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南スーダン陸自交戦寸前,朝日記事の危険な含意

朝日新聞(4月21日)が,南スーダン「UNMISS」派遣陸自隊長・井川賢一1等陸佐の単独インタビューを掲載している。それによれば,井川隊長は,2014年1月5日,派遣(派兵)全隊員に武器・弾薬を携行させ,「各自あるいは部隊の判断で,正当防衛や緊急避難に該当する場合には撃て」と命令している。一応,「正当防衛」か「緊急避難」となっているが,避難民等を交えた混乱状態で戦闘が始まれば,そんなことの判断は事実上不可能だ。まさしく危機一髪,交戦寸前だったわけだ。

 140421a140421b ■UNMISS派遣陸自(防衛省HP)

この事態について,朝日は,例のごとく,ヌエ的態度に終始している。見出しは次の通り。
 [1面]陸自PKO隊長 射撃許可/南スーダン,銃撃戦迫り/1月,発砲に至らず
 [2面]PKO変化,日本板挟み/国連,武器使用を容認/安倍政権 基準見直し検討
     記者はこう見た 法改正か撤退か国民的議論を
 [7面]井川陸自隊長 一問一答「隊員死なせられない,最低限の自衛の必要,考えた」

一見,中立のようだが,朝日が,武器使用容認に傾いていることは、記事全体をみれば,そのニュアンスでわかる。たとえば,特ダネインタビューをとった三浦記者は,「記者はこう見た」において,こう書いている――

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 施設内で暮らす避難民は約3万人。守るのはルワンダなどの部隊だ。装備や隊員たちの熟練度は見るからに自衛隊の方が上回つている。それでも,自衛隊員たちは避難民を守るための武器使用が許されない。もし自衛隊がいながら,すぐそばで避難民の虐殺が起きた場合,国際世論は「仕方ない」と見なすだろうか。・・・・
 事実上の内戦状態にある南スーダンで,自衛隊はこれまで通りの構えで国際社会から期待された任務を遂行できるのか。現地を取材した私の考えでは選択肢は二つしかない。憲法解釈の見直しやPKO協力法などの改正によって派遣部隊に避難民を守るための武器使用を認めるか,現地が内戦状態にあることを認め,「停戦」を前提とする現行法を順守して南スーダンから撤退するかのどちらかだ。(朝日新聞4月21日)
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井川記者は,「国民的議論を」と逃げているが,ここでは一言も,自衛隊の海外派遣(派兵)それ自体が違憲であることには触れていない。それもそのはず,朝日新聞は,そのような原則的な立場をきれいさっぱり放棄してしまい,いまでは「地球貢献国家」を社是としているからだ。

「地球貢献」のために自衛隊(軍隊)を派遣せよとラッパを吹いておきながら,イザとなったら,「国民的議論を」とは,あまりにもおめでたい。朝日記事からは,国連が武器使用を容認したのだから,法改正し自衛隊も武器使用できるようにせよ,という願望が透けて見えてくる。

つまり,こういうことだ。安倍首相の目玉政策,「積極的平和貢献(Proactive Contribution to Peace)」を最も効果的に支援しているのは,産経でも読売でもなく,朝日だということ。朝日が,お上品に,「美しい国」の「積極的平和貢献」への道の露払いをし,準備万端整ったところで,それ行けドンドン,けばけばしいアナクロ復古調軍楽隊が行進するわけだ。

はなばなしいのはプカプカ,ドンドンだが,所詮それはそれだけのもの。常識も良識もある国民多数は,それだけでは浮かれ,ついて行ったりはしない。ところが,朝日が,もっともらしい理由をつけ,判断留保しているように見せつつ,お上品に,ジリジリと立ち位置を後退させていくと,国民の多くは,それが「いまの良識」かと思い,朝日とともに後退し,そのうち「日本を取り戻し」軍国主義に復古することもアナクロとは見えなくなってしまう。

対韓中ヘイトスピーチと同様,復古軍国主義も,同調を始めたら,これほど爽快なことはあるまい。朝日は,そのための露払いをしているように見えてしかたない。思い違いならよいが,もしそうでないなら,朝日の責任は重大といわざるをえない。

[参照]
スーダン派兵で権益確保:朝日社説の含意
スーダン銃弾供与問題と露払い朝日新聞
朝日社説の陸自スーダン派兵論(再掲)
良心的兵役拒否国家から地球貢献国家へ:朝日の変節
自称「右翼軍国主義者」の「積極的平和主義」:安倍首相の国連演説
自衛艦をソマリア沖に派遣せよ,朝日社説

