ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

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紹介:三瓶清朝『みんなが知らないネパール―文化人類学者が出会った人びと』(3)

3.「独り立ち」教育
本書の第2章17では,ネパールにおける「独り立ち」教育が,日本の場合と対比しつつ,具体的に紹介されている。たいへん興味深い。

「わたしはかねがね,ネパール社会と比べると,日本社会では親は子どもになかなか『独り立ち』をさせないし,子どもは子どもでなかなか親への依存をやめない,『独り立ち』できないというように理解している。それに反してネパールでは『独り立ち』の教育が早くおこなわれる。ネパール南部のタライ平野の先住民であるタルー族など,3歳でも『独り立ち』するように早くから教育される。」(101)

「カトマンズ市の富裕な家庭の多くは,子どもを使用人というか奉公をするというか,そういう子どもを住み込みで置いている。この子どもは,掃除をしたり料理の下ごしらえをしたり洗濯をしたり幼児の世話をしたりして家庭内の雑用をする。たとえば,オミラの家では,・・・・14歳の,山地から来ている,ネワール族の男子が家事雑用で住み込んでいて,家事雑用をしながら学校に通っていた。・・・・ギャヌー(50歳)の家にはいまから22年も前(1979年ごろ)には8歳ぐらいになる家事雑用専門の男子(多分,ネワール族)が何年も住み込んでいた。家事使用人として『独り立ち』して生きていくわけだ。・・・・シター(42歳)の家では,グルン族の12歳の男の子が家事使用人として住み込んでいて,家事雑用をしながら学校に通っていた。ネパールの子どもは,8歳や12歳,14歳ですでに『独り立ち』をする。」(104-5)

このネパールとは対照的に,日本には「『独り立ち』をさせないような社会的強制がある」と,著者はいう(106)。大学には「父母会」があり,大学側が成績表を親に送り,学習や進路につき親とも相談する。入学式や卒業式には親も出席する。このように,日本では大学生の「幼児化がはなはだしい」(107)。いやそれどころか,最近では入社式にさえ親が出席したりする(108)。

この「独り立ち」についての日ネ比較は,面白い。教育の本来の目的は,福沢諭吉が『学問のすすめ』で説いたように,物事を自分で見て判断することのできる独立した精神の確立であるはずなのに,日本では教育をその逆に向け推し進め,生徒・学生の幼児化を図ってきた。権威に従順な,使い勝手の良い「おとな子供」の育成である。

このように,ネパールの「独り立ち」教育が現代日本の「幼児化」教育とはベクトルが逆であることは明らかだが,だからといって,もしわれわれがそれを近代的な主体性教育,福沢のいう「一身独立」ないし「独立自尊」の教育のようなものとみると,基本的な点で見方を誤る恐れがある。

ネパールの子供の「独り立ち」は,むしろ戦前や高度成長以前の戦後日本の子供のそれに近い。日本でもかつては子供たちの家事手伝いや丁稚奉公が広く見られたし,農家では不可欠の働き手として農作業を分担していた。学校教育が普及し始めても,小学校を卒業すると(12~14歳),子供たちは農民として働き始めるか,繊維工場などに働きに出た。戦後になっても1970年頃までは,中学卒(16歳位)や高校卒(18歳位)で親元を離れ,都市へ集団就職する子供が少なくなかった。山陰の私の故郷でも,毎年,3月下旬になると,6~8両もの集団就職列車(先頭は蒸気機関車!)を仕立て,村々の駅で中卒や高卒の少年少女を乗せ,都市部の就職先へと送り出した。日本でも,つい半世紀前頃までは,子供たちの多くが早くして「独り立ち」していた,いやさせられていた。ネパールの「独り立ち」教育は,むしろそれに近いように思われる。

それともう一つ,ネパールの子供使用人,特に住み込みの子供使用人については(日本の場合も本質的には同じだが),注意しなければならない別の側面もあるように思われる。子供が奉公先に住み込む場合,当然,その子供使用人の立場は極めて弱い。酷使や虐待の被害を受けやすく,事実,これまでに幾度も問題にされてきた。学校にも満足に通わせてもらえない場合が少なくない。

さらに,私も幾度か見たことがあるが,子供住み込み使用人は奉公先家族のいかなる指示にも従わざるをえない。たとえ小さな子供のわがままであっても,ご主人様の子供ともなれば,反抗は許されず,忍従を強いられる。そのような状態が続けば,子供住み込み使用人は,子供であるからなおさら強く,上下身分関係を刷り込まれ,屈辱的な忍従を習い性とするようになる。その場,その場の人間関係をいち早く見て取り,小狡く立ち振る舞うという意味では「独り立ち」しているが,それは福沢諭吉の唱えた「独立自尊」とは真逆の精神態度と見ざるをえないであろう。

ネパールの子供使用人には,このような側面もあるのではないだろうか?


