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震災救援の複雑な利害関係(12):支援食品「牛肉マサラ」
パキスタンのネパール救援物資の中に「牛肉マサラ」があったとして,大問題になっている。
ネパールの食習慣の難しさは,私自身,骨身にしみて思い知らされたばかりだ。この2月,インドの影響の強いタライのある町の大衆食堂で昼食をとったときのこと,たまたま朝食の残りのゆで玉子を持っていたので不用意にそれを食べたら,その食堂がベジタリアン(菜食主義)であったため,ひどく叱責された。表示は見当たらなかったし,外人でもあるが,だからといって許されはしない。それくらい,食習慣はネパールでは重要なのだ。(参照:平和のハトと,ハトを食うヒト)
ちなみに,ネパールにおける牛殺しは,1990年以前は全財産没収のうえ死刑,1990年改正法でも12年の禁固刑。牛殺しは,なお大罪である。
1.インド人派遣医師の告発
パキスタンが「牛肉マサラ」を救援物資として送ったことを告発し,激しく攻撃しているのは,ネパール人というよりは,むしろインドのヒンドゥー保守派とメディアであり,そしてなぜかイギリス・メディアも尻馬に乗り,それを煽り立てている。
発端は,どうやらMail Today(India Today)の4月29日付記事「われわれはパキスタン救援物資には触れていない」[g]と30日付記事「パキスタン,ネパール地震被災者に牛肉を送る」[a]のようだ。記事概要は以下の通り。
4月28日,ビール病院に救援派遣されていたインド人医師何人かが,救援物資を受け取りにトリブバン空港に行った。
B. Singh医師
「われわれは,空港でパキスタンからの救援食品を受け取るつもりだったが,携行食パックをみると,その中に『牛肉マサラ』の小袋が入っているのがわかった。・・・・われわれは,パキスタンからの救援物資には手を触れなかった。」[a]
*携行食(MRE: Meals Ready to Eat),調理済み即席食品
*牛肉マサラ(Beef Masala):マサラ牛肉カレーのようなものか?
匿名インド人医師
「地元の人々のほとんどは,食品の中身には気づかなかった。もし知っていたら,食べなかったはずだ。・・・・パキスタンはネパールの宗教感情を,牛肉マサラを送ることにより傷つけてしまった。ショッキングだ。ことの重大さを,パキスタンは考えなかった。」[a]
2.NDMAとPANA
救援物資を送ったのは「パキスタン国家防災管理庁(NDMA: National Disaster Management Authority)」。NDMAは4月28日,パキスタンの陸軍・空軍および外務省と協力し,C-130輸送機でテント,毛布,医薬品,食糧,そしてこの携行食パックをカトマンズに送った。[a]
携行食パックを製造したのは,PANA Force Foods。軍隊用携行食や災害用非常食を主に製造販売している。[a] PANAのHPをみると,携行食や非常食の写真付き宣伝が出ている。様々な商品があり,たとえばチキン・マサラ,マトン・マサラ,牛肉ハリーム,牛肉ニハリなど。「牛肉マサラ」そのものの宣伝はなかったが,この商品一覧からして,あって当然,何ら不思議ではない。[a]
Mail Todayは,救援食品パックの写真を掲載し,ラベルに「非売品」,「ポテト・ブジア」そして「牛肉マサラ」と表示してあったと書いている。状況からして,「牛肉マサラ」があったのは,おそらく事実であろう。
3.パキスタン政府の釈明
パキスタン政府は,当初,「牛肉マサラ」を送ったことを否定した。
T. Aslam(パキスタン外務省報道官)
「このことは承知していない。・・・・食品輸送は私の責任ではない。救援物資は国家防災管理庁が送ったものだ。」[c]
しかし,この説明を,パキスタン政府はすぐ訂正する。
T. Aslam(パキスタン外務省報道官)
「携行食セット内のそれぞれの袋に,英語とウルドゥ語で食品名が記載されており,誰でも食べるか否かを選択することができる。どちらの言語もネパールでは理解される言語だ。ネパール当局が,この携行食を必要と考え,輸送機に優先的に最大限積み込み送ることを要請したのだ。」[d]
パキスタン大使館