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2014/04/21 at 19:07

丸山眞男の自衛隊合憲論・海外派兵論

丸山眞男(丸山真男,1914-1996)は,平和主義者のイメージが強いが,実際には冷徹な現実主義者であり,いわゆる「平和主義者」ではなく,自衛隊についても憲法前文による合憲化や積極的な海外派兵を説いていた。

1.「楽しき会の記録」
たとえば「楽しき会の記録」での丸山発言(『丸山眞男手帳56』2011.1)。これは1990年9月16日午後,丸山宅近くのホテルで開かれた「楽しき会」の録音テープを『手帳』編集部がおこしたもので,丸山自身の著作ではない。丸山は自分の文章についてはきわめて慎重で,一字一句おろそかにしなかった。その反面,少人数での座談は大好き饒舌であり,それらの多くは没後『丸山眞男座談』(9巻,岩波,1998),『丸山眞男回顧談』(上下,岩波,2006),『丸山眞男話文集』(4巻,みすず,2008-9)などにまとめられ出版されている。

これらの記録は丸山自身の著作ではないが,それだけにかえって彼の考えがストレートに出ている。特にこの「楽しき会の記録」のような丸山自身の校閲を経ていない発言記録は,彼の生の声,彼の本音をうかがい知る貴重な資料といえよう。録音テープからの文章化も丸山研究者や練達の編集者が当たっており,十分に信頼できる。

では,丸山は1990年の「楽しき会」において,自衛隊について何を語ったのか?

2.現実主義者としての丸山眞男
丸山眞男は,周知のように,主体的市民の成熟を説く近代主義者であり,「暴力」を手段として使う政治家の「政治責任」を問う冷徹な現実主義者であった。決していわゆる「平和主義者」ではない。

その丸山からすれば,たとえば仙谷官房長官の「自衛隊は暴力装置」という国会答弁(2010.11.18)を非難攻撃し辞任に追い込んでしまった自民党の行為は,笑止千万であろう。警察や軍隊が国家統治の「暴力装置」であることは常識であり,それを口汚くののしり,鬼の首を取ったかのようにはしゃぎ回るのは,およそ大人の政党たる自民党らしくない。自民党は退化し,おしゃぶり(政権)を取り上げられ,だだをこねている幼児のような政党になってしまった。丸山であれば,おそらくそう考えたにちがいない。丸山は,政治においては「暴力」を手段として使用せざるをえないという冷厳な事実を見据えていた。丸山は決していわゆる「平和主義者」ではない。

したがって,自衛隊についても,現実主義者(ウェーバー的現実主義者)としての丸山は,現実主義的な認識をしているとは思っていた。しかし,この「楽しき会の記録」を読むまでは,晩年の丸山が憲法前文による自衛隊の合憲化や積極的な海外派兵を唱えていたことは,まったく知らなかった。うかつと言えばそうだが,これには,正直,驚いた。

3.人民の自己武装権
1990年の「楽しき会」において,丸山は30年前の著作「拳銃を・・・・」(1960,『丸山集8』)を引き合いに出し,「国民の自衛権」を全面的に擁護している。

「拳銃を・・・・」によれば,アメリカ憲法修正2条(1791)は「武器を保持し武装する人民の権利」を保障しているが,それは元来「人身の自由」を最終的に担保する「個々人の武装権」であったし,現在もなお原理的にはそうである。アメリカ憲法は,自由を守るための個人の武装権,人民の自己武装権を認めているのである。

ところが日本では,秀吉の刀狩り以来,人民は武装解除されていき,今では丸裸にされている。また,権利や民主主義も日本では闘いとられたものではなく,既製品として輸入され国民に与えられたものである。したがって,日本人は権利や民主主義が危うくなっても,それらを守るために闘う気力も戦うための武器も持たない。

“私達は権力にたいしても,また街頭の暴力にたいしてもいわば年中ホールドアップを続けているようなものである。どうだろう,ここで思い切って,全国の各所帯にせめてピストルを一挺ずつ配給して,世帯主の責任において管理することにしたら・・・・。そうすれば深夜にご婦人を襲う痴漢や,店に因縁を附けるに来るグレン隊も今迄のように迂闊にはおどせなくなるだろう。なにより大事なことは,これによってどんな権力や暴力にたいしても自分の自然権を行使する用意があるという心構えが,社会科の教科書で教わるよりはずっと効果的に一人一人の国民のなかに根付くだろうし,外国軍隊が入って来て乱暴狼藉をしても,自衛権のない国民は手を束ねるほかはないという再軍備派の言葉の魔術もそれほど効かなくなるにちがいない。日本の良識を代表する人々につつしんでこの案の検討をお願いする。”(p.281)

