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紹介:米澤穂信『王とサーカス』

タイトルに「ネパール」関係の語がないので見逃していたが,この本は,王族殺害事件(2001年6月)で緊迫するカトマンズを舞台とするフィクション。文庫版で472頁もの大作であり,ミステリ分野で高く評価され,三つの賞を授賞している。

米澤穂信『王とサーカス」東京創元社,2015年;創元推理文庫,2018年
 ☆週刊文春「ミステリーベスト10」2015年,第1位
 ☆早川書房「ミステリが読みたい!」2016年,第1位
 ☆宝島社「このミステリがすごい!」2016年,第1位

1.梗概
文庫版カバー裏面の作品紹介:
「海外旅行特集の仕事を受け,太刀洗万智はネパールに向かった。現地で知り合った少年にガイドを頼み,穏やかな時間を過ごそうとしていた矢先,王宮で国王殺害事件が勃発する。太刀洗は早速取材を開始したが,そんな彼女を嘲笑うかのように,彼女の前にはひとつの死体が転がり・・・・・・ 2001年に実際に起きた王宮事件を取り込んで描いた壮大なフィクション,米澤ミステリの記念碑的傑作。」

さらに詳しくは,下記ネット記事参照:
*「王とサーカス」ウィキペディア


2.コメント
この作品は,長編のわりには最後の「なぞ解き」部分が少々手薄な感じがするが,ネパールに関心をもつ私としては,王族殺害事件がらみのミステリとして,面白く読み通すことが出来た。特に興味深かったのは――

(1)カトマンズの街や日本人向けロッジの雰囲気が,よく描かれている。王族殺害事件前後の頃は,たしかにそんな感じだった。

(2)この本のメインテーマは,王族殺害事件そのものではなく,その事件の――とりわけ外国メディアによる――報道の仕方の方にある。

太刀洗の取材に,王宮警備の国軍准尉はこう応える。「お前はサーカスの座長だ。お前の書くものはサーカスの演し物だ。我々の王の死は,とっておきのメインイベントというわけだ」。

ここで准将は,サーカスの演し物のように,報道はより強い刺激を求める読者の期待に応えることを目的としているのか,記者の使命とはいったい何なのか,と問いかけている。本書のタイトルが「王とサーカス」となっている所以も,ここにある

このときは,太刀洗は,この真っ向からの問いに全く答えられなかった。その彼女が,彼女なりの答えにたどり着いたのは,王宮事件とは無関係の麻薬殺人を王宮事件絡みの暗殺特ダネとして報道することをすんでのところで免れたあとのことであった。物語の結末部分で,つまり謎解きがすべて終わった後で,太刀洗はこう語っている。

《「私は・・・・・」
仏陀の目が見降ろしている。
「ここがどういう場所なのか,わたしがいるのはどういう場所なのか,明らかにしたい」
BBCが伝え,NHKが伝えてなお,わたしが書く意味はそこにある。》(451頁)

報道は,たしかにそのようなものかもしれない。が,そう思う一方,ハラハラ・ドキドキの長編ミステリの終え方としては,少々,物足りない感じがしないでもなかった。

(3)先進諸国のネパール援助の独善性・偽善性の告発。これは,幾度か,かなりストレートな形で出てくる。

サガル少年(太刀洗の現地ガイド)「よそ者が訳知り顔で俺たちは悲惨だと書いたから,俺たちはこの街で這いずりまわっている」。
――――「外国の連中が来て,この国の赤ん坊が死んでいく現実を書き立てた。そうしたら金が落ちてきて,赤ん坊が死ななくなってな」「仕事もないのに,人間の数だけ増えたんだ。」「増えた子供たちが絨毯工場で働いていたら,またカメラを持ったやつが来て,こんな場所で働くのは悲惨だとわめきたてた。確かに悲惨だったさ。だから工場が止まった。それで兄貴は仕事をなくして,慣れない仕事をして死んだ」

先進国による無邪気な,善意のネパール貧困報道やネパール援助が,ネパールをさらに苦しめ悲惨にするーーたしかに,そのような情況が,以前のネパールには,ときとして見られたことは認めざるをえない。忸怩たる思い。

【参照】
ナラヤンヒティ王宮博物館,再訪
王宮博物館と中日米
王宮博物館の見所
CIAと日本外務省-王族殺害事件をめぐって
バブラム博士,茶番のようです
王制復古の提唱
国王の政治的発言,日本財団会長同行メディア会見
退位で王制継続勧告,米大使
ビシュヌの死
王室と軍と非公然権力の闇
日本大使館の王室批判禁止警告 

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2021/11/15 at 08:58

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