ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

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老老介護,事始め(13):ネパールの高齢市民法

ネパールの高齢市民(高齢者)は, 2015年憲法制定以前の「高齢市民法2063(2006)年」と「高齢市民規則2065(2008)年」により諸権利を保障され,それが以後そのまま継承されている。その意味では,2015年憲法第41条(高齢市民の権利)は,すでに法令で保障されている高齢者の諸権利をあらためて理念的に再確認したとみてもよいであろう。いずれにせよ,これらの法令は具体的で社会の現実に近く,それだけに生々しく,憲法以上に興味深い。

A. 高齢家族扶養の法的義務
高齢市民法は,「高齢市民」を60歳以上と定め,国民に「高齢市民を尊敬する義務」を課している。(日本の老人福祉法では「老人」は65歳以上。)  これが基本原則。

その上で,高齢市民法は,高齢者の扶養を家族各人に義務づけている。家族は,家族の中の高齢者を本人の意思に反して家族から引き離してはならないし,また同居,別居にかかわりなく高齢家族の扶養義務を負う。

家族がこの高齢家族扶養義務を果たさない場合,当該高齢者には,救済申し立ての権利がある。当該高齢者は,家族に対し扶養命令を出すことを,居住地区の区長に申し立てる。申し立てを受けた区長は,まず仲裁を試み,もし仲裁で解決しない場合は扶養命令を出し,それを公告する。それでも解決しない場合は,村長または市長が家族に対し扶養命令を出し,それを公告する。(これで解決できない場合の規定はないが,これ以降はおそらく裁判か,遺棄高齢者として行政当局が保護することになるのであろう。下記F項参照。)

家族はまた,高齢家族に「乞食」をさせてはならない。あるいは,本人の意思を無視して高齢家族をサンヤシ(托鉢僧),僧侶またはファキール(「貧者」,行者)にしてはならない。

B. 高齢者への優遇措置
高齢者には様々な優遇措置が保障されている。(ただし,バス料金,医療費など,まだ規定通りには実施されていない措置もある。)
・バス等には優先席を設け,料金は半額
・医療費は半額
・水道,電気および電話の利用優遇措置(詳細規定なし)
・裁判において弁護士を自費依頼できない場合,裁判所が弁護士をつける
・刑期の短縮:65~70歳=25%,70~75歳=50%,75歳以上=75%
・受刑者が高齢無能力または75歳以上の場合,刑務所ではなく介護施設に収容

C. 高齢市民福祉委員会
女性・子供・社会福祉担当大臣を議長とする「高齢市民福祉委員会」を設置し,その下で高齢者の保護と社会保障のための政策の立案・施行・評価を行う。また,同委員会は,介護施設(高齢者介護センター,通所介護センター等)や高齢者クラブの運営を監督する。

D. 高齢市民福祉基金
高齢者の保護と社会保障のために「高齢市民福祉基金」を設置する。資金拠出者は,ネパール政府,外国の政府や団体,国際的な組織や団体,ネパールの市民や団体,その他。

基金からは,認定介護施設を通してのみ,金銭を支出する。個人的な支出は一切認められない。

E. 介護施設の設置・運営
介護センター(ケアセンター),通所サービスセンター(デイサービスセンター)等の介護施設は,政府,団体,個人のいずれかが法令に基づき設置し運営する。利用は,高齢者自身が自費で利用する場合,家族が経費負担して利用させる場合,あるいは裁判所命令により入所させる場合がある(下記F項参照。)。

介護施設は,入所者が希望する宗教活動,社会活動,娯楽,経済活動をすることを認め,支援する。なお,「高齢市民規則」では,介護施設には,少なくとも聖地巡礼年1回,観光旅行年2回の実施が義務づけられている。

高齢者が入所している介護施設で死亡した場合,施設側が本人の希望した形で葬儀を行う。遺産は,本人による自費入所の場合は当該介護施設に譲渡される。家族が費用を負担して入所させている場合は,残った遺産は家族に返却される。

