ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

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暖冬異変,花咲き実ふくらむ

今年のお正月は,丹後の村でも異常に暖かい。陽は燦燦,例のヒドイ名をつけられ,いわれなき差別をされているお気の毒な青い花ばかりか,タンポポや他の名も知らぬ花々も咲き始めている。

ビワの実も,はや大きくなり始めた。ビワといえば初夏の果物だが,こんなに早くから大きくなって大丈夫だろうか?

暖冬はありがたいが,寒くあるべき時に寒くないと,やはり不安だ。

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 ■初春の花(特に名を秘す)/タンポポ

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 ■野菊のような花(晩秋の花か?)/名称?(秋に多い)

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 ■ビワの実/超豊作の柿,まだ残り野鳥のエサとなっている

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2016/01/02 at 16:34

カテゴリー: 自然

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太陽光蓄電池式LED照明,激増中

ネパールでは,小型の太陽光発電が激増している。乾季,雨季を問わず,連日,長時間停電なので,いまや当地の生活必需品となったようだ。後発国の技術的優位。モバイルに続き,太陽光発電でも,ネパールは日本を追い越し,はるか先を疾走しつつある。

太陽光発電でも特に目立つのが,蓄電池式LED照明。いたるところにあり,なお激増中。

が,よいことばかりではない。近代合理主義が「もっと光を」と叫んだように,近代の光は効率本位で,文化的暖かさがない。LEDは暖色も発光させうるが,近代化を急ぐ先行ネパールでは効率本位の白色光ばかり。どぎついLED光が,いたるところで目を射る。

私のネパール初体験は,夜間フライトで上空からカトマンズを見たこと。盆地全体が,電燈の暖かくやわらかい光で,やさし~く包まれていた。

それが,少しずつ蛍光灯に置き換えられ,そして今,冷たい合理主義の反文化の光によって急速に取って代わられつつある。

それともう一つ,気がかりなのは蓄電池の処分。ネパールのLED照明の多くは蓄電池式なので,しばらくすると蓄電池が大量に廃棄され始める。日常生活ゴミですらまともに処理されていないのに,廃棄蓄電池をどう処分するのだろう。文化もさることながら,現実生活の方も心配だ。ガンジス源流域に大量放棄といったことにならなければよいが。

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 ■トリブバン大学の合理のLED光/LED街灯とアパートの太陽光発電版(7月15日早朝)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2015/07/15 at 11:05

カテゴリー: 経済, 文化

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京都の米軍基地(73):ケネディ大使歓迎,米軍とイルカ軍

1.不自然な報道記事
ケネディ駐日大使が6月25日,経ヶ岬米軍基地を視察した。有名大使視察であり各紙報道したが,記事がどこか変だ。不自然,あるいはピント外れ。
 ▼ケネディ駐日米大使「騒音問題改善に努力」 京丹後の基地視察し表明 /毎日新聞2015-06-26
 ▼ケネディ大使、基地周辺住民と懇談 京都・京丹後を訪問 /京都新聞2015-06-25
 ▼ケネディ米駐日大使、京丹後・琴引浜で住民らと懇談 /産経新聞2015-06-26
 ▼ケネディ駐日大使が京丹後視察 /NHK京都2015-06-25
 ▼キャロライン・ケネディ駐日米国大使が来丹 /京丹後市FB2015-06-26

2.基地訪問隠し
ケネディ大使が,辺境地・奥丹後にまでわざわざ出かけたのは,いうまでもなく米軍基地視察のため。ところが,そのことを記事冒頭ではっきり書いたのは,毎日新聞だけ。

「ケネディ駐日米大使は25日、京丹後市丹後町の米軍経ケ岬通信所を視察後、基地周辺住民らと懇談した。」(毎日)

京都新聞は,かなり腰が引け,記事の最後にこう付け足した。

「これに先立ち、大使は米軍経ケ岬通信所を視察したとみられる。」(京都)