■ネパールの子供家事労働者,約6万5千人。学校に行かせてもらえず酷使,虐待も少なくない(IPS, 2013/07/25)。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2018/06/19 at 14:24

制憲議会選挙2013(15):監視と選挙,銃と票

11月19日午前7時より制憲議会選挙の投票が始まった。キルティプルの丘の上は,治安がよい(と思われる)ので,投票所の見学に行った。

百聞は一見にしかず。これは「監視下の選挙」であり「銃下の投票」だ。何かが決定的に欠如している。

(1)監視下の選挙
キルティプルの丘の上はカトマンズ近郊で治安もよいせいか,監視団天国。いたるところにいる。威厳を誇示しているのは,いうまでもなく国連とカーターセンター。そもそも使用車両が別格。頑丈な高級車で乗り付け,別格を思い知らせ,上から目線で監視し,無知な地元住民に民主主義のイロハをしつける。

選挙のための監視か,監視のための選挙か? いずれかであろうが,いずれにせよ,決定的に大切なものが欠けている。

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 ■(左上から順に)バグバイラブ投票所前/党事務所前で支持者投票確認(マビ・プク)/インドラヤニ小学校投票所に向かう人々/インドラヤニ小学校投票所/同左/同左/UNDPとカーターセンターの車(チトゥ投票所前)/EU選挙監視団(インドラヤニ小学校前)/人権委員会と選挙監視団の車(キルティプル中学校投票所前)/選挙監視団(チトゥ投票所)

(2)銃下の投票
修辞ではなく,即物的に文字通り,銃と票が隣り合わせ。「投票か銃弾か(Ballot or Bullet)」ではなく――

  Ballot and Bullet!   投票と銃弾!

小銃を構えた兵士が,投票用紙記入台と投票箱の間に立ち警戒している光景は,まさしく異様。こんなものは選挙ではない。選挙・投票以前に,決定的に必要な何かが,ここには欠如している。

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 ■選挙監視員・投票箱・小銃武装警備兵・投票用紙記入台(インドラヤニ小学校)

(3)独立自尊の精神
ネパールの選挙に決定的に欠けているのは,福沢諭吉の言葉を借りるなら,「独立自尊」である。外国に監視され,銃で脅され投票する人々に,そんなものはありえない。『学問のすすめ』(1872-76年)において,福沢はこう述べている。

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一身独立して一国独立すること
 第一条 独立の気力なき者は国を思うこと深切ならず。
 独立とは自分にて自分の身を支配し他によりすがる心なきを言う。
 第二条 内に居て独立の地位を得ざる者は、外にありて外国人に接するときもまた独立の権義を伸ぶること能わず。
 独立の気力なき者は必ず人に依頼す、人に依頼する者は必ず人を恐る、人を恐るる者は必ず人に諛つらうものなり。常に人を恐れ人に諛う者はしだいにこれに慣れ、その面の皮、鉄のごとくなりて、恥ずべきを恥じず、論ずべきを論ぜず、人をさえ見ればただ腰を屈するのみ。いわゆる「習い、性となる」とはこのことにて、慣れたることは容易に改め難きものなり。
 第三条 独立の気力なき者は人に依頼して悪事をなすことあり。
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現実主義の立場に立つならば,先進諸国による啓蒙専制ないし「自由への強制」も一概に否定はできない。慈父のようなパターナリズム(父権的支配)が,民主主義への離陸に必要な場合もあろう。

しかし,その可能性は認めるにしても,ネパールの選挙への違和感は解消しきれない。先進諸国の選挙支援は,本当にネパールのためなのか,それとも先進諸国の利益と必要のためなのか?

