ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

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血みどろのゴルカ王宮

 谷川昌幸(C)
ゴルカ王宮(旧王宮)は,ゴルカの町から急な石段を1時間ばかり登った険しい尾根の上にある。春霞で何も見えなかったが,晴天であれば,マナスルをはじめヒマラヤの山々が一望できる絶好の位置にある。
 
ここは(旧)王宮であり,もちろんヒンズー教の聖地でもある。行者たちが修行しており,牛食い外人と知りつつ,祝福を受けよと,かなり強引に呼びかけてくる。 登ったのは金曜午前であり,参詣者はあまり多くなかった。祭礼の日であれば,さぞかし多くの善男善女が訪れるのであろう。その証拠に,王宮への参道沿いには茶店がいくつも店を構え,路上ではお供え用の花や山羊も売っていた。
 
そして,すさまじかったのが,犠牲の動物たち(山羊など)の血。大量の血の染みこんだ石段が延々と王宮へと続いている。その犠牲の動物たちの血を踏みしめながら,王宮へと登っていくわけだ。 一段登るごとに,その犠牲の動物たちの生命と血と肉で私は生かされていることをいやでも自覚させられる。厳粛たらざるをえない。そして,その頂点に君臨するのが,王宮である。支配の空間構成としても,よくできている。
 
王制廃止以前は,ここは王宮の一つであり,王族のためヘリポートも用意されていた。庶民の参詣も制限されていたのだろう。王制が廃止された現在,ここはうまく開発すれば,絶好の観光地となるだろう。下々は,どの国の人であれ,王様が大好きなのだから。

 王宮への参道。犠牲の動物の血染めとなっている。

王宮

この鐘の手前で犠牲が捧げられる

行者

 

 

Written by Tanigawa

2009/03/22 at 23:41

カテゴリー: 文化

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ゴルカのマオイスト

谷川昌幸(C)
バブラム・バタライ氏に敬意を表し,ゴルカの状況調査に行ってきた。道路は,カトマンズ・ムグリン間もムグリン・ゴルカ間も,最近改修されたらしく,予想以上によかった。特にポカラ分岐点からゴルカまでは,バブラム道路かな(?)と思うほど快適だった。ネパールにも政治道路があるのだろうか?
 
ゴルカは初めて。山腹の小さな町だが,この近辺の村々の中心らしく,屋根にまで乗客を満載したバスがかなり頻繁に通っており,バザールもにぎわっていた。 町も周辺の村々もカラカラに乾燥し,赤煉瓦色の土はサラサラの粉末状となり,一面を覆っている。水は豊富で,いくつも水場があるが,各戸への水道は普及していないらしく,大きな水瓶を持った少女たちが急坂をあえぎあえぎ登ってくる。過酷な労働であり,水の貴重さが身にしみる。
 
ゴルカはバブラム・バタライ氏の本拠だが,マオイストのポスター類は意外に少ない。町の入り口には,例のマオイスト・アーチが設置されていたが,ポスター類はUMLのものもNCのものもある。 夕方,数十台のバイクと乗客満載のバス2台と,武装警官満載の車両が登ってきた。マオイストと警戒の武装警官らしい。バイク隊は凶暴そのもの,そしてバス満載のYCL(たぶん)も大声でシュプレヒコールを叫んでいた。 こんな夕方から何をするのかと見ていると,小型トラックに乗り換え,停電で薄暗い村々を回って,オルグをやっているらしい。遠くの村の方面から,シュプレヒコールが聞こえてくる。やがてゴルカの町に戻ってきて,ホテル下の広場で解散となった。こんな圧力を掛けられたら,村人は抵抗できないだろう。
 
ただ,ネパールの不思議なところは,先にも述べたように,他勢力が根絶されるのではなく,共存していることだ。軍駐屯地があり兵隊だらけだし,シャハ王家のゴルカ王宮には熱心な信者の参詣が絶えない。高級ホテル(といっても1室15ドル)では,朝7時からお偉いさんが車で参集,チャッカリ兼朝食兼選挙運動(?)をやっていた。警察幹部らしい人も一緒だった。 ヒマラヤは,春霞のため全く見えなかった。
 
  
 ゴルカ(2009.3.20)

Written by Tanigawa

2009/03/21 at 00:39

カテゴリー: マオイスト, 旅行

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