F. 通報義務
高齢者が遺棄されている場合,それを認めた市民は近くの介護施設,警察または市町村役所に通報しなければならない。警察は,当該高齢者を介護施設に引き渡す。

――以上が,ネパール高齢市民法と高齢市民規則の概要だが,これらはいくつかの点で,たいへん興味深い。第一に,これらの法令は,公権力が真正面から家族関係に介入し,高齢家族の扶養を法的義務として明記したことを意味する。だから,扶養義務違反は,居住地行政機関によりその事実(家族遺棄)を公告され,世論により非難され「罰せられる」ことになる。

高齢者の「乞食」や「サンヤシ」,「ファキール」等については,法律に明記されているのだから,そうした行為の家族による強制が社会において現実に相当程度行われている,と見ざるを得ないであろう。

高齢者優遇も,優遇座席や料金割引など,かなり広範に認められている。特に興味深いのは,高齢犯罪者の年齢に応じた拘禁刑の減刑。

介護施設は,政府,団体あるいは個人のいずれでも法令に基づき開設でき,居住型と通所型がある。入所者には,かなり大幅な行動の自由が認められている。年1回の聖地巡礼の権利保障はいかにもネパールらしい。経済活動については,どの程度認められているのか不明。

このように,ネパールでも家族関係が近代化する一方,すでに幾度か触れたように少子高齢化,小家族化,出稼ぎなども進み,家族による高齢者扶養が難しくなり始めている。高齢者を受け入れる介護施設の必要性がますます高まっていくと見てまず間違いあるまい。

すでに,ネットにはネパール富裕層向け高級老人ホームの宣伝がいくつも出ている。経済的に余裕のある富裕家族が,それらを利用し始めているのであろう。それは,それでよい。

では,一般庶民,特に低所得家族はどうすればよいのであろうか? 政府に備えはあるのか? はなはだ心もとない。問題の本質は日本と同じだが,深刻さはネパールの方が今後はるかに大きくなるのではないかと危惧される。

▼ネパールの老人ホーム宣伝

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2018/05/20 at 14:12

カテゴリー: ネパール, 社会, 健康, 憲法

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老老介護,事始め(12):ネパール憲法の高齢者権利保障

現行「2015年ネパール憲法」は,市民(国民)一般への権利保障に加え,特に高齢者に関する条を別に設け,「高齢者の権利」を保障している。

第41条 高齢市民の権利
高齢市民は,国家による特別の保護(बिशोष संरक्षण)と社会保障(सामाजिक सुरक्षा)を受ける権利を有する。

2015年憲法では,他に第18条(平等権)において,高齢市民の保護・能力向上・地位改善のための特別法の制定を認め,第259条(国家包摂委員会の機能,義務および権限)では国家包摂委員会に高齢市民の権利や福祉を守るための調査研究の権限を付与している。

四半世紀前の「1990年憲法」をみると,高齢者の権利を定めた独立の条はない。高齢者は,女性,子供,障害者らと同様,保護の必要な社会諸集団の一つとされ,第11条(平等権)で高齢者のための特別法の制定を認めているにすぎない。また第26条(国家の政策)では,高齢者の社会保障を定めているが,これは政策目標であり,いわゆる「プログラム規定」である。

「2007年暫定憲法」になると,女性と子供にそれぞれ独立の条が割り当てられ,「第20条 女性の権利」,「第22条 子供の権利」とされたが,高齢者にはまだ独立の条はなかった。それでも,「第18条 雇用と社会保障に関する権利」において,高齢者は女性,障害者らとともに,社会保障への権利が認められた。高齢者のための特別法が認められているのは,1990年憲法と同様。

そして,2015年憲法になって初めて,高齢者の権利が独立の条として規定されることになった。この1990年憲法から2015年憲法に至る四半世紀の憲法規定の変化は,ネパールにおける高齢者問題の表面化・深刻化を如実に物語っているといえよう。

■老人ホームのFB(カトマンズ)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2018/05/18 at 15:15

カテゴリー: ネパール, 健康, 憲法, 人権

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老老介護,事始め(11):ネパールの反面教師,日本[3]