このピストル配布武装論は,「権利のための闘争」の覚悟,あるいはより直接的には再軍備反対のための断固たる決意を説くためのレトリックのようにも見えるが,しかし私には必ずしもそうとは言い切れないように思える。丸山は,本気で,権利が国家から,あるいは外国から侵害されそうになったとき,最後のギリギリのところでは,個人や人民は武器を取って戦うべきだ,と考えていたのではないか。私にはそう思われる。

4.「国民」の自衛権行使の合憲性
丸山の「楽しき会」発言(1990)は,30年前のこの「拳銃を・・・・」(1960)とまったく同じ人民武装論の立場からなされている。

“外国が入ってきたらどうするのか,と。女房を犯されてどうするのか,と。そんなに言うのなら,各戸にピストルを配れ。そうしたら婦人も安心して夜間に外出できる,と。襲ってきたらやればよい。正当防衛ですよ。”(p.17)

“軍隊は国民の独立[のため]なんだ。個人の独立なんだ。・・・・市民が武器を取って自分を守るんです。”(p.20)

丸山は,「個人」の自衛権・武装権を認め,さらに「国民」の自衛権・武装権も認める。ただし,この「国民」の自衛権は,「国家」の自衛権とは異なる。

“国家の自衛権と国民の自衛権を区別しなければいけない。・・・・国民が自己防衛するのは憲法は許していますよ。完全に合憲です。ピストルを持とうが何をしようが。国家が国家として国家の軍隊を行使してはいけないとだけ,現在の憲法は禁止している。”(p.22)

論旨明快。丸山は,政府専制化や外国侵略に対し,個人やその集合である「人民」ないし「国民」は自衛権を持ち,武器を取って戦ってよいし,戦うべきだ,そして日本国憲法もそれを認めている,と明言している。

それはよく分かる。しかし,そこから先がよく分からない。つまり,「国民」の自衛権・軍隊と「国家」の自衛権・軍隊が,はたして区別できるかどうか? 日本攻撃に対する国民蜂起と国家防衛戦争が区別できるかどうか? 理念的・概念的には区別できるが,実際には多くの場合「国民」の軍隊と「国家」の軍隊は区別できないのではないか?

むろん丸山も,「こうした[アメリカ憲法修正2条の定めるような人民の]武装権が集合体としての『国民』の自衛権に,さらには『国家』の自衛権へといつの間にか蒸発して」しまう危険性を十分に自覚していた(「拳銃を・・・・」p.279)。

しかし,危ないと分かりつつも,近代主義者・現実主義者としての丸山は,個人・人民・国民の自衛権・自己武装権を認めざるをえなかったのである。

5.憲法前文による自衛隊合憲化
ここから,丸山眞男は,日本再軍備反対運動・戦後平和運動の代表的イデオローグでありながら,自衛隊容認,さらには自衛隊海外派遣(派兵)の提唱へと,勇敢にも,いやあまりにも大胆に,突き進んでいく。

丸山によれば,憲法9条は「国家」の自衛権・交戦権を放棄しており,したがってそれを前提とする現在の自衛隊は違憲である。ところが――

“憲法の前文を引用すれば,前文の趣旨に自衛隊を解釈すればジャスティファイできる。”(p.21)

これは重大な発言である。「前文の趣旨」が何かは直接的には説明されていないが,おそらくそれは日本および世界の諸国民の平和的生存権を保障するための軍隊であれば,ジャスティファイ(正当化)できる,ということであろう。憲法前文は,「全世界の国民が,ひとしく恐怖と欠乏から免かれ,平和のうちに生存する権利を有することを確認する」とのべ,「日本国民は,国家の名誉にかけ,全力を挙げてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ」と宣言している。この平和的生存権を守るための自衛隊であれば合憲ということ。それ以外には,考えられない。

6.グローバル化と海外派兵の合憲性
この丸山眞男の自衛隊合憲論は,彼のグローバル化時代の到来という時代認識に裏打ちされている。

“今や世界のシンボル・パワーズがみんな自分の国を自分の国の軍隊では守れなくなった。主権国家の軍隊という意味が全く歴史的に変わった。それと戦争概念の変化があるでしょ。”(p.29)

