ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

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強制失踪,脛に傷の体制エリート

8月30日は「強制失踪被害者の日(International Day of the Victims of Enforced Disappearances)」。ネパールでも,強制失踪者の家族や支援者らが,失踪事件の解明と被害家族の救済を訴えた。

 

1.強制失踪防止条約
「強制失踪」とは,国家機関等が不法に人の自由を奪い,強制的に失踪(行方不明に)させること。国連は,このような行為を「強制失踪犯罪」と定め,それを処罰するため,「強制失踪防止条約」を採択した(総会採択2006年,条約発効2010年)。

この条約は,締約国に次のことを義務づけている。
 ・強制失踪は「人道犯罪」であり,刑法で「犯罪」と規定すること。
 ・強制失踪を調査し,責任者を訴追すること。
 ・強制失踪申し立ての権利を保障し,速やかに当該の件につき調査すること。
 ・強制失踪調査機関に必要な権限と財源を付与すること。
 ・秘密拘禁の禁止。
 ・強制失踪の被害の回復。

強制失踪防止条約は現在,署名96か国,批准57か国。日本は2007年署名,2009年批准したが,ネパールは未署名。(米英ロ中なども未署名。)

2.人民戦争期の強制失踪
ネパールでは,人民戦争(1996-2006)において,死者約1万3千人のほかに,強制失踪者も千数百人だしている。(失踪の訴えは多数あり,実数はまだ不明。)

人民戦争は,王国政府とマオイストが国民を巻き込んで戦った内戦であり,強制失踪には交戦両当事者のいずれもが関与している。政府側(王国軍,武装警察,警察など)はマオイスト容疑で,逆にマオイスト(人民解放軍など)は反マオイスト容疑で,人々を連行し,多くの場合拷問を加え,おそらく殺害し,そのまま行方不明にしてしまった。強制失踪である。

現在,「強制失踪者調査委員会(CIEDP: Commission for the Investigation of Enforced Disappeared Persons)」(後述)には,強制失踪の訴えが2870件だされているという。このうちバルディア284件,ダン124件,バンケ121件。

バルディアが最多だが,ここには王国軍のチサパニ基地があり,ここが反政府派の取り調べに利用された。連行されてきた人々の大半がタルー族の若者で,拷問され殺害されたとされるが,詳細不明。これに対し,マオイスト側もバルディアで十数名を連行,行方不明にしてしまったとされる。まさしく強制失踪の応酬,こうしたことが人民戦争期には極西部,中西部を中心に全国各地で行われたのである。

3.強制失踪者調査委員会の機能不全
強制失踪については,「包括和平協定」(2006年11月)でも「2007年暫定憲法」(33(q)条)でも解決への努力が規定されていた。そして2014年には,「失踪者調査および真実和解委員会法」が制定され,これに基づき2015年2月には「強制失踪者調査委員会(CIEDP)」と「真実和解委員会(TRC)」が設立された。両委員会の任期は当初2017年2月10日までだったが,1年延期され2018年2月10日までとなっている。

しかし,CIEDPやTRCが設立されても,強制失踪問題への取り組みは,一向にはかどらなかった。人民戦争を戦い強制失踪に何らかの形で関与したとされる政府側とマオイスト側の幹部が,ほとんどそのまま和平後新体制の中枢にいる。したがって,強制失踪の解明を進めると,責任追及が彼ら自身にまで及びかねない。そのため,CIEDPやTRCには権限も予算も十分には与えられず,委員会の政治的独立も十分には保障されていない。強制失踪の解明が進まなかったのは,当然といえよう。

 ■CIEPD / TRC

4.新聞各紙の強制失踪問題報道
ネパール各紙も,この状況を次のように批判している。

「彼らはどこに?」ネパリタイムズ,8月29日(*1)
強制失踪者調査委員会(CIEDP)は,任期あと半年のため,任期再延長を求めているが,犠牲者家族はCIEDPには失望してしまっている。「いまや政府は,われわれの家族の拘束・拉致を命令した人々により動かされている。政府に従っているだけのCIEDPには何の期待もできない」(失踪者家族全国ネット議長ラム・バンダリ)。調査できないなら,委員は辞職せよ。