「視察」したに決まっているのに,「みられる」としか書けない。なぜか? たぶん「外交秘密」か「防衛秘密」のせいだろう。

しかし,それでも京都新聞はまだまし。産経新聞やNHK京都ともなると,大使は「鳴き砂」見物に訪れ,ついでに住民懇談をした,といった書きぶりとなる。産経はこう書いている。

「米国のキャロライン・ケネディ駐日大使が25日、京丹後市網野町を訪れ、「鳴き砂」で知られる国の天然記念物「琴引浜」を見学するとともに、地元の住民らと懇談した。」(産経)

また,NHK京都は,京丹後視察が主目的であるかのような見出しをつけ(上掲参照),記事をこう書き出している。

「米国のケネディ駐日大使が25日、近畿地方で唯一の米国軍基地がある京丹後市を訪れ、地元住民らと懇談しました。」(NHK京都)

そして,期待通り出色の出来映えなのが,京丹後市役所のFB記事。冒頭は,こうだ。

「キャロライン・ケネディ駐日米国大使が本日、京丹後市を訪れ、国の天然記念物に指定されている琴引浜の視察や、市長や山内副知事、住民らとの懇談を行いました。」(京丹後市FB)

住民との懇談の記載もあるにはあるが,発言の直接引用は一語もなく,住民の安全安心に努力するという発言があったと記すにとどまる。そして,また琴引浜の話しに戻り,ここでは直接引用の礼が尽くされる。

「素足で浜を歩いて砂音を鳴らしたり、海に入ったりしながら「very good」と喜びを話していました。本市を「美しいまち、美しい環境ですね」と絶賛された・・・・」(同上)

京丹後市役所が大使の基地訪問をどう扱おうとしているかは,一目瞭然だ。それにしても「very good」とは! 「美しい国」の「国益」を守るとは,結局。こういうことなのだ。

3.中山市長の役回り
ケネディ大使の京丹後訪問は米軍基地訪問が主目的なのに,京丹後市はそれを隠そうとする。ここでも,やはり毎日は鋭い。こう書いている。

「ケネディ大使が基地視察で騒音をどう感じたかについての質問に対し、中山市長は「私にはわからない。(今回の懇談会は)要望をする場ではない」としたうえで、「大使は環境問題に深い関心があり、私としては素晴らしい環境にある琴引浜を見てほしいとお願いし、来ていただいた」と述べ、今回の視察は環境問題がテーマであることを強調した。」

そして,記事の最後に,「ケネディ大使は鳴き砂文化館を視察後、鳴き砂で知られる国の天然記念物の琴引浜を裸足で歩いた」と付け足している。いくら由緒正しきケネディ家のご令嬢が裸足で琴引浜を歩こうが,そんなことなど本筋には関わりないということ。さすが毎日新聞!

ケネディ大使は,最前線基地の米軍人・軍属を激励するためにやってきた。その本質を隠すため,中山市長は大使に哀願し,琴引浜にも来てもらい,和服姿で接待し,これをもって環境問題のための大使来訪という方向へと住民の見方を誘導しようとしているのである。

しかも,琴引浜は網野町で,丹後町の米軍基地からは遠く離れたところにある。いま丹後半島の美しく平和な環境を破壊しつつある最大の元凶は,いうまでもなく米軍基地そのもの。騒音,排水,沿岸部景観破壊,伝統的文化環境破壊,そして地域の平和環境破壊――すべてこれらの環境破壊は,米軍基地がやっているのだ。騒音や交通事故については少し話題になったそうだが,それは基地による環境破壊のごく一部。なぜ,「環境問題に関心の深いケネディ大使」(市役所FB)に他の多くの問題について問い質さなかったのか?