つまり,いまやグローバルな「ワン・ワールド」が現れつつあり,そこでは――

“国際連合は,世界の警察の役目で制裁するの。・・・・国内警察と同じように,違法行為を犯した奴を世界の警察が捕まえて裁判するんだ。それは警察であり軍隊なんだ。[イラク制裁では]それを主権国家が代用しているのがおかしいの。・・・・これは特定の国家群ではなく,グローバルな国際連合の行為なんです。警察と同じなんです,国連が。軍事行動を取るなら,世界警察としてのみ是認される。”(p.30)

丸山は,平和的生存権保障のための自衛隊を合憲と見なし,さらにそのための国連の軍事行動への自衛隊派遣(派兵)も合憲と考えるのである。

7.丸山「海外派兵論」の危険性
丸山の議論は,結局,国連軍ないし国連警察が成立するなら,日本は自衛隊をそこに参加(派兵)させうるし,積極的に参加(派兵)させるべきだ,という結論になる。しかし,現実には国連軍はまだ成立していない。では,どうするか?

“グローバルな安全保障だけが安全保障であって,軍事同盟は対立するものなんです。軍事同盟を否定するのが国際連合の政治。つまり,世界の警察軍だけを認める。ただ現実問題として主権国家が存在しているから,主権国家の軍隊の力を借りる。”(p.33)

冒頭で丸山は現実主義者だといった。ここでは,その丸山の現実主義が,議論を徐々に危ない方向へと向けていく。

“国連をエフェクティブeffectiveにしようと思ったら,国籍を離脱した国連軍を作るほかないんです。ただ,主権国家はなくならないから,軍人が国連軍から脱退した時には,前の国籍に戻すという保証がなければ,ちょっと困ります。”(p.18)

自衛隊も,当然,国連に派遣され「国連直属の軍隊」になるのであれば,「そうすれば,憲法に違反しない」(p.19)ということになる。しかも,先の説明によれば,国連軍から脱退すると,日本の国籍に戻る。たしかに現実的だ。しかし,そんなことをして本当に大丈夫か?

国連軍がまだ成立していないからといっても,PKO(PKF)の場合,指揮権は国連(総会・安保理)にあり,各国からの派遣軍はその指揮に服する。つまり国連警察軍といってもよい。とすれば,自衛隊のPKO派遣(派兵)は合憲となり,任務終了とともに日本国自衛隊に復帰することになる。自衛隊の活動は世界大に拡大し,国連フィルターを通して自衛隊の自己増殖が始まるのではないか?

丸山にはそうした躊躇は全くない。それどころか,彼の現実主義は,ここに止まらず,さらに議論を危険な方向へと前進させる。

“国籍離脱が無理なら,ぎりぎりの現実論は,さっきの話のように,自衛隊を二つに分けて,国連協力隊と今までの自衛隊と。”(p.34)

“国連協力隊法案のなかにその一条を入れる。今の自衛隊を二つに割って,一つを国連協力隊と名付けると。国連協力隊には自衛隊員以外も参加できるというのがあれば,なおいい。そうすると国連軍に近づくから。”(p.35)

丸山は,「楽しき会」の最後で,自衛隊の国連協力(国連軍参加)について,こう述べている――

“それが日本国憲法の精神だ,と言うんですよ。国内向けには,それがナショナル・インタレストだ,本当の意味で。”(p.36)

現実主義者らしい考え方だ。しかし,本当にこんなことをやってよいのだろうか? かつて明治憲法体制下で顕教(天皇統治)と密教(立憲君主制)の二枚舌が結局は顕教支配を招いたように(久野・鶴見『現代日本の思想』1956),自衛隊海外派遣は国益だという顕教と,それがこれからの世界益だという密教の使い分け二枚舌が,結局は日本国益のための自衛隊海外派兵という分かりやすい顕教の支配になってしまわないだろうか? 「本当の意味で」と限定されていても,国益は国益であり,「国内向け」に使えば,日本国益のために自衛隊を派遣する,となってしまうのは必定ではあるまいか?

