありようが見て取れる。この写真は,ナラヤンヒティ王宮博物館前。左が交通警官,右下が信号機,そして右上がソーラーLED照明。
これは,ニューバネスワル(制憲議会前)。左が交通警官,中央がソーラーLED照明,右が信号機。
これらの交差点において,交通警官は,人々の動きを見て交通整理をしている。これは人の支配としての人治であり,したがって「前近代」。
これに対し,信号機は,定められた規則により合理的・機械的に交通整理。これは非人間的な合理的な規則による支配であり,法治(法の支配)であり,したがって「近代」。
そして,ソーラーLED照明は,人間が作ったものながら,設置後は自然光の恵みにより自動的に発電し交差点を照らす。その限りでは人為を超克しており,いわば「近代以後」。
カトマンズの交差点では,見た限りでは,信号機は全滅,まともに機能しているものは一つもない。点灯していても,点滅であり,実際の交通整理は,交通警官が手信号でやっている。つまり,近代原理の象徴たる信号機は,日本援助などで何回も導入が試みられてきたにもかかわらず,ネパール社会には受け入れられず,打ち捨てられ,埃まみれの立ち枯れ信号機の無残な姿をさらすことになっている。交差点において,「近代」は「前近代」に完全敗北したのだ。
では,ソーラーLED照明はどうか? うまく維持され機能すれば,「近代」を超克する「近代以後」の象徴となり,世界中の絶賛を浴びることになるだろう。「近代」なきネパールにおける「近代以後(ポストモダン)」の輝かしい勝利。さて,どうなるか? 興味深い。
谷川昌幸(C)
人治の国の立ち枯れ援助信号機
毎日、朝から晩まで勤勉に仕事をし、合間に街を移動。車は引き続き急増し(韓国車多し)、各地で渋滞が続発している。
この車増加を見越し(あるいは車輸出のため)、日本を始め先進資本主義国は、市内各所に最新式信号機を援助してきたが、見た限りではほぼ全滅、まともに動いているのは最近(今年?)設置したばかりの日本援助カトマンズ=バクタプル高規格道路のものだけだった。これも、この調子では、半年もすれば消されてしまうだろう。
電気は、雨期であり、足りている。スイッチを入れれば稼働するはずなのに、切ってしまう。これはハードではなく、ソフト、つまり文化の問題である。
以前にも指摘したように、信号機は法治(ルール遵守)のモデル。機械(信号機)の合理的命令に人間が服従する。法治が内面化されている日本では、たとえタヌキしかいない深夜の農道でも赤信号で車はちゃんと停止する。日本では、法(ルール)をつくる支配階級は法を守らないが、大半の人民大衆はいつ、どこでも法を遵守する。
これに対し、ネパールは本質的に人治の国。周りの人々の動きを見て自分の行動を決める。文化全体がそうなっているので、道路においても、いくら高価・高級な信号機を設置しようが、それは援助国の自己満足に過ぎず、ネパール人民にとっては何の意味もない。半年もすれば、スイッチを切り、人治に戻してしまう。
たとえば、日本援助の文部省前信号機も、ロータリー式に戻され、警官が手信号で交通整理している。ここには、怪しい「アメリカン・クラブ」があり、前回、日本援助信号機をタメル方面から激写したら、アメリカンクラブ警備兵(武装警官)がすっ飛んできて、すんでの所で射殺されるところであった。ここでは毎年、何も知らず王室博物館やタメル方面をパチリとやった日本人観光客が何人か拘束されている。いまや文部省前交差点は、ネパール文化・社会・政治のパワースポットの一つである。ぜひ見学していただきたい。ただし、写真は撮らないこと。
信号機のないロータリー式交差点は、人治のモデル。つねに相手の格や動きを見て、自分の行動を決める。そして、人治の国ネパールでは、ロータリー式や警官手信号の方が、はるかによく機能している。実に見事だ。
ネパールの人治文化は、社会に深く根付いており、近代的な法治主義や立憲政治を移植するのは、至難の業である。それは、立ち枯れの哀れをさそう日本援助信号機を見れば、誰しも納得せざるをえないだろう。
トヨタと消灯信号と交通安全啓蒙(バグバザール)
谷川昌幸(C)
信号機援助の無残:人治→法治→人治
谷川昌幸(C)
タメル入口、文部省前の日本援助信号機の定点観察(ちょっと大げさだが)をしている。派手でよく目立つし、法学・政治学的にも、これは人治から法治への近代化移行支援の一つといってもよく、興味深いからだ。
1.信号機の機能停止
現状は、無残の一言に尽きる。日本援助の交通信号機は完全に機能停止し、古都景観とはミスマッチの無用の長物と化している。
短期滞在なので、なぜこうなったか、誰がこの決定をしたのか、今後どうなるか、そういったことはよくは分からない。が、とにかく見た限りでは、日本の信号機援助は失敗と言わざるをえない。
2.信号機:人治から法治へ
信号機が設置される以前は、交差点では、まず相手(車・リキシャ・人・牛など)の様子をみて自分の行動を決めていた。人治である。