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 ■遠く離れた米軍基地()と琴引浜()(Google)/琴引浜の大使と市長(市役所FB)

なお,蛇足ながら,市長の和服着用が国内的には会合の「非政治性」を,そして対外的にはいわゆる「フジヤマ・ゲイシャ効果」をもつことはいうまでもない。(和服産業宣伝の意味も多少はあるだろうが。)

たとえば,kyodo,”U.S. envoy Kennedy visits Kyotango”(25 Jun)をみよ。この英文記事には,琴引浜で和服姿の市長と戯れる大使といった,いかにもそれらしい写真が添えられている。

このkyodo記事は,世界中に配信され,また転載されている。民族衣装の現地人との写真ほど,先進国市民に優越感を与え,満足され,歓迎されるものはない。

 150626d■琴引浜の大使と市長(Kyodo)

4.非公開「住民」懇談会
それともう一つ,各記事が当然のように用いている「住民との懇談」ないし「住民懇談会」。これも怪しい。

地元側出席者は,中山市長,山内副知事,三崎市議会議長,吉岡基地対策委員長,袖志区長,婦人会(代表?),琴引浜の鳴り砂を守る会(代表?)など8人だけで,しかも非公開。こんなものが,「住民懇談会」などと呼べるのか?

たった8人で「住民」,しかも「非公開」。懇談内容をバラすと,「特定秘密保護法」でしょっ引かれるのかもしれない。クワバラ桑原。
 
150626c■非公開「住民」懇談会(市役所FB)

5.大使大歓迎のイルカ軍団
ケネディ大使来訪が米軍人・軍属を感激させたのはまちがいないが,鼓舞されたのはそれだけではない。マル秘の情報筋から聞いたのだが,大使来訪に欣喜しているのは,日本有数の好漁場たる丹後半島沖に狙いを定め,近辺に基地を建設しようとしている例のイルカ軍団。

ケネディ大使は,世界周知のイルカ人権擁護主義者。和歌山・太地でのイルカ捕獲は残虐で非人道的だ,イルカの人権を守れ,と大キャンペーンを張り,太平洋のイルカ軍団を感激させた。

つぎは日本海の番だ。もし丹後の漁民がイルカをいじめたり殺したりしたら,ケネディ大使がすっ飛んできて,イルカの人権擁護のため,駐留米軍をバックに,猛然と漁民を非難攻撃するだろう。人権擁護を旗頭とする米軍の基地の目の前でイルカを虐待するとは何事か,絶対に許さない,と。

丹後半島付近のイルカ軍団は,米軍基地ができ,さらに守護女神ケネディ大使まで激励に訪れてくれたことに,大感激しているにちがいない。ウソだと思われるなら,経ヶ岬灯台下か琴引浜付近でイルカたちに尋ねてみていただきたい。むろん,監視カメラでバッチリ監視されていることは言うまでもないが。

[参照]
ケネディ大使,ジュゴン保護を!
イルカ漁非難,その反キリスト教的含意と政治的戦略性
京都の米軍基地(34):イルカ軍団,丹後半島近海来襲
カモとイルカと伝統文化

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2015/06/26 at 21:50

プラ袋禁止,カトマンズ盆地

ネパール新年の4月14日,「カトマンズ盆地プラ袋禁止」が宣言され,盆地内ではプラスチック袋の使用が禁止されることになった。(日本では「ポリ袋」が一般的だが,ネパールでは「プラスチック袋」と呼ばれているようなので,略して「プラ袋」と記す。)

根拠は,「プラ袋規制令2068(2011)」。原典がないので報道からの孫引きだが,これが3月に改正され,4月14日からの施行となった。
 ・カトマンズ盆地内:厚さ40ミクロン未満のプラ袋禁止
 ・カトマンズ盆地外:厚さ30ミクロン未満のプラ袋禁止
 ・罰則:5万ルピー以下の罰金または/および2年以下の投獄