「正義の失踪」ネパリタイムズ,9月1日(*2)
強制失踪は,革命や反乱鎮圧を名目として行われた犯罪である。ところが,当時首相だったデウバ[首相在職1995-97, 2001-02, 2004-5, 2017-]やマオイスト党首のプラチャンダ[首相在職2008-09, 2016-17]が,いまや政府を率いており,ともに相手の罪を水に流そうとしている。

CIEPDとTRCには,彼らの息のかかった人物が送り込まれている。「任命された彼らの仕事は,調査を失速させ,指導者らを免罪にすることだけだった。」最高裁が有罪としたケースですら,TRCは無罪とした。「これら2委員会は,正義を実現する政治的意思をもたず,したがって当然,任期延長の理由もない。」

RK・バンダリ「失踪」カトマンズポスト,8月30日(*3)
「CIEDPは真実と正義を追求する政治的意思を持たず,もっぱら政治的利害に奉仕する弱々しい機関のようだ。・・・・この2年半,委員会は公平な犠牲者調査を怠ってきた。委員の大半が政党により忠実な代理人として任命された事実をみれば,これはなにも驚くべきことではない。」

「足跡もなく」カトマンズポスト社説,9月1日(*4)
「強制失踪は重大な人権侵害であり,国際法では犯罪とされている。ネパールは,この犯罪の重大さを認識し,それに見合う刑罰を定めねばならない。ネパールの移行期正義の問題点の一つは,まさにそれを定めた法がないことにある。・・・・」

「CIEDPとTRCが設立されて3年が過ぎようというのに,重大な人権侵害や虐待の犠牲者たちに正義はまだもたらされていない。ネパールの移行期正義は,制度的にも運用においても,国際基準にははるかに及ばない。」

「いまネパールでは,強制失踪を犯罪と定める法案が準備されている。・・・・しかし,この法案には欠陥があり,国際基準にははるかに及ばない。ネパールには,強制失踪に関する明確な国法がぜひとも必要である。」

5.改正刑法の強制失踪罪
ネパール政府は,強制失踪被害者の要求や国際社会からの圧力を受け,刑法(ムルキアインの刑法部分)を改正し,そこに強制失踪を犯罪とする規定を組み込むことにした。改正刑法案は8月9日,立法議会で可決され,あとは大統領の署名を待つだけとなっている。

この改正刑法の正文はまだ見ていないが,報道によれば,強制失踪に関する規定は不十分で,国際基準にも2007年の最高裁判決にもはるかに及ばないものだという。もしそうだとすると,皮肉にも,強制失踪が現体制にとっていかに敏感な問題かを,改正刑法が如実に物語っているとみてよいであろう。

(注)刑法改正について
8月の刑法改正では,強制失踪のほかに,チャウパディ(生理中女性隔離),ダウリー(持参金),奴隷労働,環境汚染などが犯罪として規定された。また,人身売買,重婚,強制結婚,レイプ,結婚年齢20歳以上,ハイジャック,ジェノサイドなどについても規定された。大幅な改正であり,特にチャウパディ禁止が注目された結果,皮肉にも,強制失踪規定からは目が逸らされる結果となってしまった。

*1 Om Astha Rai, “Where are they?,” Nepali Times, 29 Aug 2017
*2 “Disappearance of justice,” Editorial, Nepali Times, 1-7 Sep, 2017
*3 Ram Kumar Bhandari, “The disappeared,” Kathmandu Post, 30 Aug 2017
*4 “Without a trace,” Editorial, Kathmandu Post, 1 Sep 2017
*5 Om Astha Rai, “Toothless commission,” Nepali Times, 23-29 Aug 2016
*6 Nepal’s Transitional Justice Process, ICJ, August 2017
*7 “Nepal’s transitional justice mechanisms have failed to ensure justice for victims: ICJ,” Kathmandu Post, 8 Aug 2017
*8 Profile of Disappeared Persons, INSEC, 2011
*9 Ashok Dahal, “Landmark legal reform bills passed,” Republica, 10 Aug 2017
*10 “Criminal code passed, Chhaupadi criminalized,” Republica, 9 Aug 2017Nepal
*11 真実和解委員会の構成と機能(4)
*12 真実和解委員会任期,最高裁判決無視し1年延長