車の数が増え、完全な人治つまり交差点完全自治では捌ききれなくなると、警官が出て、手信号で整理し始めた。これも人治。警官は偉そうな人が来ると、当然、優先通行させた。
これはイカンと思ったのが、東洋近代化の模範生日本。人治を法治に替えるのが、しかも内政干渉の非難を受けるリスクなしに派手に目立つ援助として実施できるのが、交通信号機援助だったからだ(たぶん)。
文部省前の信号機設置は、それはそれは華やかだった。短期滞在なので一部始終見学したわけではないが、それでも信号機日本援助の目的と効果を説明する大看板が交差点歩道に設置され、信号(ルール)を守る必要を図解したイラスト入りビラが付近の電柱に貼られ、たしか啓蒙横断幕もあったと記憶している。
設置後しばらく(2,3年)は、たしかに信号機は機能し始めていた。ネパールの人々も、相手を見て自分の行動を決める(人治)のではなく、信号機(ルール=法)の指示に従い自分の行動を決める(法治)ようになりかけていた。うまくいくかな、ネパールの近代化は日本援助で達成できるかな、と愛国心丸出しで期待していた。
3.警官手信号への置き換え
ところが、やはりダメだった。昨年ころから、信号機があるにもかかわらず交通警官が交差点に出て、歩行者、自転車、バイク、車、牛の整理を始めた。
そして1年後のいま、信号機は消されるか点滅に変えられ、交差点の真ん中には交通整理用のお立ち台が設置され、警官が手信号と笛で交通整理をしている。人治への逆行である。
皮肉なことに、休日、夜間など、車が少なく交通警官がいないときは、交差点中央のお立ち台がロータリーの役割を果たしている。
ネパール人民は、日本援助の信号機を放棄し、国産警官を投入、伝統継承の人治へ戻したのである。
4.人海戦術
これは、見た限りでは、他の交差点でも同じだ。デリーバザール西側出口交差点、シンハダーバー前交差点など(これらは休日等には信号機に戻されることもある)。環状線(リングロード)の主要交差点はまだ見ていない。
そうした人治(手信号)化交差点の中でも最も惨めなのが、タパタリ交差点。パタン入口、バグマティ川の橋(日本援助)の手前にあるこの交差点は、交通要所であるうえに、ロータリー崩れの複雑な構造になっている。
この複雑なハイテク交通信号機も完全崩壊、見るも無残なガラクタと化している。
タパタリ交差点の中央にはお立ち台が設置され、警官が手信号で交通整理する。さらに進入路の各所に警官が配置され、交通整理している。人海戦術である。
交通警官には、女性が多い。若くビックリするくらい美人だ。イカツイ男の制服姿は威圧的だが、女性の制服姿は美しさを倍増させる。だから、女性交通警官の指示には、皆おとなしく従っている。
手信号に従うのも法治と言えなくもないが、手信号を出すのは人であり、やはり人治に分類すべきだろう。ネパール人民は、近代的法治を伝統的な人治に戻しつつあるのだ。
5.ロータリーの健在
これとは対照的に、英国式ロータリーは健在だ。たとえばマイティガル交差点は、信号機は崩壊しているものの、ロータリーは残されているので、交通はロータリーの論理により自動整理され、かなり能率的に流れている。
ロータリーは、英国民主主義の伝統の具現であり、これが機能する社会は、あえていうならば民主主義成熟社会、より正確にはポストモダン民主主義社会である。
交差点民主主義において、日本は英国に完敗した。短期的には日本型近代合理主義が強いが、長期的には英国型の方が強い。やはり日本はダメだ。英国の古き良き伝統には到底かなわない。
6.地下鉄とリキシャ
しかし、その英国式ロータリーといえども、このまま車やバイクが増加していけば機能しなくなる。カトマンズやパタンなどが都市再生を図るには、市街地から車やバイクを一掃する以外に方法はない。信号機不要市街に戻すのだ。地下鉄、路面電車を通し、市街地は原則として徒歩、自転車、リキシャ、牛だけに限定する(指定車を除く)。不便になるが、仕方ない。
一つのモデルは長崎。最近値上げされたが、それでも路面電車はどこまで乗っても120円、回数券なら100円ほどだ。安全快適。
もしネパールがこのまま車増加を放任し、信号機で整理しようとすれば、街を破壊し道路建設する以外に方法はない。しかし、そんな野蛮な文化破壊は選択すべきではない。
日本は、人口密集古都保全型都市交通体系への移行支援に、援助方針を変えていくべきだろう。
文部省前交差点。赤・黄点滅。警官手信号で交通整理。右前方が恐怖のアメリカンクラブ。
文部省前交差点。中央のお立ち台が、警官不在の夜間はロータリーとなる。点滅信号機完全無視。
タパタリ交差点。警官約十名で交通整理。制服姿の女性警官が、メチャかっこよい。
タパタリ交差点。ハイテク信号機消灯。醜いガラクタと化す。反文化的。
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