いつもの通り,大胆かつ先進的な取り組みだ。近隣のインドは2002年,20ミクロン以下のプラ袋製造禁止。中国は2008年,極薄プラ袋使用禁止。ネパールでも,2011年には前述の「プラ袋規制令(2068)」が制定され,以後何回か施行が試みられたものの,そのつど業界団体などが反対,2012年(2013年?)には最高裁が「プラ製造業協会(NPMA)」の施行停止請求を認め,禁止命令は停止されてしまった。

これに対し,議会の環境委員会は2014年8月25日,2015年新年(4月14日)からのプラ袋禁止実施を決め,関係機関に通達を出した。今回も「プラ製造業協会」は2015年3月26日,最高裁に施行停止請求を出したが,最高裁は4月7日,この請求を棄却し,その結果,プラ袋禁止が4月14日から実施されることになったのである。

「プラ袋禁止」の管轄は,「科学技術環境省」で,大臣はコイララ首相が兼任している。直接実施に当たるのは,「環境局」。なかなか元気がよい。新年初日には,はなばなしく「プラ袋禁止行進」を敢行し,スンダラやニューロード沿道の人々に代替紙袋を配布した。また,環境局と警察の合同監視団が巡回し,違反を摘発し始めた。
 ・カリマティでプラ袋280kg押収(3月11日)
 ・アサン,ラリトプル,カリマティの23卸売店等からプラ袋400kg以上押収
 ・盆地入口のタンコット等で検問,プラ袋200kg押収

たしかに,ネパールのプラ袋ゴミ問題は深刻だ。様々な数字が報告されている(数値は記事のまま)。
 ・カトマンズのゴミの10%はプラ袋
 ・ネパールのプラ袋使用量300トン/日(?),カトマンズ470万袋/日
 ・プラ袋製造所300~500,プラ袋3万トン製造
 ・バクマバティ川清掃運動でプラ・ゴミ5千トン回収

ネパールのゴミ問題については,このブログでも繰り返し取り上げてきた。自然素材のゴミなら,道ばたや川に捨てても,しばらくすれば腐り自然に戻っていく。ところが,プラスチックはいつまでも分解せず,堆積し,環境を悪化させる。都市部もそうだが,むしろ悲惨なのは郊外。ちょっと人通りのあるところは,プラ・ゴミが散乱し,美観を著しく損ね,衛生状態を悪化させている。

特にショックだったのは,市街でも郊外でも,聖牛たちが生ゴミと混ざったプラ袋をあちこちで食べているのを見たとき。あまりの悲惨,バチ当たりに涙せざるをえなかった。インドが2002年にプラ袋を禁止した理由の一つも,聖牛が食べて病気になったり死んだりしたからだった。この問題については,参照:ゴミと聖牛火に入る聖牛の捨身救世ゴミのネパールゴミと糞尿のポストモダン都市カトマンズゴミまみれのカトマンズ

121130cゴミと糞尿のポストモダン都市カトマンズ

150420a■プラ袋ゴミを食べる聖牛

しかしながら,プラ袋禁止の実行はなかなか難しい。政府は,紙袋,布袋,ジュート袋を使用せよと呼びかけているが,使用勝手とコスト(5~70ルピー)に難がある。これらの袋では,肉や魚,あるいは水分の多い他の物品を包み保存したり運んだりするのは難しい。また,コストの面で商店や買い物客にとって負担が大きいのは,いうまでもない。

さらに,環境に対して,本当によいのかどうかも,議論の余地がある。特に紙は,製造に多くの水やエネルギーを必要とし,耐久性もなく,ゴミとして処分するとき大気を汚染する。

日本でも,たしか20年ほど前,ゴミ袋をポリから紙に替える運動があり,自治体が配布したりもしたが,ほんの1年ほどしか続かず,またもとのポリ袋に戻ってしまった。十分な説明なし。それほど,ポリ袋廃止は難しい。