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2017/09/11 at 15:25

カテゴリー: マオイスト, 人権, 人民戦争

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真実和解委員会任期,最高裁判決無視し1年延長

プラチャンダ内閣は2月9日,「真実和解委員会(TRC: Truth and Reconciliation Commission)」と「失踪者調査委員会(COID: Commission on Investigation of Disappeared Persons)」の任期を1年延長し,2018年2月10日までとした。

TRCとCOIDは,マオイスト人民戦争(1996-2006)終結のため締結された包括和平協定(2006年11月)に基づき制定された「TRC法(強制失踪者調査および真実和解委員会法)2014年」(2014年5月11日公布施行)の規定に従い,2015年2月10日に設置された。当初の任期は,2017年2月10日まで。

ところが,TRC(とCOID)は,任期満了のこの2月10日までに,その任務を果たすことが出来なかった。幾度か指摘したように(参照:真実和解委員会),人民戦争期には,重大な人権侵害が多数行われ,加害者は政府側にもマオイスト側にもいた。しかも,包括和平協定後の現体制は,人民戦争を戦った主要諸勢力がすべて参加して構築し,維持してきたものだ。したがって,人民戦争期の人権侵害を追及していけば,必然的に主要政党政治家や政府高官など,現体制下の有力者の責任が問われることになるのは避けられない。調査を担うTRCそれ自体ですら,有力諸政党代表により構成されているといっても過言ではないのである。

そのため,TRCとCOIDは設置されたものの,調査は遅々として進まなかった。被害の受付こそ2016年2月から始められ,約6万件を受け付けたものの,2017年2月10日の任期切れまでに調査を完了したものは1件もない。重大事件であればあるほど,加害者は現体制下の有力者だからである。

この状況に被害者たちは不満を募らせ,国際人権諸団体の支援も得て,政府に対し実効的な正義の実現を強く迫っていった。プラチャンダ内閣は,この要求に押され,TRC任期を1年延長し,調査の継続を図ることにしたわけである。

しかし,この泥縄のTRC任期延長には,人民戦争被害者やその支援諸団体が,厳しい批判を加えている。たとえば,サム・ザリフィ国際法律家委員会アジア局長は,次のように指摘する。

「被害者らは正義を求め10年以上待ち続けており,もはや移行期正義の手法への希望を失いつつある。・・・・ネパール政府が,TRC法を最高裁判決と国際法に沿うよう改正し,かつ両委員会の任務遂行を2年間にわたり阻害してきた根本的諸要因を除去する具体的な対策をとらなければ,両委員会の任期延長は無意味となるであろう。」(IJC「ネパール:実効的権限付与なしの移行期正義委員会任期延長は犠牲者の信頼への裏切りである」IJC, 10 Feb. 2017)

【参照1】TRC法,2014年
第26条 アムネスティ(要旨) 委員会は,十分に合理的な理由があると認めた場合,重大な人権侵害についてもアムネスティ(赦免)を政府に勧告することが出来る。

【参照2】最高裁判決(2015年2月26日)要旨
(1)重大な人権侵害を赦免するTRC法のアムネスティ条項は不当。
(2)同意なき和解は認められない。
(3)法廷係争中の事件をTRCに移送してはならない。
(4)TRC法,特に上記(1)は,ネパール国家の国際法上の義務に違反。