私は,この「楽しき会」記録が公刊されるまで,丸山がこのような生々しい発言をしていたことを知らなかった。超国家主義の完膚無き批判者,非武装中立の提唱者,安保闘争支持の代表的知識人,戦後民主主義の旗手――その丸山眞男が,条件付きとはいえ,自衛隊合憲論・海外派兵論を唱えていたとは! これはショックだ。

8.丸山「海外派兵論」と朝日新聞の「変説」
ここでもう一度,「楽しき会」のメンバーを見てみよう(○印は出席者)。
 ○丸山眞男(1914-1996):東大法学部,政治学,日本政治思想史
 ○安東仁兵衛(1927-1998):構造改革派,『現代の理論』発行
 ○石川真澄(1933-2004):朝日新聞,朝日ジャーナル
 ○岩見隆夫(1935-):毎日新聞,サンデー毎日
 ○筑紫哲也(1935-2008):朝日新聞,朝日ジャーナル,TBS
  堤 清二(1927-):辻井喬,西武・セゾングループ
  冨森叡児(1928-):朝日新聞
  松山幸雄(1930-):朝日新聞

そうそうたるメンバーであり,いわゆる進歩派・良識派知識人の会といってよい。ここで丸山が,憲法前文による自衛隊海外派遣合憲論を語った。ジャーナリズム,特に朝日新聞への影響は大きかったのではないかと推察される。では,この「楽しき会」開催(1990年9月)前後の世界情勢,日本情勢はどのようなものであったのか?

 1989 ベルリンの壁崩壊
 1990 イラク軍クウェート侵攻,「楽しき会」
 1991 湾岸戦争勃発,ソ連崩壊
 1992 PKO法成立
 1993 55年体制崩壊,EU成立
 2001 PKO法改正によりPKF参加凍結解除
 2006 自衛隊法改正で自衛隊海外活動が「本来任務」に
 2007 陸自中央即応集団(CRF)設立
    朝日新聞社説21(5月3日)が「地球貢献国家」提唱

この年表から分かるように,「楽しき会」開催の1990年前後を境に,世界も日本も劇的に変化したことが分かる。近代主権国家からなる世界はベルリンの壁崩壊(1989)とソ連崩壊(1991)により終わりの秋を迎え,EU成立(1993)に象徴されるような,超国家的地域共同体やグローバル社会の形成へ向けて大きく方向転換した。

日本でも,保守対革新の55年体制が1993年に崩壊し,政治情勢が流動化,新しい体制への模索が始まった。丸山が1990年に語ったように,世界の構造が大きく変わったのであり,93年の日本政治の構造変化もそれを受けたものであったのである。

そして,ここで特に注目すべきは,自衛隊をめぐる議論がやはりこの頃を境に大きく変化したことである。1992年には国際平和協力法(PKO法)が成立,自衛隊の海外派遣が認められ,2001年には同法改正により平和維持軍(PKF)参加凍結も解除された。さらに2006年の自衛隊法改正により,自衛隊の海外活動が「本来任務」とされ,2007年にはPKOに対応するための部隊「中央即応集団(CRF)」も設立された。ここでは「民軍協力」が本格的に導入され,2007年のネパール国連ミッション(UNMIN)派遣ではCRF配属の陸自隊員が「個人の資格」で派遣され,以後,UNMIN指揮下で活動してきた。

この流れを追認し,さらに強くそれを後押ししたのが,2007年5月3日の朝日新聞「社説21」である。ここで朝日は従来の「良心的兵役拒否国家」を放棄し,「地球貢献国家」を社説として採用し,自衛隊の積極的海外派遣を唱え始めた。これは自衛隊をめぐる議論に決定的な影響を与えた。以前から自衛隊合憲・海外派遣を唱えてきた産経新聞や読売新聞ではなく,それに真っ向から反対してきた朝日新聞が「変説(変節?)」したからである。

この90年以降の日本の防衛政策の変化や朝日新聞の「変説」は,少なくとも外見的には90年の丸山「楽しき会」発言に沿ったものである。では,丸山はこの防衛政策の変化や朝日新聞の「変説」にどのような影響を与えたのか?

丸山は,良識派・進歩派・革新派・護憲派の知識人や政治家に大きな影響力を持っており,多弁な彼がもし90年「楽しき会」発言と同趣旨の発言を別の機会に何回もしているとすると,それを聞いた人々から彼の考えが周辺に広まっていった可能性は十分にある。

特に注目すべきは,朝日新聞「変説」との関係である。「楽しき会」のメンバーには,朝日新聞系の重鎮が4人も含まれている。彼らが丸山に深く傾倒していたことは言うまでもない。具体的なことは,もちろん分からない。しかし,90年の丸山発言と朝日の「地球貢献国家」がよく似ていることは確かである。両者の間になんらかの関係があるのではないかと見られても不思議ではない。

9.丸山眞男と現実主義の陥穽
丸山には,通俗的現実主義を鋭く批判した「現実主義の陥穽」(1952,丸山集5)という論文がある。現実主義者の丸山であるからこそ,通俗的現実主義の危険性をよく認識していた。では,丸山自身の自衛隊合憲論・海外派兵論はどうなのか?