ネパールの今回のプラ袋禁止は,条件付きであり,また禁止基準もあいまいだ。カトマンズ盆地内は40ミクロン未満禁止だが,それ以外では,30ミクロン未満禁止。こんな条件付き禁止の遵守は,実際上,難しいであろう。

事実,コスト高や不便さもあり,いまのところ,プラ袋禁止はほとんど守られていないようだ。政府は,徐々に取り締まりを強化し,禁止の全面実施を実現する計画のようだが,実際には逆に,いつものように,鳴り物入りで華々しく開始されても,あまり守られず,いつしか元に戻ってしまう可能性の方が大きいのではないだろうか。

しかしながら,プラ袋ゴミをこのまま放置しておいてよいわけではない。ゴミの回収・処理を高度化する一方,プラ袋の原材料そのものを植物系に替えていく努力をすべきだろう。もし植物系プラスチック(バイオプラスチック)が普及すれば,たとえ道ばたや川に捨てられても,環境への害は少なく,いずれ分解され自然に戻っていくであろうからである。

150420Plastic bags banned; A tax on some plastic bags; Partial tax or ban (Wiki: Phase-out of lightweight plastic bags)

* Republica,3,11 & 23 Mar,14,16 & 19 Apr 2015
* Nepali Times, #754, 17-23 Apr 2015 & 23 Mar 2015
* Kathmandu Post, 7 Apr 2015
* New Spotlight, 10 Apr 2015
* China daily, 15 Apr 2015

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2015/04/21 at 10:07

カテゴリー: 経済, 自然, 行政

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霧と排ガスの東タライ

東ネパールのビラトナガル,ダマク,バラトプル付近を見てきた。広大な平原(タライ)で,まるで別の国のようだ。

この時期の朝,東タライは濃霧に包まれる。カトマンズにも朝霧が出るが,東タライはけた違い,数メートル先も見えないほど濃い霧が立ち込め,昼ころまで残る。

ヤシやバナナの林が点在する広い田畑は,黄色の菜の花や赤のソバの花で一面におおわれ,まるでおとぎの国。霧の東タライは,ロマンチックで情緒がある。

一方,東タライは広い平原で水も豊かなので,あちこちに大きな工場ができている。停電はほとんどなく,道路もかなり整備されている。貧富格差は大きそうだが,産業開発は相当程度すすんでいるようだ。

そこで興ざめなのが,排ガス。一面を覆う濃霧は排ガスの臭いがする。伝統的な薪を焚く煙の匂いなら,それはそれなりに情緒があり好ましい。が,東タライの濃霧の臭いは,そうではない。工場排ガス,ゴミ野焼き,車の排気ガスなどの混ざった臭いなのだ。特に調査したわけではないので濃度や範囲は正確にはわからないが,東タライは広い平原なので,この排ガス公害は相当程度広がっていると見ざるをえないだろう。

伝統と霧のロマンか,経済発展とその代償としての排ガスか? 東タライは岐路に差し掛かっているようだ。

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谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2015/02/04 at 11:46

ゴミのネパール

ネパールのゴミ問題はさんざん議論されてきたが、改善どころか、悪化する一方だ。カトマンズもひどいが、むしろ郊外や村の方が悲惨だ。ネパールへは、ゴミ見学に行く覚悟なくして、旅行はできない。ヒマラヤや寺院より先に、まずゴミだ。

ネパールのゴミ問題は、廃棄物の質の変化によるところが大きい。かつてのゴミは、丹後のわが村でもそうだったが、大部分が自然素材であり、空き地や川に投棄しても、しばらくすると自然に分解され、土に戻った。むしろゴミ捨て場の方が土地が肥えていて植物はよく育ち、またミミズもたくさんいたので、魚釣り用のミミズはたいていゴミ捨て場で採っていたものだ。だからネパールでも、投棄物が自然素材である限り、ゴミはたいして問題にはならなかった。