ネパールでも,高齢者扶養,特に認知症高齢者介護が,当事者にとっては深刻な問題となり始めた。多少重複するが,前回に続き論文や記事をいくつか紹介する。

A・ジャー,N・サプコタ「ネパールにおける認知症評価処遇プロトコル」(*2)
「認知症の人の多くは長期介護が必要であり,[ネパールでは]いまは家族がそれを担っている。彼らが必要としている介護支援は,ない。政府は,長期介護サービスの提供も介護者支援もしていない。介護者の心理的・経済的負担は,家族介護の様々な仕組みがまだ残っているとはいえ,先進諸国と同じくらい大きくて重い。・・・・ネパールは,国民が必要とする認知症介護のための備えが全くできていない。」( p293)

プラミラ・B・タパ「忘れないために」(*5)
「ネパールでは,ますます多くの高齢者が様々な問題に苦しむようになっている。長寿は社会的にはめでたいが,保健分野にとっては負担が重いからである。ネパール社会は現代化しつつあり,家族の誰かが首都や国外に出てしまうこともあって,伝統的な家族支援の仕組みが機能しなくなってきた。自宅に残された高齢者は,健康上や社会生活上の様々な問題に苦しんでいる。今日の高齢者の多くは,孤立して生活し,孤独や抑鬱にさいなまれがちなばかりか,認知症のような退化的疾病や他の身体疾病にもなりやすい。」

「認知症は加齢の結果ではなく,病気である。アルツハイマー型認知症は,記憶や思考や行動に様々な問題を引き起こす。ネパール社会は,アルツハイマー型や他の型の認知症のことをまだよく知らない。多くの人が,認知症は加齢痴呆だと信じている。一般の人々に,アルツハイマー症のことをもっと知ってもらう必要がある。」

[以下,「忘れないために」要点列挙]
・「高齢者法2006年」で60歳以上を「高齢者」と規定したが,長寿化で平均余命が男68歳,女70歳となっている。60歳を超えても健康な人が多く,60歳[WIKIでは58歳]停年制は実態に合わない。健康な人には働く場が保障されるべきだ。高齢者にも,認知症予防のためにも,健康で有意義な社会生活を保障せよ。
・認知症は恐れられ,汚名を着せられ,烙印を押されている。認知症者の孤立を招かないよう,正しい認知症理解のための啓蒙活動を推進せよ。
・保健省は認知症者に10万ルピーの支援金を割り当てているが,手続きが煩雑なため多くの家族が受け取っていない。簡略化せよ。また,認知症者と介護者の生活改善のための総合的保健政策を推進せよ。
・認知症者とその家族は,仕事が困難になる一方,生活費や治療費がかさみ,経済的に苦しい。年金や保険を準備し,経済的に支えよ。
・認知症者の諸権利を制度的に保障すれば,それは認知症の正式な認定となり,様々な差別もなくなっていくであろう。
・各地域に,専門的介護が受けられる送迎付き通所型および居住型介護施設を開設せよ。
・認知症専門病院および認知症介護専門家養成校の開設。
・認知症治療薬は月8千~1万ルピーかかる。政府は2007年,多くの薬の無償化を決めたが,認知症治療薬は対象外。認知症は経済的に最も負担の大きい病気の一つ。治療薬を無償化せよ。

以上,ネパールの認知症に関する論文と記事をそれぞれ1つずつ紹介したが,これらからだけでも,ネパールにおける認知症問題の加速度的深刻化が避けられそうにないことが見て取れる。

日本は少子高齢化の超先進国。その日本の対認知症諸政策から――特に,その失敗から――ネパールが学びうるものも少なくないのではないかと思う。


 ■「高齢市民の声」2017年11月号/シディシャリグラム老人ホーム(シディ記念基金FB)

*1 Sapkota, N., “The World is graying: Dementia is an alarming issue,” Health renaissance 2015: 13(3)
*2 Jha, Arun & Nidesh Sapkota, “Dementia assessment and Management Protocol for Doctors in Nepal,” JNMA, Vol 52 No 5, Issue 189, Jan-Mar 2013
*3 Kwok, Kenji, “Remembering dementia,” Nepali Times, #752, 3-9 Apr 2015
*4 中村律子「ネパールにおける『Sewaの場』と老人ホームの位置」,『現代福祉研究』第11号,2011年3月
*5 Thapa, Pramila B., “Lest we forget,” Kathmandu Post, 22 Sep 2017

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2018/05/15 at 17:11

カテゴリー: 社会, 健康

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