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老老介護(16):永遠の平和へ,自然に

100歳近くの母の介護をしていると,人間も,自然な形であれば,他の動植物と同じように生命力が徐々に衰え,器官があちこちで機能停止していき,最終的な死へと向かっていくのだなぁ,と日々実感させられる。老衰による死は,他の動植物の死と同様,自然にして平和なものであるにちがいない。

たとえば樹木は,小枝が枯れ始め,大枝も一本また一本と枯れ,やがて幹が枯れ死んでいく。あるいは猫は,最近の過保護ペット化し自然=本性=本能を失った猫でなければ,視力・聴力や運動能力が次々と衰え,エサを食べなくなり,やがて死期を本能的に悟ると,家人の前から立ち去り,不幸にして他の動物に捕食されさえしなければ,そこで立木が枯れるのと同じように自然に死んでいく。かつての農家のネズミ対策用飼い猫はたいていそうであった。自然で平和で安らかな死!

母は,認知症になったため,老化・衰弱が加速しているようだ。認知症により神経回路があちこちで故障し始めたためか,言動の総合的な抑制均衡がとれなくなり,いわゆる「常識」を失い,「異常な言動」の頻度が増し,程度も激しくなっていった。精巧な機械の無数の歯車のうちのいくつかが壊れたり外れたりし始めたため,それらと連動している他の歯車が急停止や急回転を始め,制御できなくなったようなものだ。

たとえば食欲。数年前,記憶部分に加え満腹感の部分の神経回路が故障したためか,食欲が異常に昂進,むやみやたらと食べ始めた。当然,下痢をする。が,それでも食べる。しかたないので,ごはんやおやつ(菓子,果物など)を隠すと,捜し回り,冷蔵庫を縛っている鎖でさえ強引に切断しようとする。あるいは,玄関の錠を壊し,外に出て,近くにあると思い込んでいる(記憶の部分的喪失と混乱)「うどん屋」に行き,うどんを食べようとする。摂食行動を制御する満腹感回路や記憶回路が故障したため,食欲の歯車が空転を始め,回転数を無限に上げていく。(参照:老老介護(15):過食から寡食へ

あるいはまた,椅子を廊下に出し放置。以前は,掃除のとき椅子を出し入れしていた。ところが,掃除と椅子の出し入れとを関連付ける回路がどこかで切れ,椅子を廊下に出すという歯車(行為)だけが空転するようになった。椅子を誰かが部屋に戻すと,その都度,また廊下に出す。戻しては出し,戻しては出し,数分おきといったことさえあった。

このような認知症による不可解な「異常行動」が,他にもあちこちで見られるようになり,程度も加速度的に激しくなっていった。

ところが,加速度的に空転速度を上げた歯車がいずれ擦り切れたり焼き付いたりして回転を止めるのと同様に,認知症による「異常行動」も許容範囲を超えると,終息していく。

最も劇的だったのが,食欲。無際限に食べようとする典型的な認知症過食だったのに,食欲回路が擦り切れたのか,一転して食事への関心が急低下した。ご飯を出しても,おやつを出しても,なかなか食べようとはしない。食べても,量は急減,いまでは以前の三分の一,あるいはそれ以下。これでも,あれこれ食べるよう工夫してのこと。もし以前の通りなら,ほとんど食べないに違いない。これは,食欲の存在を大前提とする疾病としての摂食障害ないし拒食症ではない。食欲本能そのものが燃え尽き,無くなり始めているのだ。(参照:老老介護(15):過食から寡食へ

他の認知症による「異常行動」も,食欲ほど劇的ではないが,頻度,程度とも減少してきた。玄関錠を壊そうとしたり廊下に椅子を出したりはまだするが,数回止めさせれば,以前のように際限なく繰り返したりはしない。何であれ,何かをする意欲そのものが失われつつある。はっきりそれとわかる老衰が始まったと覚悟せざるをえない。

母のこの老衰は,認知症のため加速されてはいるが,自然なものであり,痛みや苦しみは特にない。まだ会話もできるし,自分で歩き,食べ,トイレに行き,テレビを見る(ながめる)こともできる。が,それにもかかわらず食べなくなり,何事であれ物事への関心そのものが加速度的に失われ始めた。心身はあきらかに終末へと向かいつつある。

母の老衰は,このようにごく自然なものなので,食事についても,好物中心の食べやすい料理を作り,食べるように話しかけはするが,それでも食べなければ,無理強いはせず,そのままにしている。それが自然だから。

人も自然から生まれ自然へと返る。食べなくなった猫が,平和の裡に自然に返っていくのと同じように。永遠の平和に向かって,自然に! Zum ewigen Frieden!

▼「老衰死――穏やかな最期を迎えるには」(NHKスペシャル2015/9/20

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2019/05/17 at 18:11

カテゴリー: 社会, 健康, 宗教

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