ところが近代化とともに、いつまでも分解しない人造物が激増し、ネパールのゴミ問題は一気に深刻化した。とにかくゴミ、ゴミ、ゴミ。ヒマラヤも寺院も、街も村もゴミだらけ。

特にかわいそうなのが、聖牛。いたるところでビニール・ゴミを食べている。あの聖牛たちはどうなるのだろう。天寿を全うするとは、とうてい思えない。聖牛にビニール・ゴミを食わせるとは、なんたるバチ当たり。いずれ天罰が下るに違いない。

とにかくネパールには、悪臭ただようなか、腐敗物とともにビニール袋を食べる悲惨な聖牛を見ても失神しない強心臓の人以外は、来るべきではない。あるいは、ゴミの山を前景にヒマラヤを望み、ビニール・ゴミをかき分け花々を愛で、ゴミとともに神仏に祈る――そう達観した人だけが、ネパールを存分に楽しむことができる。さすが仏陀生誕地、まるで沼の蓮花のような国ではないか。

121130a ■キルティプール西方峡谷のゴミ

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 ■バルクー川のゴミと聖牛(1)/同左(2)

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 ■カランキのゴミ(1)/同左(2)

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 ■バグマティ河原のゴミと高層住宅/バグマティ河原のゴミとカラス

【参照】
世界遺産を流れる川がゴミ処理場状態
ゴミと糞尿のポストモダン都市カトマンズ
ゴミと聖牛
火に入る聖牛の捨身救世

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2012/11/30 at 19:09

カテゴリー: 社会, 経済

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停電20時間:省エネ超先進国ネパール

ネパールは,現在,停電7時間/日。地区割りし,スケジュール表を作り,ちゃんと停電を実施している。多少不便だが,特にどうということはない。庶民は冷静に対応している。

政府発表では,乾期になると,停電は20時間/日になる予定。やはりスケジュール表を作り,粛々と実施し変わりなく暮らす。

ネパールはヒマラヤの国であり,水力発電が中心。ダム計画はいくつもあるが,かつては環境保護団体(電力浪費三昧先進国NGO)の妨害により,次にマオイスト紛争により,そして現在は紛争後混乱により,ほとんどが頓挫,電力需要急増に追いつかない。目下期待は西セティ(750MW)の中国と,上部トリスリ(250MW)の韓国。日本はお呼びじゃないようだ。

(Nepali Times,24-30 Aug)

いずれにせよ,電力はまったく足りないので,急場しのぎにインドからの電力輸入とディーゼル発電機稼働の予定だが,焼け石に水,どうにもならない。かくて,20時間/日の革命的停電が実施されるわけだ。

この窮状を見て,このところ冴えているネパリタイムズが,社説でこんな皮肉をかましている。

首相の党にとって,パワーは銃口から生まれる。とすれば,次は発電水車からパワーを生みだすべきだろう。(Nepali Times,24-30 Aug)

ネパリタイムズの立腹はよく分かるが,それはそれとして,20時間/日停電は革命的にすごい。強いられた省エネであるにせよ,それに耐えられる社会は強靱であり,真の意味で健全である。

日本だって,敗戦後しばらくは,裸電球のほの明かりの下で夕食,一家団欒を楽しんでいた。停電は常識,TVもグルメもなかったが,時間と会話と近隣交際はふんだんにあった。

このような形で「省エネ超先進国ネパール」を紹介すると,現場第一主義者からは,安全圏からの無責任放言と非難されるかもしれないが,厳密に言えば,本人以外は多かれ少なかれ部外者,そんなことをいわれたら歴史研究も外国研究も,一切できなくなってしまう。

実感主義,クソ実証主義は,決して「事実」を見ることにはならない。20時間/日停電が「超先進的」であることこともまた,もう一つの「事実」なのである。

風力発電も原発もイヤだな
停電16時間の革命的意義
電力神話からの脱却,ネパールから学べ

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2012/08/27 at 17:31

カテゴリー: 社会, 経済, 文化

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