「パキスタンは,苦難の中にあるネパールのヒンドゥー教徒友人たちが何を大切にしているかを,よく承知している。パキスタンの私たちは,ネパールの兄弟姉妹に寄り添い,すべての宗教を尊重しており,したがってネパール人の信仰や価値観を侮辱することなど思いもよらないことだ。・・・・一つの大きな食品袋に,様々な食品を入れた22の小袋が入れてあり,これで朝・昼・夕の3食をまかなうことができる。使用されている肉は,牛肉ではなく,水牛肉である。しかも,肉を食べたくなければ,それの入った小袋を取りのけ,食べないこともできる。」[f]
以上のように,パキスタン側の説明は二転三転し,不手際が目につくが,事実はおそらく「水牛の肉のマサラ」携行食を送ったということであろう。あるいは,不注意で「牛の肉のマサラ」を送ってしまったのかもしれない。
もし前者であれば,全く問題はない。たとえ後者であっても,牛肉料理は以前から高級ホテルやレストランなどで提供されているそうだから,今回の件をことさら厳しく糾弾することはできないはずだ。
カトマンズポストによれば,ネパール政府も,パキスタン大使館の上記説明を了承したという[f]。
4.インドからの非難攻撃
ところが,インドのヒンドゥー保守派や商業主義メディア,あるいはスキャンダル好きの英メディアは,事実関係をよく確かめもせず,ネパールに「牛肉マサラ」を送ったとしてパキスタンを攻撃し続けてきた。
Independent UK
「パキスタンは,ヒンドゥー教信仰の厚い国民に牛肉入りの食品を送るという,たいへんな文化的過ちを犯した。」[b]
O. Hosable(RSS幹部)=Independent UK
「これはきわめて無神経な行動で,糾弾されるべきだ。」[b]
K. Adhikari(ネパール保健大臣)=Mail Today, India
「パキスタン政府には,ネパールの文化や宗教を無視しないでいただきたい。そのような食品を送る前に,ネパールの宗教や文化のことを考えてみるべきだ。」[g]
Kavita(カトマンズ市民)=Mail Today, India
「たとえ気づかなかったとしても,牛肉マサラを食べてしまったら,パシュパティ寺院には行けない。ネパールでは牛を礼拝しているのだ。」[g]
Ashok(カトマンズ市民)=Mail Today, India
「パキスタンは,謝るべきだ。ネパールでは牛は食べない。いまは非常時,それを利用することは許されない。」[g]
インドにも,もし「牛肉マサラ」が送られていたとしても,それは単なる手違いにすぎないであろうとか,このたいへんな震災非常時をパキスタン攻撃に利用すべきではない,といった冷静な意見もあるにはあるが,圧倒的に声が大きいのは,やはりパキスタン非難攻撃の側。あげくは,こんなトンデモナイ,とばっちり非難攻撃さえ出始めている。
Sakshi Maharaj(BJP議員)
「ラフル・ガンディが,牛肉を食べ,身を清めることなく,神聖な寺院(Kedarnath)に参拝した。だから地震が起きたのだ。」[h]
珍説ではあるが,The Times of Indiaが報道し(原記事未確認),それが各紙に転載され,拡散している。ラフル・ガンディーはインド会議派の副総裁であり,当然,会議派はカンカンになって怒っているが,この種の感情的煽動は冷静な説得ではなかなか止められない。それだけに,かえって恐ろしい。
パキスタン「牛肉マサラ」問題も,非常時暴動など,下手をすると大事件の引き金になりかねない。理性ではなく感情の問題だから,制御が困難。
5.ネパール官民の冷静な対応
パキスタン「牛肉マサラ」問題について,ネパールの官民は,驚くほど冷静に行動してきた。スキャンダル好きのネパール・メディアも,インドや英国のメディアのように騒ぎ立てていないし,政府も慎重に対応している。
カトマンズポスト「牛肉食品告発,パキスタンは否定」[f]は冷静な記事だし,そこで伝えられているネパール政府の対応も政治的に妥当なものだ。
ネパールの人々は,どの種の宗教原理主義とも距離をとってきた。敬虔な宗教的社会でありながら,他者の宗教には比較的寛容であった。また政治的には,ネパールには中国や欧米といったカウンターバランスがあり,ヒンドゥー原理主義への抵抗が,インドよりもむしろやりやすいのであろう。
しかし,震災復興は前途多難,あれやこれやの過激主義の感情的煽動がいつ人心につけ込むかわからない。そのようなことがないことを,切に願っている。
[参照資料]
[a] Astha Saxena,”Pakistan serves beef to Nepal earthquake survivors,” Mail Today,New Delhi,29 [updated 30] Apr 2015.