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2013/11/20 at 01:05

カーター元大統領:救済者か布教者か?

1.カーター元大統領の訪ネ
カーター元アメリカ大統領が,3月29-31日,訪ネし,ヤダブ大統領やレグミ議長(首相代行),プラチャンダ(UCPN),スシル・コイララ(NC),JN.カナル(UML),ガッチャダル(MJF)らの党首,そして市民社会の著名なリーダーらと会見した。

多くが歓迎する一方,中には辛らつな批判をする人もいる。カーター元大統領あるいはカーターセンターは,ネパールにとって,救済者か,それともアメリカ教か何かの布教者なのか?

130403 ■カーター夫妻(Carter Center HP)

2.ノーベル平和賞受賞者としてのカーター元大統領
ジミー・カーター(88歳)は,第39代大統領(1977-81)として,またカーターセンター(設立1982年)の活動を通して,世界の平和・人権・民主主義のために貢献してきたとして,2002年,ノーベル平和賞を授与された。

▼ノーベル平和賞授与理由
大統領として,イスラエル・エジプト紛争を調停した。また,カーターセンターは,紛争解決,人権保障,選挙監視,途上国開発に大きく貢献した。「カーター氏は,紛争は可能な限り国際法,人権尊重,経済発展に基づく仲裁や国際協力を通じて解決しなければならないとの諸原則を堅持してきた。」(共同,2002-10-11)

▼秋葉広島市長メッセージ(2002年10月17日)
「被爆地ヒロシマを代表し,貴殿のノーベル賞受賞をお祝い申し上げます。」

3.カーター元大統領とネパール
カーター元大統領は,ネパールについても,特にヒンドゥー教王国崩壊後,関心を高め,選挙実施や人権保障について助言や援助を行ってきた。2008年選挙の時は,選挙監視団を派遣し,報告書を出している。

今回の訪ネに先立って,1月8日,カーターは,カトマンズ・ポスト紙に「ネパール和平には選挙が必要」と題する文章を発表(カーターセンターHPにも転載),次のように述べた。

「残念なことに,選挙が2013年11月あるいは2014年春実施ということになれば,この間12ヶ月以上も,選挙されていない政府がつづくことになる。」そこでーー
  (1)選管人事を進めよ
  (2)選挙準備を進めよ
  (3)有権者登録を進めよ
  (4)選挙の方法を決めよ
  (5)選挙区画の必要な修正をせよ
  (6)選挙実施行政機構を整備せよ

選挙民主主義者カーターの(米国の)面目躍如といったところ。この考えに基づき,今回の大統領や議長(首相代行),各党・各界リーダーらとの会見においても,彼は,カーターセンターからの選挙援助と監視団派遣を提案した。政府や主要諸党は,この申し出を前向きに評価した。

4.救済者としてのカーター
このようなカーターのネパール関与を肯定的に評価し,積極的な援助を期待するのは,たとえば,自らをリベラル進歩派と考えるKC.ゴータム――
  Kul Chandra Gautam, “Jimmy Carter and Nepal,” Republica, Mar27-28, 2013.

2日連載の長い文章において,KC.ゴータムは,カーターとカーターセンターに対し,積極的な介入と支援を,以下のように要請している。

「カーターセンターがネパールに深く関与し,またジミー・カーターが個人的にも我が国の平和プロセスに大きな関心を持たれていることを知り,私はたいへん嬉しかった。カーターの選挙監視,紛争解決,そして『平和を求め,疾病と闘い,希望を構築するために』は,世界的な経験に裏付けられ,信頼されている。そのカーターの賢明な助言は,ネパールにとって極めてタイムリーなものであり有益なものであろう。」

カーターセンターは,卓越したネパール分析を発表してきた。平和プロセス,制憲議会選挙,憲法制定,地方平和委員会,土地改革と没収土地返却,アイデンティティ政治などについて。

「特に,選挙管理委員会に関するレポートと勧告は,洞察に富むものだった。ジミー・カーターが,ネパールをはじめ,世界のいたるところで平和,民主主義,開発を促進するため崇高な努力をされてきたことを,全面的に支持し,深く信頼している。たしかにカーターを偏狭なアメリカ主義者・キリスト教代弁者と見る人もいるが,私には,このような皮相な見方は受け入れられない。カーターは,米政府の政策に反対する立場を幾度か勇敢にとったし,キリスト教会については,少女や女性にたいする差別を正当化したとして,教会との関係を公に拒否し切断した。これは事実であり,私はそれを尊敬している。」