また,ネパール立法議会でも,「社会正義・人権委員会」が2017年2月9日,政府に対し,TRC法を最高裁判決に沿うよう改正し,委員会には必要な予算と人員を配分せよ,と勧告している。

しかし,それでもなお,プラチャンダ内閣は,そうした要請をことごとく無視し,TRC任期の1年延長だけにとどめた。これでは,移行期正義の手続きを進め,人民戦争被害者を救済し,和解を実現していくことは,困難であろう。

 170214a

*1 ICJ, “Nepal: extending transitional justice commissions without granting real powers betrays trust of victims,” International Commission of Jurists, February 10, 2017
*2 Alexandra Farone, “Nepal extends deadlines for war crimes investigations,” jurist.org, Friday 10 February 2017
*3 “Nepal extends term of war crimes probes by one year,” Himalayan Times, February 10, 2017
*4 “AI, HRW call to extend mandates of TRC, CIEDP,” Himalayan Times, February 05, 2017
*5 LEKHANATH PANDEY, “Conflict victims question TRC’s efficacy,” Himalayan Times, February 07, 2017
*6 “House panel tells govt to amend TRC and CIEDP Act,” Republica, February 11, 2017
*7 “Nepal: Supreme Court Strikes Down Amnesty Provision in Truth and Reconciliation Law,” The Library of Congress (USA), Mar. 17, 2015
*8 Wendy Zeldin, “Nepal: Supreme Court Rules Government Ordinance on Truth and Reconciliation Commission to Be Unconstitutional,” The Library of Congress (USA), Jan. 8, 2014
*9 Monica Moyo, “Nepali Supreme Court Rejects Amnesty for War Crimes,” The American Society of International Law, March 6, 2015

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2017/02/14 at 19:52

戦時犯罪裁判要求,プラチャンダ首相の覚悟は?(1)

人民戦争(1996-2006)においては,政府とマオイストが,双方の戦闘員だけでなく,関係者や一般住民に対しても,さまざまな人権侵害を繰り返した。拷問,虐殺,性的暴行,拉致,強制失踪,財産強奪など。これらの戦時犯罪をどう裁き,被害をどう償うかが,この8月4日発足のコングレス=マオイスト連立政権にとって,とりわけプラチャンダ首相(マオイスト)にとっては,もはや先送りできない重要課題として急浮上してきた。

1.法的正義のための決死のハンスト: ガンガ・マヤ・アディカリ
直接のきっかけは,人民戦争末期の2004年に息子を殺害されたガンガ・マヤ・アディカリさんの訴え。ガンガさんは,夫とともに,息子殺害容疑者の取り調べと裁判(法的正義実現)を政府関係機関に繰り返し求めてきたが,そのつど容疑者側に妨害され,いまだ十分な捜査も裁判も行われていない。

そこでガンガさんは,8月4日就任のプラチャンダ首相に対し,息子殺害事件の裁判につき,8月11日までに政府としての回答を出すことを要求したのである。

このガンガさんの要求に対して,プラチャンダ首相は満足できる対応をしなかった。そこでガンガさんは,要求実現まで一滴の水も食塩水も摂らないと宣言し,文字通りの決死のハンストに入った。

法的正義を求めるガンガさんのハンストは,大きな共感を呼び,人権活動家らが支援活動を繰り広げ,8月14日には首相官邸前の座り込みを警察が強制排除する事態となっている。

ガンガさんは,数年にわたり夫とともにハンストを繰り返してきた。夫は2014年9月,ハンストでやつれ,骨と皮になり,死亡した。今回のガンガさんのハンストも,決死の覚悟。関係者にとって,もはや言い逃れ,先送りは許されないだろう。プラチャンダ首相の覚悟が試されている。

▼NHRCのガンガ支援アピール(同FB,8月15日)
160816

*“Activists continue Save Ganga Maya campaign,” Himalayan Times, August 15, 2016
*”NHRC asks govt to address Ganga Maya’s demands,” Kathmandu Post, 15-08-2016

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2016/08/16 at 11:07