[b] Kashmira Gander,”Nepal earthquake: Pakistan sends beef masala to feed survivors in the Hindu-majority nation,” Independent.UK,30 Apr 2015.
[c] “No beef content in food dispatched by Pakistan to Nepal,” http://tribune.com.pk/story/878414/earthquake-relief-did-pakistan-serve-beef-to-hindu-majority-nepal/
[d] Astha Saxena, “Nepal earthquake: Pakistan ducks after beef relief blunder,” Mail Today,New Delhi, 30 Apr 2015.
[e] Jim Hoft,”OUTRAGE IN NEPAL After Pakistan Sends Packaged Cow Meat as Disaster Relief,” 30 Apr 2015.http://www.thegatewaypundit.com/2015/04/outrage-in-nepal-after-pakistan-sends-packaged-cow-meat-as-disaster-relief/
[f] “Pakistan denies beef food allegations,” kathmandu Post(Ekantipur),2015-05-01.
[g] Astha Saxena,”‘We did not touch the Pakistani aid’: Quake-struck Nepal launches inquiry as Pakistan sends ‘beef masala’ to country where cow slaughter is banned,” Mail Online India(Mail Today, Daily Mail UK),29 April 2015. http://www.dailymail.co.uk/indiahome/indianews/article-3061416/We-did-not-touch-Pakistani-aid-Quake-struck-Nepal-launches-inquiry-Pakistan-sends-beef-masala-country-cow-slaughter-banned.html
[h] “Rahul’s ‘impure’ visit to Kedarnath caused Nepal earthquake, says Sakshi Maharaj,” 28 Apr 2015.http://www.firstpost.com/politics/rahuls-impure-visit-to-kedarnath-caused-nepal-earthquake-says-sakshi-maharaj-2215456.html
谷川昌幸(C)
イルカ漁非難,その反キリスト教的含意と政治的戦略性
1.ケネディ大使のイルカ漁批判
ケネディ駐日大使が,イルカ追い込み漁の「非人道性(inhumaneness)」を,ツイッターで非難した。
この発言自体は,「人間」と「非人間」の区別さえしない,お粗末きわまりない感情的非難であり,聖書の教えにすら反する単なる言いがかりにしかすぎない。
それにしても,いったい誰が,いつ,何の目的で,”human”に “e“をつけ,”humane“とし,ご都合主義的にごまかす巧妙な詐術を考えついたのだろう。われわれ日本人は,はるかに論理的な日本語を使う民族であり,こんないい加減なアメリカ語に卑屈に屈服すべきいわれは,みじんもない。
だが,そこは老獪なアメリカ,そんなことは十分わかった上で,長期的観点から戦略を立て,日本にたいし,この文化的非難攻撃を仕掛けているとみるべきだ。
だから,いくら腹が立とうが,感情的に反発しては負け,アメリカ以上の戦略を立て,冷静かつ論理的に,このケネディ大使発言に断固反論し,世界社会の共感を勝ち取っていくべきであろう。
2.二枚舌の戦術と戦略
アングロサクソンは,政治的能力に長けた民族。短期的戦術と長期的戦略を組合せ,二枚舌を巧妙に使い分け,目標を達成する。単線化,単純化しやすい非政治的民族日本人より,はるかに懐が深いといってよい。