グローバル化時代における「新しい戦争(非正規戦争)」の拡大という「現実」への現実的対応という,「現実主義の陥穽」に陥っているのではないか? 国連を利用した自衛隊自己増殖の正当化理論となっているのではないか?

丸山がいうように,グローバルな「ワン・ワールド」が現れ「世界警察」の必要性が高まりつつあることは認めつつも,それでもなお自衛隊の海外派遣(派兵)には懐疑的とならざるをえない。それは,日本の平和にとって,本当に賢明な選択なのだろうか?

■参考資料
朝日新聞社説21(2007年5月3日)

提言 日本の新戦略―地球貢献国家を目指そう

15.自衛隊の海外派遣

国連PKOに積極参加していく・自衛隊が参加できる国連PKO任務の幅を広げる

・平和構築のための国際的部隊にも限定的に参加する

・多国籍軍については、安保理決議があっても戦闘中は不参加が原則

憲法の前文(資料6)は、日本だけでなく、世界の人々が平和に暮らす権利を重くみた歴史的な宣言でもある。紛争のあった国の再建を手伝う「平和構築」は、前文の精神に沿うものだ。

民族紛争、内戦などで疲弊、破綻(はたん)した国は、和平合意後も社会が不安定な場合が多い。暴力によらずに対立を解決していくためには、民主主義制度の整備や法の支配の確立が大きな鍵を握る。近年、国連主導で平和を持続し、国を再建していく「平和構築」が世界各地で進められてきたのはそのためだ。

「平和構築」は第一に、そこで暮らす人々のために進める。だが同時に、国際的な安全保障での意味も大きい。内戦などで法の支配が崩れると、テロや麻薬、武器密売などの犯罪組織が拠点を置く。そこから脅威が世界に散らばり、「世界の弱点」となる恐れがある。対応策として「平和構築」を進める必要がある。

「平和構築」には行政官やNGOの人たちを含む文民の活動がふさわしい仕事が多い。だが中には、武器を持った実力部隊でないと危険な時期や場所もある。そこに自衛隊の出番がある。

自衛隊の派遣は、日本にふさわしいものでなくてはならない。現地で歓迎され、実際に「平和構築」に役に立つ。あくまで憲法前文のような普遍的な理念に基づく派遣であって、「米国とのおつき合い」だけで海外に自衛隊を送るべきではない。そこで次のような諸点を前提に進めるべきだと考える。

国連PKOは、紛争終了後の平和構築の柱である。だが、他の先進諸国に比べて、自衛隊の派遣件数はまだまだ少ない。日本の参加先をもっと増やし、任務の幅も広げるべきだ。

日本は92年に国連平和維持活動(PKO)協力法を制定し、まずカンボジア復興で自衛隊を派遣した。その後もゴラン高原、東ティモールなどの国連PKOに参加してきた。これまでの参加は、紛争で壊された施設の復旧、医療活動などの人道復興、後方支援だった。

01年に同法は改正され、凍結されていた本体業務への参加が解除された。停戦や武装解除の監視、緩衝地帯での駐留、巡回などが本体業務にあたる。まだこの分野での参加例はないが、今後は協力していくのが適切だろう。

安保理決議に基づき、厳密に規定された任務を進めていくうえでのやむを得ない発砲などは、犯罪を抑える警察の武器使用に近い。武力行使にあたるような使用を認めないのは言うまでもない。

慎重に実績を重ねつつ、将来的には現在のPKO法では認めていない、国連や公的施設の警護などにも範囲を広げる道も探る。治安情勢や自衛隊の練度などを踏まえ、派遣の是非は個々のケースごとに決めるのは当然だろうし、さらにどんな条件が必要かを考えたい。

同じ平和構築でも近年は、国連PKOではなく、国連安保理決議に基づく国際部隊が配置されるケースが増えている。治安の変化に臨機応変に対応する必要性などから、国連ではなく国際部隊に参加した国の現地司令官が指揮するものだ。ただ、任務の内容としては公共施設の復旧、医療活動など国連PKOとあまり変わらない内容のものも含んでいる。

日本としても、こうした国際部隊について、国連PKOにおける後方支援に準じるものであれば、参加するケースがあってもいい。平和構築活動における日本の選択肢を広げるためだ。

その場合、国会の事前承認、武力行使の禁止などの厳しい条件を設けるべきだ。政権転覆が目的の「有志連合」による攻撃など正統性を欠く行動、たとえばイラク戦争のようなものには決して加担しない。そうした戦争の後の平和構築にも基本的に参加しない。