今回のカーター訪ネの意義を,ゴータムは次のような観点から説明している。
  (1)制憲議会選挙の準備。選挙は民主主義にとって最も重要。
  (2)連邦制を新憲法の中に書き込むこと
  (3)経済発展,法の支配,人間の安全保障の促進
「カーターが,ネパールで会談する人々に,これらの課題について率直に語り,明確なメッセージを与えてくれることを期待する。」

そして,具体的な要望としては――
  (1)制憲議会選挙の監視
  (2)地方選挙の実施勧告。地方選挙は15年間実施されていない。
  (3)人権保障,特に「真実和解委員会」の適正な運営。マオイストや軍にたいする全面免責は認められない。加害者を処罰し,正義を実現するための支援をしてほしい。
  (4)包摂民主主義を促進し,社会的公正を前進させること。
  (5)連邦制の実現。「私は,カーターが,その世界的経験に基づき,ネパール人にこう助言てくれると確信している――すなわち,平等,包摂参加,社会的公正へのわれわれの正当な要求は,アイデンティティ連邦制と同一視されても混同されてもならないということである。」
  (6)経済の発展と平等の促進

130403a ■カトマンズのカーター元大統領(Carter Center FB)

5.布教者としてのカーター
これに対し,カーターやカーターセンターの活動に懐疑的なのが『テレグラフ』の「ジミー・カーター来訪,疑惑の旅」(Telegraph, Feb.18, 2013)

「第39代米大統領ジミー・カーターは,非キリスト教世界へのキリスト教宣教活動で知られている。そのカーターが,2013年3月28日,また訪ネするとネパール外務省が発表した。

ジミーは,2008年制憲議会選挙の時,自ら選挙監視を買って出て訪ネした。その制憲議会は,2012年,憲法をつくることなく解散してしまった。

思い起こしてみよう。カーターは,制憲議会選挙がまだ終了していないのに,ソルティーホテル記者会見において,早々と,選挙は『自由で公平』に行われたと,宣言した。

また,各種報道によれば,1982年設立のカーターセンターは,ヒンドゥー王国崩壊後,ネパールにもその活動を広げ,直々の指導の下で,密かに,この国にプロテスタント・キリスト教を宣教してきた。実に怪しい訪ネだ!

ネパールのコミュナル平和にお慈悲を,ジミー!・・・・

カーターが,周縁化された諸集団の人々とも会い,イエス礼拝を説くかどうかまだわからないが,識者によれば,少なくとも小政党指導者たちに圧力をかけ,新憲法で改宗勧誘を合法化させようとすることは,確かだという。

ともあれ,カトマンズへようこそ。客人は限度をわきまえよ。ネパールは,まだ孤児にはなっていない。」

『テレグラフ』は,『人民評論』と同じく,保守派メディアだから,多少,割り引くとしても,巷にこのようなカーター批判が少なくないこともまた,事実である。

6.外に援助を求める不幸
救済者であれ布教者であれ,あるいはカーターであれ誰であれ,援助を外に求めざるを得ないのは,ネパールの不幸である。援助者が悪人であったり援助策が誤りであれば,こんな悲惨なことはない。しかし,たとえ仮に援助者が善人,援助策が正しかったとしても,これはもともと自立精神を危うくするものであり,たとえ痩せ我慢であれ,可能な限り援助の申し出は断るべきであろう。

幕末維新の日本が,多少,誇れるのは,西洋人を自ら厳しく選考し「お雇い外人」として雇用したこと。幕末日本と西洋との落差は,現在のネパールと先進諸国との落差の比ではないが,それでも福沢諭吉の言葉を借りるなら,「独立自尊」を貫こうとした。のちに日本は本来の「独立自尊」から外れ,視野狭窄,夜郎自大に堕し破滅したが,「一身独立して一国独立す」の気概そのものは,個人にとっても国民と国家にとっても忘れられてはならないことである。

先進諸国は,ネパールの「独立自尊」を尊重できないのなら,援助は断念すべきであろう。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2013/04/03 at 22:30

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