たとえば,ヨーロッパの片田舎の不合理で不便な英語を数百年以上かけ「世界共通語」にしたし,敗戦日本には食パン学校給食を強制し,米作中心の日本農業を衰退させた。コンピューターでも,初期段階で,優秀な日本製基本ソフトを政治的圧力により開発継続断念に追い込み,出来の悪かったアメリカ製を普及させ,その結果,いまや日本はアメリカの電脳植民地。そのうち,日本語そのものが,「不公正な貿易障壁」とみなされ,攻撃され,アメリカ語の公用語化を強要されるであろう。(英語帝国主義への屈服の見本が「美しい国」の安倍首相)。
ケネディ大使のイルカ漁「非人道性」攻撃は,この文脈で見なければならない。
3.「動物の平等権」の侵害
米大使のイルカ漁批判は,言い方を変えれば,米国における牛の近代的・合理的・科学的な屠殺は「人道的」であるのに対し,日本におけるイルカの伝統的・文化的な追い込み漁は「非人道的」だ,ということだろう。なぜか? それは,おそらく牛はバカだが,イルカは知能が高く人間に近いから,ということだろう。
私は,小学生の頃,牛部屋の隣で寝起きし,毎日のように牛の世話をしていた。だから,たぶんケネディ大使より,牛には詳しいはずだ。私にとって,牛はたいへん賢く,忍耐強く,平和愛好的で,「女神」のように優しかった。イルカと暮らしたことはないが,おそらく牛は,イルカと同等かそれ以上に賢いといってよいであろう。
しかし,たとえ百歩譲って牛がイルカより少々知的能力が劣るとしても,それをもって牛(や他の動物たち)とイルカを差別するのは,「動物の平等権」の侵害だ。人間の都合で,動物と動物を差別するのは,不当,不公平であり,許されない。
4.生命の尊厳と「人道的」屠殺
これは自明のことであり,アメリカもそんなことは十分わかっている。それにもかかわらず,イルカ漁を非難するのは,別の目的があるからに他ならない。
一般化していえば,近代的・合理的・科学的に――つまり経済活動の一環として――「人道的」に殺害できる動物は,殺して食ってもよいから,大いに食え! ということ。要するに,アメリカン・ビーフを食え,ということだ。
敗戦のドサクサに紛れ,日本にパン食文化を押しつけ,日本を米国産小麦粉の大市場にしたように,日本人にもっと牛を食わせ,米産牛肉の市場を拡大するのが,米戦略なのだ。
しかも,米国において牛は「人道的」に屠殺され,その現場は可能な限り市民生活から隔離されている。私たちは,牛(や他の動物)がこのように「人道的」に殺されれば殺されるほど,私たち自身が彼らの「生命」を食べて生きていることを忘れてしまうのである。
これが,意識されてはいないだろうが,実際には,動物愛護運動の隠された目的のひとつだ。いや,それが言い過ぎだとするなら,少なくともその善意は金儲けのために巧妙に利用されているといってもよいであろう。
5.南アジアもターゲットか?
しかも,狙われているのは,日本だけではあるまい。日本以上のターゲットは,おそらく南アジアの巨大なヒンドゥー教文化圏であろう。
むろん,この地域には,仏教やジャイナ教などの不殺生の幅広い強力な伝統があり,牛を殺して食うことはタブー。しかし,たとえそうであっても,「死」や「(殺すための)暴力」が,こうして,まるで存在しないかのように,きれいに隠されてしまえば,目にするのは単なる食品の一つとしてのパックされた「ビーフ」にすぎなくなる。そうなれば,ヒンドゥー教徒にとっても,牛肉への敷居は,おそらく低くなるであろう。それは商品としてのパック食品であり,したがって消費さて当然ということ。
しかと確かめたわけではないが,ネパールでは,すでに「ビーフ」は日常的に消費される食品の一つとなりつつあるという。
南アジアは,巨大な人口を擁し,なお急増しつつある。その南アジアに,もし牛肉食文化を受け入れさせれば,アメリカや他の牛肉生産国は,巨大なマーケットを手にするわけだ。牽強付会? そうかどうか,あと数十年もすれば,わかるであろう。
他の論点については,下記記事をご参照ください。
【参照】
▼動物の「人道的」供犠:動物愛護の偽善と倒錯
▼動物供犠祭への政治介入:動物権利擁護派の偽善性
▼インドラ祭と動物供犠と政教分離
▼毛沢東主義vsキリスト教vsヒンズー教
▼中国援助ダムに沈黙のNGOとマオイスト
谷川昌幸(C)
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