最後に、自衛隊は戦闘中の多国籍軍には後方支援であっても参加しない。この原則は今後も貫く。

例外中の例外が考えられるとすれば、(1)誰の目にも明らかな国際法違反(領土の侵略など)があり、(2)明確な国連安保理決議に基づいて、国際社会が一致する形で集団安全保障(軍事的制裁)が実行され、(3)事案の性格上、日本の国益のためにも最低限の責任を果たす必要がある、といった要件をすべて満たす、極めてまれな場合でしかない。

ただし、その場合でも、自衛隊が協力できるのは、憲法で許容される範囲内の後方支援に厳格に限定されるべきであり、国会の事前承認を大前提としなければならない。

こうした枠組みの中で自衛隊が技量を発揮し、日本らしさをアピールしたい。

資料6 憲法前文(抜粋)
○われら(日本国民)は、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う

○われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する

■参照
海外派兵を煽る朝日社説
良心的兵役拒否国家から地球貢献国家へ:朝日の変節

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2011/02/13 at 21:20

スーダン派兵で権益確保:朝日社説の含意

谷川昌幸(C)
朝日新聞はいったいどうなってしまったのだろうか? 25日付社説「スーダンPKO・目立たぬからやめるとは」は,陸自ヘリ部隊のスーダン派遣断念を非難し,積極派兵政策への転換を要求している。
 
スーダンには,2008年から中央即応集団の陸自隊員2名が派兵されている。そこにヘリコプター部隊も派遣することが,検討されていた。熱心にヘリ部隊派遣を唱えたのが,今回も外務省。砲艦外交で,外交力を増強しようという魂胆なのだ。
 
これに対し消極的だったのが,やはり防衛省・自衛隊。ヘリ部隊を派遣すると,低速・低高度のヘリは,格好の攻撃目標となり撃墜される危険性が高い。そんな危ないことはできないというのだ。この自衛隊の判断は極めて合理的であり,非難の余地は全くない。
 
ところが,朝日社説はこの防衛省・自衛隊の姿勢を「残念だ」と非難する。その理由は,まず第一に,国連や米国――本音は米国――を失望させるから。米国はケニヤ系のオバマ大統領が隣国スーダンの平和構築支援に熱心であり,外務省としては,ヘリ隊員を人身御供としても米政府のご機嫌を取りたいのだろう。
 
第二の理由は,変節朝日の自己正当化のためであろう。朝日は,数年前,自衛隊海外派兵論へと社説を180度転換した。それまでの「後ろ向き」「内向き」の社説(良心的兵役拒否国家)を,「前向き」「外向き」(地球貢献国家)に切り替えたのだ。それ以来,朝日は社をあげて自衛隊海外派兵イケイケドンドン,25日社説でもヘリ部隊スーダン派遣を「前向き」に検討してきた民主党政権を誉めたたえ,それに抵抗してきた防衛省・自衛隊を「内向き」と非難しているのである。
 
第三の理由は,社説では直接言及されてはいないが,資源確保である。周知のように,スーダンは石油など地下資源が豊富であり,中国などがPKO部隊(約300人)を送り込み,争奪戦を繰り広げている。朝日もそんなことは十分わかっているが,それには口をつぐみ,平和構築の美称で臭いものにふたをして,ヘリ部隊派遣を強行させようとしている。中国に後れをとるな,日本も派兵して資源の確保を図れ,というわけである。
 
やや深読みかもしれないが,これが朝日社説の真意だとすると,朝日は過去から何も学んでいないことになる。そもそも朝日は自己の戦争協力を検証し,それに基づき戦争責任を認めたはずである。これは「新聞と戦争」という特集記事として掲載され,あとで単行本『新聞と戦争』(朝日新聞社,2008)として公刊された。
 
 
この本については,井上ひさしが「過去の自己の活動を,驚くほど厳しく自己点検している」と高く評価している。また,赤澤史朗教授(立命大)も,朝日の戦争協力の事実を確認しした上で,この朝日の検証記事を高く評価している。
 
 「朝日新聞社が満州事変を契機に戦争支持へ社論を転換させ、戦意昂揚を煽る紙面作りをしたことは、従来から指摘されていた。その際、緒方竹虎など朝日新聞の首脳部の意図は、軍との協調関係を築きながら、他方で軍への批判や抵抗の芽も残しておこうとするものだったのかも知れない。しかし彼らには、どの地点で踏みとどまるべきか、どうしたら反撃に転じられるかということへの、見通しも勇気も欠けていたように見える。
 新聞社の戦争協力は、ずるずると多方面に広がっていった。戦争のニュース映画の製作と各地での上映、女性の組織化と国策協力への動員、文学者とタイアップした前線報道や帰国講演会など、そのいずれもが新聞の購読者の拡大につながるものだった。
 さらに進んで朝日新聞では、満蒙開拓青少年義勇軍の募集を後援し、戦争末期には少年兵の志願を勧める少国民総決起大会も開催している。そして新聞社が植民地や満州で、さらには南方占領地などで、新聞を発行し経営の手を広げるのにも、軍との良好な関係は大いに役立ったのである。」
 「日本の15年戦争は、マスメディアの協力なしには遂行できなかった。しかしこれまでその戦争責任を追及した研究は、外部の学者や元記者によるものであった。その点で朝日新聞が、自社の戦争協力を検証した「新聞と戦争」シリーズは、画期的な仕事といえるように思う。高齢の新聞社OBを探し出して取材する手法は、新聞社ならではのものであった。07年4月から1年間夕刊に連載されたそれは、日本ジャーナリスト会議の大賞を受賞し、連載をまとめた本書は570ページを超える大著となった。」 (http://book.asahi.com/review/TKY200807290119.html
 
朝日は自己の戦争協力・戦争責任を明確に認めた。では,それならどうして25日社説のような記事が書けるのか? 『新聞と戦争』と25日社説とは,どのような関係にあるのか? 朝日には,ハトとタカが同居しているのではないか? 朝日は,遺憾ながらジキル博士とハイド氏,危険な二重人格新聞ではないか?
 
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スーダンPKO―目立たぬからやめるとは(朝日新聞社説 20107.25)
 南北統一の維持か、南部の独立か。アフリカ大陸のスーダンは、来年1月に実施する住民投票で岐路を迎える。20年以上にわたった悲惨な内戦が終結した後の和平プロセスの節目である。
 その支援のために、日本は国連スーダン派遣団(UNMIS)への陸上自衛隊ヘリコプター部隊の派遣を打診されていた。投票箱を運んだり、選挙監視要員を動かしたりといった活動に、国連や米国は期待を寄せた。
 しかし、菅政権は派遣を見送った。アフリカ内陸部にヘリ機材を送る困難さや安全性を主な理由に挙げている。
 破綻(はたん)国家再建の試みとして、世界の注目を集める国連平和維持活動(PKO)だけに、残念だ。
 スーダン南部では、2005年の内戦終結に伴い、70カ国近くのPKO要員約1万人が停戦監視や難民支援などにあたる。日本も08年から自衛官2人をUNMIS司令部に派遣してきた。
 「PKOへの積極参加」を掲げる民主党政権は、政権交代後、自衛隊によるインド洋での洋上補給活動を中止する代わりに、スーダンPKOへの部隊派遣を前向きに検討してきた。
 ところが最終的に、北沢俊美防衛相が100億円にのぼる経費や準備期間の長さなどをあげ、積極的だった岡田克也外相を押し切る形となった。
 気になるのは、防衛省が「自衛隊の評価につながらず、士気も上がらない」と、アピール度の低さを理由に難色を示した点だ。
 あまりに内向きな発想だ。まず考えるべきは、スーダンが日本の役に立つかどうかではない。日本がスーダンの役に立てるかどうかだろう。
 平和構築の大切さをわかっているのか。そんな疑いさえ抱いてしまう。平和構築は、民族紛争や内戦などで疲れ切った人々に救援の手をさしのべるためだけではない。
 国家が破綻していくのを放置すれば、国際社会へのとばっちりは計り知れない。テロや犯罪組織の温床となり、世界の安定を脅かす。平和構築は、それを阻む国際的な安全保障の意味合いが大きい。各国が協力する取り組みにできる範囲で加わる。それが回り回って日本の安全にもつながる。
 平和構築は「日本の存在感を世界に示せるかどうか」といった計算ずくで判断するべきことではない。
 今年のハイチ派遣でPKOの参加規模は増したものの、国際社会の期待はなお大きい。連立政権の複雑さや普天間移設問題の混迷があったとはいえ、鳩山由紀夫前首相、菅直人首相はもっと指導力を発揮できなかったものか。
 スーダン和平は住民投票を無事終えたとしても、さらに幾多の障害が予想される。まだまだ外からの支えが必要だ。菅政権は、次なる支援策の検討に大きな判断を示してもらいたい。
 

Written by Tanigawa

2010/07/25 at 15:43